荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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生け贄

「ど、どうして私が仕官になるんですか刀月様!?」

「突然で驚くだろうが……落ち着け呂蒙。話をするから」

 

突然打ち合わせにもない事を言っておいて、落ち着けと言うのは無理難題だという自覚はあった。

それでもこの場にいる連中に話をするために、俺は斜め後ろの呂蒙へと振り返りつつ、順を追って説明する。

 

「まず、税を納めていない。これは呂蒙もわかっているはずだ」

「はい、それはもちろん」

「んで、はっきり言うが……俺がこの村にいる限り、税を納めるメリ――利点はない」

 

メリットと横文字を使いそうになって慌てて変換した。

少々不思議がっているが、それ以上に俺が言っている言葉に呂蒙は少し考えたが……すぐに俺が言いたいことがわかったのか、うなずいていた。

俺の後方から褐色ポニーから怒りの感情が発せられるのがわかり、尾行娘からも今にも刀を抜きそうな気迫を感じたが……しかしそんなことなどどこ吹く風、俺は淡々と俺自身も改めて認識したこの村の状況を話した。

 

「確かに孫策がいうように、俺の村は異常だ。呂蒙は俺の異常さを目の当たりにしているからある程度わかっているだろうが、俺の行商の方法はおかしい」

「それは確かに」

 

売りその二人にぼかすため明言はしなかった。

俺の行商がおかしいのは、誰よりも呂蒙がもっとも知っている。

何せ50mほどの高さまで跳躍出来るのだ。

そして滑空というカモフラージュを使って半ば空を飛んでいる。

それも身一つではなく、大量の行商道具に呂蒙を背負って。

風翔の力に雷の力も使っているから移動速度については、この大陸だけで見ても最速だ。

 

「大量の干物も、俺が頑張って漁を行っているから出来ている。また鉄の槍を作れるのは十分に脅威なのだ。防衛的な意味でな。そんな俺のがんばりと、呂蒙の知識も相まって、この村は他の村よりもかなり豊かだ」

「はい」

「わざわざ孫策が自ら視察に来たのも、俺のことを探りに来たのもあったのだろう。何せ行商が異常なのはある程度情報を集めればすぐにわかる。そして行商だけならまだしも……この村の豊かさを見れば、なるほど。確かに接収と言いたくなるのもわかる」

 

最悪行商がなくなっても、俺がいれば村人達は食っていける。

危険性もほぼない。

ある意味で楽園といっていい。

だがそれは「俺」がずっといればの話である。

 

「しかしこの村がどうしてここまで豊かなのか? それはなんでだかわかってるな?」

「それは刀月様のおかげです」

「そう、俺の尽力と、呂蒙の知略が合わさったことで、この村の豊かさが成り立っている。俺としてもここまで立派な村になるとは思ってなかった」

 

自画自賛だが事実なので、俺は内心で非常に恥ずかしく思いながらも、表面上は努めて冷静に話を続けた。

褐色ポニーに尾行娘そっちのけで話をしているが、二人も俺が何を言いたいのか知りたいのだろう。

黙って俺の話を聞いていた。

 

「確かに豊かになった。が……はっきり言うが、俺は別段村長になりたかった訳じゃない」

「それは……そうですよね」

 

呂蒙は俺の言葉に少し目を丸くしたが……だが俺の日頃の態度などを見て判断したのだろう。

特段驚く様子を見せる事もなかった。

確かに俺は村の連中のために尽力した。

その尽力は俺自身のためでもあったのだが……しかしそれ以上に村に逃げてきた連中を見捨てないためだった。

 

「最初は一人で生活してたんだが……あれよあれよとこの規模にまで広がった。そしてさっき俺も改めて思ったが……この村は俺がいないと機能しなくなる」

「……それは、間違いありません」

 

呂蒙もいないと困るには困るが、だが必要不可欠ではない。

俺は行商に戦闘力も考えると必要不可欠。

だが、超常存在といってもいい俺が、村を一人で回す形式はよくないし、何よりも俺自身がそんな役回りを受けたいとは思っていない。

 

「俺としても修行はある程度行えたので、そろそろ別の修行に移りたいんだ」

「修行……ですか?」

「そう修行。そして俺がもっとも行いたいのは鍛造の修行なんだ。後料理」

「鍛造と料理ですか?」

「そう。というか俺の本職は刀の鍛造なんだ」

 

