ごく普通のホモ、空咆蒙太郎は不幸にも黒塗りのトラックにケツを掘られ、異世界に転生してしまう。
 だがそれは神と名乗る存在の手違いによって引き起こされた事故だった。
 責任を取り、望むまま特典を与え償うという無駄に顔のイイ神に対し、転生候補者、蒙太郎が言い渡した示談の条件とは……。

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悪霊のような益荒男

 それは青天の霹靂、いや痛恨のケツ逝きだった。

 

 

 早朝。空手部へ向かう道中のことだ。

 空砲蒙太郎はいつものように、括約筋トレーニングを編み込んだ独自のウォーキングスタイルで通学路をラッコ臭いパリコレ会場に変えていた。

 

 道端で黒光りするマッチョから黄色い悲鳴を浴びるのはいつものこと。

 曲がり角でぶつかってきた食パン装備のショタをメス堕ちさせるのも、半ば恒例行事と化している。

 

 しかしごく普通の平和な日常は、蹴り飛ばされた砂の城のように儚く、ゲイバーのママが照れ隠しで放つビンタの如き熾烈な一閃によって破壊された。

 

 

「亜ッッッッッッッッッッッ!!!!!」

 

 

 穴を討たれた雄の絶叫が爽やかな朝を蹂躙した。

 

 蒙太郎に慢心は無い。背後の気配に関しては人一倍敏感だ。

 そんな彼でも、己のブラックホールに時速120kmでアサルトしてきたトラックの存在に気付けなかった。

 

 誤算だったのは、蒙太郎のケツがあまりに鍛えられ過ぎていたことだ。

 その大臀筋、括約筋、まさに金剛の如し。

 追突したトラックの衝撃を、相対性ホモ力学によって全て跳ね返してしまう。

 

 だが相対性ホモ力学とは、跳ね返したエネルギーと同等の快楽が脳を犯す諸刃の剣。

 結論を言えば、蒙太郎は人生からテクノブレイクした。

 

 

 

 

 

 

「残念ですが、貴方は死んでしまいました」

 

 気付けば、真っ白な世界に立っていた。

 上下の感覚すらあやふやになる純白の空間。埃一つ存在しない白紙の異界。

 そこに存在する唯一の()――――金の刺繍が目立つローブを羽織った金髪碧眼の美青年が、蒙太郎へ腰を低くしながら語り掛けている。

 

「私は貴方たちの世界で言う神と呼ばれる存在です。運命を司っています。しかしちょっとしたミスを犯してしまいまして……貴方は既定の寿命より遥かに若く亡くなってしまいました」

「…………」

「本当に申し訳ない。私の責任です。心から謝罪いたします」

 

 

 ぶっちゃけ最期が最期だっただけに、股間が気持ち悪すぎて全く話が入ってこない蒙太郎である。

 

 ともあれ、どうやらトラックでケツイキした反動で死んでしまったらしいことは、ホモ特有の理解力をもって把握した。

 ここは言わば死後に訪れる「神の間」であり、眼前でふわふわ漂うナイスガイこそ神そのものなのだと。

 

 蒙太郎は歴戦の雄だ。この程度で揺らぐほど軟弱な精神はしていない。

 

「そこでお詫びの印と言っては何ですが、特別に望むものを全て与えようと思います」

 

 神は人当たりの良さそうな笑顔をニコニコと浮かべながら、奇妙な提案を差し出した。

 蒙太郎はずっと股間を気にしていた。

 

「本来あってはならないことですが……事情が事情です。望む世界に転生する権利を与えましょう。加えて特典もおまけします。貴方が望むならば海を割る力も、女性を侍らせる魅了も、尽きることの無い財も、何でも思いのままです」

「……ん? 何でも思いのままだと?」

「ええ、そうです。貴方の人生を奪ってしまったせめてもの償いに」

 

 終始腰の低い神を、野獣の眼光で捉える蒙太郎。

 神は姿勢を崩すことなく、慈愛にも満ちた微笑みをもって蒙太郎に問いかける。

 

「さぁ、貴方の望みは何ですか?」

 

 

〇〇〇〇

 

(まったくボロい商売だぜ~~~~! 笑いという笑いが出てきちまってしょうがねぇ~~~~!!)

 

 陽だまりのような笑顔の裏で、神はケケケケッと舌を伸ばしながら愉悦に嗤い転げていた。

 

(テキトーな世界から素養のあるヤツを引き抜いて、勇者を求める世界に斡旋する! それだけでボロもボロ、ボロ儲けだ! ウケケッ!)

