うまくかけたかな?
死んだように眠った。
昏睡しているといってもいい状況だった。
というか……まさにしている。
といっても……わずかにだけ意識はあった。
意識と言うべきか……警戒している心だけは手放さなかったと言うべきなのか。
ともかくほとんど全ての感覚が失われている。
何とか飲んだモンスターワールドの薬と、燃料である携帯食料は胃に入れた。
失われつつも、全てが冷えてなくなるような、冷えた感覚はない。
だが手にした物の冷たさは……何故か感じているような気がした。
ナイフ。
そしてリボルバーの拳銃。
どちらも刀に比べればあまりにも軽い。
だが、人を殺すには十分すぎるほどの殺傷能力を持っている。
そして小さく軽いことから……
俺の幼少時によく利用した武器でもあった。
物心ついたときからすでに真剣も持っていた。
刀以外の武器なんかも良く使った。
幼いこともあって、得物を多く持つことが出来なかった。
そして携帯性を考えれば小型のナイフに拳銃は
子供の得物としてはぴったりだったのだ。
俺にとっての、最強の得物が刀なのは間違いない。
だが……最初期もっとも殺した武器は、ナイフと、拳銃だった。
携帯性。
拳銃という便利な道具で、もっとも特筆すべき点はこれだろう。
ダブルカアラムのマガジンの自動拳銃なら、20発前後もの弾丸を補給なしで発射できる。
服の中に隠すのも容易。
通常の拳銃では子供服の中に隠しても目立つので、幼少期は小型の拳銃を使用していた。
拳銃を所持した年齢一桁の子供。
普通の年齢一桁の子供はまだ体も小さく、本格的に訓練をしたとしても体力も筋力も、大人に敵うはずもない。
だが、武器を持てば話は別だ。
武器があれば子供でも大人を容易に殺せる。
しかも子供はある意味で大人よりも厄介なのだ。
道徳と倫理がまともに機能している国の人間であれば……子供とは庇護する対象だ。
故に……子供を囮なり暗殺者に育て上げれば、相手の不意をつける。
仮にまともな倫理がなかったとしても、クズどもは自分よりも非力な子供相手に油断する。
まともな倫理観があれば、何とか助けようとするが子供を戦場で助けるなど自殺行為以外の何物でもなく、逆にまともな倫理観がなければ、ただ搾取されてしまうだけの弱い存在でしかなかった。
そんな戦場に現れたのが……俺だったのだ。
気を用いることの出来る子供。
武器がなければ脅威になりえないはずの子供だというのに、俺は武器があってもなくても非常に強力な戦力だった。
俺が殺害対象としていたテロリストのクズどもから見れば、脅威でしかなかっただろう。
むろん相手がこちらを脅威と認識する前に、全ての連中の息の根を止めていたので、脅威と思われることも初期の段階ではなかった。
俺の暗殺は確実だった。
幼くとも気を扱え、幼少時より血のしょんべんがでるまで鍛え上げられた俺が、たかがテロリスト程度に殺されるわけがないのだ。
まぁ……さすがに幼少時は拳銃程度しか気壁で防げなかったが……
東洋人の子供暗殺者はなんだかんだで有名だった。
親父が紛争に参加した際に、味方側の陣営の連中なんかが噂を広めたのだろう。
噂を広めるのは狙っていたこともあった……噂話の恐怖で敵を煽る、俺に負担を掛けて修行の質を上げる……ので、俺はそんな噂を耳にしながら修行に明け暮れていた。
年齢一桁でも後半の年齢になれば刀も短刀とかにはなったが扱えた。
そのためそれくらいの年齢になると、子供用に鍛えられた暗殺の刀を携えていたことが特徴になった。
この特徴的な要素があったから、噂が広まるのは早かった。
紛争地域故に監視カメラ等はほとんどないが、それでも目立つ存在……東洋人の幼子、ナイフよりも長い刃物の刀、ナイフに拳銃……の俺が味方だけでなく、敵である裏社会の屑どもに知れ渡るのは必然といえた。
何度か襲われたこともあった。
そのことごとくを返り討ちにしてきた。
悪人殺しという大義名分。
己の命を優先するという大義名分。
正当防衛という大義名分。
死にたくないという大義名分。
殺しに掛かってきたから返り討ちにした。
どれほどの連中を殺してきたのかはわからない。
そしてそれと同じくらいに、救えなかった命があった。
屑どもの襲撃を受けている村を救うとき。
敵の罠に嵌められて窮地に陥ったとき。
俺だけを殺すために、無謀な特攻をしてきたこともあった。
その中で、当事者、被害者に関わらず……俺と同じような年頃の子供が死ぬのは珍しくなかった。
戦うことが出来ず、ただただ逃げまどうことしか出来なかった子供。
少年兵として、俺を殺すために銃を持たされた子供。
色々理由はあるが……助けられなかったことも、殺したことも事実だ。
俺は、自分がスーパーマンでないことを理解している。
全てを力で解決できる訳がないこともわかっている。
仮に力で解決できたとしても……
俺にはそこまでの力はなかった。
自分の無力さを呪った。
己の頭の悪さを呪った。
だがそれでも止まらなかった。
俺が動くことで……少しでも多くの人が人として生きていけると信じて。
俺はそんな言い訳をしながら、ナイフで切り、銃を撃った。
そして……刀を振るって生きてきた。
数多の人の返り血を……浴びながら。
人生の大半を……刀に捧げて生きてきたのだ。
鍛え上げること、技を磨くこと。
それらに生涯を掛けて生きてきた。
そして……生涯を掛けて挑んでいるからこそ、
俺は刀に生かされているのだと……俺は心から思っていた。
やばい場面などいくらでもあった。
俺の世界でも。
モンスターワールドでも。
冬木でも。
それら全ての世界で……俺は俺であるという確固たる意志があったと共に
刀があったからこそ生かされていたのも事実だった。
得物として手元にあった。
生涯の命題として……刀を鍛えると心に誓った。
その二つの強固な力と思いが。
俺をここまで生かしてくれている。
だというのに……この世界では全ての刀が封じられた。
花月。
水月。
雷月。
蒼月。
煌黒邪神龍を封印した狩竜。
そして……一番の相棒である夜月。
その全てが抜けなくなった。
この世界は今のところ脅威らしい脅威を感じていない。
確かに黒幕の連中がいるが、道化ガキに至っても俺に及ばない。
他にも化け物がいるが……あれは手を出してこないだろう事もわかっていたし、恐らく本気で殺す気になれば、僅差で俺が勝つだろう。
故に……必要ないと言えば必要がないかも知れない。
だがそれでも……俺の最強の相棒が使えないことは事実だった。
あぁ……そうか……
何故か働く頭で少し考えて……俺は思い至った。
心細いのか……俺は……
漠然とした意識の中で……俺は悟った。
そう怖いのだ。
恐らく武力的には全く問題がないこの世界においてなお……
自らの最強の得物である夜月が使えないという事実。
そのどうしようもない事実を、俺は恐れている。
それに気づいて……俺は納得すると同時に、己に対して鼻で笑った。
ほぼ全ての気力を使い果たし……魔力すらもうまく運用できない状況下に陥り……
いわゆる丸腰に近い状況になった事で、ようやく理解したのだ。
ずいぶんと……頼っていたってことか……
もしくは依存していたのかも知れない。
別段刀があるから大丈夫だと思っているわけではない。
だが心細いことは事実だった。
未熟……だな……
意外というか情けないというか……己の事を反芻していると、何かが近づいてくるのを微かに捉えた。
薬のおかげか……何とか多少は回復したが、まだ感覚が鈍い。
気のせいかとも思ったのだが、確かに俺は気配を感じ取っていた。
接近してきているのは間違いないようだった。
だがそれでも、俺は注意を向けるだけで警戒する理由はほとんどなかった。
わざわざこの遠く離れた蜂蜜の採取小屋まで俺が避難してきたのは、人避けの簡易な結界が張られているからだ。
簡易ではあるが、結界には変わりない。
この世界の住人で俺の結界を突破できるのは、おそらくあの道化ガキと最後まで姿を表さなかった卑怯者の二人、あの意味不明な存在の三人だけだろう。
黒幕の連中が他にもいればもっと増えるが、突破してくればそれはそれで好都合だ。
殺すつもりで捕獲すればいい。
それ以外の連中であれば、彷徨って歩くだけだ。
そして案の上、結界近辺をぐるぐる回り出したので、結界に阻まれていることがよくわかった。
だというのに、その二つの気配は何かを探しているかのように、ぐるぐると歩き続けている。
それに違和感を覚えて、俺は何とか意識を覚醒させた。
一体……だれが?
