艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第七十二話 いつか、心の底から笑えますように

 

 

 

 タウイタウイ泊地とは。

 スールー諸島のタウイタウイ島にある泊地で、太平洋戦争時に旧日本軍がシンガポールを中心とした内線作戦を展開していた関係で、東から攻めて来る米軍に対する拠点として重要視されていました。

 南方の産油地からの燃料供給の負担も、比較的軽かったそうです。

 現在はセレベス海を抜けて北上しようとする潜水艦や、水雷戦隊に対する拠点として機能しています。

 出現する敵の関係上、泊地に居るのは軽巡と駆逐艦がほとんどで、万が一ここが突破された場合はブルネイ泊地及び、佐世保鎮守府から艦隊が即座に派遣され、迎撃に当たります。

 

 「あぁぁぁ!雨が鬱陶しい!!」

 

 その泊地に向かうためにタンカーから降りた私たちは、長門さんを中心に輪形陣を形成してスールー海を南下中です。

 装甲のおかげで体が直接雨に濡れることはないのですが、装甲を伝う雨のせいで視界は遮られるし波は高いしで、神風さんの言う通り鬱陶しく感じます。

 それはそうと、神風さんが肩掛けに大きなカバンを下げていますが、何が入ってるんでしょう?着替えとかでしょうか。

 

 「あ、朝潮。よかったら私が抱っこしてやろうか?」

 

 ながもんが何か言ってますけど無視です。

 タンカーの中では大人しかったのに、洋上に出た途端にコレです。

 今なら事故に見せかけて亡き者にできるんじゃないか。と、暗い考えが頭をよぎってしまうくらい気持ち悪いです。

 

 「朝潮って、変なのにばっかりモテるわよね」

 「それ言っちゃうとぉ、満潮ちゃんも変なのに含まれちゃう気がするけどぉ?」

 「私は違うわよ。荒潮こそ変なのでしょ?毎晩、朝潮の布団に潜りこんで何かしてるし」

 

 相変わらず何かされてるんですね。

 これは一度、どのくらい私の開発(意味深)が進んでいるのか問いただす必要があるかもしれません。

 

 「艦娘で女知音はよくある話だしねぇ。私は興味ないけど」

 「オンナチイン?神風さん、それはどういう意味ですか?」

 「男色の逆よ。要はレズね」

 

 聞かなければよかった……。

 確かに女性比率の高い鎮守府ならそういう事も起こりそうですが、まさかよくある事だったとは……。

 

 「横須賀だと松風ちゃんが有名よねぇ?神風型ってぇ、性格に難がある子が多いのかしらぁ?」

 

 性格と言うよりは性癖な気がします。

 まあ、ネームシップの神風さんがアレですから性格にも何かしら難があるかもしれません……ってぇ!荒潮さんも、松風さんと同類ですから言えないのでは!?

 

 「今の松風ってそんななの?いや、そういえばやたらと変な視線を送って来てたわね……。中途半端に宝塚っぽかったし」

 

 それは宝塚の人に失礼なのでは?

 そんな事より私の右後方、輪形陣の最後尾に居る満潮さんが、両腕で体を抱いて軽く震えているのが気になるのですが。

 

 「時雨怖い……。ボクっ子怖い……。佐世保は魔境よ……」

 

 時雨さんに何かされたのでしょうか。

 涙も浮かべていますし、変なトラウマを植え付けられたのかもしれません。

 ここは話題を変えて、満潮さんを恐怖から解放してあげましょう。

 

 「そういえば大和型だとお聞きしましたが、武蔵さんはどんな人なんですか?」

 

 呉に記念艦として現存している、戦艦大和の二番艦である武蔵をモデルに建造された艤装だとは司令官から聞きましたが、人となりは全く知りません。

 まさか、ながもんみたいに駆逐艦を偏愛する人じゃありませんよね?

