「――クリスマスは、どうするんだ? メカ丸」
「……なんダ。ヤブから棒ニ」
かしゃかしゃ鳴る足音をできる限り静かに、早足で通り抜けたというのに……。メカ丸は、嘆息を吐いて、嫌嫌と振り向く。無論表情には出ない。無視するのは流石に性格が悪いと思ったからだ。
京都校の廊下、巨躯にドレッドヘアの大男、東堂葵が壁にもたれかかっていた。妙なタイミングだ。どうやら待ち伏せらしい。いつかもこんな事あったな……とメカ丸は、当たりをつけ、想起する。
「俺は、高田ちゃんとデートだ……。デートコースの想定は済んでいる……」
アイドルとデート、ついに狂ったか……とメカ丸は、思い。
「ふっ、クリスマスデートライブ、全力で挑まねばな。清めのBDマラソン……滝行……ともあれ、気合を入れねば」
いや、元々か。メカ丸は、首を横に振った。自明だった。澄んだ瞳で決心を固める東堂は、すこぶるイカれてる。
「別に何もナイ。普段通りダ。用はそれだけカ?」
「明後日の25日。クリスマス会があったはずだが? どうなった」
「それぞれ用事があって中止ダ。三輪とかは、家族と過ごすと聞いていル」
「ほう、詳しいな」
「……偶然耳に入って来ただけダ」
スリープにしてたメカ丸に戻ると、偶然そんな話を三輪やその他がしてたのだ。
なんとなく気まずく出るに出れず、結局、全部聞いてしまった。どうやら弟達のプレゼントのために、働き詰めらしい。思い返してみれば確かに教室で見る回数も減り、疲れた様子が見えた。
……それを自分にどうしろというのだ。内心、メカ丸は、溜息混じりに呟いた。手伝うと西宮や禪院が言っても、いやいや~~と遠慮する三輪を説得する話力や会話に割って入る度胸をメカ丸は、持ち合わせていなかった。
「だから、中止ダ」
と踵を返したメカ丸の視界が切り替わる。窓の外、中庭を見渡すことになる。すぐに気づいた。東堂の仕業だ。先までメカ丸が居た場所には、東堂のたくましい背中がある。肩越しに、メカ丸へと視線を向け。
「よし。そこまで知っているなら話は、早いな」
「……ナンの話ダ?」
意味ありげに会話を続けるから、メカ丸は、渋々口を開いた。
「丁度さっき、三輪が受けることになった案件なんだが手が空いてるやつがいなくてな」
「…………」
こいつ……。メカ丸は、何を言わんとしているのか理解した。
「メカ丸。俺は、これからクリスマスライブまで精神統一に捧げる。だから手一杯だ」
「……他も居るだロ」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。どう見るかだ」
「おイ、なんだその誤魔化シ」
東堂があまりにも胡乱な言い草をするから、メカ丸は、思わずツッコミを入れてしまった。
「兎も角、加茂も留守。他もそれぞれ用事らしくてな」
「いけしゃあしゃあとまタ……。何より示し合わせたように留守ナものダ」
「ほう、三輪との任務は、不満か?」
「そういウ、わけではないガ……!」
不敵に唇を歪める東堂。メカ丸の方もまた表情が見えるか表情の再現機能辺りがあれば実に、絶妙で、味わい深い表情をしていただろう。
「なにより準二級が相手でな。場所は、市内外れの山中。元々俺宛の仕事を三輪に譲ってな。一人だと等級に難があるから、二級以上をつけろって話だ。今丁度、暇人をそこに見つけた」
「……いや待テ、それお前宛の仕事――「高田ちゃんを蔑ろにしろって言ってんのか? あぁ?」……すまなイ」
あっという間に額へと青筋を漲らせた東堂を見、退路が無いのを悟ったメカ丸は、降参とばかりに軽く肩を落とした。器用な感情表現だと東堂は、ふっと思った。
「分かっタ。俺が行こウ」
