荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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あけましたね~
おめでとうござます
適当なペースで感想目指して頑張りますのでよろしくお願いします



王として姉として

平和が続いていた。

本当に乱世であるのかと疑ってしまうほどに。

だがそれでも今俺がいるのは三国志時代の……戦乱の時代。

俺の知識は以下略故にほとんどの事はわからないが……それでも争いは起き、人は死んでいく。

世界史は専攻していないので……恐らく専攻していてもそこまで知識はないだろうが……ほとんどわからないが、それでも最後は魏が大陸を統べたのは知っている。

だが俺の世界とは人物の性別が違う時点であまり当てに出来ないだろう。

さらに言えば……黒幕の連中もいる。

通常通りの歴史ということはあり得ないだろう。

 

というか今更だが……あいつらは一体何なんだ?

 

左慈と于吉。

恐らくこいつらがこの世界における俺の課題点であるということは容易に想像できる。

黒幕がどのように暗躍するかで……こちらとしても動く必要性が出てくるだろう。

 

どうやら本当に余力はないようだからな……

 

一応警戒していたのだが……ほとんどそれらしい気配を感じなかった。

空間転移なんていう離れ業が出来るのだから……寝入った瞬間に暗殺されることも一応用心していたが、それもない。

かといって町人とかに化けて何か妨害をしてくるとかもなく、反董卓連合以降動きらしい動きを見せていない。

故に……油断していたのかも知れない。

 

当たり前だが敵対しているのだ……。

 

諸侯と。

 

俺自身が諸侯のことが眼中になかったので……少々面倒事が起こってしまうことになる。

 

 

 

 

 

 

「今月の報告は~以上になります~」

 

ゆるほやというか……実に気が抜けそうな緩やかな声を上げて、おっとり眼鏡が自らの主に報告を述べている。

本日は主立った将が集まっての会議だ。

情報交換に自国の状況……内政、軍備、人口等々……の報告、さらにもっと重要な、他国の情報などを交換しつつ、会議を行っていた。

俺も土木関係やら生産業……俺が作った加工品は他国でも好評で、結構な額で取引されているため、俺の仕事は呉としてもかなり重要な割合を占めていた……の報告をするため、会議に参加していた。

 

「ここから先は誰が天下人になるのか、勝ち抜きを行っていくことになる。わかっていると思うけど雪蓮。あなたの采配で呉の将来が決まるのを忘れないでね」

「もちろんよ。母様の悲願でもあるからね。刀月、あなたの仕事はどんな感じ?」

「俺の生産業はそこそこ軌道に乗っている。俺の村の連中も区画整理した街に移り住んで仕事をほとんど任せている。俺も監督しているが、原材料の生産に関して俺はほとんど心配しなくても良い状況だ。加工に関しては、俺も見ているが完全に任せられる職人もそんなにいないので、増産は少々厳しい」

 

土木工事はほとんどすぐに報告があがる上に、すぐに目に見えてくるものではない。

よってこういった会議で俺が報告するのは、もっぱら加工品や、それに対する収益が主だった。

 

「刀月の加工品は他国でも好評だ。こちらの情報をあまり与えたくはないが……それでも税収が大いに越したことはないからな。これからもしっかりと頼む」

「了解」

 

褐色知的眼鏡に頼まれて、俺は首を縦に振る。

これはちょろまかすなと暗に言っているのも入っているのだろう。

俺が誤魔化していないか、結構文官の連中が目を光らせているのを俺は知っていた。

それだけ俺の生産業は金になって税収になっている。

 

まぁ俺もきちんともらえる分はもらっているがな……

 

給料も俺自身が加工した食品も、一定量は俺の元に収めさせてもらっている。

だが、ここからは戦が続いていく。

ならば税収……つまり金が必要になってくる。

全て軍備に振ってしまえば、民衆の生活が潤わなくなって不満がくすぶる。

かといって民衆ばかりに気を取られては軍備がおろそかになり、滅ぼされてしまう。

そこら辺のさじ加減が本当に難しいものなのである。

 

「でもでも~。刀月様のおかげで災害はだいぶ減ってますので~。民衆の不満はあまりないかと~」

 

おっとり眼鏡の言うとおり、敵は何も他国だけではない。

自らの民衆達もそうだが、天災というのも大きな壁となって天下人へと向かう諸侯の前に立ちはだかってくる。

だがその点に関しては、呉はかなり潤っていると言っていいだろう。

土木工事に関しては、間違いなく他国よりも遙かに行っており質もある。

災害に関しては間違いなく減っているので、災害復旧を行わなくてよいため、他国よりは余裕があるのは間違いないだろう。

 

「土木工事に関しては任せてくれ。だがきちんと給料と休みをくれないと、そのうちストラ――失礼、職務放棄するぞ~」

「その辺はもちろんだ。お前のやっていることは大いに助かっている。だが……我らもそこまで余裕があるわけではないから、全ての要求をのむのは難しいからな?」

「それはわかってる」

 

互いに牽制しながら会議は進んでいく。

褐色知的眼鏡としては、俺の加工品はもっと大々的に売っていきたいという思いはあるのだろう。

もっといえば……俺の酒を売りに出したいと思っているのは間違いない。

 

まぁ……それはさせないけどね

 

だが、俺にも譲れないところはあるのだ。

酒と鍛造。

これらを本気で売りに出すと言うことになった場合、俺は放浪の旅に出るのもやぶさかではなかった。

というよりもある意味でそれもいいかもしれないと思っているのも事実だった。

 

仕事多くてね~

 

たまに全てを投げ出したくなるのだが……それが出来れば苦労はなかった。

そうして会議は続いていき、ある程度区切りが付いてお開きとなる。

 

「あ~~~~~疲れたわね」

「朝からお疲れさんだな」

 

玉座でだらしなくも体を伸ばす褐色ポニーに、俺は苦笑しながらねぎらいの言葉を掛ける。

そして言葉だけを掛けるだけなら簡単過ぎるので、少し料理人らしく疲労回復の品を渡しておく。

 

「蜂蜜と水菓子を使ってつくった飲料だ。甘い物は頭にいい。疲労も回復しやすくなる」

「あら、気が利くわね」

 

いわゆるはちみつレモン水だ。

入れている飲料が飲料なのでガラス製の器に入れたいところだが、そんな物はないし作れない。

普通の器に盛られた飲み物を渡すと、褐色ポニーは嬉しそうに受け取って飲み出す。

会議中にだらしなくしていては駄目だろうが、それでも会議は終えこの場に残っているのは、呉に長年仕えている真に信頼できる部下達ばかり。

少しくらい気を抜いても罰は当たらないだろう。

 

