銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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燔祭の吸血鬼 2

翌日、目を覚したクルスは朝食を摂り、あと少しで行われる実験をベッドの上で待っていた。

気分はいつも通り憂鬱ではあったが、この実験が終わる頃にはルイが会いに来てくれるだろう。

そのことを心の支えにし、クルスは呼吸を整えながら研究者たちが来るのを待っていたが、ふと顔を上げる。

部屋の外が騒がしい。

ついでに言えば、人が多くいる気配を感じる上に、緊張した雰囲気が壁越しにも伝わってくる。

今日はそんなに大掛かりな実験の日だったろうか。

疑問に思ったのもつかの間、扉がノックされた。

 

「はい。どうぞ」

 

応じると扉が速やかに開かれ、馴染みのある研究員がやって来た。

彼女の担当医でもあるアウロラだった。

 

「おはよう、クルス。気分はどう?」

 

いつもの溌剌な笑顔を浮かべて挨拶をするアウロラだが、クルスは少し様子がおかしいように感じた。

疲れているような、緊張しているような、浮き足立っているような。

 

「おはよう、アウロラ。今日もいつもと変わらずの調子です」

 

ひとまず挨拶を返すと、アウロラは笑顔で頷いた。

 

「そう。それじゃあ早速、と言いたいところだけど、今日は貴方に会いたいという方がお見えになっています」

「……はい」

 

いつもと違う展開に、クルスは戸惑いながら返事をした。

私に会いたい人。

とっさに思い浮かんだのはルイである。

しかし、ルイは今の時間は学校にいるはずで、そもそも改めて紹介するのも不自然である。

じゃあ、誰だろう?

するとアウロラは、扉を更に大きく開けると誰かを招き入れた。

白い髭を生やした軍服姿の大男。

彼が入ってきただけで、部屋の空気が一瞬にして変わり、ついでに狭くなったように思えた。

だがクルスはそれどころではなかった。

息を飲み、その姿を凝視した。

大男はそんなクルスをしばし見つめ、その目に深い憂いを滲ませた。

 

「クルス」

「……お父さん」

 

彼こそはクルスの父親にして、人類の生存のために最前線で日々奔走するグレゴリオ・シルヴァであった。

多忙である彼は、娘に会う機会をなかなか取ることができず、映像でのやり取りに留まっていた。

こうして直接面会するのは、クルスが被験体として研究所に入って以来のことである。

思わぬ来訪者にクルスは驚愕し、思わずアウロラに視線を向けた。

アウロラは先程の表情とは打って変わって、神妙な面持ちでクルスを見つめた。

 

「昨日、ルイから相談を受けたの。貴方を支えるために力を貸してほしいって。私も昨日の様子はモニタリングしていて、状況が思わしくないのはわかっていた。だから、無理を承知で貴方のお父様にお越しいただいたの。少しでも、貴方の心の負担を軽くできたらと思って」

「……そう、だったの」

 

クルスは驚きながらも、ここまでの成り行きを整理する。

クルスの異変にルイが気付き、彼女と正面から向き合った。

クルスはそんなルイを信じ、胸の内を打ち明けた。

それを受け、ルイはアウロラに相談を持ちかけた。

ルイの相談に、状況を把握したアウロラがグレゴリオに働きかけ、グレゴリオはクルスの前に現れた。

まるでバトンリレーのようだとクルスは思った。

扉を開けてバトンを渡した時、たちまち世界は広がり昨日とは違った姿を見せる。

面倒と迷惑で構成されているはずのその世界は、不思議と優しさと暖かさに満ちていた。

 

「ヴァレンティーノ博士、しばらく娘と二人にさせてもらいたい」

「わかりました」

 

アウロラが出ていき、扉が静かに閉められる。

久しぶりの父娘の再会となったが、その空気は重く緊張したものだった。

クルスはうつむき、握りしめる両手を見つめた。

父は何を言いに来たのだろう。

怒られるのだろうか。

みんな忙しいのに迷惑をかけるな。

人類の危機にわがままを言うな。

悪い予想が脳裏を巡る。

沈黙に耐えきれず、クルスは声をかけた。

 