まだ万全ではなかったが、このまま放置をしているわけにも行かない。
体の血を気と供に巡らせて……己の体に活を入れた。
それと供に意識が覚醒して……俺は重たい目蓋を何とか持ち上げた。
暗い室内にいることを把握し、四肢に力を入れる。
なんとか動けるか……
正直動きたくなかったが、それでも何とか動くことが出来るようにはなっているようだ。
時計を身に付けてないためどれほど眠っていたかはわからないが、感覚的に一夜は明けていると思われた。
現代よりも圧倒的に
また、俺自身修行した結果として体に宿した、老山の力とより馴染んだおかげだろう。
回復が早くなっているのが感覚的にわかった。
モンスターワールドの薬をいくつか追加で飲んで……俺は戦闘態勢へと移行した。
気配は……二つ……
まだこれくらいしかわからなかった。
逆に言えばある程度離れた気配を察知できる程度に回復している。
そして、体が動ける程度にはなったということ。
魔力が扱えるようになり、さらに魔力の炉心とも言える老山の力があるとはいえ、これは俺的には嬉しいことだった。
成長していると、実感できたからだ。
……最近、武力に直接関わることで目新しいことが出来てないからな
刀が封じられたことで、俺自身武を禁止している。
故にこそ、こうして気力が枯渇するほどに消費した後で、ある程度自力でこれだけ動けるようになったというのは、継戦能力が向上したと思えて嬉しかった。
しかしその喜びも、己が未熟なことに気付いてすぐに消え去ることになった。
何とか歩いて気配のそばに近寄って……二人の姿を目撃して落胆したのだ。
二人は……呂蒙と尾行娘だったのだ。
よくよく考えればこの場までこれるのは、何度か俺と共に小屋まで来たことがある呂蒙だけだ。
俺がいないので結界に阻まれてはいるが、それでも結界が作用する範囲までは接近できたことになる。
その時点で呂蒙以外にあり得るわけがない。
体はある程度動けても思考が動いていないことに気づいて、俺は落胆するしかなかった。
まぁ体が動くようになったんだから、次は同時に頭も動けるようになれば良いだけの話だ
体が弱っているときに、気持ちまで落ち込ませても何も良いことはない。
とりあえずすぐに死ぬ状況ではないこともあって、『次に活かせる』ことに喜びを感じつつ、対処すべきだろう。
そして今近寄ってきている二人が、黒幕でないという保証もない。
黒幕の連中が白装束の幽鬼体を化けさせている可能性もあり得なくもない。
最悪の場合も想定しつつ、俺は重い足を引きずりながら二人へと接近した。
得物に拳銃を持っていたのだが……この時代では脅しの道具にならないので、とりあえず一目でわかる刃物が見えるようにしておく。
「呂蒙」
「!? 刀月様!」
俺が声を掛けると、即座に反応してこちらに視線を向けてくる。
俺としては余裕がないので……近寄ってくる前にナイフを突き出して、動きを止めさせた。
殺気を出す気力も、圧力を掛ける気力もないので本当に突きだしただけだ。
しかし俺に得物を向けられるのが初めてのため、呂蒙が驚きの表情をしている。
付いてきている尾行娘は何が起こってるのかはわからず、きょとんとしていた。
「休みをもらうと行ったはずだ。何故来た?」
動かすのも精一杯のため、声を出すのも結構辛かった。
というよりもある意味で体を動かすよりも声を出す方が辛い。
何せ相手に伝えなければいけないからだ。
内容を考えるのと言葉を選ばなければいけないので、はっきり言って動くよりも辛かった。
「そ、それは……刀月様が心配だったので」
「悪いがいくら弱ってるとはいえ、お前ら二人に心配されるほど弱くはないぞ」
ひどいことを言っている自覚はある。
だがそれよりも、自らの気怠さの方がひどかった。
しかしここでひどいことを言い過ぎても後々の関係に支障を来す。
それにこの場を黒幕が見ていないとも限らない。
あまり迂闊な行動はとれない。
「そ、それはそうかもしれませんが」
「ありがたいし、心配してくれていることも理解している。かっしょ……孫策の許可も取ったんだろう。だが今のお前達に出来ることはない。厄介なことが起こる前に戻れ」
厄介とは言わずもがな、黒幕の連中がちょっかいを出してくることだ。
むしろこの状況……森の小屋に立て籠もる……は黒幕の連中が手を出してくることも想定しての行動だ。
都の方に出てこられたらどうしようもないが……それは今考えない。
「今の俺は自分の身しか守ることが出来ない。だから戻ってくれ」
今の俺の手持ちの武器はどれも護身は出来ても、他の誰かを守れるほどの得物ではない。
せめてねじり金棒だけでもあればよかったのだが、使う力が今の俺にはない。
ここまで体が衰弱したのは……はっきり言ってランポスの大群と、煌黒邪神龍と戦ったとき以来だ。
その時と決定的に違うのは、いい意味では魔力が使えると言うこと。
最悪な点としては、刀が全く使用できないことだ。
魔力を扱えても、今の俺は基本的に身体強化、防御力向上、足場形成といった補助的な能力しか使用できない。
古龍の能力は疲れ切っていて使用するのはかなり厳しい。
今の俺は、間違いなく最弱の状態であった。
故にここから引き上げて欲しいと思ったのだが……時は既に遅かったようだ。
呂蒙の背後に……突如として何物かの気配が漂い、そしてその姿を見た瞬間に、俺の右腕は動いていた。
!!!!!