「なったこともないしなる気もないが、王様ってのは大変だな?」

「そうよ~本当に大変なんだから。でも、まぁ王として姉として……二人には私の背中をしっかりと見てもらわないとね」

 

王として……姉として。

二人の姉妹に見せなければならない重みというものはやはり堪えるのだろう。

だがそれでもやらなければならない。

今は亡き王との……親との約束のために。

 

楽じゃないな……

 

王として甘やかすわけにもいかないが、姉としては仲良くしていたい。

そして姉妹だけでなく、部下、民……その全ての重みが肩に乗っているのだ。

その重圧たるや……俺には想像も出来なかった。

 

「それで、最近はどうなの?」

「? 何がだ?」

「蓮華とは少しは仲良くなった?」

 

あ~~~面倒な話題になったなぁ……

 

王としても姉としても気になってはいるのだろう。

褐色ロングと褐色襟巻きは、俺のことを露骨に嫌っている。

王として姉として……その辺りはやはり気になるのだろう。

だが……俺としては何とも言えなかった。

 

俺を嫌う理由はわかるし、俺はそこまで歩み寄る気はないからなぁ……

 

もっとも憎き相手を潰す機会を潰されたのだ。

怒るのも当然といえるだろう。

だが俺としては別段間違ったことはしてないと思っているので、嫌われても構わなかった。

嫌ってきて変な妨害をしてきた場合は色々と考えるが、そうでなければ骨を折る理由もない。

 

「別に。あまり仲良くなる理由が俺にはないからなぁ」

「あら。私のかわいい妹じゃ物足りないって事?」

「それについては面倒だから回答したくないんだが……まぁいいか。お前さんは知ってるだろ? 俺は帰るのが目的だ。だから過度に親しくする必要性はないと俺は思っている」

 

必要ならばやるが、その必要性は薄い。

褐色妖艶に小言を言われたことが響いている……というよりも俺の中でまだ答えが見つかっておらず、とりあえず無難な言葉を返しておくだけだった。

だが会議を終えて少し気がゆるんでいるのか、褐色ポニーはそれでは許してくれず、何故かふて腐れるかのように頬を膨らませた。

 

「そうかもしれないけど~。でも姉としては是非ともお近づきになってほしいのよね?」

「そらまた何でだ?」

「だって、あなたと蓮華がくっつけば……私としても色々安心できるからね?」

 

めんど~な話題になったなぁ……

 

この前からその類の話題になって辟易しそうになったが……腐っても相手はこの国の王。

しかもここは玉座の間だ。

さすがの俺も多少はTPOをわきまえる。

故に逃げることはせずに……話を続けることにした。

 

「黄蓋にも言われたが……そんなに俺と呉の人間がくっつくのがいいのか?」

「あら、それはさすがに言わなくてもわかるわよね? 大陸最強と名高かった呂布を一方的に倒した、大人気食品の土木怪人加工屋さん?」

 

まぁ……わかるけどさぁ……

 

武力、土木工事、加工品。

武力については普段用いられないためあまり期待されていないのだろうが、しかし使わないとはいえ手元に置いてあるというのが大事なのだ。

所持しているが使わない、所持してないから使えない……では使わないという結果が一緒でも全く意味が違うのだ。

しかも俺の土木工事は重機のない時代では大いに頼りにされるし、加工品に関しては大きな税収となっている。

実際、美食家やら裕福な連中からしたら喉から手が出るほど欲しいと言われている。

俺が管理してる倉庫に何度か盗みに入られた事もあるくらいだ。

 

まぁ全員とっつかまえたけど……

 

「黄蓋にも言われたから言ったが、俺はそのうち帰るんだぞ? それこそ数年内には帰りたいと思っている位だ。そんなのとくっつける意味があるか?」

「あらそんなに早く帰りたいの?」

「……まぁな」

「警戒しないで。ちょっと予想外だったけど。でもそれでもよ、刀月。それこそ身籠もらせてくれるだけでもいいのよ」

 

冗談を聞くつもりはないと一瞬イラッとしたのだが……しかしそういってきている褐色ポニーの顔が真剣そのものであり、俺は言葉を発することが出来なかった。

 

 

 

そもそもにして、本気で理解しようと思わなければ理解できるわけがないのだ。

 

倫理。

 

道徳。

 

それらは時代と共に変わっていく。

 

歴史と人が……それらを作り上げていく。

 

数百年どころか、千年単位で感覚が違うのだ。

 

倫理も道徳も、互いにずれないわけがない。

 

そこらをもう少し考慮すべきだったと……

 

 

 

経験すれば言えるのだ。

 

 

 

だがこの時の俺はまだ、それがわかっていなかった。

 

 

 

「王として姉として……あなたが蓮華と結ばれたら私としてはこれ以上ないほどのことよ? あなたの子は鍛えれば間違いなく強者になるわ」

「……だが」

「私にもしもの時があれば、蓮華が呉の王になる。シャオはまだ幼いから、王として私の後継者になるのは無理だわ。だから蓮華が呉の王にならなければならない」

 

普段結構ちゃらんぽらんな様子は微塵も見せず、本当に王として発言しているのだろう。

先ほどの会議ですらも見せなかった覇気を纏わせながら……褐色ポニーこと孫策は、重く言葉を紡いでいった。

 

「そんな時……あなたがあの娘の側にいてくれたらこれ以上ないほどに私が安心できるの。それがどんな形であってもね」

 

……一応逃げ道は用意してくれている訳か

 

逃げ道というよりも、俺をあまり追い込まないためだろう。

覚悟というか……状態に対してはこちらとしても何とも言えない。

今のままでは恋人のような親しい関係になるわけもない。

何せ互いにどちらも歩み寄るつもりはないのだから。

だが、俺としては恐らく何事もなければ、呉にいるつもりである。

 

そう……何事もなければ……

 

「特にあのあなたが戦っていた白い服を着ていた人。あんなのがいるのならなおさらあなたにいて欲しいわ」

「……何ともいえんな。正直、俺もあの連中がどんなのかわかっていない。一応報告しただろう?」

「そう……。あれから進展はないのね」

 

