艦隊これくしょん ~愛を込めて、花束を~   作:哀餓え男

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第九十四話 こんな日が、ずっと続けばいいのに……

 

 

 

 突然ですが大本営は、戦争指導・国防方針・戦争指導などの方針を決めるトップ機関です。

 陸軍と空軍にも同じ機関があるのですが、海軍所属である私たちに直接関係するのは、基本的にここだけです。

 

 「保身と利権のことしか考えない、愚物の巣窟だがな」

 

 とは、司令官の言ですが……。

 大本営を構成する方々は優秀な方ばかりじゃないん

ですか?

 それなのに愚物?

 愚物とは、馬鹿な人とかおろかな人の事ですよね?

 それの巣窟と言うことは、大本営の方々はおバカさんばかりと言う事なんでしょうか。

 

 「司令官は、大本営がお嫌いなのですか?」

 「更地にしたくなるほどに……な」

 

 嫌いなものに対して、嫌悪感を隠そうともしないとはさすが司令官です。

 玄関を出入りしている大本営の方々に「マジかコイツ」みたいな目で見られても一切気にしていません。

 あ、なんか憲兵らしき人達がこちらに……。

 でも司令官の顔を見た途端、冷や汗を流しながら回れ右して帰って行きましたね。

 大本営付の憲兵さんにも恐れられるとは……。これなら、叢雲さんが怖がるのも仕方ないのかもしれません。

 

 「元帥殿に呼ばれたのでなければ、誰が来るかこんな所」

 

 なるほど、元帥さんに呼ばれたから、渋々大本営まで赴いたわけですか。

 でも司令官なら、嫌いなら元帥さんに呼びつけられても断りそうです。

 なのに来たと言うことは、元帥さんの事は嫌いじゃないということですか?

 

 「お待ちしておりました暮石中将。到着早々、不謹慎な事を口走っていたみたいですが……」

 

 そう言って私達を出迎えてくれたのは、黒の長髪に青いヘアバンド。目は青色で眼鏡はアンダーリム。セーラー服を魔改造したような出で立ちで、ファイルを胸に抱えた女性でした。スカートのスリットがやばいレベルで開いてますが、手とか突っ込まれないんでしょうか。

 それに、なぜか私をチラチラと見ているのが気なります。

 

 「大淀か。別に、いつもの事だろう?憲兵も見て見ぬふりだし問題ない」

 「憲兵さんも命が惜しいのでしょう。暗殺されかけるたびに、実行犯の遺体を下げて報告に来てればそうなりますよ」

 「私は手土産のつもりだったんだがな。老害共は、笑顔で受け取ってくれたぞ?」

 

 笑顔が引きつっていたのが容易に想像できますね。

 司令官は「お前もこうしてやろうか」と、警告も兼ねてそんな事をしていたのでしょう。

 それはともかく、この大淀と言う方は艦娘なのですよね?

 だって、他の職員の方とは明らかに服装が違いますもの。海軍でコスプレじみた格好をしているのは艦娘と相場は決まっています。

 

 「こちらの駆逐艦は……秘書艦ですか?」

 「はい!駆逐艦 朝潮です!よろしくお願いします!」

 

 そうです。今の秘書艦は私です!

 なので司令官に恥をかかさないよう、挨拶はちゃんとしないとなりません。

 

 「元気があってよろしいです。私は大本営付の軽巡洋艦 大淀。元帥閣下の秘書艦をしています。よろしくね。朝潮……ちゃん」

 

 一瞬瞳が潤んだ気がしましたが、真面目で凛とした佇まいで物腰も柔らかく、言葉遣いも丁寧。

 まさに、The委員長って感じですね。

 私も、こういう人を目指すべきなんでしょうか。

 容姿も性格も似通ってる気がしますから、頑張ればいける気がします。

 あ、でも、スカートのスリットだけは勘弁してほしいです。司令官に手を突っ込まれるのは良いですが、他の人に突っ込まれるのは嫌ですから。

 

 「暮石中将。もしかしてこの子、頭弱いですか?」

 

 な、なんと失礼な!

 別に弱くはありません。

 司令官の事に脳の機能のほとんどを使っているだけです!

