荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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遅くなりまして失礼
予想した人は多いと思いますが、モンハンです
結構面白いですね~
ただ紅玉が出ねぇ
リオレウス50位全部の部位破壊して捕獲して尻尾も斬ってるのに
運なんだろうなぁ


ちなみに今回説明色が濃いので、あまり話は進まないです




蜀への派兵

 

 

呉からの声明を聞いて、二つの陣営に……特に北に位置する魏に大きな波紋が広がっていた。

そのため急遽軍議が開かれることになった。

 

「死んでいないとは、一体どういう事だ!」

 

怒りに声を震わせながら怒鳴るのは、魏の最高戦力である夏侯惇だ。

そんな自らの姉を、夏侯淵は宥めるように肩に手を置いている。

しかしそんな夏侯淵も、表情に少し戸惑いの色が出ていた。

 

「落ち着きなさい、春蘭」

 

そんな自らの部下であり、可愛い女を主である曹操が凛とした声で制止していた。

普段であれば敬愛すべき曹操の声で少しは落ち着きを取り戻す夏侯惇だが、今回はさすがにすぐに収まるのは無理だったようだ。

しかしそれも無理からぬ事だろう。

何せ不本意とはいえ致死毒射られた孫策が生きていると知らされたのだから。

 

「しかし華琳様! これでは退却時に撤退のみに徹底した事によって死んでいった兵達の犠牲が無駄ということになって――」

「黙りなさい。それは違う。孫策が死ななかったとしても、暗殺を行ったのは事実。故にあの時の私に退却以外の選択肢はあり得なかったわ。むしろ私としては好都合。あのときの恥辱を……本人に返すことが出来るのだから」

 

それは曹操の本音でもあった。

曹操が目指すのは、なりふり構わず手段を選ばず……というような物ではない。

目指すは覇道を突き進む王がごとく。

その道行きに、暗殺などという唾棄すべき最悪な手段を用いた汚点など残すことになってはならない。

 

「ですが~華琳様。あの毒を受けておきながら生きているのは……さすがに少々納得しかねます」

「しかも報告では治療によってほとんど問題ない状況まで回復していると。にわかには信じがたいことです」

 

そう言って疑問を呈するのは軍師の程昱と郭嘉だ。

自らの主の思いは否定しないが、あまりにも異常なその報告については、軍師の二人は少々眉唾物だった。

何せ毒を回収し検分をしたのは当の二人なのだ。

使われた物が致死毒であるとすでに結果も出ている。

 

「まだ毒を生った瞬間に処置を迅速にすればまだ理解できます。傷の周りを肉ごと切り落とすか……それこそ最悪は腕を丸ごと斬り落とせば可能性はあるはずです。しかし……」

 

軍師として曹操の傍らにいた郭嘉は、致死毒に射られた直後の孫策の姿を直に見ているため、本当に意味がわからないと言ったように……口を抑えている。

舌戦に赴くために歩いてきた孫策の姿は、腕を斬り落とすどころか傷の治療すらも行っている様子はなかった。

さらに自らの軍を鼓舞するために前線にて立ち続けたその姿は……敵ながら敬服すべき姿とも言えた。

そしてその気迫と圧力が……命を費やした物だからこそ出た覚悟であるというのを、肌で感じていた。

故にこそ……毒を受けてから相当の時間が経ったのは想像に難くなく、応急処置が適切と言うことは有り得るわけもないのだ。

 

だが呉の声明、そして自らの細作からの報告は孫策の死を否定する物しかなかった。

 

「確かに検分による毒の種類、そしてあのときの孫策の傷の具合と気迫に言葉の重さ。どれをとっても常識的に考えれば孫策が死なないのはおかしな話ね」

 

曹操としても、部下の郭嘉の言葉を否定する気にはなれなかった。

自らの汚名を雪ぐ機会を得られて嬉しいという気持ちはあるが……致死毒を受けておきながら吼えるあの姿。

消え去るその前に……そういう必死さがあればこそ、凄まじい鼓舞となって呉の兵士を一騎当千とも呼べる最強の兵士と化したのだ。

そして矢傷の位置から考えても……毒の周りが遅いということもあり得ない。

故にこそ……喜びが大きいと同時に、不気味さも同じくらいに大きな物であった。

 

だが……不気味さという意味では、呉にはあの不可思議な男がいる。

 

その存在が……どうしても曹操の頭から離れなかった。

 

そしてあの男が何かしたのでは? という気持ちがあって、それをどうしても否定できない自分がいた。

 

 

 

全く……本当に厄介な男ね

 

 

 

必死に冷静さを保っているが……曹操として少し暴れたいほど気分が荒んでいた。

連合軍時に見向きもせず、一点突破という知略も何もない戦術で突破した呂布が向かった先にいた……あの男。

あのとき全ての兵士が唖然として見ざるを得なかった戦闘を行った男。

そして……それと同時にどこからかやってきた謎の小柄な存在と、最高にして最奥とも言える武の演舞を見せた。

 

……口惜しいと考えている自分がいるのを否定しきれないのが、本当に嫌ね

 

初めて目にしたのは寂れた村で給仕をしていた姿。

そして自らを侮辱し……自らがもっとも信頼する夏侯惇と夏侯淵を軽くあしらった。

それどころか大量の荷物が載せられた荷車を持ち上げて馬よりも速く駆けるその姿。

何もかもがあり得ない存在だった。

 

あれだけの恥辱を受けてなお……心の片隅では、未だ配下に迎えたいという気持ちがほんの少しだけ残っていた。

 

だがそれ以上に……自らを侮辱し、心を一度でも屈服させた存在を生かしておくつもりはないという気持ちが強かった。

本人が何故か頑なに戦線に出ようとしないため、直接的な手段はなかったが……だからといって見逃すつもりは毛頭なかった。

 

あの男が何かしたのでしょうけれど……それでもそんなことは関係ないわ

 

あの男がいようといまいと、そして何をしようとも……曹操が行くべき道は変わらないのだから。

そして今回だけに限れば、本当に感謝したいという気持ちはあった。

未だ臍を噛む思いである暗殺未遂。

これほどの失態と後悔を……覇道に残すつもりはない。

故に……曹操は敵に塩を送られた状況でありながらも、心は闘志に満ちていた。

 

必ずあなたを……倒してみせるわ……

 

「華琳様。今後はいかがいたしましょうか?」

 

荀彧の言葉に現実に引き戻されて、曹操は一瞬にして思考を巡らせて……今後の方針を伝える。

 

「まずは領地の維持、管理と財源の確保。そして新兵の徴収を最優先。天和達に急がせるように伝えなさい。情報収集も怠るな。そして……兵の調練について、二度と同じ過ちは許さないわ」