「あの……お父さん」

「すまなかった」

「えっ」

 

浅黒い肌に白い髭をたくわえた父の顔は、悲しみと苦渋が深く刻まれていた。

 

「今まで、会いに来てやれなくて」

「……あの、ね、お父さん、謝らないで。仕方ないよ。お父さん、仕事で忙しいのわかっているから」

「お前が苦しい時に側にいてやれなくて」

「大丈夫だよ。気にかけてくれる人はいるし」

「たった一人で戦わせることになってしまって、本当にすまなかった」

 

クルスは我が目を疑う。

頭を下げる父の肩が、体が小さく見えた。

記憶にある父は、強く逞しく、頑固とすら呼べる意志の強さと、人を圧倒する覇気に満ちた人のはずだった。

そんな父が初めて見せる人らしい弱さに、クルスは戸惑った。

グレゴリオは、クルスの話を聞いていない。

グレゴリオは目の前にいる娘に、今までのことを懺悔し、胸の内に抱えてきた思いを告げて楽になりたいのだと彼女は気付いた。

父の懺悔()を聞こう。

クルス自身、この状況になってから父とちゃんと向き合えていなかった。

昨日ルイがそうしてくれたように、今父がそうしようとしているように、彼女も目の前の相手とちゃんと向き合おうと思った。

 

グレゴリオは、決して晴れることのない懊悩を抱えていた。

既に死した人間に無限の再生を促す寄生体を埋め込み、バケモノ討伐の戦士を生み出すことを推進したことに後悔はない。

そうしなければ、人類は速やかに絶滅していただろう。

だが、生み出した戦士たちは人の血を渇望し、叶わなければ本来守るべき人間と仲間に仇なす堕鬼となる現実が待っていたのである。

人類を守るはずが、人類の脅威となりかねないものを生み出した。

この事実は、あらゆる分野から激しい反発と怨嗟の声が上がった。

さらには、生前の記憶は大きく損ねているはずの吸血鬼たちの中には、その現実を前に絶望するものもいた。

生まれた時から身につけた習慣や信心は、そう容易くは消えず、それ則れば、彼らは存在するだけで罪を犯し、いつまでもどこまでも決して救われないのである。

神も死後の世界もない。

罪も罰も、報いも救いもない。

死はただの生の終わりである。

例えそれが真実であったとしても、それを受け入れることは、習慣や宗教を信じてきたものにとって極めて難しいことであった。

信頼と救いの無い世界で生きていけるほど、多くの人は強くなかったのである。

だが意識してそれらの声を無視した。

生きるためには仕方がなかった。

絶滅に抗うためには他に方法はなかった。

 

『人類存続のため、この星が宇宙の塵となり完全に死に絶えるその日まで、閣下のもとで戦いましょう。ご安心ください。何度死に戻ろうとも、閣下の行いは決して忘れません』

 

吸血鬼と化した一人の部下の言葉は、呪詛か祝福か。

罪の意識に苛まれようとも、それでも彼は己の大義を信じた。

その結果がもたらす報いを信じた。

だからこそ適合率の高かった娘を最終的に研究所へ送ることを許し、何者をもかえりみずに仕事に没頭した。

それが、娘と吸血鬼化したものに対する報いと贖罪になると思ったからこそだった。

だから、アウロラが本部に直接乗り込み直談判をしに来た時適当にあしらおうとした。

だが、アウロラの持ってきた手土産は、その場にいた全員の罪悪感を煽るのには十分すぎる代物だった。

友人に支えられ、涙を流しながら実験に対する恐怖と苦痛の声を上げる娘の映像。

犠牲にするものの悲痛な声と姿を見聞きし、一同が暗澹とした面持ちで沈黙する中、それでもグレゴリオは娘を切り捨てようとした。

しかし、

 

「グレゴリオ、娘さんのもとへ行きなさい」

 

そう切り出したのは、グレゴリオの友にして部下の男だった。

 

「君はアブラハムじゃないだろう?」

 

その名に、グレゴリオの心は大きく揺らいだが、それでも今まで己を支えてきた信念はそれを許さない。

 