 ん?そういえば以前、元帥さんの秘書艦さんが司令官に何かしたと聞いた覚えがあるようないような……。

 

 「考えてる事がわかりやすくて可愛いだろう?」

 

 も、もう、司令官ったらこんな人前で可愛いだなんて……。

 嬉しいですけど、もうちょっと時と場所をわきまえてですね。具体的に言うなら二人きりの時とか……。

 

 「な?」

 「な?じゃないですよ。ここまで考えてる事が顔や態度に出る子は珍しいです」

 

 何か問題でも?

 言葉にしなくても私の考えが司令官に伝わるなんて最高じゃないですか、他の人にも考えが漏れてしまうのはこの際気にしません!

 

 「まあ、それはともかく、元帥閣下の所にご案内しますね。こちらへどうぞ」

 「ああ、頼む。ここは無駄に広いから迷いやすくて困る。朝潮も離れるなよ。迷子になるぞ」

 

 と、言いながら右手を差し出してくれたということは、手を繋いででよろしいって事ですね!

 わかりました。絶対に離しません!

 

 「あらあら、まるで親子のようですね。微笑ましいです」

 

 それは私がちんちくりんだからですか?

 残念ながら、司令官の娘ポジションにはすでに神風さんが居ます。

 故に、私が取るべきポジションは司令官のこ、恋人です!

 そして、ゆくゆくはお嫁さんです!

 

 「親子?夫婦の間違いじゃないか?」

 「それ、マジで言ってるんなら大問題ですからね?ご自分の立場を、もう少し考えて発言してください」

 

 こ、これはプロポーズと考えていいのでしょうか。

 もちろん、私は二つ返事でOKするのですが、もうちょっとこう……雰囲気とかですね。

 私も女ですから、ムード的な物は大事にしたいと言いますか……。

 でもOKです!

 ムードとか社会倫理とか法律的にアウトでも、私はOKです!

 

 「こちらの部屋で、元帥閣下がお待ちです。大淀です。暮石中将と、その秘書艦を連れてまいりました」

 『入りなさい』

 

 元帥さんが居るにしては質素な扉ですね。

 観音開きの豪華な扉を想像してたのに、ここは安っぽい木製の普通のドアです。

 鎮守府の執務室のドアの方が、お金がかかってる気がします。

 部屋の中も質素ですね。

 一番奥にそれなりの執務机がある以外は、私から見ても安物とわかるテーブルとその両脇に置かれたソファー。それと、脇にちょっとした台所があるだけです。

 とても、海軍のトップの部屋とは思えません。

 

 「久しぶりだね小十郎君。元気そうで何よりだ」

 

 私たちを迎えてくれたのは、(よわい)90は楽に超えてそうなお爺さんでした。

 海軍に定年はないのでしょうか?と、疑ってしまうくらいです。

 だって、髭は胸まで伸びてますし、腰は曲がってヨボヨボ。軍服を着てなければ、長老と呼ばれていても違和感がないくらい、どこからどう見てもお爺ちゃんなのです。

 

 「元帥殿は今にも死にそうですね。そろそろ、棺桶を注文した方がよろしいのでは?」

 「相変わらず口が悪いね君は。まあ、そこが気に入ってるんだけど」

 

 海軍のトップに向かってなんと不遜な態度。さすが司令官です。

 私も見習わないと。

 

 「朝潮ちゃんは真似しちゃダメよ。絶対に」

 

 と、思った途端に、大淀さんに釘を刺されてしまいました。

 ん?刺す?