 

天和とは黄巾党の主として君臨していた、張角の真名である。

張角と妹の二人……張宝と張梁の三人は、「太平要術」なる不思議な力を持つ書物で、飢えた民達を煽動していた。

曹操が討伐に伴って捕らえたところ、本人達はただ自分たちが歌うことで皆が慕ってくれたために上として君臨していただけで、戦乱を煽るつもりはなかったと言っていた。

増えすぎた自らを慕う者を養うために、仕方なく食料を得るために襲ったのだと。

その言葉が真実であると曹操は判断した。

逆にいえば判断せざるを得なかったのだ。

不可思議な力を直に見せられては納得しないわけにはいかなかったのだ。

 

声が大きくなる妖術とはね……

 

「太平要術」の書物こそなくなったものの、声を大きくする不思議な妖術の道具は残されており、そしてそれを見た北郷一刀がその原理を理解していた。

そしてその力と供に、三人の娘の利用価値を見いだした曹操は、北郷一刀と三人娘を用いてその力を利用する策を思いついた。

民を煽動するほどに力のある歌を用いた徴兵を行わせているのだ。

「太平要術」の書物を持ってきたのは、実に怪しげな眼鏡を掛けた男だと話をしているのだが……姿を見ておらず似顔絵すらもないのでは、探しようもなかった。

 

「それで一刀。あなたに任せている天和たちとはどんな感じ? うまくやれている?」

「あぁ、あっちもそれなりに信用してくれてるみたいだ。ただ地和とはそこまでってかんじかな?」

「そう、うまくやりなさい。あなたの働き如何で、徴兵が大きく変動するのは事実なのだから」

 

徴兵の仕方が実に愉快で……いわば三人娘のライブを聴きに来た一般大衆が、三人娘を守るために率先して志願兵としてやってくるという不思議な徴兵なのだ。

強制的な徴兵と、志願兵では忠誠心や兵の質に大きな違いが出てしまう。

そのため曹操としても三人の働きを大いに認めており、だからこそ自らの腹心として重宝している北郷一刀を、専属の事務員として派遣したのだ。

 

「それはがんばるよ。俺も一応部下を率いるようになった事だしね」

「輜重部隊とはいえ戦闘がないわけではないから気を引き締めて行う事ね。糧食を担う部隊だから、文字通りの生命線よ。失敗は許さないわ」

 

また事務員とは別に、輜重部隊も一刀は任されていた。

専属の部下を三人(・・)付けており、その三人がよく働くので助かっていると、一刀自身も曹操にそう報告していた。

 

そして軍議が終えたことで方々が仕事に散っていく。

曹操自身、自らの執務室へ向かいながら……暗殺しかけた孫策の体を憂いていた。

無論、敵に対して情けをかけるという意味ではなく……体を全快させて、全力でぶつかるための想いだ。

 

「……必ずあなたを、完膚無きまでに叩きつぶしてみせるわ」

 

それは誓いの言葉。

孫策が負傷していようといまいと、何ら問題もなく真正面から叩きつぶすことで、自らの正しさを証明するために。

 

 

 

 

 

 

「というのが呉からの声明ですね」

「そっか。孫策さん、無事だったんだね! よかった!」

 

軍議の場にて、自らの軍師が報告を述べた言葉に対して、のほほんと……本当に嬉しそうに声を上げる存在がいた。

玉座があるのだが……何故かその玉座に座らず、部下達と同じ高さの床に置かれた机に向かっておかれた椅子の上に腰掛けている。

一応主であることは間違いないのか、玉座を背に椅子が置かれている。

その者の名は劉備。

蜀の主にして、貧しい民衆のために立ち上がった存在だった。

 

「しかし……解せないです。報告にあった毒は致死毒だというのに……」

「でも朱里ちゃん。処置によっては助かることだってあると思うし」

「それは……そうかもしれないけど」

 

報告を読み上げた小さな幼子のような存在、諸葛亮の疑問に一応の回答をするのは、同じように幼い子供のように小さな鳳統だった。

二人は同じ師に師事した同門の学徒であり、凄まじき優秀さで他国にもその名をとどろかせる存在の軍師だった。

だが……二人を一目見た者は誰もがそうだとはすぐにはわからない。

それほど幼く……愛らしい姿だったのだ。

 

「孫策のことについては気になるが……こちらとしても同盟するかもしれない相手が弱体するよりは良いことだ。それよりもまずは今後の事を話し合うべきだろう」

 

そう言って強引に話を戻すのは関羽だった。

稀代の天才軍師とも言える二人だが、考え始めると長考になってしまう悪癖があるとも言えた。

故に少々厳しめな声色で二人を少しばかり睨みつける。

 

「っと、そうでしゅね」

「……そこまで慌てなくていい」

「は、はい! とりあえず五胡への対応を行うのは已然変わらないとして南蛮の対処が厳しいです」

「今は南蛮に星さんに紫苑さん、鈴々ちゃんが頑張ってくれてますが、敵の数と地の利があちらに有利に働いているようで苦戦してます。何か手を考えないといけないのですけど……」

 

現在蜀は人員不足に悩まされていた。

蜀は魏や呉に比べても人材が豊富だったが、それ以上に問題の数が多かった。

そして武将が多くいても、その配下となる兵の数が三国でも最も少ない。

また周囲を敵に囲まれており、対処するために方々に武将達が散っている。

北の曹操を警戒するために厳顔と魏延。

五胡は元々侵略をしてきており、それに対して涼州連合が対応していた経験のため、馬超、馬岱が騎兵で、軍師として賈駆に董卓。

もっとも手こずっている南蛮には、 張飛、趙雲、黄忠の三人が当たっている。

そのため本城であり王である劉備がいるこの城にさえ、武将は関羽しかいない状態なのだ。

あまりに手薄と言えたが……それでもこれが精一杯だった。

軍師の二人である諸葛亮と鳳統は、作戦立案や政策に必要なため本城にいるが、それも限界に近づいてきていると言ってよかった。

もしも本城で何か問題が起こった場合は……対処が出来ない可能性も大いにあり、非常に厳しい状況といえた。

 

「五胡を可能な限り迅速に鎮圧して、南蛮に兵を送るしか今は手だてがありません。もしくは逆に南蛮を片付けて五胡に送るしか……」

「北に向かわせた者を呼び戻すのはどうなんだ?」

 

諸葛亮の兵士を送る事に対して、次善策とも言える北の将を派遣するという事を提案する関羽だが……それに対して諸葛亮は首を横に振った。

 

