さて、別れたは良いけど、あの子はやる事を理解してるかしら。
無いと願いたいけど、窮奇を目の前にして姉さんが出てきたりしないでしょうね。
まあでも、あの子の事をとやかく言えないか。
そもそも私は、足止めで終わらせる気はないんだから。
「そろそろだと思うんだけどなぁ」
遠目に見える戦闘海域からは、激しい爆撃と砲撃の音がここまで響いて来てる。
ちょこちょこと水平線上に水柱が見え隠れしてるから、距離は……2海里くらいかな。
私まで艦隊から離脱したことに鼬はとっくに気づいてるはずだから、もう肉眼で視認できても良い頃なんだけど……。
「あ、来た」
こちらに近づいて来る人影が一つ。
シルエット的に、間違いなく重巡ネ級。つまり、鼬だわ。
『お前……!どういうつもりだ!』
私まで1500ってところまで来るなり、鼬はチャンネル無視の全周波通信で抗議してきた。
どういうつもりも何も、私はアンタを沈めるつもりよ。つもりだけど、真っ当にやりあったら100%勝てないから、まずは精神的に揺さぶってみるとしますか。
「やけにお
『……ああ。腸が煮えたぎると言う感覚を、始めて経験したほどだ』
ふむふむ。
お冠なんて言い方、今日日日本人だって滅多にしないのに、思ってたより日本語の言い回しに詳しいみたいね。
ちなみに『お冠』とは、怒っているさまや機嫌が悪いさまを意味する言い方よ。
再度ちなみに、古代の貴族は上役に反抗する際や天皇に抗議をする際、冠をわざとずらして被って忠誠を欠いたことから、機嫌が悪いさまや不満なさまを『冠を曲げる』と言ったそうよ……って、ちょっと脱線しちゃった。
『私の作戦を台無しにした落とし前、つけさせてもらうぞ』
「そんな893みたいな言い方しなさんな。それより、少し話でもしない?」
『話……だと?』
そう、話。
戦う前に、どうしてもアンタと話しておきたいことがあるのよ。
「アンタの名前ってさ、誰につけて貰ったの?渾沌?」
『何故、貴様が渾沌様の名を……。いや、そこは不思議でもなんでもないか』
「ええ、窮奇から連想した。ちなみに、南から侵攻させたのはどっち?
『……饕餮様だ』
答えても問題ないと考えたのか、思っていたよりあっさりと明かしてくれたわね。
いや、名前を連想できたからって、艦種までは特定できないと踏んだのか。
だったら、さらに脱線しちゃうけどもう少し切り込んでみましょう。
「その饕餮と窮奇って、仲が悪いでしょ。それとも、四凶全員が不仲なのかしら?」
『否定はしない。ただ、あのお二方は特に仲が悪い』
「ふぅん。アンタも大変ね。もしかしてアンタ、中間管理職なの?」
『チュウカンカンリショクとやらが何かは知らないが、お前が言いたいことは何となくわかる』
へぇ、これは予想外だわ。
私の視力じゃあ鼬の表情は見えないけど、声の感じで心底うんざりしているのはわかる。
そしてこの反応で、深海棲艦にも派閥争いに近い概念があるってわかったわ。
「アンタはどっち派なの?窮奇?」
『さっきは言い損ねたが、様をつけろ駆逐艦。今すぐ沈めるぞ』
「はいはい。次から気を付けるわ」
はい、窮奇で確定。
だったら、こう言うのはどうだろう。
「ねえ、取引しない?」
『取引……だと?』
「ええ。アンタが艦隊を引いてくれるなら、見返りとして饕餮を沈めてあげる」
『ふむ……』
釣れた……かな?
