銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

16 / 42
鷹の山別れ エピローグ

私と私の家族が死に、世界の全てが変わってしまったあの日から、五ヶ月ほどが経過していました。

私は吸血鬼(レヴナント)として蘇り、故郷から遠く離れたこの地で、この世界に蔓延り好き放題食べ放題しているバケモノと戦う兵士になりました。

私は、そのために蘇らせられたのです。

頼んだ覚えは全くなく、理不尽極まりない話。

しかし、仮にこのまま放り出されても、野垂れ死んで灰になるならまだしも、暴走して堕鬼(ロスト)になったらあんまりな結末です。

私は、親と学校、地域社会と国に守られていた、世間を知らない子どもです。

壊れたこの世界で一人で生きるにはあまりにも弱すぎることは本能的にわかっていて、だからこそ選択肢もほぼありませんでした。

導かれるまま、私は軍事組織へ就職したのです。

 

生前、故郷で学校の友達と話し、先生や両親と相談していた将来は、私の予想を遥かに越えすぎていました。

高校を卒業する間もなく世界が壊れて自分が死ぬこと自体が想定外だし、その上吸血鬼として蘇って就職先が軍事組織とは、まるで夢物語の中に入ってしまったかのようです。

本当に、夢物語だったら良かったのに。

就職後、兵士になるための訓練期間を終え、今は新しくできた友達や同僚や先輩、隊長に迷惑をかけながらバケモノと戦う日々を送っています。

でも、一つ気になることがありました。

 

『残念ながら君たちの選択肢は二つしかない。ここに留まりミドウ博士の言う進化の(きざはし)となるか。私の元でバケモノと戦う戦士となるか』

 

研究施設の大部屋にいた私たちに、今の私の上司──大隊長──が訪れ言ったのです。

 

『私は決して君たちの救い主ではない。私は彼とは違い、君たちを永劫の地獄へと導くものだ』

 

この言葉が胸に引っかかっていました。

でも意識してあまり気にしないようにしていました。

隊長の言うヒヨっ子の私は、まずはここで働くことで、この世界で独り立ちできる力を身につけよう。

それを目標に、今は頑張っています。

 

今日は、貴重な休暇です。

私は、休暇の度に通っている場所がありました。

元は地下街だった場所に店を連ねるアラブ系の市場(バザール)です。

懇意にしているお店があって、そこで買い物をしたあと、地上に出て大通りを進みました。

この辺りはバケモノの駆逐を完了したエリアであり、私と家族が死んだ終わりの場所です。

正確にはもう少し先なのですが、目の前には物々しいバリケードが張られていました。

ここから先は前線基地となっており、手続きなしでは進めません。

基地を含めた周辺は、片付けられぬまま放置された瓦礫やビルや施設、そして凶悪な光る巨大なタケノコ、審判の棘と呼ばれるそれが林立しています。

その合間を、見回りの兵士や物資を運ぶ人々が忙しそうに歩いていました。

最近やっと扱いに慣れてきた重い銃を担ぎ直し、私は視線を基地の向こうに移します。

午後の穏やかな空を見ようとしても、どうしても目に入ってくる審判の棘。

その自己主張の激しい姿と弟の命を無惨に奪った事実に、無力感と嫌悪を感じずにはいられません。

苦しいし辛いし、とても悲しいです。

私はにじんだ涙を拭い、家族が死んだ場所に向け手を合わせました。

お父さん、お母さん、至、望。

私、相変わらず隊長に怒られてばっかだよ。

でも友達もいるし、まだ頑張れそうだから頑張る。

必ず一人前になるからね。

だからみんな、どうか穏やかに安らかに。

そして、顔を上げました。

 

