銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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上着を羽織り、ランタンを手に薪ストーブの元へ。

火は熾火の状態になっていたので、太い薪をさらに一本追加しておきました。

毛布をフミフミしたり寝そべっていた猫たちでしたが、餌の入っている棚を開けた途端、真っ先にこちらにやって来ました。

いつも通りの餌を与えると、ものすごい勢いでモリモリ食べはじめます。

今朝も元気そうです。

ふと気配が動くのを感じて見れば、フランチェスカが大きな口を最大限にまであけて欠伸をしていました。

 

「おはようございます、フランチェスカ。お水は用意しますが、ご飯はご主人から頂いてくださいね」

 

顔を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて尻尾を振りました。

フランチェスカに水を与え、身支度を整えると、いつもの家事のルーティンを始めます。

水を汲みに外に出れば、闇夜がそろそろ立ち去る気配と共に、昨夜と同じくらいかそれ以上の寒さが肌身を刺しました。

ああ、これはだいぶ冷え込んでますね。

ネックウォーマーを引っ張りあげ、帽子を深く被り直します。

そんな寒さをもろともせず、軒先のヤドリギは今日も元気に輝いていました。

 

「おはようございます。今朝は一段と冷え込んでいますね。あなたは相変わらず寒さにお強いようですが、マツ属かモミ属の方ですか?」

 

返事は当然ありません。

本当になんなのでしょうね、このありがたい謎の植物。

水場に向かい、水を汲んでいる間に設置してある温度計を見ました。

氷点下八度。

この時期の朝の気温としては平均的。

さらなる冷え込みで周辺の審判の棘も枯れ落ちることを期待しているのですが、そんな様子は全くなく元気そのものです。

憎まれっ子世に憚る。

汲んだ水を持って速やかに家に戻りました。

その後も諸々の作業を進め、六時ちょうどに眠っている方々を起こしに行きました。

ランタンをつけて挨拶をすると、三人はモゴモゴと起き始めました。

 

「うう、何か体が痛い。筋肉痛?」

「多分ね。昨日はオーバーワークだったから。大丈夫?」

「うん。うおおお、私は負けないぞおおお」

 

見えない何かと戦っているクゥシンさんを見るシーハンさんの顔色は、昨日よりは良くなっているようでした。

そして、ベッドから起きたものの、ぼんやりとしているウィリアムさんに声をかけます。

 

「ウィリアムさん、体調はいかがですか?」

 

彼は体を動かし、そして頷きます。

するとシーハンさんがこちらを見ました。

 

「後で私が一通り診ておきます」

「わかりました。洗顔は洗面所に用意しましたので、そちらでどうぞ。着替えを済ませたらダイニングへお越しください」

 

シーハンさんは元看護師さんです。

体調については彼女にお任せすることにしました。

三人の部屋を出て、次はベティさんの寝ている部屋へ。

ランタンをつけて声かけると、あっさりと起き上がりました。

ベティさんは毎朝フランチェスカの散歩があるので、比較的早起きなのです。

 

「フランチェスカがお待ちですよ」

「そう。餌あげたら一度外に出しておくかね」

 

四人が起き出したことで未だ闇夜から抜けきらない家が、一気に目覚めて活気づいたような気がしました。

去年まで、そんなことすら感じなかったのに。

ヤドリギに挨拶とするようになったのも、今年に入ってからです。

この家に住むようになって、少しずつ緩やかに回復していた私の心は、猫たちと出会って飼い始めてからその速度が上がったと実感できます。

 

「にゃも」

「マオミー! フラーン! ニーザオ! 今日も元気そうだね!」

「あー、フランおはようさん。今餌をやるからね」

 

配膳をしていると、リビングに四人がやってきました。

久しぶりの賑やかな朝です。

 

「ウィリアムさん、食事の準備をができていますのでこちらへ。シーハンさんたちも、よろしかったらお召し上がりになりませんか?」

「えっ」

 

母娘はそろって声を上げます。

その表情はそっくりでした。

 

「もちろん、無理にとは申しません。お口に合うかもわかりませんし。ただ、多めに作っているので召し上がって頂けたらありがたいと思っています」

 

もったいないですし。

二人は顔を見合せ、クゥシンさんはチラッとウィリアムさんに視線を向けます。

ウィリアムさんは首を傾げました。

どうしたのかな?

そんな表情です。

クゥシンさんは再びこちらを向き、真面目な表情で重々しく頷きました。

 

「わかりました。そこまでネーネさんが言うなら食べましょう」

「いえ、無理にとは」

「言いましたよねっ!? ねっ! ねっ?!」

 

いいから頷いてくださいー!

