荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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嵐を呼ぶ女×2

嵐のような奴だったなぁ……

 

それが翌朝慌てて自らの城へと引き上げていった褐色ポニーこと、孫策に対する俺の正直な感想だった。

褐色ポニーの本来の視察日程は……夕方に切り上げて自らの城に帰還するという予定だったらしい。

無論夕方からの行軍ではその日の内に帰ることは出来ず、途中で野営をする予定だったようだ。

 

だから軍隊規模で来たのか……

 

野営の後日の出とともに再度行軍し、今頃帰還している予定だったという。

そして何故部下の連中が何も言わなかったのかというと……予定を聞かされていなかったらしい。

野営の準備もあるため夜の行軍もあると考えていたようだが、最大権力者である褐色ポニーが率先して喧嘩をふっかけて、負けて、昏倒……ある意味で……してしまったため、どう行動すればわからなかったようだ。

次に偉い尾行娘も同時にダウンしているので、残された軍隊の連中は交代交代で休んでいた。

 

部下に予定を教えてないってのが……なんか大変そうだなぁ……

 

部下に予定を教えていないというのが、実に引っかかった。

引っかかったというよりも、恐らく「部下を信用することができない」……ということなのだろう。

 

信用できないというよりも……間諜を警戒しているというのが正しい表現か?

 

呂蒙の考察が正しいのであれば、褐色ポニー……孫策の現在の状況は、雌伏の時だ。

袁家の連中が潜んでいるかもしれないということだろう。

俺自身も暗殺任務中は自分の情報は極力漏らさないように注意していたので、その気持ちはよくわかった。

 

いろいろ大変だな……雌伏も、行軍も

 

何せ今出たばっかだ。

強行軍で帰っても恐らく結構な時間になるだろう。

俺の感覚からすれば朝8時頃のためそれなりに早い時間だが、まだ灯りが十分に普及してないこの時代では日の出から一日が始まるので、大遅刻だ。

間違いなく褐色知的眼鏡の大目玉を食らうことになるだろう。

 

まぁ自業自得だな

 

そして予定が狂った大きな理由は……この部隊の指揮官であり、領主である孫策こと、褐色ポニーのミスである。

俺に勝負を挑んで負け、酒の誘惑に負け、さらに強い酒に負けて寝た。

 

俺ももう少し綺麗に勝てばよかったのだろうが

 

俺が吹き飛ばさなければ意識を失って俺から詫びとして酒宴に誘われることもなかったと言えなくもなかったが……そこはそれ。

あいつ自身の選択と責任なので気にしないことにした。

 

というか、そんなこと知らんがな

 

確かに俺にも責任の一端はあるが、予定も聞いてない相手の予定など、知るはずもないのだ。

また一国を預かる主としては、少し軽率であると言わざるを得ないだろう。

 

というか……昨日今日の褐色ポニーの仕事ぶりを見ていると、褐色知的眼鏡の気苦労が忍ばれるなぁ……

 

褐色ポニーも仕事が出来ないわけではないだろう。

だがそれでも少々雑と言って良い。

あとルーズなのも少々いただけない。

 

まぁ人のことは言えませんがね……

 

さんざん人の批評をしていたが、俺自身まだ修行中の身。

人の振り見て我が振り直せの精神で、頑張っていく心構えこそ大事だろう。

そう思って俺は今朝方急いで出発して行った自らの領主である褐色ポニーの急ぎように、ぽかんとしている村人の連中に対して、大声を上げた。

 

「仕事しろ!」

 

簡潔に一言大声を上げると、村人達も仕事に戻っていった。

この村も悪意を持って脱税していたつもりはないが、税を納めていなかったのは事実。

そしてこれからは税金分も働かなければいけなくなったのだ。

気分転換に遊ぶことは必要だが、呆けて無為に時間を過ごす余裕などあるはずだがなかった。

 

「さて。あまりにも急な来訪だったためにこちらとしても出鼻をくじかれた感じはするが……とりあえず一難は去ったと考えていいかね?」

「そ、そうですね!? そ、それで、恐らくそれでよろしいかと」

 

俺の後方には、俺と同じく呆然としながら褐色ポニーを見送った呂蒙が……顔を真っ赤にしながらそう答えていた。

どうやら酒に酔って寝てしまったこと、酔って寝てしまった姿を見られたこと、そして俺が地べたで寝ることになってしまったことを気に病んでいるらしい。

気まずさと、恥ずかしさと、申し訳なさでずいぶんと縮こまっていた。

 

気にしなくて良いのに……俺が寝なかったのは女三人が寝ている状況で寝れるわけないからだし

 

三人が寝ている状況で寝れなくはないが、酔わせた女と寝ていたという状況は避けられるのなら避けたい状況であったので、俺はいくつかの上着を持って行って砂浜で普通に横になって寝た。

この時代に監視カメラなんかあるわけもないので、俺が寝込みを襲わなかったという証拠は自ら作るしかない。

他の連中が俺を疑わない状況にするのが一番だった。

 

まぁ襲おうと思えば襲えたのは当然だが、それを言い出すときりがないからある意味開き直ることも大切だ……

 

俺はいっそ開き直り、ある程度眠った後ひたすら仕事に没頭していた。

他の連中がまだ眠りについている状況で、俺は酒の改良を行ったり、網籠の作成や、農具の作成等々……あまり音を立てなくても出来る仕事を黙々とこなした。

 

いろいろあったがまぁ……とりあえず及第点かなぁ

 

視察の結果としては最高とまでは言わないが、それなりに勝利と言っていいだろう。

俺の秘密兵器はいくつか露見し、さらに呂蒙も仕官する形になった。

だがそれでも地下室がばれなかったので俺としては上々の結果だった。

 

いつまでもいるわけじゃないから自活というか自立というか……してもらわないといけないしなしな

 

あの様子だと税金も、適正な徴収をしてくれるだろう。

俺としてもこの村に永住する気は全くないので、ある意味緊張感が出来てよかったという物だろう。

あっちはあっちで大変だろうが……

 

まぁお疲れ様だな

 

と、楽観視した俺だった。

が、それがすぐにまさにブーメランのように自分に返ってくるとは思わなかった。

そしてブーメランになるとは思っていなかった俺だが……それでもこの状況下でやらなければいけないことはわかっていた。

故に俺は褐色ポニー……孫策が帰ったその日の晩。

村の連中が寝静まった深夜。

この時代、警備を行っているような都会などをのぞいては確実に眠りについた時間に……三馬鹿を呼び出していた。

 

「お、親分?」

「い、いったい何の用すか?」

「お、おらたち何かへましたんだな?」

「いや、おびえすぎだろお前ら」

 

深夜に呼び出されたらビビるのも仕方ないかもしれないが……ここまで怖がられるとは思ってなかったので、なんか地味にショックだった。

 

「いや、まぁいい」

「「「?」」」

 

なんか任せて良い物か正直不安だったが……それでもやるしかないので、俺は賭けてみることにした。

 

「お前ら三人に……極秘の任務を与える」

 

 

 

 

 

 

あ~~~~~疲れた

 

それが強行軍を終えた私の正直な感想だった。

だがそれも自業自得なのであまり大きく言えなかった。

朝には戻っているはずの予定が大幅に遅れてしまったのだ。

今はすでに日が傾きはじめている。

冥琳から怒られるのは確定してしまった。

 

やっちゃったなぁ……

 

間違いなく私にとって有意義な時間だった。

そして本当に大事な勝負をした。

それだけは確信して言えることだ。

だけどそれは戦士としての私であって、盟主としての私ではない。

時々面倒に思ってしまうけど……これも私にしか出来ない事のため、投げ出す訳にはいかないし、投げ出すつもりもなかった。

 

