銀嶺が青むまで   作:小栗チカ

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二日目 午後

彼ら三人がフランチェスカに追われた道を辿り、二手に分かれた場所まで進みます。

左手は彼らが来た道、右手の下り坂が例の山と、これからの目的地である深層への道になります。

 

「こんなとこに道あったのか」

「全然気づかんかった」

「薄暗い上に犬に追われていたからな」

「頻繁にアップダウンする道が続きます。見通しもあまりよくありません。周囲に気を配りながらゆっくり進みましょう」

 

小休憩を挟みながら奥へと進み、道がさらに二手に分かれました。

右手の上り坂は例の山へと続く道、真っ直ぐ上れば目的地に着きます。

 

「午前中ん時よりキッチィ」

「アカン、何をしても汗をかく」

「平地でもアップダウンはあったけど、別次元だぞ、これ」

 

休憩中、息を切らし水分補給する三人の姿は、過去にこの道を案内した吸血鬼たちと寸分の違いもありません。

山歩きに慣れた健脚の人でもない限り、とても厳しい道程です。

堕鬼に遭遇しないのは、私とベティさんとフランチェスカとで行った定期的な山狩りの賜物。

日々の小さな積み重ねが、この山の平和を支えているのです。

 

「あのガキの商人が言ってたの、こういうことか」

「ああ。いろんな面で余裕が無いとアカンわ」

「オレら、運が良かったんすね」

 

今頃気づかれましたか、石鎚さん。

そうです、あなた達はとっても運の良い人達です。

もちろん口にはしません。

 

「あともう少しで着きます。まずはそこまで頑張りましょう」

 

再び、私たちは坂を登り始めました。

徐々に石屑と岩屑の割合が増え、周囲も大きな岩が目立ち始めます。

そして、崖の手前までやって来ました。

 

「また崖じゃん」

「ああ。でも下が見える。道になって先に行けそうだ」

「ええ、あの先を進みます。降りたあとも風に煽られないよう気をつけて」

 

私は備え付けのハシゴを下ろすと、皆で下りました。

向かう先の左手側は底なしの崖ですが、道幅は大人でも余裕に通れる幅があります。

慎重に崖の道を進み、そして周囲が岩山に囲まれた広々とした空間へと出ました。

 

「さあ、着きましたよ。ここが三つ目の血涙の泉のある深層です」

「ここが」

 

三人は周囲を見渡します。

そこは山間の開けた場所。

面積自体は広いのですが、整備も必要最低限しかしておらず、倒木が道を隠し、審判の棘と起立した岩などが視界を遮る、注意力がとても大事になってくる深層です。

念のため脈を辿ってみれば、ヤドリギも血涙の泉も健在。

肝心の実も、たわわに実っているようです。

安心したところで、バックパックから折りたたみのテーブルを取り出し地図を広げます。

 

「こちらがこの深層の地図です。説明が終わった後でお貸しします」

「え」

「あんたは来ないのか」

「はい」

 

三人の視線を受け、私は頷きます。

 

「まずは自力で頑張ってみましょう。この冒険はあなた達三人のものですから。もちろん無理ならお手伝いはします」

 

三人は、顔を見合わせました。

お一人ではない上に元気があるなら、まずはご自身で頑張っていただくのが私の方針。

自力でやってみて自分の実力や問題点を洗い出すことは、この先も生きていくためにとても大切なことです。

何より、彼らは三人でこの目標を立てて頑張ってきました。

この深層の踏破は、三人でやり遂げていただくのが筋だと私は思うのです。

すると、石鎚さんが目を不敵に光らせました。

 

「いいぜ、やってやろうじゃん。いいでしょ、先輩たち」

「そうだな」

 

黒部さんが頷き、巻機さんの目元にも気力がみなぎっていました。

 

「元々三人で頑張るつもりだったしな。よし! ここの情報を教えてくれ」

「わかりました」

 

午前中も山登りをこなし、先程の山道もヒーヒー言っていたのに素晴らしい根性です。

 

「幾つかあるバツ印より先には行かないように。瘴気が濃いため移動は極めて危険です。推奨ルートは、ここから十一時の方角の奥にあるヤドリギを経由し、血涙の泉に向かうルートになります」

「血涙の泉がここって、ヤドリギを経由すると大分遠回りだな」

「ええ。でも、このヤドリギを経由すれば、仮に死に戻ってもこのヤドリギに戻れますし、無理だと思った時も拠点へすぐ避難することができます」

「ふーん」

 