乾いた音が響いて、俺の右手に軽い反動と火花をまき散らして、拳銃が跳ねる。
それとほぼ同時に、呂蒙の後ろに近寄っていた存在が脳天を撃ち抜かれて背後に倒れて……気配を消した。
死んだと同時に消失したのだろう。
やはりこのタイミングで仕掛けられてしまったようだ。
ちっ! 面倒な
吐き捨てたくなったが、吐き捨てる余力もない。
俺は初めて耳にする銃声に、ポカンとしている二人を怒鳴りつけた。
「敵が来た! こっちに来い!」
余力がないためかなり言葉少なく荒い口調になってしまった。
だが俺の剣幕でどんな事態になったのかは理解したのだろう。
二人はすぐさま戦闘態勢へと移行して俺の言葉に従った。
特に優れていたのは諜報という最前線で働いている尾行娘だった。
自然と呂蒙の後ろについて周囲を警戒しつつ、こちらにやってきた。
「申し訳ありません、刀月様!」
「あぅ、すみません」
「かまわん。二人は自分の身と、互いの安否だけを考えろ。俺のことは後回しだ」
「で、です……わかりました」
「はい!」
思うところはあるのだろうが、俺よりも弱いことがわかりきっているので、素直に俺の指示に従ってくれた。
俺がぴりぴりしてるのもあるのかもしれない。
ともかく何もないよりは小屋の中の方が安全なので、俺は小屋へと向かうために二人よりも前を歩いて先導していく。
タイミングが良いし、やはり褐色ポニーへの毒殺はあいつらの仕込みか?
と考えるが、今はそれどころではない。
俺だけならばまだ簡単だったというのに、一気に役立たずが二人も出来てしまったのだ。
どうにかしてこの状況を切り抜けなければならない。
また可能性としては、さらに邪魔な連中が来るとも限らない。
それを確認しておく。
「他にも向かってきてる奴は?」
「いえ、他にはいません。孫策様は明命だけをここに来させようとしたのですが、私が無理を言って付いてきました」
「亜莎のおかげで助かったのです」
援護なんぞいらんのに余計なことを……いや、そうでもないか
正直な話邪魔でしかなかったがこの状況になってしまった以上、ものすごく好意的に考えると助かったとも言える。
俺にとってもっとも人質に有効な存在は、呂蒙、助と格に、村の連中だ。
呉の人間では尾行娘がもっとも親しいといえる。
都にも同時に攻撃していることも十分有り得たが、今の俺ではどうにもならないので考えない。
ともかくこの窮地を脱しなければ、他のことを考えることも出来なくなる。
まずは現状の打破だ。
戦闘状況へと移行したため、無理矢理にでも体が活性化しているのがわかった。
しかしそれでも体力が回復したわけでもない。
そもそも体力を回復させるための燃料である食料もほとんど口にしていない。
その辺をどうにかしたいが、今から水やら食料を探しに行くわけにも行かない。
まずいな……
食料やら水を調達しようにも、二人に行かせるのは危険すぎるし、俺が行くのも体力的に余裕がない。
少し先に水辺はあるが……俺の今の体力では少しきつい。
ほとんどの気が枯渇しているので、成人男性と同程度の身体能力しかないのだ。
蜂蜜も時期がずれているので、養蜂が出来てない。
食料と水が不足している状況と行ってよかった。
「水、食料は?」
「は、はい! 少しだけですが持ってきてます」
そう言って出されるのは俺が作った即席飯玉が数個。
水も竹の水筒で二つ程度。
正直心苦しいが……俺はもっとも安全性の高い手段を選択した。
「湯を沸かす余裕はない。飯玉を一つ水に付けておいてくれ。器は小屋の中のを使え」
「はい!」
「それを食ったら俺は再び眠る。悪いが小屋の中で籠城しろ。俺は外で寝る」
「え!? し、しかし」
「異論反論は認めない。火を付けられでもしない限り、小屋にいてくれ。一昼夜経ったら俺に声を掛けろ。だが、決して俺に近寄るな。敵襲と勘違いして殺す事になるかもしれない。残った食料は二人で分けろ」
余力がない今では、なおさら寝込みを襲われるのを警戒して、確実に息の根を止めることになるかもしれない。
特に今持っている得物は拳銃だ。
手加減もくそもなく、撃った位置が位置なら即死だ。
かといって得物を手放して寝る勇気は、俺にはなかった。
手放し寝れば、本当に殺す一撃を一切躊躇なく放つだろう。
何か言いたげだったが……俺が異論反論を認めないといった手前か、二人が口にすることはなかった。
器に飯玉と水を注いでしばらく漬けてふやかして胃に流し込み、俺は小屋のすぐ近く……寝込みの間合いから離れた程度……の樹木に背を預けて俺は再び眠った。
しかし先ほどよりも少しは回復しているので、一昼夜寝れば何とか回復すると踏んでいた。
大した備えもない状態で小屋に閉じこめるのは少々心苦しかったが、それでも今の俺には余裕がないので、我慢してもらうことにした。
それから、一昼夜経って二人に起こしてもらった。
意外と言うべきか、何が目的なのか不明だが……最初不意打ちで襲撃してきて、俺が咄嗟に拳銃で殺した奴以外に襲撃はなかった。
食料と水が少々心許なかったため、二人には負担を掛けてしまって申し訳なかったが、持ってきてくれた即席飯玉のおかげで、きちんとした食事をすることも出来たので回復は早かった。
何とか気による通常戦闘程度は出来る程度には回復したが、もっときちんとした食事と休息を取りたかった。
さらに二人にこれ以上無理強いさせる訳にはいかないので都へと帰還することにしたが、二人が乗ってきた馬は一昼夜放置する羽目になったので、いなくなっていた。
木にしっかりと手綱を結びつけていたらしく血の後がない事から、盗まれたのだろう。
そのため、二人を負ぶったり横抱きにして移動する羽目になり……結局回復した分はほぼほぼ移動で使い果たした。