まぁ、時々いやになっちゃうけどねぇ……

 

特に今は。

袁術と張勲の馬鹿二人に袁術の部下達。

これの相手が本当に面倒だった。

けどまだ呉は母様の死の影響でまとめ切れていない。

みんなも頑張ってくれてるけど、どうあっても時間が必要だった。

 

あの二人が邪魔もしてくるしね

 

やっと黄巾党の出来事が片付いたというのに、袁術と張勲の二人はことある事にこちらに面倒事を言い渡してきては、邪魔をしてくる。

袁術はともかくとしても張勲は間違いなく狙ってやってきている。

冥琳が要注意と念を押してくる人物なのだからそれも当然だった。

 

でも黄巾党討伐であっちも疲弊しているし、好機ではあるのよね

 

黄巾党で被害を受けたのは諸侯全員で、そしてそれは当然袁術と張勲もだ。

だからつけいる隙は絶対にあるはず。

そう思っていた。

だけど……遅れながらに帰った私にきた指命は、実に最悪な物だった。

 

「ごめん、冥琳。遅れたわ」

 

かえって休憩もせず、一口水をもらってすぐに冥琳の執務室へと向かった。

そして戸を叩くこともせず急いであけて、私は素直に謝罪をして頭を下げた。

しばらく頭を下げても何も反応がなかったので、私はおそるおそる……顔を少しあげて、冥琳へと視線を投じた。

その冥琳は曲がりなりにも主である私が来たというのに、そんなことはそっちのけで執務仕事に精を出していた。

 

いや、私が悪いんだけどね

 

「五分五分でこうなるとは予想していたから何とか出来た。というかしておいた」

 

うわぁ……怒ってる

 

顔も見ず、そして粛々と仕事を進めるその姿は実に恐ろしい物で……正直今すぐ冥琳の前から逃げ出したい気分だった。

しばらく黙って冥琳の言葉を待っていたけど、何も言ってこないのでいっそ逃げだそうかと思った時に……冥琳から実に面倒な話を口にされた。

 

「そう縮こまらなくていいよ雪蓮。次は気をつけてくれ。ただし次はないぞ?」

「……それ言葉としておかしくない?」

「それだけ怒ってると言うことだ」

「……やっぱり怒ってるじゃない」

「当たり前だろう。……というか、今はそれどころじゃないんだ」

 

それどころじゃない?

 

仕事をすっぽかすと冥琳はそれはもう怒る。

怒りすぎじゃないかってくらいに怒るのだけど……その冥琳が怒るのを横に置いて別の事を言ってくると言うことは……

 

「お察しの通り……また袁術からのご命令だ」

 

そういいながら机の脇から取り出した木簡は、その言葉だけで実に不吉な物に変わったのだから内心で笑うしかなかった。

冥琳はすでに中身を見ているのだろう。

眉間に皺を寄せながら、私に差し出してきた。

 

「そんなに怖い顔してたら美人が台無しよ、冥琳」

「そう思うなら私の心労を少し取り除いてくれると嬉しいな。それで刀月の問題はどうなったんだ?」

 

差し出された木簡をとる前に、冥琳はまだ報告をしていなかった刀月の村の視察状況の報告を促した。

袁術の命令よりも報告を聞いてくると言うので……私はある程度木簡の中身が理解できてしまった。

 

「何とかなったわ。それで、刀月の事を聞いてくるって事は……」

「その通りだ。今度の袁術の命令は、刀月を自分の城まで連れてこいというお達しだ」

「……それはどういう意味で?」

 

刀月を連れてこいという意味。

これがどういう意味かで、かなり問題になってくる。

刀月の奇怪さ加減をどの程度袁術が把握しているのか? これが問題だった。

私の言いたいことがわかっているのだろう。

冥琳は眉間を軽く指でもみほぐしてから、苦笑した。

 

「そこまで警戒しないでも大丈夫だよ。雪蓮。袁術の要求を要約すると「噂の蜂蜜取り名人を連れてこい」だ。まだ油断は出来ないが、まだ刀月の異常さはわかってないと言って良い」

「噂と言うなら……そうとって良いかもしれないわね」

 

私と冥琳が刀月と呂蒙ちゃんに会いに行く日よりも前に、すでに冥琳は手を打っていた。

可能な限り刀月の噂を外に漏れないようにしていたのだ。

だけど袁術から蜂蜜取りの名人という事が出てきてしまったと言うことは……さすがに全てを押しとどめることは出来なかったのだろう。

むしろ何とかすんでの所で、袁術よりも先に接触することが出来た……間に合ったというところが正解かもしれない。

 

何とかこちらが先に接触できたわけだしね

 

袁術の性格上、仮に刀月の話を聞いたとしても、今回のように私に連行の命令を出してくる事は予想が出来ていた。

母様の死のごたごたを救ってくれたのは事実だし、そしてそのごたごたでまだ体勢が整ってないので、袁術に守られていることも一理あるのだ。

こちらのことを圧倒的に下に見ている……油断している袁術が私を手下のように使ってくるのは腹が立つけど、それでも致し方ないことも事実だった。

 

ん……? ちょっと、待って?

 

そこで私は気づいた。

連れてこいってことは……誰かが刀月を迎えに行かなければならないということ。

それはつまり……

 

え? まさか?

 

木簡を開き、内容を確認して顔を上げると……冥琳が実に綺麗な笑顔で私を見ていた。

 

「内容は把握したな雪蓮。我らの袁術様からの命令は、今すぐに蜂蜜名人を連れてこいということだ」

「え……えっと……」

 

笑っているはずなのに全然笑っているように見えない。

不思議な笑顔だった。

そして私はたった今失敗をしたばかりで……あまり強く出ることは出来なかった。

 

「そして今現在まともに刀月と接触しているのは雪蓮のみだ。孫呉の未来のためにこの大役……引き受けてくれるな?」

「い、今すぐ?」

「そうだ。今すぐにだ。あのわがままな袁術が数日後なんて悠長なことを言うわけがないだろう?」

「わ、私たった今……本当にたった今戻ったばかりなんだけど?」

「ちょうどいい。身体も温まっているだろう? 準備はすでにしてあるから何の気兼ねもなく、可能な限り早く帰ってきてくれ。部隊編成は穏に任せてあるから穏と一緒に行ってきてくれ。そして帰ってきたらすぐに袁術の元へ出発だ」

 

笑顔なのにすごい圧を感じる。

冥琳は武官でもないのに、こういうときはものすごく圧力が増す。

正直言って結構怖かった。

 

「え、……え~~~~っと……」

「返事は?」

「はい……」

 

断ることも出来ず……私は泣く泣く疲れた身体にむち打って、刀月の刀村へと逆戻りする羽目になった。

 

 

 

 

 

 

嵐のような奴だなぁ……

 

褐色ポニーが去ってわずか1日。

時代を考えれば間違いなくとんぼ返りと言って良い日程で、褐色ポニーが再び村へとやってきた。

さすがに別の部隊なのか、来ている連中はほとんど知らない奴で、知っているのは褐色ポニー事、孫策のみだった。

そして、尾行娘こと周泰とは別の副官……というかお偉いさんがやってきたのだが……

 

「お初にお目にかかります~。私、陸遜と申します~」

 

息も絶え耐え、疲労困憊の自らの主君を尻目にしながら、ずいぶんと間延びしながらおっとりとした口調で、副官の女人が挨拶してきた。

俺は手を差し伸べてきた女人の全体を一瞬だけ確認して……再度心の中で溜息を吐きながら、顔だけを見て握手を交わした。

 

「こちらこそ、お初にお目にかかります。この村の長をしております、刀月と申します」

 

だからさぁ……どうしてそう目に毒な服装しか着てないんだよ!