「しかし──」

「君が半日やそこら抜けたところで業務に支障はない。それと前から言っているが、一人で勝手に全ての罪を背負おうとするのはやめてくれないか。それは二千年以上前に一人の男がやり遂げている。その未来を生きる君に出る幕はない。傲慢というものだよ、グレゴリオ」

 

何もかも見透かしたような視線をグレゴリオに向けながら、男は厳しくも温かい声音で続ける。

 

「だが、そんな君に明確にできることがある。娘さんを支えてやることだ。これは父である君にしかできない。あの日以来、直接会う機会もなかったのだろう。計画云々は置いておいて、顔を見せて話を聞いてやったらどうだ。それに」

 

男は目線を鋭くしてグレゴリオを見た。

 

「身近な家族の管理すらできない上司()を、部下(我々)はどうやって信じればいいのかね?」

 

その言葉にグレゴリオは眉間に深くシワを寄せたが、ため息をつき苦笑した。

 

「手厳しいな」

「目的のため上司に諫言するのは部下の務め。この場でそれができるのは私しかいない。それだけのことさ」

 

男は肩をすくめた。

 

「せっかちな外野は私が引き受ける。明日、すぐに会いに行ってやるといい」

 

男に背を押され、グレゴリオは朝一番で娘の元へと向かった。

そして、烈火のごとく後悔した。

吸血鬼となった娘は、もうその形が変わることはないのに、憔悴しているのが一目でわかった。

会うべきではなかった。

もっと早く会いに行くべきだった。

相反する思いに、グレゴリオは己の中途半端さと覚悟のなさを恥じた。

娘と二人だけになり、一言謝罪の言葉を口にした途端、言葉は止まらなくなった。

人類生存のため、吸血鬼として蘇らせた人間のため、そして研究に我が身を捧げた娘のためと働き続けた。

大義と報いと贖罪のためというのは、紛れもなく本心である。

そして、今は振り返る時でも悼むべき時でもない。

懸命に働き、戦うべき時なのだ。

だが、娘を含めた犠牲者の悲哀と憎悪、絶望を置き去りにしていたのも事実だった。

向き合ったら、己の背負う物の重さに耐えきれずに沈んでしまうことを恐れたのだ。

 

父の懺悔を黙って話を聞いてクルスは、父の重責と懊悩を知り胸を痛めた。

クルスとは違う立場で、グレゴリオもまた一人で戦っていたのである。

己の独りよがりを恥ずかしく思ったが、視界が大きく開け温かいものが胸を満たすのを感じた。

何だろう、この気持ち。

その思いの正体がわからぬまま、きつく握られている父の厳つく厚い手に自分の手を添えた。

 

「お父さん、ありがとう」

 

顔を上げる父に、クルスは泣きたい気持ちをこらえながら笑顔を浮かべる。

 

「忙しいのに会いに来てくれて。お父さんの気持ち、話してくれて。みんなのために頑張ってくれてありがとう」

 

グレゴリオは目を見開いて娘を見つめた。

娘の素朴な感謝と労りの言葉に、抱え込んでいた思いが昇華されて軽くなったのを感じた。

そして溢れだそうとする思いを、歯を食いしばって耐える。

娘だってそうしているのだ。

娘の真っ赤になっている目の縁と、揺れる目と震える唇がそれを物語っている。

自分の手に添えられた娘のか細く華奢な手を取った。

包むように大事に握り、娘にたずねる。

 

「辛いのか?」

 

クルスの表情が一瞬歪んだ。

だが、すぐさま取り繕おうとする娘に暇を与えず、更にグレゴリオはたずねる。

 

「苦しいのか?」

 

目の揺れと唇の震えが大きくなる。

 

「やめたいのか?」

 

父の温かい声に、クルスの赤い瞳に涙がみるみる盛り上がった。

我慢してきた反動は大きく、観念したように頷いた途端、決壊してあふれ出した。

 

「わかっているんだけど、そうする理由も理解できるんだけど」

 

クルスは震える唇と声帯を必死で引き締めながら、思いを言葉にする。

 

「やっぱり苦しいし、痛いし、怖いよ」

「…………そうか」

 