 何故か引っ掛かりますね。

 この人と司令官のことで、刺すと言う単語が私の記憶中枢を刺激した気がします。

 

 「まあ、二人とも座りなさい。大淀君、お茶をお願いしていいかな?」

 「わかりました」

 「粗末な部屋で申し訳ない。別にちゃんとした部屋はあるんだけど、僕はこっちの方が落ち着くんだ」

 

 私と司令官が席に着くと、反対側に元帥さんが座りました。

 座り心地はそんなに悪くないですね。

 ソファーのスプリングが体を動かすたびにギシギシ言うのが気になりますが、それ以外は問題ありません。

 

 「構いませんよ。私も、こちらの方が性に合ってますので」

 

 ふむふむ、司令官は質素な方が好みですか。

 そうですね。

 家具にお金をかけるより、二人の子供のために積み立てをする方がいいですよね。

 

 「それで、私はどのような用件で呼び出されたんですか?まさか、世間話をするためじゃありませんよね?」

 「だいたい合っているよ。世間話と言うよりは、昔話と言った方がいいかもしれない……。いや、懺悔か?」

 

 そんな事のために、多忙な司令官を呼び出したんですか?いくら元帥さんでも、それはあんまりなんじゃ……。

 

 「あなたが暇つぶしでそんな事をするとは思えない。今度の作戦に、必要な事なんでしょう?」

 

 今度の作戦?

 そのような話は聞いていませんが、秘書艦の私にも言えない程重要な作戦が控えていると言うことでしょうか。

 

 「作戦には直接関係ないよ。だけど、君には知っておいて欲しかったんだ」

 「ふむ……。なぜ私なのかはわかりませんが、そう仰るなら、聞きたくないとは言えないですね」

 

 私もここに居ていいのでしょうか。元帥さんは昔話とは仰ってますが……。

 

 「お嬢さん、君も聞いてくれないか?いや、むしろ君のような若者にこそ、聞いて貰いたい」

 「は、はぁ……」

 

 そうまでおっしゃるなら聞きましょう。

 司令官も首を縦に振って、そうしなさいと仰ってますし。

 

 「じゃあ、始めようか。と言っても、質問から始まってしまうんだけど……。小十郎君、君は第二次大戦について、どの程度知っている?」

 「教科書に載っている程度ですかね。自分が指揮を執る上で参考になりそうな作戦はそれなりに詳しく、と言った程度です」

 

 と言うか、それくらいしか知りようがないですよね。

 海軍の要職にある今ならともかく、それ以前は機密扱いされてる作戦があっても学びようがなかったでしょうし。

 

 「そうだろうね。いや、それが当然だ。僕も、()()()に来た時は、その程度の知識しかなかった」

 

 こちら?

 元帥さんは外国生まれなのでしょうか。

 司令官もその文言が気になったのか、怪訝そうな顔をしています。

 

 「各国に()()が居たとは言え、僕もここまで上手くいくとは思っていなかった。大戦後も、概ね()()()()()()()歴史通りになった。九年前まではね」

 「元帥殿、何を仰っているのですか?」

 「まあ聞きなさい。それでも、戦争が始まるまでは色々と苦労したんだ。いくら()()を知っていても、当時の僕はただの若造。頭の固い軍のお偉方の考えを変える事なんて出来るはずもない。だから僕は、とりあえず軍内で出世する事にした。親に商売の助言をして、それなりの財は築いていたから、賄賂には困らなかったしね。それに、出世をすると()()()()()人に媚びも売ったし、必要が無くなったら蹴落とした。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「まるで、別の歴史を知っているかのような物言いですね」

 

 司令官の言う通りです。

 それどころか元帥さんは、ソレを参考にして歴史を変えたと言ってるようにも聞こえました。

 そんな事が、本当に可能なのでしょうか。

 

 「そう、僕は()()()()()を知っているんだ。僕だけじゃないよ?日本だけでなく世界各国に、僕と同じような人間が居た。だから、ここまで上手くいったんだ。僕一人じゃあ、とてもじゃないけど変えきれなかったよ」

 「その方々は?」

 「ほとんどは亡くなった。僕ともう二人、昔総理をしていた奴と米国にいる奴は、同志達の中で一番年下だったから今も生きながらえている。もっとも、先は長くないけどね」

 

 戦前から軍に居るという事は、少なくとも100歳近いのでは?もしかしたらそれ以上……。

 

 「僕は考えたよ。なぜ、大戦前の時代に再び生まれたのか。なぜ、知識を保有したままあの時代に生まれたのか……とね。ぶっちゃけて言うと、歴史を変える必要なんてなかったんだ。どうすれば金を儲けられるかも、どこに居れば生き残れるのかも知っていたからね。だけど僕は、こう考えてしまったんだ。僕は悲惨な結末から祖国を救うために、この時代に生まれ変わったんじゃないかっ……てね」

 

 突拍子もない話です。

 元帥さんは俗に言う、転生者とでも言うのでしょうか。

 しかも生まれ変わる前の知識を使って、歴史を改竄したと?

