銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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灰身の吸血鬼 3

突然現れた正体不明の赤い霧。

その高さは百メートルを優に越えるだろう。

赤い霧はあらゆる生物に言語を絶する痛みと恐怖をもたらし、越境を決して許さない。

雪と氷が支配するとある山岳地帯で、バケモノの侵入を阻止すべく戦っていた一個大隊は、その赤い霧で恐慌を来たすバケモノと、それらによって引き起こされた雪崩によって混乱に陥っていた。

加えて、轟音と共に霧の向こうに現れた規格外のバケモノの存在が混乱に拍車をかける。

赤い霧をこえるその巨体のみならず、それが赤い霧の向こうとはいえ戦闘を開始したのを見た兵士たちは、先に出されていた撤退命令を盾にほうほうの体で下山を開始していた。

しかし、どこにあっても混乱し出遅れる者は存在する。

 

「ま、待って、待ってください!」

 

とある分隊を率いる分隊長が、足を止め震える声で叫んだ。

 

「まだあそこに第二中隊が、(キヌ)ちゃんが!」

 

混乱する分隊長に、副隊長が鋭く張り手を飛ばした。

よろめく分隊長にむけ、副隊長は冷徹な声で告げる。

 

「隊長、撤退だ。命令に従え」

 

マスクの奥で目を見開いた分隊長は、瞬きをし、そして副隊長と部下たちを見た。

混乱から回復し、分隊長の彼女はやるべきことを思い出す。

信頼と信用という財産を背負って、仲間と共に生きて帰れ。

それが上官から与えられた命令だった。

彼女は居住まいを正し、胸の痛みに逆らうように頷く。

 

「ありがとうございます、副長。皆さんすみませんでした。すぐにこの場を離れます!」

 

そして彼女たちは撤退を開始した。

遅れを取り戻すかのように、その行動は迅速かつルート取りも的確であった。

彼女の目には、混乱する部隊と風雪に混じってある幻影が見えていた。

それは一人の男だった。

黒いザックを背負い、雪山で一際目立つ鮮やかな赤と黄色のハードシェル。

その腕には見覚えのある腕章がつき、右手にピッケルを持っている。

彼女は自然とそれを追った。

見知った姿だった。

黙々と歩いていたそれは、不意に足を止めると首をめぐらしこちらを見る。

ハードシェルのフードとヘルメット、偏光ゴーグル、バラクラバで顔は見えないが、それでも彼女はそれの正体に気づいた。

真横に引き結んだ唇が震えて、吐息とともに小さく声がこぼれた。

 

「お父さん」

 

それに応えることなく、幻影は再び歩き出す。

父の幻影に導かれるまま速やかに下山を続ける彼女とその部隊だったが、不意にその幻影が消えた。

彼女はあらゆる『脈』を捉えるパッシブ錬血を持っている。

その力が、更なる異常を声なく告げていた。

地脈を流れる力が、大雨の降る川のごとく霧の向こうへと猛りながら流れ込んでいる。

こんなことは今まで一度もなかった。

赤い霧のせいか、あの巨大なバケモノのせいか、それともさらなる何かが起こるのか。

足を止めた彼女に、副隊長が声をかける。

 

「隊長」

「ごめんなさい。気になることが──」

 

その瞬間、轟音と共に再び地面が揺らいだ。

音のした方を見れば、霧の向こうに勢いよく噴煙が立ち上っている。

 

「もお! 今度はなんだよ!」

「なあおい、ここって火山だったか?」

「いや、そんなはずは」

 

その場に居合わせたほぼ全員が足を止め、呆然と噴煙を見つめる中、分隊長は無意識に呟いた。

 

「錬血だ」

「え」

「霧の向こうで、誰かが錬血を使ったんだ」

 

さらに彼女の錬血は告げる。

霧の向こうで、地脈の力を吸い上げながら尋常ならざるものが育っていることに。

彼女はその規格に恐れをなし、一歩二歩と退いた。

 

「隊長」

「急いでこの場を離れます。ここも危ない!」

 

語尾にさらなる轟音が被り、噴煙が再び上がった。

 

逃げろ! 振り向くな!

