軍議の後……褐色知的眼鏡の話を聞く限りでは、とても軍議とは言えた物ではないが……の一刻後。
反董卓連合の総大将である袁紹とやらから、進軍の命令が発せられた。
「さぁ皆さん! 雄々しく、勇ましく! そして華麗に出陣しますわよ!」
……うわぁ……頭悪そう
正直聞いた瞬間に気が抜けた。
だが本人は大まじめなようで、そして総大将ということが嬉しいのか、実にテンション高めで声を張り上げている。
「先鋒、劉備隊、進め!」
その総大将の命令に、先鋒である蜀の連中に指示を出したのは文醜という武将だった。
驚くべき事に……袁紹の軍の連中は全員が、金の鎧を装備している事が、あまりにも驚異的だった。
いつの時代でもあっても、金というのは実に高価な代物だ。
それもこの時代は技術的にも未熟なため、金そのものがあまり加工できないと言って良い。
しかも当然金メッキなんて加工技術もない。
純金にはほど遠かろうが、しかしそれでも金に変わりはない。
ある意味で総大将になったのは当然と言えたのかも知れない。
確かに……全員が金の鎧を身につけている上に、数がべらぼうに多い……
恐らく袁紹の次に数が多いのは魏の骸骨ツインテのところだろうが……その魏よりも数倍の規模の人数がいる。
確かにこれなら、総大将をやると言い張れるだけの財力を有していると言って良いだろう。
まぁ……数だけだが……
しかしその内実は……まぁ語るまでもないだろう。
というよりも問題なのは……
「久しぶりね、刀月?」
こっちのが問題だよね~
「どうも、ご無沙汰してます。曹操様」
「今更敬語なんて……どういう事かしら?」
後方に両骸骨と左骸骨を従えて、恐ろしいほど鋭い視線で、俺を睨み付けてくる骸骨ツインテ。
そしてそれ以上に恐ろしいほどの目線と怒気を放ってくるのは……両骸骨だった。
さすがに反董卓連合の真っ最中、諸侯が入り乱れている状況でかみついてくることはなかったが、恐らく少しでも隙を見せればその瞬間にかみついてくること間違いなしだろう。
「いやいや、あのときは根無し草の独り身だった故に出来た事ですが、今は一応呉に仕える存在。他国の頂点に立つ方を前に、敬語も使えないほどの教養なしではございません」
「……我らの主の桃香様には普通の言葉だったがな」
余計なことをいうな片側ポニー!
「ふん。まぁいいわ。あなたがどこに仕えようと私には関係がないもの。ただ……私の邪魔をしようというのなら、国事あなたを潰すわ」
「それは気をつけるようにしましょう。それと……北郷は元気にしてますか?」
「あなたに答える義理はないけど……そうね。一刀のために教えてあげるわ。元気にしてるわよ。私の大切な部下だからね」
ふむ……まぁ
これから戦場に向かうということも相まって気が昂ぶっているのか……実に好戦的な覇気をぶつけてくるが、しかし俺にとっては柳に風。
ただただ受け流すだけだった。
そして知りたいことも聞けたので、問題ない。
計画通り……
俺としてはこれ以降ある意味を除いて、骸骨ツインテに興味をもつことはほとんど無いだろう。
「あなたは本当に、話題がつきないわねぇ……」
「人ごとみたいにいうなよ孫策。敵視される可能性があるんだぞ? 俺が原因ってのがあれだが」
「まぁそうかもしれないけど……遅かれ早かれ、そのうちぶつかるのは間違いないから構わないわ」
あらやだ好戦的……さすがは猛将ってところか……
「曹操さん? どうしたんですか? 劉備さんの部隊に続いて早く進軍してください! その次は孫策さんの部隊です!」
そんな俺たちのくだらないやりとりで進軍を遅れるのを嫌ったのか、顔良と名乗った武将が、そう指示を出してくる。
こいつも文醜と同じく、袁紹軍の将軍の一人だ。
文醜、顔良ともにそこそこ使えるようだが……どちらも褐色ポニーには及ばないだろう。
だが今は総大将の軍の将軍かつもっとも勢力を有した存在。
逆らうわけにはいかず、曹操は俺を再度射殺すような目で睨み付けてから……進軍していった。
「あらら不機嫌。まぁ刀月だけが原因って訳じゃなさそうだけど……」
「まぁ袁紹に対して思うところがあるのだろう。それは当然……我々もだが……」
そういいながら褐色知的眼鏡はそれはそれは深い溜息を吐いていた。
ここから始まる戦の事を考えれば、仕方がないと言ったところだろう。
そんな相方の褐色知的眼鏡に苦笑しつつ、切り替えるためか……褐色ポニーが声を張り上げる。
「そうね。さて無駄話はここまで。みんな、進軍するわよ!」
我らが大将の褐色ポニーの号令の元、呉も進軍を開始した。
洛陽へと向かうには、二つの関門を突破せねばならず、まず一つ目の関門である、
反董卓連合と言っても所詮は寄せ集めの集団だ。
軍の練度に差があって、練度が低い上に数がおおいところ……ぶっちゃけ袁紹軍……にあわせる形での進軍になるので、遅々として進まない感じだった。
無数にはためく旗と馬蹄の音が荒野に鳴り響く。
先鋒でないこともあり、さらに俺自身あまり戦うつもりがないので……俺としては正直退屈な行軍でしかなかった。
やがて連合軍は峡谷へと入り込み、その峡谷をいくつか抜けて……左右を絶壁に囲まれたとてつもなく広い道へとたどり着いた。
そしてまだ視認できないが、気配でわかった。
この先に……最初の目的地である汜水関があるのだと。
「しかしあれだな……この状況でまさか本当に数頼みで突撃しないだろうな?」
一刻前の軍議にもならない軍議から、進軍のみ。
そして俺の気配探知からして、そう遠くない時間に最初の目的地へと到達する。
それはすなわち開戦を意味するのだが……現時点で停止の命令も、軍議を開くという連絡もない。
この地形でまさか本当に突撃を敢行するつもりなのかと……正直頭を疑う。
左右の断崖絶壁では、とてもではないが通常の人間が昇ることは出来ない。
ならばこのままこのだだっ広い道を突き進むしかないのだが……首都へとつながる大通りだ。
