荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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戦闘と酒盛り

「どういう事かしら?」

 

当然と言えば当然だが、俺が木刀を手にして怪我をしないという言葉に、褐色ポニーが怒りを抑えつつも声に怒気をにじませて、そう問うてきた。

怒るのも無理からぬ事だが……俺にも事情があったりする。

 

何せ抜刀できないからなぁ

 

俺の最大の得物でありもっとも信頼している刀が、全て抜刀出来ない。

抜刀できない理由は、あの二人が絡んでいるのだろう。

そのため俺はどうあっても本気で戦うことが出来ない状況になっていた。

 

やはり夜月か狩竜がもっとも俺にあう得物だからなぁ……

 

少し余裕が出来てきたため、刀を鍛造することを……考えなかった訳ではない。

だが刀が封印された意味があると思い、俺はあえて鍛造はしなかった。

ただ体が鈍るのは避けたかったので、ねじり金棒を鍛造して筋トレと狩竜の間合いの感覚を鈍らせないようにはしている。

 

まぁ封印を知らないなら怒るのも当然といえるだろう

 

得物が使えないというのも実に奇っ怪な状況ではあったが、実際使えないので俺としてはどうしようもなく、またどうこうするつもりもなかった。

すでに不殺でいくと決めたこと、そして褐色ポニー相手では本気を出す必要がないからだ。

 

それに刀が抜けないとか言っても信用してくれないだろうし

 

と、そういった諸々の事情でどうしようもなかった。

だが戦わないわけにはいかない。

故に怒らせるのもわかっているが、それでも俺は木刀で戦うしかなかった。

 

いや別にねじり金棒でもいんだが……もっとも手加減できる木刀がよかろう

 

「悪いが孫策殿。あなたもそこそこ出来るようだが、俺には勝てないよ」

「へぇ……武器も交えずに大口を叩くとはいい度胸ね」

「それが大口かどうかはすぐにわかるだろう。とりあえず俺としてもこれ以外に戦う選択肢がないんでな。どうする?」

 

正直ここまで侮辱に近いことをされれば、激昂されても文句は言えないのだが、そこはそれ。

確認した訳ではないが、しかし交渉事でいきなり「接収」とぶっ込んできたのだ。

ある意味先に喧嘩を売ってきたのは相手と考えられなくもない。

故に俺は実に平坦に言葉を紡いだ。

 

「俺にかすり傷一つでもつけたら本気で相手をしよう。出来たらの話だがな」

「……いいわ。本気で相手をしてあげるわ」

 

先ほどまでと違って顔から怒りが消えていた。

恐らく限界値を振り切ったため、感情が外に出なくなったのだろう。

それでも問題ないので、俺は特段反応を返すこともなく、外へと出た。

 

 

 

 

 

 

なめられたものね……

 

それが私の正直な気持ちだった。

確かにこの男は強い。

それは剣を交えなくても雰囲気でわかる。

それに長大な金棒を持っていても、体が全く不安定になっていなかった。

あの長大な金棒を普段から振り回していることがすぐに理解できた。

けれど剣を帯びた私からの勝負の申し出を、この男はよりにもよって木剣で相手しようと言う。

さすがに怒りが沸いてきて、本気で叩き斬るつもりで私は外へ出た。

 

半月といったところかしら

 

満月ではないが、それでも十分な明かりだった。

またこの村が海の近くで、海に反射した月の光でより明るさが増していた。

案内されたところはちょうど砂浜へとさしかかるところで、月明かりを遮る物が何もなかったことも大きい。

明かりを灯さなくても、剣を交えるのに申し分がない状況だった。

その場所へと私と明命、刀月に呂蒙ちゃんがやってきて、私と刀月が数歩離れて相対した。

明命は私の後ろに控え、呂蒙ちゃんは刀月の後ろに下がっている。

 

「立会人がいていいのか?」

 

淡々とあざけるでも挑発するでもなく、刀月はそう問うてきた。

馬鹿にしていなくとも、その言葉の意味を理解すれば……やはりそれなりに怒りというのは沸いてくるという物だった。

 

私が勝てないと言いたいのね?

