艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

52 / 125
真面目な長門さん


第五十二話 臆さぬならばかかってこい!

 

 

 

 お風呂場からの記憶が曖昧なまま、第八駆逐隊の部屋で目を覚ますと、すでに日が変わって長門さんとの決闘当日になっていました。

 軽く混乱しましたが、着替えと朝食を済ませて演習場に赴くと、そこにはまるで、お祭りのような光景が広がっていました。

 

 「な、何ですか?これ……」

 

 たこ焼きイカ焼きかき氷。

 怪しげなくじ引きに型抜きまであります。

 この場合も店員さん……で、良いのでしょうか?は、モヒカンさんや金髪さんと同じ軍服を着ていますので、おそらく奇兵隊の人たちでしょう。

 

 「あ、起きたのね朝潮。首は大丈夫?」

 「おはようございます満潮さん。首は大丈夫ですが……」

 

 どうしてこんな事になっているかの方が気になります。何か、イベントでもあるのでしょうか。

 

 「ああコレ?アンタを締め落とした後、神風さんが食堂でアンタと長門さんの対決を宣伝してさ。暇な奴らが集まって来たと思ったら、いつの間にかこうなってた」

 

 いやいやいや、それでどうしてお祭りみたいになるんですか?演習ですよね?なんか、観客席らしき物と大きなモニターまで設置されてますよ?

 と言うか、記憶が曖昧なのは神風さんに締め落とされたせいだったんですか!?

 

 「賭場まで立ってるわね。オッズは……99対1か」

 「オッズ?」

 「当たった場合の払戻金の倍率ね。ちなみにアンタが99。まるっきり期待されてないわ」

 「よくわかりませんが、ほとんどの人は長門さんが勝つ方に賭けてるということですか?」

 「そういう事ね。まあ、戦艦対駆逐艦だからしょうがないっちゃしょうがないけど」

 

 べつに、他の人に期待されてなくても気にしませんが、賭け事なんてしていいのですか?

 憲兵さんに怒られたりしません?

 

 「ちなみに、憲兵さんは司令官が丸め込んだらしいわ」

 

 どうやって丸め込んだかなんて私には想像もつきませんが、さすが司令官です!

 

 「満潮さんは、どっちに賭けたんですか?」

 

 もちろん私ですよね?

 まさか長門さんに賭けたりなんか……あれ?なぜ明後日の方を向いてるんです?

 

 「私、ギャンブルは手堅くいく主義なのよ」

 

 裏切った!

 信じていたのに速攻で裏切られました!

 今日の勝負に負けたら、私はあの変態と一晩過ごさなきゃいけないんですよ!?それなのに、なんで長門さんに賭けるんですか!

 

 「ついにこの日が来たな、朝潮。待ち遠しすぎて、昨日は一睡もできなかったぞ!」

 

 姉妹艦の予想外の裏切りにどう抗議してやろうかと考えていたら、たこ焼きを手にした長門さんが近づいて来ました。

 一睡もしてない割に、目がギンギンに輝いてるようにみえますが?

 それと誤解しているようですが、私は待ってません。

 永遠に今日が来なければいいのにと思ったほどです。

 さらに、コレが決まったのは昨日です。待ち遠しいと言うほど時間は経っていません。 

 

 「朝潮はグッスリ眠れたみたいね。スッキリした顔してるじゃない」

 

 ええ、グッスリ眠れましたとも。

 両手に出店の食べ物をこれでもかと抱えた、諸悪の根源である神風さんのおかげで。

 

 「そういえば、ハンデ付けるとか言ってたわよね?どんなハンデ付けるの?」

 

 そんな事も言ってましたね。

 実戦形式とは言っても、ハンデなしではさすがに勝ち目が薄すぎます。

 

 「あ~アレ?簡単よ。長門は砲撃20発、もしくは魚雷5発で中破判定。朝潮は至近弾で中破判定、直撃一発で轟沈判定ってだけ」

 

 は?いやいや、は?

 それ、私にハンデが付いてません?

 たしかに実戦ならそれもありえますけど、さすがに厳しすぎませんか?

 

 「いくら実戦形式って言っても、厳しすぎない?朝潮に勝ち目がないじゃない」

 「決めたのは神風ではない。私だ」

 

 司令官!なぜこのような所へ!もしかして私を応援しに来てくれたんですか?

