荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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サンブレイク発売!
それに合わせて何とかこいつも間に合わせた!
これを書いているのは前日の4.6.29です!
DLしてる頃でしょうね!

まぁ発売前なので普通に全力で書きましたが……すまん、予想通りかもしれないが、戦闘シーンはほっとんどないです

多分……マジで最後の戦闘以外主人公はほっとんど戦闘しないと思う

そんな作品ですが、それでもよければ読んでくれれば幸いです



恐れ

「なに?」

 

はっきりと断言されたその言葉に、怒ることも呆れることもなく……ただただ呆然とするしかなかった。

すでに敵は一般兵でも、絶対的な戦力差を目視できるほどの距離まできている。

城故にそれなりに頑丈に作られてはいるが、数の差、一枚岩、兵の質に士気。

あらゆる面で劣っているこちら側が勝てる見込みはかなり少ないというのに……呉の総大将たる呂蒙が、この相手を刀月一人でどうにか出来ると肯定した。

 

その事実に……馬超は呆然とした。

 

だがそれも一瞬のこと。

すぐに怒りがこみ上げてきて……思わず怒鳴りつけそうになるが、それを自らの従姉妹が慌ててこちらに来たことで止められた。

 

「姉様! すでに敵がこっちまで来てるよ! 早く指示を出して!」

 

駆け上ってきた従姉妹である馬岱。

悪戯好きでまだまだ未熟なところがあるが、見所も伸びしろもあって、キチンと鍛錬をすれば立派な将になると、身内びいきが入っていたとしても断言できる娘だった。

撤退する場合は逃がすことも兼ねて、撤退の指揮を任せるつもりだった。

しかし遅れてきたのは各所に指示を出してきたからだろう。

撤退にしろ、籠城にしろ、どちらが選ばれても良いように。

 

……落ち着け

 

怒鳴り散らそうとした自らの気持ちを落ち着けるために一度大きく息を吐き捨てる。

悪戯好きの馬岱が準備に奔走し、その上で急かしてくるのだ。

これ以上意味のない押し問答をしている場合ではないと……馬超は思考を切り替えた。

そしてもっとも安全な策を選択することにした。

 

「賈駆、撤退する。その指揮を任せて良いか?」

「……えぇ。私が指揮するのは構わないけど、あなたは?」

「私はこの城の指揮官だ。私の部隊で籠城をして少しでも時間を稼ぐ」

「馬超様!」

 

呂蒙が異を唱えるように声を張り上げるが……馬超は呂蒙に目を向けることなくただ首を横に振るだけだった。

 

「姉様! なら私も!」

「蒲公英。お前は今すぐ馬に乗ってこの情報を桃香様に伝えるんだ。関羽には撤退軍の殿を努めて欲しい」

「翠……」

 

覚悟を決めたであろう馬超。

そしてその選択の正しさがわかる関羽としては……ただ名を呼ぶことしかできなかった。

その選択が……どんな結果を生むとわかっていても、否定する言葉を……

 

関羽は持ち合わせていなかった。

 

 

 

そしてその決意を……再び逆なでにする武将がここに登場する。

 

 

 

「恋も……戦うのを選ぶ」

 

 

 

緊迫したこの状況で、実に間延びした声が届く。

だがその間延びした……聞く者が聞けば何故か安心できるその声は、妙な威圧感が含まれていて、無視することが出来ない声だった。

そちらへと全員が眼を向けると……そこには大陸最強と言われた呂布がいた。

 

「呂布……」

 

この弛緩した姿を見ても……自分がこの武人を倒すことが出来る想像が出来なかった。

まだ戦が始まっておらず、構えてすらいないというのに……その底知れぬ実力を雄弁に物語っているようだった。

 

「恋も……刀月が来てどうにか出来るって……思う」

 

火急の事態だというののんびりとに紡がれるその言葉を無視すれば良いだけだというのに……一概に切って捨てることが出来なかった。

 

「だが呂布殿。この数の差があなたにもわかる――」

「恋が、刀月が来るまで時間を……稼ぐ」

「何?」

「前に一人で、千人やっつけたことがある。だから……」

 

 

 

「今日は一万人だってやっつける」

 

 

 

千人斬り。

 

それは呂布の天下一の武名を轟かせた逸話。

相手が黄巾党といえど、たった一人で千人の敵を倒した伝説。

誰もが一度はそんなわけがないと否定するが……呂布の武を見ればそれが真実だと納得する。

 

納得させられてしまう。

 

それほど圧倒的な武だった。

 