石鎚さんが眉をひそめます。

 

「てか、ここを経由しなくても、死に戻ったら拠点に戻れるじゃん。なら、ここに行かなくても」

「お前、さっきのあの山道また登るのか?」

 

呆れたように言う黒部さんの言葉に、石鎚さんは固まりました。

そんな彼に、巻機さんも疲れたような視線を向けます。

 

「お前はいいかもだけど、俺らはヤダよ。ここは素直にヤドリギに行こうぜ」

「もおおおおっ、何だよ! こういう時って、スタート地点にヤドリギがあるもんだろっ!」

「お前はそろそろゲームから離れよう。な」

 

ついに黒部さんまでもが宥めに入る始末。

ゲームならプレイヤーの都合のいいところにセーブポイントがあるものですが、残念ながらここは現実です。

私は、年長者二人の援護射撃を行うべく口を開きます。

 

「ヤドリギを経由すれば、次回ここに来る時に楽になりますよ」

 

これが決定打になり、石鎚さんは落ち着きを取り戻しました。

体と心に正直かつ素直な性格で、本当に良かったです。

 

「普通に行く分には、先程の山道での戦いと同じです。周囲と足場の確認を怠らず、倒木や岩の影、審判の棘に張り付く堕鬼に気をつけて下さい。携行品、特にリターナーが無くなったらすぐに撤退を。無理は禁物です」

 

私は地図を折りたたみ、リーダーの巻機さんに渡しました。

 

「私は皆さんをお見送りした後、拠点へ戻ります。できれば死に戻ることなく、血涙を手に入れて戻ってきてください。ご武運を」

「わかった。ありがとうな、森山さん」

 

巻機さんは真剣な目で地図を受け取り、黒部さんと石鎚さんの方を向きました。

 

「んじゃ、お前ら行くか!」

「うっす!」

「ああ」

 

巻機さんは私に向けて手を上げると、それを合図に三人は歩き出しました。

彼らは一度だけこちらを振り向きましたが、その後は振り向くことなく、岩の向こうへと姿を消します。

頼りのない三人ですが、この山までたどり着くことができた行動力と、類まれな強運で、ここに来た最大の目的を達成してほしいもの。

頑張ってくださいね。

胸の内で告げ、私はテーブルを片付けると、ハシゴの片付けと山道の確認のため、来た道を戻りました。

山道の確認をしながら拠点へ戻り、留守番をしていたベティさんに報告とお礼をして、家へ戻る彼女を見送ります。

私を出迎えた猫たちは、窓辺で毛繕いとお昼寝をし、私は休む間もなく客室の掃除を含めた家事を行いました。

作業の合間にも、彼らのことが頭をよぎります。

彼らに心を寄せるのは、同郷のよしみであることもそうですが、彼らの人の良さと頼りのなさも影響しているのでしょう。

去年の今頃は、他人に関心がなくブレることも無かったのに、乾いて枯れていた心が、元に戻ってきている証拠です。

 

「にゃーも」

 

水場から戻って家に入ると、茶トラさんが足元へやって来ました。

 

「どうしましたか? 夕飯はまだですよ」

「んにゃも、にゃむにゃーもにゃもーん」

「彼らのことが心配ですか? そうですね、私も心配ですよ。でも、信じて待ってあげましょうね」

「にゃも」

 

何を言っているのか、やっぱり分からないので勝手に解釈し受け答えました。

それは、茶トラさんも同じでしょう。

そして、日が傾き風が冷たくなり始めました。

後三十分待って、それでも帰ってこなかったら様子を見に行きましょう。

でも、予感がしました。

三人で協力して、きっとここへ帰ってくるのだと。

窓を閉めようとした時、軒先でガーデンライトように輝くヤドリギが、強く輝きました。

それは、誰かがここへやって来る合図です。

続いて粒状の赤い光が現れ、それは足元から人の形を作り始めました。

 

「ハーレルヤッ、ハーレルヤッ、ハレルヤッハレルヤッ、ハレールヤー!」

 

朗々とした歌声と共に、その光は三人の男の人となりました。

私は玄関へ向かい、彼らを出迎えます。

 

「お帰りなさい」

「ただいまー!」

「戻ったぜー」

 

