艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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休みの日の昼間はやることがない……ので、ゲリラ投稿!


第六十一話 今からこの戦場に、神風を吹かせてあげる

 

 

 気持ち悪い。頭も痛い。

 今すぐ、胃の中身を全部吐き出したいくらい吐き気がする。

 目もまともに見えない。

 うっすらと見えるのが、逆に邪魔くさい。

 

 「この状況じゃあ、幸運なのが逆に不運ね」

 

 雪風は、紅備えを発動した私に手も足も出せていない。にもかかわらず、手足をぶった斬って終わらせてやろうと深く踏み込んだ時に限って、波に足を取られたりして決定打が与えられない。

 

 「なんで雪風が、こんな……!」

 

 目に遭う?

 それは、私を怒らせたからよ。

 私に紅備えを使わせるほど怒らせた、あなたが悪い。

 

 「なっ……!?蹴り!?」

 

 そう、蹴り。

 見た目は何の変哲もない中段回し蹴りよ。ただし、38500馬力のね。

 

 「痛っ……!痛い!」

 

 そりゃあ痛いでしょうよ。

 なんせ、蹴り飛ばした先に先回りしたと同時に、捻り駒で回転しながら上中下段の三連撃を叩き込んだんだから。

 これで魚雷は使えない。

 さらに浅かったとは言え、下段で両腿を斬ったから立つのも辛いはずよ。

 痛みに慣れていないあなたなら、なおさらね。

 

 「あなたってさ。被弾したことないんだってね」

 「そうです!雪風に攻撃は当たりません!今までずっとそうでした!なのに、なんで……!」

 

 当たるのか?

 そりゃあ、私が幸運の女神なんて邪魔者が介入できないくらい、内側に入り込んでるから。

 この距離、この速度の私をどうにかしようなんて、艤装が完全に機能停止するようなことでもない限りできないわ。

 

 「違う……。これは何かの間違い!だって雪風は沈まない!絶対に沈まないんです!」

 「あっそ。だから何?」

 

 悲痛な叫びが癇に障ったから、思わず殴り飛ばしちゃったわ。

 弧を描いて雪風が落ちたところとの距離は、ざっと100メートルってとこかしら。

 今の私なら、水切りでも一秒かからずに駆け抜けられる距離ね。

 

 『雪風は沈まない。雪風は死なない。雪風は……雪風は!』

 「あなた、負けた事ないの?」

 『ありませんよ。いつも勝っちゃいます。戦艦の砲撃や艦載機が飛び交う戦場に突撃しても、無傷で生還してきました』

 「たいした戦歴じゃない。自慢じゃなくて、自虐に聞こえるのは気のせい?」

 『気のせいです。雪風は勝つのが大好きです。生き残るのが大好きです。例え仲間が何人犠牲になっても、雪風だけ生き残っちゃいます』

 

 そういう事か。

 あなたは敗北を知りたいのね。

 だから、先生が演習で使えないとまで言った夕立を望んだ。それが叶わなかったから、一縷の希望を託して私を挑発した。

 自分の意思とは関係なしに生き延びるってのも、考えものね。

 これだけの幸運だもの、あなたの代わりに死んだ子は、さぞ多い事でしょう。

 

 『雪風は死にません。いえ、死ねないんです!だから……!』

 

 殺してくれ。って、言いたいの?

 まったく、死にたくないのに死んでいった者がほとんどなのに、()()()()だなんて贅沢な願いだわ。

 呆れを通り越してムカつく。

 先生のことを侮辱された時並みにムカつく。

 私はこれだけ、体が限界を超えてもなお生き抜こうと足掻いてるのに、あなたは死にたいですって?