だが、移動して森で丸二日寝たことに意味はあって、気で移動した後も緊急事態というほど気力が枯渇することはなく、さらに丸一日を寝ることで何とかほぼ通常通りになった。
俺だけでなく他の連中も事後処理やら色々追われているので、俺の要求通り後一日休暇をもらうことが出来た。
そして次の日に王の間に集まるように指示を受けた。
魏の連中が攻めてきてから五日が経過した。
本来であればこの時代の戦争は、人と人とのぶつかり合いであり、部隊事に陣形をくんでの戦闘だ。
よほど小規模でもなければ、一日二日で終わるような物ではない。
しかし魏の主である骸骨ツインテが高潔だったため、暴走した部下の尻ぬぐいという形で撤退した。
そしてその暴走の結果として、本来であれば褐色ポニーこと孫策はくたばっていたはずなのだが、俺がいたため一命を取り留めた。
結果論であるし、その結果論をかなり好意的な考え方をすれば、魏の戦力を相当数削っただけで終わったと言えるだろう。
そして暗殺を一体誰が行ったのかは、今の俺には知りようがなかった。
森で仕掛けてきたタイミングがあまりにもよすぎるために、黒幕はあのうざったるい連中でほぼ間違いないとは考えていたが、全く持って証拠がない。
証拠があっても別段意味はないのだが……確証が欲しかった。
そして森での襲撃は結局一回のみ。
余力がないにしてももう少し何かあっても良い物だが、ともかく手を出してこない。
何かつかめればよかったのだが……何も得ることが出来なかったのは仕方ないので、地道に探していくしかないだろう。
いつになったらつかめるのかなぁ……
全く手がかりなしで辟易してしまう。
そう俺が反芻しながら朝の運動をしていると、時間になったために呼び出しを食らった。
普通に考えれば王の命を救った事に対する褒美の話かもしれない。
しかし緊急事態とはいえ王の妹である褐色ロングに暴言を吐いたり、許可も得ずに勝手に休暇を取ったり、挙げ句の果てに呂蒙と尾行娘を危険な目に遭わせている。
しかもあのとき無我夢中だったので、二人が敵を認識する前に敵を殺してそのまま消えた。
拳銃という武器のため何をされたのか理解してないかもしれないが、俺の殺気を考えれば攻撃したことは理解できているだろう。
敵が来たと言っても……俺の台詞だけだからなぁ
もしかしたら懲罰も有り得るかもしれないと、少々びくびくしながら王の間へと向かった。
「来たわね」
気配でわかってはいたのだが、主要人物が集結していた。
呉の連中、ちんちくりんと甘やかし短髪、さらに入れ墨娘にパンダ帽子、妙手娘等々、本当に全員だ。
そんな中で一体何を言い渡されるのかと思っていたのだが、まずは俺が昏倒しているときの話になった。
どうやら本当に魏は撤退しただけで終わったらしい。
撤退後、暗殺に対する正式な謝罪の書物と供に、塩漬けの首が三つほど送られてきたという。
暗殺を企てた無礼者の首。
その首が普通の首だったので、黒幕の連中が仕業ではないのか?と一瞬考えてしまったが、呪術で操っていた可能性も高いためにその辺は特に考えず、警戒を怠らないようにすることにした。
骸骨ツインテとしても暗殺は兵の勝手な行動と言い張ることも出来たはずなのだが……首を送ってきたのは骸骨ツインテなりのけじめということなのだろう。
そこで俺は不思議に思ったので……発言の許可をもらって疑問を口にした。
「孫策が生きていることは他国にはどう説明する?」
「それが悩みの一つでもあるけど……別段隠す必要性もないし、素直に公表するわ」
他国……特に骸骨ツインテがどんな反応をするのか気になるところだが、いつまでも隠しておけないのは事実だろう。
細作が入り込んできているのは間違いないので、情報はすでに知れ渡っていると考えて良いだろう。
だが使った毒が明らかに致死毒なのは間違いない。
そのため、その毒を治療した事で、俺が面倒事に巻き込まれそう……致死毒を解毒する薬は、他国の連中からしたら垂涎物だろう……だが、その辺は割り切るしかないだろう。
暗殺されそうになったら返り討ちにすれば良いだけの話であり、目の前で近しい人間が死ぬことに比べればどうでもいい話である。
「とりあえず雪蓮が生きていると普通に公表する。無論それだけで信じることはないだろうから細作も今まで以上に紛れ込んでくるはずだ。皆十分に注意してくれ」
褐色知的眼鏡の台詞に誰もが力強く頷いていた。
俺としてはその辺はある程度なぁなぁですますつもりだった。
正しく言うのであれば、探ろうと思えば気配で簡単に探れるのだが、面倒なので基本的に気配に気を配ってないのだ。
自分に脅威と覚える細作がいれば話は別だが……そんな細作は今のところ出てきていない。
もしもそんな奴が出たら無論報告するが、普通の細作については気を配ってなかった。
何故なら細作の捕獲とかは、俺の仕事ではないからである。
そしてそれとは別に、こちらの被害についての報告やらの事務連絡を受けた。
さらに驚いたのが……ちんちくりんからの言葉だった。
「今まで同盟と言うことでやってきたが……妾は皆の前で宣言する。同盟を解消して妾は正式に、呉の孫策の配下になると」
この言葉はさすがに誰もが驚いていた。
驚いていないのは褐色ポニーと褐色知的眼鏡のみで、他は誰も聞いていなかったようだ。
「理由は先日の孫策の鼓舞の演説じゃ。妾にはあんなことは出来ないのでの」
「美羽様。本当に良いんですか?」
「無論じゃ七乃。あんな事が出来ないと言うこともあるが……刀月の真似もできんのはよくわかったのでな」
何故そこで俺が?
俺の真似が出来ないという意味では、この場にいる誰もが出来ないのはちんちくりんも理解していると思うのだが?