 

 

 ――この世は数多の並行世界で成り立っている。

 

 蒙太郎がいた平和な世界だけではない。

 魔王と呼ばれる大いなる邪悪に侵され、罪無き民草が絶望と恐怖に喘ぐような、混沌とした世界も存在する。

 

 そうした世界に対し、この神は勇者の斡旋を行っていた。

 無限の並行世界から能力値の高い「商品」を選抜。ほんの少し運命を弄り絶命させ、強力な能力を付与して勇者のいない過酷な世界へと輸送する。

 こうして過酷な世界を管轄する神々から報酬を頂くのだ。

 

 本来、勇者はその世界で自然と発生するもの。

 神はただ世界を眺め、空と大地と海に恵みを与え、後は生きる者の行く末を見守るだけの存在である。確率へ直接干渉することは許されない。

 

 けれど、世界が滅びればその分信仰は失われ、神の力は大きく減退してしまう。

 この弱みを突き、脆弱な世界へ救済の代行者を売りつけているのが彼だ。

 報酬――即ち、信仰の力を楽して掻き集めるために。

 

 いわば勇者の転売屋。それが神の正体だった。

 

(こいつは久々の上玉だぁ。潜在魔力、生命力、身体能力、着けるならランクオールS! 神殺しさえ成しかねない化け物が平和ボケした世界にいるとは、多少浪費してもツリがくるってモンだぜ! ウケケケケッ! 今夜の贅を考えただけで涎がドバドバ止まらねぇ!)

 

 神には蒙太郎が金の成る木にしか見えていない。蒙太郎がパンツを換えたくて仕方がないことなど露も知らない。

 如何に目玉商品を取り込み、滅びかけた世界へ上手く誘導するか。そこが問題だ。

 しかし。

 

「……臭いな」

(ん? なんだ急に顔の作画が濃くなったぞ)

「臭うぜ、てめー。何週間も風呂に入ってないステロイドハゲ並にひでー臭いだ。鼻が昏睡レイプされちまう」

 

 獣の眼光が神を睨む。

 公園のベンチでツナギのジッパーを降ろしながら通りがかりの青年へ気さくに声をかけていそうな優男の蒙太郎にしては、異様とも言える険しい表情。

 そう。パンツを換えたいのである。

 

「神様云々、それはいい。オレが死んだかどうかも置いておこう。問題はてめーが()()()()()()()ってとこだ」

「馴れすぎ……とは?」

「カミサマってのはヒトより偉いもんだろう。どこの国でもカミサマは傲慢で、人の上に君臨する存在だ。そんな神がいくら事故で死なせたとはいえ、何故そこまで媚びる必要がある?」

「!」

「誘い受けの匂いだ。自分でケツ振るメスホモと同じ雰囲気をビンビンに感じるぜ」

 

 神とは不遜なる存在だ。人間の命はさほど重視されるものではない。

 事実、神話によっては悪魔より神の方が人間を殺めた数が多いほどだ。

 たかだか1人死なせてしまった程度で、ヘコヘコ頭を下げながら高待遇を示すその態度が、蒙太郎には怪しさの塊に映ったのである。

 

「それも場数を踏んでるな。妙に手慣れてやがる。てめー、()()()()()()()()()()()()()

 

 蒙太郎の頭脳は名刀のように鋭かった。流石タチなだけある。賢者タイムも相まってIQ1919はくだらないだろう。

 神の裏の顔に勘付いていた。転生は故意に起こされたものであり、神は蒙太郎にへつらうフリをしているに過ぎないのだと。

 

「いやいやそんな滅相も無い! 神でも人を愛するものはいます。むしろそういう考えは古いのです。私は誠心誠意、貴方へ償いをさせていただきたいだけなのです。信じてもらえないと言うのなら、それを証明いたしましょう」

 

 そうして取り出したのは、硝子の中に雲を閉じ込めたような不思議な球体だった。

 

「これは願い玉。ヒトの望みを何でも叶える道具です。これに願えば、あなたの望みは何でも思いのまま。どうです? まず簡単なお願いをしてみませんか。回数制限はありません、好きなだけ試してみてください」

 

 しかしながら、そんな都合のいい代物があるはずもなく。

 

(さぁ願え。なんでも願え。こいつは望みと引き換えに私へ服従させる呪具だ。願いの大きさを代償に拘束力は大きくなる! ほらほら望みを言え。お代にてめーの尻の毛まで毟りとってやるからなァ~~~~!!)

