私は入渠が嫌い。
いえ、怖い。どうしようもなく恐ろしい。
入渠するくらいなら、傷がどれだけ深く、痛くてもそのまま放っておいてほしいと願うくらい、入渠するのが嫌。
そんな私が、今回の入渠では落ち着いてる。
満足してるって言ってもいいわね。
だって、私は守れた。
あの子が軽巡棲姫を倒すまでの時間を稼げた。
もっとも、そのせいで……。
「ごめんね。荒潮」
「謝るくらいなら、あんなことしなきゃ良かったじゃない」
「そうね。でも、あの子のために必要だった」
私は大潮と荒潮を攻撃した。
駆逐棲姫二隻を相手にしながら、二人が朝潮の方に行けないよう、奥の手まで使って邪魔をした。
結果、荒潮を中破にし、私自身も、駆逐棲姫と大潮からの攻撃よって大破。
鎮守府に戻るなり、荒潮と二人して病院に放り込まれてベッドにくくりつけられたわ。
「朝潮ちゃん、強くなったわよねぇ。軽巡棲姫を一人で倒しちゃうなんて、さすがに思わなかったわぁ」
「あの子が習得してるであろう技術を考えたら妥当よ。むしろ、時間がかかりすぎたくらいだわ」
「満潮ちゃんは厳しいわねぇ。あの子、着任してからまだ一ヶ月ちょっとよぉ?」
「横須賀には、着任初日に戦艦を
「それぇ、二駆の夕立ちゃんのことぉ?」
「そう、横須賀きってのネームド艦娘。『鬼畜艦』夕立」
艦娘は艤装のモデルとなった艦の名を襲名するため、先代と区別するために戦闘スタイルなどの特徴を表した異名をつけられることがある。
そんな異名が定着した艦娘を総称して、いつの頃からか『ネームド艦娘』と呼ぶようになったの。
横須賀で最も有名なのが、さっき言った『鬼畜艦』。
夕立の名を継ぐ子は、改二になった際の駆逐艦離れした火力も手伝って代々目まぐるしい戦果を上げることで有名なんだけど、今代の夕立は先代の『ソロモンの悪夢』以上の怪物だった。
なんせ、先に言ったように着任初日に、イロハ級とは言え戦艦を沈めたんだから。
しかも改装前だったのに加えて、やり方がえげつなかったから余計に印象が強かったらしい。
実際に見たことはないけど、正に鬼畜の所業と言わざるを得ない戦い方だったそうよ。
司令官の評価では横須賀の駆逐艦で五指に入り、艦種の差を考慮しても、横須賀所属の艦娘十強に名を連ねるんだってさ。
ちなみに、私と荒潮はどちらもランク外。
私と関わりの深い艦娘でランクインしてるのは、神風さんと大潮だけね。
再度ちなみに。
神風さんは贔屓目なしで、両ランキングでトップ。
まあ、あの人は表だって作戦に参加しないし、このランキングも
そのせいで、横須賀最強の艦娘は長門さんだと思ってる人が大半よ。
「鬼畜艦には遠く及ばないけど、あの結果を見てもまだ反対する?」
「私ぃ、気絶してたから見てないんだけどぉ」
「でも、結果は知ってるでしょ?」
「まぁ、ねぇ……」
結果を知っても、あの子が危ない目に遭うのは嫌。って、感じかしら。
まあ、アンタはそうよね。
アンタは姉さんを愛してた。
姉さんはからかわれているだけだと思ってたみたいだけど、傍から見てたら荒潮の好きがLikeじゃなくてLoveなんだって、すぐにわかったわ。
その姉さんと瓜二つのあの子が危ない目に遭うのを、アンタが許容できるわけがない。
「あの子って、わかりやすいわよねぇ。姉さんとは大違い」
「そうね。姉さんは、あの子と違って本心を隠すタイプだったから」
あの子も、隠そうとはしてるんでしょうけどね。
それでもあれだけ顔や態度に出せば、人並みに察しが良い人ならある程度あの子の考えてることがわかると思うわ。
「神風さんにお説教されてから、あの子は姉さんと違う、姉さんじゃないって、何度も自分に言い聞かせたわぁ」
「でも、無理だった?」
「いいえぇ。今では納得してる。あの子をあの子として愛してるわぁ」
あ、惚れてるのは変わらないんだ。
だったら余計、あの子が隻腕討伐に参加するのを反対するんじゃ……。
「私は、あの子が傷つくのが嫌。危ない目に遭うのが嫌。死んじゃうのが嫌。でもそれ以上に、あの子の邪魔をしてる私が一番嫌」
「それは、つまり……」
「私は頑張ってるあの子が好きよ。必死なあの子も、戦ってるあの子も、司令官に好きって全身で語ってるあの子も全部好き。だから、あの子が嫌がりそうなことは、もうしたくない」
「じゃあ、賛成してくれるのね?」
「ええ。賛成したいわぁ……」
したい?