 

 「一日中ボケーっとしてるだけの穀潰しよ。2ヶ月ほど一緒に居たけど、まともに話した事はないわ」

 

 ながもんを挟んで反対側に居る神風さんがそう答えてくれましたが、一日中ボケーっとしてるだけなんて有り得るんですか?

 出現する敵の大半が潜水艦とは言え、訓練ぐらいしているのでは?

 

 「ボケーっとするだけとは情けない戦艦だな。戦艦とは私のように、威厳を持って旗下の艦娘を引っ張って行くようでなくてはならないのに」

 

 ながもんのどこに威厳が?

 ずっと私の方をチラチラと覗き見てる姿に、威厳など微塵も感じられません。

 もしかして、私が隙を見せるのを待ってるのでしょうか。

 見せませんよ?

 連装砲は常に狙いを定めてますし、飛びかかられた時の事も考えて、いつでも脚技で回避できるようにしてますから。

 そんな感じの雑談を交えながらも、警戒(特にながもん)は怠らずに航海を半日ほど続けていると、水平線上に島の輪郭が顔を覗かせ始めました。

 私たちは海面に立っていますから、水平線までの距離は約5キロと言ったところでしょうか。

 と、言うことは、あとひと踏ん張りですね。

 日が落ちるまでにはたどり着けそうです。

 いい加減、敵どころかながもんまで警戒し続けるのにも疲れて来てましたから、希望が見えました。

 

 「港は島の南側よ。西から回った方が近いわ」

 

 神風さんの指示で舵を若干西に取って島を回り込むと、前方に桟橋らしきものが見えて来ました。

 旧日本軍の施設を改修、再利用しただけあって、頑丈そうな造りです。

 

 「あれって出迎えかな?桟橋に誰か立ってるよ」

 

 先頭の大潮さんが桟橋に立ってる人に気づきました。

 頭まで合羽を着てるから容姿はわかりませんが、体型からして駆逐艦だと思います。

 

 「遠路遥々……よくお越しくださいました。当泊地所属の駆逐艦、早霜です」

 

 私たちが桟橋に上がると、早霜と名乗る方が敬礼で迎えてくれました。

 姫カット風の前髪で隠した右目に、駆逐艦としては高めの身長と淡々とした暗めな口調が印象的ですね。

 

 「横須賀鎮守府所属の長門だ。しばらく世話になる」

 

 一応、私たちの艦隊の旗艦であるながもんが代表して早霜さんと握手を交わしました。

 猫を被ってるのか、表情だけは凛々しいです。

 ただ……握手している右手を、早霜さんが不思議そうに見ているのが気になります。

 もしかして、ながもんにニギニギされてます?それとも、駆逐艦との握手に興奮して手汗が凄いのでしょうか。

 

 「基地施設までご案内します……。こちらへ……」

 

 早霜さんに連れられてしばらく歩くと、坂道の先に基地らしき建物が見えて来ました。

 鎮守府とは違って、コンクリートで造られた機能性重視の建物。装飾の類は一切見られません。

 無骨と言う表現がしっくりくる気がします。

 

 「さすがに、艤装を背負ったまま基地司令と会うわけにはいかんな。先に工廠へ案内してくれないか?早霜」

 「わかりました……。工廠はあちらになります」 

 

 基地の正面に来たところで、ながもんが思い出したように早霜さんにそう言うと、早霜さんが視線と人差し指で基地の右側を指して教えてくれました。

 指先を追うように見てみると、茶色いアーチ型の屋根をした建物が見えました。工廠と言うより、倉庫のようにも見えます。

 

 「複葉機とかぁ、出て来そうな雰囲気ねぇ」

 

 荒潮さんの言う通り、そんな感じです。

 滑走路も一応ありますし、もしかしたら本当に……。

 

 「複葉機……ありますよ?司令が趣味で、晴れた日に乗り回してます」

  

 ありました。

 しかも趣味って……。

 軍の施設を、自分の趣味で使うなんて公私混同なんじゃないでしょうか。

 

 「うちの司令官に比べたら可愛い趣味だね」

 「大潮の言う通りね。うちの司令官のは、公私混同を完全に超えてるもん」

 「公私混同アァ~ンドォ、職権乱用しちゃってるものねぇ」

 

 三人は何を言ってるんですか?

