銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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CV1周年記念:鉄脚の吸血鬼
鉄脚の吸血鬼


アウロラ・バレンティーノは深くため息をついた。

選択肢も考える時間もなく、人類が生き残るために手を付けることになった今の仕事は、常に山となって増えることはあっても減ることは無い。

疲れは慢性的に体の芯にたまっていたが、己の背負う責任と使命を思い奮い立たせる。

残り一部屋で午前の仕事は終わりだ。

そしたら、少し仮眠を取ろう。

アウロラ以上の働き者の友人は、自分のことを棚に上げてアウロラの身を案じている。

そんな友人を思い出し、思わず苦笑した。

仮眠を取ったら、あの子にちゃんと休むよう強く言ってやるんだから。

アウロラは顔を上げ、最後の部屋の扉に手をかけた。

 

世界の全てを変えたあの災厄、今では大崩壊と呼ばれるようになった事象から三ヶ月近くが経過していた。

大崩壊が起こってから程なくして、地上を蹂躙するバケモノと対抗するため、研究中だったBOR寄生体を死亡した人間の心臓に埋め込み、新たな戦士を作る試みは今も続いている。

目覚めた彼らは、超人的な力と魔法のような不思議な力を持ち、バケモノと対抗しうる人類の切り札となるはずだった。

しかし、彼らは例外なく人の血を渇望し、その渇望が満たされなければ最後、暴走してバケモノと同じものに成り果てる致命的な欠陥があったのだ。

誰が最初にそう呼んだのか。

そんな彼らのことを、いつしか『吸血鬼(レヴナント)』と呼ぶようになっていた。

 

アウロラの仕事の一つに被験者たちの回診があった。

最近判明したが、BOR寄生体を埋め込まれてもその目覚めには個体差がある。

なので、いつ目覚めても血の乾きに暴走することのないよう、眠りについている彼らの輸血や薬剤のチェックを欠かさず行っていた。

アウロラは、なんとはなしにベッドで眠りについている綺麗な顔をした少女を見つめる。

端末の情報では、十代後半の極東育ちの学生らしい。

大崩壊から数日後、バケモノに食われず路上に放置されていた少女の遺体を回収。

規定に基づき保管されていたが、心臓への損傷が軽微だったことから寄生体を埋め込んだと記録にある。

未だ目覚めぬこの少女は、今どんな夢を見ているのだろう。

せめて眠りについている間は、良い夢を見ているといいのだが。

アウロラは再びため息をつき、一通りの回診を終えて部屋を出た。

 

目覚めて活動を開始し、被験者として研究に関わる吸血鬼の体調管理や経過観察も、アウロラの大切な仕事だった。

彼らは目覚めた際、生前の記憶の大きく欠損していることが多い。

それが原因で精神のバランスを大きく崩すものもおり、精神衛生の課題も現時点では解決しきれていなかった。

目覚めた吸血鬼は、人の心を持っている。

そんな彼らを見捨てることはアウロラには当然できなかった。

改善のために手を尽くすことが使命だと信じ、友人の研究者と共に日々の研究に取り組んでいた。

しかし、アウロラの上司であるミドウは、そんな彼らに対して極めて冷淡だった。

進化についていけぬ足手まとい、劣等とまで言い切り、切り捨てようとしたのだ。

そんな血も涙もない言動に、彼に反発する研究者も当然現れ、ここ最近の施設内は嫌な意味で緊張感を漂わせるようになっていた。

歩きながら、顔にかかった髪を煩わしげにかきあげる。

アウロラの友人カレンをはじめとした研究者たちの多くは、人類のため、吸血鬼のためにと日々懸命に働いているのだ。

研究者同士で諍いあっている場合ではないのに。

だが、人が集えば諍いが起きるのは世の習わしか。

人の体は日々新陳代謝で変わっていくというのに、その心は中々変われないものらしい。

ままならないわね。

アウロラは皮肉げに口を歪めた。

 

その時、轟音と共に施設が一瞬揺らいだ。

体勢を崩したものの、壁に手を付きどうにか踏みとどまったアウロラは、音のした方に目を向ける。

大崩壊の余震か、はたまたあの巨大な棘が生えたのか。

最近は小康状態になったと聞いていたが──。

続いて施設内に警報が鳴り響いた。

それを皮切りに、アウロラは廊下を駆け出す。

音のした方角のフロアには、実験設備を備えた部屋の他にも、眠ったままの吸血鬼が安置された部屋もあった。

彼らに万が一のことがあれば、取り返しのつかないことになる。

状況を確認しなくては。

避難を始める研究者や吸血鬼たちを押しのけ、人の流れに逆らうように進み続けると埃の混じった風を感じた。

外気が流れ込んでいる?

その事態に、アウロラの脳裏に最悪の状況が閃いた。

目覚めた吸血鬼が脱走したら!