 申し訳ありませんが、とても信じる気になれません。

 

 「ラノベ作家になるのをお勧めしますよ。昨今は、そう言うのが流行っているみたいですし」

 「はははははは!僕も平和になってからそう考えたよ。そういうところも、僕が知ってる歴史と大差ないからね」

 

 お年の割に、豪快に笑う方ですね。

 先は長くないと仰ってましたが、まだまだ大丈夫なのでは?

 

 「まあ、僕が中二的な発想を当時したように、他の同志達も同じ事を考えたみたいでね。米国に居た同志ですら協力してくれた。その結果、数々の悲惨な作戦も実行されなかったし、沖縄も占領されなかった。それに、二発の原子爆弾も落とされずに済んだよ」

 

 原子爆弾?聞いた事のない名前の爆弾です。

 それに沖縄が占領って……。

 元帥さんの知っている歴史では、そこまで日本は追い詰められたのですか?

 

 「原子爆弾……。たしか、米国が欧州側の中枢に対して使用した爆弾の事ですよね?町一つくらいなら焦土に変えるほどの威力があると聞いていますが……そんな物が、日本に落とされていたかもしれないと?」

 「当時の物は三キロ四方が精々だったけどね。それでも、そんな物が落とされるなんて僕には我慢できなかったんだ。あ、ちなみに、中枢に効果はなかったそうだよ」

 

 そんな強力な爆弾が効かないようなバケモノと、私たちは戦っているんですか……。

 ゾッとする話ですね。

 

 「それと、お嬢さんは朝潮だったね?本来の歴史なら、君の艤装のモデルとなった駆逐艦朝潮は無謀な作戦に投入され、友との約束を守って沈んで行ったんだよ。こちらの歴史では、戦後に解体されてるけどね」

 

 へぇ、艦艇の朝潮も約束を大事にしていたんですね。

 実際には乗っていた人が、でしょうけど、その朝潮の名を継ぐ者として誇らしく思います。

 それはそうと、先ほどから司令官の方から妙な圧力を感じるのですが……。

 

 「元帥殿、一つ伺ってもよろしいですか?」

 「構わないよ。深海棲艦の事……だね?」

 

 司令官が首肯し、元帥さんが「そうか、やっぱりな」と言うような顔をして、ソファーに深くもたれかかりました。

 戦後の歴史に大差がないのなら、元帥さんが知っている歴史にも深海棲艦が居たと言うこと……じゃない。

 たしか元帥さんは、()()()()()()とおっしゃいました。

 

 「小十郎君の考えている通りだ。僕が知っている本来の歴史に、深海棲艦は存在しない」

 

 元帥さんの答えを聞いた途端、司令官のお顔が鬼の形相に変わりました。

 な、何をそんなにお怒りなのですか?

 こっちの歴史に深海棲艦が出現したのは、元帥さんのせいとでも言いたそうではないですか。

 

 「僕たちは、大戦で死ぬはずだった多くの人を救う事が出来た。日本だけでも死者の数を十分の一、30万人程度に抑えることが出来た。戦争が起きないようにするのが一番よかったんだが、それはさすがに無理だったよ」

 

 元帥さんの言ってる事が本当なら、実際には300万人以上の方が亡くなっていたと言う事ですか?

 元帥さんが歴史を変えなければ、それほどの数の死者が出ていたと?