そうすれば、ことは上手く収まるんですうー!

そんな意志をバリバリ感じる視線に、私はさり気なく目を逸らしてシーハンさんを見ました。

すみません、折れてやってください。

その表情は、諦めと申し訳なさが入り交じったものでした。

私は自分の主張をさげて頷きます。

 

「……そうですね」

「マーマ、ネーネさんもこう言っているし食べよ」

「あんたのその押しの強さは誰に似たんだか」

 

そうしてシーハンさんとクゥシンさんはウィリアムさんの向かいに座り、三人揃って食事をとり始めました。

本日の朝食は、昨日の残りのグラーシュとニンジンとナッツのサラダ、薪ストーブで焼いたジャガイモのハーブ焼き、そして昨晩作ったライ麦パンです。

本当なら、チーズやソーセージ、ベーコン、卵料理を出したいのにこの有様。

彩り的にも緑の野菜が欲しいところ。

自分だけでなく他人にも提供するなら、もっと計画的に、総合的に料理の勉強をしなくては。

肉と卵と乳製品最っ高! ヴィーガン料理なんて知ーらない。

と生前は思っていましたが、事情が事情です。

私が反省会で盛り上がる中、三人はといえばモリモリとご飯を食べていました。

 

「あ、この赤っぽい野菜スープ美味しい。サラダなんて目が覚めてから初めて食べたよ」

「昨日も思ったけど、この限られた食材でよくここまで──」

「すごいよねー、マーマには絶対できないよねー」

「そろそろ黙らないと私泣くよ。いいの?!」

 

母娘の会話が弾む中、ウィリアムさんは、もくもくとライ麦パンを口にしていました。

その表情は満足そうに見えました。

故郷と思い出の味には到底及ばないでしょうが、それでも食べられるレベルには達しているようです。

良かった。

私は見届け、残ったライ麦パンで私の朝食と三人のお土産を作ることにしました。

お土産はサンドイッチ。

手軽に食べられるサンドイッチなら、山を下りて詰所に向かう休憩中にも気軽に食べることができます。

スライスオニオンとオイルサーディン、人参サラダやマッシュポテトを挟んだり。

 

「ああ、寒い寒い。今朝はまた冷え込んでいるねえ」

 

フランチェスカに餌を与え外に出したベティさんが戻ってきました。

 

「あれ、フランは?」

「フランならこの近辺を軽く走っているよ」

「大丈夫なんですか?」

「平気だよ。あの子賢いから、出かける頃には戻ってくる」

 

上着を脱ぎながらクゥシンさんに応じつつ、ベティさんがこちらへやって来ました。

 

「ネーネ、紅茶は」

「まだですよ。本場の方にお任せしようと思っていたので。お湯は薪ストーブのを使ってください」

「はいはい」

 

三人の朝食はつつがなく終了。

見事、完食です。

 

「美味しかったです! ごちそうさま!」

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです」

 

三人のそれぞれのお礼に、謙遜でもなんでもなく応えました。

時間は七時を少し過ぎ、出発まで一時間を切りました。

 

「食後の紅茶を召し上がったら、出発の準備を進めてください。八時に迎えが来ます」

 

こうして三人は出発の準備を始め、早々に支度を終えたクゥシンさんは、猫たちを観察したり遊んだりして過ごしていました。

紅茶を飲みながら、ベティさんがたずねます。

 

「リアムはどうしたの?」

「リアムはまだ準備があるって。でも、猫見たいからすぐに行くって言ってました」

「そう」

 

こちらのお土産も何とか間に合い、ペンギンの親子が描かれたタッパーに詰め込みました。

赤いギンガムチェックの布に包んで完成です。

と、無線の呼出音が鳴りました。

恐らく迎えのサーベラスです。

応じたのはアミロフさんでした。

 

≪今、E地点の崖を登攀中だ。定刻通りに着く。そちらの準備は≫

「問題はありません。歩きですか」

≪ああ、新人が一人いるんだ。子どもの体調はどうだ?≫

「シーハンさんの話では問題はないと」

≪了解した。あと少し待機していてくれ≫

 