 

もう本当に意味がわからなかった。

他に比べれば肌面積で言えば多い方であり、そんなに露出は高くない。

だがほとんど褐色知的眼鏡と同じような衣服で、胸の谷間どころか真っ正面の腹も丸見えで、胸も上はほとんど丸見えだった。

 

大事なところ隠しなさいよ!

 

一応上着は羽織っているため、肩の露出はなく、長い靴下も履いているので全体的には肌面積は多くはない。

しかし、胸は見えるわ、腹は見えるわ、太ももは見えるわ……肝心な部分を隠せと、声を大にして言いたい。

 

そして陸遜ってだれだろうね?

 

俺の知力は以下略。

だが見た感じ武官には見えない。

多少は出来るようだが、恐らく呂蒙とどっこいどっこいの戦闘力だろう。

眼鏡もかけているのも、勉強のしすぎで目が悪くなったということかもしれない。

 

まぁ夜の灯りが蝋燭だけじゃな

 

わざわざ副官として連れてきた以上、ただの部下と言うことではないだろう。

その証拠と言うべきか、強行軍で疲れた褐色ポニーがグデっとした姿を晒しても、褐色ポニーもおっとり眼鏡も互いに何も言っていなかった。

だらけた姿を見せても問題のない、信頼している部下と言うことだろう。

 

というか……何しに来たんだ?

 

税の話はしたばかりなので、いったいどんな用事なのか謎だったが……かといって放置するわけにはいかないだろう。

とりあえず俺は、褐色ポニーとおっとり眼鏡を俺の小屋へと案内した。

 

「呂蒙さんと言うんですね~。初めまして~。私は陸遜と申します~」

「は、初めまして! 呂蒙と言います!」

「そんなに固くならなくて大丈夫ですよ~。とって食べたりしませんので~」

 

おっとり眼鏡の目的は呂蒙か?

 

疲れ切った褐色ポニーはともかくとして、おっとり眼鏡は俺よりも呂蒙のことを気にかけていた。

文官と考えた場合、自分の部下となるかもしれない存在のことを見定めているのだろう。

 

すぐに引き抜きって事になるかな?

 

せめて引き継ぎをしてから呂蒙を仕官させたかったが、とんぼ返りでやってきたということは、どんな事態かは知らないがそれだけ逼迫した出来事が起こっているのだろう。

すぐに仕官と言われても仕方がないかもしれない。

 

そうなると、俺自身も身の振り方を考えないとなぁ……

 

と、いろんな意味で楽観視していたのだが……まさか俺が関係するとは夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

「え? 何だって?」

 

俺の小屋に案内し、座ったその瞬間に話を始めた。

お茶を入れる間もなく、褐色ポニーが頭を下げて言い放った言葉に、俺は耳を疑った。

 

「その、本当に申し訳ないんだけど……私と一緒に袁術のところまで出向いてほしいの」

 

内容は当然理解したし、言っている言葉も別段聞き取れなかった訳じゃない。

だが理解は出来ても意味がわからなかったのだ。

 

「誰が?」

「私と刀月が」

「何で?」

 

何故袁術とやらが俺をご指命なのか理解できなかった。

というか理解できるわけもない。

ただ次の言葉ですぐにある程度理解できた。

 

「自覚があるのかどうかはわからないけど、あなたは結構噂になってる人物なのよ」

「まぁだろうな」

 

噂になるのも当然のことをしているので、そこら辺は自覚はあった。

この時代の噂というのは馬鹿に出来ないので、呂蒙がしっかりと情報を仕入れてくれているため、ある程度どのような噂が流れているのかも把握していた。

 

まぁほとんどが好意的な内容だが

 

この時代に格安で干物を売る存在。

これは本当に人民に取って非常にありがたい存在だった。

実際行く先々ではほとんど歓迎されていた。

気味悪がってくる奴もいたが、そういうのは基本的に相手をしないだけでよかった。

 

別段こっちとしても困ってるわけじゃないので

 

ご機嫌取りしてまで他人のために働いている訳じゃない。

優先順位は間違いなく俺と俺近辺の人間達の事なのだから。

また仮に襲ってきたとしても楽勝だっただろう。

というよりも勝負にすらならないとわかりきっていた。

そこらは相手もわかっているようで、襲ってくるのはごく一部の連中だけだった。

 

殺さずに無力化するのもまぁ……面倒だけど簡単だしね~

 

矛盾しているが、あまりにも実力差があるので殺さないで相手を戦闘不能にするのも簡単だった。

もっとも、殺しに来た連中を殺す方が簡単だったが……それは行わなかった。

 

まぁそれはともかく……

 

噂されているのは知っていたので驚くことではない。

どちらかと言うと何の噂を確かめるために、俺を呼び立てたのかが重要になってくる。

俺は黙って褐色ポニーの言葉の続きを待った。

本当は言いたくなかったのかもしれない。

さんざん渋って……褐色ポニーはやがて深々と溜息を吐いて、こう言った。

 

「蜂蜜取り名人を連れてこいって命令なのよ」

「蜂蜜取り……あ~~~~なるほどね」

 

褐色ポニーの言葉に俺は一瞬いぶかしんだが、その命令を下したのが袁術ということですぐに合点がいった。

 

呂蒙が調べた限りでは……確か蜂蜜が好物だったか?

 

蜂蜜とは蜂が花の蜜を集めて生成する、蜜の固まりだ。

正しくは花の蜜を胃袋にため込んだミツバチが、巣に持ち帰った後吐きだして水分を蒸発させる行程があるらしく……その際にミツバチの唾液も混合される。

その唾液には酵素が含まれているらしく、それらが合わさって蜂蜜になるらしい。

 

冬木で蜂蜜箱と遠心分離器の勉強した時に仕入れた豆知識だな

 

この時代はまだ砂糖などの甘味はかなり限られており、ほとんどが水菓子……果物……か、かなり限られた上流階級の連中のみ、砂糖や蜂蜜なんかを食すことが出来る。

そして蜂蜜は生産技術が未熟のため、偶然見つけた蜂の巣を破壊して採取するのが基本で、蜂蜜を手に入れるのはほとんど運と言っていい。

しかし俺は未来の知識を動員して定期的に採取している。

なるべく間隔を空けて販売していたが、それでも何度も売りに出してくれば何かしら特殊なことをしていると勘ぐるのは当然であり、俺が運ではない何かで蜂蜜を手に入れているのはわかっているのだろう。

だからこそ噂になり何度か尾けられた。

 

まぁ全てぶっちぎりましたが

 

上の連中にも話が伝わったのだろう。

そしてこの時代、上の連中ってのはそれはもう本当に「偉い」ので……連れてこいと命令するのはある意味で当然といえた。

 

んで、俺がその命令を突っぱねるのを恐れてるって事なんだろうな

 

袁術はいうなれば褐色ポニーの上司。

上司の命令に従わなかった場合面倒になることは間違いないだろう。

特に時代が時代なので、命令が完遂できないということは、「蜂蜜名人()を連れてこられなかった無能」というレッテルを貼られてしまう。

それは上司だけでなく、近隣諸国や住民達にも広まっていくだろう。

蜂蜜名人()といっても所詮は個人だ。

個人の人物すらも連れて行けないという噂は、今の褐色ポニーにとっては致命的な噂となってしまう。

 

実際抵抗したら俺に命令を下すのは大変なんだけどな

 

正直袁術とやらのところには行きたくないというのが本音だった。

まだ情報をそこまで集められていないが、しかし呂蒙がある程度予想していた。

また領地の状況を俺が個人的に見に行ったこともある。

領地の状況はあまり裕福とは言えなかった。

そして呂蒙の知略が合わさった結果として導き出された結論は。

 

