艦隊から離れて15分くらい経ったでしょうか。
泊地に向けて放たれた砲撃の発射元へと航行していたら、前方に人より二回りくらい大きな黒い塊が見えて来ました……のは良いのですが、なんだか形が変わってません?
化け物みたいな艤装は頭が二つになってますし、窮奇自身も角が左側だけになって、オマケに水着姿です。
『あら、久しぶりねお嬢ちゃん。今日はあなたが先なの?』
あちらも私に気づいたようですね。
しかも私に話しかけるために彼女が使ったのは、あの時と同じでチャンネルなど無視した全周波通信。
と、いうことは、これって他の皆にも聞こえてるってことですよね?きっと。
『じゃあ、アサシオが出てくるまで少し遊びましょうか。ああ、安心して?それまでは、沈めたりしないから』
訳がわかりません。
朝潮は私しかいませんよ?いくら待ったって、私以外の朝潮が出てくることなどありません。
ん?ですが、よく考えるとそれはそれで好都合ですね。
だって、私の役割は窮奇の足止め。
彼女がいもしないもう一人の朝潮を待って手加減してくれると言うのなら、私はそれを利用させてもらうだけです。
「いいでしょう。今日だけは、あなたにお付き合いします」
本当は沈めてやりたい。
でも今日だけは、戦闘が終わるまでここで私と踊り続けるんです。
あなたと私、お互いが望んだ初めてのダンスです。
「かかって来なさい窮奇!さあ、お仕置きの時間です!」
と、言いつつも、いつもなら接近することから始めますが、今回は回避が最優先。
適度に距離を取りつつ応戦し、少しでも長く窮奇をこの場に……。
『威勢が良いわね。では私も四凶の一角、盲愛の窮奇の名において、相応にお相手しましょう』
いやいや、さっき自分が言ったように遊んでください。手を抜いてください。手加減してください……って、今さら思っても遅いようですね。
「うわぁ…·…。これ、本気ですよね?」
直後に始まった砲撃は、数も凄いですが精度が常識外れと言いたくなるくらい正確。
ざっと数えて30発の砲撃は、その全てが私が取り得る移動先目掛けて飛んできてます。
「回避先は無し。有るとするなら……」
左右に広い砲撃の着弾範囲外。
それは後ろか、砲弾の雨を抜けた先。
つまり、窮奇に近づくか遠ざかるしか選択肢が有りません。だったら、私は……。
『素晴らしい!その蒼い光は何?いや、それよりも称賛すべきはその度胸!一発でも当たれば轟沈確定の砲弾の雨の中を駆け抜けるなんて思わなかったわ!』
「お誉めに預かり、光栄です」
が、ここからどうしましょう。
蒼備え状態の稲妻で砲弾の雨が落ちる前に駆け抜けて、窮奇の前方1000メートルほどまで近づいたのは良いのですが、ここからどうすべきかが思い浮かびません。
いえ、蒼備えを解除しなければ攻撃しても意味がないのはわかっているのですが、今回の私の役目は足止め。
つまり、彼女を引き付け続ければ良いわけですから、有効打を与える必要はありません。
ありませんが……。
「やられっぱなしと言うのはどうも……」
我慢できません。
ですからここは、あとで満潮さんに怒られるかもしれませんが蒼備えを解除して、窮奇に反撃しましょう。
『あら、さっきのはおしまい?』
「ええ。ですが、代わりに……!」
昼間に降っていたスコールのせいもあるのでしょうが、この海域は波が高く、速い。
ここまで大きく、かつ不規則にアップダウンを繰り返されたらまともに針路も取れず、致命的な隙を晒すことになりかねません。
ですが、私はその場合の動き方を知っています。
私は『波乗り』の仕方を知っている!
