銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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小春日和の拠点 3

出てきたのは形も色も様々な商品たち。

食料品は元より、文房具や旅に必要な道具の数々、果ては大きな電化製品まで揃っています。

早速巻機さんがマタルさんに尋ねます。

 

「なあ、にゃもにゃも付きのあの機械はなんだ?」

「あれはポータブル電源と発電機ですね。猫は付きませんよ。新たに拠点を開拓するなら必須のものです。光を取るにしても古式ゆかしい蝋燭もありですが、安全と安定性ならLEDの方が優れていますから」

「電気は確かに大事だな」

 

頷く黒部さんの横で、巻機さんが眉根を寄せ頬に手を当てます。

 

「でもお高いんでしょう?」

「まあそれなりに。てか現時点でドンドン値上がりしてますよ。需要に供給が追いついていないんで」

「やっぱみんな利便性を取るか」

「だよなー、俺たちだってLEDライト使っているし」

「でも私、蝋燭の光も好きだよ。炎がゆらゆらしているの見ているとほんわかしてあったかい感じになる」

「わかる。炎の揺らぎって癒されるよな」

「ねー」

 

買い物そっちのけで雑談を始める巻機さんたちの横で、石鎚さんはチョコレートに釘付けになっていました。

石鎚さんはチョコレートが大好物なのです。

 

「このチョコの中身は?」

「これは至ってシンプルなミルクチョコレートですね。隣の列はビター、さらにその隣はアーモンド入り」

「うんうん」

「で、今回のチョコの目玉商品はこちらのチョコトリュフです。知人のチョコレート職人の新作でして、お値段も張りますし賞味期限も短いですが、その滑らかな食感と濃厚な甘さはコーヒーのお供にはもってこいですよ」

「チョコ職人なんているんだ?」

「そりゃいますとも。何もないところからチョコレートは出てきませんから。こちらも素材もそうですが職人の数が少なくて供給が追いついていない状態です」

 

これは嗜好品全般に言えることですが、制作する職人が存在するからこその供給です。

ただし、その職人の数は需要に対して少なめ。

激しい戦いに巻き込まれて記憶をなくし、その技術を取りこぼしてしまうことも多々あるからです。

深層に潜って過去の優れた品を持ってきても、使えなかったり再現が難しいなどの問題もあります。

こうして文明というものは後退、いえ衰退していくのです。

ならば新しい文明を作ればいい、という考えもありますが、現状は生きるのに必死で、新商品の開発や研究は後回しにされがちです。

ふと思います。

その戦いですら、錬血というファンタジーな力がなければ、私たちは石と木の棒で戦っていたことでしょう。

石器時代あたりまで逆戻りしてませんかね、今の私たち。

あって良かった錬血。

そして続々・カムバック文明。

 

「え? トリュフチョコそんなに高いの!? 普通のチョコ、箱で買えちゃうじゃん!」

「原材料がそもそも高いんです。バターや生クリームなんて超貴重品ですよ。サーベラスの佐官さんや将官さん、元々資材を持っていたお金持ちやお貴族様、後は人間くらいしか口にできませんね」

「ぬがあああああ! 羨ましすぎるぞ、金持ちどもめ!」

 

石鎚さんのあまりに正直な反応に、流石のマタルさんも苦笑しました。

すると、隣にいた黒部さんが首を傾げました。

 

「貴族なんているんだ?」

「ええ、いますよ。大きく分けて二種類」

「元々貴族と、自称貴族か?」

「クロベの兄さんは話が早くて助かる。元々貴族でも金持ちもいれば兄さんたちのような境遇な人もいる。でも最近は自称貴族が台頭してきていますね」

「何で?」

 

黒部さんが尋ねるのを、私も聞き耳を立てて聞きます。

 

「平地で、吸血鬼の権利解放や待遇改善を求める動きがあるのはお分かりでしょう」

 

マタルさんの声から陽気さが消えました。

 

「ああ、たまに平地に降りる時あるけど、そういう呼びかけ多くなったな」

「で、その考えに乗じたのか『吸血鬼とは選ばれし特別で高尚な存在であり、シルヴァ指令に代わって人の上に立つ存在である』という極論を唱える自称貴族が出てきていて、一定の支持を受けているようなんですよ」

 

え? 何ですかそれは。

私と同じ気持ちだったのか、黒部さんが顔を顰めます。

 