+++
別段、嫌なわけではない。もちろん、任務の事だ。東堂の言う通り、実際、大した用事はなかった。この体だからメカ丸は、自由に外を出歩けない。中身の幸吉自身もクリスマスだろうがなんだろうが関係ない。自室ですることも限られている。
三輪とバディを組むのも別段。ただ、あまり一緒に任務をすることはない。手の内――メカ丸の武装やシン・陰流について――は、互いにある程度明かしている。
しかし、一つ、問題があった。メカ丸の個人的なもので、三輪には、何も問題はない。関係はあるが。それこそ、メカ丸が彼女との任務を渋った理由なのだが……詳しくは、センシティブなので割愛する。
ただ、言えることとすれば――それは、メカ丸にとってとても大事なことで、なにより代えがたい感情が主な原因で。丁寧に描く、メカ丸の理想の未来設計に関わること。
きっとただこうして、文字にするだけでは、伝わらない。
+++
『今回の呪霊案件。対象の等級は、準二級相当です』
『現場は、山中の洋館。所有者不明で、道路の拡張工事のため、強制撤去の予定でしたが呪霊が出現。いくらかの被害、作業員が怪我、機材トラブルに事故が発生しました。あまりに不自然、ありえない事故から、高専に一報が入り、調査。結果、呪霊案件として成立しました。どうやら以前から心霊スポットとして地元の若者の間で有名だったようです。資料精査により過去、実際に行方不明者をいくつか出していたことも判明しています。同時に、当時の資料から図面を発見しました。こちらも確認してください』
『え? 行方不明者は、見つかったかですか? いえ、死体も今の所は、発見されていません。当時も大規模な捜査が行われたわけではないみたいです』
『降雪予報は今の所ありませんが寒いですし、氷もあるので気をつけてくださいね。三輪さんは、特に。ご承知だとは思いますが、寒さで動けなくなったところを呪霊に襲われてはひとたまりもないです。慎重によろしくお願いします』
補助監督の言葉を思い返すメカ丸は、まったくもってその通りだと思った。場所は、京都市内外れの山中。目の前にある年代物の洋館、その内部に潜む呪霊が今回のターゲットだ。国道から少し歩いたところにあるこの洋館は、外装が剥がれ、色褪せ、草木を這わしている。放置されていた時間は、図って知れた。その洋館は、大きな門だったもの――すでに門のほとんどが破壊されている――を潜り、噴水のある前庭から洋館という風に構成されている。
その前庭に、メカ丸と三輪が今現在立っていた。庭には、真新しいフェンスや多数の機械、重機が設置されている。工事業者のものと見て、間違いない。
既に、民間人の退去は済んでいる。帳も降りている。
二人の仕事は、始まっていた。
「うー、言ってた通り、やっぱり寒いですねー」
両肩を抱いて、薄いマフラーに顔を埋めた三輪は、寒さに少し震えていた。クリスマスも近い12月の山間の寒さは、半端ではない。それに京都の冬は、厳しい。積雪予報は、無いと補助監督は言っていたが今にも雪が振りそうだった。山の天気は、変わりやすいともいう。
「……サッサと済ませよウ」
降られたら後が面倒だ。出られなくなる。遭難ほどではないし、メカ丸には、無問題だが三輪は、そうもいかない。寒さ暑さと無縁のメカ丸とは違うのだ。彼女は、メカ丸のように破壊されて、代わりがあるわけではない。普段よりも慎重にしなくては……メカ丸の思考は、三輪の安全にかなり割かれていた。
「ん、そうですね」
と既に、三輪は、腰の太刀を抑えている。薄でのグローブに覆われた手は、まだ鯉口を切っていない。彼女のシン・陰流は、抜刀術による全自動迎撃と圧倒的抜刀速度が売りだ。だから基本的に、太刀自体は、鞘に収められている。