ともかく不思議に思うが、それでもちんちくりんが自分に出来ないことを把握したことは成長したと言うことだろう。
しかし成長しきってないところは成長しきってないと言うべきなのか……
「かといって刀月の菓子は食べるがの。菓子を取り上げられたら怒るぞ?」
すごんでいるが、内容があれなので誰も怖がるわけもなかった。
きっとちんちくりんなりに気を遣っているのだろう。
俺はそんなちんちくりんに苦笑しつつ、こちらを盗み見ているちんちくりんに対して苦笑しながら小さく頷いておいた。
反乱とかされても面倒だし、俺としてもちんちくりんを憎からず思っているのもある。
よほどわがままを言わない限りは、こちらとしても面倒を見るつもりだった。
そして他にも報告などを終えると……最後に報償の話に写った。
「ではこれより、報償を授ける」
その言葉は、玉座の脇に立つ、褐色知的眼鏡より発せられた。
そして褐色知的眼鏡が一歩下がり……褐色ポニーが一息吐いてから本題へと移行した。
「まずはみんな。良く戦ってくれたわ。といっても、あまり戦いにはならなかったのだけど」
王として話しているが、言っている内容は少し戯けていた。
誰もが少し驚いているが、今は正式な場だ。
黙って褐色ポニーの言葉を聞いている。
「特に今回は……いくら誰もが予測し得なかったこととはいえ、私が暗殺者の凶刃を受けたことで、みんなに大変な心配と苦労を掛けたわ。ごめんなさい」
そういってから玉座から立ち上がって、褐色ポニーは頭を下げた。
正式な場で王が頭を下げるというのは結構大きな出来事なので、今度は誰もが驚いて反応してしまう。
そんな自らの主君に呆れている褐色知的眼鏡だったが……言葉を遮ることなく苦笑しながら溜息を吐いていた。
「さすがに今後はこんな事がないように……私も少し王としての立場を考えるわ。そしてこれからも乱世は続いていく。私たちが生き残るためにみんなの力を貸してちょうだい」
「「「御意!」」」
誰もが頭を垂れて、恭順の意を示した。
俺も同じように頭を下げたのだが……すぐに上げることとなった。
「そして刀月」
「はっ」
「先の戦で……あなたには私の命を救ってもらった恩義があるわ。出来うる限り要望に応えるけど、何か報償に希望はあるかしら?」
ある程度は信頼してくれてるってことなのかね
いくら命の恩人とはいえ……正式な場所でこんなことを言うのは非常に危険なことだ。
さすがに王座をよこせというような馬鹿はいないだろうが、それでもなかなか危ない台詞である。
まぁ玉座なんて邪魔でしかないからいらないけど
そして別段報償とかは俺としてはいらなかったりする。
この時代の報償といえば、基本的には金品とか領地とかその辺になる。
別段食うにも困ってないし、管理も出来ない領地とかもらったところで意味がない。
どちらかというと休みが欲しいくらいである。
まぁ断られるだろうけど……
別段自分が特別優れているとは思ってないが……時代的にも技能的にも優秀なのは間違いない。
そんな俺を休ませているほど乱世は甘くない。
故に俺としては本当に要求がなかった。
「別段要求はない。むしろ無礼なことをした俺に罰を下さないでくれることに感謝したいくらいだ」
「私の命の恩人なのよ? どうして罰を下すことがあるの?」
「王族に無礼な発言をしたのは事実だからなぁ」
話の矛先を持って行くのはあまり好ましくなかったが、それでも後々火種になっても面倒だったので、俺はあえて褐色ロングへの無礼な行為を自ら口にした。
ここであのときのことについてもはっきりさせておいた方が、お互いすっきりするだろう。
褐色ロングも話題にあがるのは理解していたのか……顔を少しだけ歪めたが特段声を荒げるようなことはしなかった。
「そうかもしれなけど、あなたにも余裕がなかったのでしょ? ならば仕方ないわ」
「後この場を借りて先に言っておくが、あの薬は緊急事態故に使用したものだ。俺自身作れる物じゃない、在庫もない。故に毒殺については二度目の対応できないから、薬があると思わないでおいて欲しい」
「確かに、あれだけ貴重な薬なら当然ね。わかったわ」
あれま、あっさりと認めてくれたよ……
これについては少し意外だったので俺は普通に驚いていた。
致死毒を解毒する薬だ。
無理矢理にでも手に入れたいと考えても不思議ではない……ちなみにマジで解毒薬はもうない……のだが、あっさりと引いてくれたのは意外だった。
それを少し俺は意外に思いつつ……褐色ポニーの言葉を待った。
「あなたのことだから、褒美がいらないと言うのは理解していたわ。だから……あなたにしてみれば褒美にならないけど、私たちからすれば褒美である物を、賜るわ」
? 俺では褒美にならず、褐色ポニーたちにしてみれば褒美?
「!? まさか姉様!?」
俺が疑問符を浮かべていると、唯一この場で褐色ポニーの言葉の意味がわかったらしく、褐色ロングが何か騒ぎ出したが……褐色ポニーはわずか一睨みして褐色ロングを黙らせた。
そして……続きを口にした。
「私の名前は孫策。字は伯符。そして……真名を雪蓮」
……なるほど、そういうことか
そこまで言われて、俺はようやく意味を理解した。
そして回りの連中も理解したようで……誰もが驚きに目を見開いていた。
俺も内心では結構驚いていたりする。
「私の真名を……あなたに預けるわ」
真名。
自らの魂の名前。
よほど信頼した相手にしか名前を明かさず、許可をもらってない相手の真名を無遠慮にも口にした場合、命を絶たれても文句を言えない。
もう少し気を配って欲しいが……これもいわゆる文化なんだろうなぁ……
名前を呼ぶ前に、必ず名前を確認する……これがこの世界における常識なのだろう。
人前で平気にその真名を口にするため、結構頻繁に耳にする。
相手の名前を確認せずに斬られるような馬鹿なまねは、片側ポニー以降ない。
俺の感覚で言えば、戦友で嫌いじゃない相手には普通に真名を明かしている印象が強い。
故に俺からすれば褐色ポニーも言っていた通り、報償にはなり得ない。
だが……対外的に見ればこれは破格の報酬といえた。
何せ俺は……呉の正式な武将ではなく、客将なのだから。
「孫策様。わかっているとは思うが、俺は客将だぞ? そんなの相手に真名を許すのは……正直破格過ぎないか?」
「そうね。これに関しては冥琳にもずいぶんと反対されたわ」
「その通りです姉様! いくら命の恩人だからって客将に――」
「蓮華様、今はまだ我らの王のお言葉が終わっておりません。お気持ちはわかりますが、口を謹んでください」
「けれど冥琳!」
「蓮華様」
当然のように声を荒げる褐色ロングを止めたのは、褐色知的眼鏡だった。
恐らく事前に打ち合わせをしていたのだろう。
褐色ポニーは自らの妹を見ようともしない。
その態度でさすがに何も言えなかったのか……褐色ロングが悔しそうに唇をかみしめながら引き下がった。