そう……黒幕については全くと言っていいほど進展がなかった。

本当に何もない。

日々の仕事が忙しくて俺自身諜報活動を行えてないのは間違いないが……細作にも一応他国の情報を仕入れるついでに怪しい人物の調査は依頼している。

だが、全くと言っていいほど新たな情報はなく、相手も何もしてこなかった。

これでは進展するわけもない。

 

「まぁ俺の仕事が忙しすぎて調査がおざなりになっているという理由もあるにはあるが?」

「……逆に聞くけど、あなたが調査に向かえば何かわかるかも知れないって事?」

「何かしらの痕跡はつかめるかも知れないが……それだけだ。俺も探査や調査が本業ではない。それに、俺としては本拠地からあまり長い期間離れていたくない」

 

どれだけの距離、どれだけの規模で出来るのかは謎だが……相手の空間転移は本当に脅威と言って良い。

さすがに空間転移うんぬんは報告していないが、突然出現して唐突に消滅したことは他の連中も見てわかっている。

空間を飛んできたとはわからなくても、文字通り神出鬼没であることは十分に理解していた。

 

「それはそうね。だから私としては……あなたがいてくれるのはありがたいのよ」

「いるいないについては同意するが……自分が消えるのを前提に話をするのはやめたらどうだ? 戦乱の状況故にわからなくもないし、備えておくことに越したことがないのは事実とはいえ」

 

言霊という概念がある。

言葉にすることで、実際にそれが起こってしまう。

備えることも想定することも大事だ。

何も用意していなくて慌てるよりはよっぽど良い。

だが……その想定に自分の死を入れるのはあまり感心しなかった。

 

「そうね。けど……王として考えておかなければいけないことなのは違いないでしょ?」

「それでもだ」

 

それについては全面的に賛同する気にはなれなかった。

確かに生物は最後には死ぬだろう。

どのような末路かはわからない。

だがそれでも……死ぬまでは生きることをやめることも、考えるのをやめることも、俺はしたくなかった。

 

「死にたいわけではないんだろう?」

「……だけど王として」

「そうじゃない。単純に聞いているだけだ。死にたくはないだろ?」

「それは……」

「なら死なないように努力しろ。確かに最後には生物は死ぬ。それは絶対だ。だが、最後まで……諦めるんじゃない」

 

戦乱なのは間違いない。

生き死にが簡単に決まるのも間違いない。

だがそれでも……俺は己が死ぬことを、いって欲しくはなかった。

 

「……そうかもしれないわね」

 

だがやはり戦乱に生き、もっとも命が狙われやすい存在故か……そう答える褐色ポニーの表情は、どこか淋しげだった。

そして……すぐに悪戯を思いついたように笑みを浮かべて、俺の手を取ってくる。

 

「なら生きるように努力するから……私と契りを結ばない?」

「……話を蒸し返すな話を巻き戻すな。というかお前の相棒で最愛の存在は周瑜だろう?」

「まぁそれはそうなんだけど。男だったらもっとも惚れてるのは間違いなくあなたよ?」

 

まぁ強さ云々で言えばそら俺はぶっちぎりだろうけどな?

 

俺としてはもう本当に面倒な話題でしかないので、辟易してきた。

さすがに褐色ポニーもバカではないようで俺の態度で内心を察したのだろう。

一度苦笑して、話題を変えてきた。

 

「ねぇ刀月。これから少し時間もらえないかしら?」

「どうした?」

「忙しいのはわかってるんだけど、ちょっと付き合ってくれないかしら?」

「……いいだろう」

 

どこか哀愁漂わせるというか、少し神妙になった褐色ポニーに否を言うことは出来なかったので、俺は午後の仕事を少し遅らせることにした。

そんな俺に褐色ポニーは快活に笑って、玉座を降りて嬉々として走り出した。

 

「そうと決まれば時間が惜しいわ! いくわよ刀月!」

「いくってどこにだ?」

「付いてくればわかるわよ!」

 

仕事はいいのかと無粋なことを言いたくなったが……しかしそんなことをいうことこそ無粋と思い、俺は走り出した褐色ポニーに遅れないように後を追った。

 

 

 

 

 

 

「華琳様。出陣の準備が整いました」

「そう、なら予定通り一刻後には出発するわ」

 

呉と同じように玉座の間にて……否、呉の玉座の間よりもさらに広く大きな空間に、魏の王たる曹操と、軍師であり部下である郭嘉の声が響いた。

だが、出発の準備が整ったという郭嘉の表情は、あまり晴れやかではなかった。

その表情を見て、相手の内心を正確に悟り……王である曹操は口を開いた。

 

「不満なのかしら? 凜?」

 

凜。

それは軍師郭嘉の真名。

部下ということもあるが……郭嘉は心から自らの主を曹操と思って慕っていた。

放浪の果てに巡り会えた自らが忠誠を誓うことの出来る存在。

心酔しているといってもいい。

だがそれでも……主の決定を遂行しても、自らの頭脳で計算しても、その必要性があまり感じられなかった。

 

「は……。正直、この時期に孫策に戦を仕掛ける意味が、私には……。北方の袁紹がいるのですから、軍備の増強が急務では?」

「確かにそれも一理あるわ。だけど所詮は袁紹よ? 放っておいたところで脅威にはなりえないわ。だけど……」

 

そこで一度言葉を切って……曹操は相手の名を口にする。

 

「孫策を放置することが得策かしら?」

 

その言葉に……郭嘉は頭脳で自分が知り得ている呉の情報を整理、計算する。

そしてその計算の結果……放置は得策ではないことは間違いなかった。

 

「当初は袁術と争って消耗すると思っていた。実際一触即発までいっていたのは間違いない。だけど……戦にはならず合併したわ。まだ反董卓連合の時は荒削りだったけど、すでに十分調練を終えている。それに、あなたも知っているでしょう? 呉の都、江都が急激に発展していること」

「はい……」

 

それはすでに呉に潜り込ませた細作、さらに魏に商売に来ている商人からも話を聞くことが出来ていた。

都は発達し、治水工事すらも行われている。

さらに呉でしか買うことの出来ない加工品が売られていると。

そしてその加工品を手に入れて食してみれば絶品だった。

だが……その加工品を誰よりも喜んで食べていた存在が、魏にいたのだ。

 

北郷一刀。

 

天の御遣いが。

北郷一刀が知っていて喜んで食した。

その瞬間に、その加工品を誰が作ったものであるのか、考えるまでもなかった。

そして噂の土木怪人。

その二つが同一人物であることは、呉ではすでに常識であり、他国もすでに情報を入手しており、それが真実であることを知っていた。

 

