とりあえず長々続くよどこまでも
五胡に侵入……といってもだだっ広い荒野を突っ走っているだけなのだが……して、それなりの距離を疾走した。
俺の特製背負子に揺られている尾行娘だったが特段気分が悪くなることもなかったので、そこら辺は一安心だった。
気をつけて移動しているとはいえ、俺の高速移動はおかしいしね~
ただ移動するだけならば、呂蒙と一緒に行商を行ったときのように飛び上がって能力を使用して滑空すれば良いのだが、一応今回の目的は偵察。
わざわざ敵に見つかりやすい状況を自ら作るのはあほの極みである。
まぁやろうと思えば透明化すれば良いのだが……戦闘に陥る可能性が高い状況下で無駄に体力を使いたくない……
正しくは魔力を消費したくないというのが本音だが。
無論見つかるような下手な偵察はするつもりはないが、相手はこちらを何かしらの方法で観察している可能性が高い。
正直な話、こうして隠密行動を取るのもぶっちゃけあまり意味がないと、俺は思っていた。
まぁ尾行娘にはその辺わからないのもあるし、下手な行動はしないが……
しかしその術による監視手段を知っているのは俺だけだ。
呂蒙ならば恐らく俺の言葉だけで信じただろうが、尾行娘はそうはいかないだろう。
故に普通に隠密行動を行いながら進んでいた。
そしてすでに空が白んできたので、俺は一度足を止めて、姿を隠せる森へと潜伏した。
そして今一度自分の装備を確認する。
といっても、今回は今までで一番現実的な装備をしていたりする。
何せ現代兵器を普通に装備しているからな……
現代兵器の最強格として筆頭にあげられる個人携帯兵装。
それすなわち銃に他ならなかった。
ニューナンブM60。
日本警察……特に交番や町のお巡りさんが使用している回転式拳銃のほぼ完全コピー品。
これは……俺がもっとも信用する刀以外で、もっとも顕著な武器として存在する物で、俺が使用を忌避していた得物達だ。
これほど……最強にして最凶な武器もないよなぁ
刀は抜けないが、こいつは平然と使えたからだ。
もっとも手軽に、誰でも人を殺すことの出来る武器。
もっとも平等に、残酷に……人が簡単に生き物を殺すことが出来てしまう狂気の凶器。
故にこそ、俺をこの世界で何をさせたいのかわからずとまどっている原因の一つなのだが……ともかく、全く問題なく使用できる武器と言うことで、非常事態を除いて装備するのも躊躇っていた物だ。
今のところ使用したのは俺が褐色ポニーを助けた後、気力を使い果たして一人森でいたところを、呂蒙と尾行娘がきて不気味な連中が二人を襲おうとしたので一発発射した。
試射もあわせて二発。
この時代では決してあり得ない音が、この世界で響いてしまったのだ。
まぁ別段そこらはあまり気にしてないが……
タイムパラドックスが起こるのならば、俺の存在そのものが完全にやばい。
しかも俺だけじゃなく、学生服の北郷がいるくらいだ。
物が存在している程度でどうこうなるほど、やわな訳もなかった。
また近接武器としてサバイバルナイフを装備しておく。
リボルバー拳銃一丁とサバイバルナイフだけってのが……個人的に悲しいが……
現代戦闘の軍事訓練も行ったことがある身としては……現代兵器を持つのならばもっと本格的に装備したかったのだが、さすがの違法組織もニューナンブM60程度が限界なのだろう。
いくら首都の東京よりも地方で、その中でもかなり栄えている様子だった冬木の街の違法組織でも、アサルトライフルなんかの違法生産は出来なかったのだろう。
出来たら出来たで、色んな意味で問題だがな……
刀が使えないということで少し弱気になっているのか何とも言えなかったが、ともかく俺が今手にしている武器らしい武器は、ニューナンブM60とサバイバルナイフのみだった。
ならばこの時代の武器を普通に仕入れれば良いのだが……なんかそれはしっくりしなかったので、俺はあえてそれをすることはしなかった。
常識的に考えれば、ねじり金棒が武器になるはずもないのだ。
他に手にしている物は……俺の愛刀達だが、こいつらは抜けなので木刀にも劣る。
いや、気と魔力を込めれば普通に武器たり得るのだが……本当にマジの緊急事態でもない限り、その使い方はしたくない……
そして他の装備は荷物になるとわかりきっているが置いていくことは出来なかった刀入れに入った愛刀達に……ある意味でもっとも荷物になる狩竜の存在だった。
こいつだけは……手元から離すわけにはいかないからなぁ……
未だ沈黙する得物達の中で唯一生きているのがはっきりと感じられる得物……狩竜。
俺の得物の中で最大の長さと厚さを持ち、さらに中にいる邪神の影響で、もっとも危険な存在。
俺の予想が正しければ俺を異世界に飛ばしているのは親父と祖父だが、そんな荒唐無稽な力を持った連中によって封じられていたにも関わらず、こいつは眠りから起きた。
邪神に似た波動を持った……邪悪な存在に呼応して……
黒幕がいるのは間違いなく、接敵もしたが……あいつらが何で邪神に似た力の奴を操れるのか?