「確かにあなたは客将で、正式な将ではない。命の恩人とはいえ破格すぎる報償といえなくもないわ」
「ならば何故?」
「私の誠意よ」
その言葉に嘘はないようで……真っ直ぐに見つめてくる褐色ポニーの瞳は、とても綺麗な物だった。
正直……この誠意は俺としては意外だった。
俺ほど扱いにくい存在を相手に、本気で言ってきているのがわかったからだ。
確かに命を救ったのは大きい。
そして自意識過剰になってしまうが……恐らく男として見ているのも嘘ではないのだろう。
だが……それら全てを覆すのが「王」という立場だった。
何せ王とはこの国でもっとも偉い存在なのだ。
その王が……客将に真名を渡すというのは結構大事だ。
何せ客将とは……文字通り客なのだ。
極論だが、俺が嫌になったら国を出ていって別の国に仕えても良いのだ。
今のところ俺はどこにも仕える気はないが、客将という立場は対外的に「そういっている」のと同義なのだ。
それこそ……今この場で客将をやめると言うことも出来るのだ。
さすがにそれをすれば諸外国の連中も俺のことを白い目で見るだろうが、それでも有用性を考えて召し抱えるという奴もいるかもしれない。
そんなのを相手に真名を渡すというのは……さすがに口にはしないが頭が可笑しいと言って良い。
妹であり、俺のことをあまり好いてない褐色ロングとはいえ、正式な場で自らの王に対して提言をするのは相当なことだ。
褐色ロングだけではなく、他の連中も一様に驚いている。
さすがに露骨に嫌悪感を抱いているのはいなかったが、それでも驚くのは無理もないことだった。
そしてだからこそ……誠意と言ったのはこの褐色ポニーが「王」であることを再認識できたとも言えた。
お見事
誠意。
これは本音なのだろうが、裏の意味も当然あった。
俺の人となりをキチンと理解していると言ったところか。
ここまで来て俺が裏切らないことを理解していたが、そこにだめ押しをしてきたのだ。
信頼して真名を預けたのだから、逃げるな……と。
逃げるつもりもいなくなるつもりも毛頭なかったが……楔を打ち込まれたのは間違いなかった。
ここまで来れば俺が客将として別のところに行くのは相当厳しくなったと言っていい。
さすがは王様か
しかしそんな打算的行動があったとしても、それ以上におかしな話であることは事実なのだ。
この世界における真名とはそれだけの重さを持っている。
客将であったとしても、俺が真名を預けていればまだ意味は違ったのだが、そもそもにして俺はこの世界における真名は持っていない。
言うなれば真名ではなく本名はあるが……別段刀月という名前もある意味で嘘ではないので、本名を明かすつもりはない。
しかもこれは報償……命の恩人に対する褒美だ。
故にただ受け取っていればいいのだが、やられっぱなしだというのも個人的に納得がいかないところもあった。
後いくら褒美とはいえ、あまり重い物をもらっても後々面倒になりそうで嫌だったというのが正直なところと言えた。
……あ、そうだ
そこで俺はあることに思い至った。
やらなければいけないことと、やらなければいけないかもしれないことを思い出して……ふと一瞬考え込んだ。
結論として、どちらも可能性が高いと判断して、実に格好が悪かったが……伺いを立てる。
そして……さすがにかわいそうなので褐色ロングのフォローも入れておくことにした。
「孫策様。真名の件、孫策様としては誠意かもしれないが、市井の身な上に客将ではいくら何でも褒美としても過分にすぎる」
「私の礼が受け取れないと?」
「そうは言ってないが、孫権様が声を荒げることも無理からぬこと。そのため……先ほどは辞退したが、いくつかお願いしたい事がある。それを褒美として受け取ることは出来るか?」
「ほう? その願いとは何だ?」
この世界においては文字通り最上級の褒美をいらないと言うのは、なかなかすごいことだろう。
周りの連中も、先ほどとは違い俺に対して驚きよりも不快そうな目を向けてきてるのがよくわかる。
だが……褒美がすごいといっても、この世界の連中ならという前置きが付く。
俺はこの世界の住人ではないので価値観が違う。
しかもあえていうのなら、一銭にもならない……王の寵愛を受けたとか、寵愛を受けて閨に誘ってもらうとかいわゆる男女による情愛など、いなくなる俺からしたら全く持って必要のない……名前を賜ったところで俺には全く意味がない。
何せ別段王の寵愛を受けなくても俺としては困ることはないのだ。
いや……人海戦術が出来なくなるという意味では困るか
あちらとしても加工食品の製作のノウハウのある連中である刀村の連中は既に都に移住させて専属契約を俺としている。
仮に俺がいなくなってもその連中を囲えば、発展こそ出来ないが維持は出来る。
最悪、俺がいなくなっても急激な落下は防げると言うことである。
それはともかくとして、俺としては呼ぶ予定もない名前をもらったところで何の意味もない。
故に……後々のことを考えて右手の甲を一瞬だけ見て、ある権利を取得することにした。
「三度。三度でかまわない。俺に王とほぼ同じ権力を有した命令権を戴きたい」
「私と同じ?」
「……それはどういう事だ?」
さすがにこの言葉には反応せざるを得なかったのだろう。
玉座のそばで褐色ポニーに侍っていた褐色知的眼鏡が、視線を鋭く細めて俺を睨みつけてくる。
確かに三回とはいえ王命をよこせと言われれば、誰もが眉をひそめるどころか……普通であればこの場で殺されても文句は言えないレベルの物である。
無論俺のことを殺すのは色んな意味で難しい……腐っても命の恩人、実力、経済力……だろう。
しかしそれにあぐらを掻いて無理矢理命令権を得るのは後々の軋轢になりかねないので、俺はその理由を明かした。
「無論その三度の命令が呉にとって不利益ではない物なのは当然として、その命令を下す場合は王である孫策様の許可を得た上で命じる」
「なるほど。だが、そうなるとあまり褒美になっていないのではないのか?」
褒美といいながら、俺にあまりメリットのない話なので他の連中からしたら引っかかるのは当然といえた。
だが……こちらとしては十分メリットがある話なので、何とかこれを受け取りたかった。
「確かにそうかもしれないが、こちらとしては十分メリ――利点がある。だがそうだな……なら一つだけは俺にとって優位な命令を許諾してもらえるというのはどうだ? 無論、三つ全てにおいて、下衆な命令はしないと約束する」
「下衆というと……たとえば?」
「あけすけに言えば、相手が誰であれ無理矢理閨に連れ込むといった命令しない」
女性と言うこともあって、最初にこれを言っておいた方が良いだろう。
俺が男女間の性行を行ってないのは誰もが知っているだろうが、今後もそれをしないという風に言っておけば、あちらとしても安心できるという物だろう。
ついでに言えば、強姦でよければ俺はいつだって出来るのである。
