荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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すまぬ

投稿するの忘れてたでござる

最近また書けなくなってきて

いやぁ、情緒不安定だなぁ……

ワクチン三回目ようやく打てました

なんか長々続いてて若干だれてきたのもありますが、

一人一人できることはしっかりとやっていきたいですね




誘い

それは城より出発して数日が経過した夜半だった。

移動していて突然に……周囲に敵が出現したのだ。

出現ということで……俺は相手が幽鬼体であることを容易に悟ることが出来た。

 

やれやれ……ようやくか……

 

幽鬼体の気配には尾行娘も気づいているらしく、俺の後方から驚いているのが感じられたが、すぐに背中の剣に手を伸ばして臨戦態勢を整えていた。

これから戦うことになるだろうことに緊張する尾行娘と違って……俺は内心で大きな安堵の溜息を付いていた。

漸く手を出してくれたことに、本当に心から叫びたい思いだった。

何せすでに数年だ。

水面下で何かをしているにしても、もう少し何かしら行動をしてきてもいいというはずなのに……まるで何もしてこなかったのだから、俺が焦れているのも無理からぬ事だろう。

 

何をしていたのかは謎だが……おせ~よ!

 

ぶっちゃけそう怒鳴り散らしたい気分だったが、そんな場合ではない。

ともかく俺も臨戦態勢を取るために、背負っていた背負子を降ろし、自らの得物を手に持った。

といっても、刀入れに入れてる連中は盾として背中に斜めがけし、狩竜も同じく斜めがけにして背負う。

そして両手でねじり金棒を持った。

夜月は抜けないが気分的に腰に差しておく。

懐にはリボルバー、後ろ腰にサバイバルナイフ。

抜けないのが問題だが、それでも今まででもっとも重装備となっている状況だった。

 

「周泰、俺の背後から絶対に離れるな」

「はい」

 

周囲を包囲しつつも全く仕掛けてこないことに違和感を覚えつつ、俺は尾行娘に指示を出しておく。

尾行娘も異様なことは理解しているのだろう。

俺の指示に逆らうことなく小声で返事をしてくる。

そしてしばらくそうしていたが、一向に包囲を狭めてくる様子は見られなかった。

 

何がしたいんだ?

 

未だ相手の行動の意味がよくわからず、俺としては内心苛立ちと疑問が渦巻く。

そしてそろそろ本格的に面倒になってきたので、先手を打つことにした。

その辺にある握れるくらいの小石を拾い集めて、気力と魔力を併用した身体能力強化術で思いっきり周囲の敵へと投げつける。

亞音速まで加速されたそれを避けられなかったのか……それとも避けなかったのか謎だが、ともかく投げた石は全て敵に命中した。

さすがに気配感知で投げつけたため急所等を狙うことは出来なかったので、命中した連中全員を葬ることは出来なかったが、何体かは気配を消失させた。

 

出現したからわかっていた事だが……やはり幽鬼体か……

 

出現と死による消滅。

生きた人間でないことはわかっていたが、確信できて安心した。

仮にこの間合いまで俺に気づかれることなく接近されていた場合は……俺としても今まで以上に警戒しなければいけないことが増えるからだ。

 

まぁ前科というか、事例がすでにあるから……あまり過信は出来ないんだが……

 

未だわかってない、褐色ポニーの暗殺者の正体。

絶対がない故に一般兵が潜り込めたことも十分に考えられるが、それでもまだ確信が持ててない故に、黒幕が手を回したことも俺は否定し切れていなかった。

 

さて……どうするか?

 

数体殺したがそれだけだ。

そこから幽鬼体を補充するでもなく、包囲を狭めてくることもなく、かといって……別の行動をするでもない。

ここまで来ても焦らしプレイかと……率直に言って気持ち悪い事を想像してしまう。

本当に切れそうになって、思わず守るべき対象がいるというのに……真面目に突進しようかと考え始めた。

その出鼻をくじくように……

 

『相変わらず出鱈目ですね……あなたは』

 

相手から念話が届いた。

その事実に一瞬心が乱れたが、相手から戦闘行動に対する行動を関知できなかったので、俺は一度構えだけ解いて……無論いつでも動けるように心構えまでは解かない……会話に応じることにした。

 

「ずいぶんと長い間放置してくれたな?」

『おや? 出鱈目なことは否定しないのですね?』

「俺よりもさらに出鱈目な連中を何人も知ってるから、俺程度で出鱈目なんて思うことも出来ないからな」

『ほう? あなたにそこまで言わせるとは、是非とも一度お目にかかりたい物ですね?』

「仲良くお話がするためにわざわざこんなところまでおびき出したのか?」

 

おびき出されたというか……誘ってきているのは十分に理解していた。

董卓以外では影も形も見せず、痕跡すらも見せなかった黒幕が露骨にその足跡を遺したのだ。

俺が食いつくことはわかりきっていたはずだ。

そして極めつけが五胡の森の異様な雰囲気。

たとえるならば……古龍が現れたときの狩り場の雰囲気に似ていた。

他の生物が皆無。

だが古龍達の時と決定的に違うのは……その不気味さだ。

あちらはまだ強者というか絶対者としての格なのか、もっと威圧的だった。

だが……この森の雰囲気は木々が深いために、太陽光があまり差してこないこともあって実に不気味なのだ。

これだけの材料があれば、誘っているのは明白だった。

 

『いえいえ。そんなことはしませんとも』

 

しかしこちらを挑発するような、芝居がかった口調は変えてない。

目の前に餌をぶら下げられれたままのような気がして、さすがにそろそろ我慢が出来なくなってきて、俺は側の念話を出していると思われる虚空を、気力と魔力を纏わせたねじり金棒で思いっきり凪ぎ払った。

 

「ご託は良い。殺るのか? 殺らんのか?」

 

あぁ? お前マジでぶっ飛ばすぞ? まるでどこぞのちんぴらのような気持ちで、俺は思いっきり殺意をぶちまけた。

さすがに対象は全方位ではなく念話の発信元のみだが……それなりの圧力を乗せたのでけっこうなものだったはずだ。

 

『おぉ恐ろしい。さすがは異世界から出てきた存在ですね』

 

念話の元をぶっ飛ばしたのだが、すぐに新たな念話の元を設置して話しかけてくる。

と思ったが、そちらに視線を向けて俺はびっくりした。

 

そこに……眼鏡を掛けたうさんくさい笑みを浮かべた、導師の衣装を纏った男がいたのだから。

 

 

 

「……ほう? 姿を現すとは意外だな?」

 

 

 

額には道化ガキと同じような紋様のみたいな入れ墨がしてあった。

背丈は俺よりも少しばかり上だろう。

だが衣服から見ても、あまり体を動かすタイプではないのはすぐに見て取れる体躯だ。

術の練度から考えても、前衛ではなく後衛の人間だ。

間違いなく術師なのだろう。

 

『いえいえ。遠方からわざわざ着てくださったのです。姿を見せるのは礼儀でしょう?』

「ほざけ。幻影のくせに」

 

いわゆるアニメなんかの立体映像のホログラムみたいに形で登場しているので、肌の色まではわからなかった。

だが特徴的な衣服……これはこの世界の人間全員だが……を着ているだけでなく、額の入れ墨があるのだ。

一度見れば忘れることはないだろう。

 

『お初にお目にかかります。異世界からの使者。私は于吉。左慈と共にこの世界を管理している人間です』

「管理だと?」

『えぇ。外史と言われるこの世界が滞りなく進めるように手綱を握る者です』

 

外史? またぞろ意味のわからん単語が出てきたな?