 たしかに条件は厳しいですが、司令官がお決めになったのなら文句はありません。

 司令官は、その条件でも私が勝てると思っているのですよね?

 そういう事なら、期待にお応えしなくては!

 

 「だが、勝敗にはちゃんとハンデを付ける。朝潮が長門を中破に追い込んだ時点で朝潮の勝ちだ。逆は、言うまでもないな?」

 

 私は轟沈判定で負けと言う事ですね。

 ですが、この一か月追い掛け回された恨みを晴らさなければ、勝った気がしません。

 

 「司令官。べつに、倒してしまっても構わないんですよね?」

 

 だから、中破では済ませません。

 轟沈判定まで持っていってやります。いえ、あわよくば、本当に沈めます!

 

 「そのセリフ、世間一般では死亡フラグだから」

 

 なんですと!?本当ですか!?満潮さん!

 司令官に良い所を見せようとそれっぽいセリフを言ったつもりだったのに、それが死亡フラグだったなんて格好が悪すぎるじゃないですか!

 

 「先生はどっちに賭けたの?朝潮?」

 「もちろん朝潮だ。それ以外、何に賭けろと?」

 

 ですよね!

 さすが司令官です!司令官だけが私の味方です!

 

 「朝潮、私の今月の生活費をすべて君に賭けた。私の今月の生活は、君に懸かっていると言っても過言ではない!」

 「ちょっと待てクソ親父。じゃあ、朝潮が負けたら私も今月飢えちゃうじゃない!何てことしてくれたのよ!」

 

 神風さんが飢えるかどうかはどうでもいいですが、司令官の生活が懸かっているのなら、なおの事負けるわけにはいかなくなりました。

 

 「お任せください!見事あの変態を倒し、司令官の生活を裕福にして見せます!」

 「ねえ、神風さん。ついに堂々と変態って言いだしたわよ?」

 「大丈夫、当の長門が気づいてないから」

 「何!変態だと!?どこだ!朝潮を狙う変態は!」

 

 あなたですよ!

 あなた以外だと、私を狙う変態は窮奇しかいません!あなた達のせいで、私は戦艦恐怖症になりそうです!

 

 「お嬢、開始はまだっすか?みんな待ちくたびれてるっすよ」

 

 無駄話が長過ぎたのでしょうか。

 観客席の方から走り寄ってきたモヒカンさんが、神風さんを急かしました。

 べつにギャラリーが待ちくたびれようが、私には関係ないのですが。

 

 「あっそ。じゃあそろそろ始めましょうか。ギャラリーも待ってるらしいし」

 

 改めて周りを見ると、一面長門さんを応援する人たちで溢れかえっていますね。

 ホームなのにアウェー感がすごいです。

 私を応援してくれているのは司令官だけ……でしょうか。

 ですが、それで充分!司令官さえ信じてくれるなら、私はどんな敵とだって戦えます!

 だけど……。

 演習場に出る前にもう一言だけ声をかけて欲しい。と、思うのは我が儘でしょうか。

 ですが、私から応援してってねだるのはなんだか違う気がしますし……。

 何か、良いセリフはないでしょうか。

 ねだるわけでもなく、自然に司令官に応援してもらえるようなセリフは……。

 

 「し、司令官……」

 「どうした?朝潮」

 

 良いセリフが思い浮かばず、つい声をかけて見上げた私を、司令官は優しく見つめ返してくれました。

 この人の期待を裏切りたくない。

 失望させたくない。

 そのためには、背中は押してほしい。

 何かない?自然と背中を押してもらえるようなセリフは……。

 あ、そうだ……命令。命令なら……。

 

 「司令官。ご命令を!」

 

 できるだけ胸を張ってそう言った私を見て少し驚いたあと、司令官はいつもの威厳に満ちた顔に戻って……。

 

 「駆逐艦 朝潮に、戦艦 長門の撃滅を命じる。勝ってこい」

 

 と、命じてくれました。

 もう大丈夫、体に力が漲っていく気がします。

 あなたの命令なら、戦艦にだって勝って見せます。

 横で神風さんと満潮さんが「撃滅していいの?」とか「いや、いくら長門だって言ってもダメでしょ」などと言っていますが構いません。

 命令ですから撃滅します!