 

「別にかまわないわ。明命は私が信頼を置く部下の一人だもの」

 

信頼を置くというのは本心からだった。

長い間仕えてきた細作。

腕前だけでなくその性根も心から信頼できる。

負けるつもりはないけれど、相手がこちらを気遣っての言葉というのは理解出来たので、その言葉に対して私もとりあえず同意の意味を込めて返答した。

 

「そうか……」

 

手にした木刀で右肩を軽く叩いて、刀月は小さくうなずいて……

 

 

 

その瞬間に、雰囲気が一変した。

 

 

 

「……始めよう」

 

 

 

たった一言。

それだけで……この場にすさまじいほどの重圧が発生した。

突っ立っているだけだ。

構えてすらもいない。

 

それどころか手にした得物は木で作られた木剣。

 

そんな男から発せられた圧倒的な重圧で……私は一瞬震え上がるほどの恐怖を抱いた。

 

「!? 雪蓮様!」

 

さすがに見過ごせないと思ったのだろう。

声を震わせながらも明命が私の前に出ようと、私の名を叫びながら走ってくるのがわかった。

その行動を、私は自らを叱咤する意味も込めて、声を張り上げた。

 

「下がれ! 明命!」

「!? ですが!」

「くどい! 私に恥をかかせるな!」

 

明命が心配するのも、前に出ようとするのも無理からぬ事だと思った。

刀月の後方を見れば呂蒙ちゃんも驚き、そして恐怖するように口元を手で抑えていた。

猛獣や盗賊の相手を刀月が全くしていないとは思えず、またその姿を誰にも見せてないわけではないはず。

けれどもこれほどの威圧感を放つのは、初めてといったところなのだろう。

 

それにしても……これほどの相手だったなんてね

 

真剣も持たずただ突っ立ているだけで構えもせずに、これだけの圧力を発せられる実力者であれば、さきほどまでの無礼な態度も言葉も納得出来る。

だけど……圧力がすごいからと言って決して実力があるということにはならない。

だから……私は一つ吐息を強く短く吐きだして、刀月をにらみつけて剣を構えた。

 

「……行くわよ」

 

それは私自身を叱咤した言葉だった。

あまりの威圧感に体が震えていた。

恐怖もあった。

 

だけどそれ以上に歓喜があった。

 

 

 

これほどの実力者だったのは……嬉しい誤算だったわ!

 

 

 

行商の仕方からただ者じゃないことはわかっていた。

それこそ妖術でも使っているのではないかと思えるほどに。

そして訪れたこの刀村も驚きの連続だった。

これほど栄えている村は、呉どころか大陸を見渡してもそうないだろう。

そんな村を切り盛りしているのが、目の前の強者……入寺刀月だった。

 

間違いなく私が出会ってきた者の中でもっとも強い

 

私も自らの腕に自負を持っていた。

そしてお母様や黄蓋……祭に鍛えてきてもらって強者ともそれなりに出会い、戦ってきた。

その私が、刀月の底が全くわからない。

測ることすらも出来ない。

そんな強者との立ち会い。

部下に邪魔をさせない。

誰にも邪魔をさせない。

 

地を蹴った。

 

自らを叱咤する意味も込めて……力強く。

 

かといって無駄な力は入れない。

 

最大の力で、もっとも効率よく力を込めて、地を蹴る。

 

そして刀月に肉薄し……その脚力を腹で受け止め、腹から肩へ、そして腕へ。

 

全ての力を手首を介して剣に伝え、強く柄を握って剣を振るう。

 

月に照らされた白刃は……刀月に迫った。

 

その刃が届く前に……刀月が目を細めてその鋭い眼光で私をにらみ……

 

姿を消した。

 

 

 

!?

 

 

 

大上段より振り下ろされた剣が、切るべき対象を失ってむなしく空を切った。

 

どこへ消えたのかと困惑し、目を巡らせようとしたが……すぐにわかった。

 

夜とはいえ、まだ季節的に寒くないはずのこの月夜において……背筋が震えるほどの気を当てられた。

 

その発生源は下だった。

 

視線を下げれば、そこには私の膝よりも低い姿勢で、木刀を右後ろに引いている刀月の姿があった。

 

振り切った剣をすぐさま戻しつつ体を全力で引こうとしたが、そのときにはすでに遅かった。

 

まるで引きしぼられた矢のように……刀月の木刀が疾った。

 

私から見て左斜め下から迫るその木刀は、あまりに早くそして正確に、両手で持っている柄の中間を捉えていた。

 

すさまじい衝撃だった。

 

右手と左手。

 

その中間を狙って振るわれた木刀の衝撃に耐えることが出来ず、剣士として、戦士としてあるまじき事に……私は剣を手放してしまった。

 

本来であればこの瞬間に負けのはずだ。

 

だけど私は諦めなかった。

 

といようよりもたった一撃で終わらせたくなかったのだ。

 

負けたくない。

 

ただその一心で、私は衝撃によって力の入らぬ拳による打撃を諦めて、肘を曲げて背中から体事落として肘打ちを狙う。

 

けれどそれすらも予想していたのか……すでに刀月は木刀から手を離しており、ほとんど力が入らぬであろうその低い体勢で、私の両肘をその手で受け止めていた。

 

受け止められたその瞬間……私の体は完全に動きを止められた。

 

 

 

!? 馬鹿な!?