「はあ? 吸血鬼のどこが人の上に立つ存在なんだ? その人間や代替品の血涙がなきゃ生きていけない存在なのに」

「俺も詳しいことは知りません。ただ中には、そう唱えるだけのちゃんとした力と知恵と財力を併せ持った、本当に貴族のような存在もいるそうです。シルヴァ司令という拠り所が全く表に出てこない状態で、それに代わる存在と思想は血涙と同じくらい必要なんですよ」

「……全く理解できん」

「多くの人はそう言いますよ。でも、この地の出身の吸血鬼の中には賛同するかはともかく、理解はできる人はいるようです」

「文化の違いってやつか。うーむ」

 

黒部さんは唸って腕を組み考え込みました。

私も立場を忘れて黒部さんとマタルさんの話を頭の中で反芻します。

貴族主義、とは言えませんよね。

貴族主義とは、貴族を中心とする考え方、または少数の特権階級や優れた人が政治や文化に参加できる資格をもつと考える立場、とされています。

ですがこの地では、下の存在となる人間の数に対し、貴族の立場たる吸血鬼の数が多いのでそもそも成り立ちません。

ただ、吸血鬼の中に貧富の差が発生しつつあるのも事実。

そんな力を持つ吸血鬼が自らを貴族と称し、シルヴァ司令に代わり吸血鬼たちを導こうとしている、ということでしょうか。

それか、ただ単に高尚ぶって、特別な存在なんだと訴えたいだけのファッション貴族の可能性もあります。

直接お会いしたことないですし、そもそも貴族とはなんぞやって話になりそうですし、判断ができません。

 

「ネネ」

 

マタルさんに声をかけられ、我に返りました。

 

「倉庫からガラスペンとインク持ってきてくれる? お嬢さんが見たいって」

「わかりました」

 

さ、集中しましょう。

午前中のお仕事は始まったばかりです。

 

 

午後に入り、お客さんの数が増えました。

先ほどの大工集団が無事に深層から帰還し、庭の一角にテントを立て始めます。

しばらくこの山に滞在して、この家や麓の家の修繕工事をすることになっているためです。

さらに、黒部さんと石鎚さんと入れ替わるように、ベティさんとフランチェスカがやって来ました。

ちなみにクゥシンさんの母親のシーハンさんは、保護区で看護師のお仕事をしており、来店は明日になるとのこと。

そしてマタルさんのお昼のお祈りが終わった頃、私と猫たちにとって大事なお客さん兼商人さんが、黒い犬を連れて東ルートからやってきました。

私は店から出てお客さんを出迎えます。

 

「森山さん、お久しぶり。数日お世話になるよ」

「お久しぶりです、伊吹(いぶき)さん。お疲れ様です。ご無事に着いて良かった」

「山登りは久しぶりだったけどちょっとキツかったよ。少し鈍っていたのかな。コタにとってはいい運動になったろうけどさ」

 

この方はペット商品を主に取り扱う商人の伊吹さん。

生前は、私の故郷の大手商社に勤めるサラリーマンだったそうです。

死んだ理由は忘れたそうですが、家族とお子さんと共に海外勤務でこの地に住んでいたとのこと。

奥さんとお子さんが行方不明になっており、途方に暮れていたところ子犬の鼓太郎──愛称はコタです──を拾って一念発起、一緒に商売をしながら行方を探しています。

フランチェスカが一声鳴き、鼓太郎の元へ大喜びでやってきました。

フランチェスカといい勝負になる大きな体を持ちながらも、鼓太郎はフランチェスカのハイテンションに押され気味です。

戯れ合う二匹の横を通り過ぎ、ベティさんがこちらへやってきました。

 

「フラン、ほどほどにしなさいよ。ミスター・イブキ、久しぶり」

「ハロー、ミズ・ネヴィス。お変わりないようで何よりです」

「堕鬼には会わなかったかい? あんたが来ると聞いて多少は掃除したつもりだけど」

「お陰様でスムーズに登れました。ありがとう」

 

フランチェスカを飼うベティさんにとっても、伊吹さんは大切な存在です。

 

「それじゃ、早速商売といこうか。マタル、店の隣を使っていい?」

ハサナン(OK)! 喫煙所の近くまで使っちゃっていいですよ」

 