そして人の壁の向こう側が見え、思わず絶句した。

外に面した壁は全壊、天井も床も半ば崩壊して上下の部屋が見えている。

別の部屋の貴重な実験機材も物言わぬ残骸と化していた。

そして、明るく乾いた空と透明な日差しに照らされた外を背景に、辛うじて残っていた床には、我らが薄毛の上司が尻もちをついている。

その視線の先には、目を煌々と赤く灯らせる検査着を着た人、否、吸血鬼がいた。

とにかく前に進もうとして、しかし、迷彩柄の服を着た男に止められた。

 

「これ以上はいけない、危険です! 下がって!」

 

軍に所属する警備兵に止められるが、アウロラは声をはりあげた。

 

「私はここの管理責任者の一人です。責任者として、現場と被験者の確認する義務があります。通して下さい!」

 

そうしてネームプレートを示すが、警備兵は首を縦にふらなかった。

 

「吸血鬼が暴走している可能性が高い。というか、あれは確実に暴走している。ここは応援を待って」

「おいそこの! 誰が暴走しているだごらあっ!! 名前と所属言えやあ!!」

 

こちらに向かって赤く目を輝かせ大音声で吼える吸血鬼に、警備兵もアウロラも、周囲の人々も一斉に身を竦めた。

その吸血鬼と言えば、短い髪をバリバリとかきながら不機嫌そうに周囲を見やる。

 

「ったく、不愉快極まりねえ夢で目が覚めたらこれで、俺だってわけわかんねえってえのによ」

 

浅黒く彫りの深い髭面をしかめ、この地の共通語ではない言葉をぶつくさと口にしている。

誰もがあまりの衝撃で動けない中、いち早く立ち直ったのはアウロラだった。

手持ちの端末を操作し、男の情報を確認する。

そして、怯んでいる警備兵の隙をついて前に進み出ると、背を伸ばし、目に力を込め、吸血鬼を見据えた。

 

「ハーシム・カーン・ジンナーさんですね」

「ああそうだよ。ミズ・シアクリフ」

 

ハーシムなる男は腰に手をあて、泰然とアウロラの視線を受け止めた。

セクハラ紛いの呼び掛けに腹は立ったが、こんなものは軽いジャブ、男の生前の職業でいうなら威力偵察といったところか。

彼女は受け流し、名乗りを上げた。

 

「私の名前はアウロラ・バレンティーノ。この施設の研究員です」

「管理責任者じゃねえのか、プロフェッソーレ・モンテ・チェルビーノ」

 

立て続けのふざけた呼び掛けに、顔がひきつるのを感じたが、彼女は持ち前の理性でそれを押さえ込んだ。

向こうのリズムに乗ってやる義理はない。

 

「幾つかお聞かせください。貴方は夢を見たと仰いましたが、どんな夢か覚えてらっしゃいますか?」

「ああ、しっかり覚えてんぜえ」

 

そう言うハーシムの声と表情は、凶悪と呼んで差し障りない剣呑極まりないものだった。

 

「よりにもよって俺の嫁と息子の姿で、俺んとこの習慣を侮辱しやがった。口に出すのもおぞましい! ふざけんな、あのクソがっ!!」

 

ハーシムが感情に任せて右足を踏み鳴らすと、爆ぜるような音ともに辛うじて残る床が凹み亀裂が走った。

周囲が再び息を飲む中、アウロラはこの男の身に何が起こったのかを悟った。

寄生体を埋め込まれた被験者は、目覚めの際にある夢を見る。

生前の記憶とともに忘れてしまうことがほとんどのようだが、夢を覚えている人々は口を揃えて言うのだ。

大いなる意志の声を聞いたと。

それは、BOR寄生体の声ではないのか。

多くの研究者は、たかが夢の話、投薬の副作用による幻聴だと片付けてしまっていたが、アウロラは捨て置かずにいた。

それが、未だ謎多きBOR寄生体の生態解明に繋がると予感して。

そして、ハーシムの身に宿っている寄生体は彼の発言から察するに、共存するはずが関係を断絶するレベルのマナー違反を犯したのだろう。

文化と習慣の差異による軋轢が、こんなところでも起こるとは。

苦々しく思いながら、アウロラはさらにたずねた。

 

「それで貴方は何をしたんですか?」

「そのクソに蹴りをくれてやった」

 

子どものように鼻を鳴らしてハーシムは言った。

 

「確実に潰したが生きてる気配を感じる。しぶてえ野郎だ。だが次に会ったら必ず殺す。必ずな」

 

夢の話だというのに、再び目を光らせ凶悪な表情で唸る男の姿に、周囲の人々は揃ってドン引きをした。

そんな中、今まで身動ぎせずにいたアウロラの上司、ミドウが口を開いた。

 

「つまり君は、寝ぼけて錬血(れんけつ)を繰り出したということかね」

「あ? んなの知らねえよハゲ。起きたらこうなってたんだよ」

 

彼は否定するが、まあつまりは、そういうことなのだろう。

すると、ミドウは身を乗り出し、陽光で頭を光らせながら感極まったように叫んだ。

 

「スバらしい! 目覚める前からこれほどの破壊力のある錬血を習得し行使し得るとは、稀に見る逸材!」

「うるせえハゲ。俺は今、この色々と平たくてとんがった先生(プロフェッソーレ)と話してんだ。ちょっと黙っとけ」

 

冷たく言い捨て、ハーシムはアウロラに向き直った。

 

