金がないのにね~
その場にいる誰もが……その攻防を見ていた。
!!!!
激しく鳴り響き、間断なく紡がれる……金属音。
その音に導かれるようにして、火花が咲いて、散った。
!!!!
それはまるで空一面を覆い尽くすかのような無数の花火が上がり、火の花を咲かせるかのように、大きな音を立て……辺りの空気を振るわせる。
だが地を這うかのような高さの花火が、美しいはずもなく……
その光景に……誰もが魅了されたのではなく、絶句した。
あまりにも隔絶した武力と実力に……
己では絶対に叶わないという事実に、誰もが言葉を発することすら出来なかった。
!!!!
兵士も、諸侯も……
そして……まだ幼さの残る小さな存在達も。
!!!!
隙間がないほど……まるで巨大な津波が押し寄せてくるかのように……
その剣戟は……戦場を埋め尽くし、誰も何も発しなかった……
誰も動けなかった。
「■■■■■!!!!」
異物の獣も小さく……だが凄まじいほどの圧と殺意が込められた咆吼を、呼気と共にはき出す。
しかし先ほどまでの余裕がないのかもしれない。
その証拠に、方天戟を振るう呂布の顔には、焦燥と汗が浮かんでいた。
よもや……これほどとは……
それが二人の……呂布と刀月の戦いを見て思った、私の正直な思いだった。
強いことはわかっていた。
真名を呼ばれた時……こちらが激情に任せた一撃を振るうよりも早く、一瞬にして私の間合いに入り込み、私の動きを封じた。
封じただけだ。
逆に言えば、あのとき刀月は殺そうと思えば私のことを殺せた。
理由がなく人を殺す奴ではないのはわかっている。
だが奴は……間違いなくあのとき私を殺すことが出来たのだ。
しかし「ただ」殺すことが出来るのと、圧倒的なまでの力で殺すのとでは意味が違った。
今の攻防……
刀月とやり合っている女性……誰かは知らないが、曹操殿と袁紹殿の軍を破ろうとしている深紅の呂旗を見れば想像はつく。
恐らくあれが大陸最強と名高い、呂布奉先。
確かに……あれだけの武を見れば、大陸最強だと言うのは納得できた。
見えることは見えるが……私では対処が出来ないだろう……
呂布の攻撃は、良くも悪くも直情的で……攻撃を予測することは難しいことではない。
まさに獣のような猛攻だった。
間違いなく技量で言えば私が上だと断言できた。
だが……
予測が出来ても、対応が出来ないのでは意味がない……
確かに呂布の攻撃は直情的だ。
読みやすくもある。
だが……その攻撃速度があまりにも速すぎる。
こちらが一撃を振るう間に、恐らく呂布は最低でも二撃は槍を振るってくるだろう。
!!!!
そして遠く離れたこの場にいても聞こえてくる剣戟の金属音。
その音を聞けばわかる。
速いだけでなく、重さもある攻撃だと。
私が呂布と一騎打ちをすることになったとして……恐らくそう時間をおかずに敗北するだろう。
我ら蜀の中では、趙雲……星であっても勝つことは出来ない。
いや……恐らく大陸の諸侯全てを見渡しても、呂布に一騎打ちで勝つことが出来る存在はいないと、何故か確信にも似た気持ちがわき上がってきた。
だが……
!!!!!
「どうしたどうした!? 大陸最強、歴史的にもトップに躍り出る呂布の武勇はこの程度か!? もっと俺を熱くしてくれよ!」
良くて数合……悪くて一合。
私ではそれだけしかぶつかり合えないと思える攻撃を……刀月はなんなく捌いて見せている。
しかも……恐るべき事に、呂布の攻撃を完全に真似ての攻防だった。
呂布が攻撃するその瞬間に、全く同じ攻撃を鏡になったかのように、正確に同じ攻撃をしているのだ。
いわば完璧に模倣しているといっていい。
呂布の攻撃を見切り、あまつさえ先に攻撃してきた呂布よりも速く攻撃を放つ。
しかも呼吸すらも止めていると思われる呂布に対して、刀月は挑発まで行っている。
さすがに距離があり、さらに二人の剣戟の音で何を言っているのかはわからないが、それでも言葉を発しているのは口が動いていることですぐにわかった。
それだけの余裕があるということだ。
さらに……あの男にはまだ余力が見てとれた。
恐らく、今の攻防においても全力を出している訳ではないのだろう。
それはあの男の……侮蔑的な笑みを見ればすぐにわかった。
別段あの男のことをよく知っているわけではない。
だが、戦闘狂でないことも、性根が腐っているわけでないことも十分に理解している。
そして今回ようやく……この男の武についても一端とはいえ知ることが出来た。
だが不思議な男だ……
これほどの武を有していて、何故戦うことを拒むのか?
何か事情があることはわかっている。
だが……その理由はわかっていない。
だから……それを知りたいと思った。
これほどの男が……戦うことを拒む理由を……
全く……厄介な男だ……
武ではおそらく完膚無きまでに勝つことが出来ないだろう。
武だけでなく、医療、料理にも精通している。
これほど恐ろしい奴を相手に……戦わなければいけないかもしれない……
だがそれ以上に興味を抱かされた……
仕合の約束もあるしな……
今の私では到底足下にも及んでいない。
だが……このままで終わらせるつもりはない。
目標は高そうだが……
悔しさはある。
だがそれ以上に胸が躍る思いだった。
この男と勝負するときが……必ず訪れる。
それまでにどこまで近づけるか……いいや、越えてみせると……
そう思ったのだ。
あ~~~あ、これはちょっと……堪えるわね
何というか……それが私の正直な思いだった。
堪えるというのは語弊があるかもしれない。
その武に圧倒された。
あれだけの……何故か寒気を覚えた、あの呂布の猛攻を防いでいる。
それどころか、あいつはまだ本気を出してすらいない。
何せあいつは……己の得物が全て封印されていると自ら私に告白してきたのだから。
自らの得物が使用できない
それは武人としてかなり致命的な欠点だ。
だがあいつは……それを私に素直に報告してくれた。
はぐらかそうと思えばはぐらかすことも出来ただろうに。
それは間違いなく刀月の誠意だと私は理解していた。
まぁ……武器が使えなくても問題ないって事もあるんでしょうけど……
誠意が入っているのは事実だが、それでも……得物が使用できなくても問題ない。
それもあるのだろう。
実際、自らの得物が封印されてなお、刀月の武は異常だ。
あの獣のような呂布の猛攻を……難なく捌いて見せている。
しかも相手にあわせる形で。
あの呂布には私も勝てない。
それは間違いない。
だというのにあの男は本気が出せないという状況でなお、問題なく戦っている。
あのねじり金棒……
刀月が自ら長期的に移動やら滞在する際に、必ず使用している不思議な荷車。
その荷車はほとんど布で覆い隠されているため何を運んでいるのかはわからない。
だが……槍よりも長い木の棒が荷車から飛び出ているので、何か長い棒のような物を運搬しているのはよくわかっていた。
そしてその今刀月が手にしているねじり金棒と、槍よりも長い木の棒は、同じ長さだと感じた。
長さが一緒って事は……あれはただの湾曲した棒じゃなくて、あの男の得物って事よね?
