「はい、お疲れ様。今日は終わりにしましょう」
「あ、ありがと……ございました……」
呼吸の乱れが収まらない。
いまだについて行くのが精いっぱいなんて、情けないったらないわね。
辰見さんの訓練を受ける様になって結構経つのに、私は気絶しないようにするのが精一杯なんだもの。
「だいぶ良くなったわよ。私もうかうかしてられないわ」
バケモノが……。心にもない事を言わないでちょうだい。
だって辰見さん、息切れ一つしてないじゃない。
私はバッチリ整備してある艤装で挑んでるのに、辰見さんが装備してるのは内火艇ユニット、しかも武装は日本刀だけ。
そんな辰見さんに手も足も出ない私に、うかうかもなにもないでしょうに。
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないわ。少なくとも、艦娘一年目の時の私よりは強いわよ?」
でも、艦娘二年目の辰見さんよりは弱いんでしょ?
艦娘やってた頃の辰見さんが、どれくらい強かったかは知らないけど。
「工廠に行きましょう。練度を確認して、可能ならそのまま改装。出来そう?」
「よ、余裕よ。私はやれば出来るんだから」
ハッタリだけどね。
腕は上がらないし膝は笑ってる。目の焦点だって合わないわ。
でも、負けっぱなしは性に合わない。
せめてハッタリくらいはかましてやらなきゃ、気が済まない。
「ふふ、あなたってホント、昔の私そっくりね」
懐かしそうな目で見つめてないで、早く工廠まで引っ張ってよ。動けない事くらい、見ればわかるでしょ。
「こうやって、あなたを工廠まで曳航するたびに思い出すわ。もっとも、その時は私が曳航される側だったんだけどね」
「誰に曳航されてたの?龍田さん?」
「ええ、牛みたいに突っ込んで怪我した私を龍田が曳航して、神風にダメ出しされながら帰る。それが日常だったわ」
「今の辰見さんからは考えられないわね。あんなに強いのに」
「そりゃあ、死に物狂いで努力したからねぇ……。その努力を最初からしてれば、龍田を死なせずに済んだかもしれないって、今でも後悔してるわ」
それっきり、工廠に着くまで辰見さんは口を閉ざしてしまった。
今でも後悔してる……か。
だから辰見さんは、私に同じ後悔をさせないようにしてくれてるんだ。
「私、辰見さんの初期艦でよかったわ……。」
そう言うと、辰見さんが私を引く手に少しだけ力を込めた。
照れてるの?
まったく、素直にありがとうくらい言えばいいのに、変な所で意地っ張りなのね。
ほんっと仕方ない人。
仕方ないから、これからも辰見さんに付き合ってあげるわ。
おっと、そうこうしてる内に、工廠に着いちゃった……って……。
「何、これ……」
工廠に入って最初に目に飛び込んできたのは、ズラーっと並べられた内火艇ユニット十数機と、数十人の上半身裸になった男共だった。
それらに加えて……。
「あれ?テストって今日でしたっけ?」
「ああ、予定より早く数が揃ったんでな。前倒ししてテストする事にした。コイツ等も、暇を持て余してたしな」
辰見さんにそう答えた、私が最も苦手とする……いえ、恐れている司令官が、その後ろでポージングを取り合ってる男共を親指で指した。
この人たちって、たしか奇兵隊とか呼ばれてる人たちよね?
テストってまさか、内火艇ユニットが使えるかどうかのテスト?
「随分とカスタマイズされてますね、コレ。従来のより一回り小さくなってる」
言われてみるとたしかに、司令官から身を隠すように滑りこんだ辰見さんの背中にある60リットルサイズくらいのと比べると良くわかるわ。形はそのままに小さくなってる。
前に並べられてる奴は、40リットルサイズのリュックサックくらいの大きさしかないわ。
「陸上で『弾』を使えるようにする事だけに特化させたからな。故に、『脚』も『装甲』も使用不可だ」
「捨身にも程がありません?内火艇ユニットで展開できる装甲なんて知れてますけど、無いよりマシですよ?」
陸上で内火艇ユニットを使うの?
何のために……。
今まで行われた棲地奪還のための大規模作戦でも、そんな物を使ったって話は聞いた事ないわよ?
「それはわかっているんだが……。実験の結果、陸上での使用を考えた場合、どれか一つに特化させてようやく実用レベルと言う事がわかった。それでも、弾薬の消費が半分になる程度しか、敵の装甲には効果がないがな」
それで実用レベルって……。
艦娘を陸上で運用した方がいいんじゃないの?
だって、そんなの陸に上がった駆逐艦以下じゃない。
駆逐艦でも、軽自動車程度の装甲なら張れるし、敵の装甲だって削れるわよ?