ぶっちゃけこちらのメリットの方が大きい……と言うか、こちらにしかメリットがないって言っても良いくらいなんだけど、鼬にも窮奇にとって邪魔者(仮)である饕餮を始末できるチャンスと言うメリットがある。
さあ、答えは……。
「NO……って事で、良いのかしら」
答え代わりに飛んできたのは砲弾。
当たりはしなかったけど、水柱の雫が私の装甲で弾ける程度の距離に着弾したわ。
『当たり前だ。私は四凶守護役、その筆頭だぞ?そもそも、貴様にしかメリットがない取引に応じると思うか?』
「そりゃごもっとも。じゃあ、最後に一つだけ聞かせて」
『良いだろう。冥土の土産に、答えてやる』
冥土の土産だなんて今日日聞かないわね。
は、置いといて、聞きたいことは山ほどあるけど、ここは目下の脅威について聞いときましょう。
私の予想が合ってるなら、司令官にとって良いお土産になるはずだしね。
「アンタたちの協力者。それは艦娘?それとも、ただの人間?」
『……我らの同胞ではない。それが答えだ』
「わかった。感謝するわ」
艦娘かどうかはわかんないけど、深海棲艦に協力している人間がいるのは確定した。
ソイツ、もしくはソイツらが、姉さんが死ぬ切っ掛けを作った元凶。陳腐な言い方をすれば黒幕だわ。
『感謝などしなくて良い。何故ならお前はここで沈む。その情報を持ち帰ることもできずにな』
「あら、通信を開きっぱなしにしてるとは思わないの?」
『思わんさ。お前が知った情報は、艦娘どもからすれば在り方を揺るがしかねない事実だ。上役に報告し、開示の許可が得られない限り、広めることはできないだろう?』
ご明察。
鼬が言った通り、人間側に協力者がいるって情報は、司令官の許可無しに広められない。
だって、深海棲艦は人間を問答無用で殺す存在。
人にとっての天敵。
そういう認識が常態化してるから、艦娘は躊躇なく深海棲艦を撃つことができる。
人を守るための聖戦と言う謳い文句があるから、人の形をしていても撃てるの。
なのに人と通じ、取引紛いのことをしてるって知れたら、多かれ少なかれ動揺する。
中には、守っているはずの者から背中を撃たれた、なんて極端な感想を抱く子も出るでしょうね。
「じゃあアンタを沈めて、生きて戻らなくちゃね」
『私を沈める?できもしないことを言うな。いくら思考パターンや速度が同等でも、私と貴様では埋められない性能差がある』
ええ、その通り。
どれだけ綿密にシミュレートしても、私は鼬に勝てる見込みはない。
徐々に追い詰められて負ける。
ただし……。
「真っ当に戦えば……ね!」
私が飛魚で加速すると同時に鼬も発砲。
さっきまで私がいた場所を中心に、半径10mの範囲に水柱が数本立ち昇った。
さて、話をしながら、気付かれない程度の速度で距離は縮めてたけど、それでも1000メートルは軽くある。
神風さんや朝潮みたいに、紅備えや蒼備えが使えればなんて事ない距離だけど……。
「私にとっては遠すぎるわね。だったら……!」
砲撃は砲手妖精に一任。
同時に、機関部妖精に全力運転を指示。航行手段を水切りに変更し、10馬力分の出力を脚部に集中。
「これより本艦は、近距離戦を開始する」
神風さんの紅備えを見てから、私なりに色々と試してわかったことがある。
まず第一に、私には数万馬力もの出力を扱えるだけの身体的才能がない。
きっと全力の飛魚で跳んだら、跳んだ瞬間に意識を失うわ。下手すりゃあ、反動を受けきれずに足が体にめり込むかもね。
だから、少しづつ試した。
1馬力から始めて、股関節をかろうじて脱臼せずに済んだ10馬力まで順に試し、慣らし、10馬力までなら制御できるようになった。
「この水切りなら……!」
通常航行の速度と旋回性能を上回る。
これなら、1000メートル程度の距離なら二分もかからないわ。ただし、真っ直ぐ直進すればね。
「見張り員、及び観測員は弾道と着弾位置を報告。戦術士官は、砲撃の傾向から予想着弾位置を割り出しなさい」
私の指示に従った妖精さんたちが、私の視界内に予想弾道と予想着弾位置を映像として映してくれる。
それを見る限りでは、鼬はまだ私の速度に翻弄されてるっぽいわね。
「主砲。任意で斉射開始。魚雷、発射用意」
私の両腕が、私の動きを阻害しないように動いて砲撃を開始した。
直撃弾こそないけど、割と良い場所に着弾してるわ。
「魚雷、一番発射!砲手は一分後に魚雷を撃ちなさい!」
鼬の針路上に撃った魚雷が、連装砲から放たれた砲弾に撃ち抜かれて水柱を上げた。
私はすかさず、その陰に隠れて急停止。
5秒くらいは隠れてられるかしら。
隠れる前に確認したネ級との距離は、約700メートル。え~と、ネ級が30ノットでこっちに直進してるとして、5秒で何メートル進むんだっけ?