「で、先生は他に聞きたいことがあるんだろ?」

「ええ」

 

というより確認だった。

アウロラはその確認の言葉を口にした。

 

「貴方が今、口にしたいものは何ですか?」

「チャイ」

 

ハーシムは間髪入れずに答えたが、アウロラはその単語をとっさに理解できず聞き返す。

 

「チャイ?」

「おう。ミルクティーだよ。スパイス抜きの甘いやつ。喉乾いちゃってな」

「血ではないのかね」

 

めげずに口を挟むミドウに、ハーシムは心底嫌そうな表情を浮かべた。

 

「今はいらね。それがこれからの俺に必要なもんだと理解出来るけど、本当はんなもん口にしたくもねえわ」

 

人の血以外のものを要求したこともそうだが、この粗野な男が自分の身に起こったことを、冷静に把握出来ていることも驚きだった。

生前は優秀な幹部クラスの軍人だったことも関係しているのか。

言葉をなくすアウロラに、ハーシムは髭の生えた顎に手を当て、思案しながら喋り始めた。

 

「食いたいもんは、そうだな、コフタカレーかな。羊のやつ。や、待て。魚も捨て難えなあ、両方いけるか? 次点でプラオとケバブ。ビリヤニも食いてえけど、あれ作るの手間ぁかかるからなあ。俺のためだけに作ってもらうのも申し訳ねえしな。後はそこに塩多めのラッシーをつけてくれたら上等。でも今はそんな状況じゃねえってのもわかってる。だから、賞味期限切れのレーションでいいぞ。新鮮なのは人の兵士にくれてやってくれ。俺は腹強えから大丈夫だ」

 

立て板に水とばかりにペラペラとまくし立てるハーシムに、一同は呆気に取られ沈黙した。

 

「何だよ、このデタラメな吸血鬼」

 

呆然とつぶやく誰かの声は、当人を除いたこの場にいる全ての存在の思いだったに違いない。

 

「あ、そうだ、先生」

「……何かしら」

 

そのデタラメな吸血鬼は、腰に手をあて口を横に大きく引き、太く鋭い犬歯を見せて笑った。

 

「これ大事なことなんだが、俺の飯には豚肉とアルコールは抜きで頼む」

 

こうしてアウロラは、デタラメな吸血鬼の世にも物騒な吸血鬼デビューに立ち会うこととなった。

後にこの吸血鬼は、その破壊力抜群の右脚の錬血と、女王討伐戦の激戦地の一つとなった雪山で、部隊を率いて生還した実績から『鉄脚の中隊長』と呼ばれることになるのだが、そんな未来を知るものはこの場には当然いない。

さらに、この吸血鬼の目覚めが呼び水となったのか、彼のような雑食の吸血鬼が現れるようになった。

そして、彼らの雑食性がヒントとなったのかは不明だが『Q.U.E.E.N.計画』が立案される。

この計画は、この世界に希望と絶望を同時にもたらすことになるのだが、これもまた、今のアウロラたちには知る由もないことだった。

 

≪鉄脚の吸血鬼 完≫

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=68614

CV一周年、おめでとうございます。
楽しみにしていたこのゲーム、発売前に予約したものの発売前に突然の延期。
そして去年の本日、無事購入したものの、先に予約キャンセルしたと思い込んでいた商品も届いてしまい、懐に痛恨の一撃を与えた笑い話があったりします。

発売されて半年ほど、DLCも含めて何周かプレイし、トロコンもどうにかできました。
キャラクリの豊富さと、ブラッドコード、牙装、武器の組み合わせの楽しさ、バージョンアップで搭載されたフォトモード。
ゲーム本編もそれ以外も楽しませていただきました。
もちろん不満もありますが、私のようなポンコツプレイヤーにも手の出しやすい死にゲーであり、良いゲームだったと思っております。

ゲーム完成まで、そして完成後もより良い作品を作ろうとご尽力下さった制作チームの方々、ありがとうございます。
お疲れ様です。
関連するGEシリーズ同様、このゲームの続きがあるのか分かりませんし、もしかしたら全く別の、新たな物語の制作に携わっているのかもしれません。
いずれにしても、今後も皆が笑顔になり語り合えるゲームを作り続けていただければと思います。
制作に携わった全ての方々のご健康と、今後ますますのご活躍をお祈りしております。

そんなわけで、CV一周年を勝手に記念して、ノリと勢いと捏造満載のお話を書きました。
そもそもこの話は、次回から投稿するお話のエピローグにしようと思っていて、結果的に別にしたものです。
公式ではあまり触れられない大崩壊後から女王討伐戦前の時間帯で、ハナから元気いっぱいのオッサン吸血鬼を書こうと思っていました。
このオッサン吸血鬼の原型は私がゲームの攻略で主に使っていた男キャラで、創作には登場しない、ゲーム内で女王殺しのBCを持つ主人公になります。
誰得だ? と何回か思いましたが、せっかく書けたのだからと投稿した次第です。
こんな主人公もいたかもねーと生暖かく思っていただければ幸いです。

多くは語りません。
次回以降のお話で、またお会いしましょう。
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