艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第九話 今だけは、姉さんの司令官を貸してね

 

 

 

 他の鎮守府はどうか知らないけど、ここ横須賀鎮守府には庁舎の南側一階中央にある食堂で、週に何度か鳳翔さんが居酒屋を開くことがある。

 

 通称は『居酒屋 鳳翔』。

 上位艦種たちの憩いの場ともなっているこのお店は、鳳翔さんが自腹を切ってやっているの。

 もっとも、お客で来た人たちは毎回お代を置いて帰るから、売り上げは赤字にならない程度には出てるって話よ。

 ちなみに開店は20時。

 駆逐艦は就寝時間が近いからほぼ来ないし、来たとしても上位艦種に遠慮して入ってこない。

 そんな、駆逐艦にとっては来にくい場所で、私こと満潮が何をしているかと言うと……。

 

 「で?話って何?」

 「まあ、そう()くなや。とりあえず、腹ごしらえせんか?」

 

 司令官の晩酌のお供。

 実は私、週に一回司令官の晩酌に付き合ってるのよ。

 誤解のないように言っておくけど、司令官と一緒に飲みたいとかそういうんじゃないわ。

 姉さんが戦死して以来、なんとなく司令官の愚痴を聞いたり、逆に聞いてもらったりしているうちに、こういう事になっただけ。他意は全くない。

 

 「毎度思うけどさ。一応庁舎内なんだから、その格好でうろつくのはやめた方がいいんじゃない?」

 「変か?」

 「変じゃないけど……」

 

 どんな格好かと言うと着流し姿。

 ちなみに着流しっていうのは、男性が着物を来た場合の(はかま)なしバージョンね。

 

 「なら、ええじゃないか。日中はあのかたっくるしい制服で我慢しちょるんじゃけぇ、プライベートの時くらい楽なのを着させてくれ」

 

 再度ちなみに。

 横須賀鎮守府の司令長官であるこの人は、職務中は好奇心旺盛な駆逐艦が脱兎の如く逃げ出すくらい顔が怖いし、仕事に関すること以外は口にしない。

 でも、プライベートでは別人格なんじゃないかと疑ってしまうくらいキャラが激変するの。

 最たる例が今の口調

 この人、普段は標準語なんだけどプライベートでは方言が丸出しになるのよ。

 初めて方言を聞いた時に「広島弁?」って聞いたら、「俺は生まれも育ちも山口県じゃ。一緒にすんな!」と、訳の分からないキレ方をされたわ。

 いや、違いなんかわかんないから。

 って、思ったのも今では良い思い出ね

 

 「ふうん、まあいいけど」

 「お前も、何か食いたいもんがあったら頼んでええんぞ?」

 

 毎回、遠慮なしに注文してますがなにか?

 とは思ったものの、今日は何を頼もうかしら。司令官が注文した料理もちょいちょい摘まむだろうから、ボリュームがある物は避けたいわね。

 

 「鳳翔さん、酒はいつもので。それと、今日は玉子焼きが食いたいのぉ」

 「はいはい、満潮ちゃんは何がいい?」

 

 私が悩んでいると、鳳翔さんがお母さんみたいな笑顔で注文を取りに来た。

 さて、何を頼もうか。

 ご飯はいつも通り、大潮たちと一緒に食べたからそんなにお腹は空いてないから……。

 

 「私はオレンジジュースでいいかな。あとは、司令官のを適当につまむわ」

 

 お酒を頼みたい気もするけど私は未成年。

 それに、鳳翔さんはともかく司令官が飲ませてくれるとは思えないからね。

 

 「相変わらず、女の子みたいなもん頼むんじゃのぉ」

 「ぶっ飛ばされたいなら、そう言ってくれない?」

 

 相変わらず、失礼な事を臆面もなく言うわねこのオッサン。

 どこからどう見ても私は女でしょうが。

 それに、オレンジジュースくらい男だって飲むでしょ。と、怒り半分、呆れ半分で睨んでいると、司令官は鳳翔さんが厨房に引っ込んだのを確認してから私に視線を移した。しかも仕事時の、感情を感じさせない無表情。

 これはアレだ。いつもの、厄介事を頼んでくる時と同じパターンだわ。

 