10ノットで5m/sくらいだから、単純に3倍して15メートルくらいか。
「5、4、3、2、1!」
5秒のカウント終了と同時に、海面をジャンプして空中で180度反転。着水と同時に、ネ級を0時として10時方向へ右舷魚雷を全弾発射して前方へ飛魚で跳んだ。
「くっ……。予測済みだったか。でも!」
鼬は、私が水柱から飛び出すよりも早く砲撃していた。しかもけっこう正確、かつ数が多い。
さすがに躱しきれなくて、一発貰っちゃったわ。
「主砲!撃ちまくれ!」
駆逐艦の小口径砲と言えど、数百メートルの距離なら有効打になり得る。
鼬もそれはわかっているらしく、面舵を切って回避運動に入って
『小癪な!』
「チィ!全部当たりなさいよ!」
『当たったら沈むだろうがチンチクリン!』
「沈めって言ってんのよクソッタレ!」
結果は二発命中。
残りの二発は明後日の方へ行っちゃった。
でも、これで鼬は贔屓目に見て中破。そうじゃなくても小破以上は確定。損傷的にはどっこいどっこいって感じね。
『私の未来針路上に魚雷を撒くな!性格が悪すぎるぞ駆逐艦!』
「それはこっちのセリフよ!砲塔が多いからって馬鹿みたいに連射すんな!これだから上位艦種は嫌いなのよ!」
『艦種差別はやめろ!私だって、好きで重巡に生まれたわけではない!』
「駆逐艦を見下してるクセに差別とかほざくな!って言うか何よ、その尻尾!厄介にも程があるんだけど!?」
『ついてるんだから仕方ないだろう!それとも何か?羨ましいのか?』
「う、羨ましくなんてないわよバーカ!だいたい、そんな禍々しい尻尾に需要なんてないから!せめて、猫か犬みたいな可愛らしい尻尾を生やしてから言いなさい!」
私と鼬は、砲火と罵倒を交わしながら、延々と接近と離脱を繰り返した。
いや、まあ……。
自分でも程度が低い罵り合いだとは思った。
たぶん、鼬も似たようなことを思ってるはずよ。
でも、お互いにやめなかった。
いえ、やめたくなかった。
頭では鼬の動きを常に予測し続け、予測に応じた動きをして、鼬が悪手を打つのをひたすら待ちながら、応戦した。それが今までの人生で、一番楽しく感じたから。
「ムカつく……。アンタって本当にムカつく!なんでアンタみたいなのが深海側にいるのよ!」
『こっちのセリフだ!どうしてお前みたいな奴が人間側にいる!どうしてお前が……!』
「なんでアンタが……!」
『敵なんだ!』「敵なのよ!」
同じセリフを同時に言うとは、さすがに予想してなかった。
それは鼬も同じだったらしく、お互いに攻撃を止めて、航行まで止めて睨み合ってるわ。
そして鼬は……。
『名乗れ。名も知らぬまま、お前を沈めたくない』
「……だったらアンタも名乗ってよ。アンタの名前は知ってるけど、アンタの口から直接聞いてない」
変な沈黙が流れた。
あっちこっちから砲撃音や爆発音が聞こえてるのに、私と鼬がいる空間だけ、妙に静かだわ。
例えるなら放課後の校舎裏かしら。
私は学校自体知らないけど、アニメとかドラマで見たのが正にこんな感じだったわ。
そして私たちは……。
『ビッグアイランド聖地、聖母近衛艦隊所属、四凶守護役筆頭。重巡洋艦 鼬』
「横須賀鎮守府司令長官直属、第八駆逐隊所属。朝潮型三番艦の満潮よ」
意を決したようにお互いに名乗って、再び戦闘態勢に移行した。
これから先は、無駄口を叩くことはない。
きっと、どちらかが沈むまで戦いは終わらない。
そう思って戦闘を再開しようとした時、突如空気の振動が感じられるほど激しい音がここまで響いて来た。
方向的に長門さん達が居る方からね。
私がそちらを向くと、私が居る場所からは見えるはずのない物が見えた。
「何……あれ……」
鼬も後ろを振り向き、水平線上に起こった現象を凝視している。
あの様子だと、深海棲艦側が何かやった訳じゃない。
じゃあ、アレは誰がやったの?
長門さん達が居る戦域から、3海里近く離れているここからでもハッキリ見える水柱。いえ、あれはもう水柱なんて呼んでいい代物じゃない。巨大な滝だわ。
水平線から、空に向かって滝が落ちている。
『バ……バカな……』
鼬の様子がおかしい。
私は単純に目の前の光景が信じられないってだけだけど、鼬はあそこで起きている事を知って、それが信じられないって感じだわ。
『艦隊が……全滅?そんなバカな!』
そう叫ぶなり、鼬は艦隊ではなく、窮奇と朝潮が居る方へ針路を取った。
今、艦隊が全滅って言ったわよね?あの音で全滅?あそこに居る駆逐艦全員の魚雷が一斉に爆発したって、あの規模の爆発は起こらない。じゃあまさか、信じられないけどさっきのは砲撃音?
誰がやったかわからないけど、たった一回の砲撃で敵艦隊を全滅させた!?
いやいや、今はそれよりも……。
「行かせるか!」
『邪魔をするな!お前との勝負はお預けだ!』
追おうとした私を、鼬は持てる砲全てと魚雷で妨害してきた。
さすがに、これは狙いが出鱈目すぎる。
今までは着弾点を予想できるほど正確だった攻撃が急に出鱈目になったせいで、予想できなくなり、却って躱しづらくなった。
つまり……。
「これは、避けきれない……」
私は、視線で追うことしかできなかった。
なぜなら爆音とともに、私の視界は炎の赤と煙の黒で染め上げられたから。
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