もしくは気を脳に送り込んで気を失わせての眠姦。
当然……そんなことをする位なら腹を切るし、そもそも一応色街もあるみたいだし、本当にやるならそっち行くけどね……
俺としては無責任なことはしたくないので、ほぼ絶対にそういうことをするつもりはないのだが。
しかし何故かこの発言をしたとき……褐色ポニーが少し残念そうに顔を歪ませていた。
その僅かな時間を見逃さずに見た俺は……ちょっと面倒なことになりそうだと、内心で溜め息を吐いてた。
自意識過剰な可能性もあるが……まぁ命まで救われたらそら情愛の念も抱くか……
面倒事にならないように気をつけなければいけないだろう。
周りの連中も、一応俺の言葉で納得したのか……といっても褐色ロングはそれはもう偉い剣幕で俺を睨みつけていたが……褐色知的眼鏡にも念を押されたことで他の連中も納得したらしく、褒美の話は終了となった。
俺としては真名の話を一応は有耶無耶に出来たので、心の中で安堵していたりする。
まぁこの褒美も……褒美になってないんだけどな……
ともかくこれで大義名分を得たので、いくつかしなければいけないことについて、行動を起こさなければいけないだろう。
おそらくまだ間に合うと思われるが、俺も本職ではないので噂を流している本職の奴が間に合うことを祈るのみである。
そして報償の話が終わり……今後の話へと移行した。
それは……今後の他国との戦に関することだった。
未だ群雄割拠というべきか、多数の国が相争っている状況が続いているが、それも長くは続かないことを俺は知っている。
現に、もっとも頭脳がある褐色知的眼鏡からも、今回攻めてきた魏がもっとも強敵であるという説明をしていた。
そして驚くべきはその戦力で、魏は今回の戦で減ったにも関わらず、全軍の数は50万にも上っているらしい。
対して呉の兵力は35万。
士気、戦術に戦略、または地の利等を考えれば勝てなくはないかもしれないが、数が不利であることに代わりはない。
そしてもう一つ褐色知的眼鏡が口にした国が、蜀だった。
こちらは呉よりも人数が少なく20万だ。
三国志……歴史的にも有名なこの三国の戦は、ついに最終局面とも言える三国による争いに向かって進もうとしているようだった。
「今回退けたとは言っても、魏は情報を完全に遮断していた。そのため初動が遅れた。あのとき……曹操がこちらの侵略だけを考えて攻めてきていれば、間違いなく呉は滅んでいただろう」
冷静な分析。
それこそが戦略家である軍師に必要な資質である。
そしてこの褐色知的眼鏡の言葉には、誰も否定する言葉を発しなかった。
わかっているからだ。
情報を遮断されたことで対応が遅れ、さらに骸骨ツインテが褐色ポニーとの舌戦を行うということをしなければ、間違いなく敗北していたと。
仮に情報が来ていれば、侵略してきた連中に対して事前に対応が出来たため、本拠地という圧倒的な地の利のおかげで、少なくとも負けることはなかっただろう。
しかし侵略されているという情報を遮断されたことは……紛れもない事実だった。
これがいかにまずいことであるのか……わからない人間はこの場にはいなかった。
「それでも我らが王は生き残り、危機を脱したのは間違いない」
ここで俺の名前を出さないところが……さすがは褐色知的眼鏡だと感心した。
確かに命を助けたのは事実だが、あまり俺ばかり褒め称えるのも士気に問題がある。
しかも先ほどから言っているように俺は客将だ。
あまり持ち上げるのもよくない。
さらに言えば俺は命を救っただけで、軍の戦闘行動には参加していない。
いくら骸骨ツインテが退却していただけとはいえ、退けたのは間違いなく呉の力なのだ。
そして……それでも明確に兵力で負けているのは事実。
「だが……それでも今のままでは我らが魏を攻め滅ぼすのは難しいだろう」
15万もの差があるのだ。
そう易々とひっくり返すことが出来る訳もない。
ただしそれは呉のみであったならばという前置きが付く。
「そしてそれは我らだけではなく、あちらも同じはずだ」
あえて明言していないのだろうが……それでも今までの話の流れでわからないわけがないだろう。
「では~やはり~~~、組むという認識で~~よいのですね~?」
「そうなるな」
おっとり眼鏡が念のためといったように確認する。
その言葉に褐色知的眼鏡が頷いて……回りの連中も頷いていた。
共通で認識したと言うことだろう。
蜀と同盟を結ぶと。
だがすぐに動くわけにはいかないだろう。
呉の認識と、蜀の認識が一緒とは限らないからだ。
故に……他国である蜀が動くまでは、まだこちらから動くわけにも行かない。
追撃戦とはいえ多少はこちらも被害を受けた形だ。
しかも王が死にかけたという、ある意味で相当大きな出来事もあったのだ。
軽々に動いては、他国に呉が弱っているといらぬ誤解を取られかねない。
故に出方をうかがいつつ、同盟を結ぶしかなかった。
「幸いと言うべきか……魏は先ほどの戦で少なくない打撃を負った。しかも今回の先走りによる練兵不足を曹操も認識しただろう。立て直しに調練ですぐには動けないはずだ。だから我らは同盟を行い、国力を高める」
「しかし……あの噂に名高い諸葛亮が簡単に頷くの?」
褐色ロングが疑問を口にする。
確かにいくら一国が強敵とはいえ、軽々に同盟を結ぶのは難しいと考えるのは普通だ。
だが呉がなくなって困るのはあちらも同じこと。
そして何よりも……あの素人娘の思考から考えて、同盟を蹴ることはほとんどない。
「それは恐らく大丈夫です、蓮華様。呉が倒れて困るのはあちらも同じですし、劉備の考え方、さらに伏龍、鳳雛とまで称されているあの二人の軍師なら、同盟の意味に気づかないはずがありません。これは呉の軍師で考えた結論ですので恐らく問題ないと思われます。蓮華様の懸念はもっともですが……心配には及びません」
「それに、こちらとしては確実に同盟を結ぶ手だてもあるわ」
王として座っているが……どこか悪戯っ気を含む口調で、褐色ポニーがそういいながら俺に視線を向けてくる。
その視線の意味には当然気づいているので……俺としては内心で溜息を吐くしかなかった。
まぁ確かに……俺という橋渡しの有無はでかいだろうからなぁ……
「手だてですか? その手だては……」
そこで褐色ロングも褐色ポニーの視線の先が俺であることに気づいて、はっとしていた。
他の面々もその視線が意味するところに気づいたのだろう。
しかし、それだけではないことを褐色知的眼鏡が説明してくれる。
「今の蜀の本拠地の益州。この土地は西には五胡、南に南蛮と接しており、その対応が困難になっております。さらにその両方の軍勢の動きが活発している。蜀は益州で新たな将を仲間にしたようですが、西に南。さらに北の曹操。本拠地の防衛も行わなければいけないので、人員が不足している状況です」
対して呉は背面が海だ。