今度は私がお客さんとなって、伊吹さんのお店でお買い物をすることになりました。

飼うものはもうしっかりと決まっています。

伊吹さんが持ってきた猫用品全てです

彼がこの山まで持ってきた猫用品は、私のためのものと言っても過言ではありません。

もちろん、新商品もあれば欠品した代わりのものがあったりと吟味は必要です。

新商品の説明を聞きながら、内心で唸ります。

うーん、質がいいのは疑いようもないのですが、やっぱり高いですねー。

でも、ここで使わずいつ使うのか、ヘイズと資材。

私は言い値で購入しました。

 

「ネネー、少しは値段交渉しろよー」

 

私の買い物の一部始終を見ていたマタルさんは、ガックリと肩を落としながら口を挟んできました。

 

「でも、ここまで自力で運んでくれましたし──」

「それでも交渉するのが、買い物上手ってもんよ。イブキさんはまだ良心的だからいいけどさ、そうでない商人もいるんだからな」

「大丈夫ですよ。私はマタルさんか、マタルさんと通じた商人さんからしか商品は買いませんから」

「……あっそ」

 

彼は素っ気なく言って私から目を逸らしました。

昔はともかく、今ならわかります。

照れ隠しです。

 

「はいはい、ご馳走様ー。終わったなら退いてちょうだい。フランの餌買いたいから」

「すみません」

 

ベティさんに促され、私は買った猫用品を家に運び込みました。

よしよし、これで猫たちの餌はしばらく大丈夫です。

ウェット系の餌を与えることで、茶トラさんの水分不足も多少は解消することでしょう。

猫の餌置き場と戸棚に餌を詰め込んでいると、目敏い茶トラさんが尻尾をピンと立ててこちらへやってきました。

 

「にゃも」

「ええ、買ってきましたよ。今日の夕飯は楽しみにしていてくださいね」

「にゃーもにゃも」

 

茶トラさんが足にまとわりついてきます。

早速ご飯かおやつをねだっているのです。

 

「茶トラさん、おやつはもうあげましたよね」

「んにゃも」

「そうでしたか。じゃあ、もうしばらく待ってみましょうね」

 

適当に返事しつつ、私は再び家の外に出ました。

見れば餌を買ったベティさんと伊吹さんが対峙姿勢をとっていました。

ああ、また始まるんですね。

 

「さて、ミズ・ネヴィス。今回も彼らの挑戦を受けてもらえますか」

「連中も懲りないねえ。いいともさ。フラン、おいで!」

 

鼓太郎と庭を走り回っていたフランチェスカが、ご主人の言葉に忠実に従い、スタスタとこちらにやってきました。

伊吹さんは荷物を漁り、素早く棒状のものを取り出します。

そしてタブレットを操作すると読み上げました。

 

「こちらは彼らの新作、スーパーメガロティックスハイパーボーン『大型犬専用・骨の子☆バージョン十二』でーす」

「相変わらずのネーミングセンスだね」

 

自分のことを棚に上げ、ベティさんは呆れたような笑みを浮かべました。

伊吹さんは特に気にすることなく、読み上げを続けます。

 

「えーと、ポリカーボネート、ポリビニルブチラール、ポリウレタンをラミネート構造にしたものをイメージしつつ、牛骨をメインにビタミン、カルシウム、ミネラル等をバランス良く取り入れ、わんちゃんの健康に最大限留意した、世界最高かつ超硬度のおやつ、だそうです」

「聞いたことのない素材が出てきたけど、イメージしただけかい、全く。勝負は目に見えているけど、始めようか」

 

ベティさんは骨の子☆バージョン十二を受け取ると、フランチェスカにおやつをあげる儀式を始めました。

お手、お座り、伏せなどを一通りこなし、フランチェスカに与えます。

 

「お、今回は何秒でへし折るかな」

「賭けようか、俺一分」

「いやーフランの顎を舐めちゃいかんよ、四十五秒だな」

「とか言っている間に始まっちゃったよ」

 

喫煙所で休んでいた大工集団の野次をよそに、フランチェスカは骨の子以下略の匂いを嗅いで口に入れて安全かを確認。

大丈夫と判断するや否や、すぐに口に咥えました。

前足で骨の子を押さえてガリガリと歯を立てます。

 

「ネーネさん、あれは何ですか?」

 

状況が理解できず、そばに寄ってきた巻機さんとクゥシンが怪訝そうに尋ねてきました。

まあ、初見では何が起っているかわからないでしょうね。

 

「犬のおやつの強度を確認しているんですよ」

 