いわゆる……贅沢したいっていう考えの、この時代にありがちな奴なんだよなぁ……

 

しかもどうやら女の子らしい。

要するに子供なのだ。

その子供を制するまともな大人もいないらしい。

副官がいるらしいが、そいつも自らの主君を甘やかすだけらしく、律することはしないらしい。

しかもやっかいなのが完全な馬鹿ではないということだった。

女の子も副官も。

ある程度知恵が回って嫌がらせをする程度の脳みそもある。

しかもそれなりに名家らしく、権力も金もある。

 

めんどくさいことになる未来しか想像できない……

 

その面倒な時になったときに俺が自制できるのか……正直自信がなかった。

昔からある程度の事は我慢できたが、我慢したくないことは我慢したくないのだ。

しかもそれは力を手にしてからは少し顕著になっているかもしれない。

そして法治国家……というよりも技術が未発達なこの時代では、俺は本当やりたい放題やろうと思えば出来てしまうので、その自制もせねばならない。

しかも今の俺は一人ではないので、暴走した結果村が滅ばされたとなっては目も当てられない。

 

あっちも村の一つ滅ぼすなんて、屁でもないだろうしな

 

こっちもぶっ飛ばそうと思えば出来る……こっちが出来る方がおかしいのだが……が、あっちも絶対的な権力で、それこそ指一つ動かす程度の気楽さで、村を滅ぼそうと思えば滅ぼせるのだ。

断れたらそれはそれで簡単なのだが……しかし呂蒙の仕官先、さらにまともな政治をしようとしている褐色ポニーの願いを無碍にするのも考え物だった。

 

しかもこの大陸はこれから三国へと向かっていくはずだから……褐色ポニーに恩を売っておいて損はない

 

という打算がなくもない。

そして何よりも……

 

あの気味悪い白装束の連中の動向を知るためにも、ある程度組織の力は必要だ

 

初めて見てから年単位の日数が経過するが……未だにあちらから動いてくる気配がない。

白装束の連中がどこにいるのかも不明だが……しかしあちらはこちらを把握している可能性は高いと考えていた。

白装束の連中は突如として俺の前に現れたのだ。

俺の位置を把握している証拠だ。

そして俺がすでにこの村に腰を据えてからそれなりの日数が経っている。

ならば突然出現して村を襲ってくることも警戒していたのだが……未だにその様子もなく、また相手の気配どころか影も形も見ることがなかった。

 

俺が油断するのを待っているにしても……時間がずいぶん経ってるしな

 

いろいろ警戒しているが、それでも何も起こらない以上、こちらから動くしかなかった。

このままこの村で過ごすつもりは全くないのだから。

この世界で俺の課題が何かは未だにわかっていないが……あの異物が絡むことだけは間違いないだろう。

 

まぁ異物と言われれば俺の方が異物なんだろうけどな

 

平行世界からの異物。

良くも悪くも、多大な影響を与えているのは間違いなく俺だ。

そう考えると、なにかしらの防衛機構が働いたのか? と考えられなくもなかった。

だが、それは正直どうでもよかった。

 

異物なのは間違いないが……それでも俺は殺されてやるわけにはいかないんでな

 

あちらにはあちらの事情が……俺には俺の事情がある。

死んであげるという選択肢など、最初から存在しないのだ。

ならばとりあえず……

 

ぶっ飛ばしてから考えよう……

 

という、実に行き当たりばったり以外の何物でもなかったが……まぁそれで良いだろう。

モンスターワールドに冬木。

二つの世界についても、別段世界を救いたいとか高尚な考えはなかった。

結果的に世界を救っているのが俺だが……別段救世主を気取るつもりはないし、救世主と思ったこともない。

 

それを名乗る自分を想像するだけで吐き気がするわ……

 

だからこの世界も別段どうこうしたいなど考えてもいない。

ともかく俺の最優先は当然のごとく、帰ることなのだから。

それに向けて努力はしていくことになる。

 

まずはとりあえず……褐色ポニーに恩を売っておくかね……

 

俺が断るのを恐れているのか、褐色ポニーが俺の顔色をうかがっているのがわかった。

褐色ポニーの後方に控えたおっとり眼鏡も、俺の言葉を待っていた。

道中で俺がどんな存在かはある程度聞いているだろうが、それでも初めて接触する人間のために、測りかねているのだろう。

そして俺の後方にいる呂蒙も、俺の言葉を待っていた。

 

「蜂蜜名人を連れてこいって話みたいだが……蜂蜜はいるのか?」

「いるかって……あるの、この時期に!?」

「なくはない」

 

今の時期は蜂が蜜を集める時期から少し外れている。

さすがに蜂蜜にも時期があることは褐色ポニーもわかっているのだろう。

ひどく驚いていた。

それは他の二人も一緒だったようで、驚いているのが表情と気配でわかった。

 

まぁ蜂蜜って腐らないしね……

 

水分がほぼなく糖度も高いので菌が繁殖できないので腐らないのだ。

保存方法としては常温で問題ない。

故に竹筒や、蓋のある椀などに保存してある。

冷蔵庫に入れると逆に結晶化してしまうので、常温の方が良いのだ。

そのため、蜂蜜は常温保存してあった。

 

秘密兵器の一つだが……まぁ出しても良いだろう

 

女の子供。

蜂蜜好き。

そして馬鹿ではないが、ある意味で賢くはない。

となると……俺は実に簡単にその袁術とやらを言いくるめる方法が思いついていた。

 

 

 

さて……悪い大人になりますかね

 

 

 

内心で自分の行動を計算し、そして必要な物資等を考えながら、俺はほくそ笑んだ。

自分のこの後の行動を考えて、己自身あきれつつも引いての笑いだったのだが、周りからしたら蜂蜜があることも相まって不気味でしかなかったのだろう。

褐色ポニーとおっとり眼鏡が乾いた笑みを浮かべていた。

 

「んで……行くとしたらいつだ?」

「可能なら……すぐに」

「すぐに? 面倒だな。まぁ良いけど」

 

休憩もせずに行くのかと確認したが、そうもいかないらしい。

どうやら俺との戦闘と酒によって帰るのが遅れたことで、褐色知的眼鏡がお冠らしい。

またそれがなくとも袁術というのはわがままなため、待たせたら偉い目に遭うと言うことだった。

 

災難だなぁ……

 

褐色知的眼鏡の怒りについては俺にも責任があると言えなくもない。

一瞬俺が行商するときと同じ要領で高速で行くことも考えたが……それは自ら却下した。

呂蒙に褐色ポニー、そしておっとり眼鏡。

さすがに三人を運ぶのは出来なかったからだ。

 

いや手段を問わなければ運べるが……

 

呂蒙をいつも通り背負子で固定し、二人を肩で担いで行けば三人でも運べるが……さすがに領主を肩で担いで行くのはまずいと思ったのだ。

また、俺の力はまだ隠しておいた方が良いという思いもあった。

 

まぁ詫びと言っては何だが……全力で頑張りますかね

 

袁術の場所までの日程をある程度把握し、俺は急いで助と格に留守にするため、指示を飛ばした。

といっても、以前からこうなることはある程度想定していたので、俺が急に出かけるときになった際のマニュアルもある程度渡してあった。

 

まだ満足に字が書けないので、呂蒙に木簡の執筆は任せたが……

 

助と格も急な出立に驚いていたが、しかしそこは時代が時代だ。

領主の呼び出しに応じないという思考を持つ存在などほとんどいないといっていい。

呼び出しを拒めるのはそれこそそれなりの力を有している存在でなければ不可能な所行だろう。

 