無線は切れました。

彼らしい無駄のない簡潔な応答です。

約束の時間まで後四十分ほど。

訓練も兼ねているのでしょう、いいペースです。

食器を洗いに外へ出れば、闇夜は跡形もなく消え去りすっかり明るくなっていました。

青い空には雲ひとつなく、透明な太陽の光が周囲を照らしています。

吐く息は白く空気は冷たいままですが、太陽の光と熱の力はそれでも感じられ、全身に力がみなぎるのを感じました。

風もなく、出歩くには絶好の日和です。

振り向けば、彼らを導いた山がはっきりと見えていました。

雪を纏い日の光を浴びて輝くその姿は、見る人によって千差万別。

しかしそのカラクリは、実に他愛のないものです。

何せ、もう一度見直せばその魔法はあっさりとけてしまうのですから。

……なんでそんな姿になったのやら。

 

洗い物を終えて家に戻れば、薪ストーブで温まりながらのんびり毛繕いするポイントさんがいました。

そして、リビングには準備を終えたシーハンさんとウィリアムさんが来ており、お子様たちが茶トラさんと遊んでいます。

今のうちにお土産を渡しておくことにしました。

 

「シーハンさん、こちらをお持ちください」

「これは」

「先程のライ麦パンで作ったサンドイッチです。休憩中にウィリアムさんと一緒に召し上がってください」

「そうですか。ありがとうございます」

 

シーハンさんは丁寧に包みを受け取りました。

これで、私がこの三人にできる手助けは全てやり尽くしました。

後は、サーベラスへ引き渡すだけです。

その時、外から犬の吠える声が聞こえました。

 

「フランが戻って来たようだね」

 

外へ出ると、フランチェスカがご機嫌でこちらにやって来ました。

そして全身白装束、顔全体を覆うマスクとフードの集団が駆け足でやって来ました。

その数は十名。

一気に周囲の雰囲気が物々しく緊張感に満ちたものになりました。

一人のサーベラスがこちらにやって来て、フードとマスクを取ります。

よく見知った彫りの深い顔立ちが現れました。

 

「おはよう。久しぶりだな。モリヤマ予備役軍曹」

「おはようございます、アミロフ隊長。定刻五分前の到着ですね」

 

すると彼は、嬉しそうに尻尾を振って私たちを見上げるフランチェスカに目線を落としました。

 

「フランチェスカに急かされてな。今日も元気で結構なことだ」

 

彼は平然とした調子でフランチェスカを撫でますが、その後ろに控える彼の部下は息を大きく切らし、膝に手を置いている人もいました。

 

「どのルートで下山を」

「比較的難易度の低い東ルートを使う。人の子どもも連れているし、途中の集落跡地で様子を見てペース配分を見極めたい」

「堕鬼の出現頻度もそちらの方が低いですし、それがよろしいでしょうね」

 

ウィリアムさんがいるので、ヤドリギによる移動は使えません。

詰所までの距離は六時間ほどの行程ですが、途中で堕鬼との戦闘も予想されます。

それでも、日が出ている間には目的地には到着できると思われました。

と、フランチェスカが玄関へと走り出し、それと同時にドアが開いて、ベティさんとシーハンさんたちが出てきました。

 

「うわっ、寒!」

「すごい冷え込みだね」

「でも、すっきり晴れて──、あっ!」

 

サーベラスの姿にクゥシンさんが声を上げ、シーハンさんとウィリアムさんの表情が引き締まりました。

私は彼らに向き直ります。

 

「こちらが、本日詰所まで護衛するアミロフさんたちです。そしてこちらが」

「言われるまでもないな」

 

彼は遮り三人の前に進み出ました。

 

「本日、皆さんの案内と護衛を担当するナフル・アミロフ曹長、以下十名です。よろしくお願いいたします」

 

サラリとしかしきっちりと敬礼し、部下の方々もそれに続きました。

すっかり気圧される三人。

クゥシンさんが戸惑った様子でサーベラスの皆さんを見つめ、

 

「え、えと、あの、よろしくお願いします」

 

何故か敬礼をしました。

しかもそれを見たウィリアムさんも、困惑した様子でそれに続きます。

 

「お二人はしなくていいですよ。軍人じゃありませんから」

「そうなんだけど、何となく……」

 

弁解するクゥシンさんに、ウィリアムさんもおずおずと頷きます。

 

「お二人共、はじめてとは思えない良い敬礼です」

 

心持ち目元を緩めて彼は言い、シーハンさんに視線を移します。

 

「準備ができているようなら、直ぐに出発をします。よろしいですか」

「はい。よろしくお願いします」

 

シーハンさんが子どもたちと共に、私に体ごと向けました。

 

「ネネさん、本当にお世話になりました。ありがとうございます。また改めてお礼にうかがいます」

「ネーネさん、ありがとうございました!」

 