俺は汜水関なる施設がどの程度の規模なのかは知るよしもないが……首都を守る防壁であれば、生半可な施設であるわけもない。
もしこのまま闇雲に突撃するだけでは……間違いなく多くの戦死者が出るだろう。
それは他の連中も理解している。
しかし……誰もが溜息を吐くだけだ。
「刀月の言いたいことはもっともだが……間違いなくこのまま突撃だろうな」
「おいおい。確かに馬鹿っぽいやつだったが本当に馬鹿なのか? 頭の中はお花畑なのか袁紹ってのは?」
「そこまではわからないが……。しかしこちらとしても今後のために蜀……劉備の信頼を勝ち取らなければならない。だが、問題の汜水関に籠もった敵兵は10万ほどだ。我らと蜀の軍を併せても、その数には到底及ばない」
まぁ確かに……気配でもわかるレベルだしな……
「しかも相手は難攻不落の汜水関にいるのだ。正直……打つ手なしね」
「おいおい周瑜ともあろう者が。マジで言ってるのか?」
「まじ? 言っている意味はよくわからないが、私としては大真面目だ。逆に聞くが……刀月ならどう攻める?」
あ、しまった……やぶ蛇だった……
兵の命を無駄にしたくないというのに、無謀な攻めを行おうとする連合軍。
そして我らの最強軍師様の投げやりな意見に思わず口を出してしまったが、正直黙っておくべきだったと後悔した。
俺も軍事訓練を受けているのでこの場合の攻め方もある程度思いつくが……時代が時代なので、現代戦術では満点にはならないだろう。
しかも俺が考える場合……つまり俺の行動の可否によって、大きく状況が変わってくる。
故に、俺はまず採用されない意見を先に口にする。
「そうだな。まぁ採用されないし、採用して欲しくないことだが、俺の気持ちを素直に言うと……このまま突撃でいいな」
「……何?」
このまま突撃するのは正気なのか? と言ってきた人間が、正気ではない言葉を口にするものだから周瑜だけでなく、周りにいる褐色ポニー、褐色ロング、褐色ツインテの孫家三姉妹に、おっとり眼鏡に呂蒙もこちらへと意識を向けてくるのがわかった。
「ただし突撃前に……俺が門をどうにかしてからという前提が入るがな……」
「何? 刀月が?」
俺の言葉に、褐色知的眼鏡は眉をひそめた。
いらだちよりも言っている言葉の意味が理解できなかったのだろう。
それは周囲にいた連中も同じだったが、しかし幾人かは俺が言っている言葉に納得している奴がいた。
俺の規格外さを一番よく知っている呂蒙と、一度戦ったことのある褐色ポニー、褐色ポニーとの勝負を見ていた尾行娘、そして俺に勝負を挑んできた褐色妖艶。
だが他の連中は俺のぶっ飛び具合を知らないので、それぞれあまり良い感情を抱かなかったようで、不穏な空気を場に与えてしまった。
特に俺のことを一番嫌っている褐色ロングからは、実に純粋で幼く拙い憎悪の感情が漏れ出してきている。
「あまり冗談をいう男だと思ってなかったが……あまり面白くない戯れ言ね」
そしてそれは褐色知的眼鏡も同じようで……こちらからもいぶかしげな目線を向けられてしまう。
「ふむ。現実的な案を言う前に……とりえあえずまず勝利条件を設定してからだな」
「勝利条件?」
「別段ここで汜水関を落とすのでも構わないのだが、俺たちの目的は洛陽の董卓であって、ここ汜水関ではない。なら別段完膚無きまでに落とす理由はない」
「なるほど……それで?」
「しかも相手は反董卓連合の全軍ならともかく……呉と蜀だけで攻めるとなると兵数で劣る。ならば常識的に考えて、敵に門を開けてもらう必要が出てくる」
「そのとおりだな」
状況にもよるが、基本的にこういった攻城戦では守る側が圧倒的に有利だ。
しかもこの地形……左右が断崖絶壁のため、昇ることが出来ない……であるならば、攻める側からしたら門をどうにかするしかない。
しかし首都を守るための門だ。
そう簡単に破壊できるわけがない。
ならば相手に開門させる……つまり守るのではなくこちらに対して打って出させる必要が出てくることになる。
「まず情報の整理を行おう」
お、優しいな褐色知的眼鏡……
俺がある程度正解を言っているからか、ヒントをくれるようだ。
こちらとしては情報があまりないので、正解にたどり着くにはヒントが必要だったのでありがたかった。
「
俺の知識は以下略……なので、名前よりもどんな性格とか指揮の仕方やそもそも武人なのか文官なのかを教えて欲しかった。
「華雄って……母様にコテンパンにやられてた武将だったじゃない?」
なるほど、孫堅には敗北したことがあると……
しかし敗北=弱いと言うのは早計だ。
敗北=「死」に繋がりやすいこの時代において、敗北しておきながら死んでいない上に復活しているというのは、それだけで十分警戒する理由たり得る。
何せ死にかけたのなら……その経験を知識として生かすことが、人間には出来るのだから。
「そのとおりだ。だが、あのときは華雄の同僚が暴走した結果部隊が混乱し、文台様はその隙を突いて勝利した。つまり、華雄も本領を発揮したとは言い難い。これを基準にするのは少々愚作だろう」
「ちなみに、華雄とやらの武将は有名なのか?」
俺の知識は以下略なので、そいつが、知将なのか武将なのか……知ることは大きな意味があった。
「武に関しては間違いなく一級品と見て良いだろう」
「それは……厄介ねぇ……」
自らが信頼する軍師の部下で親友でもある褐色知的眼鏡の言葉に、楽勝かもと楽観視していた褐色ポニーが顔をしかめた。
そしてその言葉が最大のヒントになった。
「となると古典的な手段だが、やはり挑発して打って出させるか……もしくは逃げたと見せかけて追撃させるといったところか」
「恐らくその二つをあわせた策になるだろうな。挑発を繰り返して怒りを助長させて一度攻める。そして退くということをすれば……だが、この案は正直あまり採用したくないな」
「? それはどうして?」
一番現実的な作戦のはずなのだが、褐色知的眼鏡はそれをしたくないという。