 

 「だが、深海棲艦がその帳尻を合わせてしまった。違いますか?」

 「その通り。深海棲艦出現からの九年間で、大戦で失われるはずだった人とほぼ同じ数の人が犠牲になっ……」

 

 元帥さんが言い終わる前に、司令官が元帥さんの胸倉を掴んで持ち上げて右腕を振り上げました。

 いけません司令官!その振り上げた右拳を下げてください!じゃないと……。

 

 「このクソジジイ!なんて余計なことを!」

 「し、司令官!ダメです!それ以上は!」

 

 今の状況だけでも充分まずいですが、司令官が本気で殴ったらきっと元帥さんを死なせてしまいます。

 この話が本当なら、この人は諸悪の根源です。

 ですが、まだ手を出すのは早いです。

 深海棲艦が現れたのは、元帥さんにとっても予想外だったはずなんですから。

 

 「いいんだよお嬢さん。大淀君も、銃を下ろしなさい」

 

 後ろを振り返ると、大淀さんが司令官に無表情で銃を向けていました。

 どうする?

 大淀さんに飛びかかって銃を奪う?それとも、射線に立ちはだかって司令官を守る?

 半分腰を浮かせているとは言っても、どちらも間に合いそうにないのが口惜しいです。

 

 「ですが閣下。これは処罰されても、文句は言えないと思います」

 「いいんだ。僕は、彼に殺されてもいい覚悟でこの話をしている。それに君なら、上手く隠蔽できるだろ?」

 「し、司令官……その、とにかくここは一旦落ち着いてください。でないと、その……」

 

 本当なら司令官の邪魔なんてしたくありません。

 でも、この状況では司令官にもしもの事が起きかねません。

 やるならやるで、そんな事態が起きない状況でやらなければ。

 

 「チッ……」

 

 司令官がやり場を失った怒りを、どうしたらいいかわからないという表情で私と元帥さんを交互に見ています。

 今の私に出来るのは、司令官を宥めることくらいでしょうか。いや、そうしないと、このまま大淀さんに司令官が撃たれてしまいます。

 

 「わかったよ朝潮。申し訳ありません元帥殿。処罰は、後程ちゃんと受けます」

 

 よかった。

 なんとか怒りを抑えて元帥さんを解放して、ソファーに座り直してくれました。

 

 「処罰なんてしないよ。君は僕の襟元を正してくれただけ。そうだろ?大淀君」

 「閣下がそう仰るなら、そういう事にしておきます。それに、撃ったら後が怖そうですし」

 

 大淀さんが私をチラッと見てそう言いましたが、それは当然です。司令官を撃とうものなら、ただじゃ済ませません!

 

 「君の怒りはもっともだ。僕達が余計な事をしなければ、君の妻子や部下は死なずに済んだかもしれないのだからね」

 

 元帥さんの言ってる事を信じるなら、深海棲艦は死者の数を合わせるために出現したと言う事ですよね。

 なら、すでにその目的は達成できているのでは?

 それでは、今も深海棲艦が海を闊歩している事に説明がつきません。

 

 「元帥殿は、深海棲艦を歴史の修正力とでもお考えなのですか?」

 「小十郎君の言う通り、それが妥当だと思う。大戦の流れを変えたせいで、当時の死者数が違いすぎる。数がほぼ合ったと言っても、それは日本での話だしね。他の国、特に独国や露国などはまだまだだ。奴らは帳尻を合わすためなら、国など関係なく人間を殺すかもしれない」

 「元帥殿は、あと何万人死ねば深海棲艦の役目が終わるとお考えで?」

 「そうだね……。ざっと1000万人くらいだろうか。そんな数の人間を生贄に捧げることなど出来ないし、死者の数が合ったからと言って、深海棲艦が役目を終えるとも限らない。奴らが当時の人口と同じ割合の人数を減らそうと考えているなら、1000万程度では済まないしね」

 

 たしかに、深海棲艦が死者の数を合わせるために存在している云々は、あくまで元帥さんの話から導き出した仮説でしかありません。

 そんな不確かな仮説で、1000万もの人を殺す事なんて、普通に考えれば出来っこありません。

 人類を深海棲艦から守るために戦っているのに生贄

を捧げるなんて、深海棲艦の手伝いをしてるのと同じですもの。

 

 「まったく……。ちっぽけな正義感で厄介な状況を作り出してくれたものですね。こっちが人類を守れば守るほど、戦争が長引くとは……」

 「そうだね。それに関しては本当にすまないと思っているよ。この状況を作り出した者はほとんどドロップアウト済みなのに、君たちはこれからも深海棲艦と戦い続けなければならないんだから」