 

 「とは言ったものの、ペイント弾でどうやって撃滅しましょう」

 

 用意してあった艤装を背負い、海へと漕ぎ出して開始位置に着いたら、少しだけ冷静になってしまいました。

 命令された直後のテンションなら、例え模擬弾でも撃滅できそうだったのですが……。

 

 「頑張ってね朝潮ちゃん。八駆はもちろん、九駆も朝潮ちゃんに賭けてるからね」

 「はい。頑張ります!」

 

 ラインジャッジをするために、私のすぐ近くに陣取っている大潮さんが激励してくれました。

 ちなみに今日の演習は、戦闘範囲は砂浜から沖に10キロほど離れた位置に設定された半径2キロの範囲。

 境界線では、私と満潮さんを除いた第八駆逐隊と、第九駆逐隊の四人がライン越えを見張っています。

 射程の長い長門さんは砂浜側。

 対する私は、大潮さんが見張る最南端からスタートです。

 上空には、空母の人たちが飛ばした索敵機が無数に飛んでおり、観客席に設置された大型モニターでライブ中継しているそうです。

 

 『二人とも準備はいい?』

 

 審判を務める神風さんが、通信で準備の完了を問うてきました。

 これで私と長門さんがOKを出せば戦闘開始です。

 と、いうことで……。

 

 「はい、いつでもどうぞ」

 『こちらもOKだ』

 

 長門さんまでの距離は直線距離で約2km。

 艦娘の射程は実艦の十分の一程度ですから、私の砲撃では届いても有効打にはなり辛い。

 まずはいつも通り、近づくことから始めなくては。

 

 『はいはい。それじゃあ一旦、司会に回しまーす』

 

 まさか、司会まで用意していたとは……。

 完全にエンタメ化していますね。

 私の一生を左右しかねない重要な勝負を見せ物にするなんて鬼畜過ぎます。

 ここ最近、神風さんのことを素直に尊敬できるようになっていたのに、また好感度が急降下してしまいました。

 

 『そんじゃぁ、まずは選手の紹介だ!』

 

 この声は……金髪さんですね。

 良い人だと思ってたのに、神風さんに加担して私を見せ物にするなんて見損ないました。

 

 『その姿は正に護国の象徴。その身に宿すは悪鬼羅刹を葬る無敵の力。数多の深海棲艦を沈めたその戦歴に並ぶ者は未だなし。その名は長門。横須賀が誇る最強無敵の守護神!戦艦!長ぁぁぁぁ!門ぉぉぉぉぉぉ!』

 

 ええ、私も以前はそう思っていました。

 ですが、今は違います。

 私の中では、私の貞操を脅かす悪鬼羅刹そのものです!

 

 『その守護神に挑むは駆逐艦。しかも、着任から半年も経ってない新米駆逐艦。されど侮るなかれ。彼女が挙げた戦果は並の艦娘を上回り、提督の敵とあらば味方にも噛みつく忠犬。いや狂犬!提督LOVEを錦の御旗に海を駆ける純情可憐な暴走駆逐艦!朝ぁぁぁぁ!潮ぉぉぉぉぉ!』

 

 事実無根です!

 私は味方に噛みついたことなんてありませんし、暴走もしたことありません!

 まあ、提督LOVEはその通りなので否定はしませんが……ってぇ!バラさないでくださいよ!

 司令官もその会場にいるんですよ!?

 

 『司会はこの俺、横須賀のジェシーおいたんこと矧上(しんじょう)……』

 『はい始め』

 

 金髪さんの自己紹介を遮った神風さんの合図とともに、私は突撃を開始しました。

 長門さんが砲撃を開始する前に、最大戦速で少しでも多く距離を詰めなければ。

 

 「このあたりが限界?いや、まだ行けます!」

 

 200メートルも進まないうちに、さっそく長門さんが撃ってきました。

 両舷についてる三連装砲を一斉射です。

 ですが、妙ですね。

 長門さんから見て八の字になるように撃っていますから、着弾しても真ん中がガラ空き。

 まるで、ここと通れと言っているような撃ち方です。

 

 「例え罠だとしても、来いと言うなら……」

 

 行ってやります。

 こんな、あからさまな挑発から逃げては駆逐艦の名折れ。

 真ん中を抜ける途中か、抜けた後に撃ってくるでしょうが、わかっているなら対処は出来ます。

 

 「やはり、撃ってきましたね」

 