頭を下げる二人に続き、ウィリアムさんが手帳を見せました。

 

『ここにいない母たちの分も含めて、本当にありがとうございました。あなたたちのことは忘れません』

 

凍りついた心を揺るがすお礼の言葉を私は目を閉じて受け止め、そして三人を改めて見つめました。

 

「頭をお上げください。どうか最後まで気を抜かず、お気をつけて行ってらっしゃいませ。アミロフさん、よろしくお願いいたします」

「了解した。では出発しよう」

 

荷物とマスクのチェックをし、三人がサーベラスの人達と並んで歩き出そうとした時、私の足元をすり抜ける影がありました。

 

「あ、マオミーだ。バイバイ、マオミー」

 

ウィリアムさんの足元にポイントさんと茶トラさんが歩み寄ります。

手を振るクゥシンさんに倣って、ウィリアムさんも手を振ると、ポイントさんが彼の足に身体を擦り付けました。

 

「あっ! なついた!」

 

ポイントさんは人見知りで、人に対して距離を置いていることが多いです。

なので驚く二人ですが、私にはポイントさんの意図がわかったような気がしました。

シーハンさんとクゥシンさんは、またの機会がありますが、人間の彼は、基本はシェルターでその人生の大半を過ごすことになります。

許可が降りれば外にも出ることができるようですが、この山へ来ることは今はとても難しいように思えました。

そして猫の寿命は人間よりも短い。

それを察したポイントさんが、最後のお別れの挨拶をしたのではないのでしょうか。

戸惑うウィリアムさんに、私は声をかけました。

 

「触っても大丈夫ですよ」

 

彼は屈み、恐る恐るポイントさんの体に触れました。

その手に頭を擦り付けるポイントさんに、彼は嬉しそうに笑い口を動かしました。

声は出ません。

 

「みゃあ」

 

しかし、ポイントさんは一声鳴いて彼に応じました。

ウィリアムさんは名残惜しそうに手を離し、私たちと目の前に広がる風景を眺めます。

彼に故郷の山を見せたかの山も、お見送りをしていることでしょう。

彼は笑顔をうかべ、一つ頭を下げると歩きだしました。

 

「ネーネ、私達も彼らに付いて拠点へ戻るよ」

 

隣に並んだベティさんが、マスクをつけながら私に声をかけました。

 

「はい。お疲れ様でした。それと今日の山狩りですが」

「あんたは客室の片付けがあるでしょ。途中から合流でいいよ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

「じゃ、また後で。フラン、おいで」

 

ベティさんは私の肩を一つ叩くと、フランチェスカを伴って先を行く彼らを追いました。

私は猫たちと共に姿が見えなくなるまで見送ります。

家に戻ろうとして振り向けば、かの山は早々に雲の布団を被って姿を消しました。

二度寝とはいいご身分です。

家に戻り、早速客室の片付けをすることにしました。

猫たちが付いてこないのは、そのまま朝のパトロールに出かけたか、窓辺で日向ぼっこでもしているのでしょう。

薪ストーブの火を消し、家の窓を開けて回ります。

一気に部屋が広く、空っぽになったような気がしました。

賑やかでしたからね。

片付けを始めようとして気づきました。

サイドテーブルに紙切れが置かれています。

ウィリアムさんの持っていた手帳の紙でしょうか。

手に取ると文字が書かれていました。

 

ネネさん。助けてくれてありがとう。

ここはご飯も美味しくて、猫や犬がいて、暖かくて安心ができて、物語の別世界のようでした。

母たちにも見せてやりたかった。

あなたたち吸血鬼はまだ怖いです。

でも、シーハンさんやクゥシンを信じてついてきて良かったと心から思います。

本当にありがとうございました。

ウィリアム・メレディス。

 

……私は、ウィリアムさんのレストアの一助になれたのでしょうか。

恐らくそれがわかるのは、彼のレストアが完了し、過去のものになった時なのだと思います。

そして私は、それを知ることはないでしょう。

それで構いません。

これからもこの家で、猫たちと仲良く暮らしながら、この山に来る要救助者たちをできる範囲で助ける。

彼の残した置き手紙は、私にその力を与えてくれました。

ありがとう、ウィリアムさん。

お母様たちと仲良くお元気で。

私は手紙を大切にポケットにしまいました。

開け放たれた窓から冷たい風が入ってきて、思わず身震いをします。

さあ、部屋の片付けを済ませましょう。

さらに厳しくなる季節に向けて、今日もやるべき作業は山のようにあるのですから。

私は気分を改めて、部屋の片付けを始めました。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
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