銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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XT 4:鳩の巣の夜
鳩の巣の夜


マタルは夜のお祈りを済ませ、床についたが眠れずにいた。

そこそこの広さを持つこの部屋は、店の倉庫兼マタルとサーリヤの住処となっている。

何度か寝返りを打ち、これと決めた体勢で寝ようとするが寝付けない。

理由は明確で、目を閉じるとその光景がまざまざと蘇った。

 

今日は店を開けず、サーリヤと探索に赴くことになった。

最近になって吸血鬼の部隊によるバケモノの掃討作戦が進み、今まで占拠されていた箇所が徐々に解放されていったからだ。

バケモノによってあらかた食われてしまったかもしれないが、もしかしたら貴重な資材や嗜好品が残っているかもしれない。

事実、今までの探索ではそこそこの戦利品を持ち帰ることができて、店の売り上げに貢献した。

しかしマタルもサーリヤも攻撃用の錬血を持ち合わせていないし、戦いの訓練も受けていない。

普段なら顔馴染みの吸血鬼の傭兵を雇うところだが、先日から別の任務についていた。

そこでサーリヤは、顧客である兵士の少女ネネに護衛任務をダメ元で依頼したのである。

初めてのことでネネは困惑した様子だったが、上司に相談すると依頼を受けるようにと命令を受けた。

 

『ああ、いいぞ。俺にとってもあの店は大切な店だ。歩哨も兼ねて依頼を受けてこい。てか、この内容ならお前でも楽勝だろ』

 

ということで、今回はネネと三人で新たに解放された区画に赴いた。

いつもより彼女と長く一緒にいられる。

マタルの心は躍った。

話せなくても──たまに胸の痛みを覚えることはあったけど──彼女の姿を見ているだけでマタルは満足だった。

行きの道のりも廃屋の探索も順調に進み、紙巻たばこや葉巻、喫煙道具を大量に入手することができてサーリヤとマタルは大いに喜んだ。

喫煙関係はその依存性からか根強い人気があり、店の売り上げを支える大切な柱の一つである。

喜ぶ二人を微笑ましく見守るネネに、マタルは思わずそっぽを向いてしまった。

だが、彼女が周囲を警戒するため背を向ければ、途端にその視線は彼女に吸い寄せられる。

彼女の抱えている銃が変わったのは数週間前のことだ。

兵士たちが持ち歩く一般的な銃よりも色々なギアがついている。

印象的なのは大きなスコープだろう。

ネネとは朝の挨拶以外口をきいていない。

専ら話していたのはサーリヤであって、その度にマタルはもどかしい思いをしていた。

今まではそれでも十分に満足していたはずなのに何故だろう。

だが話しかけようとすると、何故か謎の焦りと恥ずかしさがこみ上げてきて、それを抑えようと素っ気ない態度をとってしまうのだった。

そんなマタルをサーリヤに呆れたマナコで見られるたびに、彼は悔しい思いをしていた。

何故こんなにも落ち着かないのかわからなかったが、とにかく話をしたいと思った。

目線が合うとダメになる。

ならば目線を合わせずに話せばいい。

名案だと思った。

いつもより長い時間一緒にいるのに、挨拶一回だけなんて勿体無い。

何より、サーリヤとだけ仲良くなっているは気に入らなかった。

マタルは勇気を振り絞りネネの背に声をかけた。

 

「銃、変わったんだな」

「え」

 

ネネが首をこちらに向けた途端、マタルはその視線から逃れるように自分の荷物に目をやった。

すでにパッキングはできているが、それを確認する風に荷物を触りながら口を開く。

 

「何か、前の銃と少し違って見えたから」

「ああ、これはSDMR、分隊選抜射手ライフルって言います。私、選抜射手として選ばれまして」

「何それ」

 

尋ねたのはサーリヤである。

選抜射手とはマークスマンとも呼ばれ、大雑把に言えば、近中距離を得意とする歩兵のことである。

歩兵と狙撃手の中間に位置する存在であり、狙撃手との違いは、狙撃できる距離とそれに伴う銃と銃弾が違うこと。

狙撃手は観測手とセットで部隊とは別行動ができることに対し、マークスマンは単独行動が取れないことなどが挙げられる。

ネネは説明すると、サーリヤはにっこりと笑った。

 