 

わからない単語もそうだが……それ以上にこの世界を管理しているという言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

世界というのがどの程度の規模を差しているのかは不明だが……そんな小さい範囲ではないことは間違いない。

端的に言えば中国大陸に置いては絶対的な力を有している……と考えられなくもないが、それにしてはやっていることの規模とやり方があまりにも稚拙すぎて、何か違和感を覚えた。

さらに言えば管理をしているという割には……あの二人の怪物を野放しにしているのも意味がわからない。

俺と普通に接してきたことから考えても、味方なのは間違いないのだろう。

ただ……幻影と言うことを差し引いても、こいつからあの二人の怪物ほどの圧倒的な何かは感じられなかった。

 

『まぁ私は諸事情で別の理由と目的があるのですがね……』

 

その台詞で、恐らく左慈と于吉が一枚岩ではないことが何となく察せられた。

前衛というか近接戦闘という理由はあれど、道化ガキが単身で俺に殴り込みに来たことで、使い走りのように思っていたのだ。

見た目という完全な偏見だが……この目の前の幻影の人間はどう見ても策謀というか、裏でろくな事を考えてない類の人間だ。

道化眼鏡は間違いなく……ろくな人間ではない。

 

色んな意味でな……

 

幻影越しなので何とも言えないが……道化眼鏡の気配という感じに、俺は違和感を覚えた。

何か……ちぐはぐに思えたのだ。

何かはわからない。

だが何かがちぐはぐというか……もっとも感じたのはステレオグラムが見える感じ。

ピントを意図的にずらすことで特殊な絵を立体的に見るあれだ。

この于吉は何か……ずれているという思いが俺の脳裏を離れなかった。

 

何だ? この気持ち悪い感じは?

 

実際に相対してないのが原因か?

それともこの幻影を見せることが目的なのかは謎だが……ともかく非常に違和感を覚えた。

一瞬幻影を出したことも考えて罠ということも考えたが……この違和感からは悪意が感じられなかった。

故に別の何かだと、意識が引っ張られてしまう。

 

 

 

それに気を取られたからか?

 

それとも漸く相手が姿を見せたからある意味で気がゆるんだのか?

 

俺は周囲の気配を……

 

 

 

背後に気を配るのを怠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

刀月が突然普通にしゃべり出して、周泰が驚いている最中だった。

見える範囲では誰もいないはずなのに、刀月様が突然虚空の誰かと話し始めたのだ。

今まで周泰よりももっと注意深く行動していた刀月が突然にだ。

そのことに周泰が驚きつつも訝しんでいた……そのときだったのだ。

 

……突然人が現れたのです!?

 

距離にしておよそ……刀月の得物が届かない程度の距離に、突然人が出現したことで、周泰は驚いてしまった。

そのことに一瞬だけ心で自身の未熟を呪う周泰だったが、その出現した人物を見てそれ以上に気味悪さを感じた。

その出現した人物が……人とは思えない、それこそ亡者だと言われても信じられるほどに、存在感がつかめなかったからだ。

 

「……ほう? 姿を現すとは意外だな?」

 

? 刀月様?

 

そしてその亡者の不思議な人が現れたと同時に……刀月の言葉が全くわからなくなった。

刀月と会話をしているのか、亡者の人……于吉も口を動かしている。

だが……周泰には二人の会話がまるでわからなかった。

言っている言葉が聞き取れてないわけでもない。

突如として二人が別の言葉を話し始めたというように。

全く話が理解できなかった。

 

『不思議な存在でしょう?』

 

そうして周泰が不思議に思っていると……どこからから声が聞こえた。

その声に驚くと同時に……周泰は何故か体が動かせないことに気がついた。

体がうごかないどころか……声を出すことも……

 

呼吸すらも出来ない事に気づいた。

 

 

 

このとき周泰にはわかるはずもないことだが……于吉は妖術を使用して周泰に術を掛けて意識だけ異様に加速させていたのだ。

そしてその加速させた意識の中で語りかけることで……あたかも周泰の体を金縛りにあわせて身動きが取れなくなったと、錯覚させたのだ。

 

 

 

『以前からこの男が不思議なことは他の人も知っていた。あなたもその一人のはずだ』

 

 

 

そして何よりもうまかったのは、于吉の手管と話術だった。

普段であれば否定する事柄だが、今の不気味な状況と刀月の言葉を遮断した。

さらに自分自身の不気味な存在を利用し、さらに否定仕切れない言葉で相手の気持ちに揺さぶりを掛けたのだ。

 

良くも悪くも、刀月が不思議な存在というのは、否定できるわけがないのだから……

 

そしてその否定できないということが……于吉にとっては何よりも重要だった。

意識を共有した意味が……そこにあった。

 

 

 

『そう……不思議ではなく、この男がおかしいと……思っていたはずだ』

 

 

 

そして否定ではなく自らの言葉に同意させる。

 

 

 

それによって、この妖術は完成する。

 

 

 

『こんな男は……おかしいと』

 

 

 

絶対に否定することの出来ない言葉。

 

話を聞いた誰もが。

 

本人を見た誰もが。

 

刀月に対して絶対に抱く感情。

 

 

 

この男は……おかしいと……。

 

 

 

そしてその同意を持って……傀儡の術が発動する。

 

 

 

『確かに……そうかも知れません』

 

 

 

はずだった。

 

 

 

『でも、不思議ではあっても、決しておかしい人ではないのです!』

 

 

 

しかしその于吉の、同意しても不思議ではない言葉は……周泰の否定の言葉によってあっさりと切り捨てられた。

 

確かにおかしい存在ではある。

 

恐怖に感じなかったと言えば嘘になる。

 

特に周泰はまだ味方ではなかった頃の刀月に、直接殺意をぶつけられたことのある存在だ。

 

孫策よりも武が未熟と言うこともあり、恐さは他の誰よりも知っていた。

 

だがそんなことなど問題ではなかった。

 

相手が刀月なのだ。

 

恐れはする。

 

怖くも思う。

 

だが命の危険を覚えることはなく、そんな心配をする必要もないと、周泰はわかっていた。

 

 

 

そしてそれ以上に……刀月に恩があると考えている周泰は……

 

 

 

 

 

 

仮に命をもらうと言われた場合……差し出すことも厭わないと思っているほどだった。

 

