艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第六十九話 サンマ漁

 

 

 

 秘書艦になって初めて知ったのですが、艦娘の任務には変わった通称のモノが多々あります。

 その最たるモノが、今しがた司令官から伝えられた……。

 

 「サンマ漁……ですか?」

 「そう、サンマ漁だ。急ですまないんだが、明後日応援に行って欲しい」

 

 漁と銘打たれているくらいですから、漁師さんのお手伝いをすればいいんでしょうか。

 ですが、私は魚釣りなんてしたことが……。

 

 「ねえ、お父さん。この子、たぶんわかってないわよ?」

 

 わかってないのは確かですが、ソファーに寝そべってダラダラしながら助け舟を出すのはやめてください。

 いえ、神風さんのおかげで助かったのは確かなんですよ?確かなんですが、うつ伏せでソファーのひじ掛けに顎を乗せている、そのダラケっぷりはいかがなものかと……。

 

 「そう言えばそうか。サンマ漁は通称で、正確には漁業船団護衛任務だ」

 

 なるほど、それなら知っています。

 漁業船団護衛任務とは、書いて字の通り漁業を行う船団を護衛する任務で、遠征任務の一つに含まれます。

 消費量が年々減る一方ではありますが、未だに魚の消費量が世界でも上位に食い込む日本にとっては大切な任務。日本の食卓を守る任務とも言えます。

 私は話でしか聞いたことがないのですが、深海棲艦が出現した当初は船もまともに出すことができず、一時期はスーパーの売り場どころか飲食店からも魚の姿が消えたんだとか。

 その代わりに、岸から釣れる魚と川魚の値段が高騰したらしいです。

 そんな事情もあって発令されたのが、この漁業船団護衛任務。

 艦娘の数に限りがあるため船団単位でしか護衛は出来ませんが、この任務のおかげで日本の食卓に魚が戻って来たそうです。

 

 「開戦から数年は、鯖の切り身が1000円を超えてたな……。下魚と言われてた時代が嘘みたいだったよ」

 

 とは、司令官の言ですが、今でも海魚の値段は深海棲艦出現前より高いらしいです。

 自分で買ったことがないので詳しい値段はわかりませんが、司令官のお話では開戦前の2~3倍ほどだそうです。

 

 「んで、この時期はサンマを捕りまくるから、この時期だけの通称としてサンマ漁って呼ばれてるのよ」

 

 と、神風さんが締め括ってくれました。

 補足しますと、サンマ漁の通称で呼ばれるのは、サンマの水揚げが始まる八月上旬から十一月末の四か月間。

 そんな通称で呼ばれるようになった理由は簡単です。

 美味しいサンマが捕れるこの時期、第一海軍区内の漁師さんたちはサンマしか狙わなくなるからです。

 他の魚ももちろん捕るそうですが、この時期はあくまでオマケ扱いになるんだとか。

 まあ戦前ですら、四か月サンマ捕って残りの八か月はオフと言われていたサンマ漁(本当かどうか知りませんよ?)です。

 海魚の値段が上がった現在の収入は当時の二倍近くだそうですから、漁師さんが群がるのも当然ですね。

 

 「サンマは秋の味覚の代表格だからな。いくら戦争中とは言え、日本人は食わずにおれんらしい。私も秋にはサンマが食べたくなるしな」

 

 そんなものなのでしょうか。

 私は(わた)が苦手なので、好んでサンマを食べたいとは思わないのですが……。

 

 「そんな事言って、お父さんってサンマの(わた)が食べれないじゃない」

 

 司令官もですか!?わかります!食べれないですよね!司令官と同じで光栄です!

 

 「あの(わた)を口に含んで、日本酒をキューっとやるのがいいのに」

 

 ソファーに胡坐をかいて、お猪口をクイッとやる仕草を神風さんがやって見せてくれましたが、おじさん臭くないですか?