「そこまでしなきゃいけませんか。それじゃあ、何人生きて……いえ、何でもありません」
辰見さんの視線の先に居るのは奇兵隊の人たち。
もしかして、内火艇ユニットを背負わせて敵棲地に送り込むのはあの人たち?
だけど、そんな事をして何の意味があるの?
ほとんど効果がないと言ってもいいような装備で棲地を攻略?
無謀としか思えない。
それなら防衛する敵艦隊を叩いて、戦艦の艦砲射撃なり空母の航空爆撃なりで攻撃した方がよほど現実的じゃない。
「心配しなくたって大丈夫っすよ、辰見さん。自分らは死なないっすから」
あ、あの時見た緑のモヒカンだ。
相変わらず凄いヘアスタイルね。工廠の明かりが側頭部に反射して眩しいじゃない。
「そう言いながら死んでった人を、何人も見て来たけど?」
「死にゃあしねぇよ。俺らは無敵の奇兵隊だかんな。しかも、昔と違って装備も弾も充実。竹槍担いでた頃に比べりゃあ天国よ」
と、言いながらモヒカンと肩を組んだのは金髪だ。
男同士でくっつくな暑苦しい。
は、置いといて、竹槍ってあの竹槍?
そんな物担いで何してたのよ。落ち武者狩りでもしてたの?
「まあ、アンタらは殺しても死にそうにないけど……。そもそも、使えるの?」
そうよね。それが一番問題じゃない。
稀に男の人でも適合できるって話は聞いた事があるけど、大丈夫なの?
筋肉ダルマが適合できたら、それはそれでショックなんだけど。
「今のところ、適合できたのは10人だな。もっと少ないと思っていたから上出来だ」
「一個分隊程度じゃないですか。残りは機械式で補う気ですか?」
「無いよりはマシだからな。銃のトリガーと『弾』の発生を連動させるのにも成功しているから、同調式より扱いは容易い」
司令官の考えがわからない。そこまでして、陸戦をする必要があるの?
そもそも、陸戦をやる意味がわからないわ。
「ちなみに、自分は適合できたっすよ。もしかして艦娘の素養があるんすかね?」
いや、ない。絶対にない。
そもそも、アンタ男じゃない。
それに、それを言うなら艦娘じゃなくて艦息でしょうが。考えただけで気持ち悪いから、二度と言わないで。
「アンタ、今死になさい。介錯くらいはしてあげるから」
「怖!じょうだんじゃないっすか辰見さん!あ、やめて、刀に手を掛けないで!」
自業自得よ。
アンタみたいなモヒカン野郎が艦娘になるだなんて、冗談でも言って欲しくないわ。
艦娘って、不思議と容姿が整った子ばかりなのよ?
「せめて外でやれ辰見。整備員と妖精に迷惑がかかるだろうが」
「いや庇って!?自分、こんな所で死にたくないっすよ!」
ちょっとちょっと、工廠をこんな所呼ばわりはやめなさいよ。
艦娘にとっては大切な施設なのよ?いつもお世話になってるんだから。
「あん!?こんな所だと!?」
「いい度胸だ若造……。表に出ろコラァ!」
ほら、整備員さん達も怒った。
モヒカンが辰見さんを筆頭にした整備員さんの群れに追いかけられ始めたわね……ってぇ!
辰見さんがモヒカンを追いかけ始めたから、私を司令官から隠す壁がなくなっちゃったじゃない!
「叢雲は、艤装の整備か?」
「え?ええ、辰見さんは、練度次第で改装も考えてたみたいだけど……」
司令官を見るたびに、朝潮がこの人のどこを好いてるのか不思議でしょうがなくなる。
たしかに
でも、私にはそう見えない。
いえ、
ハッキリ言って怖い。
恥も外聞もなく、尻尾を巻いて逃げたくなる。
普通の人が本当に羨ましいわ。
だって私のように
「その様子だと、見えているようだな」
「え、ええ……」
「そうか。なら、早く終わらせよう。そこに艤装を下ろしなさい。代わりに、私が見てやる」
「いいの?あ、いえ……いいんですか?」
流石に、ため口で話す気になれない。
怖じ気づいてるってのもあるけど、単純に偉い人だしね。
「別に、敬語じゃなくてもかまわんよ。慣れてないんだろ?敬語」
いやぁ、そう言われましても……。
お言葉に甘えて、辰見さんと同じ接し方をして良いのかし……無理無理。
あの黒いのを目の前にしてる今は、正気を保ってるのがやっとだもの。
「いえ、お願いします。だから……」
「早く終わらせて、だな。わかった。ああ、それと……」
「ソレのことは人には……朝潮には話すな。ですか?」
「そうだ。お前のためにもな」
心配しなくても言わないわ。
と言うか、言っても信じてもらえないでしょう。いえ、それどころか頭の心配をされて痛い子認定されちゃうでしょうね。
「ふむ、練度は70か……。ん?改二改装ができる?」
誰と話してるのかしら。
司令官は艤装の天辺あたりに向かって、誰かに話しかけてるわ。
もしかして、あそこに妖精さんが居るのかしら……。
「って、改二改装?受けれるの!?」
「ああ、可能らしい。辰見は……まだ追い回してるのか」
私が改二……改二かぁ。これで、少しは朝潮に追いつけるのかしら。
朝潮の力に、なれるのかしら……。
「どうする叢雲。改二改装を受けるか?」
「ええ、お願いします」
迷う事なんてない、強くなれるんなら何でもするわ。
天龍だった頃の辰見さんがそうしたように、私だって強くなるためならできる努力は全力でやるわ。
「わかった。おい辰見!いつまで遊んでるんだ!こっちに来い!」
ひぅ!予想通りと言うか見た目通りと言うか、怒鳴り声が凄く怖い!
