艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第一章 朝潮、建造
第五話 勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です!


 

 

 

 正化29年2月。

 とっくに中旬を過ぎて、もうすぐ3月になろうかというのに風の冷たさが身に染みるせいか、もう少しで春だとはとても思えません。

 ちなみにここは四方を海に囲まれ、本土まで定期船を使って2~3時間ほどかかる位置にある元無人島に設立された艦娘養成所です。

 娯楽と言えば、誰かが持ちこんだトランプかUNOくらいですね。

 そんな所に入所してもうすぐ3年になる私は、4年目を目前にして選択を迫られていました。

 

 「何?アンタ、ここから出てくの?」

 

 その選択肢の一つを、つい三日ほど前に『叢雲』の艤装と適合して艦娘になった叢雲さんが、呆気にとられたような顔で聞いてきました。

 ちなみに、叢雲さんは1年前に養成所に来た人で私のルームメイトです。

 

 艦娘になる前は黒髪に黒目だったのに、艤装と適合してから腰まである長い髪は銀髪、瞳は赤みの強いオレンジに変わってしまいました。

 私も艦娘になったら、髪の色とか変わっちゃうのでしょうか。

 いやいや、それは取り敢えず置いておいて……。

 

 「出て行くんじゃなくて、出て行かされそうなんです」

 「似たようなものでしょ?」

 

 た、たしかに……いえ、違います!だって……。

 

 「出て行くにしても、明日の適合試験に合格できれば、艦娘として出て行けます!」

 

 自分で言ってて虚しくなってきますね。

 その適合試験に合格できないから、最短なら半年ほどで出所できるのに3年もここで過ごしているのですから。

 

 「ついこの前、私の適合試験をしたばっかりなのに、まだ艤装が残ってたの?」

 「ええ、なんでも他所の養成所に死蔵されてた艤装が見つかったそうで……」

 「死蔵されてたって……。大丈夫なの?その艤装。壊れてない?」

 

 そう言われて、少し心配になってきました。

 だって適合者が現れずにしばらく保管される話はよく聞きますが、死蔵とまで言われるほど適合者が現れなかった艤装は聞いたことがないんです。

 でも……。

 

 「大丈夫だと、思います……」

 「そんな艤装との同調に挑まなくってもさぁ、軽巡課程に進むって手もあるんじゃない?駆逐艦が無理でも、軽巡とか他の艦種なら適合するかもしれないんだし」

 

 確かに、駆逐艦の艤装に適合しなかった人が上の軽巡課程に進むことはよくあります。

 それは駆逐艦の艤装と適合できるのが、精々10代前半なためです。

 ただ、私の場合は少し事情が異なります。

 上に進めないと言うより、進ませてもらえない理由があるんです。

 

 「それ、私の事情を知ってて言ってますよね?」

 「まあねぇ」

 

 再び呆れたような視線を私に向けた叢雲さんは放っておくとして、艦娘になるための訓練は大きく分けて座学と実技に分かれます。

 座学は言わずもがなですが、実技は単純に運動ができればいいというものではありません。

 『内火艇ユニット』と呼ばれる訓練用の艤装と同調し、実際に洋上で訓練するんです。

 しなければならないのに、私は……。

 

 「内火艇ユニットにも同調できない。だっけ?むしろ、よくそれで3年も置いてもらえたわね」

 「そ、それを言われると耳が痛いです……」

 

 実際、内火艇ユニットに適合できない例は少ないです。下手をすれば、男性でも適合する人がいるくらいですもの。

 つまりそれに適合できないから、私は軽巡課程に進むことができないんです。

 

 余談ですが、この内火艇ユニットには同調式と機械式の二種類があり、機械式の方は操作さえ覚えれば誰でも使えます。

 装甲も速度も実戦で使えるレベルではないですが、訓練で使う分には内火艇ユニットは非常に有用です。

 これを使った事がない艦娘はいないんじゃないでしょうか。

 

 「で、でも、機械式ならなんとか……」

 「機械式って、あの手で操作するやつでしょ?そんなので訓練して、艦娘になれるわけないじゃない」

 

 至極ごもっとも、反論のしようがありません。

 

 「やはり、艦娘になるのはあきらめた方がいいんでしょうか……」

 「艦娘、特に駆逐艦なんかは身寄りのない戦災孤児が食い扶持求めて来たのが大半よ?ならなくて済むなら、ならないに越したことはないでしょ」

 「私は別に、食うに困ってってわけじゃ……」

 

 まったく困ったことがないわけじゃありませんが、私が艦娘になりたいのは……。

 

 「アンタの場合、座学()()は優秀なんだから、士官学校に行くとかすればいいんじゃない?」

 

 『だけ』を強調しないでください。気にしてるんですから。まあ、それはともかく……。

 

