艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第三十四話 幕間 満潮と大潮

 

 

 突然だけど壁ドンって知ってる?

 詳しくは割愛するけど、例えばマンションとかアパートなどの集合住宅で、隣の部屋が騒がしい時に壁をドンと殴る行為や、男性が女性を壁際(または窓際、柱など)に追い詰めて手を壁にドンと突き迫る行為のことよ。

 女性に迫る方の壁ドンからの派生に「床ドン」「顎クイ」「股ドン」「蝉ドン」「網トン」などがあるわね。

 

 で、どうしてこんな説明から入ったかと言うと、八駆の部屋に戻るなり、私が壁ドンされたから。

 もちろん、後者の壁ドンね。

 しかも、現在進行形。

 

 ただし。

 私に壁ドンして迫ってるのは同性。しかも姉妹艦。

 ここ横須賀鎮守府では、とある第五駆逐隊の緑色した奴のせいで、横須賀所属の艦娘の八割は松風が人生初の壁ドン相手なんて風評被害を……あ、松風って言っちゃった。

 まあ良いか。

 とにかく、そういう風に言われてるんだけど、まさか私も、松風ではないにしても姉妹艦に壁ドンされるなんて夢にも思ってなかったから、少しだけ現実逃避したくなっちゃった。

 

 「荒潮ならともかく。アンタに、こういう趣味があったとは知らなかったわ」

 「茶化さないで。大潮が何を言いたいかくらい、頭の良い満潮ならわかってるでしょ?」

 

 ええ、わかってるわ。

 今日の執務室での一件について、私に言いたいことがあるんでしょ?

 まあ私的には、荒潮も加わって二人がかりで責められると思ってたから、軽く肩透かし食らってるけど。

 

 「荒潮はどうしたの?あの子だって、私に腹をたててたでしょ?」

 「いつものところだよ。あの子は、自分じゃあ満潮を言い負かせないってわかってるからね」

 

 浅はかねぇ。

 確かに荒潮には口じゃあ負けないけど、二人で責められた方が精神的には辛いのよ?

 それなのに、勝てないからって大潮に丸投げして、自分はさっさと()()の陸奥さんのところに逃げちゃうなんてね。

 

 「ところで。言いたいことがあるならさっさと言ってくれない?それとも、このままキスでもする?」

 「満潮は初めてだろうから、それでもお仕置きになるだろうね。でも、大潮にそんな趣味はない」

 「あっそ。じゃあ……」

 

 ん?こいつ今、何て言った?

 私が未経験なのは確かよ?でも、さっきの大潮の言い方じゃあ、まるで自分は経験があるみたいじゃない。

 いや、そうだとしたら、色々と心当たりはある。

 大潮は姉さんが生きてた頃は、お風呂こそ入るけど髪は梳かさないし歯磨きもたまにサボるし、下着なんかにも頓着しない奴だった。

 その大潮が、姉さんが亡くなってしばらく経った頃から、妙に身嗜みを気にするようになった。

 改二改装を受けてからなんか、「それ、未成年が購入できるの?」ってツッコミたくなるくらいきわどい下着を好むようになったわ。

 私が司令官の晩酌に付き合う日なんて、避妊具を渡すようになってさ。「アンタ、なんでそんな物常備してんの?」って、何度ツッコンだかわからないほどツッコンだわ。

 これらの事実に、先ほどの意味深な台詞を加味すると……。

 

 「アンタ、男がいるの?」

 「……それは今、関係ない」

 

 おいこら。

 だったらどうして目をそらした?

 え?マジなの?マジでアンタ、彼氏がいるの?しかも経験済みなの!?

 いやそりゃあ、こんないつ死んでもおかしくない商売してたら、無性に男に抱かれたくなることはあるわよ? 

