え?気のせい?
呉に着いて早々、司令官と離れ離れになってしまいました。
しかも司令官は、スリットがキチガイレベルに大きいスカートを履いたメガネの女性と一緒にどこかへ行ってしまったようです。
まさか、浮気でしょうか。
私ではまだ夜のお相手は無理だと判断されて、肉付きはあまり良くなかったですが相手自体はできるあの女性に乗り換えたのでしょうか。
「ある意味合ってるけど違う。って言うか、あなたと先生はそういう関係じゃないでしょうが」
「それはそうですが……。そう言う神風さんは気にならないんですか?すれ違いざまに何か渡してましたけど……」
「ああアレ?ちょっとした伝言よ」
「伝言?」
「そ、伝言。アイツとはちょっと、話したいことがあってね」
それ、あの人の身は安全なんですか?
だって怒ってますよね?
車を降りた直後までは機嫌が良かったのに、あの人の顔を見た途端に不機嫌になったじゃないですか。
おっと、同じくらい不機嫌そうな顔をした霞さんが、寮の入り口と思われる扉の前で何か言いたそうにしてますね。
「あなた達の艤装も届いてるけど、点検しとく?」
「艤装?私は後でいいわ。朝潮は?」
「え?私も後でいいですが……」
なんだ。艤装の件ですか。
横須賀を出る前に点検はしてますし、輸送されたからってそうそう壊れるものでもないですから、急いで点検するほどのものじゃないです。
なのにどうして、霞さんは信じられないって顔で見て来るんでしょう。
「横須賀の艦娘は随分と呑気なのね。私だったら、いつでも出撃できるように真っ先に点検するわよ?」
はあ、その心掛けは見事だと思いますが、嫌味ったらしく言う必要はないのでは?
私は温厚なので気にしませんが、そんな言い方をしたら沸点が0度の神風さんが一言二言言い返すかも……。
「嫌味はいいから、さっさと案内してくれない?それとも、呉じゃ嫌味を言うことを案内って言うのかしら?」
ほら、言わんこっちゃない。
今の神風さんは機嫌がすこぶる悪いんですから、できれば挑発しないでください。
今は口だけですが、もっと怒ったら手が出ます。さらに怒ったら、腰の物を抜くかもしれません。
「ま、まあまあ神風さん。霞さんの言うことももっともなんですし、ここは穏便に……」
「すると思う?」
思ってません。
ませんが、二人が眼力だけで人が殺せそうなほど睨み合ってる状況で、何もしない訳にはいかないでしょう?
だから、私は止めたと言い訳できるようにそれっぽいことを言ったんです。
言いましたから、あとは言い合うなり殴り合うなりお好きにどうぞ。
「コイツは……。性格が曲がってきてるわね」
曲がってません。真っ直ぐです。
もし曲がってきてるのであれば、それは神風さんのせいです。
「随分とアホ面が上手な子ね」
アホ面とは心外な。
確かに私は、考えていることが丸わかりと言われるくらい、考えが顔に出るそうですがアホ面と言われるほどではないはずです。
「あ、ほら。やっぱり喧嘩しそうになってるよ」
この声は大潮さん?
あ、扉を開いて出てきたのはやっぱり大潮さんです。その後ろには荒潮さんもいますね。
「喧嘩なんてしないわ。このチンチクリンが、これ以上喧嘩を売ってこなければだけど」
チンチクリンですか。
たしかに、私より少し身長が低い霞さんはチンチクリンと言えなくもないですね。
130cm台後半でしょうか。
あれ?霞さんの身長でチンチクリンなのなら、大差ない私もチンチクリンになるのでは?
「喧嘩を売ってるのはそっちでしょ?頭が真っ赤になるほど出血してるから呆けてんの?ああ、そんな色の髪なのね。ごめんごめん」
神風さんの額に青筋が浮かび上がっていますから、それ以上はやめてください。
「まぁまぁ神風さん、ここは押さえてぇ?明日の演習でぇ、私たちがお仕置きしとくからぁ」
「はぁ!?何で私たちが負ける前提で話してるのよ!いつまでも昔のままだと思われてちゃ迷惑だわ!」
「もう!止めに入って逆に喧嘩売ってどうするのさ。霞ちゃんも落ち着いてよ。こんなところで喧嘩したってしょうがないでしょ?」
「ふん!アホの大潮が偉そうに姉面しないでったら!朝潮姉さんの腰巾着だったクセに!」
この人、全方位に喧嘩売ってますね。
いくら駆逐艦だと言っても、血の気が多すぎるんじゃないのですか?カルシウム足りてます?
「大潮たちが来たんなら、コイツに用はないわね。大潮、代わりに案内して。このままコイツと一緒に居たら、殴り倒しそうだわ」
よく我慢してると感心してたのですが、神風さん的には限界だったようですね。
まあ私的にも、姉妹艦が神風さんに殴られるのを見たら穏やかではいられなかったでしょうから、これで解決ですね。
「ちょっと待ちなさいよ!それじゃあ、私が職務放棄したみたいになっちゃうじゃない!」
職務に忠実なのは結構ですが、このままでは間違いなく喧嘩です。
喧嘩になれば、霞さんが神風さんに勝てるとは思えませんから工廠送り。そうなれば、どっちみち職務は全うできません。
だから、無駄に全方位へ向けてる矛を収めてくれません?