グレゴリオは娘の言葉を受け止め頷いた。

その姿に、クルスは再び胸を痛めた。

でも、止めたいとは思わない。

人類のため、吸血鬼のため、その手助けになりたいと思う気持ちは本物なのだ。

クルスはそう言おうとしたが、グレゴリオの方が先に口を開いた。

 

「やめていいんだぞ」

「………………え」

 

言葉が理解できず、思わず父の顔を見つめる。

手同様、厳つい顔立ちの中にあるその目は、悲しみと覚悟の光が宿っていた。

 

「お前が、優しく強い娘だというのはよくわかっている。そんなお前が弱音を吐くなど相当なことだろう。今更、父親面するのもあれだが、こんな時だからこそ、恥知らずでも父親面しなきゃならんと思う」

 

その言葉は、グレゴリオの今までの行いを台無しにするものだ。

己の信念を曲げ、背負う重責の一部を放棄する言葉だ。

世界の全てを敵に回す一言だ。

この期に及んで恐れ躊躇する思いを振り切り、父親として娘の手を握った。

勇気を持ってその一言を改めて口にした。

 

「そんなに辛かったら、やめてもいいんだぞ。クルス」

 

クルスは泣くことを忘れ、赤い目を見開き、驚愕の表情で父を見た。

同時に八方塞がりだった心の一点に緑色の光が灯り、生きるために必要とする脱出経路、非常口ができたように思えた。

たったそれだけのことで、これだけの安心感を得られるとは。

今更計画の中止などできるはずもない。

情勢がそれを許さない。

それでも、父は自分のために己を曲げてまで作ってくれた。

それはどれだけの痛みと勇気を必要とすることか。

父の思いが嬉しくて、ありがたくて、申し訳なくてクルスの目から再び涙がこぼれた。

 

「ありがとう、お父さん」

 

すると、グレゴリオは自嘲するような笑顔を浮かべた。

 

「……結局父さんは、アブラハムのような強い父にはなれなかった。それだけの話だ」

 

父の言葉にクルスは目を見張り、涙を拭うと頭を振った。

 

「お父さんはアブラハムじゃないし、私はイサクじゃないよ」

 

私は哀れな贄ではない。

だって、私を大切に思い守ろうとしてくれている存在がいる。

目の前の父はもちろん、ルイや親身になってくれる研究者たちがいる。

クルスの役割は誰にも担えないし、思いも理解することはできない。

しかし、一人ではないのだ。

この一日とない時間の中で、それに気付けた。

それが嬉しくてクルスは笑い、涙を拭うと空いている手で父の手を包んだ。

 

「お父さんの気持ち、とても嬉しい。だからこそ私は役割を果たします」

「クルス」

「辛くて痛くて怖いのは本当だけど、この星に生きるみんなの手助けになりたいのも本当だから。だからできるところまで、やれるところまで頑張る。場所も立場も違うけど、お父さんと一緒に戦います」

 

そう言い、クルスはうつむいた。

 

「でも、たまに愚痴を聞いてくれたら嬉しいし、お父さんの話を聞かせてくれたら、とても嬉しい、かな」

 

世界の命運を担う娘にしては、あまりに細やかでいじらしいワガママに、グレゴリオは思わず相好を崩した。

 

「わかった」

 

グレゴリオは娘の手を握り直し、その赤い目を見つめながら告げた。

 

「クルス、今しばらく辛い戦いは続くだろう。だが、必ずお前や犠牲になった人々に報い、生き残ったものに希望を与える未来を作る。そのために、父さんは頑張るからな」

「うん。お父さん頑張ってね」

 