 

戦場に響くその声に、兵士たちは弾けるようにして撤退を再開した。

噴煙は立ち上りながら渦をまき始め、赤い霧を含めた一帯のあらゆるものを灰にしながら、その中心に灰色の物体が形作られる。

みるみるうち体積を増やし、それの高さは赤い霧を瞬く間に超えた。

灰で構成され概ね曲線で形作られたそれは、あろうことか、人間の上半身となる。

そして、その場に居合わせた全ての存在は見た。

赤い霧を背にして山と並び立つ灰の巨人。

神話や伝承上の存在が、今ここに顕現した。

遠目から見ればロマンとスペクタクルに満ちた光景だが、そのお膝元にいるものにとっては大災害でしかない。

さらに混乱する現場にあって、懸命に撤退を指揮する第三中隊長は、赤い霧の向こうで生まれた灰の巨人の背を睨むように見つめた。

 

「やっちまったか、ワン大尉。待っている家族がいるんじゃなかったのかよ、馬鹿野郎が」

 

小声で毒づく中隊長に、彼の副官がやって来た。

 

「隊長、最終防衛ライン上の部隊の撤退が完了しました」

「よし。尻尾まくって逃げるぞ少尉。ここはもう獄卒程度じゃ手に負えねえからな」

「はい!」

 

かくして、霧の内側にいた部隊は前線から全て退き、戦場となった山は地獄を残すのみとなった。

 

 

視界が高く広くなっていく。

体が、意識が、拡張されていく。

それに伴って意識は希薄になっていくが、胸に赤く輝く意志が、拡散する意識を一つに取りまとめているのを男は感じた。

上半身だけが地上から出ている状態ではあったが、巨大だったかのバケモノの姿は、今や己とさほど変わらないスケールに見えた。

 

灰身滅智。

 

己の身を灰にして巨人化する男の錬血は間一髪のところで成立した。

それに伴って新たな錬血を会得し、元々持っていた錬血も変異する。

彼の持つ錬血は灰の巨人となるため、そして巨人化した後に真価を発揮するものだった。

目線を下げれば、周辺のバケモノが巨大化した己に怯えている姿が見える。

果敢にも攻撃を仕掛けるバケモノもいたが、灰の身に触れた途端に霧散して取り込まれ、彼の体の拡張に一役買うこととなった。

地上に空に跋扈するバケモノにはもはや目もくれず、数百メートル先にいる規格外のバケモノに意識を向ける。

そのバケモノは、彼に向けて怒りの咆哮を上げるが、その衝撃波をまともに食らっても、灰の巨人化した男には強風が吹いた程度でしかない。

男には見えていた。

バケモノの外殻の中、その中心に禍々しく輝く巨大な熱源、血英の姿を。

あれを潰さない限り、あのバケモノは幾度でも再生する。

そしてそれがどれほど難儀なことか、男には理解できていた。

 

血英とは、吸血鬼が霧散、堕鬼化、灰化した際に肉体の一部が結晶化したもので、それ故か、その形態は大概赤く棘の形をしている。

しかし、強い思念や記憶が残されていることがあり、うかつに触れば自我喪失から堕鬼化することもある、危険で厄介なシロモノであった。

ちなみに、吸血鬼だけでなくバケモノもそれを残すことがある。

こちらは強い思念はほぼなく、あっても極めてシンプルなものだった。

そのため比較的扱いやすく、その血英を利用して戦力にしようとする試みが部隊内外で行われていた。

彼らの持つ特殊な機構を持つ戦斧や戦鎚は、その試作品である。

では、眼前のバケモノの血英はどうか。

やはり何もかもが破格であった。

大きさ、輝き、堅牢さもそうだが、漲るその意志の力もシンプルかつ強靭なものだ。

当然であろう。

このバケモノは、この星の意志が形を為したものだからである。

男がそう結論づけた理由は、このバケモノの本当の熱源()はこの地上のはるか下、この星の核にあることを見抜いたからだった。

純然な熱源とは違い、目の前の血英には混じりものの気配を感じたが、実に些細なことである。

その血英は声高らかに主張する。

 