 仕事に関してだけなら生真面目で堅物な司令官が公私混同?職権乱用?有り得ません。

 三人はきっと、夢で見たんですよ。

 

 「私が知ってるのは、クルーザーを哨戒艇と偽って所持しているのと、浴場の差別化だな。駆逐艦と入浴できなくなって悲しんだ艦娘がどれだけいた事か……」

 

 黙れながもん!

 前者は立派に役に立ってます!

 それに、怒り心頭のようですが後者はながもんのせいですからね!

 と言うか、ながもんみたいな性癖の方が他にもいるんですか!?

 

 「甘いわよ長門。奇兵隊の娯楽嗜好品の代金とか、ダルシムや猫の目の運用資金も鎮守府の予算から出てるわ。しかも、後者で出た利益は奇兵隊の運用資金としてマネーロンダリングされてるから、公金横領までしてるってことになるわね」

 「う、うちの提督は、思っていた以上の悪党だったんだな……」

 

 私以外の全員が、ながもんと同じようにドン引きしいて冷や汗を流していますが、司令官はけっして悪党ではありません。

 きっとそのお金は、巡り巡って私たちに還元されるんです。たぶん。

 

 「あ、お父さんで思い出した。早霜、コレ渡しとくわ」

 

 何を思い出したのかはわかりませんが、そう言うなり神風さんは、肩にかけていたカバンを早霜さんに手渡しました。

 早霜さんに渡したと言う事は、神風さんの私物じゃなかったんですね。

 

 「こ、これ、四式ソナーじゃないですか……!それに三式ソナーに爆雷まで!?」

 

 中身を見た途端、早霜さんの隠れてない方の目がまん丸に見開かれました。

 私の記憶が確かなら、四式ソナーとはかなり上位の対潜装備だったはずです。

 司令官から泊地への手土産でしょうか。

 

 「四式ソナーを手土産とは、司令官も思い切った事するわね。量産できないから、かなりの貴重品のはずなんだけど……」

 

 満潮さんが顔を真っ青にして後ずさりしてますね。

 そんな貴重な装備を手土産に?まさかとは思いますが、神風さんは勝手に持って来たんじゃ……。

 

 「大潮は何も見てないし聞いてないよ……」

 「私もよぉ。司令官が激怒してる姿が想像できるけどぉ、何も見てないわぁ……」

 

 大潮さんと荒潮さんまで、顔を真っ青にしてそっぽを向いてしまいました。

 これはやはり……。

 

 「良いの良いの。私も前にお世話になってたし、そのお礼も兼ねてパクって……いや、持ってきたのよ」

 

 いやぁねぇ~、と聞こえて来そうなくらいの笑顔で言ってますが、今パクってって言いましたよね?やっぱり勝手に持って来たんじゃないですか!

 

 「ちょっと神風さ……!」

 「ありがとうございます……。これで、対潜でケガをする子も……減ると思います」

 

 神風さんに一言言おうと声をかけようとしましたが、早霜さんの涙ながらのお礼で思いとどまらざるを得なくなりました。

 この辺りの敵は潜水艦がほとんどと聞いていますから、きっと多くの艦娘が潜水艦の犠牲になったんでしょうね。

 

 「私は基地司令に挨拶してくる。神風、案内してくれないか?早霜は、朝潮達を部屋に案内してやってくれ」

 「わかりました。では、こちらへ……」

 

 「先にお風呂が良い~」と、不平不満を垂れ流している神風さんを引っ張って行くながもんを尻目に、私達は工廠を後にしてまずはお風呂に案内されました。大きな一枚ガラスを通して外が見える浴場です。

