艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第三十六話 一緒に、苦しんでください

 

 

 日本国防海軍軍令部。

 通称『大本営』とは、本を正せば日清戦争から太平洋戦争までの戦時中に設置された日本陸海軍の最高統帥機関に起因します。

 先に言った通り、陸軍も海軍も同じ大本営の下部組織みたいなものだったのですが、1950年に日本帝国軍が日本国防軍へと再編されたのを機に、陸軍の大本営は参謀本部、海軍の大本営は軍令部と別けられることになったのです。

 ただし今でも陸海軍、列びに国防軍になってから新設された空軍も含めて、総帥は天皇陛下のままです。

 要は、陛下旗下の軍隊が三つある感じですね。

 

 この戦争が始まった当初はどちらも東京にあったのですが、開戦後間もなく始まった無差別空襲によって両大本営は壊滅。

 仕方なしに、なぜか全く空襲されなかった呉に一時的に大本営を移し、戦況が安定した正化26年に、横浜近郊に再度移転されました。

 その大本営の廊下を、元帥閣下に呼ばれて訪れた彼とともに元帥執務室に向けて歩いています。

 

 「誰に説明しているんだ?大淀」

 「独り言なのでお気になさらず」

 

 ちなみに私は、海軍軍令部にて元帥閣下の秘書艦兼、大本営付艦娘の筆頭を務めている大淀型軽巡洋艦の一番艦、大淀と申します。

 以後、お見知り置きを。

 

 「知っているが?」

 「暮石中将には言ってません」

 

 私が誰ともなく状況説明して気をまぎらわせるのは癖みたいなものですから、一々反応しないでください。

 

 「善処するよ」

 「だから、反応しないでください」

 「妙に機嫌が悪いな。土産がなかったからか?」

 「あなたの顔を見たからですよ」

 

 お土産が無いことはむしろ安心しています。

 なにせ、この人が過去に持参したお土産は、どう贔屓目に見てもお土産とは呼べなかったのですから。

 何だったと思います?

 ()()()()()()()()()()

 よりにもよってこの人、返り討ちにした暗殺者の遺体……いえ、遺体とも呼べませんね。原型を留めているモノは皆無でしたから。を、お土産と称して持ち込んでたんです。

 しかも、運が悪いと言うかタイミングが悪いと言うか狙ってたんじゃないんですか?と言うか、この人が来た時に最初に遭遇するのがなぜか必ず私だったせいで検品させられてたんです!

 初遭遇時のことは今でも忘れられません。

 死体を見たのは初めてではありませんでしたが、あそこまで破壊された死体を見たのは初めてだったので、その日は一日中トイレから出られませんでしたよ。

 

 「君が艦娘になってからは、持って来てないだろう?」

 「ええ、たしかに持ってきてませんね」

 

 それは単に、私が大淀になったのと時をほぼ同じくして、悪巧みをしているつもりになっている老害たちが暗殺者を送るのをやめたからです。

 もしまた、あの老害たちが暗殺者を送ればこの人は間違いなく、またお土産と称して持って来るでしょう。

 あ、暗殺者と言えば……。

 

 「辰見少佐はお元気ですか?」

 「元気に書類仕事をしているよ。たまに発狂しているようだがな」

 「それはなによりです」

 

 辰見少佐は、老害どもに命じられたことを無視したようですね。

 まあ、予想通りです。

 この人は相手が女性でも「私は性差別をしない主義だ」とか言って容赦しませんし、元部下と言えども慈悲などかけません。

 その彼を暗殺しようなど自殺に等しいです。

 でも、私としては……。

 

 「殺されてくれたら良かったのに」

 

 と、口に出すほど口惜しく感じています。

 この人は妹の仇。

 私に残された唯一の肉親に、死ねと命じて死なせた仇敵です。

 私に彼をどうこうできるだけの力があれば、私自ら手を下すのですが、残念ながら私にそんな力はありません。なので、計画を練るくらいしかできないのが()()()()()

 

 「私の復讐が終わるまで待ってくれるのなら、そのあとで好きにさせてやると言ったはずだ」

 「いつ終わるかもわからないあなたの復讐を待てるほど、私は人間ができていません」

 

 あれは、この人が妹を殺した次の日でしたか。

 ここに呼び出されたこの人は、報告を終えて私と二人になるなり土下座しました。

 そして一悶着の末に、先の約束をしてくれたんです。

 あ、でも、当時は再会して間もない妹が死んだことがショックすぎて取り乱すことしかできませんでしたが、男性に土下座されるなんて貴重な経験をもっと堪能しておけば良かったと、後に後悔した記憶があります。

 

 「意外とSっ気が強いな」

 「あなたのせいで、性格が曲がってしまったんです」

 「元からでは?」

 「いえいえ、私はどちらかと言うとMですので」

 「ふむ。その痴女みたいな格好を見ればまあ、納得だな」

 

 格好には触れないでいただきたい!