生きたい。

そのために食いたい、ひとつになりたい。

 

動物的な生存本能である。

この星の生物の営みは基本それで動いていて、あらゆる生物同様、星自体もそれから脱却できないのならば衝突は避けられない。

男にはあのバケモノを止める非常にシンプルなプランがあった。

己の持つ最大火力の錬血で外殻を剥がして血英を露出させた後、もう一度錬血を使って血英自体を破壊する。

言うは易いが行うは難し。

まず外殻の強度自体が桁外れなのは、バケモノが射出する棘の強度から推し量れる。

実際のところ、人類の叡智をかけた技術はもちろん、吸血鬼の錬血をもってしても、あの棘を破壊するには至らない。

だが、己のブラッドコードに由来する最大火力の錬血なら、外殻の破壊は可能であると男は確信していた。

だが、そこに最大の問題があった。

錬血の発動までに時間が必要なことと、移動ができないことである。

明確に宣戦布告をする相手に対し、向こうも大人しくしているはずもなく、それまであの熾烈な攻撃に耐え続けなければならない。

男は覚悟を決める。

ここからの戦いは、意志の強さが勝敗を決する。

意志が挫けた途端、この灰の体は崩壊し無に帰すだろう。

それだけはさせない。

部下たちの献身を無駄にしない。

屠された数多の命を見逃さない。

そして、家族の未来を潰えさせない。

巨人の目が、赤く鋭く輝いた。

瞬時に巨人の周辺に赤い光がいくつも出現する。

目の前のバケモノが射出する棘とは違い細長い形をしている。

よくよく見ればそれは(たがね)の形をしており、その中心には血英があった。

それらが一斉に目の前のバケモノに向けて射出され、辺り一帯は炸裂する赤い光と衝撃波に襲われた。

それらは地表とその付近にいたバケモノを容赦なく霧散させ、さらに地吹雪を引き起こす。

しかし、その向こうにいるバケモノは健在であった。

 

やはりこの程度では破れないか。

バケモノはおろか、山肌を穿っている棘にも大きなダメージはなさそうだった。

男は目の前のバケモノの様子をうかがう。

すると、バケモノはひと声上げると、山肌を蹴りあげて宙に浮いたではないか。

ティアラのように見えた両端は翼であり、羽ばたきを繰り返す度に地表では地吹雪が発生する。

同時にバケモノの中心に青い光が生まれた。

それはみるみるうちに膨らみ、巨人を飲み込んだ瞬間、青い円の中で計り知れない力が弾けた。

連続して起こる力の融合と崩壊。

それは地表のあらゆるものをスプーンですくうように抉り消し飛ばし、灰の巨人の身体を崩壊させる。

さらには、円の外ではこれまでで一番の衝撃波が起こり、その風圧に負けて周辺の赤い霧が一瞬だけ立ち消えた。

青い光が消えて赤い霧も復活した頃、地響きとともに荒れ果てた地表に着地したバケモノは、その光景をどう見たか。

灰の巨人の巨大な血英は、燃え盛る炎のごとく輝きながら再び一帯の全てを使って体を再構成し始めている。

バケモノは、誰が聞いても分かったであろう、紛れもない苛立ちの声を上げるが、怒りに燃えるのは男とて同じだった。

 

やってくれたな、このバケモノめ!

