艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第六話 始まりの物語

 

 

 

 対深海棲艦用装着型海上自由航行兵装適合試験。

 うん、長いです。

 考えた人は、きっと暇を持て余していたに違いありません。

 叢雲さんなんか「暇人がそれっぽい単語をそれっぽく並べたみたい」なんて、身も蓋もない事を言っていました。

 ですが、そう言いたくなる気持ちもわからなくもありません。だって長くて大層な名前をつけている割に、やることは簡単なんです。

 具体的に言いますと、艦娘が背負う『機関』と呼ばれる艤装のメインユニットを装着し、意識を機関に集中する。これだけです。

 

 脳波計や脈拍計など、いろいろ計測器もつけられますがそれら自体は試験になんの関係もなく、あくまで被験者の体調をモニターするだけです。

 もっとも、その集中するだけの試験に、私は落ち続けてきたわけですが。

 

 「準備はいい?」

 「はい、いつでもかまいません」

 

 紺色の制服に黒のショートヘアといった出で立ちをした、養成所の所長を務める雪代所長の指示で私は機関を背負い、体中に計測器へとつながるコードをつけられ始めました。

 正直、なんだか操り人形になったみたいな気分になるので、私はこれがあまり好きではありません。

 

 「『アサシオ』?聞いたことない艦名ね」

 

 試験に同席している叢雲さんが、機関に書かれた艦名を見て不思議そうな顔で雪代所長に尋ねました。

 私も聞いたことがありません。

 でも、艤装の形状は『大潮型』に似てる気がします。

 

 「これは朝潮型一番艦、『朝潮』の艤装よ」

 

 と、雪代所長がどこか懐かしむような顔で教えてくれました。ですが……。

 

 「朝潮型?大潮型の間違いじゃなくて?」

 

 頭に浮かんだ疑問を、私に代わるように叢雲さんが所長に問いました。頭の上に浮いている艤装がピコピコ動いている様子を見るに、興味津々と言った感じでしょうか。

 

 「いや、大潮型が間違いなのよ叢雲。大潮は、本来なら朝潮型の二番艦なの」

 「ではなぜ、大潮型と呼ばれているのですか?」

 

 長い間養成所にいる私ですら、朝潮型という艦型は今まで聞いたことがありません。何か、事情でもあるのでしょうか。

 

 「あなたたちは、『横須賀襲撃事件』を知っている?」

 「え~っと……なんだっけ?」

 

 叢雲さん、座学で習いましたよ。

 たしか、正化24年の舞鶴襲撃事件と並ぶ鎮守府陥落の危機で……。

 

 「呉鎮守府がグアム沖で攻撃予定だった艦隊が北上し、横須賀鎮守府の目前まで迫った事件だったかと」

 

 そして当時、横須賀鎮守府で秘書艦を務めていた駆逐艦が、その命と引き換えにして敵旗艦を中破に追い込み、敵を艦隊ごと撤退させたとも教わりました。

 

 「そう、その事件の最中、鎮守府目前まで迫った敵戦艦を迎撃、撃退した駆逐艦が、朝潮の先代使用者なの」

 「戦艦を撃退!?すごいじゃない!なんでそんな武勲艦が知られてないのよ」

 

 たしかに、そんな大手柄を立てた駆逐艦がほとんど無名だなんておかしいです。

 

 「それは私にはわからない。ただあの子は……先代の朝潮は、そういうことに興味がない子だったからかもね。ああでも、勲章は送られたと聞いたわ。もっとも、受け取ることはできなかったけど」

 

 知られていないとは言え、命と引き換えにして敵戦艦を撃退した駆逐艦の艤装を私が今背負っているのだと思うと、なんだか急に重く感じてきました。

 

 「雪代所長は、先代の朝潮さんをご存じなのですか?」

 「ええ、私は当時、横須賀鎮守府の司令部に提督補佐の一人として勤めていてね。そこで何度か、話したことがあるの」

 「どうして……」

 

 先代の朝潮さんは、命がけで敵旗艦に向かっていったんでしょう。

 武勲や勲章に興味がない彼女は、何のためにその命を散らしたんでしょうか。

 

 「どうかした?」

 「い、いえ、なんでもありません」

 

 わからない。

 この艤装と適合することができればわかるのでしょうか。艤装と同調すると、前の使用者の記憶が流れ込んでくる事があると聞いたことがありますし。

 

 「とにかくその事件以降、朝潮の艤装は適合者が現れないまま、各養成所をたらい回しにされたのよ。3年もの間。それこそ、朝潮型と言う呼び方が忘れられるほどね」

 「3年も適合者がいないんて身持ちの堅い艤装ね。それで、巡り巡ってこの養成所に流れ着いたってわけ?」

 

