銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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エピローグ

クゥシン・ワンは、彼女の少し手前を歩く人間の少年が好きだった。

特に彼の青い目が好きだった。

賢く優しい光を湛えた彼の目を初めて見た時、クゥシンの世界は明るく弾け広がったような気がした。

仲良くなりたかった、友達になりたかった。

彼にもそう思って欲しかった。

しかし、その光が自分たちのせいで消えていくのを見るのは辛かった。

彼とは決して相容れない存在だと知った時のことは、今思い出しても涙が出そうなほど胸が痛くなる。

だから、彼と彼の大切な人たちを助けようと思った。

罪滅ぼしのためでもあったが、彼の光をこれ以上無くしたくはなかった。

助ければ、もう二度と会えなくなるとわかっていても──。

 

ヴェインは昼下がりの時間を迎えていた。

主要な道路は、探索中の吸血鬼や行商人が行き交い、時に吸血鬼同士が諍いを起こし、時に堕鬼と遭遇して戦闘になる。

点在するヤドリギはそんな吸血鬼たちの休憩所として機能し、互いに情報や物を交換をしたり、彼らを相手に商いをする商人もいた。

ヴェインでは至極当たり前、日常茶飯事と化した光景である。

そんな道路のうちの一つ、南北に伸びる街道を十数名のグループが進んでいた。

先程ヤドリギで昼休憩を取り、目的地を目指すシーハンとクゥシン母娘、人間の子どものウィリアム、そして三人を護衛するサーベラスの部隊である。

道中は度々堕鬼と遭遇し、逃げたり隠れたり戦ったりを繰り返しながら、概ね穏やかな雰囲気で進んだ。

そして旅の終着点、サーベラスの詰所に到着したのは午後二時過ぎだった。

ウィリアムはそのままシェルターへ向かい、シーハンとクゥシンはここで事情聴取を受けることになる。

瞬く間にすぎた夢のような時間。

気を遣って別れの時間を作ってくれたのか、サーベラスの隊員たちは彼らから少し離れて三人を見守っている。

詰所にヤドリギがあるためシーハンとクゥシンはマスクを取り、向かいに立つウィリアムに笑顔を浮かべた。

 

「リアム、お疲れ様。私たちを信じて着いてきてくれて本当にありがとう。おかげであなたの妈妈(マーマ)たちとの約束を果たすことができた。一安心だよ」

 

心からのシーハンの安堵の笑みに、ウィリアムも笑顔で頷いた。

そんな彼に、クゥシンも満面の笑みを浮かべた。

 

「リアム、ご飯いっぱい食べて、運動して、大きくなって、みんなと仲良く暮らしてね! 勝手に外に出て吸血鬼に捕まっちゃダメだよ」

「あんた、要求多すぎでしょ」

「……じゃあ、一個ずつでいいから! ねっ! ねっ!」

 

持ち前の押しの強さで言い切るクゥシンに、ウィリアムは気圧されながらも笑って頷き、上着のポケットから折りたたまれた紙切れを出した。

 

「どうしたの?」

「あんたに受け取って欲しいんでしょ」

 

シーハンの言葉にウィリアムは頷く。

クゥシンは驚き、ウィリアムをまじまじと見つめた。

 

「いいの!?」

 

ウィリアムはしっかりと頷く。

たちまちクゥシンの胸は喜びでいっぱいになった。

リアムからのお手紙だ! プレゼントだ!

クゥシンは花開くように笑った。

 

「ありがとう! 後で大切に読むね!」

 

ウィリアムは頷き、手帳に文字を綴り二人に見せた。

 

『シーハンさん、クゥシン、僕たちを助けてくれて本当にありがとう。このことは決して忘れません』

 

そして彼は声なく告げる。

 

『Besten Dank、Auf Wiedersehen』

 

本当にありがとう、さようなら。

そしてウィリアムは、アミロフたちに連れられ道を歩き出した。

クゥシンはとっさに一歩前に出て、その背に声をかけた。

 

「バイバーイ、リアム! 元気でねー!」

 