「ならてめーのケツを寄越しな」

「は?」

「それとパンツ交換してくれ。股間を掃除するのも忘れるな」

 

 今、なんと言った?

 神の脳裏に困惑の文字が浮かんで消える。

 幻聴かと、頬を少しだけ引き攣らせた。

 

 蒙太郎はやけにスッキリとした表情で、ビシッと神を指さして。

 

「償うんだろう。ならケツ穴ひとつ差し出さねーで謝罪とは言わせねえ」

「は。あの、え、それはどういう?」

「やれやれ。ハッキリ言わなきゃダメな口か。てめーのケツで小便させろ……と言ってるんだぜ」

 

 ――神は視た。

 蒙太郎の股座に、天を貫かんばかりの槍を見た。

 それはもう、悪霊のようにスタンドする益荒男であった。

 

 滝のように汗を噴き出す。

 神は目と唇を震わせながら、願い玉を粉々に握り潰した。

 

「そっ、そんな願いあってたまるかァーッ!! にに、人間如きがこの私をッ!! 口に出すも悍ましい無礼が、許されると思うなァ―――――ッ!!」

「正体現したな。いいぜ、そういう方が盛り上がる」

 

 神が本気で焦るのには理由がある。

 願い玉は蒙太郎の声を聞き届けてしまった。彼のパンツは正月元旦に洗ったばかりのようにピカピカだ。カピカピも消えている。

 つまり、願い玉は既に『神を掘る権能』を蒙太郎へ与えてしまったということなのだ。

 

 ()られる。

 背骨に氷柱を刺されたような寒気が、水面を疾走する波紋の如く駆け抜けたッ! 

 

「寄るなッ! おぞましいモン見せながら近づくんじゃあねェ――ッ!!」

 

 股間のゲイ・ボルグを更に膨張させながらにじり寄る蒙太郎に、神はバタバタと手足を泳がせながら逃げ惑う。

 

(いや待て。落ち着け。願い玉が望みを叶えたということは、奴の支配権は既に私が掌握しているはず! この私の尻だと? そんな望みを宣った己の浅はかさを知るがいい! 徹底的に地べたを這いずらせてやるッ!)

「ホモビの男優風に言うと……脱ぎな。どっちが壊れるか試してみようぜ、という奴だぜ」

「勅令である! 一歩たりとも動くな、我が(しもべ)!」

 

 言霊は鎖。願い玉の代償に得た支配特権は蒙太郎の体を縛り、影を縫い留めるようにビタリとその場へ拘束する。

 動けない。指先一つ動かせない。

 蒙太郎は驚愕し、ほんの少しだけ目を開いた。

 

「ウケッ、ウケケッ、ウケケケケッ! よし、よぉーし! この身の程知らずの愚か者め! 何が私の尻だ、タダの道具に過ぎんというのにふざけやがって!」

 

 神は下卑た笑みで頬を引き裂き、もはや柔和な態度などかなぐり捨てて、狡猾な咆哮を猛らせる。

 

「むしろ感謝して欲しいくらいだね! 持ち腐れなその才能を私が有効活用してやっているのだから! 世界を救うための人柱になれるのだ、これ以上の名誉は他にないだろう!? ほら、分かったら道具は持ち主の言うことにウンウン頷いて、とっとと転生して私の役に立ちやがれェェ――――ッッ!!」

「――この空咆蒙太郎は、いわゆるガチホモのレッテルを貼られている」

 

 神が強引に特典を付与し、蒙太郎を取引先の世界へ売り飛ばさんと手を伸ばした刹那だった。

 目に見えないナニカによって、バチンと撥ね飛ばされたのだ。 

 

「喧嘩の相手を必要以上に掘り倒し、いまだ病院から出てこれねぇ奴もいる」

 

 それだけではない。蒙太郎を拘束する不可視の束縛が、無理やり木の枝を圧し折るような異音を立てながら崩れつつあるではないか。

 

「男性ホルモンが足りねぇんで気合を入れてやった教師は、もう二度とケツの味を忘れられねぇ」

 

 右腕。左腕。右足。左足。ち〇こ。

 動かせる部位が、だんだん増えていく――!

 

「料金払えねーのに店で延長しちまった日には、体で支払うなんてのはしょっちゅうよ」

「ヤバい薬でもキメてんのか……?」

「だがこんなオレにも、吐き気のする『悪』はわかる!!」

「吐き気催してんのはこっちだクソがァーッ!!」

 

 遂に拘束は破られ、獣は野に解き放たれた。

 願いの力が神の支配権を上回ったのだ。神のケツは、存外リーズナブルだったのだッ!