 言いたいことはなんとなくわかりますが、艤装に『身持ちが堅い』は当てはまるのでしょうか。

 

 「そういうこと。正直、朝潮の艤装がここに送られてくると聞いたときは耳を疑ったわ。何せ、どこの養成所にあるかわからなくなっていたからね」

 「いやいや、それは管理が悪かっただけでは?」

 「ま、まあそんな事情もあって、いつのまにか朝潮型ではなく大潮型が間違って広まってしまったわけよ」

 

 あ、強引に話を終わらせて誤魔化されました。

 ですが事情はわかりました。ネームシップの朝潮が何年もいないから、現役で戦う大潮がネームシップと誤解されたのですね。

 

 「今の大潮さんは、当時の大潮さんと同じ人なんですか?」

 「退役したとも戦死したとも聞いていないから、まだ同じ子のはずよ」

 

 先代の朝潮さんが戦死して大潮型と呼ばれるようになった時、大潮さんはどんな気持ちだったんでしょう。姉の死によって回ってきたネームシップの座と名前。

 私だったら、悲しくて泣いてしまうかもしれません。

 だって呼ばれるたびに、姉が死んだことを嫌でも思い出されてしまいますもの。

 

 「雪代所長、そろそろ」

 

 モニターを担当してる医師が、時間が押してることを告げてきました。

 雑談は終わり。

 いよいよ、私と朝潮との勝負が始まります。

 

 「わかりました。では、駆逐艦朝潮の適合試験を始めます」

 「気楽にやんなさい。今までうまくいかなかったんだから、これで失敗しても今さらって感じでしょ?」

 

 だからもうちょっと言い方を……でも、うん、頑張ります。

 と、心の中で答えた私は、背中の艤装に意識を集中し始めました。叢雲さんに聞いた話だと、同調し始めると前の使用者の記憶が垣間見えるんだとか。

 

 「脳波、脈拍等、各バイタル異常なし。今のところは問題はないようです」

 

 医師がモニターの結果を伝える声が聞こえる。

 気を取られちゃダメ、集中しなきゃ。

 私はさらに意識を艤装に集中いました。

 お願いします。私と同調してください。でないと、私は艦娘になれない。

 これが最後のチャンスなんです!

 

 (私の分まで、あの人を……)

 

 ふと、夢で見た少女の言葉が頭をよぎりました。

 それと同時に、桜の木が植えられた鎮守府に似た建物が目の前に現れました。行ったことがないはずなのになぜか懐かしくて……愛おしくて……。

 そうだ、思い出しました。

 あそこは、あの場所は……。

 そこまで思った時、急に目の前が真っ白な光に包まれました。

 

 「君は?」

 

 気が付くと私は、白い士官服に身を包んだ男の人の前に立っていました。

 この人は誰なのでしょう。顔が逆光で見えません。

 

 「本日付けで着任しました。駆逐艦朝潮です!」

 

 口が勝手に動いて言葉を紡ぎました。これは、私がしゃべっているの?

 

 「君が朝潮?君のような幼い子が、戦場に出るのか?」

 

 幼いなんて失礼です!たしかに歳はようやく12になったところですが……。

 

 「おっと、すまんすまん。悪気はなかったんだ」

 

 私がムッとしていることに気づいたのか、男の人が私に謝って桜を見上げた。

 

 「もう5~6年もすれば、君はこの『ソメイヨシノ』のような女性になりそうだな」

 

 桜を見上げていた男の人がそんなことを言ってきました。ソメイヨシノのような女性?

 染井佳乃とでも改名しろということでしょうか。

 そして、彼の言った言葉の意味がわからない私は……。

 

 「それは何かの暗号でしょうか?」

 

 と、思わずそう返してしまいました。だって、本当にわからなかったんですもの。

 

 「ハハハハハハハ。そうか、わからないか。いやいい、忘れてくれ」

 

 首を傾げる私に、彼は頬を掻きながら笑って視線を戻したっけ。

 そして彼は、居ずまいを正して……。

 

 「俺が当鎮守府の提督、『暮石 小十郎(くれいしこじゅうろう)』だ。駆逐艦朝潮、貴官を心より歓迎する」

 

 と、自己紹介して右手を差し出してくれました。

 大きくて温かそうな手。()は、古くさい名前だなと思いつつも、彼の手を取り……。

 

 「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 と、緊張のせいで若干ぎこちなくなりましたが、なんとか噛まずに言えました。