 

瞬く間に体の再構成を終えた巨人は、怒りと闘志で目をさらに赤く輝かせた。

 

こうして始まったバケモノと巨人の戦いは、辺り一帯を岩と砂と灰と炎の荒地にした。

山体は度重なるバケモノと巨人の攻防によって一部が崩壊して原形をとどめておらず、地表は激しい熱によって溶けだし赤々と燃えている。

驚愕すべきは、それでも棘は原形をとどめて地表に突き刺さっていることだ。

いかなる物質、構造でできているというのか。

しかし怯んでいる暇はない。

バケモノは性懲りもなく例の棘を周囲に配置した。

狙いは己の血英である。

男もそれに応戦すべく、再び血英を核にした光弾を展開する。

同時にそれらは射出され、赤と金の光が炸裂し地吹雪が巻き起こった。

バケモノの棘は赤い光弾によって撃ち落とされ、次々と地に落ちる。

男はさらに光弾を展開した。

バケモノの棘は、再度展開するために多少の時間を要するが、巨人の光弾はすぐに展開できることが唯一勝る点であった。

先程とは比較にならぬ数の光弾が一斉に射出され、地吹雪をもろともせずバケモノへと叩き込まれる、はずだった。

 

その時、地響きが起こった。

続いて地面を突き破って何かが飛び出す。

赤い光弾はそれに衝突し弾け飛んだ。

男は驚愕に目を見開く。

地吹雪の向こうには、審判の棘が出現し、それを縦糸にして、青い光の横糸が編み込まれた半円状の結界を形成していた。

そして、その中にバケモノがいる。

さすがはこの星の意志、何でもありか。

想像を絶するその力に、男は畏怖を覚えた。

しかし、男の戦意はそれでも挫けない。

あの結界をも破れる力を己は持っているのだ。

だが、まだ時間が必要な上に、男もかなり苦しい状況になっていた。

元々男の赤い光弾は、冥血と意志の力を射出する『血』属性の錬血だった。

その錬血も巨人化した際に変異し、己の血英を細分化し、それを核に意志の力で射出する無属性の錬血となっている。

前述したように、血英とは己の血肉の一部が結晶化したものであり、記憶の塊でもある。

しかし、今の男の身は灰であり血肉はない。

今まで散々バケモノに叩き込んでいた血英は男の記憶であり、それを無くして男は自我喪失の危機に立っていた。

その証拠に、記憶という支えをなくしつつある男は己を形作ることが困難になり、巨人の姿は徐々に崩れ始めている。

生前のあらゆる記憶を全て費やしたがそれでも届かない。

 

男の僅かな逡巡を、バケモノは見逃さなかった。

結界をとくと、男に向けて鋭いビームを放つ。

男は出遅れたとは知りながらも、糸状にした血英を前方へと展開した。

赤い糸は即座に編み込まれて複雑な紋様を刻んだのと、ビームが直撃したのはほぼ同時であった。

どうにかビームの威力は減衰し、紋様を突き破って巨人の体の一部を削りはしたが血英は無事だった。

だが、再び錬血を使った結果、巨人の姿はさらに崩れ溶けた。

灰で構成され、両腕のついたスライムのようなおぞましい姿となっている。

 

大恩ある男の両親。

決して裕福な家庭ではなかったが、両親は懸命に働き、息子を軍の士官学校へ通わせてくれた。

息子のために働き続け、息子の結婚を、その孫の誕生を心から喜び祝い、そして安心したように死んだ、男にとってかけがえのない存在。

その記憶を代償にしてもこのバケモノには届かなかった。

だが、男は悲しいとは思わなかった。

両親のことも、両親の記憶を捧げたことも忘れてしまったから。

何を捧げればやつに届く?