あれだけの鉄塊を振り回す事に驚きを隠せない。
そしてその洗練された動きが……間違いなくあの長さの得物を振り回すことに慣れている事を、雄弁に物語っている。
あれだけの長い得物を振り回して……しかも今も本気を出していない
全ての得物が抜けないとあの男は言っていた。
ならば……あの木の棒も抜くことが出来る、湾刀である可能性は大いにあり得る。
見てみたいわね……あの男の本気……
もしも湾刀だった場合……あいつの本領は刃物を用いた戦闘のはず。
長さこそ一緒だが、金棒と刀では当然扱いも違うはずだ。
なら……あの男の実力は本当にまだ底が知れないと言うこと。
見てみたい……じゃないわね
本気を出させてみたい。
他ならぬ……私自身の手で。
私の武で……。
やれやれ……面倒な相手ねぇ……
強い上に料理、医療も出来る。
だって言うのにあれだけの武もある。
ただ強いだけではない。
あれだけの技量に技術……そして強さを持っている。
自らを鍛え上げたという自信だってあるはずだ。
そーいえば鍛冶も出来るって言ってたわね
刀月の村の防衛の人間が手にしていた鉄の槍。
あれも間違いなく一級品だった。
だというのに、鍛造の修行をしていると言っている。
当然……武に関しても
どこを見ている……いいえ、誰を見ているのか知らないけどね……
必ず、私を見させてあげるわ……
出来るかはわからない。
だけど、困難だからこそ燃える思いだった。
必ずよ……
そう密かに……私は思った。
な……なんじゃというのじゃ
目に見ている物が信じられなかった。
妾は武人ではない。
故に、呂布とおぼしき人物と刀月が戦っているということはわかっても、どれほどすごいのかほとんどわからなかった。
ただただ……圧倒された。
まるで、おとぎ話に出てくる英雄のように思えた。
あれが……刀月なのかえ?
先ほど妾の元にやってきた。
そして無謀にも戦闘に参加すると言ってきた。
嘘を言ってないと理解したと言ったが……その言葉自体が嘘だった。
ただただ怖かった。
あの怖い異様な存在が。
刀月が弱くないことはそれとなく理解していた。
だから思わず許可を出してしまったのだ。
あの恐怖を……どうにかできるのかも知れないと思って。
そして……実際に刀月はあの恐ろしい存在を相手取っていた。
それも……遠目からでわかりづらいが、どこか余裕が感じられるほどだった。
す……すごい……
最初はただ面倒なだけだった。
ただ……従姉の袁紹が出てきている以上、妾も出なければならないから参加した程度に過ぎなかった。
刀月と離れればそれだけ菓子を食べることが出来なくなるのもあった。
だから風呂にもまともに入れないこの戦場に出てきたのだ。
それも……この刀月の戦いを見て全てが吹き飛んでしまった。
料理が出来る。
菓子を作れる。
そして……恐ろしい存在に立ち向かっていけるだけの勇気と力がある。
か……かっこいいのじゃ……
思わず見ほれてしまった。
今までも慕っていたし、信頼もしていた。
だがそれ以上に……それ以上の存在になってしまった。
今から振り返れば……このときじゃったと思う。
このとき意識していた訳じゃない。
自分がどうしたいのかということに。
だけど今ながらわかる。
妾が本当に領主になろうと思ったのはこの瞬間だったのだと。
何でも出来る男で、妾のことを叱ってくれた男。
すごいことはわかっていたけど、それ以上に惚れてしまったのだ。
だから……妾がこいつを手に入れてみせると……
そう思った。
すでに三桁を越える数、打ち合っている。
正直すぐに倒そうと思えば倒せたのだが……先ほどから違和感がどうしても拭えなかった。
そしてそれは呂布と打ち合うことで……確信に変わった。
まぁ焦燥感たっぷりで……何か握られてるといったところか?
俺を倒せないことで焦燥感がありありと表情に出ていた。
しかも先ほどから発せられる異様な異物の気配。
明らかに普通ではない。
異物の気配が異様であることは、呂布にもわかったはずだ。
にも関わらず異物……恐らく服の下の胸元にある……を使用したのは、事情あってのことだろう。
この時代に武将相手に無理強いをさせるとしたら……恐らく人質だろう。
汚職で弱みを握られているという線もなくはないだろうが……この必死な姿から察するにそれはない。
となると人質を取られたのが妥当だろう。
そしてこんな異物を渡してブーストすることを強要すると言うことは……時間稼ぎが目的か?
黒幕の目標は間違いなく俺だ。
ならば俺に最強の駒を当てるのはそうおかしな事ではない。
本来、俺が黒幕の思惑に乗ってやる義理はないのだが……あまりにも呂布の必死な姿に、思わず相手をしなければならないと、そう俺は考えた。
時間稼ぎが必要だとしたら……黒幕は一体何を企んでいる?