「確かに……それも考えの一つですが、あまり北の警戒を下げたくありません。魏が打撃を受けたのは間違いないですが、それでもあの曹操さんが何もしてこないというのは考えにくいですし……」

 

呉への進軍に伴い意図せず暗殺を行った曹操は、自軍が打撃を被るとわかっても撤退した。

事実だけを見れば敗北したと言ってもよく、軍への被害がそれなりにあったのだ。

立て直しに必死とはいえ、それだけであの傑物とも言える曹操が何もしてこないとは考えにくいことは……関羽にもわかっていた。

故に……現時点で執れる手段はほとんどなかった。

 

「……現場の皆に、頑張ってもらうしかないと言うことか」

「今は、それしかありません。しかしこれを耐えれば……」

 

机に置かれた軍議のための地図。

方々に散って仕事を行っている戦略図以外にも、三国が描かれた大きな地図もそばにあり……その大きな地図を見ながら、諸葛亮と鳳統は思考を巡らせる。

自らの主である劉備が夢見る天下太平の世。

自分も同じ考えであるからこそ、こうして必死に思案を巡らせる。

 

「もう、朱里ちゃん! 表情が硬いよ! きっと大丈夫! 行き止まりなんてないんだから! 私も頑張るから!」

「は、はわ!?」

 

そう言って固くなっていた頬を後ろから優しく摘まれて……諸葛亮は思わず奇っ怪な声を上げてしまう。

紛れもなく王であり、血筋としても王と言って差し支えないというのに……劉備はこうして仲間を大事にする主君だった。

天才とは言えないが、施策においては十分に有能であり、人柄もあって民にも好かれていた。

もちろんこの場にいる人間も、そして各地で戦う蜀の将兵は、誰もが劉備のことを好いていた。

だからこそ……必死になって軍師の二人は考えていた。

 

どうにかして……この戦乱の世を終わらせるために。

 

 

 

 

 

 

数日間の準備を経て……ついに出発の日に相成った。

正式に他国と同盟するのだが、まだ少しでも情報を伏せておくために出発式などは行わず、あくまでも普通に部隊が出撃するという体で俺達は呉の本拠地より出発した。

俺や主要メンバーの他にも、入れ墨娘の部隊がそのまま派兵されており、総勢100名前後……入れ墨娘部隊が90、ちんちくりんの親衛隊が10に、他細々……となっている。

そのため輜重部隊も随伴しての旅路になり……その間の食事やらの面倒は当然のように俺が見ることになった。

 

なんだかなぁ……

 

最近自分の立ち位置が本当にわからなくなっていく、俺刀月こと鉄刃夜。

自分の本名を名乗らなくなって早数年。

この長い年月が……俺の気分を落胆させるのはあまりにも十分すぎた。

しかもその長い年月で黒幕と接触できたのはほんのわずかな時間でしかない。

なのに日々の忙しさは減るどころか増える一方だった。

しかし……久しぶりの暇を満喫している状況だった。

 

いやぁ……楽だ……

 

馬がいるにはいるが部隊の人間全員に行き届くわけもないので大半が徒歩だ。

そして緊急を要する案件でもないため、ひたすら徒歩で行軍するだけなので……行軍中は襲われない限りやることもない。

武装が統一されているため、端から見ても正規兵だ。

訓練された部隊を相手に襲ってくるような盗賊は、そう多くはない。

なのでのんびりと……俺は荒野の移動を満喫していた。

 

「刀月様、本当に馬に乗らなくてよろしかったのですか?」

 

俺のそばでそう言ってくるのは、馬に乗って行軍をしている尾行娘だった。

客将とはいえども俺も将の一人。

本来であれば身分を示す要因も含めて馬に乗った方が良いのだが……俺としては馬に乗っていると即応できないので嫌だった。

しかも荷物も俺の台車複数台だ。

馬に引かせるのもかわいそうなので、俺としてはこれでよかった。

 

「気にするな周泰。俺は将といえども客将な上に身分的には文官みたいなもんだ。こんな半端者が馬なんぞ乗らない方が良いって」

「ですが刀月様。さすがに今回は乗られた方がよかったのではないですか? 我々だけならともかく、今回は蜀に正式に派兵された状況ですし、今までとは少し勝手が違うような」

「まぁそうかもしれないが……お前ならよくわかってるだろ呂蒙? 俺がばかげているのはわかりきったことだ。それに蜀の上の連中とは何人か知り合いだ。俺が馬に乗ってなくてもそいつらはわかってくれるさ」

 

この中でもっとも俺が化け物じみた存在であることを知っている呂蒙がそう提言してくるが、それでも俺の返答は変わりない。

即応できた方が楽だし、何よりも馬よりも速く駆けられるし跳ぶことも出来る。

他国に派兵と言うことで身分的なことも考えた方がよかったかもしれないが、その辺はあっちの上の連中とはそれなりに親しくさせてもらった。

知らない中でもなくしかも今回は同盟の派兵として俺は蜀に向かっている。

俺のことを侮辱してくるような馬鹿なことはしないだろう。

それに俺の武については、一応大陸全土にもそれなりに知れ渡っている。

あまり形式にこだわることもないだろう。

 

「七乃~。いつになったらつくのかえ? さすがにこう馬車に揺られているだけなのも疲れてくるのじゃが」

「そうですね~。さすがにまだ出発したばかりなので全然先ですね。だいぶ先ですが、辛抱なさってください」

「刀月。何か菓子はないのかえ?」

「携帯食としてクッキーを作ってきたがあくまでも道中食だ。お前の暇つぶしに食わすものはない。というか、いくら主をやめたからと言って気を抜きすぎだぞ?」

「じゃが仕方なかろう? やることもないのじゃ」

 

まぁ……それは確かに

 

実際……行軍しているだけで暇なのは間違いなかった。

特に俺は歩いたり台車を引くことで少しは動作をしているが、ちんちくりんは贅沢にも馬車に乗って移動しているため、他の連中よりも手持ちぶさただろう。

実に贅沢な悩みと言えなくもない。

 

「とーげつ」

 

そんな話をしながら歩いてると、俺の武を広めるきっかけになった張本人の入れ墨娘が、馬に乗ってやってきた。

入れ墨娘の前にはパンダ帽子が乗っていて……二人仲良く相乗りをしていた。

 

「どうした呂布? 何かあったか?」

「ちがう」

 

ふるふると、首を横に軽く振るって俺の言葉を否定する。

そしてその後に自分が腰掛けている鞍に付けられた鐙を指さした。

 

「これ……すごいいい」

「おう、それならよかったわ」

 

