殺人現場に遭遇したことがあるかしら。
って、ないわよね。
普通に生活してたら勿論、軍に身を置く私でさえ……あ、私はあったわ。
とにかく!
探偵漫画と推理サスペンスドラマとかでありそうな、如何にも殺人現場ですって光景に遭遇するなんて、昨今じゃ軍人でもなかなかないの。
で、どうしてそんな話から入ったかと言うと、何かがぶつかるような音を聞いて踏み込んだ私こと、神風さんがいる執務室がまさにそんな感じだからよ。
状況を説明すると、まずは大砲の弾が直撃したのかと思わせるほど破壊された窓。その窓から斜め45度くらい下方には、これまた何かが着弾したかのようなクレーター。その周りには、八駆と……白露だっけ?がいるから二十七駆か。が、集まってるわ。
満潮と時雨の姿が見えないのが気にはなるけど、今は関係ないから割愛。
で、砲撃されたとしか思えない室内には、私でさえ見たことがないほど幸せそうな顔をして大の字で気絶してる先生。その左手には双眼鏡。そして右手の人差し指と中指には、火が点いたままの煙草が挟まってる。
そしてその上、ちょうどお腹のあたりで、朝潮が「ああ、私はなんてことを……」とか言いながら狼狽えているわ。
うん、だいたい想像はついた。
ついたけど、馬鹿らしくて口に出す気になれない。
「こ、これは酷い……」
「提督さん、生きてるんですか?」
同じく音を聞いて駆けつけたと思われる左門兄と由良が、驚いたら良いのかそれとも呆れたら良いのかわからないような顔をして、室内を観察し始めた。
いや、まずは衛生兵を呼びなさいよ。
「一応聞くが神風。お前がやったんじゃないよな?」
「当たり前でしょ?なんで私がやったと思ったのよ」
「お前ならやりかねん」
ああそう。
左門兄は私をそんな風に見てたのね。
残念……いやがっかり……いやいや失望した。
角ちゃんたちの兄貴分だから、私も合わせて左門兄って呼んであげてたのに、そんな風に私を見てたんならもう呼んであげない。
今度からはブサイク素人童貞って呼んでやるわ。
「落ち着いて朝潮ちゃん。いったい何があったの?」
「落ち着いてなんていられません!私のせいで司令官が……。司令官が死んでしまいました!」
いや、死んでないから。
胸が若干上下してるのが見えない?それ、呼吸してるってことだから。
だいたい、先生をあなたごときがどうこうできる訳ないで……ん?なんだか外が騒がしくなってきたわね。
「ねえ、ブサイク素人童貞。あれ、ヤバくない?」
「ああ、マズい。朝潮君の声が、外まで響いたようだ……って、お前今何て言った?」
おっと、本当に言っちゃった。
でも、それで反応したんだから自覚はあるんでしょ?
は、置いといて。
窓の外に留まらず、執務室の外で遠巻きに見ていた職員や艦娘の間で、提督が死んだってデマが流れ始めてる。中には、「姉さん。事件です」なんて、どっかのホテルマンみたいな寸劇をしてる艦娘まで出てるわ。
手っ取り早くこの騒ぎを静めるには、先生に起きてもらうのが一番なんだけど……。
「左門兄、起こせる?」
「今の提督殿をか?冗談言うな。そんなことをしたら、起こそうとした途端に
そう、現状で一番良い解決策を、最も妨害しているのは他ならぬ先生自身。
先生は特殊過ぎる家庭環境と、20年以上に渡る戦場暮らしの経験から、寝ている時が一番危険だと本能レベルで自分に刷り込んでいる。
普段の睡眠は眠りが浅いから問題ないんだけど、問題は今みたいな時。
今みたいに、気絶などで深い眠りに落ちてる時は、起こされるなりしたら体が勝手に危険と判断して迎撃するの。
私も毎晩、先生の隣で寝てるけど念のために起こしたことは一度もないわ。
それは先生が、私が起きたのを察知して起きるからってのもあるけど、無理矢理起こすのが危険だと私が知ってるからよ。
「朝潮を引き剥がした方が良いよね?」
「そうだな。もし朝潮君が、提督殿を起こそうとすれば……」
最悪の場合、朝潮の首が飛ぶ。
もちろん、文字通りの意味でね。
それは先生にとっても朝潮にとっても、最も避けなければならないこと。
なんとかして、朝潮を先生から引き剥がさないと。
「朝潮、ゆっくりと先生から離れて。ゆっくりと、慎重に」
「で、でも神風さん、私は司令官を……」
「殺してない。先生はわざと、あなたの突撃を受けて気絶したのよ」
「わざ……と?」
「そう、わざと。その理由を、今から説明してあげるわ」
