三馬鹿との……もとい。
古くからの友人との飲み会から一夜明け、付いてこいとだけ言ったお父さんに連れて来られたのは奇兵隊の詰所兼、愚直に働く鎮守府職員の皆々様の貴重なお給金を掠め取る奇兵隊の資金調達場所の一つ。喫茶 猫の目……の、裏だった。
まあ、忙しいはずのお父さんが、時間を割いてまで付いて来いって言った時点で、予想はついてたんだけどね。
「と、言うわけで、ハワイ島に潜入し、中枢棲姫を直接討つ部隊の指揮を、神風に執らせる。異論のある者はいるか?」
と、目の前に並ばせた、私と一緒に潜入する十数名を見渡しながら言ったけど、誰も意見する様子がないわね。
これは、OKってこと?
「飛車丸。お前は賛成なんだな?」
「……別の奴なら反対だったが、お嬢なら俺ぁ良いよ。っつか、俺の意見なんか聞いてくれんのか?オヤジ」
「いつも聞いているつもりだが?」
「つもり止まりだろうが。ったく……」
言わないんじゃなくて、言えないんだと思ったらしいお父さんが飛車丸に問うと、意外とあっさり承認してくれた。
この調子で、他の面子にも聞くつもりなのかしら。
「
お次は奇兵隊実働部隊、『剣』の隊長でソード1のコールサインで呼ばれてる又左か。
実は私、この人が苦手なのよねぇ……。
いや、良い人ではあるのよ?
私がここに来るとお菓子をくれるし、他のゴリラどもと違ってイケメンで物腰は柔らかいし口調も丁寧。優男って言葉がピッタリの好青年よ。
でも、そんな外見とは裏腹に太刀術の達人で、奇兵隊がドサ回りしてた開戦初期には、お父さんに負けず劣らず自慢の大太刀で深海棲艦を真っ二つにしてたわ。
ちなみに、飛車丸と又左の二人は奇兵隊の男なのにモテる。バレンタインデーには、二人のファンが猫の目の前に行列を作るらしいわ。
ただ、この人って……。
「終わった後に、お嬢と死合いをさせてくれるなら賛成します」
「だ、そうだ。どうする?神風」
「いや、却下に決まってるでしょ」
そう、又左は女、しかも強い女を斬るのが何より好きな、
だから苦手なのよ。
だってこの人、私がここに来る度にカチャカチャと鍔鳴りさせながら、舐め回すような目で見てくるんだもん。
でも、反対されると困るから、ここはひとまず……。
「今の私じゃあ、又左の相手になれない。私が相応に強くなってからなら、相手してあげるわ」
「ふむ……。仕方ありませんね。今回は、それで納得しましょう」
よし。
取り敢えず又左もクリア。
今もお父さんが順々に聞いて言ってるけど、今のところ反対する者は出ていないわ。
まあ、お父さんがあえて聞かずに、最後に取ってるっぽいアイツは、間違いなく反対するでしょうけど。
「最後に角千代。お前はどうだ?」
「言わなくても、オヤジならわかってるっしょ?」
「ああ、わかっている。だが、反対ならハッキリ言え」
「……反対っす。お嬢は、陸じゃあ足手まといっす」
ほらね。
角ちゃんはいつもそう。
いつも、私の生存率が低くなるようなことには反対する。お父さんが決めたことでも、みんなが賛成したことでも一人だけ反対する。
実際みんなも、やっぱりかって顔して呆れてるわ。
「中枢の首を獲るだけなら自分らだけで良い。刀で首をハネる必要があるってんなら又左で充分。いや、又左の方が確実っす。なのに、なんでオヤジはお嬢に陸戦をさせようとするんっすか?どう考えても、戦力の無駄使いっしょ」
「やはり、お前だけは反対か。どうする?神風」
どうするもこうするもない。
角ちゃんが反対するのは想定内だもの。
だから、やることは決まってる。そのために、刀まで持って来たんだから。
「下克上を、申し込むわ」
奇兵隊実働部隊には、強さに応じたランキングが存在する。
一番は勿論お父さんで、二番目は左門兄。そして、三番目が角ちゃん。
このランキングの上位者は、場合によっては指揮系統を無視した命令ができるの。
例えば銃の隊長である角ちゃんは、剣の隊長である又左と立場的には同列よ。
でも、いざと言うときは、ランキングが上である角ちゃんが又左を問答無用で従わせることができるの。
で、私が挑んだ『下克上』とは読んで字のごとく。
ランキング下位者が上位者に挑戦して、ランキングを上げるための制度よ。
ちなみに、私の奇兵隊ランキングは堂々の200位以下。陸で艤装を背負った状態で、ようやく50位くらい。海の上でならもうちょっと行くかな?
