艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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明日は土曜日!

だから何だって話ですが、追加投稿!


第二十九話 次の作戦には間に合わせます!

 

 

 

 

 目が覚めると、私はベッドの上に寝かされていました。

 白一色の清潔感溢れる部屋。

 周りから漂ってくるのは、消毒液を思わせる匂い。

 ここは工廠の治療施設?

 気を失う前の記憶が曖昧ですから自信はありませんが、おそらく合ってると思います。

 背後から仕留めたはずの神風さんの声が聞こえたのは憶えているのですが、そこから先が思い出せません。

 もしかして、私は負けたのでしょうか。

 だから、ベッドに寝かされているんじゃないですか?

 だから、体のあちこちが痛いんじゃないですか?

 後頭部が特に痛みますし、疲労感も酷い。頭を動かすのも億劫なほど、体が怠いです。

 目に映る物と言えば、蛍光灯の明かりと白い天井だけ。そういえば、ここに入るのは初めてでしたっけ。

 

 「知らない天井だ……」

 

 なんだか言わなければいけない気がしたので言ってみましたが、どうしてそんな気がしたのでしょうか。

 

 「気がついた?」

 

 左の方から、優しく気遣ってくれてるような声が聞こえました。この声は満潮さん?

 声がした方に顔を向けると、やっぱり満潮さんがパイプ椅子に腰かけて雑誌を読んでいました。ずっと、側についていてくれたのですか?

 

 「まだ寝てなさい。頭をやられてるんだから、無理に動いちゃダメよ」

 

 頭を?だから頭が痛いんですね。

 神風さんを仕留めたと思った時は痛くなかったですから、その後に頭を撃たれて気を失ったということですか。

 

 「申し訳ありません。負けて……しまいました」

 

 勝ったと思った。

 それがいけなかった。

 勝ったと思い込んで、満潮さんに散々注意されていたことを守らなかったから、私は負けた。

 勝利したと浮かれて、警戒を怠ったから逆襲を食らった。

 

 「気にすることないわ。あの人の強さは反則に近いんだから」

 「でも、満潮さんの教えを守らなかったから私は……」

 

 悔しい。

 あと一歩だったのに。仕留めたと思って油断さえしなければ、神風さんを倒せたのに。

 

 「ごめんなさい。私が、お姉ちゃんの言うことを守らなかったから……」

 

 自分の情けなさに涙が溢れてくる。

 大潮さんと荒潮さんを傷つけられ、満潮さんに庇われ、仇もとれずにあの人に負けた。

 

 「アンタはよくやったわ。話でしか聞いてないけど、善戦したそうじゃない」

 「でも!」

 

 あの人は満潮さんたちを傷つけたんですよ?憂さ晴らしなどという理不尽な理由で。

 そんな身勝手な人を、許せるわけないじゃないですか。

 

 「でもも何もないの。あの人はああいう人なんだから、地震か台風にでも出くわしたと思って諦めなさい。それに、あの人は魚雷を使わなかったでしょ?砲弾もゴム弾だったし、本当にじゃれ合ってただけなのよ」

 

 たしかに、魚雷を撃ち込むタイミングはいくらでもあったはずなのに、あの人は単装砲しか使っていませんでした。

 ですが、じゃれ合うにしてもやり方と言うものがあります。どう贔屓目に見ても、あんな一歩間違えれば死人が出るようなやり方はじゃれ合いと言うレベルを越えています。

 

 「満潮さんは、あの人の事を知っているのですか?」

 「ええ、ここの古参の一人よ。そして、最古の艦娘」

 「最古の、艦娘?」

 「そう。今いる艦娘すべてのプロトタイプらしいわ。あの人で……正確にはあの人を始めとした神風型駆逐艦で得たデータを基に、艤装の開発が行われたって聞いてるわ。だから……」

 

 え~と、艦娘が実戦配備されたのはたしか、8年前の正化21年だったはずです。

 そのプロトタイプと言うことは、それより前から艦娘を続けているということになりますよね?