まず絶対条件として、先生に奇襲の類いは通用しない。だから、朝潮が窓の外から一足飛びに突進しようと、先生なら朝潮が踏み切る前に回避してるわ。
そして先生の右手の煙草。
おそらく先生は、誰もいないのを良いことに本来なら禁煙であるはずのここで、仕事をサボって煙草を吸っていた。
双眼鏡まで持ってたってことは、朝潮たちが帰投する時刻を見計らって覗きでもしようとしたんでしょうね。
そうしようとしたところで、朝潮が蒼備えを使って突っ込もうとしているのを確認した。
朝潮がそんなことをしようと思ったのはたぶん、大潮から先生の報告を任されてテンションが上がったせいで軽く暴走したってところでしょう。
以上を踏まえた結論。
先生はあえて……いや、わざと朝潮の突進を受けたと思われる。
幸せそうな顔と、大の字で仰向けになってるのがその証拠ね。
誤算があったとすれば、朝潮の突進力が想定より強くて受け止めきれず、気絶しちゃったってとこかしら。
だからこの珍事は先生の自業自得。
全てが朝潮のせいって訳じゃないわ。
「あの……神風さん?」
「何よ。理由はわかったでしょ?だから、早くそこから降りなさい」
「いや、わかりませんよ。だって神風さん、何も喋ってないじゃないですか」
「へ?」
あ~……そっかそっか。
私ったら脳内で説明しただけで、一言も口に出してなかった。
無言でも常に喋り続けてるような朝潮がいるせいで、私まで喋らなくても考えてることが通じると思い込んじゃってたわ。
え?でもそうなると、さっき頭で考えたことをもういちどいわなきゃダメなの?
それは面倒くさすぎる。
時間の無駄だし、文字数稼ぎか!ってツッコミまで来そうな愚行だわ。
と、言うわけで……。
「よし、左門兄GO」
「GOじゃない。自分に死ねと言うのか?」
「良いじゃない一回や二回死ぬくらい」
「普通は一回死んだら終わりだ。お前こそ行け。お前なら、腕の一本や二本落とされても高速修復材で生えるだろうが」
「嫌よ!痛いじゃない!それに、首を落とされたら死んじゃうでしょ!?」
「お前、さっき自分が何て言ったか覚えているか?」
知らん。記憶にない。
それはともかく、本当にどうしよう。
今はまだ、私と左門兄のやりとりを「何かの暗号でしょうか」とか考えてそうな顔して見てるだけだから問題ないけど、気を取り直して起こしにかかられたらマズいわ。
ならば、餌で釣るか。
「ねえ、朝潮。先生の下着、欲しくない?」
「司令官の下着ですと!?いやいや、こんな時に何を言ってるんですか!司令官が危篤なんですよ!?おバカなんですか!?」
バカなこと言ってるのは重々承知よ!
だから左門兄と由良も、「何言ってんだコイツ」と言いたげな目を私に向けるな!
それと朝潮。
あなた一瞬釣られたわよね?
先生の下着って聞いた瞬間に、無いはずの獣耳と尻尾がピーンと立つのが見えたと錯覚するくらいの反応をしたのを、私は見逃してないわよ。
「昨日、先生が履いてた下着を、まだ洗濯してないの」
「だ、だから今は……」
「あら、洗濯しちゃって良いの?普段は朝一で洗濯するんだけど、今日はド忘れしちゃったから、まだ洗濯籠の中に入ったままなのよ?」
嘘だけどね。
本当はいつも通り洗濯して、今も風になびいてるはずよ。
でも、この変態予備軍にはそれを確かめる術がない。
臭いフェチの変態である朝潮にとって、洗濯されていない先生の下着は、黄金よりも価値のあるお宝のはずよ。
「そこから降りたらあげる。だからゆっくりと、慎重にこっちへ来なさい」
「ほ、本当にくれるんですか?」
「ええ、本当にあげる」
洗濯済みのをね。
嘘をつくことに若干の罪悪感はあるけど、これは全て朝潮を守るための嘘。
つまり、良い嘘よ。
良い嘘はついても悪い嘘はつかない。それが、この神風さんなんだから。
「余計なことをするな神風。朝潮の感触を楽しんでいる最中なんだぞ?」
「司令官!ご無事だったんですね!」
「当たり前だ。駆逐艦のクッションになるのは、海軍軍人にとっては夢の一つだからな」
先生以外の海軍軍人まで誤解されるようなことを言うのはやめろ。
ただでさえモテない左門兄が、執務室の外で様子を窺っている艦娘たちから「じゃ、じゃあこの人も?」とか「うわ、きんも~」とか「ありえませんわ」なんて言われて泣きそうになってるから。
って言うか起きてたの?