油断する気はないが、状況から考えて武力的に問題ないと判断……道化ガキは俺であれば普通に勝てるし、術使いも恐らく負けることはないだろう……出来るが、そこでもっとも警戒しなかればならないのが煌黒邪神と黒い陰に似た力を、相手が使用できると言うこと。
その妖しい気配に狩竜が反応したことを考えれば、間違いなく似た力なのだろう。
それを相手が使用してきた。
使用の仕方からいって恐らく自由自在にそれも大量に使用できる物ではないのだろう。
なぜなら自由自在に使えるのならば、三桁は下らない存在を操れるほどの呪術の腕前を持った卑怯者が、戦争時に使わない理由がないからだ。
操る……というよりも暴走させる意図が強い感じだった上に、大陸で随一の実力を持った入れ墨娘ですら体が耐えられなかったことを考えれば、一般兵が耐えられる物ではない。
だが、死兵にすれば良いだけの話であり、さらに言えば負荷を減らすことで使用できる事も考えられる。
それを使用しないのが、敵に余裕が無いからなのか? それとも出来ないからなのか? それらはまだわかってないが、俺の勘で恐らくそのどちらでもあると結論づけていた。
この時代の首都を取られて良いことは何もないからな……
だが、その使用できない理由がわからない状況では、警戒を解くべきではない。
最悪は煌黒邪神に似た何かがいることも想定して動くべきである。
そしてここは敵の次の本拠地である可能性がある。
故にこそ……俺は本気の装いでこの偵察任務に臨んでいるのだった。
「刀月様?」
俺が得物達に思いを馳せていると、背後の尾行娘が俺に声を掛けてくる。
しばらく固まっていたので不思議に思っているのだろう。
野営の準備……といっても火を興すわけにはいかないので水場を見つけて水の補給をしたり、現地で食べられるものを見つけたりしている状況なのだ。
少々危険と思ったが、俺は食料の現地調達を尾行娘にお願いしていた。
俺は陣地の設営係だ。
といっても、夜露をしのげるように持ってきていた簡易式テント……この時代の素材で作った物で携帯性はほぼない……の組み立てを行っていただけだが。
俺がほぼ無反応だったことに驚いているのか、尾行娘が怪訝そうにしているのが感じられた。
だが俺としては別段どうこうすることでもないので……思考を切り替えて目の前の物ではなく事態に集中することにした。
「戻ったか? 何かあったか?」
「特に周囲に人の気配もいた形跡もなかったです。そして食料については申し訳ありません。この程度しか取れませんでした」
そういって出してくるのは少量の野草に木の実や果実。
これで十分な一食になるだろう。
潜入任務でなければ火を興すことでジビエ料理なんかも選択肢に入ったのだろうが……そこは仕方がないところだろう。
「それだけあれば十分だろう。とりあえず食事にしよう」
意気消沈とまでは行かない物の、しょぼんとする尾行娘の姿に苦笑しながら、俺は努めて朗らかにそういった。
保存食はなるべく取っておきたいからな……
そう易々とピンチになるつもりはないが、もしそうなった身動きが取れない可能性もあり得るからだ。
まぁ五体満足だった場合……本気出してさっさと帰ってしまえば良いだけの話なのだが……
尾行娘がいるため能力も使用しての移動は少々きついだろうが……仮にどちらかの命が危機に瀕した場合は、躊躇わずに能力を使用して移動するだろう。
もしくは拠点がピンチに陥った場合でも……能力を使用して帰ることになるだろう。
どちらにくるかだが……
今までも呂蒙との移動で足手まといがいる状態での移動はしたことがあった。
故に今回手を出してこないこともあり得るのだが……呂蒙との移動と違うことは、移動している場所だ。
呂蒙との移動は三国の中……というよりも呉の領内……だったが、恐らく五胡は敵地。
敵のホームとまではいかないかも知れないが、それでも三国に比べてこちらの影響力がない。
故に仕掛けてくる可能性が大いにあり、俺の本音を言えば仕掛けてきて欲しかった。
尾行娘を一人で行動させたのも、そのためだった。
普通の人間が周囲にいないことは、気配で普通にわかるからな……
周囲数キロ圏内に、知的生命体とも取れる存在はいない。
後警戒すべきは敵の幽鬼体の出現だが……恐らくあまりの大多数に囲まれなければ尾行娘を仕留めることは難しいだろう。
こいつも腐っても将として活動できるレベルの存在だ。
俺がかっとんで行くまでにやられることは恐らくないだろう。
あまり能力は知られたくないが……場合によっては使用せざるを得ないだろうな……
能力は現在まだ便利能力程度でしか使用したことがない。
俺自身がまだ能力を戦闘レベルで使えないというか使い慣れてないこともあるが、それでも冬木にいたときに比べれば、遙かに能力の扱いについては慣れた。
ぶっつけ本番に近いが……それでも戦闘時での能力の使用も可能だろう。
そして……俺が相手ならば自分の陣地に深くは入り込んできたところを襲う。
そう考えれば……恐らく数日経過してからの夜襲が一番可能性が高いだろう。
監視の能力が果たしてどの程度にもよるが……
敵の呪術使いである于吉とやらの卑怯者が、どれほど監視の力を持ってるのかもまだわかってない。
全て筒抜けとは思わないがここは敵陣。
なるべく余計な情報は与えたくなかった。
まぁとりあえず今日はこれで終わりだけどなぁ……
すでに空が白んできている。
そろそろ本格的に夜明けだ。
そうなると俺の跳躍移動は目立つので難しくなる。
普通に移動するのは体力の消耗を抑える意味……尾行娘に無駄な行動をさせない……で避けたい。
無論昼間でなければ周囲の様子を見ることも難しい……俺は大丈夫だが……ので、全く行動をしないということはないが、それでもなるべく抑えめで行く。
その上で、なるべく早く拠点から離れるつもりだ。
一息で帰れない距離まで引き込んだ上で……仕掛けてくる可能性が一番高いからな……
ということで当分の行動としては
真夜中に俺の跳躍移動。
夜明け前に陣地を作成して一休み。
昼間にある程度の移動と周囲の探索。
夜暗くなってから再度俺の跳躍移動。
これが主な内容になるだろう。
もしも敵の村や街みたいな物が見つかればその限りではないのだが……何となく俺はここが可笑しいことに気づいていた。
あまりにも……人の形跡がない……
世界的に見ても現代ほど人口が多くないのは当然だ。
だがそれを差し引いても……あまりにも人の気配が皆無過ぎるのだ。
無論適当なところに村があるわけではない。
そして俺の索敵範囲も、そこまで広大であるわけではない。
だが……それを差し引いてもあまりにも皆無すぎる。
今までいくつも村などの規模の生活が出来る場所があったが……その全てに人の気配がなかった。
三国の中で呉が比較的に安定している事もあるかもしれないが、それでも俺が刀村を回せていたのは、俺が移動できる圏内に他の村が存在していたからだ。
言い方を変えれば俺が能力を使用して移動すれば、俺の索敵範囲に人の気配を捉えることが出来たと言うこと。
だがその俺が一夜移動して人の気配を感じない。
敵地と言うことも遭って……これがひどく不気味に思えてならなかった。
やれやれ……七面倒だなぁ……
もっと正面からぶつかってきて欲しいものだが……敵も馬鹿ではない。
道化ガキが敵の最高戦力だとしたら、単純な武力の衝突では俺に勝てないことはすでに認識しているはずだ。
ならば無策にぶつけてくることなどあり得ない。
間違いなく今まででもっとも気を使って行動しなければならないだろう。
今回は足手まといもいることだしな……
ひどい言い方だが……実際事実なのでそれもしょうがない。
だがその足手まといを所望したのは間違いなく俺自身。
足手まといがいる状況で、さらに俺がもっとも親しくしている呂蒙から離れた状況であれば……敵が手を出してくるかも知れないという打算。
そのためにこの偵察任務を引き受けたのだから。
ならば……何があっても無事に帰さないとな……
尾行娘は当然として、砦の連中も被害がなく終わらせなければならない。
無傷は無理かも知れないが……それでも最悪の事態だけは避けなければならないだろう。
色々思うところはあるが、ともかく今は目の前の任務に集中すべきだろう。
下手な考え休むに似たり……ってね……
といってもすぐにこれから休むことになるので……実に締まらない思考であった。
一応毒がないことなんかを確認しつつ綺麗に洗って胃に押し込み……当然だが、調味料も最低限しか持ってきてない……俺達は少し休憩することにした。
普段ならば周囲の警戒をしなければならないところだが……俺がいるので尾行娘には警戒しなくて良いと伝えていた。
ただ油断しすぎるのも良くはないので、心構えだけは解くなとは言っておく。
普通であれば潜入任務中に警戒をしなくていいという上司の発言に対して、切れるというか疑問視するとか……そういうものがあっても良い物だがそこはある程度信頼してくれているというか、盲信というかなんというか。
「わかりました」
と、大きい声ではないが元気よくというかなんというか、全く疑うこともなくそう返事をしてきた。
いや、なんというかさぁ? もう少しないの? 俺も男だし、もっと言えば俺が謀反とか裏切りとか……そういうのないの?