 そもそも、痴女みたいは言いすぎです。

 たしかにスカートは痴女呼ばわりされても仕方がないくらいスリットが開いていますが、上半身は普通です。

 ええ、誰が何と言おうと普通です。

 魔改造され過ぎな気がしなくはないですが、それでも100人に聞けば100人全員がセーラー服と答えるはずです。

 

 「魔改造されたセーラー服を着た秘書とオフィスプレイ。AVのタイトルでありそうだな」

 「セクハラで訴えますよ異常者。昨今の海軍では、女性の発言力の方が強いのをお忘れなく」

 

 ついでに説明しておきますと、先ほど言ったように海軍では女性の発言力が強いです。

 その理由は、海軍の主戦力が艦娘であるからに他なりません。

 私の横で「お~怖い怖い」などとほざいている人がどんなに出鱈目な強さでも深海棲艦に対しては無力なように、他の海軍戦力も同様です。

 故に、深海棲艦に唯一対抗できる艦娘の発言力が強くなり、その尻馬に乗った形で他の女性軍人の発言力も高くなってしまったのです。

 おっと、無駄話をしている間に、執務室についてしまいましたね。

 

 「失礼します。暮石中将をお連れいたしました」

 『入ってかまわないよ』

 

 と、即返事が来たので入室したら、髭を胸のあたりまで伸ばした元帥閣下がテーブルに一升瓶とグラスを二つ用意している最中でした。

 このジジイ、飲み相手が来たものだから、昼間っから飲む気満々ですね。

 

 「元帥殿をジジイ呼ばわりするのは、上官侮辱罪なんじゃないか?」

 「良いよ良いよ小十郎君。いつものことだから」

 

 ええ、閣下がおっしゃった通りいつものことなので、一切問題ありません。

 今日は人目がありますからソフトに言ってますが、いつもは糞ジジイとか、死に損ないとか、棺桶に片足突っ込んでるくせにとか言っていますので。

 

 「おいおい、老人は労ったほうが良いんじゃないか?」

 「小十郎君は何を言ってるんだい?美女に罵られるなんて、僕の業界ではご褒美だよ」

 「なるほど。それは確かに」

 

 確かに。じゃあありませんよ変態ども。

 海軍のトップと、上から数えた方が早い地位にあるあなたが言ったら海軍自体が誤解されかねません。

 

 「それで元帥殿。話とは?」

 「まあ、まずは再会を祝して一杯やろうじゃないか。君のために、わざわざ山口から取り寄せたんだよ?」

 

 閣下は痴呆が進んでお忘れのようですが、手配したの私です。

 元帥閣下はお酒好きですが、銘柄に頓着しない、酔えれば何でも良い質より量を好むタイプの酒飲み。暮石中将はその逆で、量より質を好むタイプです。

 ですので、閣下では彼好みのお酒など用意できません。

 それで先日、暮石中将に贈りたいから彼の地元の酒を用立ててくれ。と、命じられましたので、調べてそれなりの物を取り寄せました。

 ちなみに、用意したのは『(たか)』。その純米吟醸山田錦です。

 詳しい説明は割愛しますが、この人が日本酒を覚える切っ掛けとなったお酒と、とある筋からお聞きしましたのでわざわざ取り寄せたのです。

 ついでにお酌もしてあげましょう。

 日本には今でも、お酌は女性がするものという悪しき風習が根強く残っていますから。

 

 「大淀君は、誰から聞いたのかな?」

 「おおかた、うちの馬鹿娘でしょう。私の飲酒歴を知ってる者は限られますし、ついこの間電話をかけてきましたから」

 

 大正解です。

 私と彼の養女である神風さんは、彼が何度かここに連れて来たことがあるので面識があります。

 それでお酒の話を受け、彼女に相談したと言うわけです。

 

 「それじゃあ、乾杯と行こうか。早く話を終わらせないと、大淀君に怒られちゃうからね」

 「元帥殿からすれば、それはご褒美なのでは?」

 

 などと軽口を交わし合って、二人はお酒が注がれたグラスを軽く掲げて一気に飲み干しました。

 これで挨拶は終わり。

 今から行われるのは、大本営の老害たちすら駒とした悪巧みの進行状況の確認です。

 

 「あの厄介な『結界』の調査は済んだかい?」

 「ええ。つい先日、第八駆逐隊を使って救出した私の部下が、しっかりと調べてくれていました」

 