 

 

 

確かに私は女のために男よりは体重が軽い。

 

だがこのあまりにも低い姿勢で私が全力で……それこそ体事落とした肘打ちを、この男は全く力まずにただ軽く受け止めただけとでもいうように、涼しい顔で受け止めて笑っていた。

 

 

 

「お前の負けだ」

 

 

 

何――

 

 

何を言うのか? そう思うその前に……決定的な敗北を私は知った。

 

先ほど私の剣を飛ばしたその木刀が……放り投げられた上空より落ちてきて、私の肩に当たり落ちたのだ。

 

私はわからなかったけど……恐らく真剣であれば刃の部分が当たったのだろう。

 

真剣であれば、間違いなくそれなりの深さまで刺さったはずだ。

 

仮に柄の部分が当たったとしても、落ちてきた木刀の衝撃はそれなりにあり、私が隙を作るには十分すぎた。

 

でも負けを認める気にもならず、肘を掴まれたまま今度は膝蹴りを行おうとしたのだけれど……。

 

私の蹴りが届く前に、私の肘を掴んでいた両の手がいつの間にか私の腹部へと当てられていた。

 

 

 

まず!?

 

 

 

「のこった!」

 

 

 

意味のわからないかけ声とともに、その両手が押し出され……私は馬に吹き飛ばされたと勘違いするほどの衝撃を浴びて、後方の海へと吹き飛ばされた。

 

 

 

!!!!

 

 

 

派手な水しぶきを感じる前に……私の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

しまった、思わず掌打してしまった……

 

剣を飛ばされて尚負けを認めず肘打ちを行ってきたのは素直に感心した。

戦闘狂と思っていた……今も思ってるし外れてはいないが……が、どうやら戦士としてそれなりの実力者であることは間違いないようだった。

呂蒙もそれなりに出来るが、褐色ポニーには遠く及ばないことがよくわかった。

実力もそうだがそれ以上に戦闘と命に対する執念が段違いだ。

だがそれも何度もされればしつこいという認識になってしまう。

肘打ちを防がれ、手放した木刀が肩に当たってなお、攻撃をしてこようとしたのでちょっとかちんと来たので……思わず気で吹き飛ばしてしまった。

吹き飛ばされた褐色ポニーはまぁ景気よく吹っ飛んでいき……およそ50m離れた海の浅瀬に突っ込んだ。

恐らく水に触れたときの衝撃で意識を失ったのだろう。

先ほどまで不細工にぶちまけていた、殺意と戦意が綺麗に消失していた。

 

「!? 雪蓮様!」

 

吹き飛ばされた主人を心配して、尾行娘が慌てて海へと飛び込んでいく。

小柄ながらによく鍛えているようで、実に早い速度で泳いでいった。

 

「と、刀月様!? どうするんですか!?」

 

さすがに吹き飛ばすとは思っていなかったのだろう。

呂蒙が後方でそれはもう慌てているのが、声からすぐに察せられた。

月明かりしかない状況だが、振り返れば間違いなく顔を朱くしてあわあわしている姿を見ることが出来るだろう。

 

う~~~~~ん……どうするか

 

勝負を挑まれ、殺気をあてられて思わず力が入ってしまったのかもしれない。

この村が結構田舎の方にあることもあり、盗賊か熊程度しか脅威がないので、武術的に俺も飢えていたのだろう。

 

まぁそんな言い訳が通じるわけもないだろうけど……

 

挑んできたのは相手であり、また戦闘狂とも言える感じだったので、恐らく実力による敗北についてどうこう言ってこないだろうが……吹き飛ばしたのは間違いなくやり過ぎだった。

 

やむを得ん……

 

本当は出すつもりがなかった物を出して、ご機嫌取りをせざるを得なくなってしまった。

俺の切り札の一つを出すことになってしまったのは、間違いなく自業自得のため、溜息を吐くことしかできなかった。

後は隠し事をしていたので……それについてもどうなるか謎だが、どうにかするしかないだろう。

 

と、それと……

 

「呂蒙すまん」

「!? な、何がですか!?」

「二人分の着替えを持ってきてくれ。あと身体拭く布。布は俺の家にあるのを使って良いから」

 

そう言い残して俺は返事を聞かずに、自らが使っている小舟まで駆け寄って持ち上げて……褐色ポニーが浮かんでいるすぐ近くに投げ飛ばした。

そして投げ飛ばした小舟が着水する前に走り出して、海面を疾走した。

自ら飛ばした小舟に先回りして、跳んできた小舟を跳び上がって自ら受け取り、くるっと回って小舟に乗り込んで着水した。

そしてすぐに浮かんでいる褐色ポニーを引き上げて、泳いで来ていた尾行娘も小舟に上げる。

 