 それが、私と司令官の出会いでした。

 

 「ここでは何だから、とりあえず執務室に行こうか」

 

 そう言った彼の姿が霧のように消えると、今度は私から見ると『 (こんな)』形をした大きな木製の机が置かれた部屋に場面が切り替わりました。

 ここが執務室。

 来客用……と言うよりは『彼女』の昼寝用のソファーや、書類が並べてある書棚。給湯室。そして、司令官が仕事をサボってこっそり飲む用のウィスキーが隠してある金庫。

 ここで私は、艦娘になってから多くの時間を彼と過ごしました。

 

 「じゃあ、順番に自己紹介をしてもらおうか」

 

 感慨に耽っていたら、いつの間にか司令官の前に艦娘が三人並んでいました。

 これは……私に初めて妹ができた時でしたか。

 

 「駆逐艦 大潮です!小さな体に大きな魚雷! お任せください!」

 「満潮よ。私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら」

 「あら。自己紹介まだでしたかー。私、荒潮です」

 

 そう、この子たちが私の姉妹艦たち。

 最初の、私より先に逝ってしまった妹たち。

 この子たちと私は第八駆逐隊を結成し、いくつもの戦場を渡り歩いた。

 

 「姉さん、大潮が!大潮が魚雷に!」

 「救助してブルネイ臨時泊地に!荒潮は二人を援……!」

 「無理よ!体が半分なくなってるのよ!?泊地までもたない!」

 

 最初に大潮が戦死しました。

 南方で行われた大きな作戦の最中、潜水艦による雷撃で、体の半分を吹き飛ばされて。

 

 「撤退です荒潮!聞こえないんですか!」

 「嫌よ!一機でも多く落としてやる!一隻でも多く沈めてやる!」

 

 次は荒潮でした。

 輸送作戦中に敵艦載機部隊に襲われ、他の艦隊メンバーとはぐれた私たち二人は必死に敵機を落とし続けていました。

 でもあの子は、撤退命令が届いても退こうとせず、終には敵機の爆撃で沈んでしまいました。

 

 「こんな、ところで……」

 

 そして三人目の大潮と四人目の荒潮を迎えて程なく、満潮がいなくなりました。

 一番私と長く、一番私と仲が良くて、一番私を嫌っていたあの子も、私を置いて逝ってしまいました。

 

 「わかった。駆逐艦朝潮に、敵旗艦の迎撃を命じる」

 

 最後は、私でした。

 私に命令を下した時、司令官は無表情でした。

 いつも通りの鉄仮面です。

 でも私は、それが仮面だと知っていました。

 あなたは、仕事中は絶対に表情を変えません。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、どんなに他の人たちに誤解されても、絶対に提督の仮面を外しません。

 そんなあなたを、私は守りたかった。

 

 「見つけた!距離4000!」

 

 そう、アイツから。

 私の司令官を殺そうとした、化け物みたいな艤装を連れた戦艦棲姫から。

 私の命と引き換えにしてでも、アイツを司令官に近づけるつもりはありませんでした。

 そして……。

 

 「この海域から!出ていけぇぇぇぇ!!」

 

 アイツもろとも、私は魚雷の爆発で……。

 いや、待ってください。

 どうしてそんな事を知っている?

 私はそのような体験はしたことがありませんし、姉妹とも会ったことがありません。そもそも、私はまだ艦娘になれていません。

 

 「今のは私の記憶。その一部」

 「あなたは……」

 

 いつの間にやら、夢で見た少女が目の前に立っていました。周りの景色も変わっています。

 さっきまで色々な場面に移り変わっていたのに、今は何もない、地平線と空の境目もわからないくらい真っ白な空間になっています。

 

 「あなたはどうして、艦娘になりたいの?」

 「どうしてって……」

 

 あの人に恩返しがしたい。

 あの人と一緒に戦いたい。

 あの人のお役に立ちたい。

 いえ、それは方便ですね。

 私は、もう一度あの人に会いたいんです。

 

 「そう、やっぱりあなたで、間違いなかったみたいね」

 

 あれ?私、今声に出してました?

 何故かクスッと笑われた気がするのですが……。

 

 「でも良いの?艦娘になれば、あなたは戦わなければならないのよ?」

 「覚悟の上です」

 「私は際立った特徴なんて何もない、ただの量産型駆逐艦よ?それでも、私になりたいの?」

 「問題ありません」

 

 私が即答すると、目の前の少女は目をまん丸に見開いて驚きました。

 どうして驚くのでしょう?