その言葉には側にいる褐色ポニーだけでなく、軍師以外の連中は疑問符を浮かべた。
それは当然俺もだった。
「残念なことだが……我らの軍には大陸中に名が通った武人は、一人だけだ」
あ~~~~それは却下だわ……
呉の陣営を鑑みて……勇名があるのは江東の麒麟児と言われる褐色ポニーのみだろう。
つまりこの案を採用した場合……君主自らが最前線へ赴く形になる。
「私ならやってもいいけど?」
こいつは……
「却下よ。何を言っているの」
「えぇ~~~~。面白そうなのに」
「次に、あまり目立つのも避けたい。他の連中に目をつけられるのは避けたいところだからな」
「そうなると……ここで蜀に渡りを付けた意味が出てくると言うところか?」
「その通りだ」
どうやらそれなりに満足のいく回答を出すことが出来たようだ。
別段使えない奴と思われても良いのだが……あまり発言権を失うような状況は避けたいところなのだ。
信頼はある程度勝ち取っているだろうが、戦での信頼と、政務等の信頼は別だからだ。
ならば戦でも信頼できるところを見せておかなければ、いざというとき動くことが出来ない。
「なら、劉備にこの策をつたえるってことでいいのね?」
「えぇ。あちらにはすでに勇名を轟かす関羽と張飛がいる。人材豊富なところは、少し嫉妬してしまうな」
「そしてピン――窮地に陥ったところを俺らが助けると。それなら不自然さはなくなるな」
「まぁ……ここまでしなくても良いかもしれないが……」
「確かに……」
ここまで警戒しているのは、周りの連中が攻めてこないようにするためというのが理由の一つ。
もう一つはなんだかんだでずるがしこい奴が、再度敵に回ることを想定しての事なのだが……。
「ふ、わぁ~~~ぁ。眠いのじゃ。いつになったら帰れるのかの?」
「う~ん。どうでしょうね? 何せ相手は董卓なので、それなりに時間がかかると思います、美羽様」
「それまで風呂にも入れないとは……嫌になってくるのじゃ。刀月のお菓子があるからよいが……袁紹さえいなければさっさと帰りたいくらいじゃ」
うっわ……やる気ゼロ
そんな会話をしているのは、俺らの後ろでそれなりに豪奢な馬車……
この時代における貴族用の馬車でああり、総大将でちんちくりんの従姉でもある袁紹もこれと同じようなものに乗っている。
どう見ても戦に赴く人間の姿ではないが、これは俺に責任があった。
合体に至った袁術家と呉の連中だが、その際ほとんどの権限を呉へと委譲させた。
その代わりといっては何だが、そこそこ贅沢な暮らしを約束させたのだ。
といっても、本当に贅沢なことは俺がさせず、それをした場合は俺のおやつが抜きになる。
良くも悪くも餌で釣られたことで、ちんちくりんはあっさりとこの時代の覇者になることをやめたのだ。
それだけ俺の菓子が……未来の菓子が魅力的だったと言うことだろう。
そして……ちんちくりんも馬鹿でないことは確かなのだ。
この行軍を見て、つまらなさそうにしているのは、これを率いることが自分には出来ないと言うことをきちんと理解してのことなのだ。
ちんちくりん……袁術も馬鹿じゃないということだ。
それは臣下である甘やかし短髪……張勲も同様だった。
故に……面白くないことも相まって、ふてくされているのだろう。
「何というか……やりづらいわね。ある意味」
「こんな奴に苦しめられていたのかと思うとな……」
「まぁまぁ。無駄に血を流すこともないだろう」
「それはそうかもしれないけどね? 責任はちゃんととってもらうわよ刀月」
「ほいほい。せいぜい手なずけるようにしますよ」
もうほとんど問題ないけどな……
ある意味で人恋しいだけの子供だったので、別段きちんと接してやれば何ら問題はなかった。
それはそうだろう。
齢十程度の小娘が、切った張ったの乱世の時代をたった二人で生きてきたのだ。
少しでも信頼できる奴が来たのなら、甘えたくなるのも致し方ないことだろう。
その信頼に対して、最低な裏切りをしないようにしないといけないがな……
去ることは確実だが、せめて安らかというか……禍根を残さず消えたいものだ。
親しくなった連中だけでも、そうしなければならないだろう。
やること多くてうんざりしそうになるなぁ……
今まで違ってやることが多くてうんざりする気持ちだった。
モンスターワールドではある程度自由に動けた。
冬木では仕事をしている時間は楽しかった。
だが、この時代の仕事というのは本当に責任が重い。
失敗が死につながることもあるからだ。
ならばこそ、人は懸命に生きるのだろう。
己が何者であるのかと……問いかけながら……
そして……ついに最初の目的地である汜水関へとたどり着いた。
うっわ……マジですげぇ……
それが汜水関を見た俺の正直な感想だった。
絶壁の間に道をふさぐために建てられた城壁。
さすが首都を守る重要拠点の一つといったところ。
左右は絶壁で正面の敵のみに集中でき、さらにだだっ広い道と言っても、陣を展開出来るほど広い訳ではない。
難攻不落というのは当然と言えた。
そして……万単位の人間に攻められることを想定して作られた施設を見るのは俺としては初めてだった。
周囲に気づかれないように注意をしたが、感動してしまうのも無理からぬ事だろう。
「さて、それじゃ行くわよ」
褐色ポニーが自らスイッチを入れ替えるためか、実に野性味溢れた笑みを浮かべる。
そして腰に帯びた剣の鞘を確かめるように握る。
すでに素人娘に作戦は伝達済みだ。
後は開戦を待つばかりと言ったところだろう。
といっても……
「まぁすぐには動かないわけだが……」
戦う気がない俺はすでにある程度後方に控えていた。
戦わない人間が前線にいても邪魔なだけだからだ。
それはちんちくりんたちも一緒で、本当にやる気なさそうに成り行きを見守る形になっていた。
「しかしこの汜水関は難攻不落なのは誰もが理解しているはず。本当に成り上がりの劉備だけでうまくことが運ぶのかの?」