マスクを外し、彼らは夕日の光を受けて笑いました。

身なりは大分ばっちくなっていましたが、ひとまず無事なようです。

 

「お疲れ様です。どうでしたか?」

 

三人はそれぞれ血涙を取り出し、私に見せました。

 

「どうにか、死に戻ることなく取ることができた」

「おかげでだーいぶ時間かかっちまったけどな」

「いいえ。とても素晴らしい成果です」

 

彼らの笑顔は、達成感に満ちていました。

彼らは、自分の決めた目標を自身の力で達成することが出来たのです。

良かった。

下手に手を出さず、信じて待っていて本当に良かった。

心からホッとしました。

 

「着替えを用意しますので、温泉に入って綺麗にしてください」

「あ、森山さん、これを」

 

巻機さんは、血涙をもう一つ取り出し私に差し出しました。

思わず彼を見ます。

 

「俺たち三人に分け与えてくれた分だ。お返しするぜ」

「あらまあ」

「本当は、根こそぎ持ってちゃおうかとも考えたんだけど、シューちゃんとイッシーが止めとけって言ってさ。後で俺たちみたいのが来た時に、一個もないのはイヤだろって」

 

黒部さんが苦笑しながら言う横で、石鎚さんは口をへの字に曲げました。

 

「根こそぎ持ってて、後で本当に困った奴が取れねーなんてヤじゃん。オレたちもその経験あって、すんげーガッカリしたし」

「ま、そういうことで、この一つだけはお返しってことで、受け取ってくれねーか」

 

改めて差し出される血涙を見つめ、私はそれを丁寧に受け取りました。

 

「それでは、こちらはありがたく頂戴します。本当にお疲れ様でした」

 

そして彼らは温泉へと向かい、私はその後ろ姿を見送ります。

私は、彼らがこの山に流れてきた理由をもう一つ見つけることが出来ました。

彼らは、大崩壊以前の良識を持っているが故に、致命的にこの地に適応出来ず居場所がどこにもない。

だから、こんな辺鄙な山奥にまで流れてきたのです。

ここに来る人の中には、血涙を取れるだけ取って、そのまま黙ってヤドリギで自分の住処へ戻る人もいました。

むしろ、この地ではそれが当たり前、常識となっています。

彼ら三人の行動は、本来なら良識に則った褒められるものですが、この地では賢しき強者に搾取され骨の髄まで利用されかねない行為です。

それを持つに値する実力があればいいのですが、そういう訳でもなく。

今回は凌げましたが、次回以降はどうなるのか全くもって不透明。

根本的な課題は解決をしておらず、彼ら自身がそれに気づいているかも不明です。

危ういですね。

手にした血涙を見つめて一つ息をつきました。

その後は、彼らの装備を消毒して家の窓を全て閉め、猫たちにご飯をあげました。

 

「ほら、ゆっくり食べないと、またケロケロしてションボリしちゃいますよ」

 

ご飯をがっつく猫たちに声をかけますがお構いなし。

何度言っても聞かないのが彼らです。

猫ですからね、仕方ありません。

そして私は夕飯の支度を始めました。

今日は野菜のカレースープです。

いつもの野菜スープにカレー粉を入れただけのものですが、いつもと違うスパイシーな香りは、それだけで食欲が湧いてきます。

ああ、本当に調味料って大事です。

と、玄関のドアが開く音がしました。

 

「戻りましたー」

「お! カレーの匂いだ!」

「ああ、懐かしいな」

 

温泉から戻ってホカホカになった彼らは、リビングへやって来るなり声を上げました。

ご飯を食べるか聞いたところ、三人とも食べるとのこと。

昼間にささやかな食事をとったことで、心が食事に対して反応するようになったのか。

それとも、故郷のソウルフードの一つとも呼ばれたカレーのお力か。

取り急ぎご飯を用意し、四人で食卓に陣取りいただきます。

味は好評でしたが、やはりお肉がないことによる物足りなさはどうすることもできず、

 

「肉、食いてぇな」

「この際、鹿でも猪でも熊でもいいわ」

「あ、それジビエとかって言うんでしょ。一度食ってみたかったなー」

「今じゃ望むべくもないからな」

 

遠い目をして黄昏れる三人に、私も内心で大いに黄昏ました。

やっぱりお肉、食べたいですね。

食後は、リビングでお茶しながら茶トラさんに構ってもらっていましたが、やはり日中の山歩きと深層探索の疲れは隠せません。

睡魔が訪れる前に、私は彼らに声をかけました。

 