笑顔で手を振ると、彼は振り向き笑顔で手を振り返した。

クゥシンはその姿を目に焼きつける。

この過酷な土地で死に戻ることだってあるだろうし、長い時を生きていく中で忘れてしまうこともあるだろう。

それに抗うために。

決して忘れないために。

母娘と残った隊員たちはその姿が見えなくなるまで見送る中、詰所の門から一人のサーベラスの隊員が出てきた。

 

「お、こちらが例の母娘か」

 

気楽な口調で声をかけるその男に向かい、残っていたサーベラスの隊員たちが、一斉に敬礼をする。

 

「はっ、その通りであります。リーヴァ小隊長殿」

「よし。素敵な女性とお嬢さんをお招きするには、ちと無粋すぎる場所だが中に入って──」

 

小隊長は固まり、ついでに隊員たちも動きを止めた。

クゥシンは目から大粒の涙を流し、口を真一文字に切り結んで声を殺し泣いていた。

鋭く部下の方に顔を向ける小隊長に、部下たちは揃って首を振る。

シーハンは彼らに構わずタオルを取り出すと、娘の肩を抱いて手渡した。

 

「よく頑張ったね。泣かずにお別れできたじゃない」

 

タオルを受け取ったクゥシンは頷く。

最後だったからこそ、笑顔で別れたかった。

本当に好きだったから。

ウィリアムには、べそをかく吸血鬼の自分でなく、元気に笑っている自分を覚えていて欲しかった。

吸血鬼への恐怖を植え付けることに一役買った自分には、あまりに身勝手な思いであることは分かっていても、それでも──。

声を抑えようとしても我慢をしていた分の反動は大きく、落ち着かせようと背を撫でる母の優しく温かい手の動きは、逆に溜め込んでいた思いを吐き出させるかのようで。

たまらず、クゥシンはついに声を上げて泣いた。

 

目の前の光景に明らかに困惑した様子の小隊長だったが、隊員の一人を手招きして呼び寄せ事情を聞き出した。

そして、クゥシンの手元に目を向ける。

小隊長はしばし迷った。

彼は彼女たちも忌み嫌っているであろうサーベラスの隊員である。

臨時総督府が布く同族への血も涙もない政策と血涙の徴収。

彼自身思うところは山ほどあるが、それが仕事である。

だから、そんな自分が彼女たちを慰め励ますのは傲慢だし残酷な行為だと思った。

だがしかし。

目の前に泣いているお嬢さんがいて、それを放置するのは己の流儀に反する行為である。

なので、彼はあっさりと迷いを捨てて二人の前に立つと、シーハンは慌てた様子で目の前の男を見上げた。

 

「すみません。すぐに泣き止ませますので」

「いえ、それは俺がやります」

「え?」

 

困惑するシーハンに笑顔で言ったが、女受けのする端正な顔立ちは仮面に覆われ見ることは出来ない。

彼はクゥシンの前に跪き顔を見上げた。

 

「好きな男の子とお別れしたのか」

 

なぜそれを知っているのか。

疑問に思ったが、勢いよく溢れた感情と涙は容易に止まらない。

クゥシンは顔を隠しながら素直に頷いた。

 

「そうか。そりゃ辛いわな。もう二度と会えないもんな」

 

その言葉に、クゥシンの脳裏に昨日からの光景が鮮やかに蘇った。

一緒に外で歩いた。

向かい合って会話をし、一緒に食事をとり、犬や猫たちと遊んだ。

それは、クゥシンが夢に見た好きな男の子と過ごす平和な時間だった。

夢は叶い、そして流星のように瞬く間に消え去った。

その事実に、クゥシンの目からさらに涙が溢れる。

小隊長は深く頷いた。

 

「ああ、悲しいよな。でもな、実は繋がり続けることは出来るんだ」

「え」

 

母娘は揃って声を上げて小隊長を見た。

髪の色は違えどその顔はそっくりで、二人は母娘なんだと頭の片隅で思う。

彼はクゥシンの手を優しく取った。

 

「この手紙の返事を書くことは出来る」

 

その手には、先程ウィリアムから渡された手紙があった。

 

