私達が無事に武蔵を連れ帰って数日。
鎮守府内は、いつの頃からか催すようになったハロウィンの準備に追われ、駆逐艦たちが何かに憑りつかれたかのように量産するジャック・オー・ランタンの中身のせいで、食堂の食事どころかオヤツまでカボチャのフルコースになっているそうよ。
「今のうちに楽しんでおくと良い。と言うと、なんだか悪役っぽくなってしまうな」
とは、その光景を見たお父さんのお言葉よ。
まあ、いつ戦死するかもわからない艦娘達の事を思うと、そう言いたくなっちゃうのかもね。
そんなお祭り気分なある日に……。
「随分とおかしな事を言い出したものだな。満潮」
「大潮が旗艦ってのに飽きただけよ」
満潮が、第八駆逐隊の旗艦の座を賭けて朝潮と大潮に決闘させろと言いに来た。
私的には、ハロウィンの準備の副産物であるカボチャのプリンやアイス、その他諸々のカボチャデザートを食べに行きたかったんだけど、こっちの方が面白そうだから気配を消して潜んでるってわけ。
「一つ引っかかる。あの子は今も、自分を弱いと思っている節がある。お前たち第八駆逐隊のみならず、神風とでも対等に戦えるだけの実力を持ちながらだ。その朝潮が、旗艦の座など欲しがるか?」
ごもっとも。
そもそもあの子は、自分と大潮が決闘させられそうになっていることすら知らないんじゃないかしら。
聞いた途端に狼狽する姿が目に浮かぶわね。
「考えることすらしないでしょうね。でも、許可してくれるでしょ?」
「それはお前の返答次第だ。何を企んでいる?」
まあ、そうなるわね。
でもお父さんなら、満潮が朝潮のためにこんな事を言い出したんじゃないってわかってるはず。
満潮が答えなくても自ずと……。
「……大潮か」
「ご明察。答える手間が省けたわ」
答えに辿り着く。
いや、腹黒いこの人のことだから、もしかしたら満潮が思い詰めた顔をしてここに来た時点で、ある程度予想してたのかもしれないわ。
「ただの消去法だ。朝潮のためなら、お前が理由を隠す必要がない。ちなみに、大潮が勝った場合に得るものはなんだ?」
「えっと……。朝潮の、出撃禁止処置」
あらまあ、大潮も欲張ったわね。
満潮は咄嗟に答えちゃったみたいだけど、それを言っちゃったら許可してもらえない可能性が出てくるんじゃない?
「怪我すら許容できなくなっていたか……。すまない。もっと早く、私がどうにかするべきだった」
「司令官は悪くないわよ。数十人居る艦娘すべての精神状態を把握するなんて不可能だもの」
お?これは許可するかな?
お父さんの事だから演技の可能性もあるけど、本当に申し訳なさそうに顔を歪めてるわ。
だとしたら、次に出てくる台詞は……、
「わかった。お前の好きにしていい」
やっぱり、許可する台詞だった。
でも、ここまですんなりと許可されるとは思ってなかったのか、満潮は逆に困惑しちゃってるわね。
いや、怪しんでる?