知らされていたといってもいい。

 

反董卓連合にて……たった一人で異様な存在と言えた、呂布を打ち破った存在であると。

 

「今叩いておかなければいずれ魏の将来に禍根を遺すことになるわ。先に潰しておかなければならない」

「……はっ」

「……まだ懸念材料があるのかしら?」

 

一瞬言いよどんだ自らの可愛い部下の様子に、めざとく王は気づく。

そんな自らの事を気遣ってくれる主に……心で礼をのべながら、郭嘉はさらに具申する。

 

「はい。群雄割拠は予想できたことでしたので軍備の増強は以前より行っておりました。ですが……黄巾の乱より、どうも質の悪い兵が混じっております。夏侯惇、夏侯淵両将軍の調練で正規兵としての能力、そしてなによりも華琳様に仕える兵として誇りを教えておりました。ですが……」

「まだ手が回っていないのね?」

「はい……残念ですが」

「ふむ……。ならばこそ実戦で調練することにしましょう。相手は音に聞こえし虎、孫策。その孫策との戦を生き残った兵であれば、きっと良き兵士になっているはずよ」

 

自らが負けることは微塵も考えていない様子だった。

実際、魏は急速に力を付けてきた。

大陸最強は間違いなく己の軍であるという自負。

そしてそれが客観的に見ても事実であることは……誰よりも曹操自身が知っていた。

ある意味で懸念材料として、最強の個の武人である刀月という不安材料があった。

だがそれもある意味で問題がないと、曹操は分析していた。

 

出会う前の噂。

そして出会ったときの態度。

呂布との戦い。

 

そして……それなりの年月が経つというのに、刀月自身が戦ったという話が、呂布との一騎打ちのみであるという事実。

 

これらを加味すれば……脅威に代わりはないのだが、脅威でしかない(・・・・・・・)という事も、十分に理解できた。

 

「ですが……それでは被害が……」

「戦である以上少しは被害が出るわ。逆に言うのなら、生き残ることも出来ない兵士がいては全体の質が下がる。覇業を為すためには、強き兵士が必須よ」

「御意。華琳様にお覚悟があるのであれば、それで良いのです。部隊の中核を正規兵。先鋒を徴兵した者で配置します」

「頼むわ」

 

主の頼みを聞き、郭嘉は今度こそ覚悟を決めて玉座の間から退室する。

そして一人になった玉座で……曹操は一人で怪しく笑っていた。

 

「人は駒に過ぎないわ。生き残った駒を使って……覇業を為す。ふふ……欺瞞ね。華琳」

 

それは己に向けた自問自答。

だがそれでも止まらない。

止められない。

自らの覇業を為すために。

 

だが……この戦。

 

曹操が心より望んだ英雄孫策との雌雄を決する戦は……

 

 

 

曹操にとって屈辱的な記憶として、本人に刻まれることになる。

 

 

 

 

 

 

褐色ポニーが連れてきたのは城から少し離れた森の中の小川。

実に清廉な空気で、心洗われる場所だった。

 

「それで? どこに向かっているんだ?」

「ここよ……。あなたに案内したかったのは」

 

そういって立ち止まった褐色ポニーの視線の先。

墓石のように立てられた小さな岩がある場所。

そしてそれは……墓石のようではなく、墓石そのものだった。

 

「ここに……母様が眠っているわ」

「……そうか」

 

孫策、孫権、孫尚香の親……孫堅。

詳しくは知らないが、褐色ポニーなど比べものにならぬほど剛胆で剛毅で、破天荒な人物で……圧倒的王者であると、聞いていた。

 

「王の墓にしては、ずいぶんと質素だな?」

「母様が嫌がったの。死んでまで王でありたくなかったのかも知れないわね」

「そうか……」

 

豪放磊落。

質実剛健。

破天荒。

そんな言葉がぴったりであったと……自分自身も似合うであろう褐色妖艶が無念そうにこぼしていた。

よほどの人材であったというのは、それだけでわかることだった。

 

「戦ばかりだったわ。だから……死んだ後くらいはのんびりしたかったのかもね」

 

そういって、褐色ポニーは手にした布で墓石を磨き始めた。

それが神聖な儀式であると思った。

邪魔をしないほうが良いとは思ったのだが……それでも、曲がりなりにも呉に仕える存在として、前王をないがしろにするわけにはいかなかった。

 

「手伝おう」

「……ありがと」

 

その墓石を磨く手は優しくもはかなく……その墓石を見る瞳は切なかった。

王であり、親でもある。

そんな自らが目指すべき王を、今でも見つめているのだろう。

その視線は墓石ではなく、その先に写る何かを、見ているようだった。

 

死別というのは辛い……それは当たり前だが、お前が誰よりも知っているはずだぞ

 

そう思うが、口に出すことは憚られた。

墓石を見つめるその視線。

その瞳の先にある心情はどんなものなのか?

当然だが読心術なんぞ持ってない俺には、ただ静かに懸命に……墓の手入れを手伝うことしかできなかった。

 

「ありがとう」

 

一通り綺麗にし終えて、近くの花を持ってきて添えて、墓の手入れは完了した。

しばらく放置していた……ということではないのだろうが、それでも多少の時間は経っていたのか、掃除にはそれなりに時間を要した。

 

「綺麗になったわね」

「だな。喜んでいるといいがな」

「多分違うわね。遅いって、怒ってるかも。すごい……人だったから」

 

褐色ポニーがいうには、旗揚げを行ってすぐに、江東、江南を制覇し孫家の礎を作った存在だという。

武人としても武将としても王としても……全てにおいてまだ己は足下にも及んでいないと、淋しげに褐色ポニーは笑っていた。

 

「でもね、母親としてはちょっと失格だったかもしれないわね」

「ほう? それはなんで?」

「よちよち歩きの私を戦場に連れて行ってたのよ? 我ながら良く生きていると思うわ」

 

可笑しそうに懐かしそうに……笑っていた。

確かにそれだけを聞けば失格かも知れないが、王家の跡取りになる存在に対して、教育をしていたのではないかと俺は思った。

 

まぁ格式というか……ぶっとんでるところはどこいってもぶっ飛んでいるってことか……

 

俺もすでに物心つく前から訓練も鍛錬も行っていたし、戦場にも連れて行かれた。

俺は生来の気質もあっただろうが、あまり苦とは思わなかった。

どっちかっていうと、修行が厳しすぎたのがきついと思っていた。

 

