以前、神風さんから朝潮の瞳の色が変わってたって話を聞いて、もしかしてとは思ってた。
でもあり得ない。
あり得ないで欲しいと、願ってた。
だってもし、私の仮説が合ってたらあの子が危険だもの。
姉さんは優しい人だったけど、目的のためなら手段を選ばない非情さも持ってた。
司令官のためなら、私たちでも平気で犠牲にする人だった。
その姉さんが、自分より遥かに性能が良い体を手に入れられる手段を得たなら、赤の他人であるあの子のことなんか考えずに乗っ取るくらいは鼻歌交じりでやるでしょうから。
でも……。
「説明してよ満潮!朝潮ちゃんに何が起こったの!?アレじゃあまるで……!」
「説明は帰ってからしてあげる。今はネ級を!」
今はそれ以上に、あのネ級が危険だ。
隻腕が作戦を看破した可能性もなくはないけど、私の勘がそれはないと言っている。
作戦を看破し、動かなければ直撃だったのは偶然だろうけど、哨戒艇がいるであろう海域を絞りこんで隻腕に砲撃させたのはネ級だわ。
「大潮、三十秒ほどアイツを引き付けて。『
「相手はネ級だよ!?それなのに奥の手を使うの!?」
「ええ。アイツは普通じゃない。間違いなく、隻腕と同じ特殊個体よ」
だから、出し惜しみはしない。
最初から本気で行くわ。
私の艦体指揮には、アンタや荒潮の奥の手や脚技のように肉体的、精神的、燃料的なデメリットはないしね。
「全感覚、全神経を解放。コネクト開始」
私の奥の手である艦体指揮は、妖精さんとコンタクトが取れ、仲良くなることで初めて可能になる
艤装の各部に宿る妖精さんと感覚や思考を共有、並列化する事で、通常を遥かに超える思考能力と反射速度を得ることができるの。
さらに予め、例えば「死角からに攻撃に対して独自判断で回避せよ」と命令しておけば、私が命じなくてもオートで回避運動を取ってくれるわ。
もっとも、大潮たちは私が妖精さんの力を借りてるなんて知らないから、私の艦体指揮をちょっと反応が良くなる程度にしかとらえていないけどね。
「コネクト完了。艦体指揮発動!」
デメリットがあるとすれば、妖精さんたちと同調するまで30秒ほどかかることかしら。
出撃前にコネクトを完了してれば問題ないんだけど、艦体指揮発動中は思考速度も上昇するから、大潮が立てる作戦にいつも以上に口を挟みたくなるのよ。
だから、普段は必要な時にしか使わないようにしてる。
大潮の作戦に穴があっても、普段の私ならギリギリ我慢できるからね。
「正面は私が引き受ける。大潮は側面、もしくは後ろを狙って」
「……わかった。今は、満潮の言うことを聞くよ」
思ってたより素直に言うことを聞いてくれたわね。
もしかして、私の意見具申を無視した結果、朝潮が隻腕とタイマンする羽目になったことに、責任を感じてるのかしら。
「砲術長、水雷長に、任意での攻撃を許可。今だ、と思うタイミングで撃ちなさい。航海長、機関長は敵との距離を適度に取って、私の思考時間を作りなさい」
艦体指揮の最大の強みの一つ。
それは、セミオートとも言える半自動戦闘よ。
先に言ったように、予め命じておけば、妖精さんたちが私の思考を読み取り、その通りに体と艤装を操作してくれるの。
まあ荒潮ならともかく、神風さんや昔の大潮みたいな相手とは相性が悪いんだけどね。
でも、コイツが相手なら……いや。
「なんか、変ね」
ネ級は大潮の砲撃を回避しつつ応戦し、なんとか近づけないようにしている……ように見える。
でも、焦っている様子が微塵もない。
上位艦種にとって、駆逐艦に迫られるのは恐怖でしかないはずなのに、アイツにそんな様子はない。
私は何かを失念している。
それは何?