声に出さなかったが、しかしなんかここまで盲信というか、全く疑われないのも思うところがないことはない。
しかもこの時代はまだ裏切り、謀反、賄賂なんかがほとんど当たり前と言っていい時代のはずだ。
しかも互いが異性。
無論普段の行動でそういうことがないとわかってはいるのだろうが……ちょっと警戒心が薄すぎないかと思ってしまう。
呂蒙ならばまぁ……命の恩人である俺って事でわかるのだが……
命の恩人。
薬の処方。
村の人材として重宝し正当な評価。
俺自身が信頼している。
能力を知っている唯一の存在。
それらもひっくるめれば……妄信的というか、盲目的というか、相当信頼されているというのはわかっている。
あいつの場合……俺が謀反するとかいえば、平気で付いてきそうだよな……
さすがに俺があまりにもひどい手法でやろうとすれば止めるだろうが、国を興すと言えば普通に付いてきそうで怖かった。
そして俺自身……色んな意味でそれが出来る状況にあって、少し怖かったりする。
まぁやる気はないんだが……やれてしまうのが怖いよなぁ……
黒幕が何をしたいのかわからないので俺が、俺自身のためだけに動くつもりはあまりないのだが、仮に黒幕がおらず、ただただこの世界における三国志が繰り広げられている状況であった場合……やる気になれば俺は即刻三国の連中を殺すことが出来ただろう。
それこそ、まだ董卓の軍が機能しているときに軍に入っておいて、反董卓連合でやってきた連中を文字通り一網打尽にすれば、この三国で、王でありながら神になれただろう。
絶対に……ずぇったいにやらないがな……
三国を統一というか独裁して何がしたいのか?
そのビジョンが……俺には全く思いつかなかった。
世界征服というか、独裁して何がしたいというか?
俺に倫理観というか、色についてもっとどん欲というかだらしないというか節操がなかったりしたら、征服する価値も出てくるのかも知れない。
ただそれもあまり意味がない。
ぶっちゃけ……今でも色欲まみれになろうと思えば出来るしな……
刀村の連中。
呉の連中も何人かは脈があるだろう。
ただ……そこは別にどうでもよかった。
マジで……黒幕の連中は何がしたいんだろうねぇ……?
ここに来てなお、ほとんど手を出してこないのが謎だ。
五胡で何か暗躍してるのかと思って足を踏み入れた。
初日と言うこともあるかも知れないが、今のところ何もしてくる気配がない。
もっと俺が対応できないと判断できるところまで行かなければ、相手も仕掛けてこないだろう。
つまりここからは、俺と黒幕との間でチキンレースが開催……ということになるだろう。
相手がどれほど俺のことを把握しているのか? そしてその相手からの行動に対して……俺がどこまで対応できるのか?
まさにそんな状況だろう。
座して待つのは非常に性に合わない俺からしたら……実にやきもきする状況だが、このまま何もせずに相手が手を出してくるのを待っているのも飽きたので、こちらからちょっかい出してやろう、というのが今回の偵察任務の目的だったりする。
はぁ……めんどくせぇ……
本日は侵入して初日。
手を出してくるのはあり得ない段階だ。
故に……気持ちだけがせいてしまって実にうっとおしかった。
「……刀月様?」
と、そうして俺が悶々としていると……そんな俺の様子を見かねたのかなんだかは謎だが、尾行娘が遠慮がちに俺に声を掛けてくる。
「あの、刀月様。少しよろしいですか?」
そこで普段の俺ならば、尾行娘の態度でいつもと違うことに気づけたのかもしれない。
だが、しかし……その時の俺は焦れていたこともあって何も察することなく、先を促してしまった。
「おう、どしたい?」
「その……亜沙と刀月様とは一体どのような関係なのですか?」
「……何?」
あまりに当たり前のことを聞いてくるもので、ようやく意識が尾行娘に向かって違和感を覚える。
そしてそちらへと顔を向ければ、実になんとも言えない表情をした尾行娘の姿があった。
その微妙な表情から、当たり前のことを聞いているのではなく、なにか……俺的にあまり良くない意味で聞いてきているように思えてならなかった。
あぁ〜なんか変なことになりそうだなぁ
内心嘆息するが、それを悟らせるのも可哀想と言うものなので、俺は務めて冷静に平静に再度言葉を返す。
雰囲気的に多分……そう言うことの様子だが、違ったら恥ずかしからである。
「どのようなとは、どう言う意味だ? わざわざそう聞いてくると言うことは、普段通りの間柄では不服か?」
「そ、それは」
否定をしない。
肯定するのはいろいろな感情が相まって恥ずかしいのだろう。
かといって否定する気にもなれない。
ならば、こちらとしても嘘偽りなく答えてあげるのが誠意というものだろう。
こうして勇気を出して聞いてきてくれたのだから。
「あいつからしたら俺は命の恩人。そして俺からしたら、呂蒙は頭脳労働担当者で、まぁこの世界では最も大切な人物といえるかな」
ここについては嘘を言う理由もなかった。
異性としてではなく、人物としての観点であれば……呂蒙がもっとも大切な人物であることは間違いなかった。
ただ……異性としてみればそれは間違いなく「無」という感情しか出てこない。
いや、正しく言えば異性としては可愛らしいとは思うし、好みの方ではあるが……
外見的、内面的、それらを見ても実に好意的に見れる娘である。
だが……異性としてみるではなく「女」として見るのであれば……そう言う観点で見る気は一切なかった。
何せ俺にそんなことをしている余裕はないからだ。
修行がまだ終えてないので、そんなことにかまけている余裕がない。
さらに言えば俺は異世界人なので、絶対にいなくなる。
無責任なことはしたくない。
性的な意味を除いて恋人になったとしても……失礼に値するからだ。