 

 「艦娘歴が現存するどの艦娘よりも長いだけあって、スペックは低くても、あの人が持ってる技術と実戦経験はそれを補って余りある」

 

 駆逐艦の身で8年以上も?

 たしか、駆逐艦は艦種特有の血の気の多さが災いして、全艦種中最も戦死率が高いと習った覚えがあります。

 そんな駆逐艦の身で、8年以上も生き長らえていると聞いただけで、私では想像もつかない死線を越えてきたんだろうと言うことはわかります。

 そんな大先輩と、私は戦ったんですね。

 ですが……。

 

 「凄い人なのは理解しました。でも、やり方が気に入りません」

 「アンタが人を嫌うなんて、珍しいわね」

 「だって……」

 

 私の大切なお姉ちゃんたちを傷つけたんですもの。

 現に、満潮さんは傷だらけじゃないですか。

 満潮さんに、頭にも腕にも包帯を巻かせた人に好感なんて持てません。

 

 「やり過ぎるってとこに目を瞑れば、間違いなく良い人なんだけどなぁ」

 「満潮さんは、あの人のことが好きなんですか?」

 「嫌いじゃないわ。好きかって聞かれると……微妙ね。あの人は妙に私を気に入ってくれてるみたいだけど、私はできる限り関わりたくないわ」

 

 それは嫌っているのでは?

 と、言いそうになりましたがやめました。

 だって満潮さんは、呆れたような顔をしつつも晴れやかなんです。きっと、好意や嫌悪などと言った感情では説明できないような複雑な感情で、あの人のことを想っているんでしょう。

 

 「そうだ。退院したら筋トレを増やすから、覚悟しときなさいね?」

 「それは構いませんが……」

 

 照れ隠しで話題を変えたんですか?

 それに、筋トレは自主的にやっていますし、増やしてもメリットはあまりないような……いや、待ってください。妙に体が重く感じるのは怪我のせい?

 ううん、違う気がします。

 怪我のせいと言うより、筋力が落ちているから重く感じている気がします。

 

 「私って、何日寝てたんですか?」

 「今日でちょうど一週間」

 「そんなに!?あ!痛たた……」

 

 慌てて起き上がったせいで、体のあちこちが悲鳴をあげました。

 それにしても、まさか一週間も寝ていたとは思いませんでした。

 そういうことなら、満潮さんが筋トレを増やすと言ったのにも納得です。

 

 「無理に動くなって言ったでしょ?ほら、横になんなさい」

 「すみません……」

 「いいのよ。こんな時くらい、素直に甘えなさい」

 

 満潮さんがそれを言いますか。

 訓練や任務中はともかく、部屋の中でくらい素直に私を可愛がってくれていいんですよ?

 

 「……」

 

 まずい、満潮さんがジト目で私を見ています。きっと、今の思考を読まれたんでしょう。

 

 「まあいいか。お腹空いてるでしょ?何か食べる?」

 

 そう言われてみれば空いてる気がします。

 まあ、一週間も点滴だけだったんですから、胃の中は空っぽでしょうね。

 

 「何か貰ってくるわ。少し待ってて」

 「あ……」

 「すぐ戻って来るわよ。それとも、一人で部屋にいるのが怖いと思うほどお子ちゃまなの?」

 

 そ、そんな事はありません。

 ただその……そう!怪我のせいです!怪我をしているせいで気落ちして、一人でいるのが心細いだけです!

 なので、決して怖いわけではありません!

 

 「まあ、心配しなくても、一人にはならないんだけどね」

 「はい?」

 

 この病室にいるのは私と満潮さんだけですから、満潮さんがいなくなったら一人ですよ?

 呆れ果てたような顔して、左手の親指で指しているベッドの先には誰も……。

 

 「司令官!?いつからそこに!?」

 「君が目を覚ます少し前だ」

 

 いや、まったく気付きませんでしたよ?

