三人の荷物の消毒をしながら、今日の夕飯のことを考えます。
三人ともアレルギーはないようで何よりですが、今回は人間の子どもがいます。
先程シーハンさんから聞いた話だと、ウィリアムさんたちの食事は高カロリーなレーションを主食に、錠剤で足りない栄養素を補っていたとのこと。
生野菜や果物は高価な上に、吸血鬼には必要のないものですから外に出回る数も少ないのです。
つまり、栄養のバランスはよろしくない、というか、明らかに腎臓にダメージをあたえる食生活だったようで。
あのむくみはその弊害です。
嘆かわしいことです。
これは雑食吸血鬼の名にかけて、少しでもウィリアムさんの心を満たす食事を用意しなくては。
何となく使命に燃える一方で、私の手持ちの食料品も決して種類が豊富な訳ではありません。
荷物を家に運びながら献立を考え、ふとリビングを覗き込めば、猫たちがソファの上でのんびり寛いでいました。
どうやら食休み中のようです。
猫たちの様子を確認し、再び作業に戻ります。
焚き火は薪ストーブに再利用。
最後にテーブルと椅子を片付けていると、背後から足音が聞こえました。
「ネーネ、案内してきたよ」
「お疲れ様です。フランチェスカは」
「見張りに置いてきた。ま、大丈夫だとは思うけどね」
言いながら、ベティさんも片付けの手伝いをしてくれました。
「これからどうすんの?」
「ひとまずウィリアムさんに食事を与えて、それから山の見回りをしようと思います。追っ手、来ている可能性もありますから」
テーブルを片付けながらベティさんに予定を話します。
「なら、私とフランがいた方がいいんじゃない? ……ここの脚ちょっと硬いね」
「折らないでくださいね。思い出の品なので」
「はいはい、わかってますよ。明日メンテしようか」
「そうですね。私が不在の間、あの三人だけ残すのはかなり不安なので、いて下さるなら助かります」
「人の、しかも口のきけない子どもがいるからね。喜んで協力させてもらうよ」
「ありがとうございます」
ベティさんは皮肉屋さんですが、基本は人と接することが好きな女性です。
というか、人と接していないと萎れてしまう性格。
加えて生前、二児の母にして学校の先生だったそうで、だからこそ、子どもが絡む件は積極的に係わる傾向にありました。
なので想定内のお返事です。
テーブルを家の脇に建てられている倉庫へ運び、椅子の片付けをしながら話を続けます。
「後は、ウィリアムさんの食事をどうしようかと。少しでもいいものを食べさせてやりたいと思っているのですが」
「いいものって言ったって、今は生鮮食料品はないでしょ」
「ないですね」
食料品が納品されて一週間ほどならともかく、さすがに三ヶ月ほど経過している現在では在庫はありません。
「せめて、彼の故郷がわかればヒントになるんですけど」
「ああそれ。あの子の故郷、ドイツっぽいよ」
「え?」
聞けば、道中でベティさんが何故この山に来たのかを三人にたずねたそうです。
すると、逃走中にここからさら進んだ先にある山を見かけ、しかもシーハンさんとウィリアムさんの故郷の山に少しだけ似ていたから隠れるついでに来てみたとのこと。
またしても、それを言う人が出てきましたか。
椅子を運ぶ私の横で、ベティさんが話し続けます。
「シーハンはミンリンカンリン? だったかな? で、ウィリアムはツークシュピッツェ。ドイツっぽいでしょ」
「なるほど」
言いながら、脳裏に二つの山が即座に浮かびました。
シーハンさんの故郷の山、大崩壊前は世界遺産にもなっていた
標高は約六千七百メートル。
登山史においては厳しい気候と地形、宗教と法律などの理由で人を決して寄せ付けなかった、人類未踏峰のひとつです。
対してウィリアムさんの故郷の山、ドイツの最高峰ツークシュピッツェの標高は三千メートル弱。
ケーブルカー、登山道、スキー用の道があり、一年を通してアウトドアスポーツが楽しめる観光地化した山です。
私は立ち止まり、今はガスと闇夜に隠れるかの山を見やります。
お二人の故郷の山は、在り方からして似ても似つかないものです。
それでも似ていると言わしめるこの山の不自然さ、異様さ。
この星は、何を思ってこんな山を作ったのでしょう。
「ネーネ、私一度家に戻るよ」
椅子を片付けたベティさんの声に我に返ります。