確かに子供しか潜入できない場合は多いからなぁ……

 

幼少時ですでに気を使えた俺だ。

大概の奴には問題なく勝てたし、何より相手は子供だと思って油断しまくっている。

使える奴を腐らせておくほど……紛争地域でそんな余裕はなかった。

 

「まぁ確かに鬼畜かも知れないが……それでも、それが愛情だって事もわかっているんだろ? 一応」

「……そうね。私の師匠で、大好きだったわ……」

 

もうこの世にいない以上、過去の存在でしかない。

それが悲しくもあり、淋しくもあった。

越えなければいけない存在である。

だが……それでも……

 

 

 

そいつが、好きだったのだ

 

 

 

「あなたに母様を紹介できて、良かったわ」

「……そうだな」

 

前王を前にして、さすがに普段通りの態度でいるわけにもいかず、俺は居住まいを正して……頭を下げる。

 

「お初にお目にかかります。孫堅様。私は、呉にお世話になっております……入寺刀月と申します」

 

一瞬本名を名乗るべきか悩んだが……しかしそれでも今この世界にいる俺は刀月だ。

故に……本当に一瞬だけ悩んだが、刀月の名を名乗る。

だが気持ちだけでも……俺は本当に真摯に、真剣に自らを紹介する。

 

「どこまで出来るかは……わかりません。だけど……それでも俺は俺の精一杯を、やってみたいと思っています」

 

何を精一杯やるのか……何が出来るのか?

今はまだわからない。

だがそれでも……俺はやれるだけのことを本気でやるしかない。

それを……自らを戒めるための意味も兼ねて、あえて口にした。

 

どこまで出来るかわからない。

 

だが……為さねばならないことなのだと……

 

 

 

自分を言い聞かせるように……。

 

 

 

「あら? さすがの刀月も故人には敬意を払うのね?」

「からかうな。偉人であり、故人を相手に居住まいを正すのは当然だろう?」

「あら? 私達は偉人じゃないのかしら?」

「十分偉人だと思うが、それでも普段の態度が態度だ。敬われたいなら、もう少し部下の気を揉ませないように気を配るんだな? それと部下を労ってやれ」

 

その時の褐色ポニーの顔を……俺は見逃すことはなかった。

本当に刹那……瞬きすらもないであろう一瞬の時間。

褐色ポニーは間違いなく一瞬だけ目を曇らせた。

その目が……どういう意味を示しているのかを、俺は十分に理解できた。

 

わかってはいるのか……

 

ならば……と思うのだが……。

しかしそれは浅い付き合いすらもしていない存在である俺が、軽々しくこれ以上言うことは出来なかった。

 

「そうね……」

「んで? お前さんも、そして孫堅様も……一体何を目的としてこの大地を駆けているんだ?」

 

この大地に今を生きる将は……ほとんどが天下統一を目指していた。

 

己の私欲のために。

 

己の目的のために。

 

理由はそれこそ千差万別だろう。

だがその諸侯が群雄割拠として入り乱れる中、どこか……この呉の王たる褐色ポニーこと孫策には、あまりガツガツとしたどん欲さがあまり感じられなかった。

骸骨ツインテのように……確固たる信念を貫く勢いも鋭さもなく。

素人娘のように……未熟故の必死さもなかった。

かといって強者故の余裕でも慢心をしている訳でもない。

それが……少し気になった。

それが伝わったのかはわからない。

だが、俺の問いに褐色ポニーは苦笑して、独白するように……言葉を紡いでいった。

 

「天下統一っていうのは……正直よくわかってないの。もっといえば……どうでもいいとすら思っているわ」

「ほう?」

「私は……呉の民が、私の仲間である皆が笑顔で過ごすことが出来ればそれでいいと思っているの。それに比べれば……天下も権力もどうだっていいのよ」

 

対象こそ身内だが……素人娘と同じような願いか……

 

争いを亡くし、誰もが幸せに暮らすことが出来るように。

そんなことを真剣に語っていたあの未熟ながらも、自分に出来ることをしようと立ち上がった素人娘を思い出す。

だが……それが難しい時代だ。

暴徒の反乱。

飢え故の一揆。

そして諸侯の権力争い。

それら全てが……力なき者に降り注いで、生活を脅かし、奪っていく。

 

「その手段として天下統一といっているだけなのよ。一つの絶対的な存在が大陸を統べれば、庶民に不公平がなく平等に平和を与えることが出来るって……私は信じているわ」

「ほう? 目的ではなく手段とは……大きく出たな」

「それが孫家の願いなの。だから……私はこれからも戦い続けるわ。兵だけじゃない……民が傷つくこともわかってる。戦えば笑顔を失ってしまうこともわかってるわ。それでも……戦わなければ何も手に入れることが出来ない」

 

矛盾。

民の笑顔を手に入れるために……民の笑顔を奪う。

これほど悲しい矛盾はないのかも知れない。

だが……その矛盾すらも飲み込み、褐色ポニーは戦場へと赴く。

その気持ちは……俺にもよくわかった。

 

「価値観なんて人それぞれだ。自分が正しいと思う事を成し遂げれば良いと思う。もちろん、倫理道徳は最低限守った上でな? その上で……自らの考えを実現させれば良いんじゃないか?」

「……それでいいのかしらね?」

「俺にもわからない。俺もそれを見つけている途中だからな。だが……考えることを止めず、動きを止めず進んでいきたいと、俺は思っている」

 

俺も人のことを偉そうに言える立場ではないのだ。

俺自身……未だに答えも、自らの答えも見つけている途中なのだから。

そんな俺を見て、褐色ポニーも穏やかに笑みを浮かべていた。

 

「そうよね。まだわからないわよね」

「あぁ」

 

しばし二人して墓石を見つめたままいたが……それでもあまりこうして長居をしている余裕はない。

跪き、墓石をそっと撫でて……褐色ポニーは笑った。

 

「これから忙しくなるわ。だから……たまにしかこれないと思う。けど、私頑張るわ。あなたの娘として、母様が思い描いた夢を……かなえてみせる。だから……天国から見ていてね」

 

跪いた故に、褐色ポニーの顔を見ることは敵わない。

だが……見なくても、きっと微妙な表情を浮かべていただろう。

自らの願いのために、人を死地へと向かわせる事を。

民の笑顔のために……民の笑顔を奪うことを。

そんな相反する矛盾を……自らに問いかけている事だろう。

それがわかったからこそ……俺は何も声を掛けることはしなかった。

 

 

 

 

 

 

墓参りから数日が経った。

その間も平和だったのだが……それが作られた平和だった。

もしくは騒動が止められていたと言い換えても良いかもしれない。

そしてそれを……この都にいる誰よりも早く、知ることとなった。

 

……この気配は?