 

 「おっさん臭い神風は置いといて。その任務を仕切ってる子から、明後日応援をくれと頼まれてな。向かわせられそうな子を探してみたら、君ともう二人しか居なかったんだ」

 

 もう二人?その一人は神風さんでしょうか。見るからに暇そうだから、可能性は高いですね。

 でも、良いのでしょうか。

 だって私には……。

 

 「私には秘書艦の仕事が……」

 「それは神風にやらせるから心配しなくていい。コイツを行かせるのが一番いいんだが……」

 

 そこまで言って、司令官はチラリと神風さんへ視線を移しました。それは、神風さんを行かせられない事情があるってことですか?

 

 「コイツを行かせると、漁師達と喧嘩を始めかねん」

 

 なるほど、大いに納得しました。

 喧嘩っ早い駆逐艦の中でも群を抜くほど喧嘩っ早い神風さんなら、些細なことで漁師さんたちと揉めてしまいますもんね。

 大きなため息をついてる司令官の心中、お察しします。

 

 「私が行ってもいいわよ?秘書艦やるよりよっぽど気楽だし」

 「バカな事を言うな。今のご時世で漁師の機嫌を損ねたら、また食卓から魚が消えるぞ」

 「いいじゃない。今の若い子は魚なんて食べないでしょ?」

 「いいわけあるか。それにお前、漁師を甘く見てるだろ。奴らは893より気性が荒い連中だぞ?いくらお前でも、そんな連中をいっぺんに相手にできまい」

 

 893より云々は、あくまで司令官個人の感想です。

 私は漁師さんと面識がありませんが、本当に司令官がおっしゃるような人たちなのでしょうか。

 

 「魚雷で吹き飛ばすから大丈夫」

 「大丈夫な訳あるか!お前、俺の話聞いちょったか……ゴホン!まあ、そんな訳でコイツを行かせる訳にはいかんのだ」

 

 そういう事なら仕方ないですね。

 それにそもそも、司令官のご命令なんですから断る理由がありません。

 

 「お任せください!この朝潮、見事サンマを殲滅して見せます!」

 「殲滅しちゃダメでしょ」

 「あ、そうでした。漁師さんを殲滅すれば良いんでしたっけ?」

 

 いや、違う違う。

 そもそも、今回の任務は戦闘が主目的ではありません。あくまで護衛です。

 ちゃんと理解していますから、頭を抱えないでください司令官。そのくらいの覚悟で任に当たると言う、意気込みなだけなんです。

 と、言うことにしといて、話を逸らして誤魔化しましょう。

 

 「と、ところで、残りの二人と言うのは?」

 「あ、ああ。満潮と叢雲だ。この二人と一緒に行ってもらいたい。満潮は非番だから部屋に居るだろう。叢雲は……たしか辰見が改装の申請を出していたな。おそらく、工廠に居ると思うぞ」

 

 満潮さんと叢雲さんですか。

 二人とも気が強いですが、喧嘩したりしないでしょうか。そういう意味では、神風さんを行かせる以上に心配です。

 

 「サンマ漁は深夜0時からスタートだ。だから明日は、漁協に移動した後に昼寝をすると良い。どうしても寝られないなら、薬も処方させよう。詳しい話は、今日はもう終わりでいいから満潮と叢雲を連れて、七駆の部屋に行ってみなさい。そこに居なければ朧あたりに居場所を聞いてみると良い」

 

 はて?いったい誰に会えばよろしいのでしょうか。

 七駆の部屋と言う事は、七駆の誰かなんですか?

 もしかして司令官は、今ので言ってないのに言った気になって忘れてるんじゃ……

 

 「お父さん、仕切ってる子の名前を言ってない」

 「ん?そうだったか?」

 「そうよ。お父さんはいつも、肝心な所を言い忘れるんだから」

 「う、すまん……」

 

 言いにくい事を平気で言いますね。

 司令官と親しくなるには、まずはこういう遠慮をやめるところから始めるべきなのでしょうか。

 でも気にしないでください司令官!私は気にしてませんから!