「申し訳ない周泰殿。泳ぐのを止めるべきでしたね」

「……そうですね」

 

主君を吹き飛ばされて良い気持ちではないのだろう。

また俺自身の実力も相まってものすごく警戒されてしまっていた。

仕方がないことだったので、俺は両手を挙げて敵意がないことを証明してから……海へと入って小舟を泳いで押した。

気力と魔力を使用しているので瞬時に砂浜まで着いてしまう、尾行娘がスゲー警戒していた。

 

そら自らの主君を吹き飛ばした奴を警戒しない臣下がいないわけないよね

 

面倒なことになったなぁ……と自業自得に後悔を若干しつつ、俺は内心で溜息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

呂蒙に二人の介抱を任せつつ、俺は自らの家にある浴場のお湯を沸かしていた。

元々は俺一人で始まった村……というよりも村を始めるつもりなど微塵もなかったのだが……なので、俺の家には自分専用の風呂があったりする。

 

というかないわけがない……

 

生活基盤を満たすのは俺にとって譲歩できない案件だった。

料理、鍛造。

ライフライン。

それらのほとんどに満足できないのだ。

料理は食材が十分にないので、好きな料理を好き勝手作れる訳がない。

鍛造も刀が封印されていると考えているため鍛造する気になれず……ライフラインについては言わずもがな。

欲求がほとんど満たせない状況で、自分の能力で不満を解消できる物ならば作るのはある意味で当然といえた。

水道、湯沸かし器がないこの時代の風呂というのは、本当に贅沢品である。

俺の場合は、気力と魔力の併用で巨大なたらいを持って行って海の水を汲んできて、紫炎の力で瞬時に湯が沸かせる。

しかし今回は詫びも兼ねているので、きちんと川の水を汲んできて風呂を沸かした。

ちなみに褐色ポニーは砂浜に戻ってくると同時に気を直接当てて目を覚まさせ、すでに風呂につかってもらっている。

 

さ~~~~て、仕方ないが秘密兵器使うかぁ……

 

そしてその間に俺は認識阻害の術で封印している地下室へと赴いて、いくつかの秘密兵器を持ち出していた。

本当は秘密のままにしておきたかった。

今持ち出しているのはまだ生産が軌道に乗っていない食物達で、何よりも俺の好物だ。

 

現時点では独り占めしたかった代物なんだがなぁ……

 

秘密兵器を準備しながら、周りに誰もいなかったので、俺は深々と溜息を吐いていた。

だがある意味で、良い機会と捉えることも出来なくもなかった。

失敗なのは間違いないだろうが、それでも失敗のまま終わらせなければそれで良いのだ。

 

まぁそういう意味では十中八九勝てるだろうけどな……

 

歓待の時の料理の味に喜んでいた事を見れば、恐らく食事にもそれなりに執着がある様子だった。

そして……あえて出した味の濃い料理を口にして驚いた後に、少し渋い顔をしていたのを俺は見逃さなかった。

 

あえて合う料理を出していたから恐らく……

 

先ほどの食事風景を思い返しつつ、俺は保存している木桶と食器を取り出して、気づかれる前に自らの家へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

あそこまで圧倒的とはね……

 

明命よりも先に風呂につかりながら、私はさっきの戦いについて思考を巡らせていた。

戦いと言ったが、それは完全な見栄だった。

戦闘になっている訳もない。

あの動きにあの膂力、そして打撃によって吹き飛ばされた事実を考えれば、刀月が全く本気を出していないのは簡単にわかった。

しかも本気を出していないのだけはわかっても……私と刀月の差がどれほどあるのかもわからなかった。

 

ここまで圧倒的に差があるとわかると……いっそすがすがしい気分になるわね

 

年はそう違いがないはずだ。

にもかかわらずあれほどまでに圧倒的な実力を有しているというのは……いったいどれだけの研鑽を積めば可能なのか?