自分に付き従った部下と、尊敬すべき同僚と上司の記憶か。

今まさに守ろうとする妻子の記憶か。

確かに、大切な記憶であればあるほど力は増す仕様ではある。

しかし、それを無くして己を保てるのだろうか。

だが、全力で応戦しなければ確実に殺られる。

手離したくないが、もうこれしかない。

男は胸の痛みと共に固く目を閉じ、そこに見えた家族に詫びた。

そして、一番大切な記憶を捧げて錬血を展開しようとした時だった。

 

『隊長、それは最後の最後まで残しておきましょう』

 

不意に聞こえた声と真っ白に開ける視界。

男は再び驚きに目を見開く。

そこには、先程まで共に生きて逃げようと運命に抗い、しかし叶わず灰となった部下たちがいた。

 

「少尉、みんな。これは一体」

 

突然の展開に動揺する男に、ギリックは歯を見せて苦笑した。

 

『上官が一人、そんな姿になってまで戦っているのに、部下として放っておけるわけないじゃないですか。それに、ご自身もおっしゃっていたでしょう。『ワンマンアーミーはいらない』って』

『隊長一人、規律を破ってカッコつけはさせませんからね』

『おほー、ブレンダちゃん言うねえ。すごいぞー立派立派』

『ふざけるのはやめてください! 私は真剣なんです!』

 

茶化すレジーにブレンダは憤慨し、部下たちは陽気に笑いあう。

そんな中、スノーデン少尉は真っ直ぐにこちらを見た。

 

『隊長、命令を。ここには、我々の部隊が残した血英が数多く残されています。それを利用すれば、十分な時間稼ぎになるはずです』

『……少尉、何を言っているのかわかっているのか。それはまた、君たちを利用しろと言っているんだぞ』

 

信じ難い提案をする副官に、男は震える声で問いただす。

 

『もういいだろう。君たちは死してなお十分すぎるほど戦ってくれた。私や上官、シルヴァ司令に利用され尽くし、ようやく終ることができたんだ。なのに、また戦いに駆り出されて完全に消え失せるなど、私は認めない、決して認めないぞ』

『しかしですね隊長、言い方が悪いのは承知で言わせてもらいますが、ここにある血英は処分に困る放射性廃棄物のようなものです』

 

ギリックが横から口を挟んできた。

 

『将来、ここには何かしらの調査隊が入るでしょう。その時、ここの血英は確実に害をもたらします。後に滅却なり再利用をする技術が生まれるかもしれませんが、それを待っていられるほど人も現実も悠長な性格ではありません』

 

男を諭すようにギリックは穏やかに言った。

 

『我々は死に、未練がましく血英を残して灰となった、天にも地にも見放された存在です。遺した血英もこの世に仇をなす始末。ならば、ここであれを止めるために一欠片も残さず綺麗さっぱり使い切り、後世の憂いを断つ一助になりましょう』

 

そして、ギリックは歯を見せ不敵な笑みを浮かべた。

 

『これはシルヴァ司令や人類の為じゃありません。グダグダズルズルと醜態晒して時を過ごすなど、この部隊の性分ではない。そういうことです』

 

目の前の部下たちはこちらを見ていた。

さらにその背後には、雪崩に巻き込まれて灰となった多くの部下たちの気配を感じた。

彼らは待っていた。

静かな覚悟とともに男の命令を待っていた。

 

「君たちは──」

 

男は決して理想の上官ではない。

かの司令どころか、直属の上司にすらそのカリスマは遠く及ばない。

しかし、地獄の戦場を駆け抜けて死してなお、自分を信頼する部下たちの姿に、男の胸には言葉にしきれない熱い感情が込み上げた。

バカばかりだ。

男はうつむき苦笑した。

ここにいる全員、本当に正真正銘のバカばかりだ。

目頭が熱くなるのをどうにかこらえ、男は毅然と顔を上げた。

 

「兵士諸君」

『はっ』

「私の錬血が発動するまでの間、諸君ら精鋭の力を私に貸してくれ」

『イエス、サー!』

 

男は声帯を引き締めて第一声を発する。

 

Fall in(集合)!」

 