「脚の形状を変更。同時に、海波を把握」
私は喫水を浅くして、脚を出来る限り平坦にしました。
これだけ波が高い海域では、波に翻弄されて下手をすると転覆しかねない危険行為……ですが、波に乗る方法を知っているのなら話は別です。
『それは……。たしか黒い駆逐艦が使っていた……』
再開された砲撃を、私は窮奇の方を向いたまま推力は変えずに脚だけやや左に向けて、私に向かって打ち寄せて来る波を脚の左舷で受け流し、窮奇を中心にコンパスで円を描くように砲弾を回避しました。
そういえば、ボートレースを見ていた時に司令官が言っていたモンキーターンと言う旋回方法に、見た目だけなら似てなくもないですね。
『厄介ではあるけれど、目新しさはないわね』
「だったら、これならどうです!」
私はさらに、波によって前方向へのベクトルの恩恵を受けている状態で飛魚を使いました。
その結果は、速度も飛距離も通常の倍以上。
さすがに蒼備えを使っている時並みではありませんが、体への負担が軽いのと、攻撃できる点を考えたらこちらの方が有用かもしれません。
『なるほど……。自然の力を利用することで、通常をはるかに超えた加速と機動力を得たわけね。でも、少し気になるわ。速度だけなら、蒼く光ってた時の方が速かった。それなのに、わざわざそっちを使ったと言うことは……』
あれ?これってもしかしなくても、分析されてます?されてますよね?
『さらに、光ってる時はしなかったのに、今は攻撃してきてる。つまり、光っている時は攻撃できない……いえ、攻撃しても意味がない』
バレた。
これでもかと言うほど完璧に、蒼備えの欠点を言い当てられました。
で、でも大丈夫です。
なぜなら、私の今回のお役目は足止め。
彼女をこの場に留まり続けさせれば良いのですから、それがバレてもどうと言うことは……。
『意味がないだけならまだ良い。問題は、あなたに戦う気がないこと。どうやら、足止めが目的だったみたいね』
目的までバレてしまいました。
ですが、それこそ問題ありません。
目的がバレても、攻撃する私を無視はできないはず。もし、私を無視して艦隊の方へ行こうものなら、その隙を突かせてもらうだけ……。
『そろそろ、アサシオを出してくれない?さもないと……』
「さもない……と?」
『あなたが沈んでまで守った、あの施設を襲う』
彼女が言っているアサシオとは、まず間違いなく先代のこと。その先代が、命と引き換えに守ったのは横須賀鎮守府。
それはつまり、横須賀鎮守府を襲う。延いては、司令官を襲うと言うことですよね?
それはダメです。絶対にさせません!
と言うか、ここから何百㎞あると思ってるんですか!とか、色々とツッコミどころはありますが、それは私に対する宣戦布告と同義です!
「させ……ない」
『あら?あらあらあら♪』
頭の芯が、燃えているかのように熱い。心臓も、痛いくらいに脈打っています。
怒っているから当然なのですが、違和感があります。
ズレている。とでも言うのでしょうか。
怒りによって湧き出る思考と、体調の変化がズレている気がするんです。
まるで私の怒りではなく、他の人の怒りに反応しているように。
『やっと出て来てくれたのね!アサシ……!』
「黙れ!」
最後まで言葉を紡ぐことを許さない。とでも言うように、私じゃない誰かの砲撃が、窮奇の顔付近に命中しました。
少し装甲を抜いたのか、右頬を起点に少し仰け反っていますね。ビンタした感じです。
『ああぁぁ……良い!凄く良い!さっきまでの攻撃とはまるで違う!本気で私を沈めようとしてる!さあ!もっと撃って!もっと私を痛め付けて!』
うわぁ……。
なんで、ダメージを受けて逆に悦んでるんですか?本気で気持ち悪いのでやめてください。
「沈めてやる……。満潮の作戦なんか知ったことじゃない。あの人のためにも、ここであなたを沈めます!」
『良いわぁ。今のあなたは凄く良い。ただ強いだけのあの子とは比べモノにならない♪』
そのやり取りが合図代わりだったのか、私と窮奇は砲撃戦を再開しました。
何故か私は波乗りをやめて、通常航行と通常の脚技だけで立ち回っています。
対する窮奇は、私の攻撃が当たるたびに歓喜の声を上げています。しかも、当たっても致命傷にはならない攻撃だけ選んで、わざと被弾している節すらあります。
私のような年端も行かない少女が好みで、痛いのが大好き。この戦闘で、窮奇はかなり特殊な変態だと再認識しました。
本当に気持ち悪い。
『もう!またそんなに離れて!どうしてそんなにいけずなの?』
私の体を使っている誰かは単に、回避に都合の良い位置に移動しただけだと思うのですが、体を使ってるのが私でも、同じように距離を空けたでしょう。
だって、身の危険をビンビン感じますもん。
命の危険はもちろんですが、私の貞操が激しく危険です。お願いしますから……、
『可愛いお尻……。早くそのお尻に思いっきり顔を埋めたいわぁ♪』
マジでやめてください!