 

 「七駆の曙だ。うちが担当している地域での漁船の護衛は、全てその子が仕切っている」

 

 曙さんと言いますと、たしか満潮さん並みに気が強い人ですよね?最初に会ったのはたしか初出撃の時でしたっ……え?大丈夫なんですかそれ。

 私が知る気が強い駆逐艦四人の内、三人まで揃っちゃってますよ?これで霞が加わろうものなら全員揃っちゃいます。

 

 「あと、これを渡しておいてくれ」

 「これは……何の書類ですか?」

 「装備品の使用許可書だ。曙に渡せばわかる。それで今日の仕事は終わりだ」

 

 司令官から預かった書類を曙さんに渡したら終わり……ですか。

 と、言うことは、これで今日は司令官とお別れ。

 私のボーナスタイムが、曙さんのお願いのせいで露と消えてしまいました。

 

 「朝潮?」

 「あ、すみません!では、お疲れ様でした!」

 

 名残惜しく執務室を後にした私は、八駆の部屋で暇を持て余していた満潮さんに事情を話して七駆の部屋に向かいました。

 名残惜しそうにしていた私に、神風さんが「サンマを最低でも()()もらってきてね」と言ってくれたのがせめてもの救いですね。

 きっと、捕れたてのサンマを一緒に食べようと、暗に言ってくれたのでしょう。

 

 「よりによって、サンマ漁に駆り出されるとは……。ついてないわ」

 「満潮さんは、サンマ漁が嫌いなんですか?」

 

 そう言いながら、満潮さんは心底嫌そうに廊下を歩いていますが、そんなに辛い任務なんでしょうか。

 

 「嫌いよ。魚臭くなるし、漁師の人たちは臭いだけで妊娠しそうになるくらいむさ苦しいもの」

 「そんな理由で……。私はてっきり、曙さんとそりが合わないから嫌なのかと思いました」

 「それもあるわね。それと言うのも、あの子って口がすんごく悪いのよ。気も強いし変に不幸ぶってるし」

 

 口が悪くて気が強いのは満潮さんも同じでは?

 とは、口が裂けても言えません。

 言えませんが、いつも通り私の表情から考えを読んだのか、「あぁん?」って感じの顔して睨んでます。

 

 「で?もう一人は叢雲だっけ?」

 「はい。今は工廠で改装を受けているらしいです」

 「この組み合わせには悪意を感じるわ……。霞まで居たら最悪だったわね」

 

 ええ、私もそう思います。

 このメンツと一緒に艦隊を組むなんて、私にとってはある意味罰ゲームと言えるのではないでしょうか……などと考えている内に……。

 

 「もう着いちゃった。まあ、私たちの部屋とそんなに離れてないし当然か」

 

 ちなみに、七駆の部屋は庁舎海側二階の一番東に位置します。先代が秘書艦じゃなかったら、本当はここが八駆の部屋になっていたそうです。

 では、取り敢えずノックを……

 

 『居留守ですよー。誰も居ませんよー』

 

 したらそんな反応が返って来ました。

 いや、いますよね?自分で居留守って言ってるじゃないですか。

 

 「いいから開けなさいよ漣。用事があるの」

 『その声……満潮?何で!?』

 

 そんなに意外そうにしなくても……。

 満潮さんの不機嫌さが増してそっぽ向いちゃったじゃないですか。

 

 「あ、ホントに満潮だ。それに朝潮も」

 

 ドアを開けて出迎えてくれたのは、漣さんではなく朧さんでした。いつも頬っぺたに絆創膏を貼ってる七駆の旗艦をやってる人です。

 

 「朝潮はともかく、満潮が訪ねて来るなんて珍しいね。どうしたの?」

 「明後日のサンマ漁に駆り出されることになったのよ」

 

 ぶっきらぼうに答えるのはまあ良いですが、せめて目は合わせましょうよ。朧さんが困ったような顔してるじゃないですか。

 