実質的に北と西の二方面を気に掛けていれば問題がないのである意味で楽だ。
「同盟と共に将を送れば……あちらとしても願ったり敵ったりのはずです」
「人員は決めている……ということでしょうか?」
ここで呂蒙が遠慮がちに質問をする。
その呂蒙に何故か褐色ポニーが苦笑しつつ、返事をする。
「呉も将が多いわけではない。だけど、今注力すべきは相手を確実に減らすこと。となれば、あちらも無碍には出来ない。そして我らの中でもっとも蜀と親しい人間といえば……」
「俺しかいないわけですね」
直接関わったことがあるのは、反董卓連合で顔合わせをした褐色ポニーと褐色知的眼鏡くらいだろう。
しかしそれも一国の主と軍師と言うことで、赤裸々に友好を深めたわけではない。
ならば俺が顔つなぎとして再度人員として送られるのはわからないでもない。
だが……これには少し疑問が生じる。
「行くのは俺としては構わないが、武将となるべき人員とすれば俺はあまり適切ではない気がするのだが?」
先ほどの話から考えて武将ないし軍師を送るのが筋だと思われるので、俺は素直に疑問を口にする。
俺は武将になることは出来るが、武将になる気はない。
故にどう考えても適任とは言えないのだが……
「それはその通りね。だけどあなたは後衛として……もっといえば本陣の護りにおいておけば、それだけ護衛を将として活用できる。ある意味で、あなたの側ほど安全な場所はないわ」
「まぁ……そうかもしれないが」
「またそれだけじゃなく、刀月の副官として呂蒙を付けるわ。それに明命。さらに呂布に陳宮にも言ってもらう」
「呂蒙、周泰、呂布に陳宮? 大盤振る舞い過ぎないか?」
「それだけあちらとの同盟を重要視しているってことね。これだけの武将を向かわせれば、蜀に対して大きな貸しが作れるし、蜀に対して敬意を払っているということにもなる」
まぁそれはそうだけど……
「そしてこれは本人たっての希望として……袁術ちゃんと張勲も一緒に行ってもらうわ」
「……おい」
派遣する人材を見て……俺は少し頭が痛くなった。
というよりも、このあからさますぎる派遣人員で、俺が上の連中の思惑を悟るには十分すぎた。
この人員配置で……俺は二人の狙いを悟る。
「明らかに……狙った配置だろ?」
「さぁ、何のことかしらね?」
俺の嫌味などどこ吹く風。
先ほどまでの威厳ある姿が嘘のように……まるで今にも鼻歌を歌いそうな軽い感じで、褐色ポニーは俺から視線を逸らした。
俺、呂蒙、尾行娘、入れ墨娘、パンダ帽子、ちんちくりんに甘やかし短髪。
良い言い方をすれば大盤振る舞いとなるが……悪い言い方をすれば、面倒な連中の押しつけとも言えた。
呂蒙と尾行娘は、呉の正式な人員としての派遣。
呂蒙は軍師。
尾行娘は三国から見ても随一の細作の腕前であり、武将としてもそこそこやれるのでおそらく名の通った武将相手でなければ負けることはないだろう。
だが他の連中がどう考えても押しつけだった。
入れ墨娘は武力こそ随一だが、いわゆる天然と言う感じで扱いにくい。
入れ墨娘とセットでなければ真価を発揮できない、軍師の卵のパンダ帽子。
以前よりはわがまま度合いが減ってはいるが扱いがデリケートなちんちくりんに、そのちんちくりんを溺愛する甘やかし短髪。
後半の連中は……どう考えても扱いづらいがために俺に面倒事を押しつけた人員と言ってもいい連中だ。
しかしここで厄介なのが、個々人全てそれなりに優秀と言うところだ。
入れ墨娘はこの大陸では随一の武力の持ち主で、パンダ帽子はまだ孵ってないとはいえ軍師として光る物を持っている。
ちんちくりんは最近の勉強のたまものか、結構為政者としてもそれなりに手腕を発揮してきており、甘やかし短髪はちんちくりんさえ絡まなければ十分に軍師として脅威である。
だがそれらの癖の強い連中をまとめ上げるのは……どう足掻いても俺しかいなかった。
「蜀に派遣させるなら要望がある!」
「何かしら?」
「公孫賛をつれ――」
「却下だ」
「最後まで言わせろ周瑜!」
「公孫賛には騎馬隊として重要な役割がある。呉に伝令として派遣することはあるかもしれないが、蜀に常駐というのは出来ない」
くっそ! 喧嘩売ってやがる!
正直この場で暴れ出したい気分だが……確かに俺がいなくなるとすれば、入れ墨娘とちんちくりんを沈める相手がいなくなってしまう。
非常に強力ではあるが、非常に扱いが難しい二人を俺と一緒に行動させるのは……客観的に見れば理にかなっている。
そのため……俺は仕方なく大きく溜息を吐くしかなかった。
まぁ……やるしかないかぁ……
無駄な抵抗といえばそれまでだが……まだ蜀と同盟が決まったわけではないのだ。
ならば蜀と同盟しない可能性も、異世界であるこの世界ではあり得ないことわけではなく、その場合は俺の引率者としての仕事はお役後免になるわけである。
まぁ……あり得ないだろうけど
俺の世界の歴史から見ても、呉と蜀が同盟を結ぶのは史実だ。
ならば……性別が反転していると言っても、それほどまでに歴史的転換点である同盟が成立しないと言うことはあり得ないだろう。
無論同盟を阻害しようと思えば出来るのだが……無駄な労力にしかならないので、俺としては受け入れるしかないだろう。
いつ出立するのかは謎だが……それでもともかく準備だけはしておくかね
今度の仕事は長期間自分の本拠地を明けることになりそうだ。
故に俺自身に必要な物をピックアップして荷造りをしておかなければならない。
頻繁に電磁投射道を使用することは出来ないだろうからだ。
戦場で戦わないとはいえ、戦地に赴いて後衛で控えている状況で、移動など出来るはずもない。
食生活に不満があると面倒なので、俺としてはその辺をぬかりなく準備しなければならない。
後は、刀達と現代品とかその辺か……
武器は当然としても、現代品も結構な代物だ。
置いておいてあさられても面倒なので、全て持って行く必要性があるだろう。
そういや、ナナは元気にしてるかね?
そんなことを考えながら、俺は内心で深い溜め息を吐きながら、今後の事についてど行動すべきか計画を立てていた。
蜀に行く前……つまりこの地を離れる前にどうしてもやらなければいけない仕事が一つあったからだ。
今のままでは確実に死ぬであろう一人の女を……助けるという大事な仕事だ。
俺、医者じゃないんだけどなぁ……
そう刀月が今後の予定を立てているのと同じように……刀月の様子を監視している存在も策略を巡らせているのだが、刀月にはそれを知るよしはなかった。
人は働かなければ生きていけない
働かなければ金が得られないからだ
働かなければいけないが、それで心を壊してしまう
体をこわしてしまう
矛盾だな
年度末
くっそ忙しいとは思いますが、皆様体と心にはくれぐれも気をつけて下さいね
次回は刀月さんのセクハラ話です(他意はない)
個人的よくにかけた気がするので楽しみにしてくれたら嬉しいなぁw