 いやいや、それより私はさっきまで寝ていたから目ヤニが……。歯も磨いていないはずですから口臭も気になりますし、寝癖だってついているはずです。

 こんな無様な姿を司令官にお見せするわけには……。

 

 「相変わらず、気配を消すのが上手いわね。いるって知ってた私でさえ、存在を忘れてたわ」

 「うちは代々、暗殺を生業としてたからな。気配を消すのは朝飯前だ」

 「今は晩飯前だけどね。ところで、実家はククルーマウンテンにあるの?」

 「どこだそれは」

 

 へぇ、司令官のご実家は暗殺を生業にしているんですね。思いがけず、司令官の個人情報を知れてラッキー……じゃないです!

 どうにかして身支度を整えないと。

 

 「それじゃあ、私は朝潮のご飯もらってくるから、アンタは司令官と雑談でもしてなさい」

 

 え?行っちゃうんですか?待ってください満潮さん!本当に待って!

 こんな状態の私と司令官を二人っきりにしないでください!せめて、私の顔を拭いて髪を梳かしてから行ってください!

 

 「私がやってやろうか?」

 「ふぇ!?い、いえ!司令官にそんなお手間を取らせるわけにはいきません!」

 「気にすることはない。いつも、神風の髪を梳かしているからお手のものだ」

 

 え?今なんと?

 神風さんの髪を梳かしている?司令官が!?なんて羨まけしからん事をしてもらってるんですかあの人は!

 

 「あ、まだ同じ部屋で暮らしてるんだ」

 「なかなか、出て行ってくれなくてな。アイツが住まないせいで、一駆の部屋が空きっぱなしだ」

 

 しかも同棲している!?ま、ま、ま、まさか二人は恋人同士なのですか!?

 いや、以前、司令官は娘のように想っている艦娘が帰って来るとおっしゃっていました。

 その艦娘は神風さんのことだったのでは?

 それならば許容できます。

 世間では、親子は一緒に暮らすのが当たり前と言う話ですし。

 

 「炊事洗濯から下の世話までしてくれる良い娘さんじゃない。何が不満なのよ」

 「アイツは口煩いし寝相が悪い。それと断っておくが、下の世話はさせていないぞ?」

 

 よし。あの人は敵です。

 完全に敵と認識しました。

 だって炊事洗濯はともかく、司令官の下の世話までしてるんですよ?さらに、寝相云々とおっしゃっていましたから同衾、つまり同じお布団で寝ているんです。

 もう一度言いますが羨まけしからんですよ!

 私も司令官の下のお世話をしたいですし、司令官の匂いを嗅ぎながら寝たいです!

 

 「面白い子だな」

 「私は将来が心配よ。この子の歳で臭いフェチでスカトロ趣味の変態だなんて、人として終わってるわ」

 

 変態呼ばわりしないでいただきたい。

 だいたい臭いフェチってなんですか?スカトロ?

 満潮さんは世間の荒波に揉まれすぎて汚れているから知っているのでしょうが、私は純真無垢な少女なのでそんな専門用語を言われてもわかりません。何かの暗号ですか?

 

 「コイツ……」

 「違う意味で凄いな、この子は。ここまで思考が駄々漏れなのも珍しい」

  

 そっかぁ。私って、駄々漏れって言われるほど酷かったんですね。

 そんなに酷いなら、もう私は喋らなくてもいいのではないでしょうか。

 

 「さてと。じゃあそろそろ、本当にご飯を貰ってくるわ。朝潮、司令官に何かされそうになったら、そこのナースコールを……」

 「引きちぎれば良いんですよね?」

 「押すの!空腹で頭バグってんのか!」

 

 え?だってそうでもしておかないと、司令官が私に欲情してお猿さんになっちゃった時に、間違って押してしまう可能性があるじゃないですか。

 

 「そうだな。そうなった場合、お互いに困ることになる」

 「司令官もバグってんの?いい加減にしないと高速修復材(バケツ)ぶっかけるよ?」

 「わかったわかった。何もしないから、早く飯を取ってきてあげてくれ」

 「本当に何もしないのね?何かしたら、憲兵さんにチクってやるんだから」

 

 そう言い残して、満潮さんは病室を出ていきました。

 満潮さんが出て行くなり、司令官が「憲兵が怖くて軍人がやってられるか」と、小声でおっしゃいましたが聞かなかったことにしましょう。

 

 「さて、ではやろうか」

 「は、はい!よろしくお願いし……」

 

 待ってください。

 やるって何をですか?