「そうなのです! 恋殿は間違いなく大陸随一の武を持った方なのです! それに私の知略があわされば、まける事なんてあり得ないのです!」

 

その呂布に全幅の信頼を寄せるのは、側にいる陳宮。

まだ幼いながらも軍師として確かに光る物を持っている幼子。

確かに強いことは認められたが……あまりにも数が違いすぎた。

そしてまければどうなるのか……この場にいる誰もが知っていることだ。

さらに言えば……まけたときの恐ろしさを誰よりも知っているのが、馬超だった。

 

「駄目だ……出陣は許可できない」

「ですが!」

「呉の将だからというのもあるが、それ以上に五胡の連中は普通じゃない! 負ければ本当におぞましい目に遭うんだぞ!?」

 

それはまあまりにも常軌を逸した事だったため、蜀でも秘事とされている事実。

それを知らぬからこそ、この状況で打って出ると判断して、馬超はやむなくその事実をぶちまける。

 

「五胡の連中は……恐ろしいことに、敗残兵を喰らうんだ……」

 

その言葉に……この場にいてその事実を知らない者達は誰もがぎょっと驚き目を剥いた。

人肉を食うなど……想像すらもしたことがないのだから無理もない。

そしてそれを目の当たりにしたことがあるのは……馬超と賈駆とその部下達だけだった。

この事実を知っていてなお……撤退に伴った時間稼ぎを行うと言っている馬超。

 

その覚悟を疑っている物は誰一人としていなかったが……

 

 

 

改めてその覚悟を知らしめる形となった。

 

 

 

「あんなおぞましい状況に……この城全員をさせるわけにはいかない。ましてや呉の人間はなおさらに。そして……我らの主である桃香様に味あわせる訳には……。だから頼む……撤退をしてくれ」

 

 

 

桃香はこの事実を知らない。

人肉を喰らうというあまりにも悲惨な事実を知らせるのは得策ではないと、関羽と諸葛亮が報告を止めているからだ。

桃香でなくとも凄惨な事実だ。

人一倍優しい桃香が知るのは良くないとの配慮だった。

 

 

 

 

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

!!!!!

 

 

 

 

 

 

その全てを……止める轟音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

 

 

一切合切全てを凪ぎ払う存在が……

 

 

 

 

 

 

「何をしている?」

 

 

 

 

 

 

この場に来たのだった……

 

 

 

 

 

 

「内輪もめしてる場合じゃないだろう」

 

 

 

 

 

 

凄まじい轟音と共に、城全体が揺れる。

そしてその音が響いた場所の壁が無惨にも崩れ落ちていく。

そしてその崩れ落ちた壁が地面に落ちる前に、その壁に着地した存在が宙を蹴って、城壁の上に降り立った。

 

背負子を背負った刀月である。

 

 

 

だが、その姿を見た誰もが……

 

 

 

「刀月?」

 

 

 

その異様な雰囲気に息を呑んだ。

 

 

 

「刀月……様?」

 

 

 

刀月がもっとも信頼し、そして刀月のことをもっとも信頼している、呂蒙ですらも。

 

 

 

身構えてしまうほどに……

 

 

 

物々しい雰囲気を纏っていた。

 

 

 

「呂蒙」

「は、はい!?」

「周泰を頼む」

「は、は――」

 

はい……そう肯定する前に刀月の言葉に、呂蒙は初めて……

 

刀月に対して恐ろしさを覚えてしまった。

 

 

 

「医師に診せて欲しいが……その前に四肢を絶対に動かせないように簀巻きにしろ」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

その指示はこの場にいる誰もが驚くべき内容だった。

刀月が一切反論を許さないとでも言うように、矢継ぎ早に高圧的に指示を出していること。

 

 

 

「簀巻きにしてから診療し、その後は……俺にあてがわれた部屋に閉じこめておけ。そして俺が戻るまでその部屋には誰一人として中に入れるな」

 

 

 

そしてその内容が拘束しておけということ。

 

これではまるで……周泰が刀月に対して刃を向けたかのような……

 

 

 

「そ……それ――」

 

 

 

「俺のミスで周泰が妖術で敵に操られた。謀反でも裏切りでもない。用心のためだ」

 

 

 

再度質問を許してはもらえなかったが……言葉の内容を理解して呂蒙は心の底から安堵した。

呂蒙としては刀月が戻ってきたことは別段驚くべき事ではなかった。

呂蒙は刀月の不思議な力の一端を垣間見ている。

また刀月が単独で行商していたとき。

それから自分と共に行商に行くようになってから。

 

この二つを比較して……わずかながらも違和感を覚えていたからだ。

 

