銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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灰身の吸血鬼 2

ブレンダは、下りながら小型のバケモノを炎の錬血で懸命に退けていた。

十代前半の彼女の戦闘力は吸血鬼になったことで、そこらの大人よりも遥かに高くなっている。

冥血量も潤沢で、錬血攻撃は得意分野だった。

しかし、配属先の大人は自分を含めた子どもたちを庇い、守ってくれていた。

最初は嬉しかったが、時間が進むにつれ、それが心苦しくもどかしくなった。

大人たちはみんな、寒さと乾きに苦しみながら終わりなき戦いに身を投じている。

なのに自分はどうだ。

ただ守られるしかないのか。

バケモノと戦う力はあるのだ。

ならばこの力で、苦労している大人たちの手助けをし、肩を並べて戦いたい。

庇護されるだけでなく、仲間として認められたい。

しかし、元々筋力に優れ知識を蓄え経験を積んだ大人の男の吸血鬼には敵わない。

それどころか、大人の女にすら後塵を喫する。

だから、いつも懸命に頑張っていたし、先程のギリックの命令を必ず果たそうと必死だった。

必ず隊長を守ってみせる。

決意の錬血が彼女の周囲に展開した。

猛る炎の矢が立て続けに射出され、小型のバケモノは霧散しさらには中型や大型のバケモノを牽制する。

 

しかし、現実は非情だった。

バケモノが射出した棘は、ブレンダたちにも容赦なく襲い来る。

棘の着弾の衝撃波を受けて小柄な体が大きくよろめいた。

さらに立て続けに棘は着弾し、その衝撃波に翻弄された結果、足元の注意が疎かになったブレンダは、氷雪で隠れていたクレバスを踏み抜いた。

 

『ブレンダ!』

 

声を上げる女の声に、男は振り返った。

クレバスを踏み抜いたブレンダだったが、転落した直後、とっさに牙装を展開しその刃で崖に取り付いていた。

だが、牙装の展開時間には限りがある。

男は考える間もなく反射的に動いた。

それは、大人と父親の役割を担った人の本能か。

ブレンダの姿に娘の姿が被った。

助けなければ!

しかし、ブレンダは見た。

トドメとばかりに、自分めがけて棘が飛来してくる。

 

『隊長、来ちゃダメ!!』

 

キヌもそれに気付いた。

ブレンダに駆け寄ろうとする男の身体を、キヌは渾身の力でタックルして阻んだ。

その背の向こう、ブレンダがいた場所に棘は着弾し、ブレンダは有無を言わさず氷塊とともに潰れて灰となり、男とキヌは衝撃波をまともに喰らって吹き飛んだ。

そのまま二人は斜面を転がり続け、そして比較的平らな場所で止まった。

男は身を起こそうとして気付く。

覆い被さる女の背や足は、衝撃波で凶器と化した礫や氷を受け真っ赤に染っていた。

 

『ヤクシ軍曹!』

 

名を呼ばれ、キヌはつかの間の気絶から目を覚ます。

そして、上官に覆いかぶさっていることを察し、すぐに体を起こそうとして背からの激しい痛みに思わず呻いた。

大きく喘ぎながら、それでもどうにか体を起こす。

 

『軍曹!』

『……平気、です』

 

全然平気ではなかったが、それでもキヌは頷く。

新たな危機が迫っていることを、吸血鬼の鋭い聴覚は捉えていた。

 

『隊長はお逃げ、下さい。後ろの敵は、私が、押さえますから』

『軍曹』

 

喘ぎながら言うキヌの姿に、男はマスクの下でたまらず顔を歪めた。

キヌやブレンダのような年若い女たちが、戦場に駆り出され己を費やし戦っている。

男女同権が叫ばれて久しい世界。

痛みや恐怖に性差はなく、ましてや彼女たちは人ではなく吸血鬼である。

それでも男は、その痛ましい姿に胸を痛めずにはいられなかった。

 

『私は、死にません』

 

背から流れる赤をそのままに、手にした銃剣を支えにキヌは立ち上がった。

その脳裏に、部隊に入隊して間もない頃にできた友人の姿が浮かび上がる。

しっかりした美人に見えて、実は素直で素朴で食いしん坊な年下の女子高生。

妹のように見ていたが、あることを機に仲違いをしてしまった。

それは、この状況から見ればあまりに些細な心の棘である。

 

『適当なところで、切り上げて、合流、します』

 

背の痛みは既に意志を総動員しても看過できぬほどになっており、痛みに大きく喘ぎながらも、キヌははっきりと言い切った。

隊長を守る。

そして、この戦いが終わったら友人と会う。

やるべきを為さず、悔いを残したまま灰になるわけにはいかない。

キヌは銃剣を構えた。

照星、さらには剣先の向こうに四足の白い獣の姿がある。

射程距離圏内だった。

 

『隊長!』

 

男は、女の背に並々ならぬ覚悟を感じた。

その姿に胸の痛みを覚えながら、男は部下の覚悟に応じた。

応じないわけにはいかなかった。

 