 「所長にも言われました。私が望むなら、士官学校に推薦もできるって」

 「だったらそっちにしなさいよ。艦娘になったら常に前線よ?死に急ぐことないじゃない」

 

 じゃあ叢雲さんはなんで……。

 と言いそうになりましたがやめました。

 艦娘、特に海防艦や駆逐艦になる子は訳アリが多い。叢雲さんもたぶんそう。

 最も多いのが、さきほど叢雲さんが言った戦災孤児。

 目的は食い扶持を求めてというのもありますが、仇討ちが目的と言う子が圧倒的に多いです。

 私も幼いころ、深海棲艦の攻撃で家族を失っています。ですが私の場合は、当時は三歳かそこらだったので親の顔を憶えていません。そんな私が、なぜ艦娘になりたいのかと言うと……

 

 「恩返し、だったっけ?」

 「え?」

 「アンタが艦娘になりたい理由よ。前に話してくれたじゃない」

 

 そう、私は深海棲艦に住んでた町を焼かれた時に助けてくれたあの人に、恩返しをするために艦娘を目指したんです。

 艦娘になるのが恩返しになるかはわかりませんが、あの人の側で戦えたらな……と。

 

 「もっとも、恩返ししたい相手が陸軍の人だって聞いた時は、思わず笑っちゃったけどね」

 「し、仕方ないじゃないですか!その頃は、陸軍と海軍の違いなんて知らなかったんですから!」

 

 これは本当に迂闊でした。

 まさか、陸軍と海軍がほとんど別の組織だったなんて思いもしませんでした。しかも、険悪どころか敵対関係に近いなんて噂も聞きました。

 でも、私みたいな子供が就ける軍職なんて艦娘くらいしかなかったですし……。

 

 「その人も、アンタが艦娘になって前線に出てくなんて望んでないと思うわよ?」

 

 そうでしょうか。そう、でしょうね……。

 あの時、恐怖で泣きわめく私を抱き上げ、あの人は「もう安心していい。あとは、俺たちがなんとかする」と言って、頭を優しく撫でてくれました。

 親の顔すら憶えていないのに、あの不器用な笑顔と手のぬくもりは今でも忘れられません。

 そんなあの人が、私が戦場に出るのを喜ぶとは思えません。ですが……。

 

 「それはわかってます。でも!きっかけは勘違いだとしても、一度目指したからにはまっとうする覚悟です!」

 

 そう!別の組織とは言っても同じ国の軍隊です。共同作戦とかあるかもしれません!

 

 「はいはい、それで3年もこんなところに居て、しかも明日の結果如何でおいだされるっと」

 

 それは言わないでください。

 話が振り出しに戻ってしまったじゃないですか。

 

 「どっちみち、明日の試験に合格しようがしまいが、アンタはここから出て行くんだから今日はもう寝なさいな。明日に響くわよ?」

 「あ、もうすぐ21:00(フタヒトマルマル)か……」

 

 どうりで頭がボーッとしてきたはずです。

 何故かはわかりませんが、私って夜が極端に弱いんです。21時になると、自分の意思とは関係なく寝ちゃうんですよ。

 以前、叢雲さんに「電源が落ちるみたいにコロッと寝るわね」なんて、言われたことがあるくらいです。

 

 「明日の試験、私も見に行くわ、精々頑張りなさい」

 「頑張るも何もないのですが……ん?見に来るんですか?」

 「1年も同じ部屋で過ごした仲だからね。最後くらい、看取ってあげるわ」

 

 言い方。

 それではまるで、明日死んじゃうみたいじゃないですか。

 

 「不吉な言い方しないでください」

 

 と、二段ベッドの上に登りながら抗議しつつ、話したことで不安が少し解消できたことを、心の中で感謝しました。

 叢雲さんって、これでなかなか優しいんです。

 いつもはお嬢様ぶって私を召し使いのように扱いますが、無理な事は絶対に言いませんしお礼もちゃんと言ってくれるんです。

 それに、私が落ち込んでいる時は話を聞いてくれますし、必ず励ましてくれます。

 

 「ねえ、まだ起きてる?」

 

 眠りに落ちる寸前、叢雲さんが声をかけてきました。

 なんでしょう?叢雲さんが布団に入ってから話しかけてくるのは珍しいですね。

 

 「ええ、なんとか……起きてます」

 「もし、もしよ?もしも明日の試験で落ちたら、アンタは士官学校に行きなさい」

 「え?」

 

 今なんて?士官学校?

 ああ、試験に落ちた場合ですね。

 でも、どうしてこのタイミングでそんな話を?今は眠る寸前なので、頭が上手く回らないのですが……。

 

 「そこでアンタは提督を目指すの。それで、その……」

 「う…ん……」

 「提督になって私を秘書艦にしなさい!いいわね!」

 

 今、サラッととんでもないことを言いませんでした?