「この世界、と言うのは刀月様の故郷が妖術を使わなければ帰れないところ、という意味でですか?」
「あぁ。俺は俺の故郷に帰る。これは絶対にだ。そして俺の故郷でも、異性で大事な存在というのは、俺の家族の母と妹しかおらん」
学校でも一応異性には嫌われてはいなかった。
経験豊富なため、他の男子よりも落ち着いていて、己が正しい場合は意見を曲げず暴力に屈しない……無論俺の反撃は普通の反撃……のだから、異性から見たらかっこいいと思えるのだろう。
だが、俺自身異性には恋愛的興味を持つ余裕がなかった。
なにせ日々地獄の特訓をしているのだ。
そんな余裕は肉体的にも精神的にもあるわけがない。
可能な限り授業中は回復も兼ねて寝てた。
まぁ寝てても熟睡してないから教師が俺に対して意識を向けたら起きるけど……
その無駄に意識が覚醒していることもあって、成績は中の下と中の中の中間くらいで、成績は平均点より少し上程度はキープしていた。
正直な本音を言うと、好意を寄せてくる中には好みの子なんかもいたりしたが、そんな余裕はない。
そして高校に入ると俺は顕著に登校する日が減る。
クラスメイトと交流などできる余裕もない。
どういうマジックかは知らんが、親か祖父どちらかしたかは謎だが、大量の課題を出されてそれをこなすことでなんとか進級だけはできていた。
……なんかあるんかね? 天皇陛下に刀を献上したことがあるとは聞いているが
そこらが不思議だが……その辺は聞いてみないと何ともいえん。
異性とまともに触れ合える余裕がない……まぁ、任務で異性の救助とかはしてたし、異性の組織員とかいたので全く接触がなかったわけではないが……ので、興味を持てる余裕はない。
まぁ、一応好みを言うなら日本人の女性がいいが
と、その程度の希望はあるがそれだけだ。
まだ修行中の身。
さらには異世界人。
この世界に骨を埋めるならいざしらず、帰る気満々の俺が異性に手を出すわけにはいかなかった。
まぁここまで俺の貞操観念が堅いというか融通聞かないというか……それって親父の影響なんだよね~
俺が何故ここまで女性との関係でお堅い考えなのかというと、それは親父の受け売りというか教育といったものが大きく影響していた。
何故かは未だにわかってないが……親父は女性関係で相当苦労したらしい。
別段変な女に引っかかったとか、女難だったわけでもなく、とことん訳ありの女に惚れたり、そんな相手の女も惚れてくれたらしい。
そしてその訳ありというも、そいつ自身がおかしい訳でもなくドキュンでもない。
そして身分違いでどうにもならなかったとかでもない。
本当にどうしようもない理由で結ばれなかったらしい。
その理由は聞いてないし、話しぶりからいって相当いい女で両思いだったらしいが……
互いに互いの愛情よりも優先すべき物や使命があったらしく、結ばれるわけにはいかなかったらしい。
さらにもっとも大きな理由として親父の親類で、本当に生きる活力が下半身のクズがいたらしく……それに相当苦労させられたと、酒の席で聞いたことがあった。
しかし親戚? いなくはないが……そこまで糞な親類がいるとは思えないが……
親類縁者の集まりがなかったわけではない。
だがその席で少なくとも全てが好感の持てる人物しかいなかった。
幼いとはいえ修行していた俺がそう思えたのだ。
そんな下半身野郎がいるとは思えない。
まぁ……そのうちわかるか……
というわけで、そんなクソ野郎に成るなと言われていたこともあって……俺の女性関係はそれに引っ張られているのかも知れない。
「そ、そうなのですか?」
俺のその言葉を聞いて、尾行娘は顔を輝かせるが……すぐにそれも翳りを見せる。
そして首をかしげて胸に手を当てていた。
自分の感情をうまく整理と処理ができてないのだろう。
まぁ、自分の空腹すら気づかない、任務第一の子だからな
恐らく……そういうことなのだろう。
だがそれは、仮にこいつが俺を異性として好いていたらという前提のもと成り立つのだが、外れていたら大火傷をするのでこれ以上は考えない。
そして本人も自分の感情を処理し切れてない様子なので、これ以上こちらから突っ込むこともしない。
また他から言われたら、かんがえようかな
明日のことは、明日の俺に任せる……むろん内容次第……のが一番である。
とりあえず俺は体を休めるために、陣地から少し離れた大きな木の幹に背中を預けて目を瞑る。
あまり見られたくなかったが警戒しないわけにも行かないので、コンバットナイフを左手に持ち、右手は上着の中に忍ばせてある拳銃に伸ばして、いつでも抜けるようにする。
「俺は少し眠る。周泰も寝れたら寝ろ。警戒はしておくがそちらも心まで警戒を解かないようにな」
「え!? で、ですが……」
さすがに敵の領地に侵入して寝るのは気が引けるのだろう。
しかも相方は一応周泰よりも偉い……多分……俺である。
その俺に周囲の警戒を任せるのは、きまじめなこいつには難しいだろう。
ここで問答するのも少し面倒だったので、少々悪い気はしたが俺は立ち上がって尾行娘の背後に忍び寄り、頭に手を添えて気を送ることで強制的に眠りにつかせた。
「ぁ……」
「いいから寝なさい。休むのも仕事の内だ」
そう言い聞かせるというか、強制的に寝かしつけた。
年齢的に中学くらいの子供と言っていい女の子を強制的に眠りにつかせるのは少し考えなければいけないことかも知れなかったが……休まなくて体調を崩されても面倒なので、俺は深く考えないことにした。
ある意味で余裕が無くなってきたと言っていいのかも知れない。
というよりも間違いなく焦っていたのだろう。
いい加減変化を起こしたくて。
もっと具体的な何かが欲しくて。
普段ならばもっと言葉で説得することもしたはずだというのに。
そんな焦りからか……もしくは未熟だからか?