『負けるなよ軍曹!』

『イエス、サー!』

 

男は言い、身を切る思いでその場から離れた。

ついに最後のカードを使い切り、一人となった男は懸命に足を動かす。

胸に迫るのは、雪崩に巻き込まれた多くの部下たちであり、先程まで一緒だった部下たちである。

彼らの無念と献身に報いるためにも、是が非でも無事に山を下りなくてはならない。

そして、その先にいる娘と妻に会うのだ。

なのに振り向いてしまったのは、そんな部下たちへの未練ゆえか。

背の激痛を堪え、血を流しながら白い獣と善戦していたキヌだったが、ギリック程の技量はなく、ましてや手負いである。

獣の多彩かつ怒涛の攻撃に耐えきれず、ついに鋭い氷塊が彼女の体を貫いた。

宙吊り状態になった足元から、速やかに灰と化していく。

思わず男は立ち止まり、声を上げた。

 

『軍曹!』

 

上官の声に、キヌは顔を上げ銃剣を戦鎚に持ち替えた。

割れた偏光ゴーグルからのぞく目は燃えんばかりに赤く輝き、マスクが剥がれ、吐いた血にまみれた口から獣のような雄叫びが上がった。

戦鎚の機構を解放。

ブーストが最大出力で作動し、灰になりかかっている体を切り裂きながら、氷塊を引き抜くように前進する。

灰となった下半身は砕け散るが、それでもキヌもブーストも止まらない。

肉を切らせて骨を断つ。

灰となりかかった上半身は串刺しにした氷塊をすり抜け、彼女の全てを捧げた一撃は獣の頭を叩き潰し瞬く間に霧散させた。

それを横目で見た女の口が言葉を紡ぐ。

 

『隊、長……、ネネ、ちゃ……、ゴメ』

 

言い終わるのを待たずにキヌの上半身は完全に灰となり、巻き上がる獣の残滓を含んだ氷雪と共に散った。

 

『あ、ああああああああっ!!』

 

最後の部下の凄惨な死に目に、男はたまらず叫んだ。

こんなことがあっていいのか。

我々が一体何をしたというのか。

老若男女、この星の地表で幸も不幸もひっくるめて生きていただけなのに、死んだと思ったら勝手に蘇らせられ、記憶を代償にバケモノどもと戦えと一方的に命じられた。

それに応えて部下達は地獄の戦場を懸命に戦ったのに、この扱いはなんだ。

世界を取り巻くあまりの理不尽に、男の胸には激しい怒りと悲しみが燃え盛る。

普段は後方で指揮を執るのが男の務めであったが、部下を全て亡くした今、男はただの一兵士でしかない。

だから、目の前に立ちはだかった新手のバケモノ相手に逃げようとは思わなかった。

男は戦斧を構えると、雄叫びを上げて突撃した。

立ちはだかる中型種を一刀で霧散させ、空中を飛ぶ青い初見のバケモノを、即座に展開した赤い光弾の錬血でいなしながら、脳天から叩き切る。

怒りと悲しみを力にして、男は飛来する棘の衝撃波を利用しながら敵を霧散させ走り続けた。

懸崖撒手、勇猛果敢。

それは、男が指揮する第二中隊を評した言葉だったが、今の男の姿はその象徴とも言えた。

 

それに立ちはだかるバケモノの姿があった。

それは男にとっては初見の、炎を纏った甲冑姿のバケモノであった。

咆哮と共に襲いかかるバケモノを、男は向正面から迎え撃った。

素早く隙のない怒涛の攻撃を、男は戦斧でいなす。

燃え盛る感情とは裏腹に、頭はひどく冷静だった。

今のうちに目を慣らせ。

身体よ順応しろ。

必ずチャンスは巡ってくる。

バケモノは巨躯に似合わぬ身軽さで後ろ宙返りをして、男との間合いをあけた。

途端、バケモノの周囲に猛る炎の嵐が吹き荒れた。

その嵐の中で男は見た。

燃え盛る炎の中で、バケモノの両手に長大の炎の刃を握られている。

誰が見ても次の行動が予測できた。

大技がくる。

一見大振りの一閃は素早い上に威力も桁違いである。

炎の嵐を体現したかのような攻撃は、男に回避に専念せざるを得ない。

しかし、男は逸る心を抑えて反撃の機会を待った。

フィニッシュに繰り出された焦熱地獄さならがらの一撃を紙一重でかわし、男はすかさず背に回り込む。

熱源を探知する男の目に、バケモノの命の源が見えていた。

距離も位置も理想的である。

絶好の機だった。

唸りを上げ、男の戦斧がそれに向かって突き出される。

だが、バケモノから絶え間なく射出される棘が男と甲冑のバケモノを襲った。

それを察した男は、戦斧の勢いを止めることなく、甲冑のわずかな隙間を狙って先端を突き刺し抉った。

同時に機構を解放し、棒高跳びの要領でそれをかわそうとする。

獣と己の得物を巻き込んで棘は衝撃波と共に着弾。

男は吹き飛び、山肌を突き破る審判の棘に叩きつけられた。

弾け飛ぶ意識と意図せず吐き出した液体。

男は受身を取ることもできず力なく落下し、強い衝撃と共に嫌な音を聞いた。

霧散せずにいるのは、無事だからじゃない。

致命傷だからだ。

心臓はとっくに潰れて人間なら即死、吸血鬼も例外でない。

その証拠に男の足は灰になり始めていたが、幸か不幸か意識は保っていた。

真っ赤に染る視界には、新たに飛来した大型のバケモノとその取り巻きがいる。

そして、否が応でも感じるあの巨大なバケモノ。

 