二つを比較しても……行商の結果にそこまで大きな差がなかったのだ。

それは刀月が単独行動している時と、呂蒙と共に行動している時では制約の有無がある故に当然といえた。

だが刀月とて馬鹿ではない。

単独行動時は自分が巡った村の内、数割は報告をしなかった。

行動を共にしてからは呂蒙にばれないように細心の注意を払っていた。

だがその程度では……呂蒙の頭脳を欺くことは出来なかったのだ。

故に……呂蒙は気づいていた。

 

確かに自分が行動を共にしてから豊かになったのは間違いない。

 

効率が格段によくなり、単独の時よりも損をしなくなったのだから。

 

だが仮に自分と行動を共にしていなくとも……行商に支障を来すことはなかったと。

 

刀月の秘密にしている超常の力が……自分が考えるよりも遙かに凄まじいことを何となく感じていたのだ。

 

 

 

だが他の連中は違う。

 

特に蜀の人間は刀月の出鱈目さをそこまで目の当たりにしていない。

 

特にこの城の総大将である馬超は……あまりにも都合の良いタイミングで戻ってきた刀月に驚くと共に、違和感を覚えてしまうのは無理からぬ事だった。

その上……この次の指示も勘に障る物でその悪感情……

 

裏切り者ではないのかと?

 

勘ぐらせてしまうのも無理はないことだった。

 

 

 

「馬超」

「……なんだ?」

「俺が出陣する。戻ってくるときに敵将らしき存在を視認した。そいつを殺すついでに……俺が殺すことが出来る連中はある程度引き受ける。だから俺が漏らした奴の対処は任せたぞ」

「何?」

 

刀月が自ら出陣するといった。

今まで頑なに戦おうとしなかったというのに、自ら口にしたことに誰もが驚くべき事だった。

 

「といっても……この距離まで攻められては、多数の部隊を出陣させるわけにはいかないな。……呂布」

「ん」

 

荷物を降ろして得物をいくつか身につけて……何か細長い札を取り出して荷物に貼り付けて小さく言葉を紡ぐ。

するとそれと同時に……何故かその荷物がとても認識しづらくなった。

それに一瞬だけ驚くが、それ以上に刀月の行動と言葉に驚いてしまって……その違和感を見逃してしまう。

 

「お前の隊が間違いなくこの城で最強だ。俺が出た後すぐに出陣しろ。そして先の指示通り、俺が打ち漏らした奴を頼む。陳宮は城で留守番させろ。さすがに危ない」

「うん。わかった」

「なっ!? 寧々――」

 

寧々も行く。

そう言おうとしたが……刀月に目を向けられた事で言葉を発することが出来なかった。

あまりにもむき出しの憎悪と殺意。

今までもそこそこ戦意を出すことはあった。

だが……これほどまでに恐ろしい刀月を見るのは……

 

誰もが初めてだった。

 

 

 

「ではよろしく頼む」

「待て! いくら同盟国とはいえ、そこまで勝手な――」

 

馬超が気力を振り絞って言葉を発するが……それに取り合うこともなく刀月は城壁より飛び降りて、城壁の外へと降り立ち、出陣した。

 

 

 

!!!!

 

 

 

人が一人着地する音が轟く。

 

 

 

本来であればそれだけに過ぎない。

 

 

 

むしろ人が一人落ちた程度では……大地が揺らぐはずもない。

 

 

 

実際には刀月が着地したすぐ側の城の壁を……少し微細に揺らした程度の振動しか興していないはずだ。

 

 

 

だが……何故か誰もがその振動を感じた。

 

 

 

飛び降りる姿を見ていた呂蒙、関羽、馬超、賈駆、馬岱、呂布、陳宮。

 

それらだけではなく……城で慌ただしく動いている兵全てが……。

 

その振動を感じた。

 

 

 

そして……刀月が大きく息を吸って……

 

 

 

吐き出した。

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 

 

 

 

 

威圧、殺意、戦意。

 

 

 

そして……圧倒的な何かが含まれていた。

 

 

 

それらが含まれたあまりにも恐ろしい咆吼。

 

その獣じみた声は、城の人間に飽きたらず侵攻してくる五胡の兵達にも轟いた。

 

すると不思議な事に……その咆吼が轟くと同時に、五胡の兵が城壁の上にいる将達の目から見て、明らかにいくつかの敵兵が消失した。

 

「「「!?」」」

 

あまりにも不可思議なことに驚くが……さらに驚くべき事が起こった。

 

 

 

「突貫」

 

 

 

ぼそりと……先ほどの咆吼とは打って変わって……

 

実に小さな声だった。

 