どちらもかもしれない。
この五胡の任務で……
俺は再び己の戒めを破ることになってしまった。
尾行娘を寝かしつけて俺も眠りにつき体感時間……腕時計は現在装備していない……で6時間ほど眠りについた。
いつどのような状況になるのかわからないので、最低限の休憩は取っておきたかったのだ。
休息はできただが、俺の気持ちはあまり晴れなかった。
これでもか……
足手まといと俺しかいない状況。
敵の本拠地とおぼしきところに近づいている。
この状況で尚、相手は俺に手を出してこなかった。
まぁまだ奥地に行ってないからという風に捉えられなくもないか……
蜀の砦とここまでは、俺単身ならばほぼすぐに……仮に尾行娘を背負っていても能力さえ使えばすぐに引き戻ることが出来る。
相手がこちらのことをどこまで知っているのかは謎だが、この程度の距離ではすぐに戻れるのを知られている可能性は非常に高い。
故に襲ってこなかった……と、半ば強引に自分を納得させて俺は周囲の警戒を怠ることはせず、少し体を動かした。
食料を取ってくることも考えたのだが、黒幕の幽鬼体を警戒して尾行娘の側から離れるわけにはいかなかった。
こいつの意識があれば恐らく即死させられることはない……幽鬼体の実力からいって尾行娘を瞬殺出来るとは思えない……が、今は俺が強制的に寝かしつけた後だ。
さすがにこの状況でこいつから離れる訳には行かなかった。
少し気を流し込みすぎたと反省したが……初回からいきなりこれだけ寝ればある意味でこいつも吹っ切れると思って、逸る思いを俺は抑えつけていた。
急いては事をし損じるとはいうが……まぁ俺自身がもっとも急いているのだがな……
そんな自分に苦笑しつつ、俺は自然に尾行娘が起きるまで待った。
そしてしばらくして……
「う……うぅん?」
何故意識を失っていたのか?
そう疑問に思うような声を少しだけ発したその次の瞬間、尾行娘は完全に意識を覚醒させた。
すぐさま起き上がって自らの得物に手を掛けて、周囲を警戒する。
その一連の動作は、無駄こそあったもののなかなかに精錬されていて見ていて感心した。
こいつは間違いなく隠密としては一流レベルだ。
しかし毎度思うが、身の丈以上の片刃の剣振るうとか……体に見合った武器じゃないなぁ
というよりもこいつの場合は武将ではなく戦える細作なので、武器というのは本当に非常事態用の道具でしかないのだろう。
恐らくだがこいつのこの身の丈以上の長い片刃の剣は、間違いなく登りとして使用するための梯子代わりだ。
目立つには目立つが、それ以上に実用性を重視しているのだろう。
「と、刀月様?!」
驚いてこそいるものの小さい声量であり、自身が隠密行動をしていることをキチンと理解している。
護衛としての最低限の戦力も有しているので、こいつを呉が重宝するのは実によくわかる。
「おう。おはよう」
「おはようって……今はあれからどれぐらい時間が経過したのですか?」
「日が真上を過ぎてしばらくって感じだな。もう少しで日も暮れてくるだろう」
今日は快晴とは言わないが、日の傾きを見るには十分な晴れ模様だ。
日の傾きで自分がそれだけ寝ている事に気づいて愕然とした尾行娘だったが……すぐに寝る直前のことを思い出して、非難的なジト目を俺に向けてきた。
「……刀月様、何かされましたか?」
「うん。寝そうになかったから強引に寝かしつけた」
否定する理由もないので俺は悪びれずに実にあっけらかんと、尾行娘の疑問に素直に答えていた。
寝かしつけたという生やさしい物ではないのだが、暴力を振るったわけではないので一応穏やかな表現にしておく。
俺の行動と言葉に少し虚を突かれたように驚く尾行娘だったが……俺の行動に思うところはあるのだろう。
少々不機嫌になってしまった。
プライドを傷つけられた形だからだろう。
何せ細作としては間違いなく三国で随一の実力を有している自分が、こうも簡単に自分がもっとも得意とする細作行動で、俺がおかぶを取ってしまったのだから。
戦闘では間違いなく俺が勝っているので、細作行動中には少しでも役に立ちたいと思っていたのだろう。
呉に対して、呂蒙に対して、俺に対して。
まぁしょうがないか……
それに対して少し悪いとは思うのだが……自分の思いを優先するために、俺は苦笑いするしかなかった。
戻ったら少しご機嫌取りで、猫をあやさせてやるか
さすがに完璧には不可能だが、それでもある程度ならば動物と意思疎通が出来るので、戻ったら猫をこいつの元に行かせて機嫌を直してもらおう。
猫としても俺の餌がもらえる上に、尾行娘からはかわいがってもらえるので、構ってくれるのが嬉しい猫たちを呼べば、全く問題のない取引になるだろう。
とりあえず尾行娘が起きたので、今度は俺が近辺で食料を調達してきた。
下の人間として尾行娘が調達に行こうとしたのだが、それは俺がもっともらしい理由で辞めさせた。
先に尾行娘がしたので順番ということと、別の人間の視点で周囲を見ておくという、実に安直だが断りにくい理由だ。
まぁ本音は囮なんだが……
俺が尾行娘から離れた場合どうなるのを確認したかったのだ。
しかし睡眠時に襲ってこなかったことを考慮すれば、ほぼ間違いなく別行動した程度では襲ってこないだろう。
いくら俺がそれなりに鍛えているといっても、寝起きの時の方が襲いやすい。
そして俺だけならともかく尾行娘も寝ていたのだから、別行動をしているとはいえ二人とも起きている今と比べれば、確実に勝率が高いからだ。
本当にめんどくせえな
すぐに結果が出るとは思ってなかったが、それでもこう長期間時間が掛かる事が確定するとやきもきしてしまうのは致し方ないことだろう。
そして今回の遠征は……というよりもこの世界に来てからは以前とは決定的に違うことが存在するから、その気持ちもひとしおだった。
帰るというか……人為的な異世界転移が確定したってのがなぁ……
自然現象といった偶発的なもの……自然現象?……ではなく、完全にとある人物の意志による異世界転移。
これで気持ちが逸らないのは、無理があるという物だろう。
確かに冬木でも仮説というか、恐らく人為的なものであるというのはわかっていたが、一度目だったので空耳というか気のせいというか……錯覚と勘違いできなくもない。
だが二度目となると、さすがに俺自身否定することが出来なかった。
いや否定したい気持ちしかないんだけどね? というか異世界移動とか……どうやってんだよ?
思うところも聞きたいことも言いたいことも多々あれど……奇想天外だが事実を受け止めて前に進むしかない。
故にこそ……こうして囮を同伴しての移動を行っている。
気持ちは逸るが、ともかく落ち着いて行くかぁ……
色々と荒れ狂いそうになる気持ちを必死に抑えながら、表面は非常に冷静を装って生活をしていく。
陣地の痕跡を徹底的に消して、森の中を注意深く進んでいく。
一応俺の方が強いと言うことで、先行することにした。
尾行娘の背中を守る意味で尾行娘を先行させたかったのだが、細作として行動しているので声を出す……というよりも音を極力出したくない……わけのにもいかないので、手のサインが重要になってくる。
まぁ……能力使えばたぶん問題ないんだろうが、まだ使うわけにもいかないしな……
周囲の状況を普段以上に注意深く注意を払う必要性があるだろう。
最初は頑なに尾行娘が先行しようとしていたのだが……戦力的な俺の実力を鑑みて渋々と俺の指示に従った。
また俺の背後を守ることが出来るという意味合いもあるのだろう。
その辺は実に真面目な娘である。
そして簡単なハンドサインを再確認……ハンドサインはある程度砦の時点で決めていた……して、俺達は行動を開始した。
といっても昼間の行動であり、注意深く移動するので移動速度は遅々たる物だ。
これが深夜であればまだ移動しやすいのだが……ここまで音がしないと移動するのも気を遣わざるを得なかった。
というか……静かすぎて気味が悪いな……
そう、音がないのだ。
深い森の中だ。
だというのに……この森には音が全くない。
人がいなくとも動物や昆虫などの生き物が普通はいる。
蝉のように声を発するような昆虫などはそういないかもしれないが、それでも羽音がしても不思議ではない。
それが一般人の耳で捕らえられないならばまだしも、俺の耳が捕らえないのはあまりにも可笑しすぎる。
それも昆虫の羽音ならばいざ知らず……動物の鳴き声どころか移動音や呼吸の音すらも聞こえてこないのは、明らかに可笑しかった。
ふむ……これだけわかりやすい異常を残しておくのは誘いか?