未だ目的が見えない状況下……それどころか黒幕の正体すらもわかっていない。
そんな状況で相手の策に乗るのは愚の骨頂だった。
だが、必死な姿を見るとどうしても無碍にすることは出来なかった。
そうあまりにも必死だったのだ。
目の前で武器を振るう、呂布という女人は。
ま~た女かい!
と内心思っていた。
さすがの俺でも呂布くらいは知っている。
故に俺が知らない他の連中よりも驚くというか、なんというか……落胆というか、こう思うところがあるのも無理無いことだと思った。
一応言っておくが、性別差別をしたわけでは断じてない。
そして……こいつが大陸最強と言われるのはなんら不思議な事ではなかった。
俺が少しでも手合わせをしたのは、片側ポニーに両骸骨、褐色ポニーに褐色妖艶くらいだ。
その連中から見ても……呂布は間違いなく圧倒的な格差を持って上にいる。
異物があってブーストがかかっていることもあるだろうが、それが無くても強いのはすぐにわかった。
だが……それもどうやら限界が来てしまったようだった。
「■■■■■■!!!!」
再び呂布が咆えた。
そのとき……鼻孔から一筋の血が流れ出てきていた。
恐らく……ブーストしている異物の力に、肉体が耐えられなくなったのだろう。
このまま放置しては……間違いなくこいつ自身が壊れてしまう。
恨まれる可能性は大いにあり得たが……やむを得なかった。
目の前で壊れられても……後味悪いのでな!
会話が出来れば何とか出来たかも知れない。
だが会話にもならないのは目に見えている。
ので俺は……申し訳ないが俺の気持ちを優先した。
故に……
とりあえずブッ倒してから……考える!
実に無責任な思考の元、俺は……異物の排除に移った。
先ほどまであえて合わせていた呂布の攻撃を止めて隙をあえて見せて、渾身の一撃を相手に起こさせる。
俺はその呂布の渾身の一撃を……ねじり金棒を宙へと捨てて空いた右手で真っ正面から受け止めた。
「!?!?」
自らの渾身の攻撃を、よもや素手で完全に受け止められると思っていなかったのだろう。
呂布が驚いていたが……すぐに使用できなくなった武器を手放した。
だが……驚いた分、手放した時間だけ遅い。
その隙に……俺は左手を呂布の胸元に添えて、老山の力に俺の気力を混ぜ合わせた。
ぶっつけ本番というか……適当だが!
「破っ!」
掌から接した胸元……異物の発生源へと俺は渾身の気力と魔力を注入し、異物の「異物たらしめるナニか」に放った。
モンスターワールドほどでないにしろ、まだ近代にすら時間が経ってないこの時代では、マナが濃い。
ある程度扱えるようになった魔力でも、質がいい分威力がある。
どうやらそこまで強力な物ではなかったらしく……異物はすぐにその邪な気配を霧散させて、消えていった。
「っぁ……」
自らを覆っていた邪悪なナニかが消えて、呂布から力が抜けてそのまま前のめりになって倒れてくる。
俺はそれを手で受け止める。
呂布が気を刈り取って戦闘不能状態。
ならば……勝ち鬨を上げなければ締まらないというものだろう。
上げたくないけどな……
「飛将軍、呂布はこの……刀月が破った!」
風翔の力を少し用いて、この辺り一帯全ての存在に聞こえるように声を張り上げる。
旗も何もなく、相手の首もない。
実に締まらない勝ち鬨と言っていいだろう。
だが……先ほどの戦闘を見ていればわかるはずだ。
俺がどれだけやばい奴を仕留めたのかという事を。
これで間違いなく……俺は諸侯全てにやばい奴だと認識されたと言って良いだろう。
そして掘り下げればやばいネタもいっぱいある。
以前よりも動きにくくなったのは間違いないと言って良い。
だが仕方ないことだろう。
呂布を放っておけば間違いなく呉を突き破ってちんちくりんのところまで来た。
そのときに迎撃することも可能だが……しかしそのときは味方に甚大な被害が出た後だ。
あまり褒められた事ではないだろう。
まぁ……今も十分褒められた事じゃないんだけど……
ちんちくりん……袁術の許可を一応得たとはいえ、俺は武人としてこの場にいたわけではない。
故に、下手をすれば命令違反で処罰されることもあり得た。
だが褐色ポニーも俺に厳罰を処すのは難しいはず。
何せ……誰もが俺の為した功績を知っている……
異物で強化された武人……飛将軍呂布を一騎打ちで破ったという功績を。
その俺を厳罰すれば……主君としての良い評判は出てこない。
かといって罰しないわけにも行かない。
実に難しい罰を下さなければいけないだろう。
また逆に良い面だけで見れば……呂布すらも倒すことの出来る武人を抱えているという宣伝にもなる。
戦うことをほとんど拒否している武力としては使い勝手の悪い、使えない奴だが……
心中穏やかではないだろうが……どう処すのか見物だった。
そうして俺が実に嫌らしく今後の事を分析していると……妙に珍妙な気配が俺に近寄っている事に気づいた。
そちらの方に目を向ければ……まぁちんちくりんとほとんど同程度の少女が、必死にこちらに向かって走ってくる姿が目に見えた。
そして……飛んだ。
おぉ……小柄とはいえジャンプ力あるな……
小柄な体で実にあり得ないほどの高さまで飛び跳ねている。
思わず俺が本気で感心するほどの見事な跳躍だ。
駆けながら飛び上がって、その勢いをそのまま……否、勢いを付けて少女がこちらへと向かってくる。
「恋殿を! 離すのです!」
なんつーか、○イダーキックみたいな感じだな……
必死なその表情に、目に浮かぶ涙。
真に俺の腕の中で事切れているように見える呂布を心配しているのだろう。
しかし当たり前といえば当たり前だが……呂布の猛攻すらも防ぎきった俺から見たら、少女の跳び蹴りなど、止まっているようなもの。
かといって避けてはまた向かって来そうで面倒だったし、少女は都合良くスカートを履いている訳ではなさそうだった。
ので俺は迫り来る少女の足を、呂布を支える腕とは別の腕で宙でつかみ取り、そのままぶら下げた。
「わわわ、なのです!?」
腕の長さ分しか離れていないが……しかしこれだけ小柄な少女であれば俺に腕を届かすことも出来ないだろう。
無謀というか愚かというか考えなしというか……とりあえず俺は跳び蹴りを放ってきた少女を、ぶら下げたまま観察した。
まぁこいつもそこそこ奇抜か……
裾を引きずるのではないかと思うほど長い黒色の外套のような物を纏っている。
上の服はまぁ普通だが……下半身は何故かホットパンツ風の物を身につけているだけで、太ももは丸見え。
そしてこの世界のこの時代の流行なのか……ニーソックスを身につける。
背中の中間くらいまでの長さの髪を、両肩あたりで赤い髪飾りで二つ結んでいる。
そして恐らくパンダとおぼしき刺繍の入った黒色の帽子を身につけており……ぶら下げられているためその帽子を落とさないように必死になっていた。
「は、離すのです!」
「いや、離せと言われてもな……」
恐らく必死の思いで……というよりも呂布の事しか頭に無いのか?