「どうでしょうね? 確かに難攻不落なのは間違いありませんけど~。でも当然落とせないわけではないですからね。そこら辺は皆さんに頑張ってもらいましょう」
「そうじゃな。して刀月? お主はこっちに来ていていいのかえ?」
「まぁ俺も戦う気がないからな」
「ならお菓子を作――」
「今から戦闘だろう? 少しは周囲の目も考えろ」
「むぅ」
実際俺としても興味があった。
この状況下でいったいどうやって攻めるのか。
そして……二つある内の一つであるこの
俺としては不自然にならない程度に事の成り行きを見守る必要があった。
しかし……仕方がないとはいえ、まぁ何というか、低レベルに思えてしまう……
現在絶賛門の前で罵詈雑言を吐いているのはちみっこだった。
そこに関羽も加わって罵倒をしているが、あまり切れがない……罵詈雑言は風翔の力でここまで風で俺が運んでいた……故か、それともさすがに相手も馬鹿ではないのか、門は固く閉ざされたままだ。
別段急ぐ理由もないのだから、夜襲の方がまだいい気がしないでもないが……
しかし夜襲も夜襲で難しい。
敵も夜襲を警戒している。
さらにあちらは拠点故に休めるが、こちらは陣地だ。
どうしても休憩の質に差が出てくる。
となると短期決戦もやむを得ない。
また、敵の本拠地故に地形はあちらが把握している。
抜け道などを利用されて、後ろから攻められる可能性も捨てきれない。
特に……あの白装束の連中の場合は、突如として出現できるからな……
あまり悠長にやってられない。
それでもやはり攻城戦とは難しい。
攻城兵器もこの時代にはある……投石機に破城槌、そして梯子車などがそれに該当する……が、兵力を無駄にしたくない考えから、挑発を行っている。
しかし埒が明かないと判断したのか……褐色ポニー自ら出陣する姿が見て取れた。
あ~~……まぁ確かに一番効果的だろうが……
自分を打ち負かした実の娘に馬鹿にされたら、華雄とやらもさすがに我慢が出来ないだろう。
しかしそれにしてもまさか大将自ら前線に出るとは正直予想外だった。
確かにそれなりに強いことは事実。
そして護衛と言うべきか、尾行娘と褐色襟巻きも前線で指揮を執っているようだ。
だが……それでも万が一ということもあるだろう。
最悪の事態も想定しておくか……?
とりあえずいつでも動けるようにはしておくべきだろう。
今の衣服はちんちくりんの都で仕立てさせた和服もどきだ。
動きやすいように袴姿で、上も道着だ。
さすがにこの人が多い状況下で現代衣装は身につけていなかったが、最悪の場合は革ジャンだけでも着るべきだろう。
俺自身も、傷を負うわけにはいかないからな……
この時点でまだ姿を現さない敵。
俺が出張った瞬間に黒幕が手を出してくることも想定しなければならない。
無論出てこないことも大いにあり得るし、さらに言えばまだ洛陽が敵の本拠地であると確定したわけではない。
だが細作が戻ってこなかった時点で、ある程度「黒」と判断して良いだろう。
まぁ……出てきたときは出てきたときだな……
さすがに得物がなしではまずいので、俺はねじり金棒を身につける。
といっても長すぎる得物故に、両端を紐で結んで身に帯びるか、手に持つか方法が無い。
またそれとは別に鉄刀も腰の帯に差しておく。
さてさて……どうなることやら……
そして……動いた。
さすがに実の娘にさんざ馬鹿にされた上に、挑発の意味を込めて軍を前に出されては我慢が出来なかったのだろう。
開門し、一斉に二つの部隊が出てくる。
どちらもよく鍛錬されているのが見て取れた。
そしてどちらも先陣を駆け抜けるのは……明らかに他の連中よりも強大な気を放つ、二人の女武将。
あぁ、華雄に張遼とやらも女なのね
俺の知識は以下略。
しかし怒りにまみれているとはいえ、あれだけの気を放っているのならば将軍なのもうなずけると言うところだろう。
だが、怒りは力にもなるが……これだけ有利な状況下でわざわざ出てきた愚かさを覆せるほどの力になりうるわけもなく、そう時間はかからずに二つの部隊は撤退した。
主立った連中に、気の乱れはなしと……
どうやらかすり傷程度もないようだ。
そして前線で、よく見知った二人……褐色ポニーと素人娘が楽しそうに会話をしているのがよくわかった。
互いに互いを信頼することが出来た……ということだろう。
そして他の主な連中も集まって……片側ポニーにちみっこ、褐色知的眼鏡等……今後の事を話しているのがわかった。
どちらも人柄をある程度知っているからあまり心配はしていなかったが、どうやら無事同盟に近い形になり得たようだ。
蚊帳の外で終わるってのも……なんか悲しいものだな……
と、心に少ししか思ってないことを思ったりするが……ともかく第一関門は突破できたと言うことだ。
そう……突破できたのだ。
……二つしかない拠点の内の一つを、ここまであっさり手放すのはどういうことだ?
汜水関を突破すれば次は
洛陽へと通じる重要拠点防衛。
俺が敵であるのなら……二つあるとはいえ重要な拠点をこうもあっさり引き渡す事はしない。
こちらの被害はほぼ皆無だ。
確かに多少の死傷者は出ているが、拠点を一つ失ったことから考えるに、どう考えてもこちらが優勢だ。
もう少し被害を与えた上で撤退するならばまだ納得が出来た。
もしくは……爆薬でも仕込んでいるのか?
拠点を奪わせて、いざ拠点に入ってドカン……という手法も考えられなくはない。
火薬はこの時代にはなく……黒色火薬が誕生したのは6~7世紀だったはず……また汜水関にも怪しげな気配はない。
妖術ということも考えられなくもないが、その兆候もない。
そしてあの幽鬼体が出現する感じも……しなかった。
油断は出来ないが……逆にここまで何もないと不気味でしかないな……
だがとりあえずは無事に二つの関門の内一つを突破できたことを喜ぶべきだろう。
そして、こうも簡単に突破できたことで……俺の頭の中で一つの仮説が生まれる。
もしかして……敵にも余力がないのか?