「いい加減にしろ小娘。先生の顔を潰さないために、こっちは殴りかかるのを我慢してるのよ?それとも、明日の大会前に潰されたい?」
静かですが、奥底に殺意を孕んだような声。さらに、表情も消えました。
これ以上は本当にまずいです。
間違いなく、神風さんは本気で怒っています。
対する霞さんはと言いますと、神風さんの殺気に気圧されたのか、悔しそうに睨むだけしかできないようですね。
だったら今のうちに、この二人を離さなけれ……ば?
「な、なんですか。これ……。体が動かな……」
急に背中を殴られたような衝撃を受けたと思ったら、まともに身動きできなくなりました。
それは私だけではありません。
全員です。
神風さんですら、冷や汗を流すばかりで動けないようです。
「霞……って、言ったっけ。もしかして、会議室って庁舎の三階なんじゃない?」
「……その通りよ。どうしてわかったの?」
「先生がそこにいるからよ。ったく、これって『狩場』じゃない。どこの馬鹿が、先生に狩場を使わせるほど怒らせたのよ」
カリバとはなんですか?
は、置いといて。
どうやら神風さんは、コレのおかげで司令官の位置を割り出したみたいですが、どうしてそれで、怒っていると断定したのでしょう。
「あ、おさま……った?」
潮が引くように、スーっと何かが引いて行くのと同時に、体の自由が戻りました。
神風さんの言うことを信じるなら、さっきの現象は司令官が起こしたということになりますが……。
「今のを、横須賀の提督がやったって言うの?」
「そうよ。ねぇアンタ。あそこにいる人で、先生を怒らせるような奴に心当たりはある?」
「……たぶん、うちの提督。あの人、横須賀の提督をライバル視してるから」
はて?ライバル視?
ほんの数十分前に見た限りでしか知りませんが、呉提督が私の司令官のライバル足り得るとは思えませんでしたが……。
「ふん、なぁにがライバルよ。無能のクセに、先生をライバル視するなんて百年早……」
「あの人は無能じゃない!」
「はぁ?アンタだって、三年前にあの無能が何したか知ってるでしょ?それでよく、アレが無能じゃないなんて言えたわね」
「アレ呼ばわりすんな!たしかに、三年前は言い訳できないほどの失態を犯したわ。でも……!」
「でも。じゃない。その三年前の失態の結果が、この朝潮なのよ?」
それでは、私が呉提督の失態の産物みたいに聞こえるのですが……。
いや、その通りなんですよ?
呉提督の失態がなければ、先代も戦死せずに済んで今でも朝潮として……。
「いや、朝姉はあの年に解体される予定だったから」
「あ、そうだっけ?」
「そうよぉ?生きてたらぁ、今ごろ司令官の赤ちゃんを5~6人生んでたかもねぇ」
ツッコミどころはありますし、大潮さんも荒潮さんも台詞は軽いですが、表情は暗いですから取り敢えずは我慢します。
いえ、二人だけではありませんね。
霞さんも、眉を吊り上げたまま口元を歪めています。
「あなたたち姉妹には、酷な言い方だったわね。それは謝るわ。それでも、今の呉提督が無能なのに変わりはない。それはあなた自身が、一番わかってるんじゃないの?」
神風さんの問いに、霞さんは沈黙で答えました。
これは肯定なのでしょうか。
もしくは、肯定はするけど納得はしない。が、正しいのかもしれません。
きっと霞さんは、私たちが知らない呉提督の一面を知っているから、現状は肯定しても納得できないのではないでしょうか。
「霞は、私との約束を守ってるのね」
「なっ……!」
誰かが口走った台詞に、霞さんを筆頭に残りの三人も反応しました。
反応したのは良いのですが、どうして私を見るんですか?それではまるで、私が何か言ったみたいじゃないですか。
「ああ、そうか。アンタは一応、朝潮だもんね。適合した時に、あの時の会話を見たってことか」
一応どころか、歴とした朝潮です。
それより、あの時の記憶って何ですか?私が適合時に見たのは、大潮さんたち三人の初代との出会いと別れくらいだったので、霞さんは出て来てません。
「なんだ。そういうことか。大潮、ビックリしちゃったよ」
「そうねぇ。さっきの朝潮ちゃん、姉さんソックリだったわぁ」
さっきっていつですか?
訳がわからなので神風さんに視線で助けを求めても、呆れたように「こんなとこで無駄使いすんな」と、これまた訳のわからないことを言うだけで助けてはくれなそうです。
「まあ良いか。それじゃあ大潮、部屋まで案内してちょうだい」
「だからそれじゃあ……!」
「心配しなくても、聞かれたらちゃんと案内されたって言ってあげるわ。ほら、行くわよ三人とも」
神風さんに促されて大潮さんと荒潮さんが先行し、割り当てられた部屋へ向かい始めました。
霞さんを振り返ると、私たちとは逆、工廠の方へ向けて歩いていました。
「どうして霞さんは、あんなに私たちを敵視してたんでしょう……」
霞さんは時折、私たちをまるで仇でも見るような目で睨んでいました。
同じ朝潮型の姉妹なのに、なんであんな目を……。
「朝潮!早く来なさい!置いて行くわよ!」
「は、はい!」
おっと、気にしてる場合じゃないですね。
機嫌は良くなってないようですから、今の神風さんには逆らわない方が賢明です。
そんな神風さんを追って、私は駆け足気味にその場を後にしました。
次話は酷いです。本当に酷いです。
某白露型の二番艦が嫁艦の人に全力で五体投地せねば
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