 八の字を描くように昇っていく水柱を抜けるか否かと言うところで、長門さんが第二次砲撃を始めました。

 今度は、三連装砲の前に設置されている連装砲からの砲撃ですね。

 着弾点は、私の前方20メートルほど。

 このままの速度で直進すれば、当たりはしませんが水柱に針路を塞がれます。

 

 「ならば!」

 

 私は飛魚二回で、着弾前に駆け抜けました。

 残り1000メートル。

 こちらからもお返しに砲撃。

 有効打にならなくても、届きさえすればペイントが半球状の装甲に広がって目眩ましになります。

 

 『また目眩ましか。芸がないな、朝潮』

 

 私の砲撃が止まったのを見計らって、長門さんが装甲を一度消し、再発生させて目眩ましを無効化してしまいました。

 ペイント弾での目眩ましは初めてやったのに、あんなにも即座に対応されるとは思いませんでした。

 さすがは横須賀最古参の一人。

 私とは、引き出しの数が違いすぎますね。

 それに加えて……。

 

 「手数が……!」

 

 多すぎます。

 長門さんがやっているのは、簡単に言えば主砲と副砲を交互に撃っているだけ。

 ですが、それが非常に厄介。

 主砲と副砲を上手くローテーションさせて、装填の隙を生じさせない絶え間ない砲撃は、私に回避以外の選択肢を与えてくれません。

 しかも、着弾で生じる水柱の隙間が徐々に狭まっています。

 

 「水の……壁?」

 

 私は艦首を上げた水圧ブレーキと、さらに逆加速までかけて速度を完全に殺してソレに見いってしまいました。

 私の前方に現れたのは、壁のように巨大な水柱。

 長門さんは十数発の砲撃で、横幅約50m、高さ30mほどの壁を作り上げたんです。

 

 『詰みだ』

 

 残りの連装砲で、中心にいる私を撃って終わらせるつもりのようです。

 こう逃げ場がなくては、至近弾でも轟沈判定になりそうですね。

 

 「前と左右は論外。後ろもおそらく、砲撃の範囲に入っているはず」

 

 本当に詰みですね。

 逃げ場がありません。

 そう、()()()()ない。逃げ場はありませんが……。

 

 「活路はあります!」

 

 私は飛魚で急加速し、いまだ5メートル程はある前方の水柱直前で上方に向けて再度、飛魚で跳びました。

 ですが、長門さんは私のこの行動すら予測していたようですね。

 水柱の上に達した私の目の前には、水柱の森が広がっています。

 やはり戦艦は凄い。

 いえ、長門さんは凄い。

 艦種の差は勿論ですが、経験の差が大きすぎる。

 艦種も経験も矮小な私が彼女に勝つには、私の全てを出し尽くすしかない。

 それでも足りないのなら……。

 

 「全力以上を出せば良いだけ!」

 

 隙間が殆どないほど林立した柱の上は凹凸が酷すぎましたが、もう一つの海面になっていました。

 なので、私は一番手前の水柱を皮切りに、稲妻で頂点同士を飛び移りながら移動しました。

 安直な考えでしたが、思った以上に上手くいきましたね。

 

 『まったく、駆逐艦は何でもありだな』

 

 戦艦のあなたには出来ない芸当でしょうね。

 もっとも、私も出来るとは思ってませんでしたが。

 しかし、どういうつもりなのでしょう。

 水柱の森を駆け抜けて着水し、十数分ぶりに目視した長門さんは、両腕を組んで開始位置に仁王立ちしたままです。

 いつもならとっくに、私に向かって突進してきてる頃なのにです。

 私程度が相手なら、動くまでもないって事なんでしょうか。

 

 『私が動かないのが不思議か?』

 

 声に出した覚えはないですが、それは今さらですね。

 砲撃は続いていますし、話しかけて私の油断でも誘うつもりなのかもしれません。

 

 『私と陸奥には、作戦とは別にある任務が与えられていてな』

 

 作戦とは別の任務?駆逐艦を追い回すとか?