 「じゃあ曙に用があるんだね。でも、困ったな。曙、今出てるのよね……」

 

 朧さんに、横目で部屋の中を見るよう促されたので見てみましたが、たしかに部屋の中に居るのはオッサンみたいな顔してオッパイを揉んでる漣さんと、何かを諦めたような顔をしてオッパイを揉まれてる潮さんだけで、曙さんはいません。

 

 「ぼのたんなら工廠裏じゃない?釣り竿持ってたし」

 「そう、じゃあそっち行きましょ。叢雲に合流するのにも丁度いいし」

 「あ、ちょっと満潮さん!」

 

 挨拶もせずにさっさと歩いて行ってしまいました。もうちょっと愛想よくすればいいのに。

 

 「ふふ、満潮は相変わらずだね」

 「すみません。私からよく言っておきますので……」

 「いいよいいよ、慣れてるから。それより、早く追いかけた方がいいんじゃない?」

 「あ、本当だ。すみません!では、私もこれで!」

 

 私は朧さんと部屋の中の二人に頭を下げて、すでに階段を下り始めている満潮さんを追いかけました。

 満潮さんが人と関わりたがらないのは知っていましたが、会うだけであそこまで不機嫌になるとは思っていませんでした。

 

 「満潮さ~ん!待ってくださ~い!」

 「遅い!何トロトロしてるのよ!」

 

 不機嫌は最高潮のようですね。

 庁舎と工廠の丁度中程で追いつくなり怒られてしまいました。

 でも、怒らなくても良いんじゃないですか?

 満潮さんの代わりに、散々頭を下げて来たんですよ?

 

 「う、ごめん。言い過ぎたわ……」

 

 満潮さんは私の顔を一瞬見て、バツが悪そうに頭を掻きながら謝ってくれました。

 

 「私たち以外と話すの、苦手なんですか?」

 「べ、別に、苦手な訳じゃないけど……」

 

 苦手と言うよりは、満潮さんが壁を作ってるって感じですもんね。

 人と関わり合いたくない……と、言うよりはわざと避けているような気さえします。

 もしかして……。

 

 「わざと、ですか?」

 「……そうよ」

 「どうしてそんな事を?仲間とは、仲良くするに越したことはないじゃないですか」

 

 今回みたいに、思いがけず一緒に行動しなきゃいけない機会もこの先あるかもしれないのですから、仲良くしておかないと色々と問題も出ます。

 満潮さんがやっていることは、極端に言うと作戦自体が失敗しかねない危険な行為です。

 

 「ねえ、朝潮。アンタは、私のこと好き?」

 

 それはlikeの方ですよね?

 間違っても、loveじゃありませんよね?

 満潮さんがながもんと同じとは思っていませんが、一応予防線を張って……。

 

 「もちろん好きです。大切なお姉ちゃんですから」

 「私が死んだら、悲しんでくれる?」

 「そんなの当り前です!」

 

 どうしてそんな事を聞くんですか?大切な人が死んだら、悲しむのは当たり前じゃないですか。

 ん?この流れでそんな質問をするということは……。

 

 「嫌われてれば、悲しませずに済むでしょ?」

 

 やっぱりですか。

 だから、みんなから距離を取っているんですね。そんなに、辛そうな顔をしてるのに?

 

 「姉さんが死んだ時、私は悲しくて泣いたわ。あんな想い、しなくていいならする必要ないのよ」

 「満潮さんは、嘘つきです」

 「嘘なんかついてない」

 「いいえ、嘘です。だって満潮さんは、私に嫌われようとしないじゃないですか」

 「それは、アレよ。仲が悪いと連携に支障が……」

 「それは他の人にも言えることじゃないですか?八駆だけならともかく、今回みたいに他の人たちと艦隊を組むことだってあるはずです」

 