「フランのお泊まり道具を持ってこなきゃだし、シューゾーたちに留守番をお願いしなきゃだしね」
「わかりました」
ベティさんが軒先のヤドリギで家に戻り、私も家に戻ってキッチンに立ちます。
ウィリアムさんと私の食事は、ドイツ風に決定。
ドイツと言えばヴルストをはじめとした加工肉、乳製品が美味しいお国ですが、お肉や乳製品はありません。
もうそれだけで致命的なのですが、しかしドイツ料理には欠かせないジャガイモ、玉ねぎはあります。
そして、アレを使えば──。
『ネネ、すまん。アズキとモチゴメは相変わらずダメだった。でも今回はこれを手に入れたぞ。珍しいもんだってさ』
そう言って商人の彼が手渡したものは、小豆とは生まれも育ちも遠くかけ離れたパプリカパウダーでした。
彼は私の希望する小豆やもち米の代わりにと、珍しい食材や調味料持ってくるのですが、決して無駄ではなかったのです。
これがあれば、グラーシュっぽい野菜スープが作れます。
パンは一から作るので時間がかかるし、ザウアークラウトはキャベツの手持ちがない上に完成までにやっぱり時間がかかります。
作り置きしておけば良かった。
後悔は次回に活かすことにし、ジャガイモを水洗いしながらさらに献立を考えました。
ドイツの肉料理の付け合せについてくる、白くて滑らかな美貌に高カロリーという凶悪な牙を秘めた彼、マッシュポテト。
お子様大好き、そしてドイツでは病人食の定番と聞いたことがあります。
食感にバリエーションが欲しいので、カリッカリに焼いた肉抜きジャーマンポテトもつけましょう。
あとはドイツとは関係ないですが、ビネガーと粒マスタードであえたニンジンのサラダを添えて。
……ああ、予想していたとはいえポテト尽くしの布陣となってしまいました。
主力部隊の変幻自在なジャガイモに、脇を固める鉄板の玉ねぎや彩りのニンジン等の野菜、多彩な攻撃を可能とする調味料を武器にどこまで戦えるか。
相手がヴィーガンだったら一分もかからず攻め落とせそうですが、今宵の相手は人間のお子様です。
小麦粉のパンケーキで火力を補うとしても、肉や乳製品といった攻略を容易にする高火力部隊が不在。
さて、吉と出ますか凶と出ますか。
ふと顔をあげれば、いつの間にかカウンターにポイントさんがいました。
私の手元を見、そして私を見ます。
ポイントさんに見守られながら、私は料理の工程と段取りを頭の中で整理し、料理を作り始めました。
それから三十分後、ベティさんがお泊まり道具を持って戻り、そして一時間を過ぎたあたりで迎えに行ったベティさんと共に、ホカホカになった三名様と消毒を済ませたフランチェスカが家にやって来ました。
「あ、なんかいい匂いがするー。リアムのご飯かな」
「にゃーも」
「あっ! はあああああっ、マオミーだ! ね、リアム、マオミーだよ! マオミー!」
「クゥシン、湯冷めするから早く上がって」
営業部長が玄関でお出迎えをしたようです。
ベティさんが部屋の案内とこの拠点の説明をする間に、私は料理を完成させるべくラストスパートをかけます。
が、それを挫くかのように無線の呼び出し音が聞こえました。
おそらく相手はサーベラスです。
火を止め、再び尻尾を膨らませている営業部長と、敷物の上でくつろぐフランチェスカの横を素通りして、インカムを手にしました。
通信の相手は討伐戦時、不慣れな分隊長だった私を影日向に支えてくれた先輩、現在は分隊長になったアミロフさんです。
≪朗報だ。隊長が保護した子供の母親と仲間らしき人間を発見、保護した。今身元を確認している≫
「そうですか。それと、その呼び方は──」
≪失礼。昔のクセが出た。モリヤマ予備役軍曹≫
失礼と言いつつ、その口調に悪びれた様子は全くありませんでした。
良くも悪くも枯木寒巌。
彼をそう評する人がいました。
平時は物足りなく感じるかもしれない言動は、戦時下ではこの上なく頼もしく、私を支え続けてくれたのでした。
≪報告した内容と容姿と名前が一致しているから恐らくビンゴだ。衰弱はしているが意識はしっかりしている。安心するといい≫
良かった。
私は安堵しました。
シーハンさんたちが想定していた段取りとは逆になりましたが、これで人の安全は確保されたのです。
≪吸血鬼も取り押さえて事情聴取中。現時点で聞き出せた情報は、そちらに三名の吸血鬼が向かっているそうだ≫