まぁやろうと思えば出来るけど……

 

内心で面倒な事になった事を呪いつつも、しかし動くべき時がきたのかもしれないと若干のあきらめと、変化に内心で複雑な心境になりつつも、俺は準備を整えて、袁術の元へと向かうことになった。

ちなみに俺は乗馬が出来ないので、俺は徒歩というか走って、呂蒙は乗馬してまずは江都へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

「久しいな、刀月。今回は急な申し出にもかかわらず、こうして早々と出向いてもらって、感謝している」

「まぁ……多少なりとも事情は察してますから、無碍に断るのもあれだったので。お仕事お疲れ様です、周瑜殿。それとも……もう一つの名前で呼んだ方がよろしいか?」

「からかわないでくれ、刀月。わかっているなら普通に周瑜と呼んでほしい」

 

村から出て一日。

さすがに1.5往復のとんぼ返りは褐色ポニーの身体を壊しかねないのできちんと野営をしつつ、俺は呂蒙とともに褐色ポニーこと、孫策の本拠地である江都へと赴いていた。

ある程度の検問というか、荷物の確認はされたが盟主である褐色ポニーがいることもあって、すんなりと居城へと案内されていた。

そして出迎えてくれた褐色知的眼鏡事、周瑜と相対していた。

ちなみに褐色ポニーは、さすがに疲れがたまったのもあって、湯浴みに行っていた。

といってもすぐに報告を受けて袁術への居城へ向かうための会議もあるため、あまり休む余裕はないようだったが。

 

「呂蒙も突然の申し出にもかかわらず、きてもらって感謝する。改めて、刀月と呂蒙に自己紹介をさせてもらおう。私は周瑜。字は公謹。この前市場で出会った際に名乗った名前は、真名だ。真名で呼び合える関係になることを、願っている」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

 

呂蒙が緊張しながらも、褐色知的眼鏡に対して深々と頭を下げていた。

そんな緊張しっぱなしの呂蒙の様子に苦笑しながら、褐色知的眼鏡は笑いかけていた。

二人の様子を他人事のように見ている俺がいて……内心で俺は自らの状況を再度認識して、ある意味でうんざりしていた。

 

真名で呼び合える間柄には……なれないだろうけどな

 

俺は内心で自らの事を失笑するしかなかった。

真名を呼び合う気はないという俺の心情に対して。

真名については正直なところ、わからないというのが本音だった。

俺はこの世界の住人ではないため、恐らく真の意味での真名がどういう物かわかっていない。

それとなく察すること出来るが……心から理解することは難しいだろう。

また真名を呼び合うというのは、非常に特別な間柄になるということだ。

そこまで親しくなるわけにはいかなかった。

 

すでに年単位の時間この世界にいるが……いつ状況が動くのやら……

 

すでに以前の二つの世界で生活した時間と同等の時間をこの世界で過ごしている。

この時代が三国志の時代と言うことをふまえると、かなりの年月をこの世界で過ごすことになるのかもしれない。

しかし三国志の世界のことは本当に大きな出来事しかわかっていない。

有名な話では赤壁の戦いだが……それがいつおきたのとか俺は全くわかっていない。

 

三国で争った程度は知っているのだが……その程度だしなぁ……

 

男の人物が女になっている時点で、タイムパラドックスとかは全く考慮していないが……それでもあまりぐちゃぐちゃにするのは好ましくない。

だがそれも白装束の連中がどう動くかで変わってくるわけであり……実にやっかいな状況だった。

 

半端に知識があるってのも、考え物だなぁ……

 

正直全てを壊してしまいたくなってくるが……それをしようにも今の俺には得物がない。

もっとも大事で最強の得物が使用できない。

その意味するところを考えると……むやみに暴れることも出来なかった。

 

やれやれ……まぁ千里の道も一歩からというしな……

 

心の中で盛大に溜息を吐きつつ……そして俺は一度自らの口でも少し大きめの呼気を一つして、雑念なんかを一度吐きだして思考をリセットした。

そして目の前の問題である袁術の攻略に、思考を切り替えた。

 

「呂蒙、そんなに緊張しなくて良い。確かに偉いだろうが、こっちは一応請われてこの場にいるんだ。だから偉そうにするのはまずいが、あまりがちがちにならんで良い」

「ほう? 策殿や冥琳が話をしていた小僧が着たと言うから試しに来てみれば……ずいぶんおもしろそうなやつじゃな?」

 

実に覇気のある声が、俺の後方から発せられた。

その覇気の声が実に似合う、好戦的な気配を漂わせている。

かといって粗暴という訳でもない。

言うなれば実に気持ちの良い気迫を纏っている存在だった。

俺はその声に導かれるように後ろを振り返った。

そして、ある意味で安堵した。

 

まぁまだ他の連中に比べればまだおとなしい衣服か……

 

腹が見えてないだけまだ精神衛生的によろしかった。

別段腹を出しているのが苦手という訳でもないが……下腹部まで見えそうな衣服で腹を強調しているのがなんかだめだった。

しかし……肩は見えており、胸も谷間が見えるような穴があり、横乳も恐らく丸見えだろう。

スリットから見える足もガーターベルトで止めたハイソックスで肌を隠してはいるが、太ももは丸見えだった。

 

何というか……こういう衣服の連中って事なんだろうな

 

俺が今相対している人物の中で、もっともまともな衣服をしていたのは尾行娘の周泰だけだった。

まともといっても異世界人の俺がまともと感じないだけなので……もしかしたらこれがこの世界の裕福な連中では当たり前の衣服なのかもしれない。

 

まぁ……別にどうでも良いけど……

 

間合いの取り方と筋肉の付き方から鑑みるに、恐らく弓使いだろう。

だが弓がもっとも得意と言うだけで、剣も使える様子だった。

気の感じから言っても、他の奴よりも実に洗練されている。

見た目も他の奴より年が上……もとい、経験を積んでいるようで、いろんな意味で怪しい魅力を漂わせている女性だった。

 

「おもしろいつもりはないのですが……おもしろく思えましたかね? 不快にさせたのなら謝罪しましょう」

「そうはいうとらん。じゃが……おもしろいことは間違いなさそうじゃな?」

 

そういいながら実に殺気にも近い戦意を俺にぶつけてくる。

さすがにこの場で面倒事になるのも面倒なので……特段返すこともなく柳に風のように受け流しているのだが、それがかえってあちらからしたらおもしろいようだった。

 

策殿ってのは恐らく孫策の事だろうから……褐色ポニーと褐色知的眼鏡の二人から話を聞いていたってことかね?