 満潮さんは、次の言葉を探すように押し黙ってしまいました。

 満潮さん、あなたは優しすぎるんです。

 自分と同じような想いを他の人にさせないように、わざと嫌われるようにしてるクセに、その結果傷つき続けている。

 本当は、嫌われるのが堪らなく嫌なクセにです。

 

 「アンタには、関係ないでしょ」

 「いいえ、関係あります。だって、満潮さんは私のお姉ちゃんです。お姉ちゃんが辛そうにしてるのを、見過ごすことなんてできません」

 

 満潮さんが、怒りと悲しみが入り交じったような顔で私に振り向きました。

 本当にみんなから嫌われたいなら、私たちにも同じことをするはずです。

 でも満潮さんは私たちに嫌われようとはしません。私たちにだけは、壁を作りません。

 それを、他の人にもすれば良いだけじゃないですか。

 

 「私は満潮さんの事が大好きです。どんなに厳しくされたって、嫌いだと思ったことはありません。本当は、みんなと仲良くしたいんでしょ?」

 「そんな事ない」

 

 そんな事あります。

 自分を苦しめてまで人を思いやる満潮さんが、孤立する事を本気で望んでるわけありません。

 だったら……。

 

 「私がお手伝いします」

 「余計なことしないで!ほっといてよ!」

 「嫌です。私は辛そうな満潮さんを見てると悲しくなってしまいます。他人を悲しませるのは嫌なのに、可愛い妹を悲しませるのはいいのですか?」

 

 満潮さんが呆気にとられたような顔になってしまいました。さすがに、自分で自分を可愛いと言うのは自惚れすぎでしたね。

 

 「アンタそれ、私のためじゃなくて自分のためじゃない?」

 「そうです。最近気づいたんですが、私は自分の欲望に正直みたいです」

 「それ、威張って言う事じゃないでしょ」

 「いいえ!威張って言います!私のために友達を作ってください。満潮さんの幸せは、私の幸せでもあるんですから」

 「何よそれ、意味わかんない……」

 

 呆れを通り越したのか、満潮さんはうっすらと笑みを浮かべてくれました。

 少しは思い直してくれたのでしょうか。

 だったら私も全力で、満潮さんのお友達作りをサポートいたします!

 

 「じゃあ、叢雲さんから始めましょう!」

 「な、何を?」

 「友達作りに決まってるじゃないですか!大丈夫です。叢雲さんも素直じゃなくて口が悪くて天邪鬼ですが、根は良い人ですから!」

 「アンタ今、叢雲さん『も』って言った?私の事もそんな風に思ってたの?」

 

 おっと、一文字余計でした。

 満潮さんはジト目で睨んでますが、言ってないってことにしてくれません?ここは一つ、満潮さんの気のせいだったってことでどうか……。

 

 「私がどうかした?」

 

 声に釣られて工廠の方を見ると、叢雲さんがすぐそばまで歩いてきていました。

 改装するために工廠に居ると聞いていましたが、姿に変化はありませんね。

 

 「何よ。私の顔に何かついてる?」

 「いえ、なんでもないです」

 「大方、改装と聞いてたのに姿が変わってないから、意外だったんでしょ」

 

 ありがたいことに、満潮さんが私の心情を代弁してくれました。

 でもおかげで、『も』の件は有耶無耶にできそうです。

 

 「残念ながら、私はアンタほど出来が良くないのよ。練度だって、ようやく40になったところなんだから」

 

 私は言われるほど出来は良くないと思うのですが……。そういえば、私の練度っていくつなんでしょう?気にしてなかったので、今の今まで考えもしませんでした。

 

 「40で初めての改装?普通は20くらいじゃないの?」

 「辰見さんが忘れてたのよ。昨日、改装が受けれる練度を超えてるのに気づいたって言うんだから呆れちゃうわ」

 

 満潮さんが訝しんで質問し、叢雲さんがヤレヤレといった感じで答えてますね。

 なんだ、普通に話せるじゃないですか。

 

 「朝潮は改二改装受けてるから70くらい?もっと上かしら」

 

 いやいや、私って叢雲さんと同期ですよ?