まあ、それでも10位には届かないんでしょうけど。
「それ、本気で言ってんすか?」
「私はいつだって本気よ。それは、角ちゃんも良く知ってるでしょ?」
そう言いたくなる気持ちはわかる。
だって、私と角ちゃんの戦闘技術は雲泥の差。蟻と象くらい違うわ。
もし、私と角ちゃんが本気で殺し合いをしたら、いつ死んだのかも気づけずに、私は殺されるはずよ。
私に勝機があるとすれば、絶対に殺し合いに発展しないことね。
「どうするんだ?角千代。受けるか?」
「上位者は挑戦を断れない。それを決めたのはオヤジっしょ?」
「じゃあ、受けるんだな?」
「受けるっすよ。そんで、後悔させるっす」
後悔ならすでにしてる。
だっていつも優しい角ちゃんが、本気で私を睨んでるんだもの。
本気で私を叩きのめそうとしてるあの目を見たら、頭より先に体が後悔したわ。
「角千代。弾は変えなくても良いのか?」
「どうせこんな事になると思って、端からゴム弾っすよ。さすがに、殺すと寝覚めが悪いんでね」
おお怖い。
茶化したんじゃなくてマジで怖い。
角ちゃんが戦うところは見たことあるけど、ここまで殺気をビンビンに放ってたことはないわ。
しかもそれを、私に向けてる。
これだけで、私にとっては逃げ出したいほどの恐怖だわ。
「サービスっす、お嬢。先に仕掛けて良いっすよ」
「あっそ。じゃあ……」
下克上には、基本的に開始の合図も終了の合図もなく、審判もいない。
それを宣誓することと、敗けを認めること以外のルールが存在しないわ。
つまり挑戦者が時も場所も選ばずに仕掛け、敗けを認めさせた方が勝ちなの。
だから、相手を殺す事になるのは希ね。
だって、敗けを認めさせなきゃ勝ちにならないんだから。
でも、挑戦者有利のルールにもかかわらず、下位ならともかく上位でランキングが変動したことはないの。
それはランキング上位者が、日常生活でも警戒を緩めず、常在戦場を旨としているからよ。
そんな戦争中毒者の一人である角ちゃんに、格下の私が勝つには先手で決めるしかない。
だから、サービスしてくれるって言うなら遠慮なく……。
「行かせてもら……!」
うつもりだった。
実際、ビビってたけど初動は完璧だった。
お互いの距離は6mほどだったから、私なら一息で詰めて刀を振れたし、そうしたわ。
なのに、私は開始位置から動いてない。
いえ、両肩と両腿へと
「お嬢は、どうして自分がリボルバーを愛用してるか知ってましたっけ?」
「み……見た目が好みなんじゃないの?」
「まあ、それも無くはないんっすけど、最大の理由はオートマチックじゃあ機構が追い付かなくて、今みたいな速打ちができねぇからっす」
なるほど。
確かに速かった。
だって角ちゃんから一瞬たりとも目を離してないのに、ホルスターから抜いた瞬間も、撃った瞬間すら見えなかったもの。
もし、オートマチック拳銃で同じことをしたら、きっと
でも、リボルバーには装弾数が少ないって弱点がある。
角ちゃんが持ってる銃は愛用してるS&WのM19。装弾数は六発だから、今は四発減って残り二発。
二発なら、被弾覚悟で突っ込めば………。
「どうにもなんないっすよ」
おどけたような口調とは違って、氷のように冷たい声でそう言うなり、角ちゃんはシリンダーを露出させた銃と左手を交差させた。
うん、そうとしか見えなかった。
でも、再び私に向けられた銃のシリンダーには、さっきまでなかったはずの弾丸が装填されてるわ。
それはつまり、さっきの動作で装填したってことよね?