「なるほど、銃の腕前が認められて一歩出世したわけだ」

「でもやることが増えて大変になりました。銃も重くなっちゃったし」

「じゃあ、力をつけるためにも今後も俺たちの店を利用しなきゃだね」

 

和やかに話す二人に、マタルは両手の拳を握りしめた。

最初に話しかけたのはこちらなのに、最後はサーリヤに持っていかれてしまった。

サーリヤはずるい、てか、ネネもヘラヘラしてんなよ。

胸の痛みと八つ当たりをしたい気持ちを紛らすため、もう必要ないというのに荷物の点検を行うマタルだった。

その後も順調に探索を続け、太陽が西の空へと傾き始めた頃、帰途に着いていたネネの様子が一変した。

聞けば、五百メートル以上先にバケモノがいるとのこと。

バケモノ単体は小型種であり、手持ちの銃で十分に処理できるが、厄介なことに耳がよく周囲のバケモノを呼び寄せる習性があることだった。

三人は気付かれる前に、廃墟の物陰に隠れて様子を伺った。

 

「どうする?」

「敵は三体、ここから狙撃して処理します。ここでお待ち下さい」

 

ネネはそう言うと射撃のできる場所へと素早く移動すると静かに銃を構えた。

その姿勢、表情、視線に、男たちは息を飲んだ。

男たちにとって、戦うネネの姿を見るのはこれが初めてだった。

元々の美貌が凄みを増し、恐怖すら覚える。

なのに目が離せない。

周囲の空気が張り詰め、彼女の集中力が極限まで高まっていることを感じられた。

数瞬の後、引き金が引かれた。

連続する発砲音と共に、遠くで小さな悲鳴が立て続けに聞こえた。

そして、周囲は元の静けさを取り戻した。

倒したのだろうか。

尋ねたいが、ネネの緊迫した雰囲気にサーリヤですら声をかけるのを躊躇われた。

すると、ネネは一息ついて立ち上がるとこちらにやってきた。

 

「敵を処理しました。でもまだ隠れている可能性があります。少し周辺を見てきますので、もうしばらく待機していて下さい」

 

有無を言わさぬ態度に、男二人は大人しく頷いた。

ネネが背をむけ再び歩き出す姿に、サーリヤは小声で呟く。

 

「やっぱギャップすげーわ、あの子」

 

しかし、マタルはそれに応じることができなかった。

この十分と満たない間の出来事は、マタルの心にあまりに大きなインパクトを与えたのである。

その後、バケモノは出現することはなく、三人は無事に帰路に着いたのであった。

 

あの光景が、目に焼き付いて離れない。

反対の壁際で横になりこちらに背を向けているサーリヤも、まだ眠ってはいない気配を感じる。

マタルは再び体勢を変え、壁に向かって声をかけた。

 

「サーリヤ」

「何だよ」

 

即応答。

やはりサーリヤもまだ眠ってはいなかった。

暗闇の中、誰も見ていないことも手伝って、マタルは言葉を続けた。

 

「どう思った?」

「何が?」

「昼間のアイツのこと」

「アイツって……、名前で呼べよ。仮にも大切な客だぞ」

 

サーリヤはため息をついた。

 

「まず、お前から言うべきなんじゃないの?」

「……そうだけど」

「言えよ。茶化したりしないから」

 

真面目な調子で言うサーリヤに、マタルは目を閉じ声に出した。

 

「カッコよかった」

「そうだな」

「怖かった。本当に怖かった」

「ああ、怖かったな」

「死にたい」

「…………は?」

 

思わずサーリヤは声を上げる。

カッコよかった、わかる。

怖かった、これもわかる。

死にたい、意味がわからない。

思わずマタルの方を向きそうになるのを、サーリヤは堪えた。

マタルは胸の内をサーリヤに明かすことで、自分の考えを整理したいと思っている。

普段なら面と向き合ってそれができるのだが、ことネネが絡むとマタルがナーバスになるのはわかっていた。

難しい年頃だよな、俺もそうだったのかね。

生憎と吸血鬼として蘇った際に、生前の記憶はだいぶ抜け落ちている。

だが、残された記憶の断片からして、碌でもない人生を送って来たことは容易に想像できた。

 