 

 本当に厄介です。正に、終わりの見えない戦争です。

 深海棲艦の目的が人間を殺す事なら、対話で解決するのはほぼ不可能。勝利条件が、総数がどれ程かもわからない深海棲艦の根絶しかないなんて難易度が高すぎます。

 

 「それで?その話をして私にどうしろと?頑張って僕のお尻を拭いてね。とでも言おうものなら、即座に殴り殺すぞジジイ」

 「ははははは。別にそれでも構わないんだけど、僕としては本当の事を知っている者に後を託したかったんだ。尻拭いには、違いないけどね」

 「私を元帥にでも据える気ですか?冗談じゃない。そういうのは九峰か勇次にやらせればいい」

 

 司令官が元帥に……。

 その場合、私はどうなるのでしょう。司令官のお傍に居続けられるのでしょうか。

 

 「もちろん、彼らにも話すつもりだ。だけど嫌かい?僕は君が大本営前で土下座してるのを見た時から、後を託すのは君しか居ないと思っていたんだが」

 

 し、司令官が土下座を!?

 なぜ、そのような事を?司令官がそんな事をしなければならないような事があったのですか?

 

 「私は今も昔も現場主義なんでね。元帥なんて面倒な仕事は、他の奴にやらせてください」

 「欲がないね君は。いや、君の家系は欲が無さすぎる。君のお婆さんにあたる人を使()()()()()()()けど、彼女も欲が無かったなぁ。彼女自身が提示した報酬以外は、「いらん」とバッサリだったよ」

 「まさか、妾になれとでも言いましたか?」

 「妾じゃなくて本妻だけど……。聞いていたのかい?」

 「婆様の代は親父の代と違って、海軍がうちのお得意様だったとは知っていましたからカマをかけただけです。が、まさか婆様に手を出そうとしていたとは……」

 「一応言っておくけど、手を出したことはないからね?」

 「当たり前だクソジジイ。あなたと血が繋がってる可能性があるだなんて、考えただけでゾッとしますよ」

 

 え~と、以前、司令官のお家が暗殺業を営んでいたと言う話しは聞いた覚えがあります。

 で、それを今の話に絡めると、元帥さんは司令官のご家族に仕事を依頼した事があると言うことですよね?

 さらに、その過程で司令官のお婆様にあたる人を口説こうとした……と。

 

 「綺麗な人だったなぁ……。例えるなら古刀か。人を殺すことだけのために生み出されたのに、美術品のようにきらびやかで美しかった。君の瞳は、そんな彼女にソックリだよ」

 「ジジイに口説かれても嬉しくありません。それより、話を戻しませんか?」

 「そうだね。そうしよう。準備は順調かな?」

 「ええ、滞りなく。九峰中将に任せている件が、不安ではありますが」

 「そっちは僕も動くから心配しなくていいよ。君は()()()()()通り動いてくれればいい。あそこを落とせば、少なくとも日本の被害は減るはずだ」

 

 本来の作戦?しかもそこを落とせば、日本の被害を減らせる?

 落とすことで深海棲艦からの被害が減らせそうな棲地とはどこでしょう。私が知っている限りで、それが可能なのは……。

 

 「あ、ハワイ……」

 

 それくらいしか思いつきません。

 ハワイは、養成所時代に座学で習った太平洋側最大の棲地。あそこを落とせば、たしかに日本近海に出る深海棲艦は減らせそうです。

 

 「お嬢さんは、なかなか察しが良いね。小十郎君が秘書艦にしているのも納得だ……って、どうして驚いてるの?大淀君まで」

 

 思わず口走ってしまったけど合ってたみたい……ってぇ!大淀さんどころか司令官まで驚くってどういうことです!?

 もしかして私、司令官にも馬鹿って思われてたんですか!?