周りの騒ぎなど一切気にせずに、ずっと気絶したフリをしてただけ?
「おい、クソ親父。取り敢えず起きてこの騒ぎを静めろ」
「それは無理だ」
「ほう?まだ、朝潮の尻の感触を楽しみたいと?」
「そうだが、そうではない。それなりに威力は殺したつもりだったが、朝潮の愛は私の想像を超えていてな。ぶっちゃけ、腰が逝って動けん」
何が愛だこの変態。
執務室の外は顛末が見えてるし聴こえてるから沈静化し始めてるけど、窓の下は今もけっこうな騒ぎのままなのよ?
「司令官をこんなお体にしてしまったのは私です!だから、私が何でもします!司令官のお体が良くなるまでお世話させてください!」
「今、何でもって言った?」
「はい!言いました!どんなことでもご命令ください!この朝潮、炊事洗濯から下の世話まで、何でもやる覚悟です!」
「良く言ってくれた!ならば君を秘書艦に任命しよう。ついでに、神風に代わって、私の部屋に住み込み……」
どうしたのよ先生。続きを言ったら?
それとも、私が見下ろしてるから言えないの?
バカねぇ。そんなこと気にせずに言いなさいよ。
私、今笑顔でしょ?
だから大丈夫。
表情筋をフル稼働させて無理矢理作った笑顔だけど、笑顔には違いないから遠慮無く続きを言いなさいな。
「か、神風、今のはその……」
「うん、わかってる。私に部屋から出ていけって言いたかったんでしょ?良いわよ?出てったげる」
「い、いや、そうではなくてだな……」
「朝潮、そこを退きなさい」
私の笑顔って凄いわね。
先生に冷や汗をかかすだけでなく、朝潮に「あ、はい」って言わせて素直に退かせる効力があるなんて知らなかったわ。
さて、じゃあとっとと殺ること殺って、荷物まとめて出ていくとしますか。
「おい、私の首根っこを掴んで何をする気だ神風。まさかとは思うが……」
「ねえ先生。一応聞くけど、死線は見えてる?」
「ああ、見えてる。バッチリ見えている。だから、その手を……」
放せって?
心配しなくても放してあげるわよ。
ただし、わざとらしい言い方で死線が見えてないってこともわかったから、窓だった場所から外に放り出す瞬間にね!
「5~6回死ね!クソ親父!」
「おま……!ここは二階だぞぉぉぉぉ!?」
ふむ、私の腕力でぶん投げたにしては、良く飛んだ方ね。まあ飛んだって言っても、精々壁から3mってとこか。
でも、上手く転がってくれたおかげで、朝潮が踏み切った時に出来たと思われるクレーターのちょうど真ん中に入ったわ。
これがゴルフならホールインワンね。
でもあの構図、昔どこかで見たような……。
「司令官!司令官ご無事ですか!?」
「さすがは提督殿だな。腰が逝ってても、五点着地で被害を最小限にしている」
「いや、中佐さん。解説してる暇があるなら衛生兵を呼びましょうよ。提督さんが栽培マンにやられた飲茶みたいになってるんですよ?」
あ、そうそう。龍玉だ。
昔テレビの再放送で見た龍玉のワンシーンにソックリなんだわ……って、それは置いといて。
「じゃあ、朝潮。あのオッサンの世話は任せたわよ」
「な!?司令官をあんな目に遭わせておいて、神風さんは……!」
どうしたの?続きを言いなさいよ泥棒猫。
どこに行く気か聞きなさいよ。
まあ聞かれたところで、私は答えなんて持ち合わせていないんだけどね。
だって、あなたが全部盗っちゃったもの。
武力も先生からの想いも、今では全部あなたの方が上。
私はもう、先生には必要ない。
「お、おい神風。お前……なんで泣いて……」
「泣いてない」
「だが……」
「泣いてない!」
そう、泣いてない。
涙が溢れているのは急に涙腺が壊れたからだし、喚きたくなってるのは先生の物言いに腹が立ったから。
気を抜くとへたり込んでしまいそうなほど足が震えているのは、先生を投げ飛ばした時に力を入れすぎたからよ。
だって私は覚悟してた。
朝潮の能力を知ってから、いつかはこうなるって覚悟はできてた。それを承知で、朝潮を鍛えたんだから悲しくないし悔しくもない。
むしろ、教え子が先生のお眼鏡に適うほどになったんだから誇らしいわ。
なのに、私の目は目の前の朝潮ではなく、先生ばかり見てる。
そして口は、私の意思など関係なく、思ってもない言葉を紡いだわ。
「お父さんのバカ」
と、自分の声とは思えないほど悲しそうに震えながら。
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