自らがもっとも敬愛する……そして大陸最強と名高い呂布を完膚無きまでに叩きつぶした俺を相手に、懇願するではなく命令とは?
ちょっとイラッとしたので、俺は少女が仰向けになるように少し揺らしてから足を離す。
狙い通りに少女が仰向けに倒れた。
後頭部が地面にぶつけないように、俺の足を差し込んで後頭部の激突を回避。
しかしそこから容赦はしなかった。
「あうっ!?」
背中を軽く打って空気を強制的にはき出された少女。
その少女の首元に……俺は先ほど宙に投げて落ちてきたねじり金棒を掴み取り、殺す勢いで地面に突き刺した。
!!!!
再び大地を揺るがす振動が、辺りを駆けめぐった。
戦闘は終わったというのに……俺が少女を痛めつけている、実におぞましい光景が周囲には映っていることだろう。
だが……それとこれとは話が別だった。
戦場で敵を攻撃することがどういう事なのか……教えなければならないだろう。
こいつが……俺以外の相手に、こんな愚かなことをしないようにするために……。
「どこの誰かは知らないが……いくら主のためとはいえ、激情に任せて相手の実力と己の実力差も考えず、がむしゃらに突っ込むのが貴様の役目か? 幼さ故の過ちと言えるだろうが……それがただの無駄死に以外の何物でもないということもわからんのか?」
殺意一割、威圧九割の比率で、俺は声に圧を乗せて眼下の少女を見下ろす。
日が真上に昇っていることも相まって見上げた俺の顔は影になっているはずであり……少女から見たら実に恐ろしい姿に見えただろう。
首元に向けているのはねじり金棒だが、この細い少女の首では俺が手を離しただけで、ねじり金棒の自重で喉がつぶれて死ぬだろう。
俺がその気になれば殺される……それはわかっているはずだ。
だが驚いたことに少女は一瞬怯み、恐怖に涙をにじませたが……すぐに戦意漲る目をして、キッと俺を睨み付けてきた。
!?
「恋殿を……離せなのです!」
先ほどまでの勢いはない。
先ほどまでの向こう見ずさもない。
だが……その瞳には俺を前にして怯みながらなお、挑み続けるだけの胆力があった。
この俺の威圧に耐えるとは……
もちろん殺すつもりはなく、痛めつけるつもりもなかった。
だが、いくら殺意が一割程度とはいえ本気で脅かしたのだ。
それでも尚、これだけの戦意漲る視線で睨み付けてくるのは……さすがの俺も驚いた。
「ね……ねねを……」
?
その一瞬が大きな隙となったのか?
それとも少女の声が呼び水となったのか?
ともかく……俺が意識を刈り取ったはずの呂布が小さく声を上げている事に気づき、俺は再度驚愕した。
「はな…せ!」
方天戟は俺につかみ取られて地面に落ちたままだ。
故に呂布は自らの拳を振りかぶって俺へと攻撃を放ってくる。
しかし先ほどまでの勢いも力もない。
異物の影響で、呂布の体内の気が大いに乱れているのが、俺には手に取るようにわかった。
そして仮に気が乱れているのがわからなくても、震える足と腕を何とか奮い立たせて立ち上がる姿を見れば、満身創痍と言って差し支えない状態だと言うことは、誰の目にも明らかだった。
「恋殿!」
「ちんきゅも、友達も……恋が、守る!」
こいつ……
俺の掌打を受けて、わずかな時間で動けることに、俺は驚きを隠すことは出来なかった。
だが……それでもこちらとしても引くことは出来ない。
故に……俺は仕方なく投降を呼びかける。
「……別に殺すつもりはない。もちろん二人とも。悪いようにはしないから投降しろ」
少女を満身創痍の身で庇い……立ち上がった女人を前にして、投降を呼び掛ける
完全に悪人の役柄だった。
まぁ俺自身が善人だと思ったこともないわけだが……
悪人ではないが善人でもないといったところだろう。
それはともかくとして、こちらとしては別段善人と思われなくとも問題はない。
どちらかと言うとこのまま呂布を生け捕りしたいというのが本音だった。
俺の下についてくれたら……嬉しいことこの上ないしな……
武力としては間違いなく相当強い部類に入る。
正直な話、褐色ポニーでは絶対に勝つことが出来ないだろう。
褐色ポニーだけではなく、恐らく俺が少しでも戦ったことのある連中では、足下にも及んでないほどの力を有している。
技量が高いわけではないが、それを補って有り余るほどの力がある。
確かに歴史的に見ても三国志最強と言われるのは、なるほど……納得の出来る物だった。
「……」
しかし当然といえば当然だが……こちらを信用できないのだろう。
満身創痍ながら、一切気を緩めずに……こちらを睨み付けてくる。
「れんが……みんなを……」
みんなねぇ……どういう意味でのみんななのかは不明だが……
さてどうやってこの呂布を丸め込もうと画策した時だった。
頭上に違和感を覚えて……俺はとっさに目の前にいる二人の背後に瞬時に回り込んで担ぎ、その場から離れた。
その瞬間に、先ほどまで俺がいたところに、まるで流星のように落下……否、着弾した存在がいた。
避けたことで俺は二人をすぐさま放り出して出して……最大級の警戒を持って、着弾した存在に意識を向ける。
「……ほう?」
土埃が晴れて、その先から出てきたのは、小柄な少年だった。
だがそいつがただの小柄な少年ではないことはすぐにわかった。
服装は、明らかに違和感を覚える物だった。
いや……本音を言うと、正直ある程度地位がある連中の衣服は全部違和感あるんだけど……
閑話休題。
そいつの衣服は、どこか導師が着ているような感じの物で、白い襟が体の前面を覆っているような感じの衣服だ。
額には紫色の入れ墨がある。
何よりも、纏う雰囲気に少し違和感を覚える。
こいつは間違いなく俺と同じような存在だと思えた。
ということは……こいつが黒幕か?
