銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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灰身の吸血鬼 4

昔々、本当に途方もないほどの大昔。

とある国の真偽定かではないお話。

この世は卵の形をしており、卵の中は陰陽の力が渦巻き混沌で満ちていた。

そこに、一人の巨人が生まれた。

巨人は生まれたものの眠りにつき、その間もその身は成長を続けた。

目を覚ました時、巨人はこの環境に途方もない居心地の悪さを覚えた。

何も見えず何も聞こえず、おまけに窮屈である。

耐えかねた巨人は、不思議な力を持つ斧と鏨で卵を割り開くと、陰陽の力は分離して天と地が作られた。

 

再び卵が閉じてしまうことを恐れた巨人は、割れ目の間に立って成長を続けた。

巨人の成長に比例して天は日に日に高くなり、地は日に日に厚みを増し、世界は拡大する。

こうして途方もない時間を成長に費やした巨人は、世界が安定したことを確信するとついに倒れ息絶えた。

その身は世界に変化と彩りを与え、数多の生物が生きるための源になったという。

 

巨人の名は盤古。

そして、男の持つブラッドコードはその名を冠していた。

 

 

この世の終わりのような赤い光が一帯を染め、天が崩れるような轟音が響き渡った。

巨人の攻撃は、バケモノを中心にしてあらゆるものを消し飛ばす。

それはバケモノが飛ばしていた粛清の棘も例外ではない。

外皮どころか本体そのものも即座に灰と化してあっという間に姿をなくす。

これまでで最大の攻撃は、巨人の背後で撤退する部隊にも影響を及ぼした。

断続して起こる地響きと衝撃波は、彼らに足止めをせざるを得ない状況になっている。

そんな中、この難を逃れていたある小隊がいた。

前述した分隊長のパッシブ錬血で洞穴を発見し、逃げ込むことができたからである。

彼らは息を潜め、外で起こっている大災害が収まるのを待っていた。

 

「滅茶苦茶だ。もはや何が敵で味方かもわからん」

 

この山に鎮座する厳のように、常に冷静で生真面目な副隊長の珍しいぼやきに、分隊長はため息をついた。

 

「両方とも体が大きいですからね。その分、及ぼす影響も大きいわけで。私たち、この星の地表を間借りしてわちゃわちゃしているだけの、ちっぽけな生き物でしかありませんから」

「それはもう、大崩壊から今までの経験で身に染みて感じているよ」

「俺、この山を下りたら恋人にプロポーズするんだ」

 

彼らの隣にいた兵士がポツリと呟いた。

 

「もう既に指輪も買ってあって──」

「兵長、それ何回目の嘘フラグですか」

「今日はこれで十二回目だ」

「え、そんなに?! ……副長、今は具体的な数字は聞いていません。兵長の立てたフラグで、辺りが剣山のようになっていますよ」

 

分隊長が呆れたように言うと、兵長は居住まいを正した。

 

「はい。死亡フラグを乱立すれば逆に生き残る法則があると聞き、それ証明すべく実践をしている次第であります」

「そうですか」

 

すると、この場においての最高責任者である小隊長が、首をめぐらしてこちらを見た。

 

「おい、その嘘エピソードはいい加減聞き飽きた。今頃運命の女神(ファータ)も大欠伸をしているぞ。もっとバリエーションを増やせ。聞く側も楽しませる努力をしろ。意中の女を退屈させんな」

「イエス、サー!」

 

この状況で真面目に何のアドバイスをしているんだろう。

彼女は思ったが、この小隊長はいついかなる時もこんな調子であった。

その小隊長は、別の分隊長とともに外の様子をうかがっていた。

 

「あれが消えない限り、しばらくはここで待機ですか。モリヤマ軍曹の報告では、少なくともあの巨人は、錬血によって出現したものだと言っていましたが」

「ああ。第二中隊のどっかの誰かさんが、苦し紛れに発動したんだろう。相手が相手だ。そりゃ出さざるをえんわな」

 

ゴーグルの向こうで小隊長は目線を険しくした。

 