 は、長門さんだけですよね。

 少なくとも私は、陸奥さんに追い回されたことがありませんから。

 

 『もし、鎮守府近くまで敵が迫った場合。私と陸奥は文字通り鎮守府の盾となる事が義務付けられている。所謂、最終防衛ラインと言うやつだ』

 「それが、動かない事とどういう関係が?」

 『わからないか?私は今、お前を鎮守府に迫る姫級の深海棲艦と()()()()()攻撃している。私が抜かれれば鎮守府は壊滅。街にも被害が出ると、想定してな』

 

 

 姫級は過大評価すぎると思いますが、つまりはそこに立っている長門さんが最後の砦。

 そこが鎮守府の防衛に隙を生じさせずに、敵を屠れる位置だと想定して、そこから動かないのですね。

 

 『私は三年前、お前の先代にその役をやらせてしまった。いくら鎮守府から離れていたとは言え、情けない話だ』

 

 たしかに、長門さんが居れば先代は死なずに済んだかもしれません。

 ですが、それは仮定の話。

 過ぎ去った過去のifを語っても仕方ありません。

 

 『提督は私を中破させた時点でお前の勝ちだと言っていたが、私を抜いた時点でお前の勝ちでもいい。だが、抜けると思うなよ?絶対にここは抜かせない。ここを抜かれれば鎮守府は終わりなのだ。この長門が居る限り、鎮守府には一歩たりとも近づけさせはしない!』

 

 長門さんの目が、敵を見るソレに変わりました。

 ここからが本番。

 これが、本当の戦艦長門。

 私の敵は、横須賀の守護神と謳われる最強の戦艦。

 そう思った途端、背筋に電気のようなものがビリビリと流れました。

 

 『我が名は長門型一番艦、長門!横須賀の守護神なり!この名を聴いて、それでも臆さぬならばかかってこい!』

 

 普段の気持ち悪い長門さんの面影は微塵もない。

 本気で私を深海棲艦と思い込んで、沈める気です。

 長門さんがそこまでしてくれるのなら、私も応えないといけませんね。

 そうですね……。

 ならば私は深海棲艦らしく、司令官を攫いに来たと言うのはどうでしょうか。

 うん、良いわ。

 鬼のような角を生やした戦艦に囚われた司令官を、私が誘拐します!

 

 「押し通ります!あなたを倒して、司令官を頂きます!」

 

 私がそう返すと、返答代わりに三連装砲による砲撃密度が一層強くなりました。

 私の針路を悉く潰していますが、これくらいならまだ回避可能です。弾幕が途切れないので、800mからなかなか近づけないのが問題ですね。

 なんとかしないと……。

 

 「あれ?砲撃の間隔が……」

 

 長くなった気がします。

 でもどうして?

 あ、そうか。撃ち過ぎで、砲身が過熱してるんです。

 だから、セーフティが掛からないように間隔を空けてるのでしょう。

 

 「それなら!」

 

 隙を見て長門さんへ砲撃。

 当たったところで、先ほどのように装甲を一度消して無効化されるでしょうが、一瞬でも視界を塞げばOKです。

 

 「何故なら……」

 

 砲撃が長門さんに当たるか当たらないかというタイミングで、右舷の魚雷を全て発射するからです。

 本命はこっち。

 あとは、魚雷に気づかれないよう砲撃を続けながら接近するだけ。

 残りは約500m。

 長門さんの装甲が常にペイントまみれになるように、砲を撃ちまくります。

 

 『長門、小破判定。少しは動きなさいよゴリラ』

 

 小破判定?

 あ~そういえば演習でしたね。長門さんの気迫に流されて忘れてました。

 それは長門さんも同じだったようです。

 神風さんの声をかき消すかのように、連装砲から砲弾が放たれました。

 ペイントで私の姿は見えないはずなのに、的確に私を狙っています。

 電探射撃というヤツでしょうか。

 だけどそろそろ、私が撃った魚雷も……。

 

 「そんな……!」

 

 バカな!と、言いかけましたが呑み込みました。

 長門さんは、200mほどまで迫った魚雷に向け、片方の連装砲を発射して迎撃したんです。

 電探って魚雷も見えるのでしょうか。

 それとも、読まれていた?