もしかして、コレは新手の精神攻撃ですか!?
私を精神的に追い詰めるのが目的なんですね!?
でもお生憎様です!
そういった類の言葉責めはながもんで慣れてます!慣れてますが……。
『大丈夫よ?痛くしないから、一緒に気持ちよくなりましょう♪』
ヒイィィ!
やっぱり無理!やっぱり戦艦は異常です!異常性癖の人ばっかりです!
よかったですね!その精神攻撃は私に効果覿面でしたよ!
て言うか、痛くしないとか言っておきながら主砲をバンバン撃ってますよね!?
言っておきますけど、一発でもまともに当たったら痛いどころじゃなく即死ですから!
駆逐艦の装甲の薄さを舐めないでください!
「くっ……。距離を空けすぎた!近づかないと!」
やめてください!
放っておいても勝手に寄って来るんですよ?
だから逃げに徹してくださいよ!
いや確かに、突っ込んでくる窮奇に砲撃は面白いくらい当たってて、装甲を抜いてダメージを
与えてますが、それは微々たるものです。だから、接近しようと考えるのはわかるんです。
でもやめて!
司令官のためにも、窮奇を沈めた方が良いと理解はしていますが、あの顔も声も生理的に無理なんです!
「うるさい!気が散るから静かにして!」
何も言っていません。
むしろ喋ることができません。できませんから、頭で考えているだけです。
それとも何ですか?
あなたは、私の思考を声として聞いているのですか?
『まさか……私以外に好きな人が居るの?浮気したの!?』
窮奇は窮奇で、おかしなことを口走り始めました。
ですが、その通りです。
私が好きなのは司令官です。あなたじゃありません。
そもそも、浮気じゃありません。
私はあなたを、倒すべき敵としか思ったことはありません。
『そうか。あの時言っていた『あの人』ね』
窮奇が航行を止め、停止しました。
私も速度を徐々に落として、窮奇を注視しています。
『やっぱりあの施設を潰さなきゃ。あなたを惑わす奴を沈めなきゃ』
窮奇の目つきが険しくなり、肩をワナワナと震わせながら北の方を睨んでいます。
あの施設とはどこ?まさか、横須賀鎮守府?