「……何か居るナ」
突然、メカ丸が足を止めた。自然と三輪も足を止め――シン・陰流 簡易領域。
高速抜刀、銀閃が走る。三輪のほぼ反射的抜刀が何かを斬り裂いた。メカ丸が認識したのは、彼女が納刀した時だった。袖を捲くり上げ、同時に、右手を変形させる。腕を裂くように現れるのは、黒くひん曲がったブレード四本、指先もまた鋭く長いブレードを内側から露出させる。
「なんダ!?」
「
驚愕の声を上げたメカ丸と眉尻を上げ、眉根を寄せた三輪、二人は、即座に背中を向け合い、死角を減らすと視線を走らせた。並べられた機械や重機、まとめられた廃棄物。アスファルトを食い破った雑草達。周囲は、先と変わらない。しかし、何かの視線がここに増えているのは、二人も気づいていた。
「軽かったです」刃の裂いたものを思い出しながら三輪は、口を動かす「乗せられた殺意に反して、手応えは軽い。呪霊そのものではないと思います。武器や何か再生可能な一部、そういうものだと思います」
「なるほドナ……」
納得しつつメカ丸は、周囲を見渡す。対敵は、見えない。視覚に働きかけるのか、単純にここに居ないのか。残穢も散見している。あまり当てにはならなそうだ。
「何か検討つきますか?」
「…………」
メカ丸は、答えられない。現状、取っ掛かりが掴めていない。周囲の呪いの気配に、殺意と高まる一方だ。何かしら答えを見出さない限り、勝ち目がない。
「本当に、二級です? これ」
めちゃくちゃ同意だった。ただ同意していても話は進まないので、メカ丸は、「憶測だが」と前置いた。
「今までが大したこと無いだけだっタ、のかもしれないナ。加減をしてたのか。脅威に感じる相手が来なかったのカ……。どちらにせよ牙を隠していたに違いなイ」
「むぅ……姑息です」
「まあ、呪いだからナ。こういうのもあるだロ」
「そうですけどー!」抜刀「っと、油断も隙もないですね」納刀――空の何かを三輪が断ち切る。
「明確に隙を突いてきたナ。どうだ?」
「さっきよりは、重いですね。ちゃんと殺しに来てる……――」ふっと視界が下向いて、「あれ、これ……」
「……フム」
二人ともが同じ場所を見つめた。ひび割れと雑草が見え隠れするコンクリート。なんの変哲もないそこ。ぽっかりとコンクリートに穴が空いている。直径二センチほど。ぱっと見で、底は見えないから相当に深いだろう。
「こんな穴、ありましたっけ」
「なかったはずダ」
メカ丸は、また別の方へと視線を向ける。似たような穴、大小いくつか地面にあった。偶然、奇しくも残穢が濃い場所に重なるように――いいや、偶然なわけがない。
「下だナ」
「下ですね」
ということだ。呪霊は、彼らの足元、地面の中にいる。地面そのものか地面の中にいるのか。それは定かではないが。
「すると私、役立たずですねー。うー情けないです」
「そんなことはなイ。今、拮抗できているのは、三輪のお陰ダ。三輪が居たるから相手も様子見をしてきていル」
「え、あぁ、うん、ありがと。あはは……なんか照れくさいですね」
三輪の方に視線を向けたい衝動を堪えてメカ丸は、意識を下に向け直した。
「術を届かせることはできル。だが……」
「それで祓えるか、ですね」
「呪力的には、問題なイ。どちらかというとメカ丸の放熱や砲身の負担が問題ダ。この辺を考えるとやらたら滅多ら撃てないイ。それニ、この下に本体が本当にあるかも気がかりダ」
「確かに」油断のなく視線を走らせ、「地面から攻撃仕掛けてきてるだけで、実際、居るとは限りませんからね――っとぉ!」
「チッ……!」