 アレですか?荒潮さんが見せてくれた不自然に薄い本の数々に載っていた内容をするのですか?

 いえ、私的には司令官がお求めになるなら喜んでこの身を差し出すと言いますか、むしろ滅茶苦茶にしてと言いますか、もしくはあなた色に染めてと言いたいのですが……。

 生憎と私は一週間も寝ていました。

 なので恐らく、体は拭かれただけでお風呂には入っていません。

 司令官がそのままが良いとおっしゃるなら構わないのですが、そうでないなら綺麗にしてからやられたいです。

 

 「このスイッチか?」

 

 何のスイッチですか!?

 体のあちこちにスイッチはありますが、押さなくても私のスイッチは既に入っています……じゃないです!

 これでは発情しているみたいじゃないですか。

 司令官はさっきまで満潮さんが座っていたパイプ椅子に腰を下ろして、何やらベッドをまさぐっていますが何を探しているのでしょう?

 私のスイッチはそこにはありませんよ?

 

 「ああ、これか」

 「へ?」

 

 あ、司令官が何かを操作すると、背中の辺りが上昇し始めました。

 なるほど、コレのスイッチを探していたのですね。

 私はてっきり……。

 

 「顔が赤いが……大丈夫か?」

 「ひゃい!だ、大丈夫れふ!」

 「その様子なら大丈夫そうだ。すまないが、後ろを向けるか?」

 「は、はい!」

 

 恥ずかしさで轟沈してしまいそう……。

 司令官は気にせず、背中を向けた私の髪を梳かし始めましたが、私は変な臭いがしないかと心配で気が気じゃありません。

 臭いとか言われたらどうしましょう……。

 

 「毛根がしっかりしているな。これなら、ハゲる心配はなさそうだ」

 「ハゲる心配?」

 

 そんな心配は今までしたことがありませんが、女でも心配した方が良いのでしょうか。

 それにしても、司令官は髪を梳くのがお上手ですね。

とっても気持ちいいし落ち着きます。

 散々寝ていたのに、また寝てしまいそうですから、会話で眠気を吹き飛ばしましょう。

 

 「司令官の毛根は、違うのですか?」

 「そんな事はない。いや、絶対にない。たしかに歳とともに額は後退してきているが、それでもまだフサフサだ。育毛剤や発毛剤、果てはカツラを購入することまで考えたことがあるがまだ行ける。まだ頑張ってくれると信じている。私の毛根は、あと20年は平気なはずだ」

 「は、はぁ、そうですか」

 

 今の一言は地雷だったのでしょうか。

 声色はいつも通りですが凄く早口でしたし、何と言いますか悲壮感が漂っていたような気がします。

 

 「アイツがやりすぎてしまったが、許してやってくれ」

 「アイツ?神風さんですか?」

 「ああ。君たちを襲うよう命じたのは私だ。だから、君たちの怪我は私のせいだ。アイツのせいではない」

 

 司令官が神風さんに私たちを襲わせた?

 そんな事をして、何かメリットでもあるのでしょうか。

 確かに、駆逐隊で挑む私たちをいとも容易く破る人が存在することを知るのは意義があります。

 才能の欠片もない私でも努力すれば、いつかは神風さんのような事ができるかもしれないと希望が持てますから。

 でも、違う気がします。

 だってそれでは、神風さんを知っている三人にとっては怪我をしただけでデメリットしかなく、彼女のことを知らなかった私にしかメリットがありません。

 では、現在の第八駆逐隊の今の実力を計るのが目的だったとしたらどうでしょう?