『許さない……。私とアサシオを引き離そうとする奴……。私からアサシオを奪おうとする奴!』
「させないと、先ほど言ったはずですが?」
『でも!あなたは『あの人』に心を奪われているのでしょう?私よりも、『あの人』の方が好きなんでしょう!?』
「ええ、そうです。私は今も昔も、あの人に首ったけです。あなたなんか眼中にありません」
最後の言葉で怒りが頂点に達したのか、窮奇は「なんで!なんでよ!私はこんなにあなたを愛しているのに!」と言いながら地団駄を踏んでいます。
艤装も彼女の感情に呼応しているようで、双頭を激しく振りながら、巨大な両手を何度も海面に打ち付けています。
そんな窮奇を、冷めた瞳で見つめていた私は……。
「第二装甲解除。次いで装甲の形状を変更。モード、蒼備え」
蒼備えを発動。
後に、三回の稲妻で急接近しました。
ふむ……。着水時の体勢が悪くて一回余分に跳びましたね。私だったら二回、もしくは飛魚からの水切りでしょうか。
それに、ここからどうやって攻撃を……。
「こうやるのよ!」
と、誰に言うともなく言った私は、蒼い光に包まれた右手の連装砲で、アッパー気味に殴り付け、即座に蒼備えを解除しました。
いや……はい。
私もそれは考えました。
考えましたが、神風さんに意味がないと言われたのもあって、実行しようとは思いませんでした。
だって、殴ったって吹っ飛ばすだけです。
装甲の内部までダメージを通すような殴り方でもない限り、殴ったって意味がありません。
それに……。
「くっ、肩が……」
殴った瞬間に外れました。
所謂、脱臼と言う奴です。凄く、叫びながら転げ回りたいくらい痛いです。
大ダメージです。
殴られた窮奇はと言いますと、斜め45度くらいの角度で、かつ砲弾張りの速度で上空50mほどまで飛びましたね。
このままでは落下星で攻撃されると思うのですが、私はどうする気なのでしょう。
『殴り飛ばされたのには驚いたけど、それは悪手よ!アサシオ!』
「落下位置予測……完了。魚雷、一番から四番発射!次いで五番から八番発射!」
案の定、落下星と銘打たれた上空からの砲撃が開始されました。
しかも窮奇は、砲撃の反動を利用して降下速度と位置を調整しています。
これでは、砲撃を躱しながら撃った魚雷は命中せず、いつかは回避しきれなくなって私の方が先に……。
「予測通りです」
『なっ……!?』
驚くべきことに、あとに撃った四発の魚雷は窮奇に直撃しました。
窮奇は砲撃の反動で降下位置を不規則に変更していたにもかかわらずです。
ですが、装甲は抜いたものの魚雷は艤装の右腕で防御され、窮奇の右半身を若干焦がす程度に留まりました。
「これくらいで倒せるなんて、思ってない!」
私は、無事な左手の連装砲で追撃を開始しました。
魚雷の再装填も同時に行ってますね。
おそらくですが、私は砲撃で牽制しつつ接近し、至近距離からの雷撃を狙っているのではないでしょうか。
「これで……終わりです!」
「それは、私のセリフよ!」
通信を通さなくても声が聞こえる距離で私は雷撃を、窮奇は砲撃をしようとお互いに構えました。
ですがその瞬間、長門さん達が戦ってる方から物凄い音が轟いて来ました。
まさに轟音です。
間近で聞いてきた窮奇の主砲の音よりも大きく、数㎞離れているのに、音を体で感じることができました。
「なんだ。今のは……砲撃音?」
窮奇も長門さん達が居る方、ここからでも見えるほど高く立ち上がった水柱を見て驚愕の表情を浮かべています。
窮奇の言う通り今のが砲撃音だとしたら、あっちに居る戦艦は長門さんだけのはずですから長門さんによる砲撃。他に、あんな音が出せそうな人なんて……。
あ、まさか武蔵さんが戦場に?
「あり得ない!あんな砲撃、私や渾沌でも出来はしないわ!それを、艦娘ごときがやったと言うの!?」
窮奇は迎撃するのも忘れて、水平線の向こうを見つめています。