結構本気で感動しているようで、俺はそれに対して苦笑しつつそう返していた。

(あぶみ)

それは馬の左右に備える足場になる道具だ。

馬に乗る時や、乗っている時に足をかけるもの。

これの有無は本当に乗馬のしやすさの明暗を分ける物で、大発明と言ってよかった。

以前から鐙がないことが気になっていたのだが、直接関わることでもないので俺は特段提案することはなかったのだが……今回俺自身も派兵をするに伴って、不慣れな連中も馬に乗ることを考慮して、やむを得ず鐙を発注したのだ。

これが偉い受けた。

 

 

 

いつ出来たんだろうな? その辺のことまで調べたことはなかったからなぁ……

 

 

 

※鐙は西暦300年以降の文明で存在が確認される物で、三国志の時代は西暦で184~280年の期間。

そのため少しだけ早い発明となる。

 

Wikiで調べた程度なので、間違ってたらごめんよ by作者

 

 

 

鐙がないと足で馬の胴体を挟んで固定して乗るという、非常に不安定な状態で騎乗することになる。

そのため騎乗するのは非常に高難度な技術であり、そこからさらに騎乗して戦うという訓練も必要なのだ。

故にこそ騎馬隊というのはそれだけでもかなり厚遇される存在だ。

今回の部隊は主に歩兵が中心だったのだが、長距離移動のために馬を使うことになった。

馬に乗れた方が休めるので、俺は鐙を提案したのだ。

騎馬隊も新たに結成する運びとなり、この鐙は少なくとも騎乗する訓練の時間を大幅に短縮できる。

あの騎馬隊として天下に名をとどろかせている妙手娘も……非常に興奮して、鐙について俺に熱く語ってくれた。

しかも鐙の利点はそれだけではなく、騎乗が楽になることで兵士の負担も減るため、より長い時間を速く駆けることが出来るようになったのだ。

戦力、情報伝達力も向上したのだから……生粋の騎兵である妙手娘からしたら興奮せざるを得なかったのだろう。

ともかくそう言ったこともあって、移動が少し楽になっていた。

ちなみに呂布の家族達は全員留守番だ。

ノブと褐色知的眼鏡に世話をお願いしてきた。

何か問題があればしゃれにならないことはわかっているだろうから、変なことはしないし面倒もきちんと見てくれるだろう。

 

 

「ふん! いくらすごい発明をしたからって、恋殿の方が絶対にすごいのです!」

 

そう言ってぷりぷり文句を言ってくるのは、相乗りしているパンダ帽子だ。

自らが敬愛してやまない主が、他の男を褒めるのが気にくわないのだろう。

いわゆる嫉妬というか……子供故の幼さでぷりぷりしているので、俺としては苦笑するしかなかった。

 

「ちんきゅ……とーげつに、そいうこというの、だめ」

「うぅ~~~しかし恋殿!」

 

姉妹漫才は実に微笑ましく……俺だけでなく周りの連中も穏やかに笑っていた。

そして一定の時間となったので……俺はそばで併走している呂蒙に、声を掛けた。

 

「そろそろ時間か?」

「あっ!? はい! そうです!」

 

俺の言葉で所定の時間の経過したことに気付いて、呂蒙が慌てて全体の行軍を止める。

まだ緊張している呂蒙に、俺は内心で苦笑しながら俺の台車の綱を握らせた。

 

「では偵察するな」

「はい刀月様! 宜しくお願いします!」

 

久しぶりの行軍故か、それともこの部隊での最高権力責任者故か……呂蒙が実に固くなりながらそう俺に返答してくる。

ある意味で初陣とも言える呂蒙に苦笑しつつ……俺は気力を用いて真上に跳躍し、遙か上空で周囲を見渡す。

感覚的に100m程飛び上がっただろう。

しかしこれは気配を探ることの出来る俺が、あくまでも偵察によって外敵を発見したというフリに過ぎず……正直周囲へのアピール以外の何物でもなかったりする。

 

今のところ異常はなしと……

 

これは俺が化け物であるということを、他の連中にも再認識させる良い機会であり……その甲斐もあってか、初めて供に行軍する入れ墨娘の部隊も俺を表立って悪く言うことやつはいなかった。

 

まぁ入れ墨娘との対決を見ている余裕は、入れ墨娘の部隊にはなかっただろうしな

 

連合軍時に入れ墨娘と戦ったが、その時パンダ帽子以外は他の軍と戦っている真っ最中だった。

俺がどれほど化け物じみているのかを、はっきりとは認識してないはずだった。

別段舐められてもかまわないのだが、舐められたことで咄嗟の命令を拒否されても困るので、俺としては俺の異常さを周りに示すことには何ら問題なかった。

極めつけに、せっかく行軍することになったので……夜などの移動できない時間は兵士の訓練も行うように、褐色知的眼鏡からも命令を受けていた。

また入れ墨娘としても俺と戦うのは嬉しいらしく、夜を楽しみにしているようだった。

 

「特段問題はなさそうだ。またあっちのほうに村があるようだ。そろそろ日も暮れる。野営するよりは泊まらせてもらった方がいいだろう」

「その通りですね。ではその村を目指しましょう!」

 

そして村に言って武将連中なんかは泊めてもらった。

もちろんそれに対する報酬で金なんかは渡している。

また俺が現地調達……といっても気力と魔力を併用して結構遠くまで行って……をして、調理した料理も振る舞ってちょっとした宴会をしていたりもする。

もちろん大半は野営だ。

簡易な天幕で地べたに布を敷いたりして寝る。

見張りは交代制だが……武将は免除されている。

だが俺は、親交も兼ねて積極的に見張りには参加していた。

 

まぁ暇だし

 

そしてそれ以上に盛り上がるのが……夜の俺の模擬戦だった。

入れ墨娘の部隊から立候補者数名が参戦し、最後には入れ墨娘が俺と戦う。

もちろん俺は本気を出さないし出せないが……それでも一対一で負けることなどあり得ない。

そのため誰もが本気で殺す気でくるので、非常に良い訓練といえた。

また驚いたことに、たまに盗賊が襲ってくることがあった。

こちらの数は100だったが、ちんちくりんの護衛は本陣の護衛……呂蒙、ちんちくりん、甘やかし短髪……として戦闘には直接参加しないので、実質は呂布の部隊と輜重部隊をあわせた90以下しかいないとはいえ、正規軍を相手に喧嘩を売ってくる気骨者がいたのは正直に言って感心していた。