 私はないけど、そういう状態になるって聞いたことがあるわ。私はないけどね。

 だからアンタに彼氏がいても責めないし、紹介しろとも言わないわ。

 ええ、言わないわよ。

 許可がなければ外部と連絡すら取れない艦娘が付き合える男性なんて、基本的に鎮守府に勤める成人男性だから、見た目は良いとこJCの大潮に惚れるロリコンだからね。

 おっと、これ以上は薮蛇になりそうだから、そろそろ本題に入ってもらいますか。

 

 「ねえ、大潮。アンタはあの子をどうしたいの?姉さんの代わり?それとも、人形にして部屋に飾っておきたいの?」

 「どっちでもない。大潮はあの子を大切にしたいだけだよ」

 「大切に、ねぇ。飼い殺しにしたいの間違いじゃない?」

 「なん……ですって?」

 

 おお怖っ。

 大潮が目を細めて右拳を握りこんだわ。

 大潮も口じゃあ私に敵わないから、どうにもならなくなったら力尽くで黙らせる気ね。

 痛いのはやだなぁ……。

 

 「朝潮ちゃんを隻腕討伐に参加させないで。これは命令だよ」

 「命令?アンタに、そんな権限はないでしょうが」

 

 大潮は第八駆逐隊の旗艦。だから、作戦行動中は命令権がある。

 でも、今はないわ。

 そもそも司令官から、駆逐隊単位で参加しろと命じられた隻腕討伐に参加するななんて言う権限は、私にもこいつにもない。

 鬼級か姫級との戦闘の結果如何で判断するとは言ったけど、反対はできても、最終的に参加させるかどうかを決めるのは司令官よ。

 

 「満潮は司令官がどんな人か知ってるでしょ!?もしあの人が使えると判断したら、隻腕討伐より危険な任務に平気で放り込むんだよ!?」

 「遅いわ。司令官は着任から数日で、あの子が使えると判断してる」

 「な…·…!?」

 

 相変わらず読みが浅い。

 あの司令官が、あの才能を知って温存するわけがない。

 司令官はすでに、あの子の将来性まで鑑みて、どの程度まで育つかまで算段をつけてるはずよ。

 あの子も、司令官の力になることを望んでる。

 

 「ハッキリ言って、あの子の問題は自信がないことだけ。それさえ克服すれば、私たちはおろか神風さんすら超える艦娘になる。そう、司令官は考えているはずよ」

 「だったらなおさら……!」

 「作戦に参加させるな?それは無理よ。だって、あの子自身が強くなることを望んでるもの」

 

 動機はわからないけどね。

 まあ、司令官に惚れてるのは確実だから、好きな人のためってのが妥当かな。

 どうして、会って間もない司令官への好感度が振りきれてるのかは謎だけど。

 

 「ねえ、大潮。アンタはあの子の何?姉でしょ?そりゃあ、あそこまで姉さんに似てるんだから、あの子に姉さんの面影を求める気持ちはわかるわ。でもさ、あの子は姉さんじゃないのよ?」

 「そんなことわかってるよ!満潮まで、神風さんみたいなこと言わないで!」

 

 なんだ、言われてたんじゃない。

 それなのに、アンタはまだあの子を姉さんの代わりにしようとしてたの?

 あの子じゃなくて、自分が傷つかないために、あの子の想いを踏みにじろうとしてるの?

 

 「満潮に何がわかるのよ。大潮が……私がどんな想いでこの三年を過ごしたかなんて、逃げた満潮にはわかんないでしょ!」

 「ええ、わからないわ。私は……私と荒潮は、全部アンタに押し付けて逃げちゃったから」

 

 姉さんが死んでから、私は訓練に明け暮れた。

 大潮と荒潮以外の艦娘とは必要な時以外一切関わらず、壁を作り続けた。荒潮は、怪しい宗教にすがった。

 でも、大潮は逃げなかった。

 本当は逃げたかったはずなのに、姉さんの代わりを務めようとした。姉さんに、成ろうとした。

 

 「もうやだよ……。大潮型なんて呼ばれたくないよ。私は朝潮型なんだよ!」

 「そうね……。アンタは頑張ったわ」

 

 私の胸に預けられた大潮の頭を、私は出来る限り優しく抱き締めた。

 ごめんね、大潮。

 自分のことで精一杯だったから、アンタがここまで思い詰めてたなんて想像できなかった。

 頼りにならない私たちの代わりに、彼氏って言う拠り所を作ってるのにも気付かなかった。

 アンタが大潮型と呼ばれてても、笑って軽く流してると思い込んで助けなかった。

 アンタがこうなっちゃったのは、私のせいだと言っても良いわ。

 でも、朝潮を姉さんの代わりにしていい理由にはならない。

 