 

 

 

 

 

『何の意味もなく、己の快楽のためでもなく……人のためにあれだけの事をされてきた方を……』

 

 

 

 

 

 

『不思議に思いこそすれ……変だとは思っても、否定だけは絶対にしないのです!』

 

 

 

 

 

 

思考のやりとりにて刀月にはこの会話は感知できていない。

 

だが、仮にこのやりとりを聞いていた場合……刀月は周泰を見くびっていたことを謝罪していただろう。

 

恩義を感じてくれているとは理解していたが、まさか命すらも差し出す覚悟だとはついぞ思っていなかったのだから。

 

 

 

そして周泰をよく知る刀月すらも予想だにしなかった周泰の覚悟を……

 

 

 

于吉が知るはずもなかった。

 

 

 

故に……傀儡にすることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

だが……他にも方法がないと言えば……

 

 

 

 

 

 

それは否だった。

 

 

 

 

 

 

「目的ねぇ? それが俺に何の関係があるんだ?」

 

相手の事を少しでも知りたいところだが、この程度で情報を引き出させてくれるほど相手も耄碌としてないだろう。

この問いかけは道化眼鏡と少しでも会話を行うためだった。

逆探知も出来ないので正直あまり意味がないと言えなくもないのだが……あちらから接触してきたのだから、少しでも知っておきたかったのだ。

 

『私の目的はあくまでも外史の保管と健全な運営……だったのですが、あなたと同じような存在に邪魔されましてね』

 

あれ、意外……乗ってきたよ

 

布陣も終わっているのでただ挨拶をしに来ただけかと思えば、こちらの会話に乗ってきて俺は拍子抜けしてしまった。

幽鬼体程度では俺がどうこう出来ないのは、相手も十分に理解しているはず。

だからこそ足手まといを連れた状態で行動したのだ。

故に尾行娘辺りに怒濤の勢いで攻撃してくるのかと思ったのだが……

 

というか、同じような存在? 俺みたいな存在っていうと北郷が思い浮かぶが……

 

『まぁあの男はあなたほど出鱈目ではなかったですがね。ましてやこちらにも同じ……というよりもうり二つの男がいたのは驚きでしたが……』

 

こちら? うり二つの男……ってことは平行世界か?

 

敵の台詞はまさに俺と同じような平行世界を移動しているとおぼしき言葉だった。

だが俺と決定的に違うのは、その移動の言葉に諦観や驚きといった感情の起伏がないこと。

つまりはただ移動してきただけということをいっているのだと、俺は判断できた。

 

世界を移動できるほどの術者だというのか?

 

敵の実力が俺とは比べものにならないのは、人を操る人数で十分に把握していたつもりだったが……ただ操るだけと世界間の移動では次元が違う。

どうやら相手の実力を上方修正しなければならないようだった。

 

しかし移動してきた割には……あの道化ガキとそれなりに信頼関係を築いているようだった気がするが……

 

反董卓連合にて俺に奇襲を仕掛けてきた道化ガキ。

直接会話しているところを見たわけでも、会話を聞いたわけでもないが……あの口ぶりから互いのことをそれなりに信頼してる様子だった。

同じような格好をしているとはいえ、タイプが全然違うように見受けられた。

ならばタイプの違う人間がそれなりに親しくなる時間が必要だ。

さらに一応些事と認識しているような感じだが、それでも戦がらみの案件だ。

ただ親しくなるだけでなく、信頼するまでにならなければ背中を預けるだけの仲にはなれない。

ましてや道化ガキは直接戦場に赴いてきて、その窮地を道化眼鏡が救っている。

あの道化ガキが命を預けるまでに信頼しているということは……かなり前にこの世界に来たのかも知れない。

 

それとも……別の要因が何かあるのか?

 

そう思考するが、さすがにこれ以上材料を与えてくれなかった。

どうやってこれ以上情報を仕入れるべきか……そう思考を巡らせたそのときになって、俺は背後の違和感をようやく捉えることが出来た。

 

 

 

尾行娘?

 

 

 

そう思ったそのときだった。

尾行娘が俺に向かって手にしたナイフで襲いかかってきたのは。

 

あぁ?

 

何故突然と思うが、瞳孔が完全に開ききっている。

明らかに尋常の様子ではない。

となると考えられる事は一つ。

道化眼鏡が操っていると考えるのが自然だろう。

 

ったく!

 

襲いかかってきた尾行娘。

相手の得物はナイフ程度の刃物。

それに対して俺が手にしているのはねじり金棒だ。

迎撃するにはあまりにも不向きだ。

気壁で防ぐことも考えたが……こちらの情報を与えるのは得策ではないと考え、俺は普通に避けた。

 

「てめぇ、良い度胸してやがるな?」

 

そう悪態を吐くが、俺は内心で相手の技量に対して舌を巻いていた。

操ることは別段そこまで驚いていない。

三桁を下らない人間を操ることが出来た相手だ。

武将とはいえただの小娘を操ることなど、、造作もないだろう。

だがその操り方に、俺は驚きを隠せなかったのだ。

何せ俺が操られている尾行娘の違和感に直前まで気づかなかったのだ。

尾行娘の技量では俺を欺くほどの隠行は出来ない。

ならばこの隠行は、操っている道化眼鏡がしたことで出来た動きだと言うことになる。

俺に避けられた尾行娘は瞬時に振り向いて、俺にナイフを向けてくる。

完全に操っているのに、長い得物である背中の剣を抜かない。

間違いなく相手の道化眼鏡も、それなりに戦術の知識があることの証左に他ならなかった。

 

『おや? 完全に虚を突いたと思ったのですが、避けられるとは……さすがに一筋縄ではいきませんか?』

「てめぇ、卑怯な手ばかりで攻めてくるのなら……俺に惨たらしく殺されることを覚悟しておけと言ったはずだが?」

 

それは俺が反董卓連合の時に、こいつと会話をしたときに吐き捨てた言葉だ。

あのときは黒い陰に似た何かを発する物で入れ墨娘を操って襲わせた。

今度は尾行娘を操っての所業だ。

俺としては心中荒れ狂うくらいに怒っていた。

 

『確かに言いましたね? ですが……殺される気はありませんので』

「それは……そうだろうな!」

 

再度ナイフで襲ってくる尾行娘。

それにあわせて一瞬にして間合いを詰めてきた周囲の幽鬼体も一斉に襲ってくる。

そのとき……尾行娘の背後の幽鬼体が、尾行娘ごと俺を貫くつもりなのか、俺と尾行娘の直線上で槍を突き出してくる。

刺されるつもりも、尾行娘を刺させるつもりも毛頭ないので、俺は尾行娘に瞬時に近づいた。

さすがにこの移動速度は予想外だったのか、道化眼鏡が驚いた気配を感じた。

それに構わず俺は尾行娘のナイフを避けつつ頭に、狩竜を手放した左手を添えて気を送って意識を断った。

そしてそれとほぼ同時に、後ろから攻撃を仕掛けてきていた幽鬼体の槍の穂先を、左拳で粉砕した。

 

手加減は……必要ないよな!