 提督になるには、最低でも妖精と呼ばれる存在とコンタクトが取れないとダメだと聞いたことがあります。

 それ以前に、私がなれるとはとても思えません。

 思えませんが……。

 

 「ふふ、何年かかると……思ってるんですか?」

 「な、何年かかってもいいのよ!私は絶対、戦死なんかしないんだから!」

 

 眠気に抗いながら、私はなんとかそう返しました。

 そして……。

 

 「わかり…ました。お約束しま……」

 

 約束を交わそうと思ったのですが、最後まで言いきることができませんでした。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 はて?ここはどこでしょうか。

 見た事のない場所ですが、何故か懐かしく感じる大きな桜の木の下に私は立っています。

 桜の向こう側には、茶色い赤レンガの大きな建物。

 教本に載っている写真で見た、鎮守府にそっくりです。

 どうやら私は、その入り口の正面にあるロータリーに植えられた桜の木の下に立っているようです。

 これは、もしかして夢でしょうか。

 

 「やっと、見つけた」

 

 観察がてら桜を見上げていると、ふいに背後から聞き覚えのない声が聞こえました。

 声に釣られて振り返った先にいたのは、腰まで届きそうなほど長い黒髪を風に靡かせた蒼い瞳の女性。

 いえ、少女でしょうか。

 歳は15~6歳くらいに見えます。

 舞い散る桜を背景に、長い黒髪が風になびいてすごく綺麗です。私ももう少し大きくなれば、この人みたいになれるのでしょうか。

 

 「あなたは……」

 「これで、ようやく帰れる」

 

 少女は、私の問いを遮るようにそう言って、ゆっくりと私の方へ歩を進めました。

 そして私のすぐそばに至ると、腰を屈めて私と視線を合わせました。

 

 「お願い。私をあの人のところへ、連れて行って……」

 

 訳がわからなくてうろたえる私を余所に、少女は瞳を潤ませてそう言いました。

 あの人とは誰?

 どうして、私が連れて行かなければならないんです?

 何故あなたは、泣いているのですか?

 

 「私の分まで、あの人を……」

 

 あの人を?あの人をどうしたらいいんですか?

 少女は変わらず、私の目の前で口を動かしているのに続きが聞こえません。

 あなたはいったい、何を……。

 

 「うるっさいわぇ。何をぶつぶつ言ってんのよ……」

 

 言いたいんですか?

 と、言おうと思ったのですが、下から聞こえてきた叢雲さんの抗議に遮られました。

 やっぱり、さっきのは夢?

 しかも、叢雲さんの抗議内容的に寝言まで言っていたようです。

 

 「なんだか、スッキリしない寝起きになっちゃいましたね」

 

 私は二度寝を始めた叢雲さんを起こさないようにベッドから降り、夜明け前の寒さに身を震わせながら身支度を整えて、毎日の日課であるランニングに出ました。

 

 養成所の寮から5分も歩けば見えてくる海辺を走るのが、いつものコース。

 海と山しか見る景色がない場所ですが、夜明け前の海は何度見ても飽きないくらい綺麗なんです。

 

 「いよいよ今日……ですか」

 

 30分ほど走って、クールダウンがてら砂浜をゆっくり歩いて寮への帰途につくと、ちょうど水平線が明るくなってきました。

 もうすぐ朝が来る。

 私の運命を決定づける朝です。

 今日の試験に落ちたら、私はもう艦娘になれません。

 私が艦娘になれるかどうかが決まる、運命の日です。

 

 「なんででしょう。不安が全く……」

 

 ありません。

 昨日までは不安でいっぱいだったのに、今は不思議となんとかなるような気がしています。

 

 「あの人……」

 

 夢に出てきた少女が口にした『あの人』。

 顔も名前も知らないその人が誰なのか考えようとしたら、何故か私が知るあの人が頭に浮かびました。

 薄汚れて、所々破れたカーキ色の軍服に身を包み、高笑いを上げながら日本刀を振り回していたあの人が。

 

 「同じ人だったりして……。いやいや、ないですよね」

 

 自分がしたバカな想像に苦笑していると、朝日が海面に顔を出し始めました。

 今日もいい天気になりそうですね。

 などと、晴れの日は必ずと言っていいほど呟く感想を、今日も飽きずに口に出そうとしたら別の言葉が頭に浮かんできました。

 駆逐艦教本の、最後のページに毛筆で書かれた言葉が。

 

 「暁の水平線に、勝利を刻みなさい」

 

 誰が書いたのかは知りません。でも、私はこの言葉が好き。心が奮い立つ気がするんです。

 うん、刻んでみせましょう。

 まずは今日の試験。

 相手は艤装、私の勝利条件は艤装と同調すること。

 心の準備はできました。

 そして私は……。

 

 「勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です!」

 

 と、昇る朝日に宣言しました。

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