そう思わせる罠だとも考えられた。
だが、こうもあっさりと汜水関を突破できた事が、どうしても引っかかった。
むろん俺を油断させることも考えられたが、それにしては損得の釣り合いがとれてない。
マジもんの妖術が使えるからといっても、無限ではないのかも知れないな……
俺自身も手にした能力は強力無比だが……万全に使える訳でもない。
油断は禁物だ。
あらゆる事態を想定して、動くことに変わりはないが、それでももしかしたらという仮定が生まれたのもある意味で行幸だっただろう。
まぁそれも洛陽に黒幕がいたらという前提だがな……
もしも洛陽におらず、帝を操ってなかった場合、本当にただの徒労で終わるのだが……そこは選択肢が一つつぶれたことを喜ぶべきだろう。
こうして汜水関を突破した反董卓連合は、すぐに次なる関門である、虎牢関へと進軍を開始した。
そしてその際に変わったことがあった。
「先鋒の変更だと?」
「そ。私と劉備ちゃんが目立ち過ぎちゃったみたいね。総大将の袁紹が慌てて配置換えを命じてたわ。私たちの部隊と劉備ちゃんの部隊は後曲ってね」
「まぁ私たちと~劉備さんの部隊が大活躍でしたからね~。諸侯が焦っているのかもしれません~」
後ろに配置されたからか、おっとり眼鏡も普段以上にほんわかして余裕そうだ。
変わりに前衛の配置になったのは、総大将たる袁紹と骸骨ツインテの部隊らしい。
最強の部隊が前線へと躍り出たわけだ。
「まぁむしろ良かったかも知れないわ。斥候の話だと、虎牢関には飛将軍呂布がいるって話だからね」
ほう、三国最強と謳われる呂布がいるのか……
槍の横に三日月上の形をした刃物を付けた武器だ。
突くだけでなく切ることも、叩く、薙ぎ、払うといった攻撃が行える武器だ。
複数の用途を持つ故に扱いは難しい。
そしてその扱いの難しい武器を自在に操るのが呂布だ。
褐色ポニーだけでなく、ほかの連中も手強いと認識している存在。
そして後の世でもかなり有名な武将の一人。
かなりの強さを誇っているのは間違いないだろう。
「なんと!? あの噂に名高い呂布がおるのか!? 是非……一戦交えてみたかったのう」
「祭殿。気持ちは正直わかりかねますが……くれぐれも突出しないでくださいよ?」
「わかっとるわ冥琳。素直な気持ちを述べたまでじゃ」
後衛に回されたためか、もはや今回の虎牢関は観戦気分のつもりなのか、部隊長に任せて褐色妖艶も首脳陣がいるこちらの本陣へと戻ってきていた。
そんな褐色妖艶に呆れつつも、褐色知的眼鏡は強く出ることもなく、深く溜息を吐くだけだ。
そして褐色妖艶も空気を読んでいるのか……さすがに酒は飲んでいなかった。
いや、行軍中だから当然か……?
「さらに言えば虎牢関で指揮を執るのは董卓の懐刀、賈駆という話です」
そんな少し気がゆるんでいる上司とは違い、真面目な性格と言うべきか……斥候部隊の隊長を務めているであろう尾行娘が……猫を前にしていた小動物な姿からは想像も出来ないほどにキリッとした態度で、報告をしてくる。
賈駆という人物は俺の知識は以下略のためよくわからないが、しかし懐刀だ。
生半可な相手ではないだろう。
さらに言えば……
「それに、張遼と華雄も汜水関から退却して、虎牢関で合流したとの情報も入ってきています。正直……苦戦は必須と思われます」
見た目から言って褐色襟巻きも細作の一人なのだろう。
尾行娘と同じように入手した情報を告げている。
そして少なくとも張遼と華雄が虎牢関に入っているのは、気配から察するに間違いない。
手負いの部隊とはいえ猛将二人に呂布、そして懐刀……これはこれは……
あちらからした最終防衛ラインと言える。
その拠点に全ての戦力を注ぐのはある意味で当然と言える。
つまり……
激戦必至といったところか……
「ふむ。袁紹と曹操がどのように虎牢関を落とすのか、見物というところか……」
褐色知的眼鏡も俺と同じ思いのようだ。
それは他の連中も同じなのだろう。
皆が遙か先……虎牢関へと視線を向ける。
どのように攻略するのか興味があり、そしてそう遠くない将来に矛を交える相手の力量を測るつもりなのだろう。
だが……これは無駄に終わることになる。
というよりも俺が無駄にした。
ついに敵が動いたのだ……。
「恋殿……」
「だいじょぶ……ちんきゅ。わたしが……勝つ!」
虎牢関の城壁で、そんなやりとりが交わされていた。
一人はあまりにも小柄な少女だった。
髪を二つに束ねてマントと見まがうような外套を身に纏った少女。
パンダの刺繍が縫いつけられた帽子をかぶり、その瞳は……自らの主へと悲しげに注がれていた。
名を陳宮。
自らの主である呂布に命を救われて以来……呂布を深く敬愛し、慕っている存在だ。
普段はボーっとしている事が多い自らの主を補佐し、戦術の献策も行った軍師的存在だ。
普段であれば天真爛漫な笑顔で、自らの主に付き従う少女だったが……その瞳はわずかに涙ぐんでいた。
その視線の先に……普段とはあまりにもかけ離れた主がいた。
少女を「ちんきゅ」と呼んだ女性。
腰に黒に近い紫の布を巻いている。
さらに首には地面まで垂れてしまうのでは無いかと思うほど、長い紫色の襟巻きを巻いている。
両肩に、腹、太ももが見えるような露出の激しい衣服を身につけており……両肩と腰から太ももにかけて、紫色の植物の蔦のような入れ墨が彫られている。
腕巻きを身につけ、両手に包帯を巻き付けており、右手には……方天戟が握られていた。
名を呂布。
大陸最強と名高い武人だった。
戦闘時ということを差し引いても、その目はあまりにも鋭く細められており……向かってくる軍を一心に見つめていた。
「ごめんなさい……恋。あなたにばかり負担をかけて……」
「気にしないで……。友達も大事だけど……月に詠、ちんきゅ、みんなが大事だから」
近づくのをためらうほどに気迫に満ちた呂布に、謝罪を述べるのは眼鏡をかけた少女だった。