 

粉砕と同時に、右手に握っているねじり金棒に気力と魔力を注ぎ込む。

そしてその瞬間に思いっきり振り回した。

 

「だっせい!」

 

全長九尺二寸を誇る狩竜と同じ長さになるように鍛えたねじり金棒。

そのねじり金棒を俺が気力と魔力で強化した凪ぎ払いは……間合いの全てを拒絶する。

幽鬼体も、木々も。

その全てを等しく粉砕した。

ただ一人……俺の腕に抱かれた尾行娘を除いて。

 

「俺の目の前にいないのが……運が良かったな?」

 

周囲の幽鬼体を一掃し、残りは道化眼鏡の気配と尾行娘のみ。

故にこの場に道化眼鏡がいれば全力で殺しにかかるところだったのだが……この場にいないのではどうにもならない。

 

『そうかもしれませんね。ですが……終わったと思うのは早計かと?』

「何?」

 

そう言葉を返すと同時に……気を失っているはずの尾行娘が再度俺に攻撃してきた。

その動きは別段何ともなかったのだが、気を送ってなお動いたことに驚いてしまい、俺は尾行娘を手放してしまった。

 

何故動ける?

 

と、疑問に思うが動いているのは事実。

どういうからくりかは知らないが……ともかく動いているのなら対処しなければならない。

そしてかといって手荒なまねをしたいとは思わないのだが……

 

……しまった。時間を稼いだのは俺ではなく

 

『気づいたようですね?』

 

ニヤリと……目の前で見ていれば実にいやらしい笑みを浮かべているのが、容易に想像できるほどの陰湿な声だった。

自らの情報を一部与えることで俺をこの場に釘付けにしたのには理由がある。

そしてその上で厄介な相手を置いていく。

これはつまり……

 

『私の妖術がそれなりの腕前というのは理解していたのでしょうが……その程度の思考で見抜かれるほど、未熟な腕ではないですよ』

「てめぇ」

『さて。今頃どうなっていますかね? あなたの城は?』

 

予想通り!

 

念のために呂蒙に渡していた俺の鉄のお守りがあったのだが、それが反応した感じはしない。

間違いなく相手が阻害していると見て良いだろう。

さらにそれをわざわざこの状況で言ってくると言うことは……俺を焦らせるのと同時に追い詰めるための布石。

しかも相手は尾行娘だ。

殺すという選択肢が出てくるわけがない。

だが、気を送って行動不能に出来ないと言うのであれば……俺には二つの選択肢しか出てこなかった。

 

殺すというのが一つ。

 

もう一つは……

 

 

 

やれやれ……まぁしょうがないな……

 

 

 

正直使いたくなかったというのが本音だが、このまま長々攻防をしていても尾行娘に負担を掛ける上に、城の様子も気になる。

どちらも悪化の一途を辿るだけだろう。

ならばさっさと終わらせて次善策を優先すべきだろう。

こちらの情報を与えることになるのは正直痛手ではあったが……こちらの陣営がダメージを追うよりは安い出費だろう。

 

ならば……

 

覚悟を決めると、俺は再度尾行娘と向き合う。

意識を失って尚、無理くり動かされているのはどう考えても体に負担がかかる。

ならば俺がどう動くか決めた以上……さっさと動いた方が状況は多少なりとも好転するだろう。

 

故に……

 

 

 

すまんな……尾行娘……

 

 

 

対峙して、俺にナイフを構えてくる尾行娘。

俺は心の中で尾行娘に詫びを入れつつ……左腕に魔力を集中させた。

 

意識を刈り取れないのであれば……

 

殺すこと。

そして気を送ることで意識を失わせること。

この二つが封じられている以上……俺が出来ることは後一つしかなかった。

それはすなわち……

 

 

 

その体……自由を奪わせてもらう!

 

 

 

 

 

 

何をしてくるのか?

 

それが于吉の頭の中で埋め尽くされた事実だった。

四六時中監視をしているわけではない。

だが観察している上で分析できたのは、この男が殺すことを忌避していること。

そしてなんだかんだで自分に親しい人間を、無碍に扱うことはしないと言うこと。

だからこそ于吉はこのとき打って出たのだ。

出鱈目な存在である刀月を相手に……何かしらの手傷を負わすことの出来る状況だと判断した。

刀月が誘ってきていることは、于吉もわかっていた。

そして誘ってきている以上、よほどの状況に陥らなければ対処が出来ることも容易に想像できた。

だがそれでも……相手の力量と技量を把握するためにも……

 

この誘いにのらないという選択肢は浮かんでこなかった。

 

だから……自らの妖術で二段構えの策を行った。

だが……相手が一枚上手だったことを……

 

于吉はすぐに知る羽目になった。

 

 

 

左腕の老山の力に魔力を透す。

そしてその上で出力を調整する。

ほぼ全ての生物が有している力とはいえ……その力はあまりにも微弱な力。

故に……殺すのならばともかく殺さないのであれば、その力はとても繊細に扱わなければいけない代物。

その繊細な調整を……出来る自信はなかった。

だがそれでも……やらなければならない理由があった。

 

故に……迷いも戸惑いも全て捨てて……

 

刀月はその力を行使する。

 

 

 

「磁波鍍装、蒐窮」

 

 

 

それは神威と恐れられた、地上においても絶対と言える力。

 

光を除けば最速に近い速さを誇る雷。

 

生物であればほぼ全ての存在が内包した力。

 

誰もが持っている物だからこそ……扱いが難しい物だった。

 

その力を殺すためならいざ知らず……行動不能にするための力加減をすることは、刀月としても難しかった。

 

だがこれ以上……相手をそのままにしていることの方が、体に負担を掛ける。

 

故にこそ……

 

 

 

刀月は選択した……。

 

 

 

「雷を纏いて……」

 

 

 

相手を……

 

 

 

擬似的に殺す事を……

 

 

 

「電磁掌底……破経!」

 

 

 

雷を纏わせた掌を持って、相手を打ち貫く。

 

雷を纏った掌が周泰と接している時間は刹那の時間にも満たないだろう。

 

だがその時間に瞬間的とはいえ、圧倒的出力を有した雷を纏った掌に触れることで……

 

 

 

周泰の体は死に瀕するほどの麻痺を起こす。

 

 

 

『!?』

 

さしもの于吉も驚かざるを得なかった。

人体というのは……否、生命というのは実に繊細な存在である。

わずかに狂ってしまうことで……命を危険にさらす脆弱な存在。

ある意味で存在していることも、奇蹟と言っていいような存在なのだ。

誰もが体内に内包した力である雷。

それは体内で生成された雷によって神経に命令を下して、脳が体を動かすという構造。

しかし体内で生成される雷は……本当に微弱で微細な物でしかない。

故に……大気中で視認できるほどの出力を誇った雷が体に触れれば、それだけで体のあらゆる機能に支障を来す。

しかし……刀月はそのあまりにも強大な力を……

 