「ガラじゃねえが、ここはギリギリまで慎重路線で行く。ここまで生き延びたのに、こんなクソ雪山で堕鬼や灰になって、悲劇の部隊と後世の語り草になってたまるかよ。そっちの方がガラじゃねえわ」

「はい。我々はどちかと言えば、笑い草の方が似合いますものね」

「不本意だがそういうことだ」

 

小隊長は大きく息を吐き、そして控える分隊長を見た。

 

「ここらの岩盤な、事前の地質調査ではそこそこ硬さがあるって話だ。しばらくはもつだろう。今のうちに皆を休ませておけ。ここを出たら休みなく麓まで下りるぞ」

「イエス、サー」

 

下がる分隊長に目もくれず、再び外の様子をうかがう小隊長は、フルフェイスのマスクに隠れた端正な顔を歪ませた。

もしその表情が見えていたなら、周囲の兵士は事態が極めて厳しいことを思い知り、緊張で体を強ばらせたことだろう。

あー腹減ったなー。

そういやここ数日、まともな飯食ってねえじゃん。

はあーあ、マジでマンマの温かい飯が恋しいぜ。

実際のところ、雑食吸血鬼である今の彼の思いはこんな感じだった。

 

 

神話や民間伝承において、盤古が世界の卵の割り天地を開闢した一撃。

男の錬血の規模は到底それには及ばないが、概念としてはそれに限りなく近しいものである。

にも関わらず、バケモノの作り出した結界は恐ろしいまでの堅牢さでその暴力に耐え抜いていた。

何事もなければ、この星の最上位に君臨するという概念で耐えきったかもしれない。

だが、男の部下たちが全てを賭けて呼び寄せた奇跡は、その結界に綻びを生み出し、男の錬血によって破壊するまでに至った。

己を守るものなくし、バケモノは外殻はたちまち灰となり消し飛んでいく。

赤い光が収まった頃、巻き上がる塵灰と瘴気と高温で揺らぐ視界の向こうで、人魂のように不気味に揺らめく巨大な青い炎の存在があった。

あれこそが、このバケモノの血英であった。

外殻を剥がされ弱点がむき出しになったバケモノは、青い光を猛らせ、声なき声で明確に巨人に怒りと殺意を向ける。

もし、言葉を発することができたのなら、容赦なく罵倒したであろう。

 

『お前のその力は何だ!?』

『その力は、()()ではないか!!』

 

巨人化したとはいえ、男の生み出せる力は星には全く敵わない。

人の意識を手放せない男には、到底及ばないほどの次元の違いがある。

ならばと男は手短かつ、最大のエネルギーを持つ外部に頼ることにした。

発動に時間がかかったのも、そもそも巨人の下半身が地中に埋もれていたのも、この星の内核に接続するためである。

錬血が発動する直前、この星が暗くなったのは一気に大量の力を吸い上げたことによる『貧血』状態になったからであった。

その原因である男は、バケモノの殺意を平然と受け流して睥睨する。

 

『だからどうした?』

 

親のスネをかじって開き直る子どものような態度に、バケモノ血英はさらに激しく輝いた。

星の意志が働き、周囲のあらゆる力を取り込んで急速に外殻が再構成されていく。

だが男は、それを決して許さない。

星の内核に接続できた男に、もはや発動までの待ち時間は必要なかった。

再びこの星が暗くなった。

次いで炸裂する開闢の一撃。

激烈な攻撃に曝され続けた周囲は元の地形を完全に消失し、バケモノを中心にクレーターが出来上がった。

燃えさかる大地と、さらに巻き上がる大量の塵灰と瘴気によって、視界は天と地の境目すら曖昧になる。

そこに浮かび上がる異形の二体、否、二柱の存在。

その光景は、神が世界を創造する前の混沌か、神話で描かれる神々の最終戦争か。

己の命を利用して再び外殻を消されたバケモノは、声なき声で悲鳴をあげた。

目の前の巨人は、親のスネをかじって悪びれもしない悪童ではない。

(自分)の命をもって、なすべきを成す最大規格の外道であることをようやく理解した。

バケモノ思惑など知る由もない男は、その血英を破壊すべく錬血を発動しようとした時だった。

 