「于吉に言われて見に来てみれば……なるほど、俺の攻撃を避けるような存在であれば、この世界の連中が苦戦するのも道理という物か」
ふむ……間違いなく俺と同類だな……
世界。
そして于吉とやら。
この二つの言葉だけはさすがに聞き逃すことはしなかった。
世界は間違いなく俺と同じようなニュアンスでの意味の世界という言葉だろう。
そして于吉という言葉は間違いなく人名だ。
となると、こいつには仲間がいると見て間違いないだろう。
やっと姿を見せたと言っても……まだ全容は知れないと……
言葉の意味は絶対に違ったが……落胆して思考があまり働いていないようだ。
ならば、八つ当たりというか……俺の怒りを込めて、俺はそいつに突貫した。
気力と魔力を解放し……全力にて突進し、その勢いをそのままねじり金棒へと乗せる。
俺の攻撃に一瞬だけ驚いた小柄な少年……道化ガキだったが、すぐさま迎撃態勢を整え俺のねじり金棒を右の前腕で受け止めた。
!!!!
硬質な音が辺りの空気を震わせる。
衣服の動きから言って、何か仕込んでいるようには見受けられなかった。
また仮に仕込んでいたとしても、俺の気力と魔力を乗せた一撃だ。
通常の方法では受け止めることは出来ず、破壊されるはずである。
その俺の一撃を受け止めたと言うことは……間違いなくこの道化ガキも、俺と同じように気力ないし魔力、もしくはその両方を使用できると捉えた方が良いだろう。
そして腕で受け止めたということは……こいつもそれなりの実力者ということ……
「無粋な奴だな? いくら敵とはいえ言葉を交わすくらいのことはあっても良いと思うが?」
「先に不意打ちをしてきたのはお前だ」
涼やかな顔と声で、俺の一撃を受け止めたと言うことは、まぐれではあるまい。
どうやら……俺にも戦うべき相手がいることは確定となった。
この感じから言って妖術を使うようには見えないので、恐らく于吉とやらが白装束の幽鬼体を生み出した奴だろう。
他に仲間がいる場合はその限りではないが……ともかくこいつは妖術を使うようには見えなかった。
「確かに、そうだな。邪魔なやつめ」
「邪魔な奴? それはお互い様だろう?」
そしてこいつ……俺の気力と魔力による身体能力の力押しでも拮抗するところからして、かなりの実力者だ。
はっきり言って、この世界の連中では話にもならないだろう。
そしてその実力が……俺の相手であるということを教えてくれる。
「それで? 不意打ちしてきた薄い茶髪のクソガキ。俺にいったい何のようだ?」
「決まっている……」
受け止めていた俺のねじり金棒を、腕をスライドさせることで外し……俺の懐へと入り込んでくる。
そして……その小柄な体からは信じられないほどの膂力を持って、俺の腹を殴ってくる。俺はその打撃をあえて受けて……吹き飛ばされることで距離をとった。
膂力はこの程度か……
「邪魔な貴様を!」
そう叫びながら吹き飛ばした俺に接近してくる。
その速度も相当な物だった。
だが……俺はそれに対して問題ないと判断した。
「殺しに来たんだ!」
凄まじいほどの震脚が、周囲の地面を揺らした。
その足の力を足首、膝、腰、肩、肘、腕……全ての間接を螺旋に動かして威力を上乗せしていき、俺へと拳打が放たれる。
俺はそれを……足で着地してから、あえてねじり金棒の先端にて受け止める。
!!!!!
「はっ!? この程度で殺すつもりとは……大言壮語だな?」
「俺の拳を一度喰らった上に、防御しかできない男に言われてもな?」
「ほざけ!」
お返しとばかりに、俺はねじり金棒による乱れ突きを放つ。
ねじり金棒の見た目から軽くないことは相手もわかるだろうが……並の重さではない。
そのねじり金棒を一瞬にして数十の刺突を放つ。
俺の膂力を見て相手も一瞬目を見開いたが、さすがは黒幕。
一瞬にして戦闘態勢を立て直して、見事俺の突きを両の手で捌いた。
「どうした? これで終わりか?」
「はっ!? おめでたい頭だ……な!」
突きから一転して大きく振りかぶって、俺は渾身の力を持ってねじり金棒を大上段へと振り上げる。
それに勝機を見たのか、道化ガキが俺の懐に突進してくる。
かかった!
俺はそれに対して、ニヤリと邪悪に嗤った。
振り上げたねじり金棒を振り下ろすのではなく、先ほどまで敵に向けていた剣先側の先端とは逆……持ち手側の先端で体事倒れ込み、敵に向けて再度の突きを放つ。
道化ガキが焦った表情を浮かべとっさに体を捻るが、対応が間に合わず……俺の突きが相手の左肩へとぶつかる、その瞬間……
周囲に再度違和感を覚えて、俺は突く対象を道化ガキから、咄嗟に宙に形成した気壁に変更。
気壁にねじり金棒を突き立てて、それを力点にして飛ぶようにその場から離脱した。
宙返りしながら見ると俺がいた空間に……突如として出現した幽鬼体が剣を振り下ろしていた。
不意打ちばっか!
敵の意地の悪さに内心で呪詛を吐きながら……俺はせめてもの抵抗として、懐に忍ばせた棒手裏剣を幽鬼体へと放った。
!!!!