ですが私は、視線をすぐに戻し、魚雷発射管の狙いを定めています。
そうしていると、ピーと言う電子音で発射管が装填が完了したことを告げて来ました。
窮奇は停止中。しかも、他所に気を取られている。
どう考えても、今が好機です。
「魚雷!全弾発射!」
「しまっ……!」
窮奇へと射線を絞った八発の魚雷が、猛烈な勢いで殺到しようとしています。
このタイミングなら回避も迎撃もまず無理。
砲撃で飛び上がろうとしてもその前に着弾しますし、砲撃で迎撃しようにも、気づくのが遅れたせいで砲の旋回が間に合いません。
これは、仕留めましたね
「いえ、仕留め損ないました」
私がそう言うのとほぼ同時に、左の方から砲撃音がしました。
あっちから来るとしたら満潮さんかネ級ですが、今のは駆逐艦の砲撃音じゃありません。
だとすれば、恐らく狙いは……。
「またしても邪魔を……」
魚雷は窮奇に当たる前にネ級の砲撃によって貫かれて、全弾爆発してしまいました。
窮奇が停止してるのを良いことに、射線を絞ったのが裏目に出ましたね。
「窮奇様!急いで撤退を!艦隊と饕餮様がやられました!」
「饕餮がやられただと?さっきの砲撃でか?」
「詳細は不明ですが、あの砲撃の少しあとに饕餮様の反応が消えましたから、そうだと思われます」
窮奇と合流したのはやはりネ級。
ぱっと見で中破くらいまで損傷していますが、戦っていたはずの満潮さんの姿が見えません。
まさか、満潮さんはネ級に……。
「だが……!だがこれから良いところなのだぞ!?それなのにお前は、私に撤退しろと言うのか!」
「そうです!窮奇様も、あの砲声をお聴きになったでしょう?このままでは、あの砲撃を行った艦娘が艦隊を伴ってここに来るかもしれません!それでは、逢瀬どころではなくなります!」
叫ぶように説得しながらネ級は窮奇を背にして、尻尾の主砲で威嚇するように立ちふさがりました。
これで窮奇が説得されれば戦いは終わり。
今の状態で、この二隻を相手に戦うリスクを考えれば喜ぶべきことです。
ですが、ここまで窮奇を追い込んだのにまた逃がすの?
「逃がすと、思いますか?」
どうやら、私はやる気満々のようです。
魚雷の再装填は続けていますし、左手の連装砲は窮奇に狙いを定めています。
「ほら、アサシオもああ言ってる!だから退きなさい鼬!さもないと……」
「痛め付けても沈めても構いません!だから、ここはどうか抑えてください!このままでは、アサシオを仕留める前に敵の艦隊に討ち取られかねないのです!艦隊が来る前にアサシオを仕留めたとしても、その後で敵艦隊に屠られるだけです!それがお望みなのですか!?」
再度の説得で、窮奇の顔が葛藤で歪みました。
どうやら、説得されつつあるようですね。
ですが、連装砲のトリガーに込める力が増していますから、私は本当に逃がす気がないようです。
「やめなさい朝潮。大人しく逃がしときなさい」
あと少し力を込めれば連装砲が火を噴くタイミングで、ネ級と同じ方向から満潮さんの声が聞こえました。
フラフラしていますし、私と同じように服があちこち破れ、脇腹と頭からは血まで流しています。
中破以上は確実ですね。
「邪魔しないで満潮!あなたには関係ない!」
私は連装砲を窮奇たちに向けたまま、近づいてくる満潮さんに抗議しました。
「関係ならある!お願いだから、我儘言わないでよ姉さん!」
満潮さんは、連装砲にすがり付くように下げさせて、私を泣きそうな顔で見上げました。
その瞳には知らない人が映っていますね。
私によく似ていますが、蒼い瞳の少女が険しい顔をして睨んでいます。
そして満潮さんは、その目から逃げるようにネ級の方へと顔を向けて……。
「さっき、こちらの艦隊と連絡を取ったわ。10分もしない内に、射程範囲に入るそうよ」
満潮さんはあろうことか、艦隊が到着するまでの時間を強調してネ級に伝えました。
どうしてその情報を敵に教えるんですか?