また実力だけじゃなく、他にも知識に料理に鍛造技術に村の生活基盤の作成。

数え上げればきりがないほどに、刀月という男は異常だった。

 

是非ほしいわね……

 

私自身の悲願、そしてみんなの悲願である呉の土地を取り戻すこと。

母様の呉の土地を取り戻すために、是が非でもほしい人材だった。

それは他にとられるわけにはいかない人材という意味でもあった。

接収といったのは、正直半分ほど本気だった。

これほど栄えて村を放置する訳にはいかなかったからだ。

栄えた村を放置する……すなわち完全な自治権を認めていると周囲にとられてしまうと、呉がまともに領地も管理できないととられかねない。

そしてこの村の生産能力も相まって、噂が広まれば他の国からもほしいと思われても何ら不思議ではない。

 

でも……あの実力で考えると奪うことは出来そうにないわね……

 

力づくで奪うことは不可能ではない。

いくら強いと言っても刀月は個人に過ぎない。

軍で制圧に動けば、接収出来ないわけがない。

ただ……それは最終手段であり、あまりに悪手といえた。

豊かな村を力づくで奪うのは、放置するよりも悪い手段だった。

盗賊と同じにとられても不思議ではないし、私自身やりたくなかった。

 

呂蒙ちゃんが仕官すると言っても……そこまで親密な関係って訳でもなさそうだし……

 

以前の行商の時と今日一日二人の様子を観察したが、間違いなく村長と部下の間柄でしかなかった。

呂蒙ちゃんはそれなりに好ましく思っているのはそれとなくわかったけど……刀月は間違いなく、男と女という間柄で呂蒙ちゃんのことを見ていなかった。

趣味思考なんてわかるほど接していないため、刀月の異性に対する趣味なんかわかるはずもないけど……呂蒙ちゃんは結構可愛い。

体つきはあまり「女」を主張する肉付はしていないけど、それでもまだ若いため育つことだって考えられた。

それに村にはそれなりの人数の女性がいたため、様々な体格や性格の女性がいた。

そして呂蒙ちゃんと違って、村の女性のほとんどは刀月に対して明らかな好意を抱いていた。

話を聞く限り命の恩人であることは間違いないようだけど、女性達からの好意は命の恩人というだけでないのは明白だった。

 

まぁ確かに……この村の村長と考えれば当然かもしれないけど……

 

刀月の容姿はそれなりだった。

悪くない容姿に、命の恩人、村の村長、そしてあの実力。

これだけの好条件なら惚れない方が無理からぬ事かもしれない。

 

だけど刀月は一切村の女性達に色目を使っていなかった。

 

もしかしたら興味がないのかもしれないし、もっといえば男色家かもしれない。

さすがに聞くことはしなかったけど、単純な話女でつることは難しいと言うことだけはよくわかった。

それは他の州から見ても同じ条件になるけど、この村は呉の領内にある。

何とか刀月を引き込むための材料がほしかった。

 

「くしゅん」

 

そうして考えていたら、実に可愛らしいくしゃみが私の耳に入って、私は一度目を閉じて思考をやめ、湯船からあがった。

 

「ごめんね明命。ちょっと考え事してて。待たせてしまったわね」

「い、いえ、そんなことは! というか……本当に私も湯船につからせてもらって良いのでしょうか?」

「良いんじゃない? 村長自ら詫びだと言って水を汲んでお湯まで沸かしてくれたんだから」

 

この会話の内容も……刀月の異常さがわかるものだった。

水を汲むのはまだ理解できる。

あれだけの動きに膂力があるのだ。

水を大量に汲める瓶さえあれば、刀月なら(・・)水をすぐに汲むことも出来なくない……気がしないでもなかった。

でも、お湯が沸くのがあまりにも早すぎるのが気になった。

 

私と明命が着替えている間にこれだけの湯を沸かす……どうやって?

 

確かに先ほどまでこの刀月の家で暖かい飲み物をもらっていたので、火がなかったわけではないはず。

でも足を伸ばすことも出来るほど大きな湯船に、少し熱いくらいの湯を沸かす時間はなかったはずだ。

 

元々想定して湯を沸かしていたの?

 

と考えればある程度納得できるが、しかし呂蒙ちゃんの話ではこの刀月の家に、刀月以外の人が入ったのは今日が初めてのはず。

村長の宅にある貴重品等をとられたくないためと言われれば、誰も入ったことがないのは納得できる。

だけどそうなると刀月の家に、誰か別の人が入って湯を沸かすことは出来ないわけで……ほとんど一日中一緒にいた刀月には、お湯を沸かしておく余裕なんてなかったはずだ。

 

……ますます不思議ですませてはいけない男ね

 

そして同時に放っておくには、あまりにも危険すぎる男と言うことが理解できた。

何とか呉に迎え入れたい人材だったけど……さすがに一日で相手のことを知るのは難しかった。

 

わかりやすく女が好きだったら楽だったんだけどね~

 

女が好きなら呉にいる人物と夫婦になれば、簡単に引き入れることが出来た。

赤の他人の命を救い、あまつさえ生活出来るだけの住居に仕事を与えるほどのお人好しで、責任感のある人物だ。

最悪子供でも孕めば無責任に放り出すことはないと考えられた。

 