 ええ良いわ。

 だったらやってあげる。

 私が……。

 

 「私があなたに、死の恐怖を教えてあげる」

 『あなた……が?』

 「そうよ。全駆逐艦最弱。でも、どの艦娘よりも艦娘を極めた、最古の艦娘である私が教えてあげる」

 

 艦娘を極めた。は、言い過ぎたかな。

 でも、私にはそれだけの経験と実績。

 そして自信がある。

 手にしているのは、何の機能もない普通の日本刀だけど、私にとってはどんな兵装よりも信頼できる強力な武器。

 これであなたに教えてあげる。

 この世には、幸運なんてチンケなモノじゃあ、どうすることもできない理不尽な力があるって教えてあげるわ。

 だから……。

 

 「覚悟しなさい雪風」

 

 私は一度、上段で刀を掲げて再びゆっくり下ろし、雪風へ切っ先を向けた。

 私の名前は神風。

 大昔に日本を救った風。祖国に勝利をもたらす神が吹かせた風。それが私。

 故に、全力で戦う時、私はこう言うの。

 自分を鼓舞するために。

 勝利を力ずくでもぎ取るために。

 

 「今からこの戦場に、神風を吹かせてあげる」

 

 私は刀身を頬の高さ、切っ先は雪風に向けたまま刃を上向きにして、右手は目釘の辺りに。左手は柄尻に添えて、左足を前に出して前傾姿勢気味に腰を落とした。

 

 『カッコイイ!なんですかソレ!練習してたんですか?でも、カッコつけただけじゃあ雪風には勝てませんよ!』

 

 そんなことはわかってる。

 今から、駄目押しの挑発すらできないようにしてやるから、急かさないで大人しく待ってろ。

 

 「重ね重ねよ。束ね束ねよ。育み育てよ。肥え太らせよ。我が身に宿すは鬼の赤子。我が身を成すは、鬼の形代(かたしろ)

 

 この唄を口ずさむこと自体に意味はない。

 これは儀式。

 術に適さない性格の私が、それでも先生並みに術を扱うための儀式。

 

 「暮石流呪殺法(くれいしりゅうじゅさっぽう)()の段。仮縫い」

 

 先生の家に伝わる呪法を暗殺術に仕立て直したこれは、始の段、仮縫い。(つい)の段、狩場。(さつ)の段、魂斬り(たまぎり)(りく)の段、殺陣(さつじん)。そして(しゅう)の段、鬼の(くりや)の五つに別けられ、さらに段外として、厄除けと柳女(やなぎめ)があるわ。

 その中で私が使えるのは、最長で150メートルほど先の相手の身動きを封じる仮縫いだけ。

 でも、それで十分。

 目がほとんど死んでる今の私にとって、一時でも敵の動きを止める手段は必須だからね。

 

 『なっ……んで?から…だが……』

 

 何かに握られたような格好で硬直した雪風の苦情はカット。

 意識と余剰艦力を切っ先へ集中。

 誇って良いわよ雪風。

 私にこれを使わせた()()はあなたが初めて。 

 先生にも見せたことがないこれは、私の奥の手中の奥の手。戦艦はおろか、姫級すら沈めた私の取って置きよ。

 

 『や…だ……』 

 

 雪風、あなたは私の逆ね。

 でもあなたと違って、私は死にたくない。

 生き続けたいの。

 そのためなら泥水も啜るし、木の根もゴボウと言い張って囓る。必要なら体だって切り売りしてやる。

 その覚悟でずっと戦って来たし、これからも戦い続ける。

 

 『こな…いで……』

 

 怖いでしょう?

 身動きが取れず、刻々と迫ってくる死を見つめるのは怖いでしょう?

 それが、あなたが知らなかった死の恐怖よ。

 

 『嫌だ!死にたくない!誰か……。誰か助け……!』

 

 そう。それで良い。

 今の気持ちを忘れちゃ駄目。

 復讐のためならとか祖国のためならとか言いながら、率先して死ぬ人を否定はしない。

 でも、少なくともあなたはその類いの人間じゃない。

 あなたは幸運の女神とやらに翻弄されているだけの哀れな子。

 呪いにも等しい幸運に恵まれ過ぎて、心を壊してしまった悲しい子。

 

 「駆逐艦 神風!進発します!」

 

 そんなあなたに、この技を贈るわ。

 この、私の全身全霊を捧げた技で負かしてあげる。

 弱い私にとって、敵の戦艦や空母などの上位艦種は私を殺そうとする怖い存在。

 これは生き汚い私が、そんな死神どもの命を逆に狩り取って生き延びるために編み出した、悪あがきの集大成。

 その名も……。

 