それは条件次第ってこと?
ううん、違う気がする。
あの思い詰めたような表情から察するに、荒潮は別のことを心配してる。
だとしたらたぶん……。
「
「ええ……。あの状態の私は、姿だけじゃなく性格も口調も変わっちゃう。それだけじゃないわ。私の……私たちの力の源をあの子が知ったらと思うと……」
「そうね。深海棲艦は敵。だからね……」
長く艦娘をやってる人はそれとなく、もしくは提督なりから聞いて知ってることがあるんだけど、私たち艦娘の力の源は深海棲艦。
正確に言うと、開発資材と偽称した深海棲艦の核。
コレを妖精さんに渡して建造されたのが艤装なの。
だから、敵である深海棲艦の力を借りて戦っていると気づいたら、あの子は戦うことを拒否するかもしれない。それを、荒潮は心配してるのよ。
だって、あの子くらいの年齢で養成所に流れ着くような子は、開戦時の空襲で家族を失った子が大半なんだから。
でも……。
「あの子なら大丈夫よ。変わったアンタを見ても嫌わないし、力の源を知っても戦うことをやめたりなんかしいない」
「どうして、そう言いきれるのぉ?」
「あの子が姉さんや司令官と同じタイプの人間だからよ。あの子はきっと、目的のためなら手段を選ばない」
「それはそうかもしれないけど……。でもぉ」
「嫌われるのが恐い?それこそ、心配することないわ」
「どうしてぇ?」
「あら、意外とあの子のことを見てないのね」
あの子は外見の美醜で人を好いたり嫌ったりしない。
それは大半の駆逐艦から、顔が恐いせいで避けられている司令官に惚れてることからわかるわ。
私が知る限り、あの子が嫌ってるのは神風さんだけ。
まあ、あの人の場合は恋のライバルに認定されてるのと、初対面時の印象が最悪だったせいだけどね。
「あの子は、甘やかしてくれるアンタを姉として好いてる。そのアンタの外見や口調が少々変わったところで、あの子が嫌うとは思えないわ」
「少々どころかぁ、激変しちゃうんだけどぉ?」
「それでもよ。それでも、アンタの本質は変わらないでしょ?」
だから、心配なんてする必要ないの。
だってあの子……。
「基本、バカだから」
「……そうねぇ。そう言われたら、あの姿の私も受け入れてくれるかもって思えちゃうわぁ」
ええ、間違いなく受け入れてくれるわ。
それどころか、カッコいいとか言ってやり方を教えてくれってせがむかもしれないわね。
さすがにアレは、あの子の才能でもコピーできないでしょうから。
でもこれで、荒潮は朝潮の隻腕討伐参加に賛成してくれそうだわ。
「そういえばぁ、大潮ちゃんが言ってたけどぉ、霞ちゃんが来るのぉ?」
「近い内に会わせる。って、司令官は言ってたわ」
「霞ちゃんも、今回の作戦に参加させるのかしらぁ」
「いや、それはない」
霞は歳こそ朝潮と同じだけど、私と荒潮に次いで艦娘歴が長い。
だから練度は高いんだけど、呉特有の艦隊運用のせいで実戦経験が私たちほど多くない。
ここ数年は精々、近海の哨戒くらいしかしたことがないはずよ。
そんな霞を作戦に参加させたら、下手をすれば神風さんの逆鱗に触れかねない。