周泰へと打ちはなった。

 

「!?」

 

体を刹那の時間にすら満たぬ瞬間に走り抜ける……雷。

それは人体のあらゆる機能を麻痺させるには、あまりにも強大すぎる力だった。

武将に届かないとはいえ、一般人よりも遙かに強い周泰といえども、所詮はただの人間という生物に過ぎない。

故に……刀月の一撃は、周泰の体を壊すにはあまりにも十分すぎる力だった。

 

具体的に言えば……

 

 

 

その力は心臓を麻痺させるには十分すぎた。

 

 

 

「意識を断ってなお、体を本人の意志を無視して動かせたとしても……文字通り体を動かすことが出来なければどうにもなるまい」

 

 

 

過度な力が体を壊し……周泰は真の意味で行動不能になった。

 

意識を断ってなお、操ることが出来た妖術。

 

だが未熟なれど……刀月も妖術が使える男。

 

故に……その基礎は把握していた。

 

 

 

妖術とは……

 

繊細であり強力ながら、明確な物であると。

 

極めれば死者すらも使役することの出来る力。

 

死しておらずとも……傀儡のように意志を無視して動かすことも出来る。

 

強力であるからこそ……その力は繊細とも言えた。

 

生きていても操れる。

 

屍であっても操れる。

 

 

 

では……その中間では?

 

 

 

生きているのか、死んでいるのか?

 

その線引きがはっきりとしない物については……実にあやふやとも言える力しか行使できない物だった。

 

故に……刀月が打って出たのは仮死という状況だった。

 

意志なくとも操れるというのは、意志ではなく体を操っていると言うこと。

 

だがその体が……文字通り動かすことの出来ない状況であった場合は、その影響力は実に弱まる。

 

死者であるならば……ただの物として扱うことが出来るが故に、自由自在に動かすことが出来る。

 

だが、仮死とは……実に曖昧な状況なのだ。

 

生きているわけでもなく……

 

死んでいるわけでもない。

 

そのあやふやさが……妖術を行使できない状況に陥らせた。

 

 

 

この一瞬でその状況を作り出すとは!?

 

 

 

冷静沈着でいるべきとわかっていても、相手の行動がそれを上回っていた。

 

故にこそ、わずかな隙が生まれる。

 

そのわずかな隙を……見逃すほど刀月も未熟ではなかった。

 

周泰の体が刹那に満たぬ時間雷に晒されたとほぼ同時に……刀月は次の行動を起こす。

 

その左手に魔力を最大まで解放させて……魔力をねじり金棒に乗せて気配の元を凪ぎ穿つ。

 

圧倒的な力をぶつけられて……于吉の遠隔の力は木っ端微塵に消滅する。

 

しばしその気配が完全に砕け散った事を確認しつつ残心をして……刀月は倒れる前に周泰を再度腕に抱きかかえた。

 

 

 

「周泰!」

 

 

 

うまく手加減をしたつもりだった。

 

だがどれほど精密に制御できた(・・・)としても、雷の力というのはあまりにも強大であり、それ以上に精細だ。

 

その精細な力で動いている生命という存在は……その均衡が崩れるだけで容易く死に至る。

 

だが死なせるわけがなかった。

 

故に刀月は……その魔力と気力を周泰へと送って……

 

 

 

麻痺して仮死に至った体を、無理矢理に蘇生する。

 

 

 

かなり無理矢理な行動だ。

 

文字通り死にかけた体にむち打って強引に蘇生させる術。

 

体が弱い者であれば間違いなくその瞬間にくたばっている施術だ。

 

だが……将に届かぬ存在といえど一般人よりも遙かに強靭な力を有した存在である周泰は……

 

体にダメージを残しつつも、息を吹き返す。

 

 

 

「……っぁ」

 

 

 

か細い吐息だった。

 

だがそれでも息を吹き返した事に代わりはない。

 

それを確認して、刀月はさらに気を送る。

 

無理矢理に蘇生されて傷付いた体を癒すために。

 

だがそれにばかり構っているわけにはいかなかった。

 

今この瞬間にも……

 

 

 

城が何かしらの危機に瀕しているのは……

 

 

 

考えるまでもなかったのだから。

 

 

 

「すまんな」

 

 

 

一言詫びて……刀月は行動を起こす。

 

背負子に周泰を据え付けて、さらに帯で無理矢理に体を固定する。

 

そしてその背負子を背負って……刀月は力を解放する。

 

 

 

「ちまちま気力と魔力の身体強化だけで跳んで行くわけにも行かない。体に負担を掛けるだろうが……それでも行かないわけにはいかない!」

 

 

 

聞こえているわけもなく、聞こえていたとしても意味がわからなかっただろう。

 

その言葉は気を失った周泰のためではなく……自らを納得させて言い聞かせるための言葉。

 

その言葉に逆らわぬために……刀月は力を解放する。

 

 

 

「磁波鍍装、蒐窮」

 

 

 

最速の力を用いて……城へと帰還する。

 

 

 

「電磁射道……雷!」

 

 

 

その言葉と共に……刀月の姿が森より消える。

 

持ち得た荷物全てを携え、さらには背負子で人を一人背負ってなお見失うほどの速度で放たれる己自身。

 

さらに風雲の羽衣を用いてその速度を向上させる。

 

目指すは遙か彼方……五胡に対するために築かれた蜀の城。

 

そこで何かが起きているのは……間違いないのだから。

 

 

 

さて……間に合うか?

 

 

 

胸中が焦りに包まれる。

その焦りが……嫌な想像が現実になる前に、それを止める。

それが間に合うのかどうか……?

相手も馬鹿ではないことは、刀月も重々理解していた。

周泰に対してかなり強力な傀儡の術を使用したことからも、相手が今回の手にそれなりに注力してきたことは考えるまでもない。

そしてそれは刀月も一緒のこと。

お守りを渡したのはあくまでも保険でしかない。

能力を使えば対処が可能だとわかっていたからこそ、囮を使うという手段も用いたのだ。

 

だが、相手の実力を見誤っていたことも事実。

 

故に……城が今どのような状況に陥っているのか……

 

 

 

不安に駆られないと言えば……嘘になることだった。

 

 

 

 

 

 

「攻めてきただと!?」

 

兵士からの報告を受けて、関羽は城の城壁の上に続く階段を駆け上がっていた。

時刻は夜明け前。

攻めてくるには実に曖昧な時間であった。

確かに夜明けであるため一番気がゆるむ時間ではある。

だが夜明けということで夜闇に姿を隠すことが出来なくなると言う、最大のデメリットが存在する。

そして一番気がゆるみやすいからこそ、逆に気を引き締めることも多い時間とも言える。

実に中途半端な時間ではあった。

 

ただ中途半端なのは……時間だけだった。

 

 

 

刀月と周泰殿が城を出立してから……すでに4日か……

 

 

 

刀月達が出立してからすでに数日が経過している。

いくら出鱈目な刀月といえども……戻ってくるのに時間がかかることは、誰もが容易に想像できることだ。

そしてその絶妙なタイミングで攻めてきたと言うことは……一つの仮説が生まれることになる。

 

刀月の出鱈目な移動を知っている……というのか?