 

本日の仕事は農作業だった。

刀村の連中が越してきて、すでにそれなりに日数が経過している。

村の連中も都での生活に慣れ、生活基盤も安定していた。

海から離れた故に海産物や日々の食生活が少々質素になったが、それ以上都での生活を楽しんでいた。

助については村にいた頃と一緒で、引っ越してきた村の連中をまとめ上げて生産業と加工業の監督を任せている。

格については良いことだと捉えるべきか、悪いことと捉えるべきか少々判断に悩むが……加工品が好調であり好評だったこともあって盗みやら恐喝が結構頻発していたので、やむなく俺が村の連中の警備として雇うことになってしまった。

つまり……ぶっちゃけると本当に住むところが変わっただけで、村の連中はほとんど村にいた頃と変わらない状況で生活を行っていた。

 

「どうしたんですか? 親分」

 

そして今は十日に一度の打ち合わせの日。

村の時と同様に部門長も集めての会議の最中だった。

格も警備の長として会議に参加していたのだ。

そんな中俺が突然に表情を険しくしては、驚かない方が無理と言うことだろう。

だが……俺はそれどころではなかった。

 

すでに……囲まれている?

 

というよりも囲みを作っている最中だった。

都よりも遙か先……それこそ物見から見えるか見えないか位の微妙な距離に陣取って、都を中心に包囲網を敷いているのがわかった。

だが……さすがの俺もそこまでしかわからなかった。

 

だが……それを敷いている存在が誰なのかは、わかった。

 

 

 

この時期に攻めてくると言うのか? 骸骨ツインテ

 

 

 

陣形……間違いなく本陣とおぼしき場所に、見知った(・・・・)気配をいくつも見つけて相手が誰なのかはわかった。

しかし周囲が包囲されているという状況で尚、内部が慌ただしくないことに……俺は痛烈に悪寒を感じた。

 

国境警備の連中から情報が来てないということか……

 

腐ってもここは呉の中央であり中枢部だ。

県境……いわゆる国境には守備を任せた警備隊を配置している。

国境警備を突破されたにもかかわらず、未だ慌ててないということは……国境警備が潰されたという情報を潰されていると言うこと。

つまり……今この状況下において魏が攻めてきているのを知っているのは、俺のみということになってしまう。

 

……さて、どうすべきか?

 

俺が誠に呉に忠誠を誓った存在であれば、攻めてきていると報告するのが当たり前である。

だがそれを出来ない理由はあった。

別段俺が忠誠を誓ってない訳ではない。

 

まぁ心から忠誠を誓ってるわけでもないけど……

 

間違いなく国の大ピンチだ。

ちんちくりんと争うことなく合併し、仮想敵との訓練……入れ墨娘とパンダ帽子の陣営……も行っているので軍備としてはそれなりに仕上がっている。

だが、奇襲というのは結構危ない。

油断しているわけではないが、情報と報告があがってきてない以上普段通りと思ってしまうのが人間だ。

報告しなければ間違いなく奇襲を受ける形になる。

 

だが……その報告というのが問題でもあった。

 

 

 

……外に出てない俺が何故奇襲を検知したのかという事の説明が出来ない

 

 

 

と……思っていたのだが……。

 

「何かあったってことっすよね? 親分」

 

ん?

 

俺が少しだけ頭を悩ませていると、格からそんな言葉を言ってきて、俺は思わず格へと視線を投じる。

すると他の連中も納得したのか、皆が持ってきていた木簡の資料を片付け始めた。

 

「親分。何かあったのであればこの場で会議を行っている場合じゃありません。すぐに親分の思うように行動なさってください」

 

格の言葉を否定するどころか、この場で俺の次に偉い助までそんなことを言い出す始末。

さすがに逆に俺が混乱してしまった。

 

「いや……何を言って――」

「親分が会議中に上の空になるなんてなかったですから、よっぽどな何かが起こったと言うことなのでしょう?」

「えっと……」

「他の連中がどうかはわかりません。ですが刀村の人間であれば、あなたを疑う人は誰もいません。無論突如としてあなたが今までと全く違うことが言い出せば疑いもするでしょう。ですが、あなたは逆に何も言わなかった」

「逆に……だと?」

 

言っている意味がよくわからず、俺は助へと顔を向けて……助が真剣に茶化すでもなくまっすぐにこちらを見ていることに驚いた。

俺はそんな目を向けられると思っておらず……何も言うことが出来ず言葉を待つしかなかった。

 

「あなたが我々のことを大事にしてくださっているのは誰もがわかっています。そして……それ故に話すことが出来ないこと事柄があることも。ですから聞くことはいたしません。命が救われた恩義があるのは事実ですが……それ以上に我々はあなたのことをお慕い申し上げておるのです。ですから刀月様……どうか自らの信念に沿って、行動してください」

 

代表して助がそういうと、他の連中は誰も異を唱えることもなく俺に微笑みかけてくる。

誰もが同じ事を思っているのだと。

そんな顔をされてはこちらも何もいうことが出来ず……黙って立ち上がった。

 

そういや少なくともこの場で助だけは俺が異常だと言うことはわかってるわけだしな……

 

助と呂蒙。

呂蒙が俺の行商に付いていきたいと言ったときに、二人は言ったのだ。

俺が「超常の存在」であったとしても……と。

呂蒙が自らの親である助に俺の身体能力を明かしていないことはわかっている。

それどころか、呉の連中にすら明かしていないことも知っている。

俺が命じた秘密を守れといったことを遵守している。

 

そして助も……俺が超常の存在と知って尚、こうして俺に力を貸してくれている。

 

正直な話、未だ俺は完全に俺以外の存在を信用しているわけではない。

時代が時代故に裏切られることなど日常茶飯事故というのもあるが、俺自身がいかれた存在であるために裏切られても仕方がないと思っているのも事実。

 

 

 

そして何よりも……ここまで信頼されてしまう事に……

 

 

 

 

 

 

俺は怯えていたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

ジーヤ

 

 

 

貧しい村だった。

 

その貧しい村を……どうにかしたかった。

 

それだけだった。

 

だがその思いも……俺が慢心したために全てが消えてしまった。

 

最初の世界でもこうして慕われたことがあったが……他の脅威があったため、あまり人と人とが争うと言ったことがなかった。

 

二番目の世界は現代だ。

 

そうそうそんなことが起きるわけがない。

 

 

 

だがこの世界は……

 

 

 

それが起こりうる可能性が非常に大きい。

 

 

 

人の心もそうだが……

 

 

 

 

 

 

この世界には、俺と敵対する明確な「敵」が存在する。

 

 

 

 

 

 

そいつらが何かをした場合……俺はそれをどうにか出来るのか?