 

「祭殿。こちらは我らの大事な客人だ。あまり変なことをされては困ります」

「なんじゃ冥琳。儂はお主がおもしろい奴を見つけたと前に話しておったろう。その小僧を見に来ただけじゃぞ?」

「ならその無駄に発している戦意を収めてください。会いに来ただけなら戦と間違えるほどの気迫を出す必要はないでしょう」

「なんじゃつまらん。まぁしょうがないのぉ」

 

褐色知的眼鏡が敬語ということは……予想通りか

 

経験を積んでいるという事は間違いないようだ。

しかし敬語で接してきている褐色知的眼鏡の言葉に渋々とはいえ従っていることを考えると、信頼関係はあるということだろう。

そして「さい」殿と呼んでいた名前は間違いなく真名だろう。

つまり呼び名というか通り名というか……普通の名前を聞かなければならない。

 

俺は平民だしな、こっちから名乗るか

 

「お初にお目にかかります。姓は入寺、名を刀月と申します。こっちは俺の……助手かな?呂蒙と申します」

「は、初めまして! 呂蒙と申します!」

「差し支えなければ、そちらの名前を教えていただけないでしょうか?」

「かまわぬよ。姓は黄。名は蓋、字は公覆。ここで宿将をやっておる。以後よろしくの」

 

う~~~~ん、わからん

 

俺の知識は以下略。

もう男であろうと女であろうと平行世界と認識しているのでどちらでも良いのだが……やはり半端に知っている知識とはいえ、知っている知識と照合してしまいたくなってしまうが、しかし俺は黄蓋とやらの武将を知らなかった。

 

「して刀月。おぬし……かなり出来るじゃろ?」

「まぁそれなりには?」

「どうじゃ? 一戦交えぬか?」

 

血の気が多いなぁ……たった今釘を刺されたばかりだっていうのに

 

「祭殿。だから刀月は客人であって、将として招いている訳ではないのです」

「わかっておるわ。じゃが、儂の戦意を受けても全く反応を返さなかった男が気になるのは致し方なかろう。少し多めに見てはもらえないのか?」

「まぁあなたや雪蓮が戦うのが好きなのはわかっていますが……今回は面倒なことに袁術のからみなのです」

「む。そうか。ならば致し方ないの」

 

あれまあっさりと身を引いたよ……

 

好戦的な奴が袁術の名を聞いただけで身を引いた。

それだけ袁術がらみの案件は呉にとって重要な案件なのだろう。

呂蒙の話では前盟主である孫堅が死亡したことによって、袁術に半ば乗っ取られる形で土地を奪われたらしい。

それだけ盟主……つまりもっとも偉かった孫堅が偉大だったということだろう。

そのごたごたしている時に乗っ取られて気持ちの良い物ではない。

だがまだごたごたが落ち着いていないらしい。

そのため袁術の案件は慎重にならざるを得ないと言うことだろう。

 

さて……俺の作戦がうまくいくと良いがね

 

「他の呉の将にも挨拶をさせたいのだが……あいにく別の地方に飛んでいて今は江都にはいないんだ。また機会があったら紹介させてほしい」

 

俺に向けて言ってきているのは……まぁそういうことだろうな

 

是が非でも取り込みたいのだろう。

俺という存在を。

確かに褐色ポニーこと孫策を軽くのした存在は、戦力としては魅力的だろう。

俺の知る限りでは三国志最強の存在は呂布だ。

しかし褐色ポニーとの戦闘から察するに、恐らく勝てる。

そして村を自給自足が出来る程度に切り盛りする生産力。

この時代には貴重な蜂蜜や果物を販売することの出来る採取力。

そして鍛冶能力。

これだけてんこ盛りなのだから、他にとられたくないのは当然といえた。

 

しかし鍛冶はちょっとあれなんだよね……

 

冬木で一切鍛造が出来なかった関係もあって、間違いなく腕が落ちているのがわかっていた。

俺の本職である刀鍛冶の腕が。

村で鉄を鍛えるのは俺のなまった腕を戻すのにうってつけだったが……それでもまだ刀を打てるほどには戻っていない。

正直今のまま刀を打つのは避けたいのが俺の本音だった。

 

全てにおいて要修行か……道は遠いなぁ……

 

「まぁそのときはそのときで」

 

与するならば呉であるとは思っているが、真名を呼び合える仲になるわけにも行かないので、実に曖昧な返事をしておく。

客将身分が通じれば助かるが、それが通じなかった場合は最悪全ての勢力の力を借りずにあの白装束の連中を相手することになる。

相手すること自体は別段脅威ではないのだが、いかんせん中国大陸はあまりに広大だ。

電磁投射道もある程度使えるようになったとはいえ、それでもこの広い大陸を一人で見て回るのは現実的じゃない。

人海戦術というのは、きちんと運用すればもっとも有用な手段なのだ。

これを利用しない手はなかった。

 

「あぁ。そのときはそのときだな。ともかく会議を行わせてほしい」

「あいよ」

「は、はい!」

「小僧と違ってこっちはずいぶんと縮こまってるな。そんなに堅くしておっては、実力がだせんぞ?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

かんでるぞ呂蒙。大丈夫か?

 

「はっはっは! うい奴じゃの! そう堅くならんでもよい! 堅くなるのはどちらかと言うと、男である小僧の役目じゃろうて」

「!? え! えっと!?」

 

うわぁ~お、セクハラだぁ……

 

この時代にはそんな概念などないだろうが、間違いなくセクハラな発言に、俺はあきれて眉をひそめてしまった。

褐色知的眼鏡も黄蓋……褐色妖艶の言葉には頭が痛いのか、目をつむって眉間に皺を寄せていた。

しかもさっきから気づいていたことだが……褐色妖艶の呼気から酒の臭いがする。

 

こいつ……昼間から飲んでやがる

 

宿将とは経験が豊富な重鎮的将軍を意味する。

先ほどから褐色知的眼鏡が敬語を使っていることからも察するに、古参の将軍のはず。

それが昼間から酒を飲んでいるとは、なかなかにおもしろい事だった。

 

酒を飲んでも本当の意味でさぼらずに仕事をこなしていると言うことなんだろうが……

 

役目をきちんと果たしているが故に、ある程度のわがままは許されていると言ったところだろう。

まぁ俺も別段仕事をきちんとしつつ、倫理と道徳をきちんと守ればある程度のことは多めに見ても良いと思うが……セクハラはさすがにいかがな物かと思ってしまう。

 

特に俺相手じゃなく呂蒙が相手なのはな

 

と、思うので俺はそれとなく褐色知的眼鏡に目線を送った。

当然というか、頭が痛そうに眉間に皺を寄せていた褐色知的眼鏡も同じように思ったようで、酒を飲んだ褐色妖艶には仕事に戻るように指示を出していた。

褐色妖艶もぶつぶつ文句を言っていたが、しかし頭脳労働は出来ないとわかっているのだろう。

渋々ではあるが、指示に従って仕事に戻っていった。

そうこうくだらないことをしていると、湯浴みを終えた褐色ポニーがやってきて、正式に会議となった。

といっても、小難しい事はほとんど必要なかった。

というよりも、これだけが言いたかったのだろう。

 

「お願いだから刀月。派手なことはしないでね?」

 

もう警戒されているところが俺らしいといえばいいのか……何というか……

 

ある程度の袁術や、袁術の家の事については聞けたが、それでも要約すれば、「勝手なことをするな」だった。

今回の命令はあくまでも巷で噂の「蜂蜜取りの名人を連れてこい」だ。

その後の指示は受けていないので、そこからどのような無理難題が飛んでくるかはわからない。

故に、呉でもっとも知略に長けた褐色知的眼鏡が同行するらしい。

人員としては褐色ポニーに褐色知的眼鏡。

そして俺と呂蒙。

他部下達といった部隊編成になるらしい。

 

まぁ戦争行う訳じゃないしな

 

まだ体制が整っていないこと。

慎重に事を運んでいるのもあるのだろう。

俺への言葉にずいぶんと圧があったのはわかった。

 

まぁ俺は俺の思うとおりにやるが……

 

無論わざと困らせるような事をするつもりはないが、それでも俺の心に正直になった行動を起こす。

まだ直接会ったことはないが、それでも呂蒙の情報から鑑みて俺には必勝法がある。

仮にその必勝法が俺の読みが外れて俺の戦略で負けたとしても……決して負けることはないのだ。

最悪は武力で制圧することも不可能ではない。

 

まぁ武力による制圧は最終手段だが……

 