装填から再び照準をつけるまでたった一秒足らずか……。
こりゃあ、弾切れや再装填の隙を狙うのも難しそうだわ。
「諦めろお嬢。いや、神風。お前じゃあ俺に勝てねぇ」
口調まで変えて脅しにかかったか。
でも、そんな事は百も承知。
私じゃあ、真っ向勝負で角ちゃんに勝てない。絡め手を使っても、卑怯な事をしても勝ち目は皆無。
そんなの、角ちゃんより私の方が知ってる。
でも……。
「敗けらんないのよ。こんなとこで足踏みしてる暇なんか私にはないの。私が……。私がお父さんの戦場に、神風を吹かすって決めたんだから!」
「そうかよ。でも無理だ。お前は、ベッドの上でそよ風でも吹かせてろ」
言うや否や、今度は六発全て撃ってきた。
被弾したのは両肘と両膝に各一発づつ。駄目押しとばかりに、腹部に二発か。
ったく、工廠送りにしようとしてるクセに優しいわね。だって本気で怒ってるクセに、
「舐めんじゃないわよ角千代。私を諦めさせたかったら殺しなさい。そんな、当たっても死なない攻撃で私が諦めるわけないでしょうが!」
「でも、動けないだろ?お前じゃあ、俺に指一本触れられねぇ。お前じゃあ俺に勝てねぇ」
「勝手に決めるな、うすらハゲ!」
動けないのはその通りよ。
でもそれは、私が痛みに怯んでいるから。角ちゃんに撃たれる恐怖に、身も心もビビってるからよ。
「ちょっ……!さすがに捨て身が過ぎんだろ!」
そう言いたくなるのもわかる。
私だって、第三者として見てたら同じことを言ってたと思うわ。
実際、一歩進むたびに肉は裂け、骨も砕けてる。
正直言って、意識を保って一歩づつ進むのが精一杯。
でも……。
「ここまで……来たよ」
「き、来たからって何ができんだよ!お前……もうボロボロじゃねぇか!」
うん。
私にはこれ以上、大したことはできない。
持ってたはずの刀の感触がないから、たぶん落としてる。って言うか、腕がついてるのかしら。
踏ん張っている両足と、角ちゃんを見上げてる首から上にしか、感覚がないわ。
「角ちゃんが……反対するのってさ。お父さんみたいに、なりたくないからでしょ?」
「ち、違っ……違う!オヤジは俺の目標だ!いつか、ガキの頃の借りを返すために俺は……!」
いいえ、違わない。
確かに角ちゃんは、お父さんを目指してる。
子供の頃に、中東で傭兵をやってた自分をコテンパンにして日本に連れ帰り、普通の生活をさせてくれたお父さんより強くなるために、お父さんを目指してる。
それは間違いない。
でも、そうなりたくないとも思ってる。
いや、こう言うと正確じゃあないわね。
角ちゃんは、お父さんと同じ想いをしたくないの。
お父さんみたいに、自分の無力さを感じたくないのよ。
「お父さんは強いわ。お父さんが艦娘並みに海を自由に駆けることができたなら、きっと棲地だって一人で攻略できるし、数百規模の敵艦隊だって一人で殲滅しちゃうでしょうね」
そんなお父さんでさえ、家族を守れなかった。
その場に居なかった。ただそれだけの事で、力を振るうことすらできなかった。
それが、お父さんが鬼になってしまった最大の理由。
およそ人では到達できないほどの力があった分、お父さんが感じた無力感は想像を絶するでしょうね。
きっと私なんかじゃ、一生かかっても理解できないと思うわ。
「角ちゃんは、目の届かないところで私が死んじゃうのが、嫌なんでしょう?」
「……そうだよ。俺はオヤジみたいな間抜けな真似はしたくねぇ。俺が守りたい奴は俺が守る。オヤジみたいに、何も出来なかったからって狂っちまいたくねぇ!だから……!」
「私を、安全なところへ?」
「……そうだ」
そっか。
やっぱりそうか。
角ちゃんは私を失うのが恐い。私がいなくなるのが怖い。それくらい、私を愛してくれてる。
それだけ愛されるなんて女冥利に尽きるけど、そうされて喜ぶのは普通の女だけ。
私みたいにひねくれちゃった女からしたら、角ちゃんの想いは侮辱してるのと同じよ。
「ふ…ざぁけぇるぅなぁぁぁぁ!」
「ちょ……!」
私は残った力全てを両足に込めて跳び、角ちゃんに頭突きをお見舞いした。
今ので本当に限界ね。
倒れて仰向けなった角ちゃんの上に私も倒れ込んだものの、指一本動かせないわ。
「相っ変わらず……出鱈目するっすねぇ。それ、両足も折れたっしょ?」
「感覚がないからわかんないけど、たぶんね。言っとくけど、遠慮なく撃ちまくった角ちゃんのせいだからね?」
「へいへい、そうっすね。で?ここからどうするんっすか?」
どうする?