教えずに時間を稼げば、無理をしなくても窮奇を討ち取れるかもしれないのに。
「……そうか。わかった」
応えたのは、窮奇ではなくネ級でした。
満潮さんの考えてる事がわかりません。
これじゃあまるで、窮奇を逃がそうとしてるみたいじゃないですか。
「窮奇様、東に向け撤退を。潜水艦に退路を確保させてあります」
今度はネ級が信じられないことを言いました、
もし、その情報を知らずに追いかけていたら、私を潜水艦の餌食にする事もできたでしょうに、何故教えたんですか?満潮さんに義理立てでもしたのでしょうか。
「ごめんなさいアサシオ。今日は、ここまでにしましょう」
そう言い残して、窮奇は私達に背を向けて撤退を始めました。
ネ級は私達に砲を向けたままですね。
たぶん、窮奇が安全圏に撤退するまで、私達をここに釘付けにする気なんでしょう。
「追撃なんてしないから、アンタもさっさと行きなさい」
「……アサシオには、そのつもりがないようだが?」
「心配しなくても、行かせないから大丈夫よ。だから行って。じゃないと、私が安心して気絶できないじゃない」
「わかった。だが礼は言わんぞ。次に会った時は、必ず沈めてやる」
「それはこっちのセリフよ。って言うかアンタ、帰ったら窮奇に沈められちゃうかもしれないんじゃない?」
「かもしれんが……。まあ、上手く言いくるめるさ」
そう言ってネ級は力なく笑い、砲を下げて撤退を始めました。
それは良いのですが、何故か今のやり取りに違和感を覚えました。
内容自体は物騒なのですが、まるで友達同士の会話みたいなニュアンスがあったように思えたんです。
「どういうつもり?もう少しで……もう少しでアイツを……!」
「倒せてた。って、言いたいんでしょ?でも、それは無理よ姉さん。中破してたとは言え、あのネ級も窮奇と同じくらい特殊な個体よ。そんな奴らを相手に、姉さんが勝てるとは思えない」
「馬鹿にして……。あなたがネ級を仕留めていれば窮奇を……きゅう……きを」
はて?
私の怒りが急激に収まっている気がします。
いや、収まっていると言うよりは遠ざかっていると言った方が良いのかもしれません。
どこか遠くへ、落ちるように感情が遠ざかっています。
「どうやら、出ていられる時間に限界があるみたいね」
「あなたのせい……よ。あなたとネ級が邪魔をしなければ、ギリ……ギリ」
なんでしたっけ?
急に体の自由が戻ったと思ったら、目の前に傷だらけの満潮さんが立っていました。
私はたしか、窮奇と戦っていたはずなのですが……。
「その様子じゃ、記憶はないみたいね」
「記憶?」
「なんでもない。それより、アンタだって怪我してるんだから、早く泊地に戻りましょ」
「は、はい」
確かに怪我をしている……と言うより、増えてます。
記憶が途切れる前はかすり傷程度だったのに、今は制服があちこち破れて血が滲んでいますし、右肩なんて脱臼してます。
「それに、嫁入り前なのにみっともない恰好じゃない。上も下も、下着が丸見えよ?」
「み、満潮さんだってそうじゃないですか」
「私は手で隠せるくらいだから平気よ。アンタ、その右手動かないんじゃない?どっち隠す?上?下?」
そうでした。
司令官に見られるのなら良いのですが、泊地にいる他の男性に見られるのは嫌です。
さらに、今回はながもんもいますし。
ならば……。
「満潮さんのスカートを貸してください」
「はぁ!?バカ言ってんじゃないわよ!私がスッポンポンになるじゃない!」
「いいじゃないですか!減るもんじゃありません!」
「いや、減るでしょ!スカートが!物理的に!」
「大丈夫です!泊地に満潮さんの下着姿を見て興奮する人なんてきっといません!」
「それ、どういう事?私が幼児体型だから?アンタも大差ないでしょうが!」
「いえいえ、確かに胸は大差ないですが私は司令官のものです。司令官以外の男性に見せる気はありません!だから脱いで!さあ!」
「この馬鹿妹……。頭来た。このまま長門さんのところまで引っ張ってやる!よかったわね。きっと喜んでくれるわよ!」
ちょっと待ってください。
それはよろしくないです。
ちょっと動くだけでも右肩が激しく痛む今の状態では逃げきれませんから、きっとなされるがままになります。
最悪の場合、貞操を奪われるかもしれません。
「それはやめてください!激しくまずいです!」
「うっさい!私が時雨に襲われた時と同じ恐怖を味わえ!」
そんな感じのやり取りをしながら、私たちは泊地への帰路につきました。
途中で合流するであろう、ながもんに襲われる危険性に怯えながら。
投稿時間は何時くらいが良いですか?
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朝 6:00~7:00
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昼 11:00~12:00
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夜 19:00~20:00
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何時でも良い