私はことの次第を説明をします。

とあるペット食品に勤める研究員達が、犬の健康とストレス解消のため、世界最高の美味しさと硬さを誇るおやつを作っているのだと。

フランチェスカの顎の力を知った研究員たちが、彼女の顎を持ってしてもへし折れないおやつを目指して日夜研究し、今日はそのお披露目なのです。

人間の彼らは、当然この山に来ることができません。

そのため、懇意にしている伊吹さんに研究成果を渡し、その結果報告を待っているといった状況です。

 

「そっかー。フランにもってこいのお仕事なんだね」

「理由はわかったけど、何でそこまで硬さにこだわるんだ?」

「シューちゃん先輩、人間には挑戦を続けなきゃいけない時がきっとあるんだよ」

「クゥシン、お前いいこと言うなあ。でもそれは多分、吸血鬼も同じだと思うぞ」

「あ、そうだね」

 

呑気なやりとりする巻機さんたちから目を離し、再びフランチェスカへ目をやった時でした。

 

「おお! 折ったぞ!」

「前回よりかなり粘ったんじゃねえか、一分はかかったろ」

「何と脅威の一分三十三秒!」

「すげえじゃん。連中頑張ったんだなあ」

 

大工集団の野次の通り、フランチェスカは骨の子以下略をへし折り、美味しそうに音を立てておやつを食べていました。

ベティさんも驚いた様子でフランチェスカを見、伊吹さんに目を向けます。

 

「へえ、今回はよくやったじゃないか。それとも、前回までが酷すぎたのかね」

「というか、前回までは硬度にこだわりすぎた感じでしたが、今回は靭性を加えた感じでしたね。それでも一分半かー。彼らがどんな反応するのか楽しみだな」

 

とか言いつつ、伊吹さんはタブレットをフランチェスカに向け写真を撮り始めました。

ベティさんは、大工集団の皆さんと歓談中。

おやつを完食したフランチェスカは、クゥシンさんと鼓太郎と一緒にボール遊びを始めていました。

実に平和な午後の光景です。

 

「全く、この山は平和でいいよな」

 

ポツリとマタルさんが呟きます。

私は彼の方を向きました。

 

「平地からほぼ隔絶されていますからね。それだけが取り柄みたいなものです」

「まあな。お前を始めとした傷ついて取り残された連中にとってはなくてはならない場所だ」

 

言いながら、マタルさんの目には憂いが滲んでいました。

数年一緒に暮らしてきた勘から、マタルさんが何か言いたいことがあるのがわかりました。

 

「マタルさん、平地で何かあったんですか?」

「いや、何でもない、って言いたいところだけど……うーん、どう言ったらいいものか」

「何だどうした? 珍しく歯切れが悪いな」

 

店の商品の本を立ち読みしていた巻機さんが横から声をかけてきました。

 

「いや、ちょっとネネのことを考えて──」

「私は大丈夫ですよ。教えてください、平地で何かあったんですか?」

 

マタルさんを真っ直ぐ見つめていうと、彼も見つめ返し、やがてため息を吐きました。

 

「何かあったし、これから何かが起ころうとしている、と言った方がいいのかな」

「それは何ですか?」

「平地全体、特に南地区から嫌な感じがする」

 

マタルさんは目線を鋭くして言いました。

そういえば。

 

「エリアスさんとお話をしていた時も南地区はヤバいって」

「ああ、女王討伐戦前の時と同じ感じがする。よくない動きだ」

 

私の様子を慎重に伺いながらマタルさんは言葉を選んでいる様です。

 

「山にいる限りは大丈夫だと思うから、あまり深刻に受け止める必要はないけど」

「マタルさん、大丈夫ですよ。続けてください」

「てか、女王討伐戦前の感じって、何だ?」

 

巻機さんも真面目な表情で尋ねます。

 

「モノの動き、特に燃料とクイン系の鉄の動きがおかしい。武器メーカーや職人の動きも忙しないし」

 

クイン系の鉄とは、クイーンの血を混ぜた鉄のこと。

普通の鉄よりも遥かに優れた能力を持ち、含有する血の量によってその性能は全然変わってきます。

代表的なのはクインアイアン、クインチタン、クインタングステン。

その使用用途はもっぱら武器や吸血牙装等に使われており、その動きが活発化しているということは──。

 

「武器や装備が大量に作られているということですね。そして市場に出る燃料が高騰しているとなると、何らかの戦いに備える動きがあると」

 

マタルさんが頷くと巻機さんは手にしていた本を閉じ、身を乗り出しました。

 

「そういや、ここに来るサーベラス、別の深層の堕鬼討伐に手を取られているんだっけ。この地全体で堕鬼が活性化しているってことか」

「その可能性は否定しません。この地全体として見れば堕鬼は増加傾向にありますから」

「マタル、君が懸念しているのはそこじゃないでしょ」

 

さらに口を挟んできたのは伊吹さんです。

そして真剣な表情で言いました。

 

「ここまでまだ届いていないようだけど、つい最近、南地区の司令官の暗殺未遂事件があったんだよ」

「は?」

 

え?

