銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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XT 1:鷹の山別れ
鷹の山別れ プロローグ


その日、森山寧々(ねね)とその家族は、夏休みを利用して海外の山に住む祖父母の家へ向かっていた。

父方の祖母が、長引く体調不良から気弱になり、孫たちに一目会いたいと望んだからである。

その話聞いた森山家の反応は様々だった。

祖母のことは好きだが大学受験を控える寧々は迷い、娘の将来と受験を心配する母の美咲も戸惑った。

海外旅行ができると無邪気に喜んだのは、好奇心と行動力の塊のような次男の(のぞむ)だ。

父の(わたる)は、実母の望みを極めて複雑な表情で聞き、そして長男の(いたる)は何故か表情をなくした。

結局、祖母の望みを叶えようということで話はまとまり、子どもたちが夏休みに入ってすぐ、祖父母の元へと向かったのである。

 

飛行機による長距離移動と時差のためか、それとも故郷とは違う道路事情のためか。

車を運転する父親の表情は始終固く、上の弟は酷い顔色で外気温三十度を超えているにも関わらず震え続けていた。

常ならぬ二人の様子に、母親と下の弟、そして寧々は面食らい、車内はこれから通夜にでも行くかのような沈鬱な雰囲気になっていた。

途中のレストエリアで見かねた母親が、様子のおかしい二人に話を聞き出そうとしたが、二人は一言だけ残して頑として口を割らなかった。

 

「後少しでわかるよ」

 

トイレを済ませ、車に戻ろうとした寧々と望だが、そんな三人の様子に立ち入れない何かを感じ、為す術もなく遠くから見守るしかなかった。

二人は互いの顔を見つめる。

 

「お父さんといたるん、大丈夫かな」

 

たずねる望に、寧々は眉を下げた。

 

「今、お母さんが様子見てくれてるけど、心配だね」

「うん。少し休んで、元気になってくれるといいな」

「そうだね」

 

と、犬の吠える声がして、二人は自然とそちらに目を移した。

施設の近くに生える大きな木の下で、真っ白な子犬が吠えている。

飼い主が懸命に宥めているが、子犬は吠えるのをやめる様子はない。

 

「子犬だ」

「うん。でもどうしたんだろ」

 

本来は賢く愛嬌のある顔立ちなのだろう。

それ歪ませ、歯をむき出しにし、前足を何度も上げて全力で吠える姿に、寧々と望は揃って眉をひそめた。

 

「ねいちゃん、あの犬、何か吠え方おかしい」

「ね。飼い主さんも戸惑ってるみたい。何か怯えて怖がっているみたいだけど」

「犬って耳いいじゃん。何か聞こえているのかな」

「かなあ」

 

強い日差しを手で遮りながら周囲を見渡すが、原因を見つけることは出来なかった。

しばらくして母に呼ばれた二人は車に戻り、車はレストエリアを離れて旅は再開した。

そうして昼頃には市街地を抜け、夕方には祖父母の住む山へと着くはずだった。

しかし数時間後、市街地に入った家族の車は、後に大崩壊と呼ばれる未曾有の大災害に襲われ、彼女と家族の旅は死という終わりを迎えた。

この時辛うじて生き延びた人々も、激変した環境とバケモノと呼ばれる存在によって無慈悲に淘汰され続ける。

ひと月も経たないうちに人類の多くが死に絶え、地球上のあらゆる生物と同じく絶滅の危機に瀕することとなった。

しかし、浅ましきかな。

一部の恥知らずな人類が、謎の寄生体を利用して死んだ人間を蘇らせ、バケモノと戦わせるという暴挙に及んだ。

死んだはずの彼女は、それに巻き込まれることになったのである。

 




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