私のように、生前の記憶をしっかり残している吸血鬼は少ないそうです。

吸血鬼として目覚めた時に大きく損ない、死に戻るたびに次々と零していく記憶。

それは、吸血鬼の修正の効かない仕様です。

でも忘れることは、この苦しい世界で前進するために大切なことなのだと、施設のお医者さんが言ってました。

その大切さ、よくわかります。

辛い記憶を忘れてしまえば、過去のことだと割り切ってしまえば、それにとらわれることなく前に進みやすくなりますから。

今の私のように、終わりの場所に来てはいつまでもメソメソすることもなく、その時間をもっと前向きなことに使えるはずです。

未練がましい上に、駄々をこねる子どものように思えて止めようと思うのですが、辛くて寂しくて、結局ここに足を運んでしまいます。

お父さんとお母さんに怒られちゃうかな。

弟たちに呆れられちゃうかな。

またしても涙が出てきて、慌てて目を拭いました。

 

ふと、視線を感じ振り向けば、瓦礫の側に見慣れた人影がありました。

黒いくせっ毛の髪、黒い目、背は私より少し低いアラビアンな子ども。

休暇のたびに通っている市場のお店で、商売の勉強をしながら働く吸血鬼にして商人の卵です。

 

「マタルさん」

 

その浅黒い顔に浮かぶのは、いつもの不機嫌そうな仏頂面です。

なぜ彼がここに?

私は彼の側に駆け寄ります。

 

「こんな所までどうしたの?」

「ん」

 

彼は箱を突き出しました。

それは私がいつも買う食料を詰めた箱です。

私は戸惑い、彼の顔を見つめます。

 

「これ」

「お前の分。上司に頼まれた分だけ持って、自分の分置いてったんだよ」

「え」

 

記憶を辿ります。

普段はキラッキラの営業スマイルで、しかし私にはツンツン態度で接するこの商人の卵さん。

私は休暇のたびに彼から保存のきく食料品を箱買いしており、今日は私と同じように食事を摂る上司に頼まれて、おやつを箱買いしに来たのです。

上司に頼まれた分を、バックパックに入れたところは覚えてます。

そして、自分の分を入れようとしたところで、隣にいた商人さんに話しかけられて、それから……。

銃をすぐに、しかし丁寧に下ろし、瓦礫の上でバックパックを置いて中をすぐに確認しますが……ない!

私はうなだれました。

 

「本当だ」

「サーリヤ相手にデレデレしてっからだろ。ほら」

 

言葉にトゲを生やしつつ、彼はバックパックの上に箱を乗せました。

サーリヤとは、このトゲトゲ吸血鬼の先輩商人さんのこと。

浅黒い肌に背が高く、体格もしっかりとしていて、彫りの深い顔に青い目が印象的な アラブ系のイケメン吸血鬼です。

水煙草(シーシャ)を嗜む姿も様になり、話術も巧み。

お話するのが楽しい人ではありますがデレデレはしてません。

そういうつもり、全くありませんし。

なのでその態度にムッとしつつ、私はそれを受け取ります。

 

「デレデレしてないですー。でも持ってきてくれてありがとう。助かりました」

「どういたしまして」

 

私から視線を逸らして彼は言いました。

可愛くないです。

でも、そのツンツントゲトゲ態度が何となく上の弟を思い出させます。

容姿は全然違うんですけどね。

私はバックパックの中身を少し取り出し、自分の分の食料品を入れました。

 

「よくここがわかったね」

「人に聞きながら来た。お前目立つから」

「私目立つの?」

「目立つよ。バリバリのアジア系の女がそこそこの頻度で来てたら嫌でも覚える」

 

確かにそっか。

彼は私からさらに目を逸らし、ゴニョゴニョ何か言いましたが、小さな声だったので聞き取れませんでした。

 

「え? ゴメン、何?」

「独り言だから気にすんな」

 

目尻をつり上げ、冷たく言う彼に内心ため息をつきます。

嫌われているわけじゃないと思うけど、どうにも取り扱いが難しいです。

私はバケモノと戦う兵士で、万が一霧散した時は記憶を確実に無くします。

次に霧散した時に消えるのは、市場の存在や、そこで生活する彼や人々の記憶かもしれません。

だからせめて記憶のあるうちは、普通に世間話ができる程度に、もう少し穏やかな関係になりたいのですが、この調子だと無理かなー。

弟の時の経験から、諦めモードに入っていました。

バックパックに荷物を詰め終わり時計を見れば、門限までまだ時間は大分ありました。

でも、もうやることはありません。

 