しかしそこは天下に名を轟かす入れ墨娘こと呂布。

行軍によって乗馬にも慣れてさらに突破力を大いに増加させて、盗賊どもを一網打尽。

はっきり言って話にならない。

仮に抜かれたとしても俺が本陣に控えているので全く問題がなかった。

出来れば俺が護衛に控えているのでちんちくりんの連中も戦闘に参加して欲しかったが、親衛隊としてそこは甘やかし短髪ががんとして譲らなかった。

また本当の意味での親衛隊のようで、本人達も万が一を考えてちんちくりんから離れるのは嫌そうだった。

 

意外に人望あるんだな……

 

最近まともに施策をしているから少し人気が出たのかも知れない。

問題は特段起こることもなく、そして襲われたところで問題になり得るはずもなく、行軍は順調に行われていた。

問題があるとすれば……それは間違いなく暇なことが最大の問題といえただろう。

だがそれでも進んでいれば終わりはくるわけで……ようやく目的地である蜀の成都直前までたどり着いていた。

 

 

 

 

 

 

「あ~~~~~。本当にやることないなぁ」

 

即応性を求めて馬に乗るのをやめていたのだが……それでもこの行軍中の暇さ加減はさすがに長い日数続くと飽きてきた。

帰りは新たに馬車を自ら作って馬も買い、馬車の中で調理の下ごしらえとかをしながら帰っても良いかもしれないと……早くも帰りのことを考えている俺がいた。

 

あまりにも暇すぎるからな……

 

しかし都に近づいてきているのは俺としては気配でわかっているので、先日よりは気分が軽くなっていた。

気分的にようやく暇な徒歩から解放されたとうきうきしていると、先行していた斥候が一騎戻ってきた。

そしてその報告を伝令兵が本陣である俺達に伝えに来る。

 

「報告します! 進行方向に70里ほど行ったところに、成都を確認いたしました」

 

1里が約450mで、70里だと30km程ということになる。

となればそう時間をおかずに目的地にたどり着く。

その報告を聞いて、将達はそれぞれ安堵した。

 

「よかった……無事にたどり着けて」

「お疲れ様なのです、亞莎。これからがある意味本番ですが、私も全力を尽くすのです!」

「ふ、ぁ~~~ぁ。やっとついたのかえ。成都にはうまい菓子があるのかの?」

「ようやくですね~。私としてはお風呂に入りたいですねぇ」

「ふっふっふ、ようやく到着ですか! 恋殿! 蜀の田舎者どもに恋殿の武勇を示す時は近いのです!」

「……ん。がんばる」

 

安堵したと言っても将によって大きく意味が違うのが面白いというか何というか。

しかし全員がきちんと仕事ができる連中故に、蜀としても歓迎してくれるだろう。

俺も直接戦線には参戦しないし、発酵食品を作って売る事は褐色知的眼鏡に禁止されている……呉の生産拠点の希少性が減るから……が、それでも土木工事は行うことは許可を出されているので俺としてはやることは非常に多いだろう。

また発酵食品を売らなくとも、自分が食す分は作るつもりである。

これについては褐色知的眼鏡に認めさせた。

 

後はなんだかんだで……旧交を温めることになりそうだから暇にはならんだろ……

 

義勇軍の時に親しくしていた連中が今も無事かはわからないが、全滅しているということはないだろう。

それにもっとも重要な案件としてナナが元気にしているのかどうかも気になる。

連合軍の時の様子から大事にしているのはよくわかったのであまり心配はしていないのだが、それでも病気にかかっていることもあり得なくもない。

その場合は俺の気力治療を行って回復させてあげたいと思っていた。

 

「日が落ちる前に到着した方が、こちらとしてもあちらとしても都合が良いはずですので……少し急ぎます」

 

さすがにそれなりの日数を、最高責任者として過ごしたからか判断と指示に迷いがなくなっている。

呂蒙は思案していた案を伝令兵や周囲に伝える。

それがそう時間をおかずに全体に伝わって、行軍速度を少しはやめた。

しかしこれでも予定よりも日数的に早く到着したのだ。

これについては蜀の治安の良さが大きな助けとなっていた。

 

「大きな問題もなかったから、予定よりも早く着いてよかったです」

「そうだな。まさか数える程……というよりもたったの二回しか襲撃に遭わなかったからな」

 

呂蒙の台詞に、俺は深く頷いておく。

益州に入ってからは一度も襲われなかったのだ。

基本この時代の盗賊というのは、飢え死にを防ぐために行う場合がほとんどで、快楽や金のためにということはほとんどない。

故にその盗賊が発生してないと言うことは、村々にも食料が行き渡っていると言うことを意味する。

蜀の政治がよく機能しているということだろう。

少し急いだ結果として日がちょうど半分ほど傾いた頃にはたどり着いていた。

門番の連中に敵襲と勘違いされても困るので、伝令兵が先に呉からの派兵であると伝えに行っている。

そして伝令兵が帰ってきたと同時に、主要メンバーだけで先に都に入ることになった。

さすがに受け入れの許可もなく、部隊の人間全員を受け入れるなんてことをする国はない。

そのため大半が外で待機となっている。

早めに終わらせてさっさと部隊の連中を中に入れてやりたいものである。

謁見メンバーは顔合わせの俺、呂蒙、ちんちくりんと甘やかし短髪の四人となった。

俺の台車から離れるのが少し不安だったが……残った尾行娘と入れ墨娘に何人たりとも指一本触れないようにとお願いしておいた。

本来俺に命令権はないのだが……二人とも快く承諾してくれた。

都に入る際の俺の装備は、ねじり金棒に懐に入れたサバイバルナイフだ。

拳銃については見られても面倒なので固く封印している。

そして都に入ってもすぐに入城が許されるわけではなく、呉の正式な将である呂蒙が先に城に招かれて話をつけに行ったのだが……なかなか戻ってこない。

そのため仕方ないので俺とちんちくりん、甘やかし短髪の三人でちょっとしか観光となった。

 

「む、結構よい匂いのする露店が多いの。こちらで面白い菓子はないかの? その辺はわからないのかえ刀月?」

「うーむ。俺も菓子作りが本職じゃないからなあ? 細かいことまではわからないぞ? 後正直菓子にそこまで力を入れるのは今の世の中じゃ難しいだろ? たぶんこっちでも目新しいのはないと思うぞ?」

「そうなのかえ?」

 

年相応の子供らしく、残念そうに肩を落とすちんちくりんに俺は内心呆れていたが……それでも憎からず思っているので言葉を続ける。

 

「まぁこっちにしかない材料で呉じゃ作れない菓子はそのうち作ってやるから」

「ほんとうかえ!? 約束じゃぞ!?」

「はいはい」

「むぅ。美羽様が食べるんだったら私にもくださいよ?」

 