俺が自らの命題を言ったことはなかったので、呂蒙は少し驚いたようだった。

呂蒙だけじゃなく村の連中も、俺が鉄を鍛造しているのは何度も見ているし、槍の出来映えもどんなものかよく知っている。

だが刀については不殺という戒めがあるため、この世界に来てから鍛えたことはなかった。

 

だが槍の質がいいことは……村人も十分理解していた。

 

そのためか助が槍や武器を売り出さないかと、提案してきたことがあった。

武器なども商売していたため、助も武器の善し悪しがわかるのもあるが、それ以上に素人が見ても明らかにできがよすぎるのだ。

武器はこの時代重宝されるのは当然だった。

だが俺はそれを却下した。

俺の鍛造はあくまでも修行のためであって、決して金儲けを行うための物ではない。

確かに自分の世界で何度か商売として鍛造した事もあるが、基本的にその相手は俺の刀を気に入ってくれた人だけだ。

いくら財源のためとはいえ、金儲けをする気はなかった。

俺が不機嫌になったのがすぐにわかったのだろう。

助も一度提案しただけで、二度と提案することはなかった。

 

「そろそろこの村も軌道に乗ってきたことだし、俺自身も別のことを始めようと思ってな。

この村が生きていくのに必要な物はある程度出来たから……何をするのかは考えるが」

「別の事って……この村からいなくなってしまうのですか!?」

 

村長を降りるのは何となく察したのだろうが、まさかいなくなるとは思っていなかったのだろう。

呂蒙が驚きに声を張り上げていた。

後方の褐色ポニーもこの村からいなくなることに、反応を示していた。

こちらは驚きではなく、どこか別の州に仕えるかもしれないことに反応したのだろう。

 

「まぁそれも選択肢の一つではあるな。先にも言ったとおり俺は別段村長になりたかったわけじゃないし。言っておくが最終的には俺はいなくなるぞ? 無論放り出すつもりはないが、ある程度俺なしでも回るようになったら俺は俺のために動く」

「ですが……」

 

俺はこの村で骨を埋める気はさらさらなく、そして埋めるわけにはいかないのだ。

俺の世界。

モンスターワールドの世界。

冬木。

三つの世界で約束した大事な責任があるのだ。

 

責任を……果たさないとな

 

かといって、「いやになったからやーめた」では、あまりにも無責任という物である。

何せ本当に村長になるのがいやなら、誰一人としてこの村に住むのを許可しなければいいだけの話なのだから。

中途半端に面倒を見て無責任に投げ出すのは、もっとも行ってはいけないことだ。

それに下世話な話、この村の農産物は俺自身手放したくないと思っている。

 

気で施錠しているから大丈夫だが……地下蔵は別の場所に移動するのも手か

 

加工品の数々に、加工するための原料……牛乳に大豆、菜種等……の生産を教えているのだ。

この村はこのまま稼働させておいた方がよいだろう。

要するにこの村を俺がいなくても機能するように再度鍛え直せばいいのだ。

 

「まぁ今もそれなりに動けているので、俺が完全にいなくても……といっても俺も加工品は必要なので、完全にいなくなることはないが、ほとんど常駐はしなくなるだろうな。そのために教育をしなければ」

「教育ですか?」

「それもあるが、後は俺がいないのが普通にしないとな。俺がいつまで経っても動けなくなる」

「ちょっといいかしら?」

 

そっちのけで話をしていたが、さすがに俺がこの村からいなくなるということは看過できなかったのか、後方より声がかかる。

そちらに首だけで振り返ると、怒りで少々こわばった笑顔の褐色ポニーがいた。

 

「何だ?」

 

先ほどイラッとして敬語をやめたので、また敬語に戻すのも面倒なので、俺は普通にそう返した。

再度尾行娘が剣に手をかけるが、褐色ポニーが先に言葉を紡ぐ事で、その動きを封じた。

 

「あなたがいないと蜂蜜の採取は難しいんじゃないの?」

「俺としても村をここまで発展させたのは、俺自身必要な食材や調味料を加工させるのが目的だ。廃村にするのは惜しいし非効率だ。だから俺がいなくても機能するように鍛え直して俺は俺の目的のために動くようにする。無論蜂蜜については定量納めるようにしよう。ただそれだと税としては不足するから、呂蒙を仕官させてほしいと思っている」