「俺、アイツのこと嫌いだ」

 

マタルの話は続く。

 

「アイツと一緒にいると変になる。だから嫌いだ」

「へー、そう」

 

サーリヤは意地の悪い笑みを浮かべた。

半ばからかい、半ば本気で訊ねる。

 

「じゃあ、俺がもらっても」

「ダメ」

「即答かよ。じゃあ、他のやつならいいのか? 例えば彼女の上司のジンナーさんとか、隣の店のアフマドとか向かいのムスタファとか」

「絶対ダメ」

「……お前さあ、彼女をどうしたいんだよ」

「知らねーよ。わかんねーよ」

 

サーリヤはため息をついた。

 

「あのさ、正しく言ってやろうか。お前はネネちゃんが嫌いじゃなくて、ネネちゃんを前にするとキョドって好き避けするお前自身が嫌いなんだろ」

 

正鵠を射たサーリヤの言葉に、マタルは完全に沈黙した。

 

「さっきも言ったけど、彼女は大事な客だぞ。どんな理由であれ少しは商人の仮面を被る努力はしろよ。そんなんじゃ、いつまで経っても一人前になんかなれないぞ」

 

あまりの正しさに胸は痛み、マタルは泣きそうになった。

思わずかけていた毛布ごと体を丸める。

そう、ネネは何も悪くない。

むしろ客なのにいつも気を使わせてしまっている。

一番悪いのは俺なのだ。

だから。

 

「死にたい」

「逃げんな」

「でも死にたい」

 

マタルは強く目を閉じる。

再び戦うネネの姿が思い浮かんだ。

極限の集中力で対象を見つめ、正確無比な射撃で敵を仕留める。

カッコよかった、怖いほどに美しかった。

こんな半人前の自分だけど、彼女にあれほどの集中力で見つめられたい。

そして、あの敵のように彼女の手で死にたい。

こんなちっぽけで惨めな自分の心臓を、あっという間に彼女に撃ち抜かれ灰になって死にたい。

そんなことできやしないとわかっていても、それでもそう思わずにはいられなかった。

 

一方、サーリヤもまた昼間のネネのことを考えていた。

あのギャップの衝撃は未だに胸に残っている。

マタルが言いたいことも何となくわかっていた。

流石に死にたいとは思わなかったが──。

死ぬなんて、そんな勿体無いことはできない。

サーリヤもまた、ネネの敵を狙撃する視線に強く惹かれていた。

あの恐ろしいほど美しい集中力で見られた時、彼女の目に映る自分は、どんな姿をしているのだろう。

想像した途端、背筋がゾクリとした。

怖い。

だが悪くない。

むしろ見られたい。

そしてそんなことを思う自分自身に苦笑した。

おかしいな? 浅瀬で遊んでいるはずだったのに、ちょっと深みに沈みかけていないか?

寝返りを打ち暗闇の中、背を向けているマタルを見つめる。

いい加減、素直になりゃいいのに、楽だぞ。

それが簡単にできないから、今のような事態になっているわけだが。

素直になって、みっともなくとも好きだと告白すればいい。

そうしないと、本当に横から掻っ攫われちまうぞ。

声に出すことなく、彼はマタルに告げた。




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=68614

今回は前回の番外編、鷹化して〜の続編となるお話、マタルの過去編になります。
これまた誰得の話ではありますが、私自身が書きたいなと思って書いた話です。
鳩の巣は春の季語で、なおかつ前回のタイトルとかけました。
本編では冬本番といった内容ですが、それでもこのお話の本編、及びゲーム本編よりはマシなだった時代だったのではないかと思います。

すでに削除していますが、雪催の拠点については公開は未定となります。
大変申し訳ありません。
再投稿するかもしれないし、お蔵入りにするかもしれないし。
現状が多忙になり、創作の余裕がありません。
定型文となりつつありますが、一旦この話で完結とさせて頂き、また次のお話が出来ましたら再開させていただきます。
インプットをしながら、焦らずにマイペースにお話を作っていこうと思います。
お読みいただいている皆様におかれましては、お身体と心にはお気をつけてお過ごしくださいませ。
それではまた!
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