 私が入隊したことで、八駆の戦力は下がっているはずです。だから神風さんを使って、現在の八駆の戦力を確かめた。

 もしくは、神風さんは一人づつ倒していきましたから、個人個人の技量を確認したかったのかも知れませんね。

 まあいずれにしても、司令官が必要と判断して神風さんに命じたんですから、私に文句を言う資格はありません。

 それに、みんなが傷つけられたのは許しがたいですが、それは単に神風さんがやり過ぎただけです。司令官のせいじゃありません。

 

 「謝らないでください司令官。何か、お考えがあっての事なのでしょう?」

 「いや、しかしだな……」

 「私は艦娘です。人の形をしていますが兵器です。その使用者である司令官が私をどう扱おうと、私は絶対に文句を言いません」

 

 私はこの人に恩返しがしたい。

 その一助になるのなら、例え目的を説明してもらえなくても納得して受け入れます。

 

 「君はそれで良いのか?私と君は、ついこの間会ったばかりじゃないか。そんな私に、どうして君は命を預けられるんだ?」

 「それは……」

 

 ここは言うべきでしょうか。

 以前あなたに助けていただいた恩返しがしたいんだと、言うべきなのでしょうか。

 でも、覚えてもらえていなかったらショックを受けそうですし、それどころか「そんな事はしていない」とでも言われたら立ち直れそうにありません。

 何か、良い言い訳は……。

 

 「け、剣に……」

 「剣?剣が、どうした?」

 「し、司令官は暗殺者の家系だとおっしゃいました!暗殺者と言えば刃物が付き物ですよね!?だから私は、司令官の剣になりたいんです!」

 

 私は何を言ってるんでしょう。

 自分で言ったはずなのに何を言ったのか理解できません。質問の答えになってない私の答えに司令官も呆れているのか、髪を梳く手が止まってしまいました。

 

 「朝潮、こっちを向いてくれるか?」

 「は、はい……」

 

 重い体をなんとか動かして司令官の方へ向き直りましたが、顔が上げられません。

 自分の口をついて出た訳のわからない言い訳が恥ずかしくて、司令官を直視できないんです。

 

 「君が私の剣になると言うのなら、私は君の鞘になろう」

 「鞘……ですか?」

 

 司令官の言葉を口に出して反芻(はんすう)しながら恐る恐る視線を上げると、司令官は優しく微笑んで私を見ていました。

 そして……。

 

 「そうだ。剣と鞘はセットだからな」

 

 と、続けて、私の頭に右手を添えて撫でてくれました。

 つまりそれは、ちゃんと帰ってこいと暗におっしゃったのでしょうか。ううん、そうに違いありません。

 だって抜き身のままでは危ないです。

 放たれた剣は、ちゃんと鞘に納まらないといけないのですから。

 

 「君には期待している。強くなって、私の邪魔者を全て薙ぎ払ってくれ」

 「はい!お任せください!」

 

 とは言ったものの、自信はまったくありません。

 私は本当に、この人の剣になれるのでしょうか。

 変な言い訳などせず、本来の目的を告白していた方が良かったんじゃないでしょうか。

 

 「だがまずは、怪我をしっかり治しなさい。剣にもメンテナンスは大切だからな」

 「メンテナンス……」

 

 確かに大切ですね。

 ですが、体のメンテナンスは寝てればどうにかなりそうですが、心のメンテナンスは寝ているだけではどうしようもないです。

 司令官の大きくてデコボコした手で撫でられている今は気分が高揚していますが、やめられるとたぶん、私は意気消沈してしまいます。

 ここはメンテナンスという大義名分を掲げて……。

 

 「あ、あの!我が儘を言ってもよろしいでしょうか!」

 「うん?構わんよ。言ってみなさい」

 「で、ではその、メンテナンスと言うことで……」

 

 あれ?何て言えば良いのでしょうか。

 頭を撫でられただけで気分が高揚しているのですから、それ以上のことをしていただければ当面は大丈夫なはずです。

 頭を撫でられる以上のことと言うと……。

 

 「抱いてください!」

 「んん!?す、すまん。良く聞き取れなかった。もう一度言ってくれるか?」

 

 はて?司令官はなぜ狼狽しているのでしょうか。

 私、何か変なことを言いました?