未だ本当に快く思ってないだろうが……それでもちんちくりんが慕うし、何よりも菓子を食べることによって極上の笑みを見せるので、なんとも相反する気持ちで、甘やかし短髪が俺にそう言ってくる。

俺のことは内心で憎らしいが……ちんちくりんと共通の話題を逃したくないと言ったところなのだろう。

俺はそんな二人の仲の良さに苦笑しつつ、快く頷いておいた。

明らかに異様な長い棒……ねじり金棒……を持つ偉丈夫な男と、仕立てのよい衣服を着ている二人を見て、周囲からの視線が少々痛い。

早く戻ってきて欲しいのだが……なかなか呂蒙が俺達に向かってくる気配がない。

早く着いたのだが、どうやらあちらが忙しいようだ。

城の中の気配を探れば、結構な人数があちこち走り回っているのがわかった。

何かしらの対応に追われているのだろう。

そしてようやく呂蒙がこちらに来る様子を察知して、俺達三人は城門の前へと戻って呂蒙を待った。

 

「お疲れ。問題でもあったか?」

「いえ、問題はなかったのですが、なにやら忙しかったのですが、今準備が終えたので謁見できるそうです」

「よし、んだらば行くか」

 

正式な使者として来たので、武器を取り上げられることはなく、そのまま玉座の間へと通された。

そこにいたのは素人娘に片側ポニー、ミドリボンに見知らぬ幼子。

ナナはすぐ後ろの控え室みたいなところで、一人待機しているのが気配でわかった。

元気そうな気配であること、また何か仕事をしているかのように動き回っているので、元気なのは間違いなさそうで安心した。

 

後で機会を作ってもらおう……

 

無理矢理預けておいておきながら都合のいい男だが……その辺は考えないでおく。

片側ポニー以外に、この都に強力な存在は見受けられない。

おそらく方々に出払っているのだろう。

人員不足なのは間違いないようだ。

 

「劉備様、多忙の時にお目通りの許可を戴き……誠にありがとうございます」

 

今回の派兵の責任者である呂蒙が、手を合わせて頭を垂れる。

さすがに今は正式な場なので俺としてはこのまま沈黙しているつもりだ。

 

「呂蒙さん。そんなに固くならないで大丈夫ですよ。せっかく来てくれたんですから、仲良くしてくれると嬉しいです」

「は、はい!? が、頑張ります」

 

元は商人の家の娘でしかない呂蒙が、一国の主である素人娘にそんなことを言われて、目を白黒させている。

相も変わらずほわほわしているというか……人なつっこいというか、あまり偉い人間とは思えない感じではある。

そしてあまりにもフレンドリーな態度とその言葉に、傍らに立つ片側ポニーがあまり態度にこそ出さないが溜め息を吐いているのが、俺にはわかったので内心で合掌しておいた。

だが玉座に座った姿はそれなりに様になっており……出会った頃より時間が経ったこともあって主として成長しているのは、何となくわかった。

 

「それで、雪蓮様……孫策様よりこれを預かっております。また諸葛亮様宛にもこちらを」

 

そう言いながら俺達のそばに控えている兵士に、呂蒙は預かっていた書状を二つ渡した。

さすがに中に何が書かれているのか俺は知らない。

同盟を結ぶと言っていたのでその類の書状なのは間違いない。

だが、それだけですぐに同盟になるかどうかは、さすがにこんな状況……歴史的な同盟締結の場……での経験はないので、俺としても実は少し緊張していたりする。

正しくは緊張というよりも……すぐに同盟とならない場合、外に待たせている連中がどうなるのかが心配なのだ。

 

州の外でずっと待機ってのも疲れるしなぁ……

 

「はい、ありがとうございます」

 

蜀の主である素人娘、軍師として歴史に名を残す諸葛亮事ミドリボン、そして学問の神様片側ポニー。

そしてこの場にいることからそれなりに偉い人間であろう、ミドリボンと同じような小柄な少女がそれぞれ書状に目を通した。

 

「孫策さんの意志はわかりました」

 

親しくしようというのに嘘はないのだろうが、それでもまだ同盟締結には至っていない。

状況から言って同盟破棄はあり得ないだろうが……同盟締結と派兵に伴ってどのような条件を突きつけているのか俺は全く知らないので、どうなるのか見物である。

 

「今の我が軍から見ればよい提案です。同盟については今後の事を考えれば必須です。しかし……我が軍に少し有利すぎる気がします」

 

大きなツバと上に飛び出ているのが特徴的……魔女が身に付けるような感じ……な帽子。

そのツバの上に大きなリボンが結ばれており、そんな特徴的な帽子を身に付けた娘……魔女リボンがそう言葉を口にする。

名を鳳統と言うらしい。

俺の知識は以下略なのでわからないが、見た目から言ってどう考えても武官じゃない。

文官ないし諸葛亮のそばにいることから軍師なのだろう。

そしてそんな頭のいい二人としては、こちらに裏がないか勘ぐっているのだろう。

確かに派兵の内容だけ見ても相当な大盤振る舞いと言っていい。

軍師としては破格とも言える呂蒙。

尾行娘は武こそ他の武将から見れば見劣りするが、十分な強さを持っている上に細作としては三国随一と言っていい。

ちんちくりんは武将としてはあれだが、施策自体はそこそこ使えるし、なにより付随というか必ず付いてくる甘やかし短髪が軍師としてはかなり優秀だ。

入れ墨娘については説明すらもいらず、パンダ帽子も入れ墨娘とセットならかなり有能と言っていい。

極めつけに俺という戦こそしないが、多方面で便利な存在。

破格というか……良い点だけ見れば過剰とも言える人材を派遣していると言っていい。

 

その手綱役としては……えらい面倒なんだがな……

 

別段偉そうに言うつもりはないが……各人をつなぎ止める役割として俺は結構重要だろう。

呂蒙はまだ上役としては初陣に等しく、尾行娘は悪い言い方をすれば武については中途半端で他国で細作としての実力を発揮することは、出来ないだろう。

入れ墨娘は武としては最強だが燃費……飯代……が悪い。

パンダ帽子は入れ墨娘とセットでなければ実力が発揮できず、セットという意味では甘やかし短髪も同様。

ちんちくりんは……確かに秀でてはいるが突出してはいないし、俺が定期的に菓子を与えないと不機嫌になってしまう。

 

……めんどくさ

 

改めて押し付けられた感じがひしひしと伝わってきて……呉に戻ったら褐色知的眼鏡に飯代を請求しようと心に誓った俺だった。

 

「孫策の狙いは何だ?」

 