私としても弱い男よりは強い男に抱かれたいしね……

 

今日一日見て来て嫌いにはならない男なのはわかった。

なめられていると思って憤ったのは事実だけど、あれだけの実力を有していたのなら、仕方のないことだと思えた。

 

まぁ仕方がないで終わらせるつもりはさらさらないし……現時点では好きにもなれないけど……

 

確かに実力で勝てないのはよくわかった。

だけどなめられっぱなしで終わるのはさすがに癪だった。

武力的にも、政治的にも。

 

絶対に参ったって……言わせてあげるわ

 

そしてお風呂から出て身体を拭いた私が部屋から出ると、呂蒙ちゃんが深々と私に頭を下げてきた。

 

「申し訳ありませんでした、孫策様」

「勝負を挑んだのは私だもの。負けたのは私の責任だから気にしないで。というか謝るんだったら呂蒙ちゃんじゃなくて、私を吹き飛ばした刀月の方でしょ?」

「ですが……」

「大丈夫、心配しないで。負けた腹いせに村に攻め入るなんて事はしないから」

 

村というよりも刀月に対して軍で攻め入りたい気持ちがない訳ではなかったけど、それをするのはあまりにも大人げないし、盟主としても失格だ。

今は呉にとって大事な時期なのだ。

私個人のくだらない感情など、優先できるわけもなかった。

 

「お、あがったか?」

 

と、大人の対応をしたいのだけれど、やはり当人が出てくるといろいろ考えてしまうのは仕方ないことだと思いたい。

といっても、負けたため私には何も言うことなど出来ないのだけれど。

 

殺す気があったなら、私はもう死んでいる訳だしね

 

勝負ということで、殺すつもりがなかった。

それは私もだし刀月もそうだろう。

けど、刀月が殺すことが出来なかったのかと考えると……そう思えなかった。

 

あれだけの圧力……そして攻撃の方法に吹き飛ばしたときの力……

 

どれもがあまりにも異常だった。

母様もかなり強い武人だったし、それは祭も認めているところだ。

だけど……全盛期の母様を思い出しても、あれだけの圧力を放つことはなかったはずだ。

そしてなにより、私を吹き飛ばすなんてことは出来なかったはず。

きっと……母様でも刀月に勝つことは出来ないだろう。

 

私が知る限りでは……母様がもっとも強い武人なんだけどね

 

「えぇ、お詫びの奉仕。確かに受け取ったわ」

「ん? あぁ、確かに詫びの一つではあるが、本番はこれからだ。び……周泰どのは?」

「今お風呂に入ったばかりよ?」

「……? あ~~~~そうか。主君と一緒に入るわけにはいかんわな。ふむ……なら周泰殿があがったら俺の家に来てくれ」

「? 何をするの?」

「本当はしたくなかったんだがな。詫びも兼ねて、酒盛りしよう」

 

その言葉を聞いて、私は本日で……いいえ、ここ数ヶ月でもっとも気持ちが高ぶった

 

!? お酒!?

 

お酒は大好きだ。

正直、呉のしがらみがないなら、戦闘と酒を飲む事だけしていたいと思えるくらいに。

無論そんなことなど出来ないとわかっているけど、私にとって戦いとお酒というのはなによりも好ましい物だった。

ここの食事を食べた時は本当に驚いた。

知らない料理しか出てこなかったのだ。

刀月は私たちが遠征してきたということも考慮に入れて、濃いめの味付けにしてくれたのだろう。

味を濃くすると口でいうのは簡単だけど、味を濃くしながら料理をおいしく作るというのは簡単ではない。

それだけ新鮮な食材と、何よりも調味料が必要だと言うことなのだから。

そしてどれも知らない料理というだけではなく、どれもが絶品だったのだ。

私の城でも城下の街でも、これだけの料理を作れる店は思いつかなかった。

 

しかもこの村のお酒って……

 

料理が見たことも聞いたこともない料理だったから期待してしまう。

そして……わざわざ刀月が詫びとして出す品。

そのお酒とは……

 

「ひとつ聞いて良いかしら?」

「何なりと」

「そのお酒は、誰が造ったのかしら?」

「俺だな。これは本当に俺のとっておきだ」

 

そういう刀月の表情は実に苦々しい顔をしており、本当にとっておきで誰にも知られたくなかったのだろう。

乾いた笑みも浮かべながら苦笑していた。

 

「お酒なんてつくってたんですか?」

「おぉ。俺の秘密でとっておきだ。呂蒙も誰にも言うなよ?」

 

!? 刀月のとっておき……呂蒙ちゃんも知らないの!?