「あなたが仕官するのではなくて、呂蒙ちゃんなのはどうしてかしら?」

 

褐色ポニーも呂蒙がそれなりの腕をしているのは、それとなく察しているのだろう。

恐らく、この場での実力で言えば、

 

尾行娘≒呂蒙→→→褐色ポニー→→~越えられない壁~ →→→→→→俺

 

となるはずだ。

尾行娘と呂蒙はほとんど同レベルだが、得意分野が若干違う。

隠密行動は尾行娘、知略については呂蒙。

戦闘力もわずかだが尾行娘よりも呂蒙のが上だろう。

呂蒙と褐色ポニーでは結構な開きがある。

褐色ポニーにもそれはわかっており、俺と呂蒙では俺の方が圧倒的に強いのもわかっているだろう。

また知略でこそ全く及ばないが、村を回った後では俺の方が有用なのはわかっている。

故に仕官をするなら呂蒙よりも俺が好ましいのだろう。

だがそれは俺がいやだった。

 

「呂蒙はかなり傑物だ。俺よりも知略的な意味では遙かに有用だ。俺は確かに生産行動においては他の追随を許さないだろうが、今のこの乱世では俺よりも呂蒙の方がよほど使えるはずだが?」

「それはそうかもしれないけど……」

「さらにいえば俺自身戦闘をする気はなく、仮に仕官しても軍に入るつもりは一切ない。戦力として考えているなら諦めてもらおう」

「戦闘をする気はないですって?」

「何か問題が? 俺が戦うかどうかは俺の自由意志だと思うが?」

「……それはそうだけど。それだけの力を有していながら戦いたくないの?」

 

確かに俺は強い。

自分でいうのもなんだが、これは歴とした事実だ。

その強さを、武将としてそれなりに理解しているがゆえの言葉。

とっさに出てきたのも理解できた。

乱世故に、強き者が戦わないのを毛嫌いするのも理解できる。

だが……

それでも……

 

俺には俺の事情がある……

 

その事情も知らずに信じられない者を見たかのような発言は……さすがに頭に来た。

そのため、俺は

 

 

 

「……悪いか?」

 

 

 

絶対の殺意を放出し……言葉に乗せて放った。

 

 

 

半ば呪詛にも近い、俺の言葉。

そのあまりの重さに……殺気を直接向けていない呂蒙と尾行娘が、息を強制的に止める羽目になった。

しかし、さすがは盟主。

この程度の殺意で、縮みこまった姿を自らの臣下の前で見せることはなかった。

 

ほうほう。それなりにやるのは確かなようで……

 

「お前にはお前の事情が……そして俺には俺の事情がある。違うか?」

「そうね……失言だったわ」

 

その言葉に俺は殺気の放出をやめて、仕切り直しもかねて褐色ポニーと尾行娘に向き直った。

そしてうさんくさくならないよう……何せ本心を明かすのだから……に努めて真剣な表情で、俺は姿勢を正して頭を垂れた。

 

「!?」

「ここにいる呂蒙は、間違いなく傑物だ。この乱世においては非常に有能な存在となる。特に知略については間違いなく光るものを持っている。俺の行商の立ち回りの良さは全て呂蒙のおかげだ」

「へぇ……そうなの」

 

俺の行商については褐色ポニーも調べているため、どれだけ素晴らしい知略をしているのかは、すでに理解したのだろう。

もしくはこの前の褐色知的眼鏡が入れ知恵をしているかもしれない。

 

「武力についてもそちらの周泰殿と同程度の武力を有している。俺が仕えるのがいやだというのも理由の一つだが……それでもこの呂蒙は絶対に孫策様。あなたの目的の力になるはずだ」

「!?」

 

目的。

これについて呂蒙はほとんど意味がわからず、きょとんとしている様子だった。

だが言葉を向けられた褐色ポニー……孫策は違った。

 

まぁほとんどカマをかけてるだけだがね……

 

三国志。

この言葉を分解すると三つの国の志。

三つの国とは、蜀、魏、そして……呉。

三つの国が相争った時代の物語は、実に千年以上の時を経てなお、現代に綴られている。

そしてその呉を治めていたのは孫家……のはずだ。

俺の知識は以下略

 

確か途中で死ぬはずだが……詳しい時期は知らん

 