このままでは、大変なことになる。

激した感情が死の間際で落ち着きを取り戻し、男は改めてこの世界の危機を察した。

謎の赤い霧は、あらゆる生物を退ける力を持っている。

しかし、あの規格外のバケモノはどうだ。

アレはダメだ。

アレはそういう存在なのだ。

熱源を探知する男の錬血は、あのバケモノの力の源がわかっており、そこから導き出される正体は絶望をもたらすものだった。

止めなければ。

アレは無差別にあらゆる命を奪い尽くす。

霧の向こうにいる部隊が、家族が、あのバケモノに殺られてしまう。

ここまでのあらゆる犠牲が全て無駄になってしまう。

でもどうやって止めるのだ。

個人の力など通用する相手ではなく、それこそ映画の超人主人公(ヒーロー)がチームを組むか、一個師団級の人材を必要とする天災のようなバケモノである。

その時、男の脳裏に赤い閃きがあった。

……できる、のか。

その赤い光は告げる。

できるのだ、と。

己の身を灰にして初めて発揮する錬血があった。

 

『ほう。大人しそうな面して、えげつねぇブラッドコードを持っているんだな』

 

声とともに蘇る過去の風景。

ミーティング後にした雑談の時だろうか。

互いのブラッドコードの話題となり、男が己のブラッドコードを話したことがあった。

同僚の第三中隊長がそれを受けて笑い、第一中隊長も苦笑する。

 

『君のそのブラッドコードが真価を発揮したら、軍隊(我々)は必要なくなるね。無職になるのは結構だが』

『おお! 無職上等とは、第一中隊長殿は剛毅でいらっしゃる!』

 

陽気で元気な第三中隊長が揶揄るが、第一中隊長はすました表情で答えた。

 

『俺は元々戦争屋じゃないし、再就職先は探せばすぐ見つかると思う』

『ああ、そういえば。本部付でもよさそうな経歴なのに』

 

男の言葉に、第三中隊長は人の悪い笑みを浮かべた。

 

『そうだよ。なのにこんな所に飛ばされちゃってさあ。過去に何かやらかしたのか? ん? やっちゃったのか? んんん?』

『さあねえ、覚えてないよ』

 

意地悪く絡む第三中隊長を第一中隊長は素っ気なくいなし、改めて男に視線を向けた。

 

『しかし、君のその錬血はリスクが大きすぎるな。使わずにすむ方法を考えた方がはるかに建設的だろう』

『んだな』

 

第三中隊長は態度を改め言った。

 

『それを使わずに済む方が、お前さんを含めたこの世の全ての存在が幸せってもんだ。待っている家族がいるんだろ』

『はい』

 

その言葉に男は自然と笑顔になって頷く。

 

『この力を使わずに済むよう、努めていこうと思いますよ』

 

今なのだ。

男は唐突に理解した。

今日この日この時のために、この力を持って蘇ったのだ。

過去の風景は消え去り、代わりに二人の人影が現れる。

クゥシン、シーハン。

もはや届かぬ家族の姿に、胸に無念と悲しみが怒涛の如く押し寄せた。

この錬血を使わずとも、この身は灰となりもう二度と会えないことは確定した未来である。

痛みと弱さに酔い、涙の海に沈んで灰になればどれほど楽なことか。

だが、男の背負うものがそれを決して許さなかった。

 

僕の全てを賭けて、必ず君たちを守ってみせる!

 

男はこの世界のあらゆる理不尽にケチをつけながら、覚悟の錬血を展開する。

が、男に様子に気づき向かってきた大型のバケモノが、男に向かって氷塊を叩き込み、灰となった男の身は氷雪と共に砕け散った。

 

 

クイーン討伐戦は多大な犠牲を払って終戦を迎えたはずだった。

しかし、バケモノの侵入を抑えていた各地方隊の撤退命令は何故か遅れ、終戦を迎えてもなお地獄の戦場で戦い続けていた。

赤い霧の出現と共に撤退命令が出たこの日、雪崩によって赤い霧の外に押し出されたとある中隊はほぼ壊滅し、かろうじて生き延びていた兵士たちも、規格外のバケモノとその取り巻きに遭遇して呆気なく全滅した。

この話はここで終わりである。

無様にも、この男の錬血が発動しなければ──。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=68614
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