「皆さん、目的は達成出来ましたので、明日はここを出ていくことになります。そこで明日の予定はどのようにお考えですか?」

 

三人は顔を見合わせ、そして黒部さんが口を開きました。

 

「予定も何も、放浪生活の身だからな。帰る場所も待つ人もなし。急ぐ理由は何も無いな」

「てか、それなら尚更ゆっくり寝たい」

 

放浪生活に戻れば、伸び伸びと布団で寝ることも無くなります。

この機会に堪能したいという石鎚さんの気持ちは理解出来ました。

 

「そのまま下山をするなら、日が出ている間の方がいいので早めに起こします。のんびりするというなら、集落跡地で一泊してから、下山することもできます」

「集落跡地?」

「はい。昼間にお会いした、エリザベスさんとフランチェスカが住んでいる場所です」

 

ここから東の道を下った場所の山間に、大崩壊前に人々が住んでいた小さな集落跡地があります。

建物はほぼ倒壊していましたが、この山では貴重なヤドリギが生えていることで、来山者の休憩所にして避難場所の一つとなっていました。

去年の冬前、ベティさんがこの山で暮らすことを決めた時に建てた可愛らしい小屋と、サーベラスが建てた避難小屋があり寝泊まりも可能です。

私の説明に黒部さん頷き、二人を見ました。

 

「じゃ、明日はそこで一泊してから山を下りるとするか」

「さんせーい!」

「……シューちゃん?」

 

見れば、巻機さんが考え込んだ様子で、テーブルを見つめていました。

視線を集めていることに気づいた彼は、慌てた様子で私たちを見回します。

 

「あ、悪ぃ、ちょっとぼんやりしてた。ああ、それでいいんじゃね?」

「ということで森山さん、明日はその集落跡地に行くことにするよ」

「わかりました。それでは明日は集落跡地までご案内します。午前中は自由時間とし、お昼頃にここを出ましょう」

 

こうして部屋に戻る三人を見送り、時計を見ればまだ九時前でした。

三人がいなくなり、猫たちはリビングから私室前の廊下に移動して遊んでいる様です。

リビングの片付けをして、明日の朝食を含めた準備をして、そのうちポイントさんがブラッシングに来るのを待つことにしましょう。

ポイントさんはブラッシングが大好きで、毎晩だいたい同じ時間に必ず要求してきます。

しないと拗ねて、ご機嫌取りが大変なのです。

そういうところも含めて、本当にマイペース。

リビングの片付けを済ませた時、客室へ続く廊下から巻機さんが真面目な表情でこちらにやってきました。

 

「森山さん、話があるんだが今大丈夫か」

 

何となく彼の話の内容を察しながら、片付けたばかりのリビングに招きました。

 

「大丈夫ですよ。どうぞおかけください。紅茶をご用意しますね」

 

そして紅茶をいれて彼にカップを差し出しました。

お礼を言って彼は受け取りましたが、カップを口にすることなく、口火を切りました。

 

「まず時間を作ってくれてありがとう」

「いえいえ。それで、ご用件はなんでしょう」

「ああ。出会って間もない上に世話になりっぱなしで、こんなこと言うのもアレだけど……頼みがあるんだ」

 

すると彼は膝に手を置き頭を下げました。

 

「俺たちをここへ置いてくれないか」

 

やはり、そうきましたか。

要救助者の中には、行くところも帰るところもない人たちが、ここに住ませて欲しいと頼む人がごく稀に出てきます。

雨風を凌げる家屋とヤドリギもあり、この山に詳しい私がいることは、よるべのない人々にとっては、すがりつきたくなるのは道理です。

私が彼らの立場なら、きっと私もそうしたでしょう。

私は結論を出すことなく、まずは彼にその理由をたずねることにしました。

 

「それは何故ですか?」

「俺ももちろんそうだけど、何よりあの二人に、安心して休める落ち着いた場所を与えてやりたいんだ」

 

彼は語ります。

黒部さんと石鎚さんと出会ったのは一年ほど前のことだそうです。

彼ら二人は、女王討伐の戦士として寄生体を宿らせたにも関わらず、戦時中は目覚めることなく、戦後に目が覚めた第三世代と呼ばれる吸血鬼でした。

右も左もわからず彷徨っていた彼らを巻機さんは拾い、保護区で暮らしていたのです。

 