唐突に、男の周囲の景色が無くなった。

何も無い空間は虚ろでがらんどうだ。

それは、目の前に背を向けて座り込み両手で顔を覆っている一人の少女の心象風景だろうか。

男は知る。

これが、今まさに対峙しているバケモノの血英、その混ざりものの正体なのだと。

 

かわく。

かわく。

 

それは彼女の声か、それとも思いか。

男の耳に、そして心に、確かに聞こえた。

 

だれもいない。

だれもみてくれない。

だれもきいてくれない。

だれもわかってくれない。

 

それは大層悲哀な悲哀を帯びていて。

 

だれもたすけてくれない。

 

これは間違いなく、部下たちの仇であり、全ての吸血鬼が討伐すべき宿敵である。

彼女の足元には罪業の有無を問わず、おびただしい数の死体があり、今後も増え続けるだろう。

しかし、その声と思いは男の胸を確かに打った。

娘と同い年、いやもう少し年上か。

そんな年端もいかない少女が、これほどの孤独と絶望を抱えている。

男には知る由もないが、その姿は人類と吸血鬼のために心血を捧げ尽くし『クイーン』と呼ばれた少女のものだった。

 

ああ、かわく。

 

少女の声と思いに苦悶と飢餓が混じる。

 

かわく、かわく、かわく。

ならばたべよう、のみほそう。

ひとつになれば、きっとみたされる。

 

男は本能的に悟る。

己にこの少女は救えない。

乾きと飢えと孤独を癒せない。

 

「君」

 

だがそれでも男は声をかけた。

 

「私は、君のした行為を決して許すつもりは無い。たが、君はどんな理由でそこまで飢え、孤独に打ちひしがれているのだろう。それがこの事態を招いているのなら、それを知りたいと思う」

 

だれもいない。

だれもみてくれない。

だれもきいてくれない。

だれもわかってくれない。

 

「話を聞きたい。だからまずこちらを向いてほしい」

 

男は一歩前に出た。

少し屈んで少女の姿をしたそれに声をかける。

 

「私の名前はハオラン・ワン。君の名前を教えてくれないか」

 

みたされない。

かわく、かわく、かわく。

もっと、もっとたべないと。

 

しかし、少女は背を向けへたりこんだまま動かない。

 

そばにいて。

わたしをみて。

はなしをきいて。

わたしをうけいれて。

 

まるで海辺の波のように、嘆く声が打ち寄せては引いていく。

しばらく待っても動かない少女に、先程の直感の裏付けがとれた。

この少女の形をしたものには、致命的な救われなさがあることに男は思い至る。

男は目を閉じ、一瞬の逡巡の後に再び目を開くと、立ち上がって少女を見下ろした。

 

「そうか。ならば、厳しいことを言うよ。……君、他人()の話を聞いていないだろう?」

 

わたしをあいして。

 

「君は何も見ていない。何も聞いていない。何もわかろうとしない。自分の気持ちだけを訴えて、閉じこもって自己完結して、相手と向き合おうとしない」

 

たりない、たりない、たりない。

たべないと。

もっともっとたべないと。

 

男は、少女の形をした混ざりものの正体を見抜いていた。

ガラス細工のように繊細で、小動物のように臆病で、醜悪なまでに強欲で、吐き気を催すほどに怠惰で、それらを全て受け入れろという傲慢さ。

男はもちろん、人なら誰しもが持ち、時に溺れ、時に棚に上げて目をそらし、時に克服しようとするもの。

ああ、なんということだ。

これは人の欲望そのものだ。

その事実に男は失望し、絶望した。

これが、自分の部下たちの仇であり、吸血鬼が討伐すべき敵の首魁とは、あまりに幼稚で情けない話ではないか。

この血英は、人の欲望に汚染されたか、もしくは人の血英に星が力を与えたのものか。

いずれにせよ、男はその在り方を肯定することはできなかった。

あまりにも取り返しがつかない上に、その災禍は現在進行形で進んでおり、未来にも同様かそれ以上の被害をもたらす。

では、その事実をもって己のなすべきは何か。

男は静かに口を開いた。

 