 私の方が着任が早かったから少し上かもしれませんが、それを加味しても精々50に届くか届かないくらいじゃないですか?

 

 「ちょーっと叢雲、こっち来て!こっち!」

 「え?何?ちょ、ちょっと引っ張らないでよ!」

 

 急に満潮さんが私の数メートル先まで叢雲さんを引っ張って肩を組み、ヒソヒソ話を始めました。

 何を話してるんでしょう?

 

 「え!?そうなの!?なんでそんな……」

 

 叢雲さんの頭のアレが、ピコピコと小刻みに変な動きをしてますね。驚いて動揺してるってとこでしょうか。

 

 「しっ!声が大きい!」

 

 満潮さんは、キョロキョロと周りを警戒するような素振りをした後、ヒソヒソ話を再開しました。

 人に聞かれたらまずい話なんでしょうか。

 でも、私の練度の話ですよね?

 

 「じゃあそういう事で、お願いね」

 「私はいいけど……」

 「あ、あの、何を話して……」

 「き、気にしないでいいのよ朝潮!アンタの練度は50だって話してただけだから!ね!叢雲!」

 「へぇ、私の練度って50だったんですね。初めて知りました」

 「そ、そうそう!アンタもやるじゃない!養成所時代が嘘みたいだわ!」

 

 いや、二人とも明らかに何か隠してますよね?

 アハハハハって笑ってるのが、これでもかと言うくらいわざとらしいです。

 

 「じゃ、じゃあ先を急ぎましょうか。工廠裏だっけ?叢雲も一緒に来なさい!」

 

 やっぱり何かを隠してる。

 だって、話を誤魔化そうと急いでこの場を離れようとしてますもの。

 

 「はぁ!?なんで私が工廠裏に行かなきゃいけないの!?」

 

 叢雲さんが頭のアレをピーンと立てて、若干引き気味に警戒し始めました。

 そりゃあ、いきなり工廠裏に来いと言われたら警戒しますよね。まだ任務について話していませんもの。

 

 「叢雲さん、実はですね」

 

 工廠裏へ向かいながら、任務の説明をすると叢雲さんは露骨に嫌そうな顔になりました。

 理由は満潮さんと似たようなモノでしょうが、そこまで嫌そうにしなくても……。

 

 「魚なんて、今の若い子は食べないでしょ」

 

 と、見た目も歳も若い叢雲さんが申しております。

 が、鎮守府の食堂の定食は、海がすぐ近くなせいか魚が多いじゃないですか。

 それに戦争中の今は、鯖ですら高級食材なんですよ?

 それをタダ同然で食べられる私たちは贅沢者です。

 その贅沢者の私たちが、一般の人たちに魚を届けるお手伝いをするのは当然です。

 と、直接は言えないので、頭の中でお説教をしながら工廠裏へと続く最後の角を曲がると、建物から10メートルほどの位置にある堤防の上で、釣りをしている人が居ました。

 朧さん達と同じセーラー服の上からポケットの多いベストを身につけて、頭には日よけ用と思われる麦わら帽子を被っていますね。足には長靴を履いて、脇には青いクーラーボックスを置いて居います。

 

 「あのぉ……曙さんですよね?」

 「……誰?」

 

 恐る恐る声をかけると、曙さんが横目で私達をギロリと睨みつけてきました。

 うわぁ……聞いていた以上に気が強そうです。

 

 「え?あ!朝潮……さん!?」

 

 さん?

 はて?どうして私なんかをさん付けで?曙さんの方が先輩ですよね?