 

「どうやら苛烈な徴収に耐えかねた一部の吸血鬼が暗殺を目論んだけど、失敗に終わったよ。だけどそれ以来、南地区の情勢がかなり悪化している。加えて、貴族と称するモノたちが反シルヴァ体制を掲げて、それを支持する動きも高まっている。いい加減、吸血鬼の忍耐も限界なんだよ。導火線の近くに火種がいくつもあって、いつ引火するかわからない。もし導火線に火がついたら、あっという間だ」

「何だよそれ」

 

呆然と呟く巻機さん。

私は、マタルさんの懸念を理解することができました。

彼が、私に言うかどうか迷っていたことも。

 

「暴動、酷ければ内乱が起こる可能性があるんですね」

 

我ながら無感情な声だな、と思いつつも私が言うと、マタルさんが首を振りました。

 

「まだそうと決まった訳じゃない」

「でも、女王討伐戦前と同じ感じがするって言ってましたよね」

「勘だよ。だから──」

「マタル」

 

伊吹さんがこちらに来てマタルさんの前に立ちました。

そして窘めるような笑顔を見せました。

 

「君が森山さんの精神状態を心配する気持ちはよくわかるよ。でも過保護すぎるのもどうかと思う」

「イブキさん、でも」

「彼女は大丈夫だよ」

 

伊吹さんはニッコリと笑いました。

 

「だって彼女は一人じゃないでしょ。何かあったら今ここにいる皆を頼ればいいんだし」

 

そして、伊吹さんは私を見ました。

 

「これは僕の推測だけど、君の言う通り、近い将来どこかの地区で暴動か、下手したら内乱が起こる可能性がある。だから、今のうちから色々な面で備えたほうがいい。それが彼の言いたかったことだと思うよ」

 

絶句する巻機さんを尻目に、私はマタルさんに目を向けました。

マタルさんはバツ悪そうに私から目を逸らしました。

 

「マタルさん」

「ああ。イブキさんの言う通りだよ。てか言われちゃったよ」

「ごめんね」

 

笑って謝る伊吹さんに、マタルさんは再びため息をつきました。

 

「いいよ。俺も心配しすぎた。そういうことだから、平地への関心は今まで以上にアンテナを高くしておいて。この山まで戦火が来るとは思えないけど、何が起こるかわからないの世の常だから」

 

そして、巻機さんの方を見ます。

 

「兄さん方はたまに平地へも行かれますよね」

「ああ」

「その際に、平地の空気をよく観察することをお勧めします。ただ治安が想像以上に悪化していることもあるんで、十分にお気をつけて。一人歩きは絶対にしないように」

「ああ、わかった」

 

巻機さんは真剣な表情で頷きました。

この表情を見ていると、やっぱりリーダーの自覚があるんだなと思います。

三人組の中で唯一の討伐戦経験者ですしね。

その後は、巻機さんの歌のコンサートが即興で行われました。

コンサートは予想以上の盛り上がりをみせ、盛況のうちに終了。

太陽が傾き空がオレンジ色に染まった頃、本日は店じまいとなりました。

 

店の片付けをしながら私は平地の事情を思います。

もし暴動が起きたら恐らく一地区だけに収まらないと。

どこの地区も、現状の体制に不満という火種を持っていることは変わらないからです。

最悪、この地全体を巻き込む内乱となる可能性があります。

溜めに溜め込んだ不満と鬱憤は、どれほどのインパクトをこの地にもたらすのか。

そして、その先の未来に何が待ち受けているのか。

でも、何が起ころうとも私のやりたいことは変わりません。

猫たちを守る。

そのためにこの家と、そしてこの山を守る。

その為に、力を尽くすことにしましょう。

私は店の片付けを終えると、守るべき猫たちの待つ家へ戻りました。




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=68614
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