未来の知識がある故の、この後の歴史を知っているが故の言葉。

孫策は、別段大陸の覇者になりたいと思っているわけではないのだろう。

それはどちらかというと魏の曹操だったと俺は認識している。

蜀の劉備は義のために。

そして確か呉は……

 

「そうね。確かにそうかもしれないわね」

 

確か……先祖代々守ってきた土地を取り戻すのが当初の目的だったはずだ。

それがいつのまにか三国……つまり蜀と魏が大きくなってしまって、自らも対抗せざるを得なくなり、呉も台頭していく。

これが三国志の歴史……だったと思う。

となれば、呉がもっともほしいのは「一人の強力な兵士」や、「貴重品を生成、定期的な採取ができる商人」ではなく……

 

知略によって、軍を拡充出来る存在。

 

になるのは当然といえるだろう。

確かに俺と呂蒙が二人とも仕官するのが理想的だろうが、俺はまだ仕官したくない。

故に呂蒙を人身御供、生け贄、人柱……するのがもっとも簡単だった。

 

「でもあなたも来てくれた方が私としては嬉しいのだけれど?」

 

だが俺という人物がどれほど危険な存在かは、褐色ポニーも理解しているから食い下がってきた。

他の国に仕官されたら面倒なことこの上ないのは間違いないのだ。

故に俺も同時に取り込みたいと思うのは必然といえた。

 

まぁ……確かにどこにも仕官しないわけにはいかないだろうなぁ……

 

そしてそれは俺も考えざるを得ないことだった。

三国志。

この大陸のこの時代において、間違いなく事が起きるのはこの三国なのだ。

そして事が起きると言うことは……あの白装束の気味悪い連中が暗躍するのも、この三国を巻き込んだことになるだろう。

 

未だに姿を見せないのがあれだが……

 

そして三国の内のどれかに仕官する……本当にしたくないのだが……場合、俺の選択肢は消去法になってしまうがほとんど決定していた。

 

蜀……義のため、人のため  ← 共感するが己よりも他者というのが俺には無理

魏……大陸の覇者になるため ← 曹操が好かん上、喧嘩売ったので没

呉……自らの土地を守るため ← 一番納得の出来る理由

 

他にも第四の選択肢として、自ら国を興すということも考えられなくもないが……人材が集まりようがないので無理。

というよりも仕官以上に国を興すというのをしたくない。

となるとどこかすでに国として成立しているところに転がり込むしかないのだが……そうなると消去法で呉がもっともいいと思えた。

 

褐色ポニー自身も嫌いじゃないしな

 

接収こそイラッとしたが、それだけだ。

しかもそれはあくまで盟主としての褐色ポニーにイラッとしただけで、こいつ自身はカラッとしていて実に好感を持てる。

他の連中にも会ってみなければ総評は難しいが……少なくとも今見ている褐色ポニー、褐色知的眼鏡、尾行娘の三人だ。

その三人が嫌いにならないだけでも十分な理由だった。

 

「正直仕官というのはしたくないのだが……俺にも目的があってな。それを果たすためには、どこかの国に世話にならなければならないだろう」

「へぇ、あなたにも目的があるの?」

「あぁ。単純な理由だが、俺は自らの故郷に帰りたくてね」

「故郷に?」

 

故郷に帰りたい。

これはまだ誰にも話していなかった俺の目的。

そのため呂蒙も後方で俺の言葉に驚き、注意を向けてきているのがわかった。

俺の目的がいったい何なのかを話さなければ褐色ポニーも俺を信用しないだろう。

故にちょうどいい機会でもあったので、俺は自身の目的を明かした。

 

「俺の故郷はだいぶ遠いところにあってな。しかも信じられないだろうが、距離が遠いとかそういうことじゃないんでね。ちょっと特殊な方法が必要なんだ」

「特殊な方法? 妖術でも使うの?」

「言い得て妙だな。そう思ってもらってかまわない」

「へぇ……おもしろいこと言うわね」

 

妖術を使わなければ帰れない故郷。

そうなるとその故郷の住人である俺はいったい何なのかという話になるが……呂蒙、褐色ポニーに尾行娘の三人は俺を茶化すこともなく、俺の言葉を待っていた。

 

「ともかく俺の目的は故郷に帰ること。故に孫策の目的とは一致していない。故にそう警戒しなくても大丈夫だ」

「その言葉は信用してもいいのかしら?」

「もちろん。というか仮に国の主とかになってこの大陸の覇者になりたいとかだったら……村を捨てるとかいわないだろう」

「まぁ確かに……それもそうね」

 