そもそも所属が違うから、霞だけ参加させるなんてことはできないはずだしね。
だから……。
「たぶん、夏に行われる演習大会で会わせる気なんだと思う」
「なるほどねぇ。駆逐隊って括りならぁ、十八駆は呉で一番だものねぇ」
正確に言うと、朝潮型九番艦の霰と霞が、ね。
陽炎と不知火も第二水雷戦隊に所属しているだけあって、練度も技術も並の駆逐艦を上回る。
でも、あの二人には及ばない。
大潮でさえ本気を出さなきゃ勝てない霰と、その援護に長けた霞のコンビは、たった二人で水雷戦隊に匹敵する戦力よ。
おそらく司令官の狙いは、霞たちのとの演習によって得られる経験ではなく、霰独自の戦闘スタイル。
それを見せる。もしくは、身をもって経験させることなんだと思う。
私個人としては、脚技以上に肉体への負担が大きいアレは、朝潮には覚えさせたくないんだけど……。
「もし戦うことになったらぁ、霞ちゃんを速攻で倒して残った霰ちゃんを四人で囲むぅ?」
「それがベターだけど、陽炎と不知火が抜けてる」
「あらぁ、満潮ちゃんは慎重ねぇ。基本を煮詰めるだけの二水戦の子なんてぇ、私たちからしたらカモじゃなぁい」
その煮詰め方が尋常じゃないから慎重なの。
ちなみに第二水雷戦隊、通称『二水戦』は、軽巡洋艦の神通が旗艦を務める呉の常設隊よ。
横須賀の『芸の四水戦』、佐世保の『夜の三水戦』と並んで、『華の二水戦』と呼ばれることもあるわね。
その二水戦には、他の水雷戦隊にはない特徴がある。
いえ、特徴がないって言った方が正しいのかしら。
二水戦は基本に忠実。
艦娘としての基本技術と、艦隊戦術を骨の髄まで染み込ませると揶揄さえるほど徹底した訓練で、一艦隊が一つの艦のように完璧に連携するの。
荒潮はカモなんて言ってたけど、二水戦に一塊で来られたら、私や荒潮程度なら抵抗する間もなく一瞬で沈められるでしょうよ。
「霞ちゃんも、私や大潮ちゃんみたいになってるのかしらぁ」
「可能性は高いわね。いえ、もしかしたら……」
もっと酷いかもしれない。
私たちは曲がりなりにも、姉さんの艤装にすがって泣けた。それまでずっと、一緒にいられた。
でも、あの子は違う。
姉さんの艤装にすがって泣けなかったし、姉さんが生きてた頃も休暇を利用して横須賀に来る時以外は会えなかった。
そんなあの子が朝潮と会っても、ただ似てるだけの朝潮を認めるとは思えない。
最悪の場合は、朝潮を亡き者にしてでも艤装を奪うかもしれない。
「問題の多い姉妹ねぇ。姉さんが知ったら、きっとカンカンに怒るわよぉ?」
「そうね。でも……」
なんとかなりそうな気はしてる。
あの子と関わって、私は傷つくのを怖れなくなった。
むしろ、あの子のために傷つくのを誇りにすら思えるようになったわ。
荒潮も、あの子の見た目に引きずられはしたものの、今は姉さんの面影を求めるんじゃなくて、あの子を見てる。
大潮だってきっと、あの子と過ごして行く内に昔の大潮に戻ると思う
確証はないけど、なぜかそう確信してる。
だって……。
「雨降って地固まる。って言うしね」
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