次は、メカ丸も防いだ。右手を振るって叩き落とし、三輪の手元で、目にも留まらぬ銀光が閃いた。メカ丸としては、中々頑張った反応だった。早く、何より重い。三輪も険しい表情だ。速度こそ間に合っても威力が上昇しつつある現在、腕力で劣る三輪が拮抗できなくなるのも近い。
「土、カ」
右の刃に付着した細かな欠片を見て、メカ丸は、土塊を撃ってきていたのに気づく。しかし、これもまた本体には、繋がらない。
「見定めている余裕もあまり無イナ」
左掌から砲身が出現する。
「……一回、引っくり返して見るカ?」
などと、思った矢先の事だった――浮遊感が二人を包み込んだ。
「は?」
「へ?」
間抜けな声を思い思いに上げ、気づく。
「へ、ええ!? なんで!?!!?!?!」
「これハ……!?」
メカ丸、三輪。二人の足元が何の予兆もなく消失した。ぽかりと口を開けた底なしへ、重力が二人を叩き落とす。逃れる術はなかった。
+++
「痛てて……」と三輪は、立ち上がって、打ちつけた尻を擦ると「どこです? ここ……」周囲を見渡し、呟いた。
「見たところ、どこかの洋館といったところカ……」
気づけば見覚えのない玄関ホールに、メカ丸と三輪は、居た。光源が壁に等間隔で並べられたランプのみで、やや薄暗いが周囲の様子を把握する分には問題なかった。床は、暗色の板張り。壁は、白く。埃や塵、染みの一つとして見当たらない。手入れが行き届いている。二人の正面には、大きな階段。途中の踊り場で左右に別れている。奥には、観音開きの扉が見えた。後ろを振り向けば、これまた頑丈そうで立派な扉が一つ。
「多分、ここ玄関ホールですよね? なら」三輪は、背後の扉に近づき「……ドアノブ無いですね」
振り向くと困ったような表情の三輪は、メカ丸に、そう言うから同じく扉に近づき、
「三輪、のいてくレ」
「あ、はい!」
三輪と場所を入れ替わったと共に、
「ふむ……」突き出たブレードを格納し、「駄目カ」メカ丸は、呟いた。
「うっそぉ……」
目を丸くした三輪の視線先にある扉は、無傷だった。古めかしい扉だからいくつか古い傷があっても、新たな傷は、一つとして見当たらない。メカ丸は、自身の精査をかけた。問題はない。屋敷に入ってからも呪力による操作は、機能不全を起こしていない。大して使用していないから、切れ味も落ちているはずもない。とすれば通常の物質ではないな。メカ丸は、そう当たりをつけたと同時に、ここがどんな空間なのかも理解した。
「メカ丸で、無傷ってなると私じゃあ無理だなぁ……」
眉根にシワを寄せ、むむぅ……っと三輪は、腕を組み、扉から再び玄関ホールを見渡してから気づく。
「って、ここあれじゃないです? 私、この間取りさっき見たのじゃ」
「ああ、俺もそう思ってたところダ」メカ丸は、同意の首肯「ここは、あの洋館だナ」
任務前に確認した図面とこの玄関ホールの間取りは、そっくりだった。恐らく、二人の推測に間違いはないだろう。何よりこの洋館が元々の目標だったのだ。無関係な場所が現れるのは、考えづらい。
「領域展開では、なさそうですね。生得領域でしょうか、これ」
「だろうナ。領域自体は、強固だが術式の付与がされていなイ。未完成だナ」
「でもこれ、二級じゃないですよね……」
「準一級に格上げだナ。一級かもしれん。報酬上げてもらわないと割に合わないなこれハ」
「あ、ですよね! えへへ、これで二人分のSwitchが買えます!」
「Switch……ああ、クリスマスプレゼントカ」
「です! です! 生活費を抜いて、もうちょっとってところだったんです! これは頑張らないと……! よーし、がーんーばーるーぞー!」