 彼の説明によるとこうです。

 ハワイ島をスッポリと被うように展開されている『結界』と仮称されているソレは、中枢棲姫を起点としてミッドウェー、ジョンスン両島に居座る深海棲艦と、島の中心に居る中枢棲姫の南側、マウナロア山中腹に鎮座する謎の深海棲艦。さらに、最低でももう一隻が艦力を供給して形成されていたそうです。

 

 「じゃあ、その供給元を、仮に『ギミック』と呼称しようか」

 「了解しました。ところで、彼の国への支援要請は?」

 「幸いなことに、僕の友人がまだ存命でね。彼を通して、支援と言うより合同する体裁が整ったよ」

 「では……」

 「そう、この戦争初の、日米合同作戦さ」

 

 それが実現すれば、成功しても失敗しても、確実に世界史に刻まれますね。

 は、ひとまず置いといて、今現在の概要では、米艦隊が東側艦隊を撃破した後に島の南北から包囲、掃討戦を行いながら、ミッドウェー、ジョンスン両島のギミックを両軍で破壊。そして、総力を挙げて中枢を撃破する手筈になっているそうです。

 余談ですが、ハワイ島攻略中の日本は作戦開始と同時に他の通常作戦を全て中止。防衛に専念し、全艦娘の三分の一をハワイ攻略に投入。西側のギミック及び中枢棲姫を叩くのに注力します。

 

 「山の中腹のギミックはどうするつもりなんだい?上陸は可能なんだろう?」

 「奴の結界は海岸線の沖合、10メートルほどに沿って張られていますが水中までは張られていませんでした。よって、水中を通ってなら上陸可能です」

 「なるほど、そうやって君の部下は上陸したんだね。じゃあ、ギミックの解除は潜水艦隊でやるのかい?」

 「いえ、彼女たちは水中での戦いには慣れていますが、陸戦は素人でしょう。なので、結界手前まで揚陸艇で接近し、そこから海中を潜水させて奇兵隊を送り込みます」

 「ふむ。こと陸上の戦闘に置いては、艦娘を使うよりも実績のある奇兵隊の方が合理的かつ確実だね」

 

 個人技に特化しすぎていて、普通の軍隊では扱いきれないくせ者揃いとは言え、人間とは思えない化け物揃いですしね。

 艦娘の登場で軍関係者しか知る者がいなくなりましたが、私が調べたところによると、開戦初期に空襲こそされたものの、深海棲艦が上陸できなかったのは彼が率いていた奇兵隊と、太平洋戦争時の機体をレストアして編成された国防空軍のとある航空隊の活躍があったおかげです。

 その中でも私が聞いた話が真実なら、彼はその化け物たちが霞むくらいの化け物です。

 

 「そちらの準備は?」

 「船は()()()()用意できそうだよ。特に()()()()は、秋頃には進水予定だ。艦長はどうする?」

 「『沖田少将』にお願いしようと考えています」

 「タウイタウイ泊地司令の沖田君かい?なるほど、確かに適任だね」

 

 タウイタウイ泊地の沖田少将ですか。

 たしか彼も奇兵隊の一員で、コールサインは『艦長』でしたね。

 歳は65で定年をとっくに過ぎていますが、彼は開戦最初期に起きた海軍と深海棲艦の一大決戦である『沖ノ鳥島沖海戦』。俗に『国防海軍の落日』と揶揄されることもある海戦にて、護衛艦隊の総旗艦だった『イズモ』の艦長に任ぜられていた人です。

 その海戦自体は、護衛艦をすべて失ったと言われるほどの大敗北に終わったのですが、彼は残った艦を率いて瀬戸内海まで撤退戦を繰り返しながら深海棲艦の進行を遅らせ、陸軍が迎撃態勢を整える時間を稼いだ功労者の一人です。

 

 「修理すれば使える程度に、船の損傷を抑えたが抜けている」

 「そうでしたね。最低でも大破で、座礁したり浸水したり船体が断裂したりしていて、直すより新たに造った方が安上がりなんじゃ?と思ってしまう船ばかりですが」

 「嫌味に聞こえるのだが?」

 

 嫌味とは失敬な。

 ざっと勘定をした結果、そう思っただけで嫌みなどではありません……って、もうこんな時間ですか。

 一升瓶も空になって、話も一段落ついたようですので、今回の密談はこれで終わりですかね。

 

 「では、私はそろそろ」

 「うん。手間を取らせて悪かったね」

 「構いません。他の者には、まだ聞かせられませんから」

 