しかしその次の瞬間に……刀月が飛んだ。

 

限界まで引き絞られた矢が、勢いよく飛んでいくように……

 

真っ直ぐ横に……

 

敵陣に向かって飛んでいく。

 

瞬き一つするほどの時間で、刀月が敵へと肉薄し接敵。

 

それと同時に……人が吹き飛んだ。

 

 

 

否、正しくは吹き飛んだはずだった。

 

 

 

だが……吹き飛ぶと同時に、何故かその吹き飛んだ存在が虚空へと消える。

 

 

 

それを遠目にも見える武将達は……色んな意味で驚くしかなかった。

 

 

 

刀月の突貫の速度も。

 

人が吹き飛ぶ姿も。

 

そして人が……人だと思われる存在が

 

 

 

消失することも。

 

 

 

「ちんきゅ。恋も出る。みんなに出陣を指示して……」

「……わかったのです」

 

刀月の指示に素直に従う呂布の指示に、陳宮は渋々従った。

城に残すべきだという刀月の指示を呂布が否定しなかったためだ。

しかしさすがに刀月と同じように城壁から飛び降りることはしなかった。

すぐさま城の門へと向かって走っていった。

陳宮も不承不承ながらも……不気味な気配に怯える自分の心に素直に従っていた。

あまりにも驚きの連続で呆気にとられていた将達だったが……呂布が動いたことでようやく状況を思い出して対応する。

といっても……刀月の指示通りの事しかできなかった。

大規模な部隊を出陣させるには、距離が足りない。

呂布の部隊を出陣させて門を閉じなければ、敵が城に入れてしまうことになる。

かといって刀月と呂布の部隊だけで敵を撃退できるかは甚だ疑問ではあったが……先ほどの刀月の言葉で気になる単語があった。

 

指揮官を見つけたということは……あるいは……

 

あの大軍を率いた指揮官を倒せば……撤退するかもしれない。

あれほどの大軍の最奥にいるであろう指揮官を殺すのは……常識的に考えれば凄まじいほどの敵兵をかき分けて進まなければならないため、通常であれば相当至難のことなのだが、それは刀月が解決してくれる。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 

 

遙か遠き戦場から、ここまで届く……咆吼。

その咆吼はあまりにも凄絶な声量と、殺意と戦意を宿した物で……

 

人ではなく

 

獣ですらなく

 

 

 

化け物が咆えている。

 

 

 

そう思わせるほどの恐ろしさがあった。

味方すらも心から恐れてしまう。

それほどの存在が出陣した。

きっと……敵の指揮官を討ってくれる。

そう信じられた。

 

言いたいことは……山ほどあるがな!

 

言うだけにとどまらず……処罰まで下さなければならない。

もしも望み通りに行くのであれば……撃退した武人(・・)を断罪せねばならない。

 

望み通りに成らなければ……この城は滅びる。

 

そんな瀬戸際の状況だった。

 

 

 

本当に……なんなんだ!

 

 

 

五胡の兵の不気味さ。

五胡の大軍が攻めてきたこと。

そのタイミングで、都合良くかえってきた刀月という存在。

一緒に行動をしていた周泰が、気を失ってかえってきたこと。

 

 

 

今まで頑なに闘おうとしなかった刀月が……

 

 

 

自らの意志で出陣したこと……。

 

 

 

考えなければいけないことだらけだった。

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

大気を震わす咆吼が轟く。

 

!!!!

 

大地を揺るがす踏み込みが轟く。

 

!!!!

 

 

 

間合いの内の全てを拒絶する……金棒が振るわれる。

 

 

 

その金棒が振るわれる度に……幾人もの幽鬼体が吹き飛ばされては消えていく。

 

 

 

刀月の側に人はいない。

 

故にその光景がどれほど常世と離れたものなのか……誰にも知るよしもなかった。

 

そしてその異常な光景を生み出す嵐の化身は今……周囲の光景がほとんど頭に入ってこなかった。

 

否、頭に入ってきているが脳がそれを認識していなかった。

 

 

 

まさに……道の端に転がる小石に、人が注意を払うことがないように……。

 

 

 

ただただ身の内を荒れ狂う激情に任せて……身の内の暴風の激情を世に体現せんとするかのように……

 

 

 

文字通り……荒れ狂っていた。

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 

 

 

 

 

獣の……化け物の咆吼。

 

仮に周囲に一般兵がいれば……刀月と距離が近しい人間はそれだけで死んでいただろう。

 

あらゆる物が含まれた憎悪の声。

 

その憎悪の声……

 

 

 

この世の全てを呪う力を体現するように……

 

 

 

刀月は金棒を振るった。

 

その金棒に……黒い何かがまとわりつき……

 

周囲の空気を汚していた。

 

その汚れた何かが……幽鬼体を惨たらしく何かの怪我を負わせた上で消えていく。

 

そしてその凄絶な強さと威圧。

 

 

 

何よりもその恐るべき姿は……

 

 

 

遠間から見ても、実に禍々しい存在だった。

 

 

 

それを見て……于吉は歓喜に震えていた。

 

 

 

 

 

 

よもや……これほどとは!