棒手裏剣が脳天に突き刺さり、幽鬼体は事切れた。
だがそのすぐ後に、幽鬼体の体が消え……俺が投げた棒手裏剣が地面へと落ちて大地へと突き刺さる。
そしてどんな手品……妖術を使ったのかは不明だが、道化ガキの姿が跡形もなかった。
おいおい、空間転移が出来るのか?
先ほど道化ガキが俺の上空に突如として出現した。
幽鬼体と違って意思疎通が出来た……互いに罵詈雑言を浴びせ合っていただけだが……から、間違いなく幽鬼体とは別格の存在だろう。
そして窮地に幽鬼体を出現させて手助けしたあげく、回収したということは……間違いなくこの場で俺に倒されるのを由としなかったということ。
しかも以前の状況と違って、幽鬼体を出現させたのは一体のみ。
やってることがちぐはぐだな?
仮に空間転移が使用できると想定した場合……空間転移は幽鬼体を出現させるよりもより労力が必要なはずだ。
しかも空間転移で送り込んできたのは、黒幕の片割れないし一味の一人と思われる道化ガキのみ。
俺の実力を測りたかったのかも知れないが……それにしてはどうしても損得勘定の収支が釣り合っていないようにしか思えなかった。
二人も無事だしな……
先ほど庇った二人に視線を向けると、放り投げられてぐったりとしている呂布……入れ墨娘に、パンダ帽子が寄り添って必死になって呼び掛けている。
少々肉体的に危ないようだ。
それを治療するために歩み寄ろうとしたのだが……しつこくも違和感を覚えた俺は、その違和感を覚えた虚空を睨み付けて、言葉を放った。
「一体何がしたいんだ? お前らは?」
『これはこれは……。驚きました。まさかこちらのことを察知されるとは……』
驚きつつも、実に軽薄な声が、俺の耳朶を打った。
否……耳朶ではなく、頭に直接響いてきたと言って良いだろう。
発生源は、俺とちょうどねじり金棒分の長さを隔てた間合いの虚空。
咄嗟に攻撃されることも想定して、間合いの外にはいる。
声の発生源の相手もなかなか油断できない相手ようだ。
姿すらも見せない卑怯者で、さらに不意打ちを連発してくる。
そんな敵に対しては悪意しか抱かず、ただただ憎悪を込めて言葉を続けた。
「それで? 俺にちょっかいかけてきたようだが、これで終わりか? というか最後まで姿を隠したままか? この卑怯者」
『これは手厳しいですね。ですがこちらにも事情がありますので、そんな安易な挑発には乗りませんよ?』
逆探知が出来ると思ったが、さすがに妖術では敵の方が遙かに上手か……
声が頭に響いてくるので、何とか相手の気配を探ろうとしたのだが、どうやら相当距離があるようだ。
下手をすれば俺たちの最終目的地である、洛陽から念話を飛ばしてきている可能性がある。
令呪という繋がりもない、敵である俺に対してここまで明瞭に念話を飛ばしてくるとは……
相手の余力がない可能性は大いにあり得たが、それを理由に油断してはいけないことがよくわかる。
相手の呪術の腕前は相当だと言って良いだろう。
厄介な……
こう……自分のことを脳筋と思いたくないが、搦め手は大の苦手だった。
真っ正面からぶつかって行くのがもっとも簡単で単純で、力押しも出来る。
俺は力に……力業で二つの世界をどうにかしてきた。
今回はそうは行かないと言うところだろうか?
この力業でどうにかしようとしている時点で、脳筋なのは間違いなかった。
しかし脳筋というか、真っ正面からの戦いならばそう簡単に負けることはないのだ。
つまり勝率が高い。
出来ればその状況に持って行きたい。
この世界で、それが出来るかは謎だがな……
『初めまして、異世界からの使者とやら? 私は于吉と申します。以後お見知りおきを』
「ご丁寧にど~~~も。刀月と申します。姿を現せ卑怯者」
『そうは行きませんね。左慈すらも圧倒したあなたの前に出るなど、そんな馬鹿なことはしません』
左慈があの道化チビの名前か……
貴重な情報と思いたいが……明かしても良い情報なのだろう。
洛陽の情報を呉が入手できなかったことから察するに、恐らく何の証拠も残していないだろう。
そしてこちらに姿をある程度表したということは、間違いなく撤退の準備も終えて逃げるつもりのはずだ。
この時点で、俺が洛陽に行く気持ちは
帰って寝たい……
久しぶりに動けたし、さらに今まで一切新たな情報を仕入れることが出来なかった相手の情報を入手したので、すでに満足した気分だった。
まぁまだやることはあるんだが……
「なら卑怯者に一つ聞きたい。呂布に何をした? いやある程度わかるからそれはいいな。呂布の体は大丈夫なのか?」
『ほう? あなたほどの人が他人の心配とは? それとも利用しようという腹づもりですか?』
「仲間に引き込もうと思ってはいるがな……お前と一緒にするな」
こちらをいらだたせるつもり満々なのが実に腹立たしく、ねちっこい奴だった。
『そうかもしれませんね。ですが……それをあなたに教えるとでも?』
「確かにな。まぁ……聞いただけだ」
正直この問いに特に意味はなかった。
身体的に問題ないことは、それとなく察していたからだ。
体内の気に乱れこそあれ、肉体的に問題があるようには感じなかった。
治療はある程度必要だろうが、それでもこちらには切り札がある故に、問題ないと俺は判断した。
「卑怯者に言っておく」
『ほう? 何でしょうか?』
「卑怯な手ばかりで攻めてくるのは別段構わんが……そのときは俺に惨たらしく殺されることを覚悟しておくんだな」
先ほどのパンダ帽子へ向けた圧力とは比較にならない憎悪と殺意を……俺は虚空へと向ける。
殺意が伝わるとは思えなかった上に、こちらの情報をこれ以上与えても不利益にしかならないのだが……しかし少しでも俺の気持ちが整理できなければやってられなかった。
数年かけて得た情報がこの程度とは……
敵の黒幕が二人以上であること。
一人は大陸において俺の次に強い実力者で、もう一人は呪術において圧倒されていること。