国を得る方法はいくつかある。

今ある国を内側から乗っ取る、下克上でのし上がる等が上げられるが、下克上をするならば人の力が必要だ。

一人で出来ることなど限界があるのだ。

故に人を増やしていき煽動者となって、村や国を襲って乗っ取ればいい。

 

黄巾党のような大規模な集団になって国を襲えば……不可能ではないだろう……

 

特に俺がいるのは実に強力といえた。

片側ポニー……関羽がトップクラスの武力と考えれば、俺に勝てる奴はそういない。

そして敵からしたら武力のトップが負けるというのは、戦術的にも戦略的にもまずい状況だ。

極論、武力が強い奴を優先的に叩いて戦意を喪失させて、気が弱ったところに敵の武将を倒したことで戦意が昂揚している自軍をぶつければ、それなりに戦う事が出来るだろう。

 

内側から乗っ取るのも不可能ではないが……時間がかかりすぎる

 

内側から乗っ取るのは国に仕官して要職に就き、発言力を増して最後には乗っ取るという手順が必要だ。

もしくは偉い奴に取り入ってそいつとの間に子をもうけてその子供を操って国を乗っ取るのも一つの手ではあるが……子供を作る気がない。

無論他にも方法はあるのだろうが……俺の目的は国を乗っ取るとかではなく故郷に帰ること。

それもなるべく早く。

 

「すでに数年ほどこの大陸にいるが、俺としてはさっさと帰りたいんだ。他の事をどうこうするつもりはないのだ。この村を俺がいなくても稼働するように教育して……状況にもよるだろうが、俺が呂蒙の元に仕官しに行こう」

「!? 刀月様が私に仕官しにくるんですか!?」

 

まさか自分に話の矛先がくると思っていなかったのだろう。

呂蒙が後方で慌てだした。

俺はそれに内心で苦笑しつつ、本心を吐露した。

 

「信頼できる人間の元に仕官に行くのは当たり前だろう? 孫策も信用できない訳ではないようだが……まだ人となりがわかってない。なら人となりもわかってて信頼も出来る奴の元に行くのは当然だろう?」

 

 

 

ちなみに余談だが……この呂蒙の元に仕官しに行くのはかなわなかったとわかるのは、もう少し先だったりする。

 

 

 

「そ、そうかもしれませんが……」

「今だって俺に指示出してくれてるのはお前だろう? ならそこに肩書きが付くだけで大して今とかわらんさ」

「そんなわけありません!」

 

まぁ確かに

 

呂蒙の悲鳴にも似た否定に俺は内心で納得しつつ、だが言葉を返すことなく再度褐色ポニー……孫策へと向き直った。

 

「俺の目的は故郷に帰るため。そのために呉を利用させてもらおう。もちろんいい意味でな? その見返りは十分なほど提供しよう。武力ではなく……他の面でな。それでいかがか?」

 

うそっぽく聞こえないよう……事実だが……に注意しつつ、俺はそう言って締めくくった。

そんな俺を実に鋭い目で褐色ポニーは見ていたが……俺の言葉に嘘がないと判断したのか、表情を和らげて苦笑した。

 

「そういうことなら信じてあげるわ」

「そいつはどうも」

 

半ば無理矢理だったが、それでも話をまとめた。

仕官したくないのは本当だが……しかし白装束の連中は突如として道ばたに現れた。

白装束の連中は、それこそ何かしらの術を用いている可能性は非常に高い。

一人だけで戦うには無理があるのはわかっていた。

あの程度の雑兵であれば束になってかかられても撃退できるが、それでも人が大いに越したことはないのだ。

その後はある程度税の内容や約束を交わした。

それで終わりだと思ったのだが……どうやら飯を食っていくつもりらしいので昼飯を用意した。

 

というかさせられたってのが正しいだろうが……

 

褐色ポニーも糧食をある程度持ってきていたので、それにこの村でとれたキノコやら魚やらを俺が調理した。

といってもただ鍋を作っただけだったが……そこは俺が手抜きをするわけもなく、そして加工品も使用して料理した。

村人以外の連中の味覚や好みを測るのもちょうどいいと思ったのだ。

 

使用したのは味噌

 