 「神狩り!」

 

 雪風に到達するまでの時間は刹那。

 着水と同時に放った、ここまでの加速エネルギーと余剰艦力全てを込めて突き出した切っ先が、雪風の装甲に食い込むのと同時に力場を拡散。

 雪風の装甲は、切っ先が食い込んだ場所を起点にして放射状にヒビが入り、粉々に砕け散ったわ。 

 これが神狩り。

 見た目は加速して強引に装甲を貫いたように見えたでしょうけど、実際は繊細な力場操作を必要とする装甲破壊術よ。

 あとは、慣性に任せて切っ先を相手に突き刺すだけ。

 相手を沈めるのが、目的ならね。

 

 「まだ……。死にたい?」

 

 私は刺さなかった。

 切っ先は雪風の右首筋を通り抜けさせたわ。

 先生を侮辱された時は、本当にぶっ殺してやろうと思ったんだけどね。

 

 「嫌だ……。死にたくない。助けて……。どうか命だけは……」

 「そう……。わかった」

 

 だったらもう、自殺する度胸もないクセに死にたがるんじゃないわよ。

 とまでは、蛇足になりそうだから口には出さないわ。

 代わりに……。

 

 「審判!」

 

 私は刀を引き、海面に泣き崩れた雪風を一瞥してから、鎮守府の方を振り返って叫んだ。

 この子はもう、精神的にも肉体的にも戦えない。

 とっとと治療してやらなきゃ、出血多量で本当に死んじゃいかねないわ。

 

 『ゆ、雪風を戦意喪失とみなします。勝者、神風!』

 

 審判が私の勝利を伝えたのを聞いた私は、ボンヤリと見える鎮守府へと航行を始めた……のに。

 

 「ま、待って!」

 

 雪風に呼び止められた。

 何よ、面倒臭いわねぇ。

 私だって紅備えの反動で体がガタガタなんだから、早く休ませ……。

 

 「どうしてあなたは、そんなになっても戦うん……ですか?」

 

 変な事を聞くのね。

 まあ、死にたがってたあなたにはわからないか。

 でも、べつに不思議な事なんて無いわ。とても簡単な事よ?

 私はただ単に……

 

 「死にたくないからよ」

 

 と、刀を肩に預けて、出来るだけ胸を張って答えた。

 それが、私が戦うことを諦めない唯一絶対の理由。 

 私の答えに唖然とする雪風を置いて、私は再び鎮守府へ向けて航行を始めた。

 

 「くたびれた……」

 

 体調は最悪。

 体、特に足が、立ててるのが不思議なくらい痛む。たぶん、最低でも肉離れくらいは起こしてるわね。

 とっとと艤装を降ろして、布団に潜り込みたいわ。

 

 「何?あの集団」

 

 私が桟橋に着くのと入れ替わりに、十人近い数の駆逐艦……よね?たちが、艤装を背負って海へ漕ぎ出して行った。

 ボンヤリと見える艤装の形的に、陽炎型の子達かしら。

 

 「よかったわね雪風。あなた、愛されてるじゃない」

 

 きっと、姉妹総出で迎えに行くんでしょう。

 それに対して、私は一人もなしか。

 姉妹艦たちは来てないから仕方ないけど、代わりに面倒見てあげてる朝潮たちが来てくれても良いんじゃない?って、思ったら駄目なのかしらねぇ……。

 

 「あ、あの!」

 

 なぁんて、感傷的な気分に浸っていた私を、最後にすれ違った狐色の髪をツインテールにした子が呼び止めた。

 この子はたしか十八駆の……名前なんだっけ。

 

 「誰?」

 「陽炎型一番艦、陽炎です!妹がお世話になりました!」

 

 この子が陽炎か。

 別に世話なんてした覚えはないわ。

 それとも、妹を傷だらけにした仕返しでもするつもりでそう言ってるの?