 戦うなど当然。

 それに、先に言ったとおり特徴のない量産型駆逐艦でもまったく問題ありません。何故なら、駆逐艦教本の一番最初のページにこうあるんです。

 

 「駆逐艦の実力はスペックではない」

 

 と、書き殴ったように乱暴ですが、決意を感じさせるように力強く。

 

 「そう……ね。そうだったわね」

 「はい!だから、あとは私次第です!」

 

 少女は懐かしそうに目を細めて「彼女は、そうしてたものね」と呟いてから、私に右手を差し出してきました。

 

 「最後にもう一度問います。艦娘になっても後悔はしない?」

 「しません」

 「死ぬかも知れないのよ?」

 「絶対に死にません!」

 「どうして、そう言いきれるの?」

 

 どうして?

 どうしてと言われましても、確たる自信があってそう言ったわけではありません。

 だって私は落ちこぼれ。

 内火艇ユニットすら扱えない無能です。

 そんな私にできることと言えば、自信がなくても断言するくらいです。

 

 「……その決意に、偽りはないのね?」

 「はい!お約束します!」

 

 だから虚勢を張ります。

 守れるかどうかもわからない約束をします。

 それが、今の私に唯一できる精一杯なのですから。

 

 「わかりました。なら私は、あなたに力を与えます。駆逐艦ではあるけれど、アナタが求めてやまなかった力を」

 

 そして少女は私を包み込むように抱きしめて……。

 

 「おめでとう。いいえ、おかえりなさい。駆逐艦 朝潮」

 

 と、子供を誉めるお母さんのように言いました。

 すると、彼女の言葉とともに視界が開け、私は元の場所に戻っていました。

 戻ったのは良いのですが、なんだか首が痛い気がします。

 そして目の前には叢雲さん。そんな心配そうな顔してどうしたんですか?

 

 「ちょっと!大丈夫なの!?ねえ!返事しなさい!!」

 

 痛いです叢雲さん。そんなに肩をゆすらないで……あ、もしかして、首が痛いのはガクンガクンなるくらい叢雲さんが肩を揺すっていたからですか?

 

 「練度1で安定。同調、成功しました」

 

 同調成功?ああ、そうでした。私は適合試験を……あれ?その間の記憶が朧気ですね。

 誰かと話していたのはおぼえているんですが……って、それより今は……。

 

 「同調、できたんですか?」

 「そうよ。おめでとう、今日からあなたは、駆逐艦朝潮よ」

 

 雪代所長にそう言われても、実感が湧きません。

 同調したといっても普段と変わらないですし……ああでも、背中の艤装が軽く感じます。これが同調するということ?

 

 「大変だったんだから!急に変なこと言いだすし、頭とかガクガクさせちゃってさ!」

 

 それで首が痛いのです……いやいや、それも原因の一つかもしれませんが、半分は叢雲さんのせいですよね?

 

 「それより、艦娘になれた感想はどう?」

 「あ、そうでした。私……」

 

 私は艦娘になれたんでした。

 目的の一歩目から躓き続けて、それでも艦娘になる以外の選択肢が思い浮かばずに、諦めずにしがみつき続けて早三年。

 私は……。

 

 「なれた。私、艦娘に……う、うううぅぅぅぅぅ」

 

 ようやく艦娘になれた。

 ようやく一歩目を踏み出せた。

 そう実感した途端、目の前が歪んで叢雲さんの顔が見えなくなりました。

 

 「ちょ、ちょっと!泣かなくてもいいじゃない!」

 

 無理です。

 ずっと、私より後に入所した子が先に艦娘になるのが羨ましかった。

 陰で落ちこぼれと言われるのが悔しかった。

 出て行けと言われて悲しかった。

 でも、そんな日々がやっと終わったんです。

 これで泣くなと言う方が無理です。

 

 「まったく。でも、よくやったじゃない。おめでとう、朝潮」

 「ありが……ありがどうごじゃいますぅぅぅぅ!」

 

 それから私は、叢雲さんに寄り添って飽きるまで泣きました。

 そんな私を、叢雲さんは私が泣き止むまでずっと頭をなでて慰めてくれました。

 

 「朝潮の建造に成功……か。あの人にとって良い報せなのか、それとも悪い報せなのか」

 

 雪代所長がボソッと呟いた独り言に交じっていた『あの人』という言葉を聞いて、脳裏に私が知る『あの人』が思い浮かびました。

 私が恩返ししたい人。

 いいえ、私が会いたい人が。

 

 これは私が、あの人と結ばれるまでの物語。

 私があの人と歩む、始まりの物語です。

 

 

 

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