「……ああ、そうだナ」
「ところで、どうしてクリスマスって分かったんです?」
「――時期的に、それだと思っただけダ。合ってたナ」
よし、上手い言い訳ダ……! メカ丸は、内心自画自賛した。盗み聞きしたというのは、対面的に言いづらかったのだ。
「あっ、確かにそうですよね。この時期ですしね」安心したように息を吐き、「なにか気を使わせちゃったのかと思いました」
ちょっとメカ丸は、ギクリとした。もちろん、気を使ってるつもりはない。三輪が自身の力でしたいと言っている事だ。邪魔するのは、彼女の意志に反するし、決意を無為にする。だがまあ、一応聞いてしまっている以上、メカ丸としては、ちょっとばかり手心を加えたくなる。良い格好をしたくなる。
「真依ちゃんと桃さんも手伝ってくれるって言ってたんですけどね……。でも自分でやりたかったんです」
「どうして、ダ?」
「頼っちゃうじゃないですか。私、強くならなきゃいけないのに。皆に頼ってばっかりだと前に進めなくなっちゃいます。」
自嘲気味に、三輪は、笑う。強くなりたい、か。メカ丸は、複雑に思う。呪術師は、才能社会だ。呪術の家系で無いというのに、呪術を習得している三輪は、どちらかといえば才能がある方だ。血統が優秀でもまともに呪術を与えられない人間も存在している。この世界は、不平等だ。メカ丸も強くそう感じている。
「東京の一年生の子とか凄いですよね。伏黒くんに虎杖くん。野薔薇ちゃん。皆、格上に物ともしなくて、特に虎杖くんとか東堂さんと一緒に、特級と戦ってて……。私なんて……交流戦でなんの役にも立てませんでした」
「俺だって、一回戦は、パンダに負けた上、二回戦も出れなかったしで、散々ダ」
「でもメカ丸は、ちゃんと戦ってのことでの負傷なわけですし……」
「貢献できなかったのは変わらン。だから、その、なんダ……」
「?」
「あんまり、気にするナ」
メカ丸の表情は、変わらない。ただふっと三輪に向けていた目を横にふっと逸した。ちらっと見ると三輪は、ぽかんとしていて。
「……ふふ」
くすりと唇を緩めると笑みを零した。メカ丸は、思わず見惚れてしまう。我に返り、また目を逸らす。傍目から見ればバレバレだし、むしろ、逸らす行動自体が余計なのだが当人は、気づかない。
「なんダ」
「ありがとうございます。メカ丸。元気出ました」
ぶっきらぼうに聞いてしまって、メカ丸は、瞬時に後悔した。が返ってきた言葉に、まごついてしまって、沈黙。
「…………そうカ。それは、よかったナ」
「はいっ」
ようやく出たのは、益体もなくて。頭を掻きむしりたくなったけれどメカ丸は、必死に堪えた。
「とりあえず、行くカ」
「呪霊の居場所、分かります?」
「大体、見当はついタ。さっさと終わりにしよウ」後ろについたのは、「暗いのは、好きじゃなイ」本音だ。
暗い場所が、暗い場所にしかいれない自身がメカ丸は、嫌いだ。
「ですね。私もです」
三輪の同意がメカ丸には、少し心地良かった――彼の未来設計図に穏やかな陽の光が差す。
「ちなみに、見当って?」
「そこの扉」メカ丸が指差したのは、階段の横にひっそりとある古ぼけた扉。「あれは、見取り図になかっタ」
「引きずり込んで、それなりに経つのに未だ攻撃がないのは、領域の未完成のせいだろウ。恐らくあの先に呪霊が居て、術式が定着した領域になってルはずダ」
「なるほど。虎穴に入らずんば虎子を得ずですか」
「まあ、そういう事だナ」
「……それ、入っちゃうとまずいですよね?」
「そうだナ」肯定「だから――」
この闇を打ち払うための一手、
「派手に、ヤル!!」
――三重大祓砲《アルティメットキャノン》!!