もしかして、自分の提案を出汁にして悪巧みしてるとか考えてるのかしら。
「なんだその顔は。まるで私が、悪巧みしてるんじゃないかと疑っているような顔じゃないか」
「いやいや、そんなことないわ!だってほら、大潮が勝ったら、朝潮を本当に出撃させないようにしなきゃいけないのよ?本当に良いの?」
「お前は、朝潮が負けると思っているのか?」
「いえ、微塵も思ってないわ」
う~ん……。
私の意見としては五分五分。
むしろ、大潮の方が有利だと思う。
それでも今の大潮が、本気になった朝潮に勝てるとは完全には思えないのが不思議ね。
「お前から見て、朝潮と大潮の力量差はどのくらいだ?」
「技術面で言えばほぼ互角。大潮が使えないのは波乗りと蒼備え……は微妙か。でも実戦経験に埋められないほどの差があるのが、朝潮にとってネックね」
そればっかりは仕方ない。
いくら朝潮でも、経験まではコピーできないもんね。
でも、この差がデカい。デカ過ぎる。
技量が同程度なら、取り得る選択肢が多い方が、少ない方よりはるかに有利だもん。
「でも、精神的には朝潮に分があると思う。司令官の協力が必要だけどね」
「長門の時のように、朝潮に勝てと命令すればいいか?」
「それでもいいと思うけど……。今回は朝潮が負けた時の条件を、司令官の口から朝潮に伝えて欲しいのよ」
意地が悪い。
でも、お父さんの口からその件を朝潮に伝えれば、あの子は是が非でも勝とうとするでしょう。
お父さんのために戦ってるのに、そのお父さんから負けたら金輪際出撃はさせないと言われて、あの子に火がつかないはずがないもの。
「わかった、私から伝えよう。詳しい日時を決めたら教えてくれ。場所は確保してやる」
「……ありがと」
ん?満潮がお礼を言った途端、なぜかお父さんが鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔になったんだけど……。
「素直に礼が言えるようになったな。これも、朝潮のおかげか」
「わ、私だってお礼くらい……」
あ、そこに驚いてたんだ。
まあ確かに、満潮が素直にありがとうなんて言うのはレアだもんね。
しかも照れ臭いのか、赤面までしてるわ。
「ねぇ、司令官。今晩空いてる?よかったら今晩その……どう?」
ん?何よそのお誘いは。
まさかこの子、お父さんに気があるの?男としてホの字なの!?
意外すぎて、思わず質問責めにしそうになっちゃったじゃない。
「なかなか魅力的なお誘いだ。風呂は済ませておいた方がいいか?」
「え?お風呂?それは好きにしたらいいんじゃ……」
おいこらクソ親父。
どうしてそんなことを聞く?
もしかしてその気なの?朝潮から満潮に鞍替えしたの?それとも、お風呂に入る暇もないと暗に言ったのかしら。
前者なら、問答無用で通報するわよ。
「さすがに鎮守府の中はまずいから、外に部屋を取ろう。夜景が綺麗なホテルが近くにあるらしいぞ」
「は、はぁ!?ホテル!?ちょ……何言ってるの!?意味分かんない!」
よし、通報しよう。
満潮は意味わかんないとか言いながらも、赤面して慌ててる様子を見るにお父さんが言った台詞の意味を理解してて、さらに満更でもないみたいだけど通報する。
慈悲はない。
「なんだ、てっきり夜伽の誘いかと思ったが、違ったのか?」
「よと……!?バ、バカじゃないの!?そんなつもりで言ったんじゃないし!」
本当にバカなんじゃないの!?
そりゃあ、満潮の言い方も悪いとは思うけど、どうして一気にホテルでセッ……もとい。
夜戦(意味深)って考えになるのよ!
もしかして大淀と一線を越えちゃったせいで、抱けそうな女なら誰でも良いヤリチン化しちゃった!?
「冗談だよ。だが、言い方には気をつけた方がいい。男ってのは基本、バカだからな」
「う……気をつける」
あ、あ~……。
そういうこと?
頭からプシューっと湯気が昇ってるように見える満潮に、意味深に聞こえるセリフを言うのは危ないと思い知らせたってこと?
でもまあ、そういうことなら、早めに矯正しといた方が良いのは確かね。
だって普段ツンケンしている満潮に、赤面してモジモジしながらあんなセリフを言われたら大抵の男はイチコロだと思うもの。
ただし、ロリコンに限る。
「で、だ。今晩は大丈夫だから、鳳翔には私から言っておくよ」
「まったく、これってセクハラじゃないの?憲兵さんに言いつけてやろうかしら」
そう言いつつも、満更でもなさそうに見えるのは私の気のせい?
もしくは、今のでお父さんを男として意識しちゃった?