そして敵に余力がないと考えられること。
たったこれだけだ。
しかも先ほどから不意打ちばかりで、大いにむかついていた。
そのいらだちも込めて、俺は全ての力も動員して殺気を飛ばした。
すると、敵の呪術が耐えきれなかったのか、はたまた逃げたのか……虚空の違和感が霧散する。
さすがにこれで再度の奇襲はあり得ないと判断し、俺は警戒を少し解いて……苦しそうにしている入れ墨娘とパンダ帽子へと歩み寄っていく。
入れ墨娘に必死に呼び掛けを行ったパンダ帽子が、俺に気づいて主人を守るように前に出た。
先ほどの圧力を受けてなお主人に尽くすその姿には……さしもの俺も驚くしかなかった。
愚かさもここまで忠義を貫けば立派だ……
しかし状況を良く理解していないのも事実だった。
俺が入れ墨娘を殺す気がないのは今までのやりとりてわかりそうなものだが、それ以上に嫌悪感というか……警戒心が勝っているようで未だ敵意がむき出した。
別段敵意に嫌悪感を抱かれても別段問題ないのだが……今のまま放置しては入れ墨娘が体を壊す。
放っておくわけにも行かなかったので……俺はやむなく再度二人の背後に回って、頭に気を送って気絶させた。
そして入れ墨娘の背中に手を当てて、気と魔力を送り込んで体内の気の乱れを整える。
そうして簡素な治療を行いながらようやく周囲に目を向けると……入れ墨娘事呂布が倒れたことで敗北を悟ったのだろう。
すでに敵軍は潰走しており、虎牢関から撤退を行っているようだ。
追撃に移った曹操の部隊と袁紹の部隊が制圧を終えているようで……この戦はほぼ勝ったと言って良いだろう。
洛陽がどうなっているのかは謎だが……黒幕が撤退した以上、そこまでひどい状況にはなっていないと考えられる。
もしくは逆に、再利用されないために拠点に火をつけたりして廃墟とすることもあり得なくはないが……相手の目的がわからないため、これ以上考えても無駄なので俺は思考を放棄した。
まぁ俺としてはどうでも良いんだがな……
黒幕が撤退した以上、何の情報も残していないのは目に見えている。
ならば洛陽を目指す理由は俺にはないのだが……さすがにこれ以上の勝手な行動を許すほど規律が緩い訳もない。
ちんちくりんに褐色ポニーが洛陽を目指すのは間違いないので、ついて行くしかなかった。
そしてその間に、入れ墨娘を引き込む仕事が俺を待っていた。
強く反対されないと良いがなぁ……
いくら強いと言っても元は敵の将だ。
俺が属している陣営である呉に対して死傷者を出していないとはいえ、敵を味方に付けるのはそう容易ではない。
また入れ墨娘自身も、ほいほい鞍替えすることは難しいだろう。
故に難航すると……俺は思っていたのだが……
「……二つ条件が、ある」
一筋縄でいかないのは予想通りだったが……よもや敵から条件を突きつけられようとは……
いきなり面倒事になって、内心で頭を抱えたい気分だった。
入れ墨娘は囚われの身でありながら、驚くべき事にこちらに条件を突きつけてくる。
囚われといっても、警戒されるし良い印象を与えることも出来ないため、拘束はしていない。
しかし周りを武将で固められて絶体絶命と言って良い状況で、よもや自ら仲間になる条件を提示してくるのは予想外だった。
だが……与しやすいのも事実だった。
警戒は必要だがな……
「ほう? 条件とは大きく出たな? 可能な限り善処するが、条件による。教えてくれ」
俺が捕らえてきたと言うことで、他の武将……といってもほとんど呉の連中だけだが……達はほとんど口を出さないと言っていた。
恐らく自分たちでは入れ墨娘を捕らえることが難しいとわかっているためだろう。
だが、この囚われの状況で条件を言ってきたことに眉をひそめている奴がほとんどだった。
「……恋の家、壊さない」
「ふむ? もう一つは?」
「お金が……欲しい」
さすがに金が欲しいと言ってきた入れ墨娘に、皆が怒っているのがすぐにわかった。
しかし捕らえてきたのは俺であり、入れ墨娘事呂布に勝利したのも俺だ。
周りがどう思おうと、俺としては呂布を引き込むつもりだった。
俺の次に強い武力を抱え込んでおいて……損にはならない……
俺は直接的に動くつもりはない。
俺が動くのは基本的に黒幕が動いたときだ。
直に手合わせをした感じからいって、間違いなく呂布は他の武将よりも頭が二つほど飛び抜けている。
故に、敵の武将に武力の面だけで考えれば何も心配せずに当てることが出来るのは大きい。
史実では裏切りが多いので、警戒する必要性はあるだろうが、俺個人としては目の前の入れ墨娘はそんな感じはしなかった。
「金か? ある程度は用意できるが……額としてはいかほどを要求している?」
まるで俺が交渉に応じるかのような台詞に、周りが一瞬だけざわつくが、俺はそれも黙殺した。
ちなみにパンダ帽子はまだ眠っており、入れ墨娘の膝枕で気持ちよさそうに寝息を立てている。
「たくさん」
「すまん、たくさんではわからん。具体的に言ってくれ」
周りが声を荒げるのを封じるために、俺は入れ墨娘の言葉に間髪入れずに言葉を返した。
だが、武に誇りを持っている武人ばかりが周りにいるため、高額だった場合は擁護が難しくなってしまう。
もっと言うと……俺の給料程度の金額であれば助かるのが、正直なところだった。
きちんと働いているので俺もそれなりに給料はもらっている。
だがさすがに税金を横領はしたくない。
故に、俺としては内心ハラハラしながら入れ墨娘の言葉を待った。
すると……条件を口にしてきた。
「友達と、一緒にご飯が食べられるくらい」
「友達? ちなみにその友達ってのは何人なんだ?」
「50匹……」
「匹? って事は……動物とかか?」
友達とやらが何人か警戒しながら聞くと、匹といってきた。
つまり友達とは動物であると回答が来て、俺は内心で胸をなで下ろしていた。
動物がどんな種類なのかにもよるが……ぶっちゃけそこまで高くない事は容易に想像できる。