 

戦闘以外では、これがもっとも驚く事になった。

恐らく刀月にとってかなり信頼している呂蒙ちゃんにすら教えていない。

しかもあの料理を作った刀月の「とっておき」だ。

これはいやでも期待してしまう物だった。

 

「口封じもかねて呂蒙も参加するように」

「く、口封じって……本人を前にして言いますか?」

 

口封じと言われて苦笑している呂蒙ちゃんだったけど、その顔は実に喜びに満ちていた。

自身も知らない刀月のとっておきというのが非常に楽しみなのだろう。

本当は盟主である私に隠し事をしていた事を怒らなければいけないのだけど……これはあくまでも戦闘の詫びとして出すと、刀月が言っていた。

ならば敗者であるこの私が、この酒にどうこう言うのは筋違いという物だろう。

 

と、ご託を並べるけど……私が飲みたいってだけなのだけどね……

 

呂蒙ちゃんも嬉しそうにしているけど……それは私も同様だった。

 

「まさか……お酒だけとか、ケチなこと言わないわよね?」

「え~~~~~~。……わかった、出すよ」

 

あら、案外簡単に折れたわね

 

酒だけじゃなく、つまみも要求したら意外にもあっさりと出してくれて拍子抜けしてしまった。

それだけ悪いと思っている事なのだろう。

それと、税収にきた盟主たる私に隠し事をしていた負い目なのか?

本当に苦々しそうにしているけど、それでもどこか嬉しそうに見えてしまった。

勝手な想像だけど、もしかしたら自分だけじゃなく私たち……というよりも別の誰かに飲んでほしいと思ってはいたのかもしれない。

 

それにしても刀月の作るお酒ね……

 

出された料理もすごかったので、すごく楽しみだった。

 

 

 

ただそのお酒を飲んで……私は初めての経験を幾度もすることになった。

 

 

 

 

 

 

酒を出した。

これは本当に俺にとって切り札だった。

というか切り札にして出したくなかったというのが本音であり、また俺の作った酒……つまり現代社会の日本酒がどこまで通用するのか知りたかったのもまた事実だった。

だが……正直これはあまりにも予想外だった。

 

「う~~~~ん。なんだか地面が目の前にあります?」

「ふぁ、はららら。お猫様がぐるぐる回ってます」

「よ、酔ってないわよ。ほんとぅよ? だから、もぅいっっぱぁい」

 

 

 

よっっっっっっっっっっっっっっっっっわっっっっっっっっ

 

 

 

俺が酒の席に用意したのは米から作れる酒……日本酒である。

それに合うつまみ……魚の一夜干しの焼き魚、海草サラダ等……も用意して、宴会となった。

が、まさかのわずかお銚子一本すらも飲まずに宴会は終了した。

 

何で? こんなに弱いのか?

 

酒が好きそうな反応だったし、実際飲んだときの反応はそれはもう、感動に打ち震えており……実際小刻みに身体を震わせていたほどだった。

だが……そこからすぐに暗転した。

日本酒として作った物だが……いかんせんこれは日本酒に適した米ではないため、日本酒風の酒だ。

アルコール度数で言えばせいぜい12%前後で、しかも味については俺が納得できるレベルではなかった。

 

やっぱりモンスターワールドの米は良い物だったんだなぁ……

 

未熟な俺の腕で、ほぼ遜色なく日本酒を作ることが出来た、モンスターワールドの異常さを改めて知ることになった。

それはさておき、よもやお銚子一本で終わるとは思っていなかった。

気合いを入れてつまみを用意したというのに、実に拍子抜けだった。

 

 

 

ちなみにこのときの俺はまだ知らないことだったが、三国志時代……というよりも古い時代の酒というのは製造技術が未熟だったので、アルコール度数2%程度の酒しかなかったらしい。

そのため、いくらまだ納得できない出来映えの酒とはいえ、二桁に届くアルコール度数の俺の酒は、三国志時代の人間にはあまりにも早い酒だった。

 

 

 

う~~~~~む。どうした物か……

 

暗殺家業を行っている際に、女性を酔わせて行動不能にしたことは多々あった。

が……それは暗殺遂行のための準備であるため、行動不能にした後の事など考えたこともなく、基本的に放置だった。

 

まぁ襲おうと思えば楽勝だったろうけどな……酒に酔わさなくても……

 

 

 

※酔姦、強姦は言うまでもなく「犯罪」です。皆様絶対にまねしないように by作者

 後酒は二十歳になってから飲みましょう

 え? なら孫策、特に呂蒙に周泰は大丈夫なのかって? 大丈夫、彼女たちは公式がちゃんと二十歳だって言ってるから問題ないんだよ!