「会うことも一緒に過ごすことももう出来ないが、手紙のやり取りなら出来るはずだ。手紙の内容次第だが、君がその気なら、その手紙の返事を書けばいい。そして、これからも手紙のやり取りをしようと提案すればいい」

 

クゥシンは涙で真っ赤になった目で小隊長を見、続いて自分の手の中にある大切な手紙を見つめた。

だが、すぐに顔を歪めた。

 

「でも、リアムの、迷惑に、なるかも」

 

音を立てて鼻をすするクゥシンに、小隊長は再び頷く。

 

「ああ。でも、それを決めるのは君じゃない。そのリアムって奴だ。君は君のやりたいことを素直にやればいい。そしてその結果を素直に受け止めればいい。未来はわからん。残念な結果で終わるかもしれん。だが、君が動かなきゃ問答無用でここで終わることだけは確かだ」

 

その言葉に、クゥシンは再び手の中の手紙を見つめた。

最初で最後の、大切なプレゼントだったはずのそれが、別の色を帯びて輝いて見えた。

その輝きは、クゥシンの心に新たな力を呼び起こす。

もしかしたら、リアムと繋がり続けていられるかもしれない。

会うことは出来なくても、むしろ会うことが出来ないからこそ本当の友達になれるかもしれない。

だが、この手紙の内容は辛いものかもしれないし、提案しても彼がそれを受け入れてくれるとは限らない。

悲しい予想に胸が痛んだが、胸の痛みに逆らうように声を上げた。

 

「……わ、わたしは……」

「でもなお嬢さん、それを実現することは難しい」

 

冷静な声で小隊長はクゥシンの言葉を遮った。

 

「君は血涙だけでなく、手紙を書くために必要な道具を、ヘイズや旧世代の資材を集めなきゃならない。そのために危険を冒して探索を行い、凶悪な堕鬼や、頭のネジの飛んだ吸血鬼と戦うことになるだろう。半端な覚悟では成し遂げられないことだ」

 

甘く熱い夢が破れて、一気に現実に引き戻された。

小隊長の言葉は何一つとして間違っておらず、クゥシンの浮かれ乱れた心に冷水を浴びせるものだった。

希望を現実のものにするための道のりは、遥か遠く厳しいように思える。

自分にできるのだろうか。

クゥシンは泣き止んだが、涙で充血し未だ濡れている目には不安が渦巻いていた。

そんなクゥシンに向かって、小隊長は届かぬと知りつつ笑顔を浮かべた。

 

「それでもやりたいのならやればいい。口を開けて餌を待っているだけの怠け者に道は拓かれない。傷つくことを恐れず、しかし死に戻らず、強く賢く、自ら手を伸ばすものにしかチャンスは訪れない」

 

その時、手を叩く音が聞こえた。

 

「良いこと言うじゃねーか、中尉。ちょっと感心したぞ」

 

一斉にその声の主に視線が集まる。

そんな視線を意に介すふうもなく門から出てきたサーベラスの男に、隊員の一人が声を上げた。

 

「ちゅ、中隊長殿!」

 

中隊長と呼ばれた男に、小隊長を含めた隊員たちが一斉に敬礼をする。

クゥシンは目を泳がせ、雰囲気に飲まれて鼻をすすりながら敬礼をした。

すると、中隊長はクゥシンを見やった。

 

「君はせんでいいぞ。隊員じゃないし」

「……えと、はい」

 

手を下ろしたものの、発する雰囲気に気圧されクゥシンは身を縮め、無意識にシーハンの服の袖を掴んだ。

そのシーハンは、男を食い入るように見つめている。

顔は仮面のせいで分からない。

だがその声には聞き覚えがあった。

小隊長が敬礼を解き、中隊長へとたずねた。

 

「隊長、何故こちらへ」

「挨拶しようと中で待ってたのに、待てど暮らせど来やしねえ。様子を見に来たら、貴様が高説を垂れ流してたから黙って拝聴させてもらってたの」

「申し訳ありません」

「構わん。さすが我が隊きっての女の撃墜王。宣言通り、泣き止ませたな」

 

言って中隊長は母娘の前に出た。

シーハンは先程のやり取りで、この男が知人であることを確信した。

だから、先んじて声をかける。

 