 「さて、酒が出てくるまでに、少し真面目な話をしておこうか」

 「急に仕事モードになるの、やめてくれない?」

 

 この人は、ツマミがないとお酒を飲まない。

 飲めないわけではないけど、そういう『自分ルール』を定めているらしいわ。前に理由を尋ねたことはあるけど、教えてもらえなかったっけ。 

 鳳翔さんもそれを知ってるから、お酒を出すのは料理と同じタイミング。

 で、司令官が厄介ごとを言ってくるのもこのタイミング。まるでスイッチが切り替わるかのように、顔つきから姿勢まですべてが一瞬で切り替わるわ。

 

 「まあ、そう言うな。大切な話だ」

 

 プロポーズでもする気?

 とは、茶化したりしない。悪ノリされて、本当にプロポーズされても困るし。

 それに、厄介ごとを背負いたくはないけど大切な話と言われれば、聞かないわけにはいかないからね。

 

 「で、なに?」

 「明日、朝潮が着任することは耳に入っているだろう?」

 

 ああ、その事か。

 そういえば、大潮が横須賀にいる私以外の朝潮型姉妹と一緒に、張り切って歓迎会の準備をしてたわね。

 

 「ええ、大潮から聞いた」

 

 姉さんの艤装を使う、全く別の子が来る。

 別にどうこうするつもりはないけど、うまく付き合っていく自信はないわね。

 

 「その子の嚮導を、お前に頼もうと思っている」

 「はぁ!?」

 

 厄介どころの騒ぎじゃなかった。

 私が新しい朝潮の嚮導?正気!?私が他の子達から、なんて言われてるか知ってるの!?横須賀で近づきたくない艦娘No.1、『激辛フレンチクルーラー』よ!?

 これは、適当なことを言って断るべきね。

 自分のことで精一杯なのに、新人の面倒なんか見てられますかっての。

 

 「いやいや、嚮導とか普通は軽巡の仕事でしょ?それに、私が他の子からどう思われてるか知ってる?」

 「もちろん知っている。それでも、朝潮の嚮導はお前に頼みたい」

 「大潮に頼みなさいよ。嚮導なら、私より大潮の方が……」

 「いや、お前じゃないと駄目だ」

 

 勘弁してよ……。

 さっきも言ったけど、私は自分の事だけで精一杯なの。

 新米にモノを教えてる余裕なんてないわ。

 それに、姉さんの艤装を背負った子とどう接すればいいかなんて、私にはわからない。

 なのに……。

 

 「どうしても……私じゃなきゃダメなの?」

 「駄目だ」

 

 こういう時の司令官は、絶対に退いてくれない。

 一言「命令」と言えばいいのに、本当に頼みたい事の場合は絶対に命令しない。あくまで、「頼み事」として言ってくる。

 なんで私なのよ。

 大潮でいいじゃない。荒潮でも……ダメだ。あの子じゃあ事故を起こしかねないし、そもそも人に何かを教えるタイプじゃない。

 

 「これはお前のためにもなると、私は思っている」

 

 姉さんの事を忘れろとでも言うつもり?司令官だって、今でも姉さんを忘れられてないクセに。

 

 「ありきたりだが、お前は十分苦しんだ。そろそろ、前に進むべきじゃないか?」

 「わかってるわよ。でも……」

 

 頭ではわかってる。

 いつまでも、あの時の後悔を引きずってちゃいけないって事はわかってるの。でも、どうしても忘れられない。

 夢に出てくるのよ。

 夢の中で姉さんが「お前がいれば、私は死なずにすんだ」って、言うの。

 姉さんがそんな事を言わないのも、私の妄想だって事もわかってるけど、気持ちの整理がつかないのよ……。

 

 「やはり、新しい朝潮は受け入れられないか?」

 「そうじゃない!そんなんじゃない!」

 

 私だって満潮としては二代目。

 それでも、姉さんは私を受け入れてくれた。妹として扱ってくれた。仲間だって……言ってくれた。

 だから、新しい朝潮が来ても邪険にする気なんてないし、できる限りの事はしてあげたいって思ってる。

 でも、行動に移せるかどうかはその子次第。

 その子が、姉さんに似てるだけの嫌な子なら話は別よ。

 