 ですが、当たらなくても予定通りです。

 魚雷の爆発で、長門さんの前方に水柱が昇って私の姿を完全に隠しているはず。

 今なら、電探でも見えない……ですよね?見えてもらったら困るのですが……。

 

 「いや、関係ありません!」

 

 私はかまわず、左舷魚雷を全弾発射。

 次いで、左斜め前方へ向け稲妻を2回。水柱が落ち切る前に姿を晒して砲撃。

 撃った魚雷をも稲妻で追い越して私へと注意を引き、魚雷から目を逸らさせました。

 

 「神風のように名を付けるとしたら、さしずめ『畳返し』と言ったところか」

 

 通信なしでも声が届く距離まで至った私の耳に、不吉なセリフが飛び込みました。

 ここはすでに私の距離。

 私と長門さんの間には、15m程度の距離しかありません。さらに長門さんには、先に撃っておいた魚雷も迫っています。

 このまま上手くいけば私の判定勝ち。

 なのに、背中を駆ける悪寒が止まりません。

 

 「誇って良いぞ。私に()()を使わせたのは、お前が初めてだ」

 

 長門さんの行動が理解できない。

 いえ、右足を振り上げているのはわかるんです。

 でも、それに何の意味があるのかがわからない。

 たしかに、全艦種中、艦力の扱いが最も不器用とされている戦艦が片脚立ちしている様は 素直に凄いと思いますが……。

 いや、振り上げた右足の先の空間が歪んで見える。

 あれは脚?脚は健在?

 まさか、長門さんはあの脚を……。

 

 「長門流護国術。畳っっ……返しっ!」

 

 気づいた時には遅すぎました。

 長門さんが右足を振り下ろすと、砲撃かと思うほどの轟音とともに、長門さんを中心に直径20メートルほどの範囲の海面が盛り上がりました。

 いやこれ、畳返しなんて可愛いモノじゃないでしょ。

 魚雷はその衝撃で誘爆を起こしましたし、私も海水ごと10m近く上に飛ばされましたよ。

 

 「終わりだ。深海棲艦!」

 

 ギロリと、長門さんの双眸と砲塔が私を睨みました。

 長門さんはこの距離で主砲を撃つ気です。

 実戦なら自分も被害を確実に受ける距離なのに、躊躇は微塵もない。

 おそらく、畳返しからの砲撃は、長門さんにとっても最後の手段。

 ならどうする?

 体勢は完全に崩されています。魚雷の再装填も間に合いません。

 唯一の幸運は、盛り上がった海面に脚が着いていることのみ。

 だったら……!

 

 「見事だ。朝潮」

 「お誉めに預かり、光栄です」

 

 私は長門さんが撃つより早く、上方への飛魚で、長門さんの頭上をアーチを描くように跳びました。

 脚の勢いだけで飛んだから体勢は無茶苦茶。

 主砲を向けているのが奇跡に近いです。

 だけど、今はそれで充分。

 砲身が焼き付いても構わない。撃ちまくります!

 

 『長門、中破判定。勝者、朝潮!長門に賭けたヤツざまぁ!」

 

 長門さんの装甲をペイント弾で染め上げて着水すると同時に、個人的な感情まで入った審議結果を神風さんが伝えてくれました。

 私が勝った?

 いいえ、私は……。

 

 「あの体勢で避けるどころか、反撃するとは思わなかった。私の完敗だ」

 「ご謙遜を。私は、長門さんを越えられませんでした」

 

 これが実戦なら、脚が海に着いていない状態で撃った最後の連射に、長門さんの装甲を貫くだけの威力はありません。

 それに、長門さんが最終防衛ラインと定めた場所を越えられませんでした。

 私はルールに助けられて勝っただけ。

 演習だから、勝てただけです。

 

 「よく頑張ったな朝潮。この長門を相手に、ここまでやれる駆逐艦は神風以外ではお前だけだ」

 

 それでも長門さんは、微笑みながら握手を求めてくれました。

 中天に差し掛かりだした太陽を背にして、威風堂々を体現したようなその姿を見て、不覚にも私は、横須賀の守護神の異名に恥じないほど立派だと思ってしまいました。

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 私はご厚意に甘えて、長門さんと握手を交わしました。

 初めて触れた長門さんの手は、司令官とは違ってすべすべして女性らしいですが、司令官と同じくらい力強く感じます。

 認識を改めなければいけませんね。

 この人は変態なんかじゃない。

 鎮守府を守る立派な戦か……ん?なんだか、長門さんの手がヌルヌルしてきたような……。

 

 「捕まえた」

 