「私は、君の親でもなければ友でもない」

 

ああ、かわく。

 

男は目の前の存在に言葉をかける。

 

「英雄でもなければ精神科医でもない。この灰の身と思いが保てる時間は、もうわずかしかない。私は、人と向き合わず話を聞かない君を救わない。そもそも君に、その価値はない」

 

たりない。

まだぜんぜんたりない。

 

言いながら、男の手に戦斧が音もなく現れた。

 

「予定通り、私の存在の全てをかけて君を止める」

 

わたしをあいして。

 

男の目が決意の宣言とともに赤く光り、同調するように戦斧も赫赫と輝きはじめる。

 

「私の家族が生きる未来に、人ならざる君が誰かと対話をする未来があるかもしれない。その未来のために、君の望みは何も叶えない。ここでお別れだ」

 

わたしとひとつになって。

 

男の振りかぶる戦斧の輝きは、いよいよがらんどうの空間を赤に染めあげ、

 

「さようなら。そしてお休み、可哀想な君」

 

傷つき隔てられる『私』と『他人(あなた)』。

闘争と対話の始まり。

それをもたらす絶望と断絶の赤が空間を一閃した。

 

────わたしをころして。

 

弾け飛ぶ空間の彼方、断末魔と呼ぶにはあまりにちっぽけで弱々しく、身勝手な声が聞こえた。

 

 

再び世界はブレーカーが落ちたかのように暗くなった。

次いで赤い閃光が走り抜ける。

再び一帯は無慈悲な暴力の嵐が吹き荒れた。

全てを灰燼に帰す一撃を受け、それでも紫の巨大な血英は強靭な意志を持ってそれに耐えた。

否、それは意志と言うより生への恐るべき執念と言えよう。

男は己の記憶を代償に鏨を生み出した。

女王討伐戦を共に戦った戦友や部下たちの記憶が、バケモノの血英に容赦なく叩き込まれる。

悲鳴のような音を立てて血英が軋んだ。

それでも、それでもなお血英は砕けない。

男はこの時、断崖の際で己が腕一本で掴まっている状態であることを知った。

底は、全く見えない。

わかるのは、手を離せば完全に終わりだということだった。

ああ、手を離す時がきたか。

身を裂き焼かれるような痛烈な胸の痛みに、男は思わず涙ぐむ。

一度免れたことで、執着が余計に募った。

手離したくない。

これだけは手離したくない。

掴む手に力が篭もる。

だが──。

 

職場で怪我をし、入院することになった病院で妻と出会った。

日々忙しく働き回り、患者やその家族の前では気丈で頼もしく、笑顔でサポートしていた彼女は強く美しく見えた。

その姿に惚れ、脇目も振らずにアタックしたのが始まりだった。

お互いのシフトの事情もあり、直接会う機会は限られたものの、メールやチャットでのやり取りは楽しく、日々の仕事の活力になった。

時に喧嘩をし、互いに振り回し振り回されて妥協点を探る駆け引きは、実に平和で幸せな時間だった。

そんな紆余曲折を経て、無事に結婚までたどり着き、子どももできた。

皆に祝福されて子どもは生まれ、妻とともに親として気の休まらない多忙な日常は続いた。

そんな日々の中で、一際輝く記憶があった。

つかまり立ちができるようになった娘が、机につかまり伝い歩きをしながら自分の元へやってくる。

 

『凄いぞ、クゥシン。爸爸(バーバ)のところまで来れるかな』

 

と、娘の手が机から離れた。

手をさ迷わせ、覚束ない足取りで一歩、また一歩とこちらへやってくる。

 

『ハオラン、クゥシンが!』

『ああ、見ているよ』

 