 

「待て待て待て待て!! よく聞け、転生先はお前の自由に選ばせてやるから! 財も能力も人生も全てお前の思い通りに設定してやる! 金輪際こういうことも止めにすると誓う! だから許して! ね! ね! ね!?」

「やれやれ。どうやら願いを叶えたことで墓穴を掘っちまったみてーだな。もっとも――掘られる墓はてめーの(ケツ)だぜッ!!」

「よせ、やめろ、私のそばに近寄るなアッッ――――――――――!!」

 

 

 

 神は菊を散らし、蒙太郎は異世界へ転生した。

 

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

 

 

「ここがモースター家……国一番の貴族の家」 

 

 

 ユニコーン便から、一人の少年が降り立った。

 金糸の髪。クリクリとした緋色の瞳。真珠の肌。あどけなさが残る顔立ち。

 俗に男の娘と呼ばれても差し支えないほどの、思わず見惚れてしまいそうになる可憐な少年。

 

 彼は自分より遥かに大きな門を見上げながら、ゴクリと唾を呑み込んだ。

 

「今日からここで暮らすんだね」

 

 見たことも無いほど広い敷地。遠くに見える立派な屋敷。そして自分を迎えてくれた素晴らしい従者たち。

 どれもこれも今まで生きてきた世界と違う。全てが鮮烈で、きらきらと眩しく感じるほどだ。

 

「お待ちしておりましたディル様。どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」

 

 ――少年ディルは、故あってこのモースター家の養子になる。

 今日は記念すべきその一日目だ。期待と緊張に胸を膨らませ、連れられるまま敷地の中を進んでいった。

 

(クックックッ。良いぞ、順調だ。誰にも怪しまれることなく侵入出来たぞ)

 

 ディルの眼には全てが輝いて見えていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(今のうちに呑気しているがいい人間どもめ。亡き魔王の息子たるこの俺が、大貴族モースター家の全てを手中に収めてやる! それを下地にいずれ国そのものを乗っ取ってやろう。我が名のもとに、新たな魔王伝説を生み出すのだ。この一歩はその一節目となる!)

 

 かつて魔王は勇者に敗れ、世界に平和がもたらされた。

 しかし魔王の子息は生きていた。その一人がディルだった。

 

 彼は紆余曲折を経てモースター家当主に取り入り、養子としての立場を獲得した。

 国内指折りの富豪であるモースターの財産を手に入れ、再び魔王の時代を取り返すことが、彼の抱く使命なのである。

 

「おや坊ちゃん。お迎えですかな」

「ああ。オレの兄弟になる男の顔が見たくてな」

 

 屋敷の入り口で待っていたのは、黒髪の端麗な少年だ。

 流水のような切れ目に優し気な顔立ち。どこか妖しい色気を纏うものの、人畜無害そうだというのがディルの第一印象だった。

 

 話には聞いている。同じくらいの年齢だから、きっとモースター家の一人息子に違いない。

 

「君がホナサン・モースターだね? これからよろしく!」

「そういう君はディル・ギャランドー。親父から聞いてるよ。歓迎するぜ、ディルド」

 

 さっそく仇名で呼んできたモースター家長男、ホナサン・モースターにディルは微笑みで返答する。

 

(好調なファーストコンタクトだ。こいつは全く俺を警戒していない! 初めはイイコチャンのフリをして取り入ってやろう。ゆくゆくはモースター家での立場を失墜させ、俺が当主になってやる! その日まで世話になってやるぜ、お兄ちゃん)

「今日から君はオレの兄弟、家族だ。というわけでさっそく、家族として屋敷を案内しよう。着いてきな」

「わぁ、ありがとうホナサン! 頼りになるよ」

「案内が終わったら俺の部屋で遊ぼう。面白いボードゲームがあるんだ。やらないか?」

「うん! もちろん!」

 

 ディルは執事にぺこりと一礼し、荷物を預けると、人懐っこい無垢な子犬のようにホナサンの後をついていく。

 

 

(フンッ! せーぜー警戒心を解くがいいさホナサン! 俺に心を許した瞬間、お前の薔薇色人生はドブ底のミミズにまで堕ちているんだぜッ!)

 

 

 

 夜。薔薇色に染まったディルは、モースター家乗っ取りをやめた。


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