「あの、あなたは」

 

中隊長はおもむろに仮面をとった。

そこから出てきたのは、日に焼けた肌をした彫りの深い髭面。

鋭く力強い目元にある黒い目には、活力と精気が漲っている。

その顔は声同様、シーハンの知るものだった。

討伐戦からしばらく後、夫の訃報を知らせに来た夫の同僚だった。

 

「ジンナーさん」

「お久しぶりです、リンさん。このような形で再会するとは、さすがに予想できませんでしたよ」

「そうですね」

「えっ、妈妈の知り合い?」

 

思わず声を上げる娘に、シーハンは頷く。

 

爸爸(バーバ)の同僚だった人だよ。あんたが目覚める前に、爸爸のこと、知らせに来てくれたの」

「……そうなんだ」

 

見上げるクゥシンに、ジンナー中隊長は小さく笑顔をうかべた。

 

「君の父上は部隊を率いてバケモノ相手に最後の最後まで勇敢に戦った。紛れもなく英雄たる行為で、俺たちがここにいられるのは君の父上たちのお陰だ」

 

そして改まった様子で言葉を続けた。

 

「だが、いかに英雄のご遺族であっても特別扱いをすることはない。それが臨時総督府の意向だ。この先も君たちは他の吸血鬼と同様、この過酷な土地で生き、我々は君たちをさらに追い詰める立場になるだろう。だが、それでも言わせて欲しい」

 

中隊長の視線の色が変わった。

クゥシンにはわからない、様々な感情が入り混じったものだった。

 

「死に戻ることなく生き延び、信頼とヘイズを貯え、君のやりたいことを叶えてくれ。父上はきっと君たちの信じる神と共にあり、見守っていることだろう。どうか、その加護があらんことを」

「ありがとうございます」

 

シーハンは頭を下げたが、クゥシンは目を見張って中隊長を、そして小隊長を含めた隊員たちを見た。

クゥシンは察した。

ここにいる人たちは、人の心を持った吸血鬼なのだと。

なのに、周囲から忌み嫌われる仕事を続けている。

何故だろう。

その覚悟は、どこから生まれるのだろう。

クゥシンにはわからない。

だから怖いと思った。

この人も、周りにいる人たちも、シルヴァ総督も、爸爸も。

何故、そこまで頑張れるのだろう。

今の自分には、まだ見えず聞こえず知らないものがあるからだろうか。

中隊長は二人に敬礼をした。

 

「自分は職務があるため失礼させて頂きます。お疲れのところ申し訳ないが、今後の対策を立てるためにも、事情聴取にご協力をお願いします」

「わかりました」

 

中隊長は仮面をつけて詰所に戻ろうとし、ふいに立ち止まった。

 

「中尉」

「ハッ」

「そういや、貴様の提案していた件、シェルターの担当官と交渉すんの、誰か決めてんのか?」

「いえ、そこまではまだ」

「そうか」

 

すると、中隊長はポンと小隊長の肩に手を置いた。

 

「よし、貴様がやれ」

「は?」

 

思わず声を上げる小隊長に、中隊長は腕を組んだ。

 

「は? じゃねーよ。貴様の出した素晴らしいアイデアに女の子が希望を見出す。そして健気に頑張り、手紙とともに一縷の希望を貴様に託す。貴様はその手紙をもって人と吸血鬼の橋渡しとなる。ほーら、美談じゃねーか。色男の面目躍如じゃねーか」

「いやしかし、隊長もご存知でしょう。あそこの担当官、便器にこびりついたクソのようにめんどくせー奴で」

 

すると、中隊長は直立不動で待機する部下たちに顔を向けた。

 

「諸君、人間と吸血鬼との間に信頼と友情の架け橋を作る大役、リーヴァ中尉が適任だよな」

「イエス、サー!」

 

申し合わせたかのように一言一句、乱れることなく応じた部下たちに中隊長は鷹揚に頷いた。

 

「な。決定。頑張れよ」

 