そんなことを思いつつ、俺はとりあえず褐色知的眼鏡の念押しにきちんと同意をしておいた。

褐色ポニーと褐色知的眼鏡それぞれだいぶいぶかしんでいたが、それでも了承されてはあまり強くはいないのだろう。

とりあえずある程度の方向性を会議しつつ、本日はこの居城に世話になることになった。

しかも来賓対応で。

 

ある意味で当然なのだが……

 

偉そうにするつもりはないが、しかしこちらは請われている立場だ。

ある程度の来賓待遇は予想していたが……風呂、豪華な飯、そして上等な部屋と実に至れり尽くせりで少々驚いてしまった。

しかし、残念ながら全てにおいて、俺が本当に満足する物はなかった。

 

まぁ欲を言い出したらきりがないし……それと俺の基準が高すぎるってのもあるが

 

食事は確かに豪勢だったが、調理が雑と言えた。

雑と言うよりも、調理方法が未熟なのだ。

素材は決して悪いものではないのだが、調理方法が完全に確立されてないので、実にもったいないと感じてしまう物で、ある意味で落ち着かない。

風呂も別段俺はいつでも自分の家で入れる。

部屋こそ俺の小屋とは比べものにならない贅沢さだったが……しかし別段贅沢な部屋というのは俺には魅力を感じないため、なんか落ち着かなかった。

 

基準が高いんじゃなくて貧乏性ってだけか?

 

豪華な部屋に落ち着かない理由の一端を見つけた気がして……俺自身笑うしかなかった。

 

そういえば、刀の鍛造で招かれたときも実に豪勢な部屋に気後れしたことがあったな……

 

俺の刀を気にいってくれて、さらにきちんと評価してくれた顧客の一人を思い出した。

ずいぶん俺の刀を気に入ってくれて、自らの屋敷に招いて宴を開いてくれたことがあったのだ。

そのときも豪勢な部屋で気後れした事があった。

豪勢すぎる部屋だと万が一の対応に支障を来すという、実に職業病なこともあるのだろうが、それでも贅沢すぎる部屋に慣れていないのだろう。

基本的に俺の自室は質素な一般家庭の日本家屋の一室だ。

 

まぁ床の間があるこの年齢の自室ってのは珍しいだろうが

 

万が一を想定して……俺だけならともかく、じいさんと親父という化け物が二人もいるあの家に特攻しかけてくる自殺志願者はいなかったが……床の間にある刀掛けには夜月に水月がある。

現実世界の実家にいた頃は、夜月、夕月、水月の三本だった。

今仮に家に戻れたとしたら刀掛けは新調しなければならないだろう。

 

なんかこうして何もせずにいると……考え事ばっかりになるなぁ……

 

すでに夜も更けている。

これも来賓として気を使ってくれたのか、きちんと蝋燭が備え付けてあった。

もちろんそんな物がなくても問題ないのだが、この時代夜の灯りというのは貴重だ。

それをきちんと出してくれているのももてなしている事になる。

しかし灯りがあってもやることがない。

俺の小屋にいるなら仕事はいくらでもあるが、さすがに工作物の仕事を持ってくる事はしなかった。

かといってここは呉の本拠地。

俺の荷物を俺の目の届かないところにおいておきたくないこともあって、案内してもらった館はそれなりに居城に近いところにあった。

故に館の周りには何人かの護衛兼見張りがいた。

俺はそんな護衛など歯牙にもかけずどこにでもいけたが……ここは軍の本拠地だ。

むやみやたらに歩き回るのはあまり良いことではない。

また護衛兼見張りの中に、尾行娘がいたのは気配でわかった。

その尾行娘を撒くのは少々かわいそうだったので、俺は仕方なくさっさと寝ることにした。

 

久しぶりに特訓のために早起きしようかなぁ……

 

最近は起きても仕事ばかりしていたので、純粋に特訓のために早起き出来るのは久しぶりだった。

戦いに行くわけではなく、また抜けないのはわかりきっているが、夜月に狩竜を始めとした刀達は持参しているし、特訓のために鍛え上げたねじり金棒も持ってきている。

幸い、館の周辺の広場なら出歩いても良い許可はもらっている。

好戦的な奴がいるのであまり訓練を見せたくなかったが、しかしまだ完全な味方と認識されてない俺がこの江都の本拠地をうろうろ出来るわけもない。

そして仕事もなければ必然的にやることは訓練くらいしかなかった。

 

まぁ……久しぶりにやるとするか

 

朝から風呂に入ることは出来ないだろうが、しかし行水くらいなら出来るだろう。

俺は久々のオフの早起きにうきうきしながら眠りについた。

 

 

 

 

 

そして翌朝。

豪奢な作りの部屋に少々気後れしながらも、しかし連日の疲れはそれなりに蓄積されていたらしい。

とても気持ちよく眠る事ができ、実に気持ちのよい目覚めだった。

 

護衛兼、見張りの連中もあまり近寄って来なかったしな

 

一定の範囲内に近寄られると起きてしまう習性があるのだが、しかし気を遣ってくれたのかそれとも警戒されたのか、護衛兼見張りの連中は俺が起きる範囲には近寄って来なかった。

また見張りの一人には尾行娘がいたのも相まって、いろんな意味で警戒されているのが理解できた。

他の一般兵よりは強いし、隠形に関しても頭が一つ以上飛び抜けた存在故、見張りにはうってつけだろう。

 

まぁ、バレバレなんだが……

 

しかしあちらもある程度こちらの実力を把握しているからか、一定の距離から近寄ってくることはなかった。

そのため寝ることが出来て、こうして日の出とともに行動することが出来ていた。

俺は昨夜夜食称して用意してもらった炒飯を手早く胃袋に収めて、水を入れるための竹筒をいくつか取り出して、持って行く得物を手にした。

 

さて……とりあえずねじり金棒と鉄刀持ってと……

 

どちらも鍛錬用に鍛えたねじり金棒と鉄刀……鉄製の木刀……をもって、俺は館の近くにある広場へと向かった。

すぐ近くには城壁もあって、その上から監視しているのだろう。

視線は感じられた。

その視線の中には尾行娘の視線もあった。

 

見られて困る物でもないしな

 

俺の戦力を見せるという意味では得策ではないかもしれないが、しかし別段そこまで警戒する理由もなかった。

本当に面倒ならさっさと逃げれば良いのだ。

また俺がやっかいと言うことを植え付けておけば、相方でもある呂蒙にも変なことはしてこないだろうというある種の下心もあった。

 

さてと……まぁ、久しぶりに本気で訓練するか

 

自分の村でも、村の連中があまり怖がっても訓練に支障を来すので、かなり力量をセーブして指導に当たっていた。

故に、見張りがいる状況とはいえ全力を振るうのは、結構久しぶりだった。

 

たまにやってるが……やはり冬木にいた頃とは比べものにならない位に忙しいからな……

 

「仕事をさぼる=死」と言っても良いほどに過酷な時代なのだ。

俺だけなら正直何とでもなったが、百人以上にまでふくれあがった村の連中の命を預かる身として……修行にばかりかまけている訳にはいかなかったのだ。

最近ようやく呂蒙のおかげである程度楽になったとはいえ……死なせたくなかったので、いつも仕事に必死で、常に仕事のことが頭にあった。

 

だが今くらいは別段かまわないだろう……

 

呂蒙は気配からいってまだ寝ている。

見張りの連中がいるが別段邪魔をしてこなければどうでも良い。

故に……俺は朝から全力を出すことを決めた。

手にしたのはまず……ねじり金棒。

狩竜と同じ長さの鉄のかたまり。

多少の反りがあるが、狩竜と同じ体配のため、ほとんどまっすぐに鍛えてある。

棒や槍としても使うことを想定しているので、全体に滑り止めとして魚子打ちで摩擦を上げて、握り込みやすいように鍛えてある。

 