彼の話では、追っ手の中には、耳の良い吸血鬼と鼻のきく吸血鬼がいること。
耳の良い吸血鬼がサーベラスの動きを察知して、ヤドリギを使わない可能性が高いこと。
鼻のきく吸血鬼が、シーハンさんたちの臭いをたどってきているだろうことを伝えました。
つまり、この時点ではまだ山に着いていないけど、この拠点にはたどり着くことは可能というわけです。
ベティさんの案内で、安全なルートを歩いてきちゃいましたからね。
≪リーヴァ小隊長の命令を伝える。囚人をヤドリギへ送れ。以上だ≫
「わかりました」
無線は切れ、インカムを外しました。
了解したものの、鼻と耳のきく吸血鬼相手とは、少々手強そうです。
もう一人の吸血鬼も気になりますし。
フランチェスカの力を借りるのは当然として、シーハンさんに三人の情報を聞き出す必要がありました。
でもまずは食事です。
ウィリアムさんをダイニングへ招き、用意した食事をテーブルの上に配置します。
「わあっ凄い! ホカホカご飯だ! 美味しそうだよ!」
呆然と料理を見つめるウィリアムさんの横で、クゥシンさんが歓声を上げました。
ベディさんも食卓に並んだ料理を見て、感心したような表情を浮かべました。
「あんた、頑張ったねえ」
「事前にベティさんから有力な情報を得られたお陰です。今宵はこの軍勢で総力をあげて戦います」
「……そう。なんかよく分からないけど、勝てるといいね」
そんなベティさんの後ろで、シーハンさんが食卓を見た途端、何故かうつむき体が傾きました。
お国の言葉で何かを呟いているようですが、聞こえない上に害はなさそうなのでそっとしておくことにしました。
「お口にあわなかったり、量が多いようなら残してもらっても構いません。ゆっくりよく噛んでお召し上がりください」
ウィリアムさんは頷き、ゆっくりスプーンを手にとると、湯気をたてるグラーシュっぽい野菜スープを口にしました。
さあ、主力兵器の効果やいかに。
咀嚼し飲み込んだその表情、目の輝きは、嘘偽りなく効果アリであることを告げていました。
「ねーリアム、美味しい?」
向かいに立ってたずねるクゥシンさんに、しっかり頷くウィリアムさん。
「ホント?! 良かったあ。いっぱい作ってあるからね。しっかり食べて元気になろうね」
「何であんたが作った風になってんのよ」
謎のショックから立ち直ったシーハンさんが、嬉しそうに笑う娘さんにツッコミます。
ウィリアムさんはゆっくりと、しかし確実に目の前の食事を平らげていきました。
私は内心で拳を握りしめます。
勝ちました。
我が軍の勝利です。
ですがこれは、今まで粗末な食事しか取れなかったことへの反動が最大の勝因だと思いました。
それは決して、喜ばしいことではないのです。
と、ウィリアムさんが手帳を取り出すと何かを書き始め、そしてクゥシンさんに見せました。
「ん? ……うん、そうだね」
クゥシンさんは眉を下げて頷きます。
そして、にっこり笑いました。
「大丈夫だよ。きっとシェルターで、マーマたちと暖かくて美味しいご飯、食べられるよ」
その言葉に、リアムさんは小さく笑って頷きました。
このタイミングで言うのもあれですが、私はアミロフさんの情報を共有することにしました。
「そのウィリアムさんのお母様たちですが、サーベラスに保護されたようです」
「えっ?!」
全員の視線が一斉に私に向けられました。
何かに気づいた様子のベティさんが口を開きます。
「ああ、さっきの無線か」
「はい。身元は確認中ですが、まず間違いないだろうと」
「あの、三人は無事なんですか」
真剣な表情でたずねるシーハンさんに私は頷きます。
「はい。衰弱はしているようですが、意識はしっかりしているそうです。恐らく今頃はシェルターの医療施設に運ばれているでしょう。ご安心くださいとのことです」
途端、三人の表情がここに来て初めて、心から安堵したものになりました。
「良かった。本当に良かった」
噛み締めるように言うシーハンさんと、涙ぐみ目をこするリアムさんを見たクゥシンさんは、二人に笑顔を向けました。
「マーマ、リアム、良かったね」
その笑顔は、労りと優しさに満ちた暖かい太陽のような笑顔でした。
しかし、問題はまだ残っています。
そしてこの問題は、私たちの力で解決すべきでしょう。
私はクゥシンさんに視線を移しました。