 

 

 

それが不安でならなかった。

 

 

 

だが……とりあえず今考えるのはそれじゃないか……

 

村の連中はわかった。

俺が沈黙したことで何かが起きているのだと。

だが他の連中はわかっていない。

打ち明けることはできないだろう。

だがそれでも……今の俺だからこそ出来る何かがあるはずだ。

 

……出来るんだから、やらないと

 

怯えているのだろう。

恐れているのだろう。

今は余裕が出来てしまった。

極論、あまり働かなくてもどうにか出来てしまう状況になっている。

それを失うことを恐れている。

 

こいつらがいなくなるのを、恐れている。

 

 

 

俺も臆病になったな……

 

 

 

自らの弱さを認識させられ……何よりこいつらの強さを見せつけられて内心で笑うしかなかった。

そして……ここまで言われて動かないわけにはいかなかった。

 

動くしかないと、思えた。

 

だが……こいつらに対して、さすがに何もしないことは俺には出来なかった。

故に……俺はとりあえず「何故そうするのか?」を伝えず、ただ指示を出す。

 

「部門長全員、今すぐ今日の作業を中止して現在の在庫や状況を把握して助に報告。助はその報告を元に全体の状況を把握しておけ。格はいつも以上に警護に力を入れろ。女子供達にはいつでも移動できるように身支度を整える指示を出せ」

「「「了解です」」」

「俺は……行ってくる」

 

誰も俺の指示を疑うことなく、指示に従った。

そんなこいつらを見て俺は内心で驚きつつも、その信頼が重くても嬉しくて……自然と笑みになっていた。

指示は出した。

俺は俺の意志で動くだけである。

ある程度土木怪人で俺の身体能力はすでに知れ渡っている。

さらに言えばこいつらは他の連中よりも、よほど俺の埒外さを理解している。

だから……俺は何も考えず普段通りに跳んだ。

 

能力はさすがに使わないがな……

 

使いたくはないが、さすがに丸腰で行くわけにはいかない。

道具運搬にも利用しているねじり金棒を手に取り、俺は走った。

そして悩んだ故に遅かったのか、城内でもさすがに慌ただしく動き出す連中が出てきた。

気配を感じれば進軍してきており、どうやら物見の連中の視界にも写ったようだ。

恐らく今は情報が来なかったことに対して軍師の連中が怒りを露わにしているところだろう。

 

さすがは曹操……間違いなく戦上手だな……

 

情報を断つ。

これほど効果的な事はないのだ。

情報と経済が世を支配する。

どの時代に行っても、これは逃れられない運命といっていいのかもしれない。

 

説明しなくて済んだのは良いが……どう動くかな、俺は……

 

完全なる奇襲でないことは喜ばしいことだ。

だがそれでもまだこちらの体勢は整っていない。

俺が何も考えずに動けるのであれば全て問題がないのだが……俺はそれをしたくない。

ならば俺がどう動くべきか?

 

そう考えていたのだが……

 

 

 

その必要は……俺が外に捕らわれすぎて内に気を向けなかったことが原因で……

 

 

 

俺がどう動くべきかを、考える必要性が情けないことになくなった。

 

 

 

 

 

 

「曹操は袁紹が北方にいるのも関わらず、南下してきたのか?」

「現時点では情報が来てません~。となると、どうして南下してきたのかは~ちょっと読みかねます~」

「わ、私にも……わかりません」

 

王城内。

軍議をしているのは呉の軍師である周瑜、陸遜、呂蒙の三人だった。

しかしあまりにも予想外の南下……すなわち呉に進行してきていることに、三人とも全く答えを見いだすことが出来なかった。

 

「読めないわね。曹操は何故?」

「ですが、今の状況に対処しなければ~。私は軍部に向かって祭様と軍議を開きます~。亞莎ちゃんは雪蓮様と小蓮様を呼んできてください~」

「はい!」

 

それぞれに駆けていく部下達。

軍師としてトップに存在している周瑜も動かない事はない。

まずはあがってくる報告を頭の中で整理して、自らの主に伝えるようにまとめ上げる。

そして……一番に飛び込んでくるべき存在である主がまだ来てないことに気がついた。

 

全く……困った奴だな……

 

魏との衝突。

それはもう避けることは出来ないだろう。

何故南下してきたのかは依然としてわからないままだ。

だが……周瑜は言葉にしなかっただけで、何となく曹操が何故南下してきたのか、わかっていた。

あまりにも特異な存在であるあの男を……放置すること出来なくなったということなのだろう。

 

正しくは……あの男がいることで豊かになっていく呉を捨て置くことが出来なかったというのが本音だろうな……

 

呉が繁栄することも見越して、あえて刀月に関して情報統制を行うことはしなかった。

故に呉にくれば誰もが土木怪人の存在を、特産品となりつつある刀月の加工品を知り得ることが出来る。

それはつまり、人が集まり他国の情報も手に入り、市場がにぎわって呉が潤うと言うこと。

だが人が集まるのは商人だけでなく、敵国の細作も入ってくる。

それは周瑜も理解していた。

否、間近で見ているからこそ他の国よりも遙かに理解できていた。

 

あの存在が……色んな意味で危険であると……

 

だが危険よりも利益を優先した。

それに、自らの民のために天下を取るというのであれば……ぶつかるのは必定。

故にこそ……誰もが刀月の存在を疎ましく思ってはいなかった。

 

……まぁあれだけの力がありながら戦わないことは疎ましいとは思うが

 

そんなことを思っても意味がない。

考えることは他にいくらでもある。

だが何となく……考えてしまった。

意味のないことだとわかっていても。

ともかくまずは情報をまとめるために、何よりも自らの目で確認するために……周瑜は都を守護する城壁へと馬を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

その頃……孫権は必死になって走っていた。

人を探している様子だ。

だがその足取りには一切の迷いがなく、一心不乱にある場所を目指している様子だった。

 

そしてその場所というのは……孫権も決して無関係ではない場所だった。

 

 

 

全く……こんな大事なときに姉様は!