 

そういった思考に至るのは当然といえた。

別段刀月や呉が必死になって隠している訳ではないこともあって、三国ではそれなりに宇有名な噂話ではある。

そしてそれが事実であることは、呉と蜀としてはすでに周知の事実であると言っていい。

だが、その情報を五胡が知り得ているのが……少し意外に思えた。

 

こちらに細作を放ってきていると言うことなのか?

 

実のところ関羽もまだ直に五胡の連中を見たわけではない。

関羽自身、劉備の腹心であり忠臣であり、さらに政務も出来るということ。

そしてナナの事もあって側を離れるのがむずかしかったためだ。

故に報告程度でしか知り得ていない。

だからこそ……己よりも詳しい人間がいる城壁の上へと向かっていた。

 

「来たか、愛紗」

 

そしてその城壁にはすでに城の総大将である馬超が詰めていた。

その側には軍師である賈駆の姿もあった。

 

「状況は?」

 

動揺を可能な限り抑えて、関羽は五胡へと眼を向けつつ、二人に近寄った。

そして言葉が返ってくる前に……見ることによってその状況を把握できた。

 

 

 

地平線の先に……夜明けを妨げんとばかりに埋め尽くされた、人の姿を……。

 

 

 

「見ての通りだ……かなりの軍勢だ」

「さっと見て……十万は確実にいるわね」

「万単位だと?」

 

その言葉に、関羽としては動揺と驚きを隠しきれなかった。

何せその数は、こちらの数を圧倒的に上回った数だからだ。

攻城戦ということを考えれば蜀が優位に見えるかもしれないが、それでも数の差というのは実に埋めがたい事実。

さらに相手が五胡の連中というのが実にまずかった。

 

「五胡が……攻めてきた?」

「なんだよ……あの数」

 

城の兵士は五胡の不気味さをよく知っている。

何度か打って出たが……そのことごとく勝つことが出来なかった。

そして……時間も良くなかった。

 

相手が見えてしまうのだ。

 

 

 

地平線を埋め尽くさんばかりの……敵の数が……

 

 

 

視覚化できるというのは……実に様々な効果を及ぼす。

もちろん逆に見えないからこそ恐怖を駆り立てるという手法もある。

だが今回に限って言えば……

 

見えるという戦法を選択したことは……

 

 

 

確かな効果を及ぼしていた。

 

 

 

夜明けという時間ということもあって……今まで報告でしか知らない兵士達が、より不気味に思えるのだ。

 

 

 

何故こんな時間に攻めてきたのか?

 

それが勝てると踏んでいるからだと、思考が行き着く者もいる。

 

そして実際に……五胡の兵士は屈強な肉体を誇っていた。

 

まだ遠目故に見ることは叶わない。

 

だがその纏う雰囲気を見ることが出来た。

 

感じることが出来た。

 

見えてしまうが故に……

 

 

 

相手が恐ろしい存在だと直に感じることが出来た。

 

 

 

さらに、兵を恐慌状態に陥らせるのは……何も視覚情報ばかりではなかった。

 

 

 

そこに……敵の策があった。

 

 

 

少しでも心が傾けば、たちまちに恐怖に駆られてしまう……呪い。

 

 

 

周泰にかけた妖術に比べれば遙かに簡易な術だ。

 

 

 

だがだからこそ大多数の人間にそれをかけることが出来る。

 

 

 

恐怖に陥れることが出来る。

 

 

 

……まずいな

 

敵の襲来と兵の状態をざっと確認して、総大将たる馬超は内心で舌打ちをせざるを得なかった。

確たる実力と自信。

生来の武将としての勝ち気な性格も合わさって、将軍クラスが恐怖に駆られることはなかった。

それは軍師として来ている賈駆も同じであった。

だが……兵が戦える状態でないことは、すぐに察せられた。

そしてそれが無理もないことは、馬超自身よくわかっていた。

何せ馬超自身も……恐怖に震えるような無様な姿をさらすことはないが、相手が不気味であると感じているのは、間違いないのだから。

 

「賈駆……」

「……えぇ」

 

城に詰めてすでにそれなりの日々が経過している。

二人はすでにある程度の信頼関係を結んでいた。

そして状況に応じてすでにいくつか決めている事があった。

その内の一つの状況に陥ったため……すでにいくつかやることは決めていた。

 

「すでに布陣されている以上、こちらが打って出るのは下策だ。また兵の士気も低い。これでは万が一にもあり得る」

「な!? 翠! 正気で言っているのか!」

 

その言葉に側にいる関羽がくってかかるが……そこから先を行動することはなかった。

関羽自身も十分に感じ取っているからだ。

あまり良くない状況だと言うことが。

 

「万に一つもあってはいけない……今すぐ決めよう」

「……それは?」

「援軍を要請するのか……この城を捨てるかだ」

「!?」

 

その言葉には関羽が今度こそ瞠目した。

まだ始まってもいないというのに、すでに城を捨てることを想定しているからだ。

それはすでに気持ちが負けていることと同義。

謀反かと……一瞬ありもしない思考が頭をよぎるほどだ。

だが……その結論に至るだけの材料を、関羽は持ち合わせていなかった。

何よりもその二択を迫られている事は……間違いない状況だった。

 

「敵の数がこちらを圧倒的に上回っている。こちらの兵の士気も低い。さらに……質も低くはないがあちらが一枚岩に対して、こちらは完全な連携が出来ていない。状況は思ったよりも悪いと言って良い」

「それは……」

 

その言葉に……関羽も否定の言葉が口から出てこなかった。

この城に詰めているのは蜀の人間だけではない。

呉の兵士に将も大勢いる。

質が高いのは間違いないが、それでも連携という面においては、五胡と比べるのもおこがましいレベルの違いがある。

 

「万が一にも、呉の将を死なせるわけにはいかない。かといって成都に援軍を要請したとしても往復でかなりの時間を要することになる。それまで持つかは……」

「正直……かなり厳しいと思うわ」

 

馬超の言葉を継いだのは賈駆だった。

武将ではなく軍師故の言葉。

武将よりも冷静に、深く分析できているのは間違いなかった。

 

「打って出るのはもう無理なのは明らかだけど……籠城するための時間はあるわ。準備が万全に整えることが出来れば、負けることはないかもしれない」

「……では」

「えぇ。負けないだけで勝つのは非常にむずかしいわ」

 