妻の驚きの声に、男は思わず破顔した。

娘がひとり歩きをした瞬間の驚きと喜び。

ひとり歩きができるようになったことで、子どもの活動範囲は劇的に広がり、親の気苦労も比例するように増えた。

口から発する言葉も動物的なものではなく、意味のある単語へと変わった。

走れるようになった娘が、笑顔でこちらにやってくる。

弾丸のように飛び出した娘は、慌てて追いかける妻には目もくれず、まっすぐにこちらに手を伸ばし、揺るぎない信頼をこめて男の役割を口にした。

 

『爸爸!』

 

ここはどこよりも酷い現実(地獄)だ。

僕は、そんな現実へ君たちを置いていく、酷い夫で酷い父親だ。

せめて君たちへの思いだけは抱えていこうと思ったが、……だからこそこの思いを未来へ捧げる。

僕の部下たちがそうしたからじゃない。

この先の未来に光があると信じているから、その道を僕の全てで切り拓く。

これが、僕の運命だ。

クゥシン、シーハン。

どうか、どうか元気に生きてくれ。

 

娘と妻の笑顔に微笑み、男は断崖から手を離した。

 

巨人は大きく身を崩しながら、一際輝く鏨を放った。

鮮血のような光芒を放ち、鏨は迷いなくバケモノの血英(執念)へと直撃する。

生物なら誰もが持つ普遍の執念に、その執念を捨てた刹那の祈りが激しく拮抗した。

ここに、最後の奇跡がおこった。

異形たちを取り巻くあらゆる力は、今まで激烈な意志によって使役されるままになっていたが、男の悲壮な祈りにそれらは高らかに共鳴した。

小さく儚い、眩い(祈り)の元へ、巨人の元へ激流のごとく流れ込み、鏨の力をさらに加速、増幅させる。

その力に、とうとう耐えきれなくなった血英にヒビがはいった。

鏨の力は衰えることなくそのヒビに押し入り、血英は快音と共に勢いよく砕け弾け飛んだ。

砕けた血英の破片は、流星のように尾を引きながら四方八方、この星のありとあらゆる場所へ飛び散っていく。

それを見届け満足したのかのように、鏨と巨人の血英は光と力を失い、瞬く間に灰となって消し飛んだ。

そして、被害を免れた審判の棘は光を取り戻し、赤い霧が再び周辺の大地を包むように覆った。

 

周囲に静けさが戻った。

太陽の光は塵灰で遮られてわずかにしか届いておらず、日中であるはずなのに薄暗い。

そして雪のように灰が降り、足元に既に積もり始めていた。

まるで、地獄の戦場を覆い隠すかのように。

地獄に安らかな眠りをもたらす慈悲のように。

洞穴周辺を部下と歩哨していた分隊長は、地脈を流れる力が正常になったことに気付き、赤い霧の方角に顔を向ける。

降灰の中でも鮮やかに映える赤い霧の向こうは、やはり不明瞭だった。

だが、存在を誇示していたバケモノの姿は確認できず、対峙していた巨人は人の姿を完全になくして灰の山となっていた。

分隊長から報告を受けた小隊長は外へ出ると、赤い霧の向こうを見やった。

 

「終わったのか」

「はい、恐らくは」

 

小隊長の問いかけに分隊長は頷く。

 

「地脈の流れが正常に戻っています。バケモノと巨人の脈も感じられません。恐らく、終わったかと」

「そうか」

 

話している間にも、灰の山は未だ吹き荒れる風によってかさを減らしていく。

時間と共に、跡形もなく消え去るだろう。

降りしきる灰の中、二人は言葉なく立ち尽くしていたが、小隊長は振り切るように赤い霧に背を向けた。

 

「軍曹」

「はい」

「この降灰がやんで安全の確認が取れたら下山を再開する。お前の部隊は引き続き歩哨を続けてくれ」

「了解」

 

小隊長は洞穴へ歩き出し、分隊長もそれに続こうとして、しかし足を止めた。

未練がましく霧の向こうへ目を向けるが、やはり生者の脈は見えないし感じられない。

マスクの奥で分隊長は悲しげに目を細めたが、やがて諦めたように肩を落とし小隊長の後を追った。

赤い霧の向こうはようやく終戦を迎えた。

しかし、彼女たちの戦いは、少なくとも山を下りるまでは続くのだった。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
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