 「私はこれからも、アンタと荒潮の邪魔をする」

 「どうしてわかってくれないの?満潮だって、あの子のことは大切に想ってるんでしょ?」

 「ええ、大切な妹よ。でもそれ以上に、あの子は戦友なの」

 

 だから、邪魔なんてしたくない。

 あの子が力を求める限り、私の全てをあの子に教える。あの子に必要だと判断したら、私にできない事でもなんとかしてあの子に見せる。

 そして、邪魔もさせない。

 大潮と荒潮がいくらあの子の邪魔をしようと、私が全力で防ぐ。

 だって私は、あの子の盾になるって誓ったんだから。

 

 「ねえ、大潮。今の私たちを見たら、姉さんは何て言うかな」

 「きっと、仲良くしなさい。って言って怒るよ」

 「そっか……。うん、そうよね」

 

 私にとっては姉さんが初めてだったけど、姉さんは沢山の姉妹を亡くしてる。

 だからなのか、姉さんは姉妹喧嘩を許さなかった。

 ちょっとした口論でも、姉さんに見つかったら「仲良くしなさい!」って、怒られた。

 今考えると、姉さんも今の私たちみたいに、傷ついていたのかもね。

 

 「きっと私たちは、朝潮型史上最悪の姉妹ね」

 「満潮のせいだよ。満潮さえ、私たちに協力してくれたら……」

 

 うん、そうね。

 よくその続きを言わずに呑み込めたわ。

 アンタは自分が間違ってるってことを、頭ではわかってる。ただ、心が許してくれないだけ。

 ある意味アンタは、荒潮以上に姉さんに依存してた。

 姉さんがいなくなったことで、それまでの生き方ができなくなった。

 大潮らしく振る舞えなくなった。

 それは私なんかじゃ、想像もつかないくらいのストレスだったでしょうよ。

 

 「また、仲良くできるのかな……。朝姉がいた頃みたいに、みんな仲良くできるのかな」

 「できるわよ。今は無理でも、きっと前みたいに仲良くできるわ」

 

 私たちの姉妹仲は過去最低。

 って言うか、今の世代の朝潮型に性格がひん曲がってる奴が多すぎるのよ。

 仲が良いのなんて九駆の4人くらいなんじゃない?実際、あそこの朝雲と山雲なんて相思相愛だしね。

 あ、姉妹仲で思い出した。

 

 「そう言えば、呉のアイツから連絡あった?」

 「朝潮ちゃんが着任した日に、一度だけ」

 「なんて?」

 「新しい朝潮はどんな子?って。だから、写真を撮ってラインで送っといた。それっきり、連絡はないよ」

 

 とてつもなく嫌ぁ~な予感がする。

 大潮以上に姉さんに依存してたあの子が、朝潮の写真を見て穏やかでいられる訳がない。

 

 「ごめん大潮。ちょっと離れて」

 「え?何?どうしたの?」

 「司令官にお願いしたいことが出来た。アンタも一緒に来て」

 「それは……かまわないけど」

 

 たしかあの子は、司令官と個人的に連絡を取れたはず。姉さんが司令官と婚約した時に少し揉めたけど、あの子は今でも司令官と連絡を取り合ってる確率が高い。

 だってあの子……十番艦の霞は、司令官が呉と戦争してでも欲しいと言った駆逐艦なんだから。

 だったら司令官を通して、朝潮とあった時は大人しくするよう言い含めておくことも……。

 

 「司令官!ちょっとお願い……が」

 

 遅かった。

 と、直感で理解した。

 仕事中なのに、司令官がスマホを片手に方言丸出しで電話してる。

 聴こえた限りだと、電話の向こう側にいる奴が呉提督の愚痴を言ってるみたいだわ。

 そんなことをうちの司令官に愚痴る奴なんて、霞しかいない。

 そして司令官は、私が考えうる限り最悪の答えを、霞に返した。

 悪巧みしている時の、気を抜くと泣きそうになってしまうくらい恐い笑顔で、「ああ、近い内に会わせよう」ってね。

 

 

 

 

 

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