こちらの少女も帽子をかぶっているが、可愛らしい装飾のようなものはなく、実用性が高い一品だった。
長い髪を二つの三つ編みでまとめている。
他の二人と違って肌の露出はほとんど無く、陳宮と同じくマントのような外套を纏っているが、こちらは長さがほとんど無く肩を冷やさない程度のものだ。
この少女の名は賈駆。
董卓の懐刀と言われた軍師であり、呂布とは旧知の間柄だった。
「恋が……みんなを守る……」
眼下の軍勢を見つめながら……呂布は小さくそう呟いていた。
その左手には……明るい晴天の元で怪しく紫に光る、小石が握られていた。
『あなたには今向かってきている連中の中で、この男の相手をしてもらいます』
虎牢関へ呂布が向かう少し前の時間。
薄暗い部屋の中……水晶だけが光源となる部屋。
その水晶に映し出された人物を指さしながら……眼鏡をかけた男、于吉はそう言った。
その言葉に逆らうことが出来ず、部屋へと招かれた呂布は……射殺さんばかりに于吉を睨み付けながら、水晶に映し出された存在へと視線を投じる。
そこには……規格外に長いねじり金棒を手にした、刀月の姿が映し出されていた。
『この男をそうですね……二刻ほど足止めをしてもらいましょうか? それが出来れば……あなたの友達を解放すると約束しましょう』
ギリッ……そんな鈍い音が、呂布の口元から鳴った。
歯を食いしばって怒りに耐えているのだろう。
その表情を見なくても、その総身からあふれ出る怒気が……呂布の気持ちを雄弁に語っている。
一般人であれば恐らく卒倒……心臓が弱い者であればそれだけで死んでしまいそうなほどの殺意が、呂布の総身から漏れ出ていた。
そんな殺意を浴びても、于吉は何ら感じていないかのように……涼しげに言葉を続けていた。
『ですが……恐らく今のままのあなたでは、この男が相手では一刻と持たすことは出来ないでしょう』
『……そんなこと……ない』
ぼそりと、呂布はそう言葉を返す。
元々そういうしゃべり方なのか、それとも怒りにまみれて普段通りではないのかわからなかったが、しかし言葉を返してきた呂布に対して、于吉はただ嫌味たらしく笑うだけだった。
『大した自信ですね。別に私としては……二刻持たせられなかったとしても、一向に構いませんが?』
『っ……』
于吉の脅しに、呂布は押し黙るしかなかった。
そんな呂布の姿を于吉は満足そうに見つめて、手に持っていた小石を呂布に差し出した。
その小石は、薄暗い部屋の中にいて尚、紫色に自ら発光している……あまりにも怪しげな物だった。
『これを渡しておきましょう。使う時は任せます。使うときは強く握りしめればよいです。くれぐれも後悔をしないようにしてくださいね』
言葉こそ丁寧だったが、そのいびつに歪んだ軽薄な笑顔を見れば、心にもないことを言葉にしているのは明白だった。
そして怪しげな小石を使うというのはいったいどういう意味なのか? そして使った場合どうなるのか全く説明がなされていない。
だが、呂布はそれに返事をすることなく……奪うようにその小石を荒々しく受け取って、部屋を出て行った。
「申し上げます! 袁紹、曹操の部隊が虎牢関での戦闘を開始したようです!」
兵士が一人報告へと走ってきて、皆が一斉に虎牢関へと視線を向ける。
遠目にはわかりづらいが、確かに戦闘が開始されたのは間違いないようである。
「始まったわね」
今度は将軍が多くおり、さらには軍師もきちんといる状況のようだ。
先ほどの汜水関と違って歴とした軍師がいる。
しかも将軍も増えており、さらに武将の中には最強と謳われる呂布が存在している。
恐らく苦戦するだろう。
曹操が優秀なのは疑いようもないが……曹操と一緒に前線に出ている袁紹軍の陣形布陣を見ている限り、全く策が無くただ突進しているだけのようだった。
これでは守備側の有利で潰走するのも時間の問題かと思ったのだが。
そのときだった。
一瞬だけ……俺が引いている台車から、凄まじい憎悪と怒りが発せられたのだ。
正しくは……俺の最大の得物から……。
狩竜?
俺が思わず背後へ……台車に乗せられた狩竜へと振り向く。
この世界に来てから全く反応がなかった、邪神を喰らった俺の最大にして最強の得物。
その得物から発せられた禍々しい気配が、数年ぶりに浴びたこともあって実に凄烈に感じられた。
そして狩竜の怒りに導かれるように……同じような波動が……
虎牢関から発せられた。
「!? 今のは?」
「策殿も感じたか?」
「蓮華様、用心してください」
「雪蓮様! お下がりください!」
武人の連中は気づいたか……
狩竜の憎悪と怒りは……ほんのわずかな時間、かすかに感じるくらいの弱々しいものでしかなかった。
それに対して、虎牢関から発せられたのは狩竜とは比較にならないくらいの、強大なものだった。
褐色ポニー、褐色妖艶、褐色襟巻き、尾行娘がそれぞれ反応し、配下の連中は自らの主の前に出る。
その時……
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
戦場全てを覆い尽くすかのような、まさに獣の怒号が……虎牢関の城壁より発せられた。
その怒号は間違いなく……この戦場を……
否、この空間に存在する全ての存在を凍り付かせた。
恐怖と……畏怖によって……。
先ほどまでの戦場で雄叫びがあがっていたのが嘘のように……その怒号によって全てが凍り付き、痛いほどの静寂が訪れる。
だがそれも一瞬だった。
戦場が動き出した訳ではない。
驚くべきことに……雄叫びを上げた獣が、城壁から飛び降りたのだ。
「「「「!?」」」」
遠目から見ても……否、遠くから見ているからこそ、その所業はただの自殺だった。
普通に考えて人が飛び降りて無事に済む高さではないのだから。
だが……その獣は……
!!!!!!