 私はただ、軽くで良いので抱き締めて欲しかっただけなのですが……。

 

 「だ、だからその、私を抱いてください!」

 「聞き間違いじゃなかった……」

 

 う~ん。

 どうして司令官が、冷や汗を流しているのかがわかりません。もしかして言い方が悪いのでしょうか。

 養成所時代に叢雲さんから、女性に言う場合は『ハグ』。男性に言う場合は『抱いて』と言うんだと教えてもらったのですが……。

 

 「ああそうか!ハグだな!ハグをすれば良いんだな!そうだろう!?」

 「え、ええ。そうです」

  

 良かった。

 どうやらわかってもらえたようです。

 少し恥ずかしいですが、私は司令官の剣なのですから鞘である司令官の胸に抱かれるのは普通。いえ、むしろ自然な行為。

 なのでさっそく……。

 

 「し、失礼します……」

 「あ、ああ。こんな感じで良いか?」

 「はい。良い感じです」

 

 ベッドの上に正座した私を、若干被さり気味に抱いてくれた司令官の匂いは最高です。

 この匂いだけでご飯三杯は食べられますし、怪我の痛みもみるみる治まっていってる気がします。

 それに加えて……。

 

 「スゥゥゥ……ハァァァァァ……。スゥゥゥ……ハァァァァァ……。スゥゥゥ……」

 「な、なあ朝潮。何をしている?」

 「匂いを吸ってます」

 

 全力で。

 もしかしたら神風さんと戦った時以上の力で、士官服と言う名のフィルターを通した司令官の匂いを肺一杯に吸い込んでいます。

 

 「臭く、ないのか?」

 「とっても良い匂いです」

 

 この匂いを例えるならなんでしょう。

 一呼吸する度に私の脳を蕩けさせ、呼吸する以外の全てをしたくなくなるコレはある意味麻薬。いや、これは合法なので脱法ドラッグでしょうか。

 いやいや、それでも人聞きが悪いですね。

 アルコールとかけてアドミラールと呼ぶことにしましょう。え?『ア』と『ル』しか合ってない?

 良いんですよ別に。

 これは単に、司令官の匂いに名前をつけたかっただけなんですから。

 

 「何してんの?」

 「み、満潮!?もう戻ってきたのか!」

 「そりゃあ、ご飯を取りに行ってただけだからね。それより……」

 

 チッ、満潮さんが戻ってしまいましたか。

 できればもう少し、一日なんて贅沢は言いませんからあと半日は吸っていたいのに……。

 

 「あ、朝潮。そろそろ……」

 「嫌です」

 

 ああ……。

 記憶が蘇る。

 あの頃と比べたら埃っぽさがなくなっていますが、ベースは全く変わっていません。

 あの時、救助されてから避難所までの道すがら、ずっと司令官におんぶしてもらっていた私は、今と同じようにこの匂いを嗅いでいました。

 置いていかれることになり、嫌だ嫌だと泣きじゃくって困らせたことも、ハッキリと思い出せました。

 

 「コアラみたいに引っ付いてないで、そろそろご飯食べなさい。冷めちゃうわよ?」

 

 すでにお腹いっぱい……いえ、胸がいっぱいです。だから、その夕食は満潮さんが食べて……。

 

 「こうしていると、あの子を思い出すな」

 「あの子?ちょっと司令官。そんなにしょっちゅう、子供を抱いてたの?」

 「言い方に悪意しか感じんのだが?」

 「だって、その通りじゃない」

 

 確かに日本語的には正しいです。

 なにせ私は今、両足まで使ってパイプ椅子に深く腰かけた司令官の体に引っ付いているのですから。

 ああ……背中に感じる司令官の手が温かい。

 もうちょっとまさぐったりしてくれたら良いのに。

 

 「呉に出向く前だったから、もう八年になるか。救助した子に妙に気に入られて、今の朝潮のように離れてくれなかった」

 「ふぅん。オッサンに抱きついて離れないって、変態の素質有りね」

 「ハハハハハハ。神風も似たようなことを言っていたな」

 

 どこかで聞いたような話ですね。

 まさか、私と同じことをしていた子がいるとは夢にも思いませんでした。

 ですが、その子とは美味しい牛乳が飲めそうです。

 

 「あれからあの子がどうなったかは知らないが、生きていれば朝潮と同じくらいの歳か」

 

 ほうほう。

 歳まで近いんですか。

 いつか会うことがあったら、その子と飽きるまで司令官トークを……って!それ間違いなく私です!