 「その子、どんな子なの?」

 「写真でしか見てないが、瞳の色以外はそっくりだった」

 「そっくり?」

 「ああ、瓜二つだったよ」

 

 そこまで似てるのは珍しいわね。

 艦娘は、艤装と適合すると髪や瞳の色が変わるのが常。だから、多少顔や体型が違ってもぱっと見は先代と似てる。

 私だって、先代の満潮と顔つきが違うらしい。

 大潮なんかは、私を見るなり「満姉(みちねえ)より美少女かも」なんて、喜んで良いのかわからなくなるような感想をこぼしてたっけ。

 でも、新しい朝潮の場合は司令官が瓜二つと言うレベル。

 そんな、姉さんそっくりな子を別人として扱えなんて、姉さんの事を払拭しきれていない今の私にとってはハードルが高過ぎるわ。

 

 「司令官は平気なの?その、姉さんそっくりな子と過ごすの」

 

 司令官だって辛いでしょ?

 だって、司令官は姉さんを一人の女性として愛してた。婚約もしてた。そして、その姉さんに死ねと命じた。もしかしなくても、私より辛いはずよ。

 

 「どうかな。情けないことに、上手く話せるかどうかも疑わしい」

 

 それみたことか。それで私には嚮導をやれって、ちょっとズルくない?

 

 「これは、話そうかどうか迷ったんだが……」

 「なに?」

 

 なんだろう。

 たいていの事は、この3年で聞いたと思うけど。

 

 「お前が着任する前日にな、朝潮が泣きながら私に言ったんだ」

 「なん……て?」

 「明日来る満潮と、どう接したらいいかわかりません。とな」

 

 姉さんが?私が着任した時、笑顔で迎えてくれた姉さんがそんな相談をしていたの?

 

 「お前の先代は、朝潮にとって最初の妹の最後の一人だったんだ。一番長く朝潮と一緒にいて、一番仲が良かった子だ。そんなあの子が亡くなって、彼女はそれまで見たこともないほど落ち込んだ。艦娘を続けていく自信がないと言ったほどだ」

 

 あの姉さんにもそんな事があったんだ……。

 でも私と会った時、姉さんはそんな相談をしたことなど微塵も感じさせなかった。

 姉さんは……。

 

 「どうやって立ち直ったの?」

 「立ち直ってはいなかったさ。朝潮を立ち直らせたのは満潮、お前だよ」

 「私が?」

 

 何もした覚えないわよ?

 

 「『今日は満潮が笑ってくれました!すごく可愛かったです!』『司令官、満潮が初めて姉さんって呼んでくれたんです!感激です!』って、感じでな、お前と過ごしていくうちに、彼女は立ち直っていったんだ」

 「そ、そんな事で……?」

 「そんな事でいいのさ。だからお前も、明日来る朝潮に立ち直らせてもらえばいい。変に肩肘張らなくたっていいんだ。一緒に過ごしていくうちに、自然と打ち解けられる。言っただろう?お前のためにもなると。いや、お前のためと言った方がいいか」

 「よ、余計なお世話よ……。」

 

 私と姉さんは違うのよ?姉さんがそれで立ち直れたからって、私も同じになるとは限らないじゃない……。

 けど……そうね。

 姉さんが私にしてくれたことをその子に返すと考えれば、少しはまともに接することができるかもしれないわ。

 

 「どうしても嫌か?」

 

 嫌なわけじゃない。

 私だって、このままでいいとは思ってないもの。司令官が言う通り、新しい朝潮と過ごしていくうちに私も立ち直れるかもしれないし。だけど、このまま司令官に言いくるめられるのはちょっと気に食わないわ。

 だから……。

 

 「間宮羊羹5(さお)。それで手を打つわ」

 

 間宮羊羹。

 給糧艦間宮が作る羊羹で、味は有名和菓子店をも凌駕し、いつも品薄で金があってもなかなか手に入らない超希少品。駆逐艦の間では通貨代わりにされることもあるし、逆に高値で取引されることもあるわ。