 仕返しは良いけど、今はちょっなぁ……。

 

 「あの子を救ってくれて、ありがとうございました!」

 

 私の予想に反して、深々と頭を垂れてそう言った陽炎の目からは涙がこぼれている……ように見えた。

 そう、あなたは雪風の危うさに気づいてたのね。

 だけど、何もすることが出来なかった。それで、なんとかしちゃった私にありがとうな訳だ。

 でも、勘違いしないで。

 私は試合に勝っただけよ。

 雪風がああなったのは、その副産物でしかないわ。

 と、いつもなら言うんだけど、斜に構えるのも面倒なくらい疲れてるのよね。

 だから……。

 

 「後はあなたの仕事よ。一番艦さん」

 

 陽炎に丸投げ。

 私は左手をヒラヒラと振りながら、私に向かって敬礼する陽炎のもとを後にした。

 後にしたは良いんだけど、工廠が遠いわ。

 昔、ここにいた頃にも思ったけど、どうして横須賀みたいに桟橋の近くに建ててないのよ。

 

 「うぷっ……」

 

 うつむき気味に歩いてたら、何かにぶつかった。目の前が白一色だわ。

 

 「刀くらい、仕舞ったらどうだ?」

 

 なんだ先生か。

 そう言えば抜きっぱなしだったっけ。

 言われて初めてそれに気づいた私は、刀を鞘に納めた。納めたんだけど……。()()()()()()()、柄から手が離れてくれない。

 刀を使った後はいつもこうなのよね。

 もう危険はないのに、私の手は戦闘態勢を解こうとしてくれないの。

 

 「貸してみろ」

 

 そんな私を見かねたのか、先生が私の前に跪いて、柄にこびり付いた私の右手をゆっくりとほどいてくれた。

 これをしてもらうのも、随分と久しぶりね。

 初めて敵を撃った日も、こんな風にしてくれたっけ。

 

 「ありがとう……」

 「お前が素直に礼を言うっちゅう事は、相当疲れちょるな」

 

 私だってお礼くらい言いますよーだ。

 どんなに疲れていても、嬉しいと思ったら素直にお礼を言うのがこの神風さんなんだから。

 

 「ほら、乗れ」

 

 先生が後ろを向き、おんぶの姿勢を取った。

 この歳でおんぶされるのは少し恥ずかしいんだけどなぁ。

 それに……。

 

 「艤装、背負ったままよ?」

 「かまやぁせん。それくらいで潰れるほど、柔な鍛え方はしちょらん」

 「あっそ、じゃあ遠慮無く」

 

 私は先生におぶさって、それを確認した先生がゆっくりと立ち上がって工廠へ歩き出した。

 先生におんぶされるのも久しぶりだな。

 私の身長が伸びてないせいか、昔と同じように背中が大きく感じる。

 こうしてると、帰って来たって実感するわね。

 私が死にたくない理由。

 私が帰りたい場所。

 ここに帰ってくるためなら、私はなんだってするわ。

 その結果、先生に嫌われたとしてもね。

 

 「ねぇ、お父さん。私、強くなったでしょ」

 「ああ……。俺の自慢だ」

 「ふふ、ありがと♪」

 

 疲れてるせいでいつもの理性が働かない。

 つい、甘えちゃう。

 でも、今だけよ?今は疲れてるから仕方がないの。

 疲れてるから、お父さんって呼んでも仕方ないのよ。

 

 「神風……」

 「なぁに?お父さん」

 「太ったんじゃないか?重いぞ」

 「ふん!」

 

 失礼なことを口走った罰として、クソ親父の後頭部に頭突きをお見舞い。

 言っときますけどね。

 今は艤装を背負ったままだから重いの。

 艤装を背負ってない私は羽根のように軽いのよ?

 そんな私に太っただなんて、本当なら斬首されてもなお許されない大罪なんだからね!

 

 「痛いのぉ、冗談じゃろうが」

 「うっさいクソ親父!黙って歩け!」

 

 不自然にざわついた観客席に背を向けたまま、私達は工廠までじゃれ合いながら歩いた。

 勝利の悦びよりも、生還の喜びを分かち合いながら。

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