クルスは心からの励ましの思いを込め、笑顔で頷いた。

その後、グレゴリオは娘と二言三言話し、再会の約束をして部屋を出た。

礼を述べるアウロラと、嫌味混じりの挨拶をするミドウに別れを告げて研究所を出た。

毅然とした表情で研究所を見上げる。

状況は何も変わっていない。

苦しく辛い戦いはこれから先も続く。

しかし今、クルスの感謝の言葉と継戦の覚悟、そして励ましの言葉は、グレゴリオに新たな覚悟を促した。

クルスに告げた決意の言葉は、並大抵のことではない。

だが、それがどうしたというのだ。

娘はあんなに細い体で、世界の命運を背負い頑張っているではないか。

いかに困難なことであろうとも、無理だと言われようともやり遂げてみせる。

幸い、協力してくれる人々はいる。

すまないな、みんな。

お前たちが発破をかけたんだ。

お前たちの引退は、当分は許すつもりはないから覚悟しておけよ。

引きつった笑みを浮かべる部下たちが脳裏に浮かび、グレゴリオは小さく笑った。

 

 

面会時間が終わる一時間前に、ルイが来た。

 

「やってやったから」

 

力強く親指を立ててニヤリと笑うアウロラと、そんな上司を呆れたように見つめる受付の男を怪訝に思いつつ、彼はクルスの待つ部屋に入った。

挨拶もそこそこに、クルスはルイに礼を言い、父が来たことを嬉しそうに告げた。

ルイは驚いた。

まさかこんなに早くクルスに会いに来てくれたとは。

華やかな笑顔で父の話をするクルスに、心から嬉しく可愛いらしく思うと同時に、複雑な気持ちも抱いた。

自分だけでは、やはりこの笑顔は引き出せない。

己の力不足はわかっていたが、改めて見せつけられると中々キツかった。

 

「ルイ、アウロラに私のこと相談してくれたんだよね」

「え、ああ、うん」

 

クルスの声に我に返り、ルイは慌てて返事をする。

正確には助けを求めたのだが、アウロラなりに気を遣ってくれたのか。

 

「ルイがアウロラに相談してなかったら、お父さんと会うこともなかったと思う。ルイが私達を繋いでくれた。これってとっても凄いことだと思うの」

 

クルスは花開くように笑った。

その笑顔にルイは思わず見惚れた。

 

「私は一人じゃないんだって気づかせてくれた。ううん、私だけじゃない。ルイもアウロラもお父さんも一人じゃないんだって思ったらね、それがとても嬉しかったの。まるで魔法みたい。ルイ、凄いね」

 

そんなことはない。

今回はたまたま運が良かっただけだ。

何より、クルスが自分の胸の内を打ち明けてくれたからだ。

そう言いかけたが、クルスの笑顔に何も言えなくなる。

だからルイは小さく微笑んだ。

 

「そうか、俺は魔法使いの素質があったのか」

「うん、きっとそうだよ」

 

クルスはコロコロと笑う。

 

「科学者兼魔法使いを目指そう。ミドウ博士もビックリだよ」

「そうだな。でもその前に、手強い魔女が二人がいるんだよなあ」

 

ルイは腕を組んで思わず唸る。

腕を組みメガネを光らせ口を横に引いて笑う魔女と、誰をも魅了する笑顔なのに図太いものを感じさせる魔女を想像し、背筋にヒンヤリとしたものを感じた。

 

「大丈夫。その魔女さんたち、ルイのことを助けてくれるいい魔女さんだから」

「そうだといいけどなあ」

 

笑い合う二人に、黒髪ショートの魔女がノックと共に顔を見せ、面会時間の終わりを告げた。

ルイとも再会の約束をし、部屋を出る彼を見送ると、一人になったクルスはベッドに横になった。

心地よい高揚感を胸に残しながら、天井を見上げる。

ふと、父との会話、アブラハムとイサクの話を思い出した。

アブラハムに大きくスポットがあてられた話だが、息子のイサクはどうなのだろう。

何も話すことなく、約束の地へ連れて行く父の姿をどう見ていたのか。

父が己を贄として神に捧げると知った時、どんな思いだったのか。

諸説あるが、真相はわからない。

ただ、彼もまた父と神を信じていたのだと、クルスは思う。

アブラハムは神と神の契約を信じ、イサクは父の信じる神と父そのものを信じた。

だから、彼は静かに覚悟ができたのだろう。

決して哀れな贄などではない。

強き父の息子は、父と同じく強かったのだ。

父がそうであるように、クルスもイサクにはなれなかった。

そのことが嬉しく、悲しかった。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=68614
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