凄まじい地響きを立てて大地へと降り立った。
遙か先にいるはずのこちらにも感じるほどの地響きが、戦場を轟かした。
さすがに飛び降りた獣は、人の波で見ることは叶わないが……すぐに状況がわかった。
なんと、驚くべき事に……人が宙を舞ったのだ。
正しくは吹き飛ばされた……というべきだろう。
先ほど飛び降りた……異物の獣によって。
まるで暴風が吹き荒れたかのように……二つの軍のちょうど中間を引き裂くかのようにして、次々と人が吹き飛ばされていく。
そしてその暴風がこちらまでまるで迫ったかのように……先ほどの怒号の時とは比較にならないほどの邪気と怒気が、この一帯全てに駆けめぐり、戦場を支配した。
「!? これはっ!?」
さすがに猛将と謳われる武人達は腰を抜かすような無様な姿をさらすことはなかったが、しかし恐怖に押しつぶされてか、声がすこし震えている。
だがそれも無理からぬ事だろう。
この憎悪と怒気は……
明らかに普通のものではない。
ちっ、目立ちたくなかったのだが……
無数の人の壁がある故に、まだ虎牢関の眼前で足止めを喰らっているが……すぐにわかった。
あの怒気は確かに……俺を見ているということを。
そしてあの怪力だ。
恐らくそう時間をかけずにこちらに突貫してくるだろう。
この世界の事に関して……正しくはこの世界の歴史による武力に関しては関わるつもりはなかった。
だが……この怒気は明らかに違う。
異物であると……そう確信できた。
二つの世界で同じようなモノに接してたおかげかね!
だがこのまま突っ込むわけにはいかなかった。
一応呉に属しているとはいえ、俺は軍属ではなく……料理人としてこの場にいる。
故に……権力者の許可無く戦場へと躍り出るわけにはいかない。
やれやれ……手順を踏むってのは面倒だし、そんな場合じゃないんだがな!
俺がもっとも親しく出来ている存在で、この場で……この戦場においてもかなりの権力を有しているのは、一人しかいない。
「すまない孫策。先に謝罪をしておくぞ」
「? どうい――」
「呂蒙すまん。俺の台――荷車を頼む。お前以外の誰にも触れさせないようにしてくれ」
「え!? は、はい!」
俺は台車から一つの得物を手にしながら言葉を投げて、その人物へと疾駆した。
その人物とは呉の最前列にいた猛将達よりも後方……言うなれば呉のちょうど中央部にいたちんちくりんこと、袁術だ。
文字通り目にもともらぬ速さで駆け抜けた俺は、馬車でくつろいでいたが、あまりの恐怖に歯を鳴らしていたちんちくりんへと歩み寄って、願いを口にした。
「袁術……否、袁術様、お願いがございます」
「と、刀月!? ど、どうしたのじゃ!? と、というかあ……あれはなんじゃ!?」
恐怖によって言葉がうまく出てこないのだろう。
噛みながら俺へと疑問の言葉を投げかけてくる。
こちらとしてはあまり時間をかけている場合ではなかったので、俺が本気で懇願していること、そして時間がないことを態度で示すために……跪いて頭を垂れた。
「!?」
「袁術様、私めに出陣の許可をお与えください」
「しゅ、出陣じゃと?」
何を言っているのかわからないのだろう。
俺は袁術に対しては本当に料理人としてしか接触していない。
普段の修行についても人目につかないところで行い、能力も使って隠していたので、俺の武力を知っているのはの村の連中と呂蒙、褐色ポニー、尾行娘、褐色妖艶くらいだ。
だが長々説明している余裕はない。
故に……単刀直入に言葉を放った。
「あの怪物を止められるのは私しかおりません。しかし武人でもない私が勝手に戦場に出るわけにも行きません。その許可を……与えて欲しいのです」
「……ふむ」
恐怖していたのは事実だが、しかし俺の言っている言葉の意味はわかったのだろう。
袁紹は一度考え込むようなそぶりを見せたが……すぐに決断したのか、手を大げさにふるって俺に命じた。
「よいぞ刀月! お主の言葉の真意はよくわからぬが、しかしお主が嘘を言っていないのは理解したのじゃ! 妾が許そう! 行ってくるのじゃ!」
「御意!」
袁紹が連合軍の総大将。
そしてその総大将の従妹である袁術。
財力的にもかなり上位に入る存在だ。
袁紹は前線に出ているため許可をもらうことは出来ない。
ならば泣きつく先は……袁術しかいなかった。
さて……許可ももらったし、さっさと行くか……
俺が袁術の元へと走って許可をもらうまでわずかな時間しか経っていない。
にも関わらず、あの怒号を放った異物の獣は……すでに袁紹軍と曹操軍を突破しようとしている。
しかも虎牢関が開け放たれており……虎牢関に詰めていた連中も出陣している。
異物の獣が暴れ回った隙をついて門を開いて出陣したのだろう。
だが出陣する理由が薄かった。
先ほど同様に籠城していればいいはずだというのに。
そして策も何もなく出陣した連中は、突撃陣形というべきか……異物の獣の後を追うように突貫している。
まるで……異物の獣を助けに行くかのように……。
何だ? この違和感……
しかしこの違和感の原因を考察している余裕はない。
すでに二つの軍を食い破って、後衛部隊へと迫らんと……異物の獣が凄まじい速度で駆け抜けてきている。
考察は……後回しだな!
この状況では躊躇している余裕はないだろう。
やむを得ず、俺は能力の使用を封印し、気力と魔力による曲芸じみた行為に対して枷を外した。
すなわち……
二段ジャンプだな!
一度直上に飛び上がって相手の姿を視認し、空中で気力による足場を形成。
空中で一瞬停止する。
周囲の連中……それどころか別の部隊の連中も驚いているのが気配から察せられたが、そんな場合ではなかった。
では……
「参ります!」
そして気力と魔力で強化した脚力を持って……俺はその異物の獣へと、突撃した。
「華琳様! お下がりください!」
自らの腹心、秋蘭がそう叫びながら……自らを危険から遠ざける。
その行動に対して言葉を発しようと口を開くが……しかし華琳の口から言葉がでることはなかった。
一体……なんだというの!?