いくら何でもこんな森は普通にあり得ない。
敵が何かを仕掛けてきているのか、もしくは敵の本拠地へと通ずる場所なのか?
それ以外も有り得るかもだが……ともかく異常なのは間違いなかった。
これに似た状況は、霞皮の護り……腐食と気配遮断の能力を持っていたオオナズチという古龍が襲ってきたときと酷似していた。
普段の狩り場であった場所の状況が一変して、他の動物にモンスター、さらには昆虫すらもいなくなったのだ。
間違いなく古龍を恐れたのだろう。
その狩り場から他の生命の息吹が一斉に消えたのだ。
脊椎動物だけではなく、無脊椎動物すらもだ。
それに似ているのだが……しかし今のこの状況が違った。
痕跡すらもないってのが……全く違うな……
何かに恐れて出て行ったわけではない。
最初からいないのだ。
それがあまりにも決定的に違った。
実に不気味な雰囲気である。
罠か? それとも俺の行動が想定外だったか?
実に不気味に思えるが……別にこの程度の雰囲気であれば俺は別段問題なかった。
というよりも煌黒邪神龍と黒い陰に呑まれたことのある俺が、この程度の雰囲気に呑まれるわけもなかった。
だが……相方にそれを求めるのは無理があるだろう。
……怖がってそうだなぁ
周囲に気を配りながら首だけで振り返ってちらりと後ろにいる尾行娘に目を向けると……必死になって平静を装うとしているのが態度でわかった。
先ほどの出発し始めたばかりの頃と違って、せわしなく緊張気味に目だけを巡らせて周囲を警戒している。
緊張しているのが非常によくわかった。
まぁこの状況じゃしょうがないわな……
間違いなくこんな異常な状況は初めてなのだろう。
それで怖がるなと言うほうが無理がある。
そしてその状況になってなおパニック状態になっていないのは必至に自制しているのと、俺がいるからということだろう。
そしてちょうど日が傾き始めた頃だった。
早めに休憩するのが吉だろうな……
そう考えた俺は移動しながら、適宜食料になる植物を採取しつつ歩を進めて、夕暮れ前に俺は止まれのサインを出してから足を止めた。
俺のハンドサインを見て、尾行娘も同じように足を止める。
それから俺は尾行娘に振り向いてから、ゆっくりと近づき口を手と手に持った野草で隠してから言葉を発する。
「少し早いが飯にしよう」
俺の言葉に思わず反応しようとする尾行娘だったが、口元を隠してないのに気付いて慌てて口を閉じていた。
たぶんあまり進んでいないのと、周囲の雰囲気が不気味だから少しでも進みたいと思ったのだろう。
だが、俺の今の行動に気付いてない……視線が一切俺の手元に行ってない……ので、緊張と恐怖のあまり視野狭窄状態に陥っている。
そんな状態でこれ以上進んでも意味がない。
と……言ったところで素直には聞かないだろうが……
かといって先ほどと同じように、気を送り込んで強引に寝かしつけて緊張は解けない。
そのためやむを得ないので、俺は顔を離して普通に対面してから、安心させるように笑顔を向けて頭を撫でた。
そしてその時眠らせるために気を送るのではなく、落ち着かせるために暖かな気を送った。
しばらくそうして頭を撫でていると、実に落ち着いた様子で緊張した面持ちを和らげて、自分が緊張したことに気付いたのと……それとこの体勢に気付いたのだろう。
暗がりの森の中で顔を真っ赤にして俯いてしまった。
非常事態と考えてやったが……俺も超はずい……
というか端から見たら完全に犯罪者の絵図ではなかろうか?
緊張しているロリっぽい感じの女の子のそばで、無言で頭を撫でる成人男性。
うわぁ……完全に事案だ……
と冷静に考えるが……まぁ命が失われるよりはマシだと考えて、俺は自らの行動を考えないことにして、とりあえず尾行娘の気持ちを落ち着かせた。
「大丈夫か?」
再度口を隠してから小さな声で言葉を発する。
さすがに落ち着いたのか……今は逆の意味でてんぱっているだろうが……尾行娘が顔をうつむけつつも頷いていた。
「よし、飯にしよう」
その俺の言葉でようやく俺が手にして口元を隠している野草が食用の物だと気付いたらしい。
ものすごく慌てたが……しかしこの不気味な状況下で出歩くのも得策ではないと気付いたのか、羞恥やら申し訳なさやら色んな感情が合わさった表情をして、最後には苦虫をかみつぶしたように顔をしかめてしまった。
一応上の人間に色々とさせてしまったっていうのに、思うところがあるんだろうな
ともかく無事に1日を終えたので……しかも今回は成果あり……休憩するのも問題ないだろう。
そして、初めての雰囲気と異常な状況に呑まれてしまっている尾行娘を落ち着かせるために、俺は簡単に調理を行うことにした。
といっても、たいしたことは出来ないんだが……
細作の行動中である以上、火を興すことは出来ない。
そのため清流の流れている川で水にさらしてあくを抜く程度しかできないのだが……そこは俺。
あまり使ってはいけないのだが……緊張状態が続くのは心身供にあまりよろしくない。
故に……俺は紫炎の力を用いて、持ってきていた金属製のコップを左手に持って、入れた水を温める。
そしてさらに保存食として持ってきていた味噌と粉末だしを入れる。
しばらくそのままでいて沸騰しない程度の温度に調整。
すると良い匂いが漂ってくるが、これを周囲に漂わせるわけにはいかないので、風翔の力を用いて匂いを遙か上空へと飛ばしていく。
「出来たぞ」
金属の器から普通の木の椀へと移し替えた物を尾行娘へと渡す。
野草と具なしの味噌汁と木の実少々。
動物性タンパク質が食えないのが残念だが、まだ食料を無駄に消費するわけにはいかない。
だが塩を取らないのもまずいので、俺は仕方なくとっておきとも言える味噌を使用した。
「ありがとうございます」
俺に調理させたのが負い目に感じているのか、声が少し沈んでいたが……すぐに湯気が立っていることに気付いて驚きに目を剥いてた。
それはそうだろう。
火も興さずに湯を沸かしたのだから。
まぁ……今回は何も言わずに使ったってのもあるしな……
呂蒙や助と違い、俺の能力についていぶかしんでいたわけでもない。
いぶかしんだ相手から問われて、俺が否定しなかったというクッションもない。
明らかに突然に湯が沸いたのだ。
しかも匂いすらも漂わせることなく。
だが驚きに声を出すことも状況が許さない。