しかもその声に反応したのか、それとも司令官の感情に呼応したのか、黒い化け物がガーッて感じで大きな口……たぶん。を、開いたわ。
おかげで、さっきの決意がどこかに吹っ飛んじゃった。
「え?なんですか?提督」
「叢雲が改二改装を受けるそうだ。付き添ってやれ」
「ホント!?やったじゃない叢雲!って、どうしたの?そんなに怯えて」
「いや、その……」
司令官の怒鳴り声と、黒いモノがその声に応じたようにグワーって膨らんだのが怖かったなんて言えない。
私が怒られたわけじゃないけど、やっぱ怖いものは怖いし……。
「あ、わかった!さっきの提督の怒鳴り声が怖かったんでしょ!」
「ち、違っ……!」
わないけど言わないでよ!
司令官に悪いでしょ!?
ほら、厳つい顔を歪ませて、すごく困ってるじゃない!
「私は辰見に対して……。いや、すまん叢雲、怖がらせてしまったみたいだな」
「気をつけないとダメですよ提督。提督って、見た目も声も893そのものなんですから」
「お、お前が怒鳴らせるのが悪いんだろうが!」
「ぴぃ!」
怖い怖い怖い!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
私悪くないから、悪い事何もしてないから怒らないで!
「おお……叢雲が半ベソかいてる。提督、もっと怒鳴ってもらえません?」
やめて!
これ以上怒鳴られたらマジ泣きするから!
それどころか漏らしちゃうかもしれないから!
だいたい、辰見さんは見えてないから平気なんでしょうけど、黒いモノから伸びた腕が辰見さんを握ろうと指……よね?を、ワキワキさせてるからね!?
それに握られたら、間違いなく辰見さんはアウトだから!そんな気がするからやめて!
「するか!あ、いや……すまん叢雲。お前を怒鳴ったんじゃないんだ。だから泣き止んでくれ。な?」
「あー、浮気だー。提督が叢雲に媚び売ってるー。朝潮に言ってやろーっと」
「別に媚びなんか売ってないだろうが!頭を撫でてるだけだ!」
「ひっ……!」
もう無理。
私の頭を撫でるために身を屈めてるから怒った顔が目の前じゃない……いや、司令官の顔はまだ良い。
怖いけど、司令官の頭の後ろから私を窺ってる黒いモノの顔が怖い!。
例えるなら鬼かしら。
目も鼻も口もないのに、それが鬼みたいに見えるの。
これに比べたら、深海棲艦の方がよっぽどキュートだわ。
「ごめ、ごめんなさい……。ひぐっ!ひぐっ!ごめんなさい……」
「おーよしよし、こっちおいで叢雲。怖かったねぇ~」
「うわぁ~ん!だづみ゛ざぁぁぁん゛!」
なんだかわからないけどごめんなさい!本当にごめんなさい!
だから怒らないで。その鬼を引っ込めてぇぇぇ!
「うほっ!超貴重な叢雲のガン泣き!提督、動画撮ってもらっていいですか?……って叢雲、抱き着くのはいいけど頭のアレがちょっと痛いわ!ちょ!刺さりそう!頭のアレがお腹に刺さる!」
私が泣いてしまったせいで、結局この日は改二改装を受けるどころじゃなくなってしまった。
まったく、とんだ醜態を晒してしまったわ。
この件以来、司令官は私に会いそうな時は必ず朝潮を連れて来るようになった。
ごめんなさい司令官。
でも、怖いんだからどうしようもないの。
ちなみにこの話を、呉から戻って来た朝潮にしたら……。
「司令官が怖い?そこがいいんじゃないですか!叢雲さんは男性を見る目がありません!」
とか言ってた。
でもごめん、朝潮。私には理解できないわ。
ゾンビみたいにぐちゃぐちゃになった幽霊とかは見飽きて平気になってるけど、アレは無理。
アレはそもそもヒトじゃない。
そんなヒトじゃないものを飼ってる、人を辞めてる司令に好意を持つなんて、私にはできないわ。
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