 

 「この子って、思ったより馬鹿じゃないんですね」

 「言うな大淀!私も驚いて……いやいや!朝潮ならこれくらい当然だ!」

 「閣下に掴みかかった時以上に動揺してるのに何言ってんですか。あなたも馬鹿ですか?」

 

 そっかぁ……。

 司令官は私を馬鹿だと思ってたんですか。

 馬鹿だと思っていた私が、攻略場所を言い当てたから驚いたんですね。

 あ、私の咎めるような視線に気づいて、司令官も大淀さんもサッという擬音が聴こえそうな勢いで目を逸らしました。

 

 「あ、朝潮は馬鹿ではないぞ?単純なだけだ」

 「それ、褒めてます?」

 「も、もちろんだ。わかりやすくていいだろう?」

 「動揺が隠しきれてないのは置いといて、表情で考えてる事が丸わかりなのは問題だと思うのですが……」

 

 何を仰いますか!

 わかりやすいのは良い事です。無駄に難しくする必要なんてありません。

 私と司令官はまさに以心伝心の関係ですから、言葉など不要。だって私の心は司令官に筒抜けなのです!

 そう、私の心は丸裸!

 きゃ!恥ずかしい!

 

 「あ、やっぱり馬鹿ですよこの子。将来が心配になるレベルで」

 

 よし、喧嘩です。

 相手が軽巡だろうが関係ありません。

 手土産に、軽巡の首を取って帰りましょう。

 

 「見た目の割に、血の気の多い子だね。小十郎君、止めなくていいの?」

 「考え方が神風に似て来たな……。どうしてこうなった……。朝潮、話の途中だから喧嘩は後にしなさい」

 「はい!申し訳ありません!」

 「おお、ちょこんと座って、まるで躾が行き届いた犬のようだ」

 

 もっと褒めてください元帥さん。

 私が褒められると言うことは、主人である司令官が褒められているのと同じなのです。

 

 「じゃあ話の続きだけど、正式な発令は予定通り『ワダツミ』の引き渡し一週間前。出撃は、引き渡しの十日後で調整を続けてくれ」

 「了解しました。米国の方は問題ないのですか?」

 「うん、向こうの同志が問題なくやってくれているよ。あちらの提督も、君と似たような感じらしい」

 「その方とは旨い酒が飲めそうですね。米提……とでも、お呼びすればよろしいですか?」

 「いいんじゃないかな。ただ、彼の秘書艦は戦艦だと聞いたけど……」

 

 戦艦と聞いて、司令官が露骨に嫌そうな顔になりました。

 まあ、気持ちはわかります。

 愛らしくて聞き分けが良く、オマケに将来性まで秘めている駆逐艦を秘書艦に選ばない米提さんは、その時点で司令官以下です。

 

 「これだから、BBQばっかり食ってる奴は……」

 「それは米国の方への熱い風評被害です。きっと、ピザも食べてますよ」

 「大淀君の言ってることも大概だと、僕は思うけどなぁ……」

 

 三食BBQとピザ……。

 数日で体重が倍になりそうですね。

 米国の人は、野菜とか食べないのでしょうか。

 

 「それはともかく、この作戦が成功したら次は欧州側ですか?米国は、今回の作戦をモデルケースにするつもりなのでは?」

 「うん、その通り。最悪、西海岸側が犠牲になる事も考えて、陸軍で防衛線は構築済みらしい」

 「こっちは海岸どころでは済まないというのに……。失敗したら最悪、日本は干からびますよ」

 「米国側最大限の譲歩だよ。首都がある東側よりは、西側を失う方がマシだそうだ」

 

 どのくらいの戦力を投入するつもりかはわかりませんが、失敗はそのまま国の破滅に繋がりかねない雰囲気ですね。

 干からびると言うことは、制海権を維持出来ないほどの戦力を投入するのでしょう。

 

 「アレも作戦で使うのでしょう?そのまま西海岸に進軍したらどうです?憂さ晴らしにはなりますよ」

 「勘弁してくれ。米国の同志に恨まれてしまうよ」

 

 アレ?アレとは何でしょうか。

 艦娘以外の戦力も投入するつもなのですか?

 

 「聞いた時は正気を疑いましたがね。深海棲艦を相手に、アレが役に立つとは今でも思えません」

 「実際、役には立たないと思うよ。だけど宣伝効果は抜群。上辺上は復興してると言っても、国民の心は疲弊しているからね。ソレを奮い立たせるのに、アレ以上の役者はいないよ」

 

 そのような人がいるのでしょうか。

 深海棲艦を相手に役に立たないって事は、艦娘ではないですよね?