 

 

 

必死に走った。

そして目的地へとたどり着き……探していた人物がいることを視認して、安堵と怒りがいっぺんに沸いてきた。

そのためか……普段よりも大きな声を出してしまう。

 

「姉様! 一体こんな時に何をしているのですか!?」

 

孫権が姉と呼ぶ存在は、一人しかいない。

呉の王。

孫策。

孫策は先日刀月に案内した、二人の……三人の親である孫堅の墓の前に跪いていた。

 

「……蓮華」

 

怒鳴るように……実際怒鳴っているのだが……自らを呼んだ存在、愛すべき妹に視線を移して、孫策は何故か儚く笑っていた。

その笑みが……どこか不気味に見えて、さらに孫権は声を張り上げてしまう。

 

「どうしてここに!? 魏が来ているのはすでに報告を受けているはずでは!?」

「や~ね。それは知ってるわ。ただ母様に挨拶に来てただけじゃない」

 

そういわれては孫権もあまり強く出ることが出来なかった。

自らの姉であり王である姉の背中を……ずっと見ている。

誰よりも尊敬していた。

誰よりも憎んでいた。

 

自らよりも何もかもが優れている姉を。

 

そしてそんな姉が本当に好きだった。

 

そんな姉が……戦の前に祈るように母の墓前にいるのがあまりにも驚きだった。

そしてそんな姿を……人間らしい姿の姉を見て安心している己がいるのも感じて……

 

 

 

己に嫌気が差してしまった。

 

 

 

だが今はそんな場合ではない。

孫権は色んな雑念を振り払うように、一度頭を振って色んな意味で溜息を吐いてしまった。

 

「それならそれで護衛くらい付けてください。いくら何でも無防備すぎます」

「そうね。けど今回の相手は曹操でしょう? ならそんな心配はいらないわよ」

「? 何故です?」

 

跪いていたために膝に付いた埃を払いつつ、孫策はそういって笑っていた。

先ほどまでとは違う。

全身に凄まじい覇気を纏わせながら。

まさに今から戦地へ向かうのだと……武人ではない誰もがわかるほどの、凄まじいほどの圧力を身から放出していた。

これがどれほど……孫権にとって悔しい出来事であるか。

当の本人は気づいてはいなかった。

 

「だって曹操は「戦」をしに来てるんだもの? 暗殺なんてせこいまねなんかするわけないわ」

 

情報を見て。

何よりも本人を孫策は直接見ている。

故にこそ、曹操がどのような人物かはある程度把握していた。

だからこそ……ある意味で信用していた。

 

油断していた。

 

 

 

何よりも……お粗末な細作が、この場にいることなど……

 

 

 

 

 

 

ヒュ!

 

 

 

 

 

 

誰もが予想もしなかったのだから。

 

 

 

ドッ!

 

 

 

「ぐっ!?」

「!? 姉様!?」

 

誰もが意識していなかった。

望んでいなかった刺客より放たれた矢は、悲しいことに違えることなく孫策の左の二の腕へと突き刺さった。

そして必殺の矢が命中したことで刺客は、下卑た笑みを浮かべて逃げていった。

 

「ぐっ……ふ、不覚ね。こんなの知られたら、母様に怒られちゃうわね」

「姉様! しっかりしてください!」

「落ち着いて、蓮華」

 

腕に矢が突き刺さったままだ。

激痛が走っているというのに、王である孫策は冷静に言葉を紡いだ。

 

「孫呉の王が取り乱しては駄目。それに……思ったほど深くはない。きっと大丈夫よ」

「ですが……」

「それよりも……このままって訳にもいかないわ。蓮華、先に行ってて。私もすぐに城に向かうわ」

「姉様! それよりも治療を!」

「孫仲謀!」

 

今まで聞いたことがないほど恐ろしく大きな声だった。

その声を聞いてびくりと……孫権は思わず震えてしまった。

 

「他国の侵略を受けている状況で、出陣しない王がいていいわけがない! そんな者に王の資格はない! 孫家の人間として、常に先陣に立って兵の先頭を走る! その勇敢さこそが孫家の証! だからこそ民衆は我らを支持してくれる! その家訓を忘れたのか!?」

「で……ですが……」

「すぐに陣ぶれを出せ!」

「は……はい!」

 

大声で怒鳴られて、それでも姉の確かな覚悟を感じ……心配を振り払って孫権は走り出した。

その未熟ながらも懸命に走る後ろ姿に……孫策は王としてではなく、姉として微笑んだ。

 

全く……いくつになっても世話が焼けるわね……

 

今は一刻を争う状況だというのはわかっていた。

だがそれでも……今は愛おしい存在を見つめていたかった。

少しでも長い時間……王としてではなく姉として、愛おしい妹の姿を見ていたかった。

だがすぐにその姿は見えなくなって……孫策は立ち上がり、その異常をはっきりと感じ取った。

 

これは……駄目みたいね

 

体中が燃えるように熱かった。

ただの矢が刺さった程度でこんな事になるわけがない。

そして刺客が矢を当てただけで、止めもささずにすぐに引いた理由を考えれば……体が熱い原因など、一つしかなかった。

 

毒……でしょうね……

 

自らの命が危うい。

否、もう終わるとわかっている。

なのに不思議と冷静な自分に、孫策自身が驚いていた。

王として生きてきた。

だからなのか……物事を冷静に見る癖がついていたのかもしれない。

 

だが……まだすべきことがあった。

 

 

 

できることがあった。

 

 

 

成さなければいけない事が……あった。

 

 

 

行かなきゃ……ね……

 

 

 

まだ最後の仕事が残っている。

誇りと生き様を見せるべき存在がいる。

だから……このままここで果てるわけにはいかなかった。

 

 

 

「最後の最後で油断しちゃった。でも、やることはきちんとしていくわ。だから……こんな駄目な娘だけど、そっちに行ったらよろしくね、母様」

 

 

 

あえて墓石を振り返ることはしなかった。

もう少しすれば自分もそちらに行くのだ。

 

もう……懐かしむこともないのだ。

 

ならば、自らの決心が鈍るようなことはしたくなかった。

体中に松明を押しつけられていると錯覚するほどに、体が燃えていた。

だからなのか……立ち上がることが出来た。

 

行かなきゃ……ね……

 

 

 

 





コロナがやべーことになってますが、皆様くれぐれも体調にお気をつけください

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