「それは勘弁してくれ。今捕まるのはまずい」
「変な事言い出す司令官が悪いんじゃない!わ、私にそんな気はぜんぜんないんだから……」
おお?これは是非とも写真、もしくは映像で残しておきたい光景ね。
あの満潮が耳まで顔を赤くした状態でうつむいて、胸の前で手を組んでモジモジしているわ。
見ようによっては、告白してるようにも見えるわね。
「すまんすまん。以後、気をつけるよ」
それで納得したのかわからないけど、満潮はコクリと頷いて踵を返し、執務室のドアを開けて出て行こうとしてる。
ふむ、これは惚れたわね。
私の感がそう言ってるわ。
「……じゃあ。いつもの時間に待ってるから……」
だから、そういうのをやめろってお父さんに言われたばっかでしょ。
男って本当にバカだから、満潮みたいな美少女が後ろ手にドアを閉めながら目を伏せて、ボソッとそんな事を言ったら変な期待をするわよ。
聞きようによっては、不倫相手に人目を盗んで会う約束をする台詞にも聞こえるわ。
もしかして、本当にそっちのお誘いだったのかしら。
でも、御愁傷様としか言いようがない。
だってお父さんは朝潮一筋。
満潮の気持ちは嬉しく思ってるでしょうけど、二股は絶対にしないわ。
でも今回の件は、倫理観を無視すれば、勿体ないと言ってしまいそうになるほど勿体ない。
ったく、いくら身持ちが堅いからって、本当にお父さんは……。
「バカじゃないの?」
「なんだ、居たのか神風」
いるのに気づいてたどころか知ってたクセに、何よその、さも今気づきましたって感じの台詞は。
「可愛い愛娘に随分な言いようだこと。傷ついちゃうわ」
屁とも思ってないけどね。
まあそれでも、多少はムカついたから少し意地悪しちゃえ。
「それにしても、あの子も可愛いとこあるじゃない。意識した途端にしおらしくなっちゃってさ」
「満潮は元から愛らしい子だぞ?周りがそれに気づいてないだけだ」
「朝潮が聞いたら卒倒しちゃいそうなセリフね。きっと、どう反応していいかわからずにフリーズするわ」
なぁにが「元から愛らしい子だぞ」よ。
その愛らしい子を、危ない言い方を正すためとは言えからかって意識させた無自覚タラシはどこのどいつよ……って、そう言えば、こんな場面を見たら面白い反応をしそうな朝潮はどこに行ったのかしら。あの子ってたしか、今の秘書艦よね?
「朝潮は何処に行ったの?昼からずっと居ないじゃない」
「改装を受けるために工廠に行ってる」
「改装?あの子もう、改二になってるじゃない」
「朝潮は霞と同様にコンバート改装が可能なんだ」
お父さんの説明によると、一々工廠で改装を受けなければならないけど、戦場によって性能を選択できるコンバート改装は非常に有用だそうよ。
朝潮の場合は改二丁になることで対潜、対空性能の向上に加え耐久、装甲も上がるらしい。
火力が下がってしまうのが欠点。とも言ってたわね。
「ふうん、最近の子は羨ましいわ。私も改二になれないかしら」
「それは妖精に言ってくれ」
言えたら苦労しない。
何年も代わり映えしないスペックで戦ってる私の身にもなってくれないかしら。
ちなみに、数値で表される艦娘の性能は、言うなれば艦力を割り振れる値の最大値を指し、大半の艦娘は数値以上の性能は出せない。と言うより、出し方を知らない。
装甲や脚の出力を落として、余剰艦力を弾に上乗せして最大値以上の性能を生み出す刀が使えるならそれができるんだけど、私が知る限り、それを意識してやってる艦娘は十人もいないわ。
まあ、気づかずにやってる場合もあるから、実際はもっといるんだろうけど。
「妖精にゴマを擂ってみろ。案外、すんなりと改二にしてくれるかもしれんぞ?」
「あのさぁ、私って妖精が見えないんだけど?でも、やってみようかしら……」
それで本当に改二になれるんなら本当に擂ってやるわ。
幸い、部屋に戻れば擂粉木と擂り鉢もあるしね。
でももし、それで私が改二になれちゃったら、その噂が広まって工廠で見えない妖精に向かってゴマを擂り続ける艦娘が溢れるかもしれないんじゃない?
いや?それはそれで面白そうね。
「よし!行ってくる!あ、ついでに晩ご飯の材料買って帰るけど……。今日、ご飯いる?」
「ああ、食べてから行く。それと朝潮の様子も見てきてくれ、時間がかかりすぎだ」
「りょ~かい。それじゃあ、また後でね」
と、軽く挨拶して執務室を出たは良いんだけど……。
一度部屋に戻って、ゴマと擂り鉢と擂粉木を取って、工廠でゴマ擂ってから買い物に行った方が良いわよね。
そう決めた私はその通りにして工廠に行ったんだけど、そこには……。
「どういうことです? 少し説明していただけると、私、嬉しいです」
と、誰に言うともなく説明を求めたくなるような光景が広がってたわ。
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