飛鳥時代に中国より日本に伝来した醤(ひしお)なる物を加工して作られたのが味噌だという。

確か飛鳥時代は歴史的に見て三国志の後のはずなので……味噌は完全に未来の食べ物になる。

しかも行軍してきた連中だ。

塩分を補給しておくのはいいことのはずである。

故に……

 

「うわ、何これ、おいしい……」

「独特の味ですが……おいしいのです」

 

好評なようで何よりだ……

 

俺のほぼ本気……本気を出せないのは食材的な意味で……の料理は、三国志時代の人間にも十分通用するのは村の連中でもわかっていたが、軍属の連中にも通じるのがわかった。

行軍という意味では、素人娘や片側ポニーにちみっことも行軍したことがあるが、そのときは俺自身かなり我慢した糧食しかなったので、まともな料理を作れた覚えがなかった。

また盟主がきたということもあり、結構豪勢な味噌鍋を作っている。

どでかい寸胴鍋……当然これも自作している……に大量に作って、昼飯として村人の連中にも振る舞っていた。

先に俺自身や呂蒙が食べることで毒もないことをアピールしておく。

それだけではあれなので、褐色ポニーと尾行娘には燻製した豚肉料理も追加していた。

そんな料理を味わいつつも……俺の事をすごくうさんくさそうな視線を俺に向けていたのが、褐色ポニーの孫策だった。

 

まぁ魅力的だろうね

 

未知の食べ物、未知の料理。

これらは本当に魅力的な事なのだ。

まだ冷蔵技術や冷凍技術がないこの時代において、新鮮食材というのは必然的に採れたてに限られる。

後は乾燥させたりして保存食として食うことになる。

その保存食の作り方も俺は無数に知っているし、明かしていないが能力もあるのだ。

かなり魅力的な存在なのは間違いないだろう。

 

まぁそれでもまだ俺が離れる訳にはいかないのだが……

 

飯を食っている相手の目……褐色ポニーが俺を見る目が、どうにも険しくなっていくのだ。

どうやら一筋縄ではいかないらしい。

そしてそんないやな予感は外れることなく当たってしまったのだ。

 

 

 

飯後は呂蒙の仕官の相談や、助への報告。

そして村の連中にも今後の村の扱いについて褐色ポニーに説明をしてもらって、俺からも説明を行った。

最初こそ驚いていたが、しかし俺がこの村の長から離れても、農産物と加工品の生産を続けてほしいと言うと……誰もが快く引き受けてくれた。

 

確かに恩義はあるだろうが……ここまで快く快諾してくれるとはおもわなんだ

 

確かに命の恩人なのは間違いないのだが、それでも出て行くと言っている男のわがままを聞き入れるとはちょっと予想外だった。

次の村長は俺と呂蒙がいなくなる関係上、助となったが誰も反対する奴はいなかった。

文字の読み書きに知略を考えれば反対するわけもない。

俺が定期的に帰ってくることもあって、変なことが出来ないというのもあるだろうが、それでもすんなりいきすぎて少々怖かったりする。

 

あ~~~~これが煽動者ってやつなんかなぁ……

 

俺自身の世界で村の復興を手伝ったことはあったが、ここまでなんというか……自分の意見を何の疑いもなくすんなりと聞き入れられた経験はなかった。

俺に悪い感情があったら、何かしら出来るというのが実におもしろい状況だったが……ただそれだけだ。

こいつらを悪用して何かしようなんて魂胆は全くなかった。

 

まぁ利用するつもりはあるわけですが……

 

農産物の生産に加工品の生産。

これをやってもらえるのは正直ありがたかった。

武力という最大の強みを己自身で封じているが、戦乱のこの世で……この手札を封じられているのはかなり痛いものだった。

 

まぁ刀じゃないとだめって訳じゃないが……それでも一番の得物は間違いなく日本刀だしなぁ……

 

剣、槍、弓、杖、打撃武器等々、この時代でも存在する武器……銃器の扱いも出来るが、アサルトライフルやスナイパーライフルなんぞあるわけもない……の扱いも一通り出来るのだが、練度が圧倒的に違う。

刀系列の武器に俺は人生の修行における割合のほとんどを費やしている。

それが封じられているとなると、次に……というよりももっとも修行を行ったのは鍛造だ。

 

だが基本的にこれもあまり使いたくはない……

 

というよりも、俺自身まだ職人としては未熟であり……自分の気が乗らないといい物が打てないのだ。

気が乗る……つまり自分が気に入った人間や、俺の鍛造した物を心から欲する相手でなければ本当にいい物はまだ打てない。

 