わかってるクセに聞かないでよ。
それに、もう敗けを認めてるんでしょ?だから、口調を戻して、何もしてこないんでしょう?
でも、追撃の手は緩めないから、耳かっぽじってよく聞きなさい。
「愛してるわ、角ちゃん。帰って来たら、結婚しましょう」
「……そういうのって、男の方から言うもんなんっすけどねぇ」
「あら?私をそんじょそこらの女と同じだと思ってたの?私は、こうと決めたらセオリーなんて無視なのよ」
「そうだったすね。自分は、そんな出鱈目な女に惚れたんだった……」
私が頭を預けている角ちゃんの胸が、大きく沈んだ。
耳に、大きく息を吐いた音が聴こえた。
それに顔は見えないけど、笑ってるのがわかる。
たぶん、角ちゃんが次に紡ぐ言葉は……。
「ん?あれ?ここ、どこ?」
聴こえてくると思ってた角ちゃんの敗北宣言は聴こえず、瞬きした次の瞬間には、見覚えがあるようでない部屋のベッドに寝かされていた。
これってもしかしなくても、瞬きした途端に気絶したってことよね?
「あ、起きたかも?」
「秋津洲?どうしてあなたが……」
「どうしたもこうしたもないかも。あのあと気絶したお嬢をここまで運んで、今の今まで介抱してたのはあたしかも!」
相変わらず言い方が曖昧ね。
でも、だいたい状況はわかった。
つまり私は、角ちゃんがなんて言ったか聴かないまま気絶して、秋津洲に工廠に運ばれて今に至るってわけね。
「角ちゃんは、あのあとなんて言ってた?」
「神藤少佐かも?え~っとたしか……「自分の敗けっす。お嬢の作戦参加、及び隊長就任に賛成するっす」って、言ってたかも」
「そう……」
どうやら、ここまでボロボロにされた甲斐はあったみたいね。
ああでも、私って勢いに任せてプロポーズしちゃったのよね?
うわぁ……。
次に猫の目に行った時、女性隊員どもに囲まれてヒューヒュー言われそうだわ。
「あのあと、大変だったかも」
「何が?」
「神藤少佐が、大佐にやられたかも」
「はぁ!?角ちゃんが!?お父さんに!?なんで?私をこんなにしたから?」
「それもあるかもだけど……。大佐が「俺より弱い奴に娘はやらん!」って言ってぶちギレたかも」
あ~……そっちでキレたのか。
いつもは早く嫁に行けだの、いい加減部屋を出ていけとか言うクセに、いざそうなったらそれか。
ちなみに、秋津洲がお父さんを大佐って呼ぶのは艦長と同じで、提督になるまではお父さんの階級が大佐だったから。
そんな理由があって、奇兵隊の古参には今でも大佐って呼ぶやつが一定数いるわ……は、置いといて。
「で?角ちゃんはどうなったの?」
「一発でノされたかも」
「あ、そうなんだ」
どこに一発食らったのかまでは聞かないわ。
お父さんも、作戦に支障がない程度にしかしてないでしょうから命の心配もないしね。
「お嬢、フィアンセが殴られたのに、妙に嬉しそうかも?」
「そう?そんなことないわよ」
「ふぅん……」
そんな疑うような眼差しを向けても、本当にそんなことはない。
ただちょっと、ほんの少しだけホッとしたの。
変な話だけど、お父さんが反対したって聴いて安心しちゃったのよ。
お父さんがちゃんと、今でも娘だと想ってくれてたってわかったから。
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