それほどの差だった。

兵の数が。

そして士気も。

すでに戦においてもっとも重要な三要素の内の二つが潰されている。

残る要素は地形などの戦略や戦術の要素だが……城があるためそこだけは蜀に優位に働いているが、それだけだ。

 

後はかなりの劣勢と言っていい。

 

故に……国交的にも、兵を無駄にしないためにも……

 

 

 

重要な決断を下さなければ成らない状況だった。

 

 

 

「しかし……」

 

言っていることはわかっている。

状況も十分に理解している。

だがそれでも……関羽としては二人の案に心から賛同することが出来なかった。

ここは要所だ。

それもかなり重要な城だ。

ここを堕とされればそれが成都の橋頭堡となり、首都までの道が開けてしまう。

無論すぐに敗れることはないだろう。

だがそれでも……蜀がかなりの窮地に立たされるのは間違いなかった。

ようやく夢が……太平の世が夢ではない状況に至ったのだ。

三人から全てが始まった。

三人から始まって、歩んできた。

そして三人ではなく、隊として踏み出すことが出来たのは、数百という実にちっぽけな数だった。

だがそれでも……着実に一歩一歩を歩んできて、ついに国を興した。

そして……歴史ある呉と、実力と勢いを持つ魏に比肩するほどの規模になった。

夢を語るだけでなく……それが実現できるかも知れないという国が出来た。

 

何よりも……己の姉と慕う人が笑ってられる日が増えたのだ。

 

 

 

その笑顔をまた……曇らせるというのか……

 

 

 

着実に近づいていく決戦の日。

その決戦の日が近づくことが悲しみでもあり、喜びでもあった。

決戦とそれに至るまでに未だ多くの兵の血を流し命を散らして、民の嘆きを生まなければならないという矛盾。

自らが理想として平和な世を作るために、一歩一歩近づいているという実感。

それでも地道だが確かな日々があった。

それらがまた失われていくのが……関羽には耐え難かった。

 

しかしそのとき……

 

 

 

一人の軍師が、その場を壊した。

 

 

 

「籠城を……っしましょう!」

 

 

 

わずかな時間でしかなかった。

だからか、必死になって走ってきたのだろう。

声が発せられたそこには……

 

肩で息を切らしているが、それでも必死になって言葉を紡いだ呂蒙の姿があった。

 

 

 

 

 

 

敵襲!?

 

その事実を聞いて呂蒙は心底驚いた。

周泰の腕が確かなのは知っていた。

だが今回の相手が普通ではないことを、呂蒙は他の誰よりも知っていた。

何せ刀月が自ら志願して細作として赴いたのだ。

故に間違いなく、刀月が敵視し、敵もまた刀月を邪魔だと思っている存在が絡んでいるのだと。

だから刀月が出陣したのだ。

にも関わらず、刀月の知らせもなく敵が襲撃を仕掛けてきたというのは、刀月が出し抜かれたと言うこと。

相手が刀月の一枚上をいったことに、呂蒙は驚きを隠せなかった。

 

そしてそれによって……刀月の相手が生半可ではないことを、呂蒙もようやく理解した。

 

さらに……己の未熟さを理解して……

 

 

 

己を殴り飛ばしたい気持ちに駆られた。

 

 

 

刀月様!

 

 

 

それは……この状況に至るまで、刀月の事を信じて疑わなかったことだ。

疑うといっても、刀月が敵の細作であることなど微塵も疑っていない。

ただ……刀月が人間を超越した存在で間違うことがないのだと……

 

 

 

そう思っていた自分がいたことを、呪いたくなる気持ちだった。

 

 

 

呂蒙がもっとも刀月の超常的能力を有していることを知っている。

 

そしてそれは刀村の出身者もそれに近しい。

 

命の恩人と言うこと。

 

家と仕事を与えてくれた。

 

平穏を与えてくれた。

 

故に刀村の人間達には……一つの共通の思いがあった。

 

 

 

それすなわち、刀月こそが……真に天の御遣いであると。

 

 

 

曹操や孫策が求めた、乱世を治めるという噂話の天の御遣いではなく、天の存在であると。

 

だが本人がそれを何よりも嫌っていることも、同時に理解していた。

 

だから刀村の連中は普通に接しているが、心から尊敬の念を抱いていた。

 

故にこそ……盲目的に成ってしまったのだろう。

 

 

 

そしてその盲目的にもっとも深く陥っていたのは……

 

 

 

呂蒙だった。

 

 

 

申し訳ありません!

 

 

 

胸中に去来するのはただ一言、その思いだけだった。

 

刀月の言葉を全く疑わなかったこと。

 

間違うはずがないと、そうおもってしまった事。

 

だが……後悔してばかりもいられない。

 

攻めてきたと言うことはわかった。

 

だがまだ敵の規模が把握できていない。

 

策を練るには情報を仕入れなければならない。

 

故に……呂蒙は走った。

 

もっとも情報を持っているはずの、軍師賈駆のところへ。

 

この状況であれば、軍師が赴くべき場所は一つしかない。

 

城壁の上。

 

そして向かう途中で……敵の姿を視認して息を一瞬止めてしまった。

 

 

 

なんて……大軍……

 

 

 

正確な数はわからない。

 

だが地平線が見えなくなるほどの数だ。

 

生半可な数でないことは容易に想像できる。

 

さらにこの城に詰めている兵士を考慮して……選択肢がほぼ二つに限られていると呂蒙も分析した。

 

そして……取るべき選択肢を……

 

 

 

選んだ。

 

 

 

 

 

 

「なんだと……? 今なんて言った? 呂蒙殿」

「馬超様……」

 

その言葉と、自身に向けてくる表情を見て呂蒙は馬超が……否、蜀がどちらの選択肢を選ぼうとしているのかを理解した。

だが同時にそれも無理からぬ事だと、理解しているのも事実だった。

 

「この城を失うことは、蜀にとってかなりの痛手のはずです。なんとしてもここは防がなければ」

「確かに、それはその通りだ。私もこの城がいかに重要なのかは理解している」

「だった――」

「だが……それをあなたに言われるのは……少し釈然としない」

 

呉の人間が蜀の事に口出しをするのか?

言外にそういっているのだ。

そして呂蒙も自分が分を弁えずに発言している自覚はあった。

呉の代表といっても所詮は使節団の代表でしかない。

仮に呂蒙ではなく周瑜が派遣されて進言するのであれば……まだ聞き入れられた可能性はあるだろう。

重鎮と、有能とはいえ新参者。

どちらに発言の重さがあるのかなど、考えるまでもない。

 

だが……呂蒙にはそんなことなど知ったことではなかった。

 

たらればの話など、今自問自答すべき事ではない。

 

今すべきことは……この城を守る選択肢を選ばせること。

 

 

 

それだけだった……。

 

 

 

「そうかもしれません。ですが、呉と同盟を組んでいる以上、私にも一定の発言権があるはずですが?」

「そうだが……。いや、あえていおう。呂蒙殿。私よりも賢いあなたならわかっているはずだ。この数を防ぐのは不可能だと」

 

それは呂蒙にもわかっていた。

そしてその数が……呂蒙としても不思議でならないことだった。

 

 

 

あれだけの軍勢を……刀月が見逃すのか?