 アイドルでも連れて行くのでしょうか。

 

 「そのせいで、呉の軽巡と駆逐艦を当てに出来なくなりましたがね。正直、カツカツですよ。綱渡りと言ってもいい」

 「まあ、そう言わないでよ。君の所の駆逐艦は優秀だろ?ねえ、お嬢さん」

 「はい!呉の抜けた穴くらい、埋めて見せます!」

 

 ちょっと見栄を張りすぎたでしょうか。

 でも、司令官のためになるならそれ位の事はやってのけて見せます!

 

 「頼もしいじゃないか。君がこの子にご執心なのも納得だよ」

 「ええ、私の自慢ですよ」

 「良い正月が迎えられる事を祈っているよ。小十郎君……いや、暮石中将。君に全てを託す」

 「厄介な事この上ないですが……了解しました。お年玉は、期待してもよろしいですかな?」

 「ああ、任せておきなさい」

 

 司令官と元帥さんは、それっきり作戦については話さず、私と司令官の後ろでお茶を出すタイミングを完全に見失っていた大淀さんがお茶と茶菓子を出して、夕方まで雑談に興じました。

 

 「あ、大淀君。ちょっとお嬢さんの横に座ってみてくれるかい?そう、そこに」

 「はぁ、構いませんけど……」

 「うん、思った通りだ。まるで、夫婦とその子供みたいだよ」

 

 な!?

 何を言い出すのですか元帥さん!この腹黒メガネが司令官の、おおおおお嫁さん!?

 断じて認めるわけにはいきません!

 司令官のお嫁さんは私です!

 

 「私の子なら、もうちょっと頭がいいと思うんですけど……。主人に似ましたかね?」

 

 どうして乗り気になってるんです!?

 それに、その言い方だと司令官の事も馬鹿って言ってるのと同じでは!?

 あ、でも、司令官に似てると言われるのは少し嬉しい気が……。

 

 「はははははは!お嬢さんは正直すぎるな。でも小十郎君、手を出したのがバレたら犯罪だから、バレないようにしてね?」

 「四年くらい待てますよ。いや、来月誕生日だから、後三年か」

 「暮石中将。法律的にはセーフかも知れませんが、社会倫理的にはアウトですからね?」

 

 何を言ってるんですか腹黒メガネさん!法律的にセーフならセーフです!

 例え三年経とうが、私の気持ちは変わらないのだから問題ありません!

 

 「まったく……。閣下はドM。呉はマザコン、佐世保はシスコンで横須賀はロリコンで大湊はオッパイ星人。オマケに舞鶴はオッサン趣味の枯れ専。提督って、変態しかなれない役職なんですか?」

 「大淀、女房と畳は新しい方が良い。という、諺を知らんのか?」

 「諺を幼女趣味の言い訳にしないでください。女とワインは古い方が良い。という、フランスの諺もありますよ?」

 「ワインは飲めん」

 「それは聞いてません」

 

 私を挟んで言い合う二人が、段々と夫婦のように見えてきました。

 羨ましいなぁ。

 どうして私は子供なんでしょう。

 軍人然とした司令官と、腹黒さんの秘書っぽい外見と雰囲気のせいで、見た目的にもお似合いに思えて妬ましいです。

 

 「いいねぇ。まるで、孫夫婦が曾孫を連れて遊びに来たようだ」

 「おいクソジジイ。やっぱり婆様に手を出したのか?爺様は托卵されたのか!?」

 

 元帥さんの台詞に反応して腰を浮かせた司令官って素敵……じゃ、ないですね。

 目を細めて私達を眺める元帥さんは差し詰め、縁側でくつろぐお爺ちゃんでしょうか。

 さっきまでの、まるで懺悔をしているかのような雰囲気はどこかへ霧散しています。

 そして……。

 

 「こんな日が、ずっと続けばいいのに……」

 

 ボソッとそう言った後、元帥さんは言い合いを再開した二人を、ただただ眺め続けました。

 もしかしたら訪れていたかもしれない、そんな未来を慈しむように。

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