絶対の自信があったわけではない。
だが確かな自負があった。
自らを信じるだけの……矜持と誇りがあった。
この大陸を統べるのは……この曹操以外にいないのだと。
天に選ばれし英雄は……己であるという思いが。
だがその全ての思いを……自らの軍を、降り立った獣、呂布が全てを破壊していく。
大陸最強と名高い呂布のことは、曹操も知っていた。
自らの配下に加えることが出来ればいいとも考えていた。
だが……そんな思いを打ち砕くほどに……
眼前で暴れる獣は……あまりにも異様すぎた。
目の前にいる全てを否定するかのように、手にした方天戟を振るえば……その範囲にいた全てを吹き飛ばしていく。
激しい血しぶきを上げて……自らが鍛え上げた屈強な兵士が塵芥のように吹き飛んでいく。
その呂布の瞳が……
呂布から放たれる……あまりにもおぞましい何かが……
曹操にあまりにも屈辱的な、恐怖と恥辱を呼び起こす。
自らが恐怖したというその事実が……
曹操に耐え難いほどの怒りを呼び起こしていた。
さらに……
「恋殿! 恋殿に続くのです! 決して一人にしてはダメなのです!」
「「「おぉぉぉぉ!!!!」」」
呂布の部下とおぼしき少女が……呂布を一人にさせまいと、部隊を率いて呂布と同じように突っ込んでくる。
普段であればこんなただの一部隊が突っ込んできただけの、何の策もない突撃など問題なく対処できるはずだった。
それだけの訓練を行ってきたという、確かな事実があった。
だが、今は呂布の凄まじい何かに気圧されて、曹操軍も袁紹軍も潰走に近い形に陥っており、大混乱の状況だった。
そしてなによりも屈辱的なのが……呂布の目には曹操も……
そして曹操軍も目に入っていないかのように……ただ遙か先へと憎悪の視線を向けて、突き進んでいるだけだったのだ。
自らのことを歯牙にもかけぬその造作が……あまりにも受け入れがたい屈辱だった。
ついに……呂布が曹操と袁紹の軍を突き破った。
たった一人の……武将によって……。
それも何の策もない……力任せの一点突破に……。
その事実は、曹操に吐き気を催すほどの怒りを呼び起こすのには十分であり……
さらに呂布が突き破ったその先にいた存在を視認して……
一瞬気を失うほどの激しい憎悪と屈辱が……曹操を支配した。
あの男!?
後衛との前衛との間に生まれた……空白地帯。
そのほとんど中心部に……遠目に見てもなおわかる、黒く長大な得物を手にした存在が……
着弾する。
!!!!
先ほどの呂布の地響きよりもさらに大きな振動が……大地を揺るがした。
その振動と轟音はただそれだけで……一帯に存在する全ての注目を集めた。
後衛にいるほぼ全ての存在が……
そして前衛で目を向ける余裕がある者は……そちらへと視線を投じた。
そこにいるのは、跪きまるで許しを願っているかのように頭を垂れている……
一人の男だった。
衣服はこの時代では、他に身につけているものはいないであろう袴。
手にしたのは……全長九尺四寸(282cm)の長さを誇る、ねじり金棒。
人が振るうにはあまりにも過大な重さを持つその、ねじり金棒を右手に持って……その男はゆっくりと立ち上がった。
そして垂れていた頭をゆっくりと上げて……自らに迫りくる異物の獣へと目を向ける。
!!!!!
再び、凄まじい地響きがあたりを揺るがした。
立ち上がった男……刀月に向かって異物の獣が激しく大地を踏み込み……
高く飛び上がったのだ。
そして体全体を引き絞った弓のように沿り上げて……落下の力と総身の力全てを……
手にした得物に乗せる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
再び異物の獣が咆える。
それによって再び……異物の獣を追う味方ですらも、その恐ろしさに足を止めてしまうほどの、憎悪を乗せた……
心から……否、魂すらも凍えるほどのおぞましい咆吼。
余波ですらこれだった。
ただの雄叫びでしかないはずの声が……声に乗せられた憎悪とナニかで……
その一帯全ての生命を……ただ咆えただけで全てを凍り付かせるほどの圧力を有している。
その声を一身に浴びて……
刀月は嗤った。
その刀月へと……方天戟が振り下ろされる。
!!!!!
先ほどの地響きすらも超越した凄まじいほどの金属音が、疾った。
全てを置き去りにするかのような速度で駆けめぐり……この一帯の全ての存在の耳朶と肌を打つ。
「心地良い憎悪だ。一体何を持ってそこまで俺を憎悪するのかは……正直に言って身に覚えはないのだが……」
その男はただ普通に喋っていた。
空に掲げた鉄のかたまりを……ねじり金棒で相手を受け止めて。
このだだ広い荒野のただ中で、普通に考えれば聞こえるような声量ではない。
だが……遠目にも……
その男の表情を見れば……
嗤った笑顔を見れば……
何を言っているのかは容易に想像できただろう……
それほどまでに……実に醜悪な嗤みだった……
「こっちもいろいろあってストレスたまってたんでな……喜んで」
掲げたねじり金棒を握る手に力が込められる。
そして……ねじり金棒が振るわれた。
攻撃ではなく、ただ振り払うためだけの行為。
だがその行為だけで……人を一人、十分に力を込められないだろうただ突っ立っているだけの体勢で……
人が一人、遠くへと飛ばされた。
笑っている。
嗤っている。
笑っている。
嗤っている。
だがその笑みはどこかいびつな笑顔で……
嘲笑でもあり……
普通の笑みにも見えた……
そんな主の心境を表しているかのように……
ねじり金棒は、捻れた曲面が陽光に照らされて……
鈍く輝いていた。
「お相手させてもおう、呂布殿」
ようやく刀月が戦闘しますね~
やはりこいつを戦わせるのが一番楽しい
次回は刀月が久しぶりに戦闘をします
たぶん長時間というか、あまり戦ってる箇所の文章少ないでしょうけど、
どうぞお楽しみに