 

 

 

その疑問に対する呂蒙の答えは絶対的に『否』だった。

 

ではあの不可思議な数の軍勢はどこから生まれたのか?

 

それに対して立てられる仮説が……一つだけあった。

 

 

 

孫策を助けて刀月が森に立てこもったあのとき……

 

 

 

刀月が初めて「何か」を殺したのだと。

 

初めて感じた、刀月の殺気。

 

無論それは呂蒙にも周泰にも向けられたものではないのだとわかっていた。

 

振り向いてもそこには何もなかった。

 

武が多少あれど、純粋に戦闘を磨いてない呂蒙にはわからなかった。

 

だが、刀月が自分たちの背後の何かを殺したのだという事だけはわかった。

 

飢えに苦しんだための略奪があった。

 

ただ殺すためだけに襲ってきた殺意があった。

 

殺すつもりで来たのだ。

 

殺されたとしても文句は言えないはずだった。

 

 

 

だが刀月はその全てを……受け止めて見せた。

 

 

 

殺すことなく、傷つけることなく……完全に無力化して見せた。

 

 

 

怪我が全くなかった訳ではない。

 

だが体の一部が破損したり、一部が欠損すると言った重傷は一切なく、血が流れなかった。

 

あれほど圧倒的な武を有していながら、何故あそこまで人を殺すのを躊躇うのか、呂蒙にもわからない。

 

何か事情があるということはわかっている。

 

 

 

そんな刀月が……初めて何かを殺したのだ。

 

 

 

そしてその殺した何かは……呂蒙にも周泰にも知られることなく消滅した。

 

刀月の勘違いと考えた事もあった。

 

だが……あれほど追い込まれた刀月がそんな失敗をするとは……

 

 

 

呂蒙には信じられなかった。

 

 

 

ここで重要なのが……唐突に出現して、消滅したこと。

 

 

 

そして……その出現して、消滅した存在を、刀月が殺したこと。

 

 

 

これが重要だった。

 

 

 

……申し訳ありません、刀月様

 

 

 

この自らの策……否、策と言えない思いがひどく苦痛だった。

 

間違っていれば……下手をすれば蜀との同盟が消滅するかも知れない。

 

間違っていなくても……刀月に無理強いをお願いすることになる。

 

事ここにいたって尚……刀月に頼ることしかできない自分に歯がみする思いだったが……

 

それが自らの責務であると信じて、呂蒙は言葉を続ける。

 

 

 

「恐らく……今回の相手ならば刀月様が出陣してくださいます」

「何?」

「だから……私たちは城の防衛に専念して時を稼ぎます」

「色々言いたいことは多いが……まず真っ先に言わなければならないことがあるな。刀月が戻ってくるというのか? いや、戻ってはくるだろう。だが……それまでこの城があの数の相手に持つと言いたいのか?」

 

そう言葉を発するのは関羽だった。

将として撤退すべきだという思いがあったが、だが将ではなく一個人として……この城を失いたくないと考えている関羽は、悩んでいるのだ。

故に……新たな判断材料を求めて……

 

 

 

諦めるための言葉が……諦めないための言葉が欲しくて、呂蒙の話を促した。

 

 

 

「はい」

 

 

 

関羽の問いに、呂蒙ははっきりと頷いて見せた。

蜀も呂蒙と刀月がもっとも親しいと言うことは把握している。

その呂蒙が断言するのだから、間に合うのかも知れない。

だが、間に合ったとしても……重要な事があった。

 

「間に合ったとして、あいつが戦うというのか? あの軍勢を相手に? 仮に戦えたとしても……一人で覆せる数ではないぞ」

 

刀月ともっとも最初期に出会った関羽は知っている。

どれだけ請われても、刀月が人を殺すことに繋がる武を振るわなかったことを。

仮に振るったとしても……あの数を相手にどれだけの意味があるというのか。

 

「覆せるのかどうかはわかりません。ですがおかしいのです」

「何がだ?」

「あれだけの軍勢を素通りさせるなんて、あの二人が出ていてそんなことが、あるはずがないんです」

 

その言葉に、三人ははっと気づいたように眼を見開いて、思考する。

確かにそんなへまを二人がするとは思えなかったからだ。

 

「そして確証はありませんが……あれは恐らく董卓連合の時に呂布様を操っていた敵が関係していると思われます」

「何ですって?」

 

それに反応したのは当然ながら賈駆だった。

辛酸をなめさせられた相手が出張ってきているというのならば……諦めかけていた心に灯がともる。

だがそれも一瞬だ。

気持ちでは相手を倒したいという思いがある。

しかしそれが実現することが出来るのが、難しいのは重々承知している。

それを証明するかのように……敵が威圧するように、雄叫びを上げている。

 

「やはり……これでは……」

「ですがこの城を失えば蜀にとって痛手なのは間違いないはずです! ですから……せめて刀月様がお戻りになるまでは、籠城をするべきです!」

「それはあまりにも非現実的すぎる! 仮に刀月が戻ってきたとしても一人の援軍が一体何になる!? あの男がそれほどまでにおかしな人間だというのか!?」

 

もっとも肌身で、直に敵の恐怖を味わったことのある馬超は、ついに怒鳴ることを抑えられなかった。

確かに刀月が化け物じみた腕前だと言うことは聞いたことがある。

しかし馬超は見たことがないのだ。

馬超は言うなれば呂蒙と同じ立場で新参者だ。

比較的新しく蜀に参加に加わった武将だった。

その従姉妹である馬岱も同様である。

この大陸が三国という三つになる前。

一つの勢力として涼州馬家があった。

西方に位置したこの勢力は、他国からの侵略を防いでいた武勇に優れた勢力だった。

そしてその当主は関羽すらも認める武人であり、馬術の達人だった。

だがしかし……その涼州馬家も魏には敵わず、破れた。

その後、蜀の参入したのだ。

正直な話、呂蒙よりも新参者といえた。

それでも他国の人間と自国の人間では、発言権があまりにも大きな違いとなる。

 

さらに当然のことながら……常識的に考えてたった一人の人間が、万を超えた軍勢を相手をどうにかできるなど、考えるまでもなかった。

 

 

 

しかし、

 

 

 

「はい」

 

 

 

その相手が普通でないのならば……

 

 

 

「悪い意味ではなく……」

 

 

 

それも不可能はなかった。

 

 

 

「おかしいお人です」

 

 

 

そしてその事実を唯一知っているのが……

 

 

 

呂蒙だったのだ。

 

 

 






戦闘シーンが本当に短いな

というよりも今気づいたが……刀月の戦闘らしい戦闘って呂布のときだけだよね

う~む

強すぎる便利すぎるのも考え物か
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