現実の視界に戻された男は、ここで初めて認識した。

この戦場に散らばる数多の血英の存在。

それらは雪と氷と炎の中にあっても、存在を主張するが如く鮮やかに赤く輝き、宙に浮いたかと思うと瞬く間に巨人の周辺へと集った。

そして、上空から見れば矢じりのような、前方への攻撃を目的とした陣形を形成する。

 

Fix Bayonets(着剣)!」

 

棘の形をした血英たちが一糸乱れることなく、一斉に鏨の形となった。

敵の全てを割り開く意志の表れである。

男はそれを見届け、万感の思いと共に告げた。

 

「諸君、では行こう!」

 

前方のバケモノが咆哮と共にビームを放つのと、男の号令は同時だった。

 

Follow Me(突撃)!」

 

ビームと突撃する血英たちが激しく衝突し、周囲は激しく放電する。

目を焼き尽くす光の中にあって、血英たちはビームを切り裂きながら破竹の勢いでバケモノへと向かっていった。

ビームをもろともせずに突っ込んでくる血英たちに、バケモノは攻撃の手を止めると審判の棘を使った結界を展開する。

結界の力は絶大であった。

衝突した血英たちは徐々に力を使い果たして消えていき、陣形は崩れ始めた。

 

『怯むな! もう後も先もねえんだ。ヒビ一つ入れるぐらいの嫌がらせはしてやれ!!』

 

ギリックの声に血英たちは応じるようにさらに赤く輝き、一矢報いるべく突撃は続く。

血英たちが数をさらに減らしながら結界の突破を試みる中、男は己の最大火力の錬血発動に向けて手を伸ばし続けていた。

あと少し、本当にあともう少しで届く。

その合間にも、散って消えていく数多の部下たちの声が聞こえた。

怨恨も憎悪もない、感謝と別れの言葉に痛烈な胸の痛みを覚える。

くそっ! まだか、まだなのか!!

歯茎から血が出んばかりに奥歯をかみ締めながら、男はさらに手を伸ばし続けた。

しかし、結界に立ち向かう血英たちは、最後にひときわの光芒を放って全て砕け散った。

こうして、男の指揮する中隊の最後の戦いは、星の圧倒的な意志を前に敗れ去った。

だが、ここに奇跡の音が鳴り響いた。

それはこの場においては小さかったが、決定的な音。

中隊の捨て身の総攻撃は、あの審判の棘に大きくヒビをいれ、完全無欠だった結界に綻びを生み出したのである。

 

『隊長、やりましたよ! 結界にヒビが入りました!』

『お膳立ては済ませました。あとはお任せしましたよ、隊長』

 

二人の部下の声が消え、男は感情のままに声なき声を上げた。

全ての力を振り絞って手を伸ばし、そして遂に届いた。

巨人の全身、その周囲から力が爆発的に放出し、猛りうねりながら巨人の体を中心に一つにまとまり始める。

巨人は灰の腕をゆっくりと伸ばした。

ザラザラと崩れるのに瞬時に再生を繰り返す灰の指の先に、あのバケモノがいる。

 

さあ、今までお返しだ。

遠慮せずに受け取るがいい。

 

広げた手の先に、血の雫のような赤が小さくポツリと現れた。

それは周囲の全ての力を瞬く間に吸い上げ、重く凝縮していく。

突然、この星全体がブレーカーが落ちたかのように暗くなった。

太陽は天にあって世界を照らしているにも関わらず、確かに暗くなった。

それに気付いた者はどれくらいいただろう。

審判の棘も、赤い霧も、血涙の泉も、ヤドリギも、ありとあらゆる力と光が、この瞬間消え失せた。

宇宙空間からこの星を観察するものがいたなら、星の一角に赤い光が煌めくのを見ただろう。

身も心も繋がりをも切り裂く赤。

本能的に感じる終わりと絶望の赤。

男の最大火力の錬血が満を持して発動した。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
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