小隊長の肩を二つ叩き、今度こそ中隊長は詰所へ向かって歩き出した。

尚も異論を唱えようとした小隊長だが、その背に視線が刺さるのを感じて振り向く。

そこには、心配そうに見守る母娘の姿があった。

さすがにそんな目で見られては断れない上に、待機する部下たちも無言の圧力をかけてきている。

コイツら全員明日の訓練でシゴく。

生まれたての子鹿のようにしてやる。

そう心に決め、中隊長に向けて敬礼をした。

 

「了解しました、中隊長殿」

 

中隊長は手を一つ上げて応じ、詰所へと消えていった。

そして、敬礼を解いた小隊長は母娘へと向き直った。

 

「それじゃ、サクッと事情聴取をして、日が暮れる前にパパッと終わらせましょう」

「はい」

 

少し安堵した様子で応じる二人の顔は、やはりそっくりだった。

そして事情聴取が終わり外へ出ると、周囲は温かいオレンジ色から藍色へと移り変わろうとしていた。

気温も先程より大きく下がり、吐く息が白くなっている。

 

「お疲れ様でした。これからどうされるんですか」

 

見送りに来た小隊長がたずねると、シーハンは娘の肩を抱きながら言った。

 

「お世話になったエリザベスさんのご厚意で、今夜は集落跡地の避難小屋に泊めさせてもらうことになっています。明日から保護区の空きを探そうかと」

 

しかし、この近辺の保護区の空きはないと先程聞いたばかりだった。

前途は多難だが、全て承知の上での行動だった。

自分のため、娘のため、頑張る日々は続くのだ。

小隊長は頷いた。

 

「そうですか。何かあったらあの山の管理人たちに相談するといいでしょう。自らの力で道を切り拓こうとする者を、無下に扱うことはしません」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

そして、小隊長は自分を見上げているクゥシンに笑顔を浮かべた。

仮面で見えないとは分かってはいたが。

 

「お嬢さんも、お母さんと仲良く助け合って生き延びてくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

目は泣き腫らして赤いままだったが、既に涙は乾いていた。

クゥシンはしばし躊躇った様子を見せたが、意を決して目の前の小隊長を見つめた。

 

「小隊長さん」

「うん、何かな。優しくてステキな年上のお兄さんである俺への告白かな?」

「ううん、全然違います」

 

生真面目にキッパリ答えるクゥシンに、小隊長は苦笑した。

 

「じゃあ、何?」

「もし、リアムへのお返事書けたら、小隊長さんの所へ持っていけばいいですか」

 

小隊長は笑顔を収めた。

クゥシンは静かに彼を見つめている。

その目に、小隊長は彼女が諦めていないことを悟った。

無知ゆえに、視野が狭いがゆえに、目標へ向けて素直に真っ直ぐ走れる純粋さ。

これだから、お子様は怖い。

小隊長は本気で呆れ、そして感心した。

 

「いや、そしたら例の山の管理人に事情を説明して、こちらに一報を入れてくれ」

「ネーネさんに?」

「ああ。あの山で俺たちと直で連絡取れるのは彼女だけだ。俺も仕事でここを外すこと多いし、君がここへ直接乗り込んでも門前払いを食らうだけだからな」

「予約が必要ってことですか」

 

口を挟むシーハンに小隊長は頷いた。

 

「そういうことです。でもまずは、受け取った手紙を読むところから始めな」

「はい、ありがとうございます! このこと忘れないで下さいね!」

「それはこっちも同じでしょ」

 

むしろこちらの方が、死に戻って記憶をなくす可能性はずっと高いのだ。

冷静に突っ込む母に、娘は目尻を釣り上げて母を見た。

 

「そうだけど、妈妈は黙っててよ。そうやってすぐ邪魔するんだから」

「はいはい、すみませんねー」

 

憤慨するクゥシンに、シーハンは呆れて肩を竦める。

そのやり取りに、小隊長は自然と笑みが零れた。

この母娘なら大丈夫だ。

なんの根拠もないが、それでもこの二人なら大丈夫だと確信に近い思いを抱く。

将来、無事に生き延びたクゥシンが返事の手紙を携えてここへやって来る。

そうであればいい。

ならば、その未来を実現するために今はお別れの時だ。

小隊長は腕を伸ばして道路を指し示す。

 