それを狙ってやったってのもあるのだが……
生真面目なこいつのことだから、おそらく驚いて声を上げることをせず、また俺に疑問をぶつけてくることもないと踏んだのだ。
そしてその予想に違えることなく、こいつは驚いたのは本当に一瞬……とまではいわないが、それでもこいつは周囲へと漏らす動揺をほとんどすぐに収めてしまった。
自らを律することに関しては、俺よりも上かもしれないというレベルである。
……いや見事だわ
こいつのことを内心で見直しながらも、俺は苦笑しながら人差し指を立てて口元に持って行って、黙っておくようにとジェスチャーをした。
といっても、このジェスチャーが他言しないようにという意味であることを尾行娘が知っているわけがない。
だが……何となくこの状況でしたこともあって、通じると思ったのだ。
深い意味はないが……いうなれば本当に直感だ。
生真面目で呂蒙とも仲良くできるこいつであれば、おそらく通ずると。
そして……本当に通じたのかどうかは謎だが、ともかく尾行娘は呆気にとられながらもはっきりと頷いてくれた。
それを合図に、俺は手を合わせて飯をいただくことにした。
といっても俺の方の味噌汁は、本当に一口程度しかコップに注がれていなかった。
俺自身数日程度食わなくても動けるので、俺が口にする主な理由は尾行娘が引け目を感じさせないためである。
心を落ち着かせて緊張をほぐすために、温かい飲み物を用意したのだが俺も飲んでないと、こいつは絶対に飲もうとしないだろう。
まぁ匂いも上に飛ばせるから完全に飲んでる振りでも良いんだが……一応な……
味を見たかったというのもあったので、俺も一口だけ飲むことにしたのだ。
及第点の味だった。
簡易的な調理なので致し方ないことではある。
だが尾行娘としてはそれなりにうまい物だろう。
何せ細作の訓練中に温かい飲み物を飲むというのは、非常に希なはずだ。
というよりもこんな森の中で飲むのは、不可能と言っていいだろう。
火を興せば煙も出るし、湯を沸かす程度の短い時間でも煙の匂いというのは非常に残るし、風の影響で遠くまで運ばれてしまう。
鼻が良い者が追っ手にいた場合は、補足される可能性が跳ね上がる。
細作行動中に火を興すのは、よほどの緊急事態と言っていいだろう。
まぁ俺の能力でほとんど何も気にしなくて良いからな……
火を興さずに紫炎の力を用いて手を灼熱にして湯を沸かし、さらに匂いも風翔の力で遙か上空に飛ばして匂いすらも残さない。
火の痕跡、匂い、他諸々。
本当に実に便利な能力である。
そしてその甲斐もあってか……尾行娘の雰囲気も随分と穏やかになっていた。
ただ匂いを気にした……周囲に漂っていないか……のだが、それが全くないことをすごく不思議がっていたが、これについては説明しようがないし説明する気もないので、俺は特段なにもすることはしなかった。
相も変わらず……不思議な人なのです……
それが私の本当に正直な気持ちだった。
以前からすごい人なのはわかっていた。
だけどそのすごさがあまりにもすごすぎて……最近ではもっとよくわからなくて、不思議な人としか思えなくなってしまっていたのです。
お猫様にも好かれるし……ずるいのです……
色んな事をされている人だった。
農耕、建築、土木工事……他にも色々。
そのあまりにも規格外な事を、色んな事を出来るこの人が……私にとってはあまりにもすごすぎる人でした。
私は小さくてすばしっこいという自負と自覚があった。
そしてそれなりに戦えることから、孫堅様に見いだされて呉に長年仕えてきた。
雪蓮様や蓮華様、小蓮様のご母堂であり、前王の孫堅様……炎蓮様はすごく豪快な方でした。
同じく豪快な祭様ですらも豪快さで負けを認める、豪放磊落を地でいくようなお方でした。
あの方も、刀月様とはまた違った意味で、万能な人でした。
そんな炎蓮様と比べるのもおこがましく、他の方から見ても私には特筆すべきことはなかったのです。
ですがそんな私の長所を炎蓮様は正確に見てくださり……私に細作としての任務を与えてくれました。
それから私は必死になって努力してきたのです。
戦闘では他の皆様におとり、知能では冥琳様や穏様に比べるのもおこがましい私には……もっとも得意な細作しか誇れる物がなかった。
だというのに……この人はその全てを上回ってしまった。
本来であればもっと悔しがっても良いはずなのに。
この人はやることなすこと全てが規格外すぎて、そんな嫉妬など全てを吹き飛ばしてしまう人でした。
それに何より……この人がなんだかんだ言いながら、他の人のために必死になっているのがわかっていた。
雪蓮様が暗殺されそうになったあのとき……
この方は自らの命を賭けてまで、雪蓮様を救ってくださった。
本当ならば私が代わりに矢を受けなければならなかったというのに。
炎蓮様に見いだされて、役割を与えてくださってから私は密かに誓っていた、炎蓮様の遺された孫家の方々に、誠心誠意尽くすこと。
だというのに私は、雪蓮様がもっとも危険な時に側にいることが……出来なかった。
誰もが雪蓮様が助かったことでうやむやになってしまったのですが……平時は護衛を任されていた私の失態。
首都に細作が紛れ込むことを誰も想定していなかったかも知れない。
それこそ……目の前の色んな意味で出鱈目な存在である、刀月様でさえも。
でも……それでも……
私だけは……その可能性を捨ててはいけなかった……
むしろ首都だからこそ……他の人が気をゆるませてしまう本拠地だからこそ、私が他の人の分も気を引き締めなければならなかったというのに……。
もちろん誰も私を責めなかった。
雪蓮様が一人でふらりといなくなることは良くあることであり、そして私自身もその日は任務を言い渡されて、おそばにいなかったこともあった。
そしてなによりも……刀月様が雪蓮様の命を救ってくださった。
誰もが亡くなってしまうと諦めた。
だけど刀月様だけがその結果を由とせず……雪蓮様を救ってくださった。
そのとき、私は刀月様に言われてその場面を見ていたわけではない。
でも……刀月様が作られたお酒をお持ちしたときに見た光景は……
とても信じられない光景だった。
手が……光っていた……
淡い光。
その光は本当に……淡いのに何故か眩しかった。
そんなに強烈な光だった訳じゃない。