アイツは特殊個体。
深海棲艦では確認されていない、戦術や戦略の概念を持つ特殊な個体。だから、司令官の作戦を見破れた。
でも、それだけなの?
「あ……そうか」
アイツが司令官の作戦を見破れたのはどうして?
それはおそらく、神風さんを見たから。
神風さんが目立っていることに疑問を抱き、餌だと気づいた。
その結果、北方攻略が隻腕を釣るために利用されたのに思い至り、別動隊である私たちの存在を察知した。
そこまで……いえ、自惚れが許されるなら、私並みに思考能力を拡張できるアイツが、大潮が接近するのを許す訳がない。
アレは、罠だ。
「大潮……!」
声に出そうとした時には遅かった。
大潮はネ級の背後を捉え、魚雷の照準を合わせて撃つ寸前だった。
でも遅い。
遅いのが、ネ級の艤装のあちこちにいる、目付きの悪い妖精さんたちが大潮を
まさか、深海棲艦にも使える奴がいるとは思わなかったわ。
『そん……!』
大潮が、視線すら向けないネ級から伸びた三連装砲による砲撃で吹き飛ばされるのを、私は冷静に観察してた。
本当は今すぐ駆け寄りたいけど、今はできない。
私と同じように、アイツも私との戦闘をシミュレーションしているはずだから。
『……お前が、駆逐隊の旗艦だな』
「残念ながらハズレ。旗艦は、ついさっきアンタが吹っ飛ばした奴よ」
コイツも、私が艦体指揮を使ってることに気づいてる。
私を旗艦だと断定したのは、それを使っている私が指揮を執ってると早合点したからね。
『……お前は危険だな。後々、窮奇様の驚異になりかねん』
キュウキ様、ねぇ。
字は窮奇で良いのかしら。もしそうだとしたら、これほど厄介な情報はないわ。
深海棲艦に名前をつける文化があるのも驚きだけど、窮奇って言うネーミングがヤバい。
深海棲艦が、その名前の意味を理解した上でつけたんだとしたら、隻腕と同レベル個体が最低でも他に三隻いるってことになるもの。
しかも、特殊個体であるコイツが様付けで呼ぶってことは、隻腕改め窮奇がコイツを上回る特殊個体である可能性が高い。
その特殊性はおそらく、天才的な戦闘センス。
見張り員妖精さんの目を通して見たアイツが、砲撃の反動で飛んだのを見た時は目を疑ったわ。
あの慌てっぷりは、戦闘勝法の予定が狂った時の姉さんそっくりだわ。
窮奇が出鱈目なことをするってわかっていれば、それを踏まえた予定を立ててたんでしょうけどね。
でも私的には、そんな窮奇より、コイツの方が厄介だと思える。
ただ強いだけの奴ならやりようはいくらでもあるけど、少ない情報から作戦を見破り、たった一手でご破算にするコイツの驚異度はそれを上回る。
「それはこっちの台詞よ。アンタがいるだけで、窮奇討伐の難易度が跳ね上がる」
コイツはここで沈める。
アンタも同じ考えなんでしょ?