「クゥシンさん、あなたも召し上がりますか」
「えっ、でもこれリアムのだし、私は」
「パンケーキ、まだ残っているんです」
「パンケーキ」
クゥシンさんの目に迷いが見られました。
お子さんのみならず、年頃のお嬢さんや甘いもの好きの大人をも対象とする、極めて高い火力を持った部隊の一つ、パンケーキ。
しかし、卵も牛乳もバターもなく、フワフワのフカフカでもなければ、トッピングの援護射撃もままなりません。
綺麗なきつね色なだけの、平たく火力に乏しいパンケーキです。
おまけに相手は吸血鬼。
それでも、その効果は覿面であると私は信じています。
しかし、クゥシンさんは抵抗の意思を見せました。
「でも、やっぱりリアムに──」
援護射撃開始。
「今ならここにブルーベリージャムがつきます」
「はい! 食べますっ!」
攻略成功。
ジャムの援護射撃、効果は絶大でした。
甘くて美味しいですものね。
私も好きですよ。
「では、リアムさんと一緒に召し上がっていてください。シーハンさんはお話がありますのでリビングへ」
「わかりました」
「じゃ、私は紅茶を淹れるよ」
食いしん坊の茶トラさんがおこぼれを狙っている中、リアムさんとクゥシンさんは食事を始めました。
クゥシンさんは歓声をあげてパンケーキにパクつき、ウィリアムさんも表情を和らげて食事を進めています。
その姿に、私は確信を抱きます。
クゥシンさん、やはりウィリアムさんと一定の距離を保って行動しています。
乙女心がなす恥じらいか、別の理由か。
「ネーネ」
「今行きます」
私とベティさんとシーハンさん、ついでにポイントさんもリビングへ移動。
紅茶を飲みつつ、問題解決のための情報共有と相談を行いました。
私はシーハンさんに追っ手が来ていることと、その三人の特徴を伝えます。
シーハンさんは目線を下げました。
「そう、彼らが来ているのね」
「想定していましたか」
「ええ。あの三人がリアムたちを最初に見つけたから。特にカーティスの鼻は侮れない。犬並だよ」
言って、シーハンさん三人の詳細な特徴を語り始め、私はそれを頭に叩き込みます。
鼻がきく、耳が良い吸血鬼は事前に情報がありました。
しかし、新たに得た情報もありました。
鼻がきく吸血鬼の錬血タイプが冥血を必要としない
もう一人の吸血鬼が、遠距離からの錬血攻撃を得意としているとのことです。
「耳が良いというより、振動センサに近い感じかね」
「そうですね。その錬血でサーベラスの動きを察していたのなら、効果の範囲も想定より広そうです」
ベティさんはため息をつきました。
「厄介なこと。向こうにもフランがいるようなもんじゃないか」
名前に反応し、フランチェスカが起き上がり嬉しそうに尻尾を振りながらやってきました。
ベティさんは相好を崩してその顔を撫でます。
「もちろん、あんたには敵わないとも。私がよーく知っているよ」
「でも、うかつには近づけないじゃ」
「ええ。でも情報を得られたので打つ手はあります。ベティさん、フランチェスカをお借りしていいですか?」
私の言葉に、ベティさんは深く頷きました。
「だろうと思ってここに置いていたんだよ。存分に遊ばせてやって。この子も喜ぶ」
「ありがとうございます」
フランチェスカの知性や運動能力は極めて高く、半端な吸血鬼や錬血よりもずっと頼りになります。
そして、地形や環境の情報量に圧倒的な差があり、それがこの状況では有利に働くことでしょう。
私は改めて、シーハンさんを見ました。
「それでは、今から一時間後にフランチェスカと見回りに行きますが、よろしいんですね」
「何が、ですか?」
怪訝な表情をするシーハンさんに、私は答えます。
「ヤドリギ送りにするということは、記憶を代償に死に戻らせヤドリギへ強制送還させる行為です。その対象は袂を分けたとはいえ、元々はあなたのお仲間です。本当によろしいんですね」
私の視線を受け、口を噤むシーハンさん。
それを見ていたベティさんが、彼女の顔を覗きこみました。
「シーハン、一個聞いていい?」
「……はい」
「あんた、何故仲間を裏切ってウィリアムたちを助けようとしたんだい?」
「それは──」
シーハンさんは俯き、しばしの沈黙の後、暗い表情で話し始めました。
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