ばっさりと……とても外交とは言えないほど単刀直入に疑問をぶつけてくる片側ポニーに、俺は内心でびっくりしていた。

しかしこちらも細作として優秀な尾行娘が派遣されている。

尾行娘が細作として優秀という程度は、他国にも知れ渡っているのは承知だったのだが、呂蒙の補佐と心のオアシスとして尾行娘を派遣しただろう事は想像に難くなく……俺としても何も言えなかった。

 

「私どもの目的は、書状の通りです。それ以外にありません」

 

なかなか威圧的な物言い……さすがに殺気とかで脅してはいない……の片側ポニーに対して、呂蒙は毅然とした態度でそう答えている。

内心ではすごく震えているだろうに、俺にもわずかにしかそれを感じさせない呂蒙に……俺は内心で感心していた。

今度褒美として、また菓子でも持っていこうと心に決めた。

 

「雛里ちゃん、これを……」

 

ミドリボンが魔女リボンに書状を手渡す。

その際書状の一部を指でなぞっていたので……何かしら意味があるやりとりなのは間違いない。

そして指さされたことで、すぐに魔女リボンも察したようで小さく頷いて、二人して自らの主である素人娘へと顔を向ける。

 

「桃香様。私たちは同盟に賛成です」

「……それは蜀にとっても問題ないと言うことだな?」

 

主を代弁してか、それとも武将としてか……片側ポニーが先に二人の真意を問いただす。

だが特段言葉を交わすことはなく……そらまだ同盟を結んでないので敵ではないが味方でもない相手の前で言葉でやりとりをするのは愚かなことだ……再び頷くだけだった。

 

「孫策さんとは連合の時にもお世話になったし、直にお話もさせてもらったから、信頼できると思う! 私も賛成!」

 

元気よく笑顔でそう言うのは素人娘。

確かに一度会ったことがある人間であるし、俺自身も褐色ポニーの人柄は信用している。

しかし素人娘としては一度会ったことがある程度なのだが……それでもここまではっきりと物言うほど接してはいないはずだ。

それだけ褐色ポニーの事を信頼しているということなのか?

 

お気楽と見るべきか……観察眼が鋭いというべきかは判断に迷うな……

 

ただ素人娘の性格から言って完全に能天気というわけではないだろう。

人を見る目はあるのは俺自身少なくない日数を供に過ごしたので知っている。

おそらく観察眼が鋭いと言うよりも、本能的に人柄を察する事が出来るのだろう。

 

ま、俺も嫌いじゃないから都度フォローはするがな……

 

素人娘、片側ポニー、ちみっこの三人は俺としても最初に色々と教えてくれた連中で人柄もよいため好意的だし、なによりナナの恩がある。

取りなすくらいは喜んで行うつもりだった。

書状に何が書いてあったのかは不明だが……ともかく同盟する流れになりそうで、行軍が無駄足にならずに済みそうで助かった。

片側ポニーも主の素人娘が同意するならば強固な反対はしないようで、小さく身を引いた。

みんなの意志がまとまったことを確認して、素人娘が朗らかに笑いながら元気よくこう述べた。

 

「呂蒙さん。今回の同盟を受け入れさせていただきます。皆様を客将として正式にお受けします。部屋を用意するのでそちらで今後はお過ごしください」

「ありがとうございます! どうぞ私たちの力、存分にお使いください!」

 

役目を無事に果たせてほっとしてるはずだが……そんな様子はほとんど見受けられなかった。

本当にあの俺と話すのですら顔を隠していた呂蒙が成長したものである。

ご褒美のお菓子はランクは高いものを用意すると……心に固く誓った俺だった。

 

「兵の方々にも宿舎をお貸しします。案内をしますのでこちらまでお願いします」

 

四人の中で比較的自由に動けるのは俺だけだったので……俺が案内を受けることにした。

正式な謁見が終わったことで少し砕けた感じで素人娘が呂蒙に話しかけている。

王である素人娘に話しかけられたことでさすがに緊張が耐えきれなかったのか、先ほどまでの毅然とした態度が嘘のように、慌て出す呂蒙。

そんな呂蒙らしさを背後で感じつつ、俺は一般兵に道を案内されて場所を確認する。

粗悪ではなく、しっかりとした作りの宿舎だった。

迎賓とまでは当然言わないわけだが、それでもいいランクの宿舎を借りられるようだ。

そして玉座の間に戻ってきた俺は、三人と戻って外で待機させていた部隊の連中を宿舎へと案内した。

そして俺達は別室として、宿舎に近い部屋を案内された。

その際、質素だったが故にちんちくりんが少しごねていたのので、俺がそれをあやす……といってもすこし文句を言っているだけ……ことになって結構面倒だった。

そして俺として問題が一つ。

 

部屋が近すぎて寝るときの気配探知が面倒だな……少し経って信頼を得たらその辺相談するか……

 

気配探知で俺が安眠できないのと……何より俺がそばにいることで黒幕の連中から何かされないとも限らない。

今すぐには難しいのは間違いないので、しばらく経ったらお願いするとしよう。

そしてこの時点で長期戦……信頼を得てから動くと考えている時点で、少なくない時間をこの蜀で過ごすことを認識して、俺は深い溜め息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

「それで、この派兵について……特に刀月についてどう思う?」

 

呉の連中がいなくなった玉座の間。

口火を切ったのは武将である関羽だった。

先ほどの四人がまだ残っており、派兵についての意見のすりあわせを行っていた。

同盟と言うことでそれなりの武将やら使える人材が来ることを期待していたし、あまりにも頼りにならない将では礼を欠くため、誰が来るのか予想はしていたのだ。

諸葛亮は冷静に分析し……呂蒙が来るのはほぼ間違いないとあたりを付けていた。

そのほかには武将として公孫賛が来ると予想していたのだが……よもや最強の武将である呂布が来るとは予想もしていなかった。

呂布の専属軍師とも言える陳宮も、幼い故にまだ荒さもあるが、軍師としては普通に優秀だ。

さらに細作として優秀な周泰。

主であることをやめ、一為政者の一人として最近頭角を現してきた袁術。

さらにその側近である軍師として優秀な張勲。

あげくの果てに色々とぶっ飛んだ存在でもある刀月が派遣された。

兵数こそ多くはないが、武将の質があまりにも破格だ。

何か裏があると考えない方が将としてはどうかしていると言ってよかった。

 

「確かに破格と言っていい派兵です。呉は周囲に対する警戒が私たちよりも少ないのは事実ですし、私たちも予想していた袁術さんとの争いもなかったため、近年で大きな被害を被っていません。それに刀月さんの噂が事実であれば……顔合わせのためだけに刀月さんを派遣するとは少し釣り合わないとは思います」