「ここのヤドリギは関係者しか使えません。なので、ここを真っ直ぐ行った先にあるヤドリギをお使いください。吸血鬼達が集っているのですぐに分かるでしょう。そこまでお気をつけて」

 

二人は礼を言い、マスクをつけると門を抜けて闇夜に沈み始める道を歩き出した。

小隊長は母娘を見送り、そして詰所へ戻った。

クゥシンは母と並んで歩きながら、上着のポケットに入っている手紙を取り出す。

リアムは何を伝えたのだろう。

辛く悲しいことかもしれない。

だが、嬉しいことかもしれない。

揺れる心を落ち着かせようと、クゥシンは手紙を再びポケットへとしまう。

集落跡地に着くまで気は抜いてはいけない。

と、冷たくなった指先に手紙が温かく熱を発したように感じられた。

クゥシンは驚き、そして満面の笑顔を浮かべるのだった。

 

この地の名はヴェイン。

吸血鬼とわずかな人間が住う、破滅の刻限が迫った赤い霧の牢獄。

全ての者に対して非情にして過酷な環境は、この地を統治するシルヴァ総督の人と成りを表すものか。

それとも、この光景こそが人間の本性を象ったものか。

文明社会をなくし自然に返ったこの地のどこかで、彼らは今日もまた、己の存在をかけて熾烈なサバイバルを続けている。

 

≪木枯らしの吹く拠点 完≫




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=68614

今回のお話は、ヴェインにおける人と吸血鬼の関わりと、グレゴリオ・シルヴァの布くヴェインの環境をサラッと書いてみました。

元々は人であるはずの吸血鬼ですが、記憶の欠損と血涙の不足による乾きの恐怖、寄生体の本能から、人間の血に手を出さざるを得ないというゲーム内の設定は、中々エグいなと思っております。
その設定に翻弄される吸血鬼たちと人間たちの関わりは、ネット内でも話として出てきていましたが、もう少しシビアに、子どもも容赦なくその餌食になっているだろうと予測してこの話を書きました。
子どもだけでなく、あらゆる存在に言えることですが、運が味方して強かにたくましく生きる存在もいれば、そうではない存在も当然いるわけで。
その弱さを切り離すことなく書くことで、この世界の過酷さと、そこから生まれる何かを表現できたらと思っていますが、如何なものだったでしょうか。

また、シェルターの外で人間が生きることの難しさにも少し触れています。
ゲームのお話にでてきた人間の女性、あれだけ過酷な環境でどんな生活を送っていたのでしょう。
CVの世界観の下敷きになっているGEの世界観は、極めて早いスピードで技術が発展していますが、その影響があるのでしょうか。
フィクションにおいて、私たちの現実の世界と同じように考えるのは野暮ではありますが、私の思考はどうしても今ここにある現実と結びつけたくなってしまうので、その辺の謎も公式で触れる機会があるといいなと思います。
公式の音沙汰のなさを見るに、恐らくないだろうなーw

このお話で、登場人物たちの話に触れていたグレゴリオ・シルヴァさん、書く前から思っていましたが、ヤバい人だなと書きながら改めて思いました。
ゲーム内でも、シルヴァさんの政策に反発し革命を起こしてやろうとする元気な吸血鬼がいましたし、牙装のフレーバーテキストにも反総督府軍の単語がありました。
シルヴァさんの件も含め、この辺りのことももう少し掘り下げてお話として書ければとは思いますが、予定は未定です。
毎度のことですが、申し訳ありません。

次回は、まだ構想の段階で、何も書けていませんw
そろそろ、本編の合間に度々出てくる子ども商人を本格的に登場させたいと思っていますが、その前に番外編を一つ挟むかもしれません。
いい加減、派手な戦闘シーンも書きたい欲求も募っておりますのでw

いつも通り一旦完結とはしますが、またお話を書き終えましたら再開します。
世の中はまだまだ落ち着かない日々が続いておりますが、お読みいただいている皆様におかれましてはお身体には気をつけてお過ごしください。
そして、このお話でお会いできたら嬉しく思います。
それではまた!
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