ただ、見てて温かさを感じる光で……
それがあり得ない物だとわかっているのに……
とても安心できた、不思議な光だった。
誰もが口にした訳じゃない。
刀月様が嫌がっているのがわかっているというのもある。
だけど……あのとき私は本当に……
この人は天からの使いなのではないかと……
そう思った。
良くも悪くも……そんな感じの人じゃないんだけど……
豪快というほど豪快じゃないけど……比較対象である炎蓮様が良くも悪くもすごすぎるだけで……それは爽快克つ豪壮で……。
誰よりも強いのに、戦以外の知識に長けていて……。
料理もお菓子も……他の誰よりもすごくおいしい物を作れて、私のような者にも振る舞ってくれる。
砂糖は本当に高級品で……私では年に数回食べられたらいいほうだというのに。
致死毒すらも治療した薬を、王様相手とはいえ気前よく使う度量の大きさ。
色んな物が可笑しい人だった。
いい人だってのはわかってるし、好意も抱いてる。
けれども……それを越えた何かだって……思ってしまうのです。
今も不思議な何かを使って……火も使わずにお湯を沸かして、簡単な料理を作ってくれた……
不思議な味だった。
質素な味ではあったけどとてもおいしかった。
何よりも……あまりにも異質な雰囲気に呑まれている私を気遣って、温かい物を用意してくれた気遣いが嬉しかったです。
細作であり、護衛でもある私の失態を救ってくれた。
なのに……私自身が、雪蓮様を救ってくれた事に対するお礼も出来ていない。
このままでは恩義を返すどころかもっと多くなってしまう。
この偵察任務で刀月様と任務を行うと決まったときに、少しでも返せればと思っていたというのに、増えてしまう一方です。
そして今回刀月様が私の偵察に同行するという意味も……私はうすうす感づいてはいた。
あの不思議な存在が、絡んでいるだと思うのです……
刀月様が雪蓮様を救ってくださったとき。
森の中で感じた、不思議な存在。
いくら疲弊していたとはいえ、刀月様があそこまで警戒するのが驚きだった。
そしてそれが私だけならいざ知らず、亞莎が相手でも素っ気なく突き放そうとしたとき。
私と亞莎の背後に……確かに突如として何かが出現したのです。
一瞬前まで何も感じなかった私たちの背後に、突然何かが出現。
そして刀月様が不可思議な物を使ってそれを追い払ってくれた。
不可思議な武器から大きな音がして……その音が響くと同時に背後の何かは現れたときと同じように忽然と姿を消してしまいました。
振り返ってもそこには何もなかった。
だけど……いくら疲弊していたとしても、いや……
疲弊していたからこそ、刀月様が何か失態を犯したとは思えなかった。
そして今回の森。
この異様な雰囲気が、何かがあるというのを如実に教えてくれる。
そしてその何かに……刀月様は用があるということを。
そのために……私を利用しようとしていることも。
以前の細作訓練での実力を見れば、刀月様は間違いなく私よりも遙かに細作としても優秀のはずです。
そんな刀月様が単体ではなく私と共に偵察に出たのだとしたら理由はこれしか考えられなかった。
私を囮に使っているのだと。
もしくは足手まといと行動を共にすることで、相手が手を出してくるのを……手ぐすね引いて待っているのかも知れない。
恐らく……本当の意味で私を囮に使うつもりはないのだと思います。
本当にただ利用するためだけならば、こんな回りくどいことをしなくても、刀月様なら何か方法があるのだと思うのです。
けどそれをしないのが……良くも悪くも利用しきれないところが、刀月様の良いところなのだって……
わかっていた……
もっと……精進しないと、です!
今までも、そして今も。
私が刀月様のお役に立ててないことがよくわかって、私は気を引き締めた。
森が異様なことはわかった。
ならばそれに対処すれば良いだけの話なのです!
気合いを入れ直して、私は雰囲気に呑まれていた自分を落ち着かせて、覚悟を決める。
もしもの時の……覚悟を……
落ち着いたどころかなんか別の意味でやばい感じになってないか?
温かい飲み物で少し落ち着いたと思いきや、何故か知らんがこっちを見て何か考えたかと思えば、悲壮感とも取れそうなほど凄絶な覚悟を決めた気がした。
時代が時代故に、覚悟を決めるというのは何というか……命すらも捨てる覚悟を平気でしてそうで少し心配だった。
まぁ覚悟の内容はともかくとしても……恐慌状態とまでは言わないが、少し落ちついたならいいのだが……
この異様な雰囲気に呑まれるのは無理からぬ事だ。
何せ幽鬼体を突如として出現させられる上に、三桁単位の人間をある程度操ることの出来る妖術使いが相手……尾行娘はそこまでの事は知らないが……だ。
妖術の腕前に関しては、俺では比べものにもならない腕前だ。
そんな相手が明らかにこちらを誘って異様な雰囲気を作り出しているのだから、むしろ尾行娘が怯えてくれたという事実が、この森が異常だと言うことの何よりの証だった。
センサーというか……まぁ色々意味があるわな……
俺だけだとこの程度だと全く問題がないので、怯えてくれたのはかえって助かったりもする。
怖がる姿を望んでみたいとか……それだけ聞くとマジで外道だな……
自分の行いに溜息を吐きたくなる気持ちだったが……それでも俺は俺の気持ちを優先した。
いい加減この意味のない膠着状態を打破したいのだ。
故に、利用できる物は利用する。
だがしかし……利用はするが無事に帰すのもまた、当たり前のことだと考える。
無事に帰さないとな……
凄絶な覚悟を決めさせてしまったのが少々心苦しかったが、それでも俺がやることは変わらない。
敵のしっぽを掴み、俺と尾行娘が無事に帰還することだ。
絶対に……何か進展させてやる……
そうして俺と尾行娘が覚悟を決めて、再度ハンドサインや役割分担を再確認して、出発した。
数日は問題なく進めていた。
そしてまぁ驚くことに、全く何も見つからなかった。
俺が背負子で尾行娘を背負って移動して尚……見あたらないという。
それどころか俺にしかわからないことだが……気配すらも見つけることが出来ずにいた。
……ここまで何も残してないとは
敵の手腕に内心で舌を巻いて、その舌で舌打ちするしかなかった。
そしてしばらく行動をしていて……
漸く敵がこちらに手を出してきた。