「じゃあ貴方は」

「俺は第二世代、あの討伐戦の経験者だ」

 

私は内心で驚きつつ、納得もしていました。

考えが浅はかで、どこか頼りないリーダーの巻機さんですが、昼間の山中での戦闘の際、一番戦いに慣れているとも感じていました。

討伐戦の経験者であるなら、当然と言えましょう。

 

「そうですか」

「最初のうちは保護区の生活も悪くなかった。討伐戦を一緒に戦った仲間もいて、血涙の探索も上手いことできていた。でも、サーベラスの徴収は厳しくなるし、第三世代の吸血鬼も増えて血涙の分配も怪しくなってきてな」

 

さらに、瘴気によって血涙の泉の数が減り、行動半径も狭まって血涙を手にすることが難しくなりました。

そして、血涙を巡っての弱肉強食の理が始まるのです。

血涙を手にすることができなかった巻機さんの仲間も、堕鬼になるか、本当の終わりを望んで灰になる道を辿りました。

討伐戦を共に戦った仲間の堕鬼化を、なす術もなく見届け手にかけるなど、それはどんなに辛く絶望的な状況であったことでしょう。

一人生き残り、打ちひしがれていた時に出会ったのが、黒部さんであり石鎚さんでした。

巻機さんは苦笑します。

 

「アイツら何にも知らないんだ。生前の残っている知識や常識に合わせて行動しようとして、危なかっしいのなんの。でも、いいもんだなって。アイツらと話していると人だった頃を思い出すんだよ。だから、守ってやりたいと思ってさ」

 

その笑顔は、今までの巻機さんらしからぬ落ち着いた大人の笑顔でした。

悲惨な討伐戦を知らず、激変した己と環境に戸惑いながらも無邪気に適応しようとする彼らに、巻機さんは希望の光を見出したのです。

巻機さんは慣れないがらもリーダーとなり、彼らの面倒を見ることで二人の居場所を作ろうとしていたのでした。

 

「でも、限界だった」

 

彼はうなだれました。

住んでいた保護区の血涙の泉が枯れ果て、保護区は解散。

彼は思い悩み、そして決断します。

仮に次の保護区に入れたとしても、持てるものから奪う理は変わらない。

そして、奪うことも奪われることもしたくない。

ならば環境を変えようと、彼らは保護された社会から飛び出したのです。

しかし待ち受けていたのは、己の手で全てをなさねばならない、あまりに広く渇ききった過酷な世界でした。

空っぽの血涙の泉だけを見て回る日々。

勇気をだして深層に入り、堕鬼から逃げ回りながら何とか血涙の泉にたどり着くも、ことごとく狩り尽くされた後。

どうにか戻ることはできたものの、連続する空振りに凹んでいた時に出会ったのが、子どもの行商人でした。

事情を知った商人の勧めで、彼らは一か八かでこの山に向かい今に至るのです。

 

「俺にアイツらを守れるような力があれば良かったけど、俺にそんな力はない。俺は、歌うことしかまともにできねーんだ。討伐戦の時もそうだった。戦いはてんでダメだったけど、歌だけは上手いって部隊の連中に褒められてな。朝と晩のお祈りの時間や戦う前に、歌を歌ってくれってよく頼まれたよ」

 

人に請われるまま、丁寧に大事に歌う彼の歌声は、力持ってあの錬血となったのです。

 

「でもそれだけだ。俺にはそれしかできない。アイツらに心から安心して過ごせる場所を与えてやれない。アイツらに、俺のような思いをさせたくないのに」

 

彼は言いながら歯を食いしばり、膝の上の拳を握りしめました。

彼の目に、感情がうねり猛るのが見えます。

 

「おかしくねーか。あの討伐戦を戦ったのは何のためだ? こんな未来のためじゃねーだろ。シルヴァ司令が言ってた。『地獄を終わらせようじゃねえか』って。だから頑張ったのに、何だよこの仕打ち。戦いが終わったら用済みで、どこにも行けない、故郷にも帰れない。ここで同族と争いながら血税収めて生きろってか。色と形が変わっただけで何も終わってねーじゃねーか、ふざけんなよ」

 

彼の苦渋に満ちた表情と怒りの言葉に、私の目の前が急に暗くなりました。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=68614
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