 その外には、さらに露天風呂があるみたいです。

 

 「晴れていれば良い景色をご覧いただけたんですが……。残念です」

 

 私たちと一緒に浴場に入って来た早霜さんが、無表情のままそう言いました。

 それは良いのですが……この人、思ってたより胸が大きいですね。

 潮さんほどじゃないと思いますが、神風さんと同じくらいあるように見えます。

 

 「……何か?」

 「いえ、なんでも……」

 

 べ、べつに、胸の大きさが女のステータスの全てじゃないですから気にしません。

 ええ、全く気になりません。

 それに私の司令官はロリコンですから、むしろ私くらいが好みのはず。故に、小さいに越したことはないのです。

 

 「この子、悪意なしに司令官を貶めてるわよ」

 

 そんな事はありませんよ満潮さん。

 司令官がロリコンなのは周知の事実。そのロリコン司令官が貧乳、または無乳を好むのは常識……。

 

 「司令官てぇ、並乳が好みなんじゃなかったっけぇ?それに、ロリ巨乳なんてのもいるしぃ」

 「朝潮ちゃんは、どう見ても並以下だよね?」

 

 ロリ巨乳とは何ですか?

 横須賀で言うと、潮さんみたいな人ですか?

 確かに、私にはあれほど見事な、正にオッパイと呼べる胸部装甲は備えていません。

 ええ、大潮さんが言う通り並以下です。

 でも、大湊提督の言葉を信じるなら、将来的には並程度には育つはず。

 ですから、その内司令官の好みのサイズまで胸は育……あれ?育ったら、体も相応に大きくなりますよね?そうすると、私はロリの範疇から逸脱してしまうのでは?

 

 「あ、大潮、朝潮ったら気づいちゃったわよ」

 「胸は大きくしたい。でも、育つとロリじゃなくなっちゃう。ちょっとしたジレンマだね」

 「そもそもぉ、朝潮型の時点で胸は諦めなきゃぁ」

 「いやいや、朝潮型にも峯雲ってオッパイがいるよ?」

 「せめて姉妹艦って言いなさいよ大潮」

 

 ああ、そう言えばそんな人がいましたね。

 初めて見た時に、あの人って本当に朝潮型なんですか?白露型あたりの間違いじゃないですか?って、思った記憶があります。

 同じ朝潮型だと紹介されて「そのオッパイで朝潮型は無理でしょう」と言ったら、少しだけ涙ぐんだのが印象的でした。

 

 「あ、雲が晴れてきましたね……」

 

 早霜さんに言われて外を見てみると、さっきまでのどしゃ降りが嘘のように空は晴れ渡り、満天に星々が広がっていました。

 

 「この辺りは雨季と聞いていましたが?」

 「雨季とは言っても、一日中降るわけではありません……。この辺りは、日に何度かあるスコールの回数が多くなるだけです……」

 

 へぇ、日本の梅雨とはだいぶ違うんですね。朝潮、勉強になりました。

 それに……。

 

 「こんな綺麗な星空は初めてです」

 「コレを見れただけでも、ここまで来たかいがあったわね」

 

 満潮さん達も、うっとりと星空を見ています。

 いつかどこかで聴いた、輝く星に心の夢を、祈ればいつか叶うでしょう。と、歌った曲は何と言うタイトルでしたっけ。

 曲名は思い出せませんが、この星空なら確かに願いが叶いそうな気がしてきます。

 試しに、目を閉じて祈ってみましょう。

 断っておきますが、早く戦争が終わりますようにとか、世界に平和をとか大それた願いをするつもりはありません。

 私の願いはただ一つ。

 ずっと苦しみ続けているあの人が……。

 

 「いつか、心の底から笑えますように」

 

 と、私は浴場の窓から見える星空に願いを込めて、みんなに聞こえないくらい小さな声でお願いしました。

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