「そうだよね。刀月さんの話が本当なら、将としてではなくとも十分抱え込むにたる理由はあるし、土木怪人の話が本当だっていうのは、呉の発展から見ても間違いない。だから蜀に恩を売っておきたいのは間違いないんだろうけど……それでも客将だから、こちらが引き抜くことだって出来なくはないです。それは周瑜さんも承知しているはずです」

 

諸葛亮の分析を補間したのは鳳統だ。

これには言葉にすることで一度情報を整理する意味合いが強いのだろう。

土木怪人、農作物と加工食品の話は、蜀からの細作だけでなく市民達の噂話でも蜀に伝わってきており、その影響力のすごさを物語っている。

しかも武においても最強格なのは、呂布を討ったことからも疑いの余地がない。

未だ呂布と戦ったことがないため、蜀としては呂布がどの程度の実力を有しているのかは想像でしかないのだが……大陸全土にその名が轟いていることを考えれば、生半可なことは想像に難くない。

故にこそ関羽の質問に対して知の双璧といえる諸葛亮に鳳統としても即断できなかった。

ちなみに周泰が派遣されたのは、呂蒙の心のオアシスと蜀への恩義……偵察任務においても周泰は三国随一といっていい……のほかに、刀月のお目付役という任務も兼ねていた。

諸葛亮に鳳統がいうとおり、客将と言うことで引き抜かれるかもしれないことは、周瑜も当然理解していて警戒もしていた。

また土木工事についてもやり過ぎない……あまりに頑張りすぎて発展しすぎても国力が上がるのでそれは呉としては避けたい……のを諫める事も役割としてあった。

故に刀月が呂蒙の次のよく面倒を見ており、且つある程度刀月に付いていくことの出来る周泰にお目付役としての白羽の矢が立ったのだ。

 

「良い点で考えれば、同盟を確実にするため、蜀を早期に安定させるため、恩を売るため……この辺りが考えられます。書状にも刀月さんを土木工事で使ってもらってかまわないと書かれていました。ですが、細作として優秀な周泰さんを派遣したのは気になります」

「監視を付けるべきか?」

 

諸葛亮の心配に対して、関羽は少し強攻策とも言える案を口にする。

しかしこれについては本人もあまり本気ではないようで、声に真剣さが感じられなかった。

とりあえず提案したという程度なのだろう。

そして当然のように……諸葛亮は首を横に振った。

 

「あまり露骨に監視しても同盟に齟齬を来すかもしれません。それはあまりにも下策です」

 

細作として周泰が優秀であることが他国に広がっていることは周瑜も知っていたので、いらぬ誤解を避けるために可能な限り刀月か呂蒙と行動を共にするように、周瑜から注意を受けていた。

周泰に関して、その辺のことは周瑜が考えてないなどとは、諸葛亮に鳳統も微塵も思ってない。そうなると間違いなく恩義を売る程度しか考えられず……ともかく刀月の派兵と周泰については様子を見る事で話をまとめた。

 

「まだ呉の最終目標がどのようなものかはわかりませんが……それでも今の段階では同盟を組むしか道はないです」

 

蜀の最終目標。

それは今も変わることはなく、皆が笑顔で穏やかに平和で暮らせる世の中を作ること。

しかし呉の最終目標は今のところまだ判明していない。

ただ魏の勢いがあまりにもすごすぎるため、互いに潰されないためにもこの同盟を蹴ることは出来ないのも事実であり……逆を言えば同盟を受け入れざるを得ないということも、蜀としては悩ましい話でもあった。

今のところ敵ではないが、もしも魏を二国同盟で滅ぼすことが出来た場合どうなるのか?

その辺りが今のところ読むことが出来ず、さらに言えば今回の同盟の恩恵が大きいのは蜀だ。

この恩義が後々の枷にならないように、動くことも考えなければならない。

しかしそれでも……魏の問題を度外視しても人員が不足しているのは事実であり……

 

「……受けるしかないか……」

 

関羽、そして劉備としてもさすがにそれは理解していた。

昨日の敵は今日の友というが……その逆も有り得るかもしれない事なのだ。

しばし沈黙が流れたが……その沈黙を破るように、関羽の裾を引っ張る存在がいた。

 

「ん? どうしたナナ?」

 

一度沈黙したことで声を……掛けることは出来ないが出番と思ったのか、ナナがお茶を入れてきたのだ。

刀月はまだナナに会えていないが、関羽の裾を引っ張るその手は血色もよく、何よりも信頼の証とでも言うようにナナの顔には笑顔が咲いていた。

大事にされているのがよくわかる。

 

「あぁ、お茶か。ありがとうナナ」

 

そんなナナに対して、関羽も本当に嬉しそうに笑って渡されたお茶を受け取る。

ナナは他の三人にもお茶を配った。

その給仕姿は実に堂々としており、日頃から行っているのが見て取れた。

 

「ナナちゃん、刀月さんがきたから今度一緒に会いに行こうね? 触れるのは無理でも、会いたいでしょ?」

 

劉備のその言葉に、ぱっと笑顔を咲かせてナナは何度も嬉しそうに頷いていた。

未だしゃべることも男に近寄ることも出来ないようだが……それでも刀月に会いたい気持ちは強いようだった。

そんな幼子の行動に一同がほっこりして気分転換をして……とりあえず今後の方針を固める。

 

「とりあえず刀月さんには土木工事なんかをしてもらう形で良いでしょうか?」

「適材適所だな。工事の難所は多いからその辺を回ってもらおう。戦力としてはどうするか?」

「呂布さんに南蛮に赴いてもらうのが確実だと思います。いまもっとも戦力を必要としているのは南蛮ですから。袁術さんは内政で手腕を発揮しているそうなので、内政の助言をお願いして、張勲さんは可能なら軍師としてどこかに派遣してもらえるように頼んでおきます」

「そうだよね。なら皆さんには私からもお願いするね!」

 

部下の作戦を信じて疑わず、時には主だが頭を下げることも厭わない劉備が、とりあえず苦しんでいる仲間達を助けることが出来て嬉しいというように、そう元気よく言ってくる。

人柄がにじみ出ているが、少し能天気と言えなくもなかった。

だが、言い意味で人を疑わず、時には素直に頭を下げてお願いが出来るその人柄は、敵もいるがそれ以上に味方も多くいて……何よりも関羽や諸葛亮に鳳統、そしてこの場にいない武将達も誰もが劉備を慕っていた。

人たらしなのは……間違いがなかった。

 

 

 






蜀に派遣!
正直個々人をうまく動かせる自信がない!

がんばりまーす


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