放たれた閃光は、闇を溶かし、道を作った。領域に大きく開けられた風穴の終点、本棚で埋め尽くされた書斎、中央のデスクに腰掛けた呪霊の姿。それこそがこの領域の中心だ。目視した同時に、三輪の健脚唸って、後ろ髪を靡かせながら眼前へとあっという間に到達する。呪霊もまた反応。だが――。
「シン・陰流『簡易領域』」
領域に空白が生まれ、呪霊の呪いは届かず――刃鳴り、散った。残心、納刀。斬り刻まれた呪霊がばらりばらりと床に散らばったと同時、世界を覆う闇が、洋館が崩れていく。
「やっと、この息苦しさからもおさらばだナ」
メカ丸は、呟き、溜息をついた。
+++
京都府立、呪術高等専門学校。二年教室。
「ん~~! やっと終わりました~~」
ぐぐっと体を伸ばした三輪は、ばたんとデスクに倒れ込んだ。デスクに乗っていたノートパソコンも三輪の胸に押され、パタンと閉じた。じたばたじたばたと机の下で、揺れた。
あの任務の報告書を三輪は、作成していた。メカ丸の放った三重大祓砲《アルティメットキャノン》が領域をこじ開け、露出した呪霊本体を三輪の簡易領域で、呪霊の領域を無効、抜刀で真っ二つ。同時に領域も解除され、無事完了。という旨を報告書に記載していた。
「お疲れ様ダ」
缶底がデスクをかつんと鳴らす。プリントされているのは、ロイヤルミルクティーの文字。
「メカ丸、ありがとうございます!」
突っ伏した顔を三輪が持ち上げるといつもの通りのメカ丸の顔があった。にこにこと三輪が笑うからまたまたメカ丸は、目を逸した。といってもメカ丸の顔に表情の変化は無いので、三輪は、気づかなかっただろう。
「あ、お金お金」
「いイ。奢りダ」
「えへへ。じゃあ、ありがたく頂きますね。って、熱っ!」
「ホットダ。気をつけろヨ」
「もうかなり寒いですしねー。あちち」プルタブを引いて、三輪は、ずずっと啜り「クリスマスも終わって、今年の高専の授業も終わりましたし、もう年末ですね」
「ああ」窓の方に寄って「長くも短い一年だっタ」外に視線を向けたメカ丸は、ぼそりと呟いた。
あの時の判断が正しかったのを、呪霊、呪詛師達の甘い誘惑に乗らなくて良かったとメカ丸は、心底思った。こうして、穏やかに会話できるのもあの誘いに乗らなかったお陰だ。自身の判断が間違っていなかったのを彼は、再確認した。
「あっ、メカ丸」
「なんだ?」
呼ばれ、振り向くとにこにこと笑う三輪が居た。怪訝となるメカ丸へ後ろ手に隠していたものを差し出して。
「はい、クリスマスプレゼントです!」
「……俺にカ?」
「教室に、メカ丸と私以外居ないじゃないですかー。ふふ、メカ丸が冗談だなんて珍しいですね」
いや、そういうわけでは無いんダ。何故俺に……?と発しようとしたのを口元で止め、
「それもそうだナ。三輪、ありがとウ」
差し出されたクリスマス仕様の包装を受け取って、「開けてみてください」なんて三輪に促されたからメカ丸は、大人しくぴりっと口を止めてあったシールを剥がした。
「これハ……」ちゃらりと細い鎖が擦れて「キーホルダー、か」
以前、三輪に、メカ丸は、カプセルトイのキーホルダーを貰った事があった。その時のものは、メカ丸の元になった与 幸吉の抱いたかつての憧憬で。しかし、今、メカ丸の手の中にあるのは、
「
手のひらサイズの縫いぐるみ。灰色のボディに黄色のカメラアイ。特徴を捉えていて、よく出来ているとメカ丸は、思った。