 故に、傍聴対策を施した場所で面と向かってでしか打ち合わせができません。

 もし、今も行われている作戦の全てがハワイ島攻略のためだと老害どもに知られたら、全力で妨害しようとするでしょうから。

 その理由は、ハワイ島攻略と言うより中枢攻略が半ば禁忌とされているからです。

 日本はこれが初ですが、欧州は過去に四度中枢攻略を実行し、四度とも敗北して制海権をほぼ喪失しています。

 その結果、欧州各国ではデモやクーデターが頻発し、政権が交代したのも一度や二度ではありません。

 故に老害どもは、中枢攻略に失敗した場合に、自分たちの利権が失われるのを恐れるあまり、この計画が露見した場合に妨害してくる可能性が高いのです。

 

 「大淀君。今日は直帰して良いから、彼を送ってあげてくれないかい?」

 「了解しました」

 

 彼は護衛とともに車で来ているので必要ないのでは?とは言いません。

 彼が今日来ると決まってから、私に横須賀まで送らせてくれと、前もってお願いしていましたから。

 まあそのせいで、閣下に変な誤解をされてしまいましたが。

 

 「意外だな。私と一緒にいるのは、君にとっては苦痛なんじゃないのか?」

 「ええ、苦痛ですよ」

 

 今だって、あなたが乗っている助手席側を、ハンドルを切ってガードレールなり、建物なりに押し付けてやりたい衝動を抑えるのに苦労しているんです。

 ですが、彼を苦しませる方法を思い付いてしまったので我慢しています。

 普通の男性ならラッキー程度にしか思わないでしょうが、この人にとっては肉体を傷つけられるよりよほど効果がある方法を、思い付いてしまいましたから。

 

 「道を、間違えているぞ?」

 「いいえ。合っています」

 

 車を向かわせているのはとあるホテル。

 この日のために、貯金をはたいて全室借り上げたホテルです。

 

 「電話が、鳴っていますよ」

 「ああ。後ろの部下からだろう」

 

 前後を黒塗りのハイエースが護衛してくれていましたが、急に進路を変えたので何事かと連絡を取ってきたのでしょう。

 暮石中将が当たり障りのない言い訳でお茶を濁していますが、既に目的地が見えてきていますので、後ろのハイエースに乗っている人も想像がついているんじゃないでしょうか。

 

 「マスコミにでもすっぱ抜かれたら、有名人の仲間入りだな」

 「見出しは、『横須賀鎮守府司令長官、艦娘と夜のホテルで砲雷撃戦』と、言ったところですか?」

 

 と、ホテルのロータリーに車を停めてから、緊張を悟られないように無感情を装って茶化し返しましたが、その心配はありません。

 私自ら色々と根回しはしてますし、きっと奇兵隊の方々が気を回して、万が一にでもネタにされないようにしてくれているはずですから。

 

 「君は、後悔しないのか?」

 「するに決まっているじゃないですか。あなたに抱かれるなんて、私にとっては考えうる限り最悪の拷問です」

 

 でも、この方法しか思い付かなかった。

 私では、女を武器にするしかこの人を苦しめる方法がなかった。

 

 「なかなか良い部屋だ。高かったんじゃないか?」

 「ええ、それなりに」

 

 貯金の半分が吹っ飛びましたからね。

 でも、お金なんてどうでも良い。だって必要なら、また稼げば良いだけなんですから。

 

 「先にシャワーを浴びてください。私は、後でいいですから」

 「わかった」

 

 彼が浴室に入るなり、私はベッドに腰かけて震える足を押さえ付けました。

 私はこれから、最も憎むあの人に抱かれる。

 私が処女と知れば、あの人は出来る限り優しくしてくれるのでしょうが、そう考えただけで足に留まらず全身が震えてきます。

 

 「ごめんね。お姉ちゃん、こんな事でしか……」

 

 恨みを晴らせない。

 どちらも亡くなっているとは言え、愛した女性に操を立てているあの人にとって、それ以外の女性を抱くのは拷問と同じ。特に私は、彼が死なせた子の実の姉です。

 その私を抱くことは、彼にとっては身を焦がすような精神的苦痛のはず。

 さらに避妊をするつもりもないので、子供ができる可能性でさえあの人を苦しませ続けてくれる。

 

 「あがったぞ。君も……」

 

 バスローブ姿になった彼が出て来るなり、私は彼の胸に飛び込みました。

 これ以上は我慢できない。

 さっさとやることをやってしまわないと、妹が愛したこの人を、妹を裏切る方法でしか苦しめられない事実によって生じた罪悪感と嫌悪感に押し潰されてしまう。

 だから私は……。

 

 「一緒に、苦しんでください」

 

 とだけ言って、彼と唇を重ねました。

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