 

 

 

しかし今は任務中ではなく、そして呂蒙はともかく、残った二人はいわば「来賓」だ。

それもとびきり上位の来賓である。

ちなみに護衛役である尾行娘が何故酒を飲んでいるのかは……言わなくてもわかることだろう。

 

パワハラってのは、いつの時代にもあったんだなぁ……

 

パワハラという単語が定着するのは実に千年以上後の事なので、そんな概念などあるわけもなく、また尾行娘としても純粋においしい酒と料理を好意で勧めてくる褐色ポニーの言葉を断るのは難しかったのだろう。

真っ赤な顔をしながら実に幸せそうに丸くなっている。

 

お前自身が猫かよ……

 

呂蒙も同じように丸くなっている。

この二人は実に可愛らしい寝相と言えなくもない。

褐色ポニーも大の字で寝ている……ということもなく、普通に寝ているのだが、しかしいくら何でも油断しすぎではないかと少しあきれかえっている俺だった。

 

勝負に負けた後に酒すすめた俺も俺だがね? 敵地ではないとはいえまだ味方って訳でもない奴の家で、無防備に寝てるんじゃないよ

 

もはや嘆息しかでなかったが……これは現実逃避でしかなかった。

いくらまだ寒くないからと言ってもこのまま放置するわけにはいかなかった。

しかしここで問題になってくるのが、三人の服装である。

 

どうしてこう……この世界の強いつ~か、有名な存在って、こんなきわどい格好してるんだ?

 

呂蒙はある程度見慣れてるので、さすがに何とも思わなくなってはいる。

尾行娘もまぁ、太ももこそ出ているが、後は普通の衣服だ。

問題は褐色ポニーこと……孫策である。

 

なんか普通の腕力でも普通に剥ぎ取れそうな服装だよなぁこれ。つ~かこの服何でずり落ちないんだろうね?

 

モンスターワールドの舞踏会でも思ったことだが、女性の衣服というのは俺にとっては実に摩訶不思議な物だった。

 

まぁ現実逃避はこれぐらいにして……

 

酔わせて寝ている女性……酔わせるつもりは全くなかったのだが……をこうしげしげと見ているのはいくら何でも失礼すぎる上に変態的過ぎる。

本当はいやだったが、俺はやむなく俺自身の布団を出して敷き、さらに助の家に向かって霞皮の力を使って完璧な気配遮断で進入し、呂蒙の布団を勝手に拝借して俺の布団の横に敷いていく。

呂蒙と尾行娘は実に簡単に終わったが、問題は褐色ポニーだった。

布面積が少ないので、どこに手をつければいいのかわからない。

 

……この表現であってたか?

 

 

 

※間違ってる

 

 

 

しかし先ほど同様、いつまでも酔って寝ている若い女人を見下ろしているだけというのは、あまりにも変態的すぎる。

再度深い溜息を吐いて、俺は褐色ポニーの手を取ろうとして……その前に動きを止めた。

 

「……おい。やる気ならば本気でやるが、いかにする?」

 

どうやらただで寝るほどの玉ではなかったようだ。

寝ていたのは事実だろうが、しかしさすがは歴史に名を残す存在だったということか。

俺が布団と取りに行っているわずかな時間にある程度回復して、寝たふりをして俺を襲うつもりで内心構えていたらしい。

といっても……

 

「ちぇ。見つかっちゃったわね」

 

のっそりと起き上がったその仕草と顔の赤さから、動けなかった状態からかろうじて動けるようになった程度だろう。

 

だが……こいつは間違いなく俺を殺すつもりだった。

 

実際に実行に移したとしても、俺を殺すことは出来なかっただろう。

 

そして殺すつもりだったと表現しているが恐らくそれも違う。

 

俺を政治的に殺すことが出来ない。

 

俺を実力的に殺すことが出来ない。

 

それでも一矢報いるために、殺すつもりでこいつは俺を襲おうとしたのだ。

 

しかもまだ完全に回復していない状況で。

 

 

 

こいつは間違いなく、戦士だな

 

 

 

「今は遠いみたいだけど……絶対に追いついてやるんだかね」

 

 

 

どうやら本当に気力を振り絞っての最後の抵抗だったのだろう。

実に好戦的な笑みを浮かべてこの女……孫策は今度こそ眠りについた。

その強かさというべきか……執念とでも言うべきその飽くなき戦闘への意欲に、俺は思わず苦笑してしまった。

 

こいつはなかなかどうして……すげーなぁ

 

歴史に名を残す存在というのは、実力的に劣っていたとしても油断ならないと……俺に教えてくれた女だった。

 

 

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