未熟なり……

 

裏家業や修行の成果のおかげで食いっぱぐれることはないが……この「気に入った時にしか仕事にならない」というのは、職人としては大問題といえる。

これについては要修行ということだが、一朝一夕でどうこうできる問題でもなかった。

そして、次に得意な物と言えば……

 

やはり……料理か……

 

これならある意味で制限はないと思っていい。

何せ俺の料理とは、己のためでもあるからだ。

だが……この料理にも問題がないわけではない。

 

食材がなぁ……

 

冬木で仕入れた食材や、勉強して得た知識等でどうにかごまかせているが……いかんせん品種改良という人類の叡智と努力と時間の結晶は、簡単に超えられる物ではない。

だが今の俺の得意な手札で、ある程度自由に使えるのはこれしかなかった。

またこの時代に合った料理を習得するのも悪くはない。

 

俺の料理の原点は相手とわかり合いたい、喜ばせたいってのだしな……

 

遠い記憶が浮上するが……感傷に浸るわけにも行かず、俺は溜息を吐くしかなかった。

その溜息は俺自身考えに没頭していたこともあり、周りに聞かれており……いくら殺意がないとはいえこちらを注視している存在に気づけなかった。

 

 

 

油断

 

 

 

そう……はっきり言って俺は油断をしていたのだ

 

この世界に来て……ある程度わかったこともあったがために

 

これは修行なのだと

 

そう甘く見ていたことは間違いない

 

それがもっとも危ないこともわかっていたはずなのに

 

 

 

俺は再度過ちを繰り返す

 

 

 

 

 

 

 

「……今なんて言った?」

 

村の視察、税の話、呂蒙の仕官後の扱い等々、いくつか会議を行っていると結局夜となってしまい、一泊するという話になった。

それはある程度予想していたので問題ない。

迎賓館なんぞ建てることはしなかったが、俺の住居を提供……やばいのは認識阻害の術で隠しておく……すれば良いだけの話だ。

だが、今の言葉はちょっと理解が出来なかった。

 

「聞こえなかったかしら? 勝負して欲しいと言ったのだけれど?」

「言った言葉はわかっているが、意味がわからないと言うことなんだが?」

 

すでに日が暮れて夜。

油が大変貴重であり、火を灯すのも特権階級に限られていた。

この村は俺が菜種油の生産を行っているので、他の村よりも遙かに油があるが……貴重品であることにかわりがないため、緊急時以外夜明けの日の出とともに起きて仕事をし、日が暮れると同時に就寝するという生活だ。

故に見張りの連中以外はすでに寝ており、波音が聞こえるだけの静かな夜だったのだが……そんな状況で褐色ポニーが放った言葉が、

 

「人となりを見たいから勝負してくれないかしら?」

 

という言葉だった。

 

戦闘狂か?

 

そう思うのはまぁ無理からぬことだと俺は思う。

しかもそれなりに豪勢な飯……晩飯は熟成肉使った料理で、俺もかなり気を遣っている肉であり、かなり弱めの火を入れたほぼレアの肉に醤油をあえたものでかなり喜ばれた……を出した後だ。

食欲を満たしたから次の欲求を満たす……とでも言いたいのかと考えてしまう。

がそんなことはないわけで……

 

「あなたがどれだけいかれてるのかは、この村を見てよくわかったわ」

 

まぁそうだろうね……

 

農産物、加工品、漁業諸々。

俺が携わっているのは文字通り未来から来た産物であり、また俺自身の知識も未来の知識だ。

そしてその知識や農産物だけでなく、俺という普通じゃない人間が全ての事業に関わっているのだ。

おかしくならないわけがない。

 

「あなたも村の人に慕われているから変な人じゃないとは思うわ。けどそれだけでこちらも安心できる訳じゃないわ」

 

そらね

 

為政者ってのは大変なのはよくわかる。

特にこの時代ってのはライフラインなんぞあるわけもない。

上下水道、電気、ガスに電波。

その全てが他の村にないのだが、俺の村はなんと下水を整備していた。

理由としては堆肥をするのにいちいち肥だめから採取して持って行くのが面倒だからだ。

堆肥としてきちんと処理をするため下肥などの問題はない……というか霞皮の能力で発光させているので、害などあるわけもない……のだが、衛生的、何よりも臭いがいいわけもないので、下水を俺が敷設したのだ。