「帰るのか?」

「うん。門限まで時間はあるけど用事は終わったしね」

「ふーん」

 

ずっとここにもいられません。

私は振り返り、再び基地の向こうへと目を向けます。

冷たく乾いた風が埃を乗せて吹き抜け、日が沈み始めた周囲はオレンジ色に染まり始めていました。

全てが黄金に変わったような風景は、いつかどこかで見た故郷の風景のよう。

暖かくて懐かしいのに、苦くて寂しくて、再び胸が詰まりました。

どれだけ拭っても振り払っても、付きまとってくる寂しさと悲しさに対処する方法を私は知りません。

と、バックが勝手に動く気配を感じて見れば、マタルさんが私のバックパックを手にしていました。

 

「マタルさん?」

「時間あるならお茶付き合えよ」

「え」

「奢ってやるから」

 

言って彼は、私のバックパックを肩に担ぎました。

問答無用の態度もそうですが、意外な申し出に驚きです。

 

「……メソメソションボリした姿見せられて、そのまま帰したら寝目覚め悪いしな」

 

彼はそっぽを向きながら言いました。

……ああ、べソかいてたの、見られてたんですね。

恥ずかしいな。

彼にはみっともない姿を見られてばかり。

だから、こんなにツンツンなんでしょうかね。

 

「ごめんね。みっともない姿見せちゃって」

「いいよ。ほら行くぞ」

 

促す彼に戸惑いましたが、常時ツンドラ気候の彼が気を遣ってくれたのが嬉しくて、私は自然と笑顔になりました。

我ながら単純です。

 

「ありがとう。お言葉に甘えます」

「銃忘れんなよ」

 

私は銃を担ぎ、もう一度終わりの場所に目を向けました。

ごめん、また来るね。

私は家族に呼びかけます。

いつかちゃんと一人で立ってみせるから、後少しだけ縋らせて。

 

「ネネ」

「うん。行くよ」

 

沈む太陽の光と熱が、私の背を優しく押しているように感じられました。

それに促されるように、私は先に待つマタルさんに駆け寄ったのでした。

 

≪鷹の山別れ 完≫

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。

この話は、主人公が第一世代の吸血鬼という前提で書かせてもらいました。
しかし、大崩壊前から大崩壊後、女王討伐戦までの経緯や時間経過の情報等は公式ではほぼ触れていません。
また、GEシリーズもそうですが、ここの制作チームの作るお話は、技術革新を含めて万事が非常にスピーディで早熟であり、もっと早くからスタートしている可能性もありますが情報がないため捏造しました。
この話での世界観や設定は、捏造が多分に含まれていることをご理解、ご容赦頂ければと思います。

今回のタイトル『鷹の山別れ』は、秋(厳密には初秋)の季語であり、鷹の巣立ちのことをいうそうです。
言葉の美しさと、何だかんだで家族や地域社会を拠り所としていた主人公が、大崩壊を機に半ば強制的にそこから巣立ちをすることになった姿に照らし合わせてみました。
この時点では未練がましく、親鳥の元をピヨピヨ鳴きながら飛び回っている状態ですが、時勢がそれを許さないのはご存知の通りです。

エピローグの時間は、大崩壊後からQ.U.E.E.N.計画が始まる前、若しくは始まって間もない頃としています。
その上で、CVをやった方ならご存知かと思いますが、今回のお話のエピローグは決して明るい未来に向かうものではなく、つかの間の秋晴れの一時です。
秋の長雨は今後も続き、雨が降るごとに気温は下がり、雨は雪となって本格的な冬を迎えることになります。
この間の話も書けたらと思いますが、予定は未定。
前回と今回の主人公の様子から、お察しいただけたらと思います。

再びこのシリーズは完結とさせて頂きますが、お話ができあがり投稿の目処が経ちましたら、活動報告とTwitterにてご連絡します。
また活動報告に、このお話の裏話的なものも書いていますのでご興味のある方はご覧になって頂ければと思います。

このシリーズにてまたお会い出来ることを願って、それではまた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告