 司令官は、私のことを覚えてくれていたんですね!

 

 「し、司令官!」

 「ん?満足したか?」

 

 いえ、満足はしていないのですが、その子は私だと言おうと思って顔を離したら正気に戻ってしまいました。

 私はなんて失礼なことを……。

 

 「も、申し訳ありませんでした!」

 「こらこら、怪我が治りきってないんだから、急に動くんじゃない」

 

 そういうわけにはいきません。

 司令官の匂いに酔っていたとは言え、私は司令官に全身を使って抱きつき、クンカクンカと無遠慮に匂いを嗅ぎまくったんですから。

 これはもう一度謝った方が良いですよね?

 都合の良いことに、司令官から飛び退いた私はベッドの上に正座した状態です。

 ならば、日本伝統の最上級の謝罪ポーズも付け加えましょう。

 

 「ごちそうさまでした!」

 「年端もいかぬ少女に匂いを嗅がれたたと思ったら土下座されてごちそうさまでしたと言われた。何を言ってるかわからないと思うが、私も何を言っているのかわからない」

 「気持ちはわかるけどどこのポルナレフだ。くだらないこと言ってないでそこ代わって」

 

 なんと無慈悲な!

 私から司令官を奪うなんて、満潮さんはやっぱり悪魔だったんですか!?

 

 「ぶん殴るわよ馬鹿妹(ばかいも)。さっさとコレ食ってもう一回寝ろ」

 「うぅ……。わかりました……」

 

 仕方ないから食べますけど、恐い顔のまま睨まれてたら食べにくい……ん?今ならまだ司令官がいますよね?

 だったら、司令官をオカズにして……。

 

 「じゃあ、あとは頼むぞ。満潮」

 「あら、何か用事でもあるの?」

 「私に用事はないんだが、今日は神風が出掛けるからそれまでに飯を食えと言われてるんだ」

 

 悪魔がもう一匹いました。

 おのれ赤髪破天荒女め。

 司令官の身の回りのお世話と同衾だけに留まらず、胃袋まで掴んでいたとは。

 しかも、彼女は私から最高級のオカズ……もとい。司令官を取り上げた泥棒猫みたいな真似までしました。

 次に会ったら絶対に許しません。

 お尻ペンペンです。お仕置きです!

 

 「相変わらず、尻に敷かれてるわね」

 「ああ。敷かれ過ぎて潰れそうだよ」

 

 なん……だと?

 司令官を足蹴どころか敷物に?なんと羨ま……じゃない。ズルい……でもない。そう!不敬!

 なんて不敬なことをしてるんですかあの人は!

 

 「折を見て指示を出す。それまでは満潮、支障がない程度で軽く訓練していてくれ」

 「了~解」

 

 司令官が行ってしまう。

 私にはどうすることもできないとわかっていても、やっぱり寂しいし悔しいです。

 どうすればもっと、長く司令官と一緒に居られるようになるのでしょうか。

 

 「朝潮。これからしばらくは、怪我の治療と鈍った体のリハビリに専念しなさい。この先、出撃の機会も増えていくからな」

 

 司令官は、病室の扉に手をかけて振り返って私を労ってくれました。

 私も何か言わなければ。

 でも、何を言えば良いのでしょうか。

 無難に、了解しました?

 いや、それでは味気ないです。

 司令官は私の怪我を按じてくれましたから、それについて何か言うべきですね。

 小さな損傷でも命取りになる。

 それは理解していますが、ここは……。

 

 「はい、大丈夫です!次の作戦には間に合わせます!」

 

 と、できる限りの虚勢を張って、司令官に宣言しました。

 

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