「手作りです。折角なので、作ってみたんです。凄く難しくて、あんまり上手く出来てないんですけど……」
「そんな事はない」首を横に振って、否定し、「ありがとウ、三輪。とても嬉しイ。大切にすル」
自然と出た言葉だった。感謝と嬉しさと感情が瞬く間に込み上げて、今すぐにでも言葉にしないと行けない気がした。そう思った時、既に、メカ丸は、伝えていた。顔がとても熱かった。
「えへへ。なんか照れますね」
「三輪、俺からモ、あるんダ」
「え……プレゼントです?」
「ああ、これダ」
傍のデスク、加茂が普段使っているデスクの上に、置いておいた茶色の紙袋をメカ丸は、そっと三輪に差し出した。
「気に入ってもらえるといいんだガ……」
正直、メカ丸は、自信がない。だが気持ちは込めた。喜んでもらえるだろうか。紙袋を開いて、中身を取り出した三輪の表情に、メカ丸は、杞憂だったと安堵した。
「わっ! マフラー!」
ふわりと三輪の両腕にまたがるのは、手編みのマフラー。カラーは、赤。長く大きく厚手だ。
「女子ガどういうものを好むカ、分からなくてナ。この間の任務中、寒そうだったから俺も作ってみタ」
あのアドバイス、役に立ったな。メカ丸の脳裏に、サムズアップするパンダの姿が浮かぶ。人間の事をよく見てるだけは、あるナ。と少し評価を改めるメカ丸だった。
「とっても嬉しいです! ありがとうございます、メカ丸!」
「気に入ってもらえて、嬉しイ」
よかった。本当によかった。安堵が埋め尽くした。メカ丸の向こう側で、幸吉は、天井を仰いだ。今だけ、この体に、メカ丸であることに感謝した。面と向かって、こんな事は言える気がしなかった。
とその時、ぱたぱたっと駆ける音とがらがらっと窓を開く音がして、幸吉は、メカ丸に意識を戻した。ぶわっと冷気をはらんだ風が吹き込んできて、カーテンを巻き上げる。どうしたのだろうとメカ丸は、開いた窓の前に立つ三輪を見た。彼女とメカ丸の間を、小さく白く、ふわりとしたものが横切った――雪だ。
「メカ丸っ、雪ですよ!」
「この前も積もってたロ」
「それとこれは、違うんですっ」
きゃっきゃと興奮する三輪と教室に流れ込む冷気、舞う雪。いつか一緒に、この冬を味わいたい。メカ丸の未来設計図に、雪の冷たさが描かれた。
「メカ丸!」
「なんダ、三輪」
今日は、よく呼んでもらえる日だと呼ばれる度、胸にじんわりと広がる温かさを噛み締めて、メカ丸は、返事をする。
「メリークリスマス、です!」
「……ああ、メリークリスマス」
寒さに頬を赤くし、笑う彼女が愛おしい。メカ丸は、意志より早く、何より早く、今、この感情を伝えたいと口を開いて。
+++
――刹那、世界が切り替わった。
火花の散る全天周囲モニター。吹き込む外気。雪の姿は無くとも、秋を感じさせる冷たい風。柔らかな肌を撫でる慣れない冷ややかな感触は、あまりにも近くて遠い。
それはきっと眼前迫る濃密な死、人の形をした呪いが生きることを諦めろと嗤うから。
……ああ、なんだ。メカ丸こと、与 幸吉は、状況を即座に理解した。
「全部、夢か」
辿り着く事無く、あるはずもない未来。
唇を苦く歪め、虚しさに歯を食いしばる幸吉へと伸ばされた両の掌は、もたらす結果を予感させないほど、優しく幸吉の頬を挟んだ。
直後、残酷無比に、命を壊す音がコックピットの隅々まで響いて、書き込み続けた未来予想図は、彼諸共砕け散った。
邯鄲の夢