 ちなみに、『(さお)』とは羊羹の数え方の一つ。

 切る前の棒状の羊羹は『本』で数えるのが一般的で、 切ったものは『切れ』、『個』で数えるわ。

  細長く棒状にして作る菓子が「『棹物菓子(さおものがし)」』と呼ばれるから、私みたいに『棹』で数える人もいるの。

 それを5棹、私は報酬として要求したってわけ。

 

 「これはまた……随分と高い買い物になってしまったな」

 「ふん、それくらいもらわなきゃ、割に合わないじゃない」

 

 ちなみに正規品なら、司令官くらい収入がある人なら高いと言うほどじゃない。子供のお小遣いで買える値段じゃないけどね。

 でも、先に言ったように正規品は手に入りづらい。

 だから、高くても闇ルートで手に入れるしかないわ。

 でもまあ、こっちはトラウマと向き合わなきゃいけないんだから、良心的なくらいよね。

 

 「その条件じゃなきゃ、嚮導はしてあげない」

 「わかったわかった。用意しておく」

 

 司令官がヤレヤレと言う感じで肩をすくめた。

 よし、これで当分、最低でも今年いっぱいは甘味に困らないわ。

 なんせ、間宮羊羹一切れで10倍以上の甘味が手に入るからね。太らないように気をつけなきゃ。

 

 「お待たせしました。提督には熱燗と玉子焼き。満潮ちゃんにはオレンジジュースね」

 

 話が終わったと察したのか、鳳翔さんが注文の品を持ってきた。さすがお艦と呼ばれる人。タイミングの読み方がうまい。

 

 「お、来た来た。ほれ満潮、酌してくれ酌」

 「手酌で飲みなさいよ。なんで私が……ったく」

 

 と、言いつつもお酌してやるのが私と司令官のお約束。一応言っとくけど仕方なく。本当に嫌々してるんだからね?本当よ?

 

 「いやぁ、美人女将の出す酒を、これまた美人の満潮に注がれて飲めるとは男冥利に尽きるわい」

 「お世辞言っても、何も出ないわよ」

 

 すっかりプライベートモードに戻ったわねこのオッサン。と、呆れつつも、私も玉子焼きに箸を伸ばして……。

 うん、美味しい。

 甘めの味付けが私好みだわ。あ、でも司令官には、少し甘すぎるんじゃ……。

 

 「鳳翔さんシシャモあるかいな。あと、漬物も欲しい」

 

 やっぱり甘すぎたか。

 甘いものを食べたらしょっぱい物を食べたくなる気持ちはわからなくもないけど、高血圧になってもしらないわよ?

 

 「お前も飲むか?」

 

 お?意外。

 司令官から飲むか?なんて、予想してなかったわ。

 明日は一応、休暇になってるから少々酔ってもいいんだけど……。

 

 「私を酔わせてどうする気?憲兵さん呼ぼっか?」

 

 一応、釘は刺しとかなきゃね。

 いや、何にもしないのはわかってるのよ?だってこのオッサン、未だに姉さん一筋だもん。

 

 「何もしゃあせんわ。お前に手ぇ出そうもんなら、大潮と荒潮に海に沈められかねん」

 

 その前に、鳳翔さんに弓で射殺されるかもね。

 だって「ダメですよ」って聞こえてきそうな笑顔でこっちを見てるもの。

 

 「で?飲むんか?飲まんのか?」

 「う~ん。じゃあ少しだけもらうわ。ちょっと酔いたい気分だし」

 

 それからしばらく、二人でたわいもない話をしながらお酒を飲んだ。

 私と司令官の週に一度の楽しみ。

 姉さんが戦死して以来、私が唯一素直になれる貴重な時。 

 私が唯一弱音を吐ける時間。

 

 でも、不意に申し訳なく思うことがある。

 私は司令官と二人でいる姉さんを見るのが好きだった。そんな二人と一緒に居る時が好きだった。

 なのに、今は私が司令官を一人占めしてる。

 

 司令官が、私を娘くらいにしか思ってないのは知ってるわ。まだ姉さんのことが好きだってことも知ってる。

 だから、申し訳なく思っちゃうんでしょうね。

 

 その度に、私は天国にいる姉さんに心の中でこう言うの。

 「今だけは、姉さんの司令官を貸してね」って。

 

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