 さっきまでの威厳に満ちた笑顔はどこへやら。

 ニチャァっと、擬音が聞こえそうなほど気持ち悪い笑顔に変わってしまいました。

 やられましたよ長門さん。

 完全に騙されました。

 演習が始まってからのアレやソレも、全てこの時のための演技だったのですね。

 

 「きゃっ!」

 「さあ!戦勝祝いだ!このまま私の部屋に行くぞ!」

 

 私の右手を取ったまま、長門さんが私の左腋に頭を突っ込んでそのまま左肩に担がれてしまいました。

 落ち着きなさい朝潮。

 このままではお持ち帰りされてしまいますが、ラインジャッジをしていた姉妹艦たちがきっと助けてくれるはず。

 だから、今は我慢です。

 お尻を撫で回されるのが不快極まりないですが、反撃の機会が訪れるまで堪えるんです!

 

 「ぬお!?実弾!?誰だ!私と朝潮の逢瀬を邪魔しようとする奴は!」

 「奴、じゃないわぁ。奴らよぉ」

 

 来た!来てくれました!

 演習中に動かなかった分を取り戻すかのように、鎮守府へと爆走し始めた長門さんを追って、荒潮さんが来てくれました。

 

 「勝とうが負けようが、長門さんは朝潮ちゃんを拐って逃げようとする。司令官の言った通りだったね」

 

 荒潮さんに続いて、大潮さんも来てくれました。

 その後ろには、第九駆逐隊のみなさんも続いています。

 それにしても、さすがは司令官です。

 長門さんの行動を見越して、八駆と九駆をラインジャッジとして配置してたのですね。

 

 「くっ!このままでは追い付かれる!」

 「司令官から、抵抗するなら当てて良いと言われています。さあ、どうします?」

 

 しかも、実弾を装備させて。

 ん?実弾?

 ふと思ったのですが、このまま長門さんが私を解放しなかったらどうするんです?

 まさか、長門さんごと撃つなんてことは……。

 

 「ふん!撃てるものなら撃ってみろ大潮!こちらには、朝潮と言う盾があるんだ!」

 

 最低。

 私を人質どころか盾にするなんて、長門さんにはプライドがないんですか?

 演習中は「臆さぬならばかかってこい」なんて、勇ましいこと言ってましたよね?

 それなのに、人質を取ったあげくその人質を盾にするんですか?

 もう一度言います。

 最っ低!

 って、あれ?大潮さん?

 どうして砲を構えてるんですか?大潮さんだけでなく、他のみなさんまで。

 

 「全艦砲撃開始!逃がすなぁぁぁぁ!」

 

 砲撃開始?私が居るんですよ!?私ごと撃つ気ですか!?

 あ、本当に撃ってきた。

 だって、私の目の前が炎と煙に彩られましたもの。

 これは間違いなく実弾です。

 長門さんの背面装甲がなければ、私の命を一発で焼き尽くす凶弾です!

 

 「そんな砲撃など効かん!長門型の装甲は伊達ではないぞ!」

 「ちょ、ちょっと大潮さん待って!怖い!目の前でドッカンドッカンいってます!怖すぎます!」

 「大潮姉ぇ。魚雷は撃っていいの?」

 

 なんてことを言うんですか朝雲さん!聞こえてます?私の悲鳴、聞こえてますか!?

 

 「構わないから撃っちゃって!」

 

 構います!

 私の存在を忘れてませんか?忘れてますよね!?

 ひいっ!そうこう言ってたらまた撃った!何考えてるんですか!当たったら、私ごと木っ端微塵なんですよ!?

 

 「魚雷か、当たらなければどうということはない!」

 「そこまで言うなら、絶対当たらないでくださいよ?当たったらシャレになりませんからね?こんなアホな死に方、絶対に嫌ですからね!?」

 

 その後、長門さんの逃避行は3時間に及び、終いには陸奥さんや空母の方々まで出撃する大捕り物となりました。

 で、横須賀鎮守府に所属する、ほぼ全ての艦娘たちに追い回された末に捕まった長門さんはと言うと……。

 

 「私のせいじゃない!朝潮が可愛すぎるのが悪いんだ!」

 

 などと、訳の分からない事をひたすら口走りながら、独房にぶち込まれたそうです。

 

投稿時間は何時くらいが良いですか?

  • 朝 6:00~7:00
  • 昼 11:00~12:00
  • 夜 19:00~20:00
  • 何時でも良い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。