 

 「あの……」

 「ひぃっ!ごめんなさい!睨んだことは謝るから許して!」

 

 再度声をかけたら、頭を抱えてうずくまってしまいました。

 私が声をかけただけなのに、この取り乱しようは異常です。まともに話すのは、今日が初めてのはずなんですが……。

 

 「朝潮、アンタこの人に、何かしたの?」

 

 私は、叢雲さんにフルフルと首を振って否定しました。

 こんなに恐れられる理由が本当にわかりません。

 

 「あ~……。曙ってまさか、あの時のこと引きずってるの?」

 

 満潮さんが理由に察しがついたみたいです。

 まさかわたしではなく、先代に何かされたんですか?

 

 「引きずるどころかトラウマよぉ……」

 

 曙さんが潤んだ瞳だけこちらに向けて、なんとか声を捻り出しました。

 涙目の曙さんって、かなり可愛いですね。

 素直な時の満潮さんとためを張るレベルです。

 

 「この子って、着任当日に姉さんにこっぴどく叱られたのよ」

 

 先代絡みですか。

 何をしたら、着任当日に叱られたりするのでしょう。

 

 「叱るなんて生やさしいもんじゃなかったわよアレは!着任から一週間、ずっと「司令官ごめんなさい」ってノートに書かされ続けたのよ!?殴られた方がマシだったわよ!」

 

 なるほど。

 着任早々、司令官に失礼な事をしたんですね。なら、叱られても仕方ありません。

 

 「出会い頭に「こっち見んな!このクソ提督!」だもんねぇ」

 

 ほう?クソ提督ですか。面白いことを言う人ですね。

 神風さんが稀にクソ親父と呼ぶのはまあ、父娘間のことですからまだ我慢できますが、赤の他人かつ部下である曙さんがクソ提督と呼ぶのは我慢なりません。

 

 「ねえ満潮、朝潮の顔が怖いわ……」

 「真顔だから、下手に怒るより怖いわね。何考えてんのかもわかんないから余計に」

 

 ええ、久々にキレてしまいました。ここが工廠裏で丁度良かったです。

 まあ、それ以来言ってないのなら、百万歩譲って罰を軽くしてあげなくもないです。

 

 「言ってない!あれ以来、一回も言ってないから!」

 

 そもそも、先代も生ぬるいです。

 私なら一日一万回感謝の五体投地を、最低でも一か月は 司令官に捧げさせるものを……。

 

 「朝潮、曙がマジ泣きしそうだからその辺にしてあげて。任務の事も聞かなきゃいけないんでしょ?」

 

 そういえば、そのためにここに来たんでしたね。

 あまりの怒りに、コロッと忘れていました。

 

 「任務?もしかして、明後日の応援ってあなた達なの?」

 

 まだ若干怯えながらも、曙さんがノロノロと堤防から降りて来ました。

 取り敢えずは任務の打ち合わせをしないといけませんから、お仕置きはまたの機会にしましょう。 

 

 「そうです。それと、コレが明後日使う装備の使用許可書です」

 

 ファイルに挟まれた許可書を差し出すと、曙さんが恐る恐る手を伸ばしてサッとファイルを奪い取りました。

 そんなに警戒しなくても、今日は何もしませんよ?

 もっとも、司令官を侮辱する言葉を吐いたら話は別ですが。

 

 「……いつもよりすんなり通ったわね。でもこんだけ?まあ、使うけどさ」

 

 許可書を見ながらブツブツ言ってますが、申請されていたのはたしか、探照灯とソナーですよね?

 四式とか三式とか書いてあった覚えはありますが、いつもは申請しても通らないのでしょうか。

 

 「よし、わかった。じゃあ、三人は明後日の昼までには漁港に移動しといて。着いたら、漁協から借りてる部屋で寝れるだけ寝とくこと。良いわね?」

 

 お、急に強気になりましたね。でも、腰は若干引けてます。そして曙さんは、その勢いを利用するかのように……。

 

 「あ、そうだ。自己紹介がまだだったわね。特型駆逐艦 曙よ。精々こき使ってあげるわ。覚悟しなさい!」

 

 と、両手を腰に当てて胸を張り、ついでとばかりに虚勢を張って自己紹介してくれました。

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