私と同じ力を使い、予知レベルの戦術眼を持つアンタが、私をこのまま放っておくわけがない。
だから……。
「「お前はここで沈め!」」
同時に同じ台詞を叫んだ私たちの初手は似かよっていた。
私は、アイツの足元への砲撃と同時に、左へと飛魚で跳躍。目眩ましをして、私の未来位置を誤認させた。
対するアイツは、初手で全砲門一斉射。
私が通常航行で移動可能な範囲を吹き飛ばしたわ。
「手数と性能はあっちが上。ホント、これだから上位艦種は嫌いなのよ」
奴の兵装は三連装砲が4基。単純な砲門数だけでも私の3倍。
さらに、見えないけど重巡洋艦だから魚雷も装備しているはず。
そして極めつけは、私と同程度かそれ以上の思考速度。砲撃と回避を繰り返している今この時も、私と同じように何手も先を考えているでしょうよ。
「全乗組員に通達。これより本艦は、敵重巡洋艦に対して近距離戦闘を敢行する」
私とアイツが、このまま真っ当に戦い続けられる時間は約20分。手数にして118手。
それ以上は打つ手がない。間違いなく、私の方が先に手詰まりになる。アイツも似たような結果を頭の中で弾き出してるはずよ。
ならば、真っ当に戦わなければ良い。
窮奇が朝潮にしたように、アイツが知らない出鱈目な方法を駆使して、盤面をひっくり返す。
「左舷魚雷、全弾発射!」
今現在、私とアイツは300mほど距離を置いて同航戦をしている。
だから先ず、魚雷を扇状に放つ。
この場合、アイツが採りうる選択肢は3つ。
左斜め後ろから迫る魚雷を砲撃で迎撃するか、右に舵を切って大きく躱す。もしくは左に切って魚雷の隙間へ潜り込んでの回避。
さあ、どれにする?
「左に舵を切った。魚雷を避けたついでに転進して、反航戦に持ち込もうって腹ね」
たぶん反航戦になるまで、アイツは針路を大きく変えない。時間にして十数秒だけど、それだけあればお釣りが来るわ。
「両舷主砲、斉射!
端から魚雷を当てようなんて思ってない。
魚雷は単に、アイツの針路を限定し、あわよくば速度を落とさせるために撃ったの。
その狙いは見事にハマったわ。
アイツの左脇を抜けようとした魚雷は私の砲弾に撃ち抜かれて水柱を上げ、アイツの針路を限定するどころか、爆風でアイツの速度を大きく落とした。
「右舷魚雷一番!撃て!」
私は針路をアイツへ取り、200mを切ったあたりで魚雷を放った。
今のアイツがとりうる選択肢は二つ。
砲撃で迎撃するか、当たるかのどちらかよ。
でも、私は……。
「どっちもさせない!右舷主砲!撃て!同時に、右舷魚雷二番発射!」
アイツとの距離が150mを切り、魚雷がアイツの後方50mまで迫ったところで、私は再度、自ら撃った魚雷を撃ち抜き、さらに魚雷を一発追加。
アイツは今、私の行動が理解できないでいるでしょうね。精々、目眩ましのつもり程度にしか考えていないはずよ。
「左舷主砲、撃て!」
アイツが旋回を再開したのを確認して、三度魚雷を破壊。
50mを切った私とアイツの間の空間に、二人を隔てる壁を作り出した。
この、魚雷で起こす水柱を隠れ蓑にし、あわよくば速度を減速させたり体勢を崩したりして接近する戦法は、佐世保で『夜戦忍者』とか呼ばれてるネームド軽巡の得意技である『微塵隠れ』の劣化版。
聞き齧った程度の割には、上手くできたと思うわ。
本来ならこの後、水柱が消えるより前に雷撃なり砲撃なりするんだけど、私じゃあ距離を詰めるのに使うのが精一杯だったわね。
でも、それで充分。
帰ったら、夜戦忍者に間宮羊羮を贈りたくなったくらい役に立ったもの。
「お前……!正気か!?」
「あら、随分と温いことを言うのね。駆逐艦娘は、勝つためなら何だってやるのよ!」
私と同じで、死角がないコイツに戦舞台は通用しない。だから、死角には潜り込まないわ。
死角に潜らず真正面から、砲撃の余波で自らも傷つく、10mもない超至近距離で砲雷撃をお見舞いしてやる。
何かさせてもらえるなんて思うんじゃないわよ。
アンタには何もさせない。
アンタは、
私が沈むか、アンタが沈むかしない限り、ここから抜け出すことはできない。
いえ、させない!
だから……!
「私のタイドプールで迷いなさい!」
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