段差というかえぐるためのねじりもあるため、すっぽ抜けるなんて事はあり得ないが……

 

夜月と同じ刃渡りで鍛えた鉄刀にも、表面に同じように魚子打ちを施しており、滑らす心配はなかった。

 

 

 

鋭く、短く……呼気をはき出す。

 

その瞬間に俺は他の全てを意識から追い出した。

 

手にしたねじり金棒を軽く握り……一度目を閉じる。

 

意識から音が、視線が、気配が……全て消えていく。

 

意識すべきはただ一つ。

 

俺の最大の好敵手にして相棒であり……

 

 

 

俺が殺した男……

 

 

 

刃渡り五尺の刀を肝を冷やすほどの鋭利さで閃かせる、一人の侍。

 

いや、侍などではないのだろう。

 

 

 

本人はただの棒振りだったと言っていた。

 

 

 

だが……俺が知る限り究極の技を有した男。

 

俺がもっとも斬り殺したいと願い……力業にて切り捨てた相棒だ。

 

たとえ、イメージの中であっても……こいつを超えることが、俺にとっての目標だった。

 

こちらが構えるが、相手は構えない。

 

無形。

 

されど迫り来る刀は全てが首を断ち切る疾さ、そして鋭利さを備えていた。

 

対して、俺はまだ奴ほどの技量はない。

 

奴に勝てるとすれば、気力と魔力を用いた圧倒的な身体能力のみ。

 

対人戦闘の修行がおろそかになっている今の状況では、技で勝てるはずもない。

 

だが……この世界に来て、以前よりも魔力の扱いは力量が向上している。

 

故に……今の俺が奴に勝つとしたら、

 

 

 

力と速さだ!

 

 

 

右肩に乗せたねじり金棒を握る手に力を込める。

 

そして、気力と魔力で強化した脚力で一瞬にして間合いを詰めて……肩を起点に振り子のように振り下ろしたねじり金棒を渾身の力で振り下ろした。

 

 

 

!!!!

 

 

 

刀と違い、風を抉り裂く鈍い音が響くが……俺はそれを肌で感じるだけだった。

 

今は意識のみに集中する。

 

周りのことなど些事でしかない。

 

狩竜よりも重く、堅いねじり金棒と打ち合う……受け流すと言った愚を奴はおこさない。

 

確実に紙一重で避ける。

 

だが奴としても以前勝負したときもそうだったが、間合いが非常にやっかいだろう。

 

五尺よりも長い得物というのは基本的に槍が普通だ。

 

しかし俺は奴よりも長い野太刀を扱っている。

 

故に避けた後攻撃に転じるにはどうしても奴自身、一歩こちらに踏み込むという手順が必要になってくる。

 

その奴の手順よりも……気力と魔力で強化された俺はわずかばかりだが、早く動くことが出来る。

 

故に……

 

 

 

!!!!!!

 

 

 

呼吸すらも動きの邪魔でしかない。

 

 

息を止め、それでもねじり金棒を振るうのを止めず、縦横無尽に振るい、敵に迫る。

 

ひたすらに敵を殴り殺すための一塊の殺意となりて……俺はねじり金棒を振るう。

 

だが……

 

 

 

決め手に欠ける!

 

 

 

対人戦闘が再度練習不足になっている。

 

だがそれでも気力と魔力の扱いで±0程度にはなったと思っていたが、イメージの中のあいつに、俺は一太刀も浴びせることが出来ないでいた。

 

何とか手だてを考えようとしたそのとき……

 

 

 

意識外から、異変を感じて……俺は迫り来る異変を掴み取った。

 

 

 

「なっ!? 避けるのではなく、儂の矢を掴んだじゃと!?」

 

 

 

この声は……

 

 

 

水を差してきた存在が得物と声ですぐにわかった。

俺は何とか荒ぶる感情と、邪魔された怒りを身のうちに封じ込めて、一度大きく呼吸を整えて……矢を放った人物へと向き直った。

 

「人の訓練を邪魔するのはあまり良い趣味とは言えませんよ、黄蓋殿」

 

何とか胸の内の激情を表には出さずに、邪魔をしてきた褐色妖艶へと俺は溜息混じりにそう言った。

 

「すまんすまん。あまりにすさまじい物を見たのでな。本物かどうかためしてみたくなったのでな」

「だからといって、本物の矢で射抜いてこないでくださいよ。当たったらどうするつもりだったのですか?」

「あの動きから見て、問題ないと判断したまでじゃ。じゃが……まさか儂の五人張りの弓矢を掴む者がいようとは」

 

おいおい、なんつーもんで射貫いてきてんだよ

 

褐色妖艶の言葉に、俺はほとほとあきれるしかなかった。

五人張りとは文字通り、五人がかりでようやく弦を張る事ができる、桁違いに張力の強い弓の事だ。

掴んだ感触から言っても相当速いのは何となくわかっていたが、ほとんど殺すつもりで俺を射貫いてきたといっても過言ではなかった。

 

というか、やる気満々ですね

 

そしてどうやら昨日からうずいていた戦意が、俺の訓練を見て燃えさかってしまったようだった。

それは今の褐色妖艶の出で立ちを見れば一目瞭然だった。

 

フル装備って感じ?

 

褐色妖艶の戦装備というのを俺は知らないが……筋肉の発達の仕方から察するに、弓と剣がこいつの戦闘スタイルだ。

今俺に矢を放った褐色妖艶の格好はまさにそれで……手にした弓、後ろ腰に備えた矢筒、そして左腰に下げた剣。

何よりも身体から発せられた戦意は、昨日の比ではないほどに強大だ。

 

もう何が何でも一手交えようというつもりなのだろう

 

 

 

「訓練を邪魔した詫びといっては何じゃが……妄想の中の相手よりも、実際の相手の方が訓練としてはよいじゃろ? 勝負をせぬか?」

 

 

 

うーん……今の見てそれなりに理解しているはずなのに、自分が仕合たい欲求が勝っているって感じなのかなぁ……

 

 

 

褐色妖艶の実力は決して弱くない。

それは相対している故に俺はよくわかっている。

そしてそれは褐色妖艶も同じ事。

だが褐色妖艶は己の欲求を押し通さんと突っかかってきている。

 

まぁ……無理っぽいけど、いろんな意味で

 

「まぁ俺としてはやるもやらないもどちらでも良いのですが……あなたはまず後ろの般若と戦うことをおすすめしましょうか?」

「はんにゃ? なんじゃそ――」

 

般若の意味がわからずとも、後ろの何かと戦えと言われて気にならないはずもなく、褐色妖艶は後ろを振り向こうとして、途中で固まった。

ある意味で俺よりも遙かに恐ろしい、それはそれは満面の笑みを浮かべた褐色知的眼鏡の周瑜が立っていたのだから。

 

「全く……。そろそろ出立の時間にもなったので刀月を迎えに来てみれば……」

「め、冥琳? こ、これはじゃな?」

「本日は新兵調練の仕事があったはずですが祭殿? いったいどうしてこのようなところにいるのですか?」

「い、いや、坊主が寝坊してないか確認にきてじゃな?」

「なら、どうして完全装備でいるのでしょうか?」

 

お~~~~怒ってる怒ってる

 

実力的に手も足も出ないだろうが、しかし褐色知的眼鏡から発せられた気迫は俺でさえ思わずたじろいでしまうほどの迫力があった。

これでは引け目がある褐色妖艶では、勝てないだろう。

結局、えっらい怒られた褐色妖艶は、すごすごと訓練へと向かっていった。

おまけとして給金が幾ばくかカットされたらしいが……俺の知ったことではなかった。

 

 

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