 

木製の樋は別段造るの簡単だしな

 

どちらかと言うと敷設の際の微妙な高低差……水は高いところから低いところに流れる……を敷設するのに手間取った。

下水があるおかげで堆肥作りもだいぶ楽だった。

 

言うなれば敷設する手間なんかを俺が施工していることも相まって、制作費やらが安く済んでいるために設備が整っているわけだが……整い方があり得ないんだろうな

 

とまぁ、確かに一つの村だけではあるが、これだけの設備に食材等が整っているところはそうないだろう。

そして未来の技術も多数取り入れている。

為政者としては自らの領地にそんな村があれば放っておくことは出来ないだろう。

 

「一応確認させてもらうが、勝負というのは戦闘という意味でいいんだよな?」

 

一縷の望みを賭けて聞くが……結果は

 

「当たり前でしょう?」

 

実に好戦的な笑みを浮かべてうなずいてくる。

護衛であろう尾行娘はどうすればいいのか後方であわあわしていたが……すでに言い含められたのか脅されたのか、止めに入る様子はなかった。

呂蒙もまだ起きているが、こちらについては勝負と聞いた時点こそ驚いたがそれだけだった。

俺の実力をある程度知っているので、問題ないと認識しているのだろう。

 

「今日見させてもらったあなたの態度を見るに……かなりの使い手と見たけど?」

「まぁ……否定するつもりはないな」

 

正直褐色ポニー程度ならば楽勝だ。

だがそれはあくまでも俺が「俺自身の力」を把握しているから分析できるのであって、褐色ポニーは分析できるわけもない。

後最悪の場合……

 

武力で制圧って選択肢もあるわけで……

 

接収……というのは恐らく半分冗談で半分は「本気」だ。

これだけ発達して潤っている村とは貴重だ。

そしてその技術を手に入れれば自分の他の領地も潤うのだ。

暗君でなければこの村を接収したくならないわけがない。

だがそこで未知数なのが俺の実力である。

 

つまり……俺があっさり負けるようなら軍隊による制圧も視野に入れている可能性もある……

 

今接している限り褐色ポニー……孫策がそこまで横暴な手段に出るとは思えないが、そこは「個」と「盟主」では大いに答えが変わってくる。

それは孫策としても当然であるが……

 

俺の方も答えが変わってくるわけだ……

 

俺はどこまで行っても「個」だが、それでも相手が「個」ではなく「盟主」でこられてもやっかいなのは間違いない。

故にこの勝負を受けないという選択肢はあり得なかった。

 

まぁ……楽勝だしな

 

「いいだろう。今宵は月も出ているため、真っ暗と言うわけでもないしな」

「いいわね。話が早くて助かるわ」

 

小さく口笛を吹きながら、褐色ポニーが好戦的に笑った。

実に粗野な笑みだ。

身のこなしや体格、そして剣を帯びていることからわかりきっていた事だが、こいつは戦士だ。

そしてこの笑みを見る限り、

 

戦うのが好きって感じだな

 

「雪蓮様! 雪蓮様みずから戦うのはさすがに見過ごせません!」

「でもあなたじゃ相手にならないわよ?」

「あ、あぅ~。そ、それはそうかもしれませんが」

 

「心配しなくていいよ周泰殿」

 

俺は後ろの床の間にかけている……睡眠時のそばにおいている迎撃武器……木刀を手にして立ち上がった。

俺が木刀を手にしたのを見て孫策が一瞬目をつり上げる。

そらそうだろう。

戦闘狂とまではいかないまでも戦いに自信のある戦士が、勝負を申し入れた相手が真剣ではないただの木の棒を手にしたのだから。

しかしそれは俺が制作した木刀。

それなりに手間暇をかけて制作している。

紫炎の力で水分を飛ばした後は、気を込めながらナイフで木刀の形に丹念に整えた。

それだけでも十分強いが、それに俺が気と魔を込めればそれだけで岩すらも粉砕できる。

だが先ほどからも言っているがそれは俺がわかっているからであって、孫策……褐色ポニーは知らない。

 

まぁ……とりあえずお手並み拝見って事で

 

「怪我なんてしないから。誰も」

 

あざけるでもおちょくるでも、馬鹿にする出もなく淡々と、俺は事実のみを口にした。

 

 

 

 


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