熊が50匹と言われたら少々きついが……それはないと信じておく。
食費については入れ墨娘自身の給料から出せば良い。
この感じから言って間違いなく内務は出来ないだろうが、戦働きに関してはぶっちぎりで期待できる。
相当安い買い物と言って良かった。
「その程度の条件ならおやすいご用だ」
周りも思うところはあるだろうが、それでもその程度の条件で呂布が自陣に加わるというなら、強固に反対は出来ないだろう。
敵将を味方に引き入れた場合、裏切りの前科が出来てしまうので、裏切られる可能性が無くはないが、今回の場合はそれ以上に魅力の方が強い。
しかもこの入れ墨娘は動物の友達のために命を張ったのだ。
義理人情というか……情に厚いのは間違いない。
こちらがきちんとその友達を軽視しなければ、入れ墨娘が裏切る可能性は高くないだろう。
そして外道な考え方をするのであれば、友達を人質に取ることも出来なくはない……
黒幕と同じ事をしたくはないのであくまで選択肢の一つとしてあるだけだが……俺自身そういった外道な方法は嫌いなのでやることはないだろう。
そして警戒するのはこちら側だけではなく、相手がこちらを訝しむのも当然であり……
「…………」
少々のジト目で、こちらを見つめてくる。
外道な考えをしたため、それを敏感に感じ取ったのかも知れない。
だが、俺自身人質などの外道な手段は……緊急事態及び最終手段としてしか認識していない。
まぁ可能性の一つ、選択肢の一つに入れている時点でダメかも知れないが……
と、思わなくもないが、相手がきちんとしてくれれば俺としてもする理由がない。
故に、安心させるために努めておどけるようにして……俺は言葉を紡いだ。
「警戒するのは当然だが……嘘を吐いていると思うか?」
「……」
しばらく俺の目をまっすぐに見つめていたが、入れ墨娘は小さく首を横に振った。
その様子にこちらのことをある程度は信頼してくれたことを感じ取って、俺は胸をなで下ろしながら言葉を続けた。
「ならこちらの陣営に来てくれるってことでいいか?」
「……うん」
実に素直に首を縦に振った。
何というか、その仕草が実に子供のようで、思わず苦笑してしまう俺だった。
そんな俺の様子を……再度入れ墨娘はじっと見つめてくる。
「どうして信じる?」
「何が?」
「恋は負けた。逃げるために嘘を吐いていると思わない?」
「思わなくもないが……先ほどの必死な姿を見れば事情があるのは容易に想像がつく。そしてそれが友達であると聞いたら納得出来たからな。そして何よりも信頼できるのが、そこで寝こけている子供だ」
俺はのんきに寝ているパンダ帽子に目を向けながら、そう言葉を口にする。
子供というのはあまり損得で動かない。
むろん皆無ではないが、損得以上に好意で動かされる存在だ。
俺の殺意を受けてなお、このパンダ帽子は自らの主のために俺に反抗してきた。
見た目が全く違うので、姉妹と言うことはないだろう。
俺の知識は以下略だが……時代が時代なので、恐らく物乞いのようなことをしていたところを拾われたと言ったところだろう。
その恩義を忘れず俺に刃向かってきたのだ。
それほど慕われており、さらに友達のために命をかけたこの入れ墨娘を、悪い奴と思うのは無理があった。
「幼さ故の無鉄砲とはいえ、自らの大切な人のために俺に刃向かってきた子供がいるんだ。それに話していればお前が嘘を吐いているとは考えにくい。だから信じるだけだ」
そう締めくくって俺は立ち上がる。
さらに入れ墨娘からの不信感を拭うために、俺は一般兵に預けていた入れ墨娘の得物、方天戟を呂布へと投げつけた。
「……」
一瞬だけ驚く入れ墨娘だったが……普通に投げつけただけの得物を掴み損ねる訳もなく、普通に受け取った。
まだ完全に味方になったとは言えない敵の捕虜に武器を返したことを、周りの連中も一様に驚いていたが……俺はその全ての言葉を封殺するために、殺意ではなく純粋な闘志を解放して、口を封じた。
「文句があるなら俺にかかってきてもらって構わないぞ、呂布? というよりも周りの連中に行くと面倒だから、まず俺に勝負を挑んでこい。いつでも試せ」
あえて挑発するように、肩を大げさにすくめながらそう言い放った。
しかしこれは失敗だったと後に……というかすぐに判明する。
「あら刀月? 周りの連中に行くと面倒というのは、もしかしなくても私たちの事かしら?」
「ほう、小僧がよくぞ咆えたのう?」
周りにいた武将は呉の連中がほとんど……ちんちくりんの軍では、万が一の時に入れ墨娘に対抗できる人材はいなかった……で、その中でもっとも好戦的な奴が二人側にいることを、俺は失念していた。
Oh shit……
思わず英語で内心毒づくが、後の祭り。
やむなく俺は好戦的な連中との勝負を確約させられてしまった。
前々から戦いたいのは山々だったようだが、しかしちんちくりんの件もあってそんなことをしている余裕はなかったのである。
だが袁術軍と呉が合併されたことで、問題もほぼ解決済み。
そんな状況で俺の不必要な発言は……火に油を注ぐ事であり、実に愚かと言うしかなかっただろう。
しくじった……
自分の愚かな発言を呪うしかなかったが……しかし遅かれ早かれ勝負うんぬんというのは挑まれていただろうと考えられたので、その予定が早まっただけで考えれば良いだろう。
俺としても仮に俺の側に小次郎がいたとしたら……勝負を挑まないわけがないのだから。
まぁ武将の実力底上げと考えれば良いか……
決まってしまったことはしょうがないので、前向きに考えることにした。
そしてある程度事後処理が終えたので……俺たち呉も洛陽へと進軍を開始した。
いかがでしたでしょうか?
戦うシーンが短くご不満かもしれませんが・・・・・・悪くないかなと本人的には思ってます
次の話あたりから個別ルートに行くための好感度UPイベントを消化していく形になるので、本編は当分進まないないのであしからずw