 

 

 

 

 

 

以前から目を付けていた異世界からの存在。

 

時折調停者と呼ぶべき存在が各地で妨害をしていたが……その程度の些末事で揺れる于吉ではなかった。

 

むしろ妖術を駆使して確実にその妨害以上の成果を上げていた。

 

だがどれほど成果を上げても……

 

 

 

決定的なモノがなかった

 

 

 

銅鏡(・・)ほどの祭具もなく……

 

 

 

あるのはそれに匹敵する呪物のみ。

 

 

 

これでは何も出来ない。

 

 

 

そう思っていたときに見つけたのだ。

 

 

 

刀月という駒を。

 

 

 

故にその駒を利用するための策を練っていた。

 

そこで誤算だったのが……練りはしたが手出しを出すのも躊躇うほどに相手が強大だったと言うこと。

 

 

 

そして呪物のあまりの呪いの強さだった。

 

 

 

呪術において……管理者として相応の力を有した于吉が手間取るほどの重さだった。

 

 

 

そしてさらに驚くべき事に……それに匹敵する呪物を持ちながら……

 

 

 

刀月が普通であったことに驚きを隠せなかった。

 

 

 

何という……怪物なのでしょうか……

 

 

 

世界の管理者たる自分がうかつに手を出すのを躊躇うほどの呪物を、身に纏い手にしてなお、普通でいられる男。

 

 

 

 

 

 

断言できる。

 

 

 

 

 

 

そんな男が普通であるはずがない。

 

全てを置き去りにする速さ?

 

全てを打ち砕くことの出来る怪力?

 

天を操ると思えるほどの……異様な能力?

 

 

 

そんなモノは些末事だ。

 

 

 

そう断言できるほどの呪物を、あの男は持ってなお普通だった。

 

 

 

だからこそ……その男を使えば呪物も御し得ると……

 

 

 

そう判断した。

 

 

 

故にこそ……揺さぶる必要があった。

 

そのための策であり、そのための手段だった。

 

また呪物と怪物を見ておきたいという思いもあった。

 

その結果が……今自分が眼にする景色だった。

 

 

 

まさに嵐が……自らに迫ってきている。

 

 

 

その嵐の暴威に晒されない。

 

晒されるわけがない。

 

何せ今この場にいつ于吉は幻影であり本体ではない。

 

だがそれでも……一端とはいえ垣間見えた。

 

 

 

あの化け物の凄絶さを。

 

 

 

 

 

 

素晴らしい……

 

 

 

 

 

 

あれほどの暴威。

 

普通の生物など塵芥ですらない。

 

そう断じることが出来るほどの力だった。

 

 

 

ちょっかいをかけた甲斐は……あったようですね……

 

 

 

その暴威が今……自らの幻影を凪ぎ払わんと迫り……

 

 

 

金棒が自らの幻影の体を抉る。

 

 

 

最後の瞬間……于吉は刀月の顔を見てほくそ笑んだ。

 

 

 

それと同時に…… 幻影から情報伝達が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

……手応えが若干だがあるか

 

荒れ狂う激情を解放して、突き進んだ。

殺せないことはわかっていた。

幻影であること。

己の戒め。

 

そして……殺すことが出来ないとわかっている、己自身の情けない覚悟。

 

これらにさらに尾行娘が標的にされた怒りと、敵に良いように操られた自分があまりにも情けなく、怒り狂い……

 

 

 

暴虐の限りを尽くした。

 

 

 

 

 

 

久しぶりだ……

 

 

 

 

 

 

実に久しぶりで……自らの激情を抑えることが出来なかった。

 

本当に……久しぶりだったのだ。

 

人間という……この世でもっとも醜く尊い生命の……

 

 

 

醜悪でしかない悪意を……ぶつけられたのは……

 

 

 

そのため、堪えることが出来ず暴れ回ってしまった。

 

 

 

まぁ一応……その甲斐はあったみたいだがな……

 

 

 

俺の後続として入れ墨娘とその部隊が出陣しているようだ。

彼我の距離はけっこう近かった。

どんな奴でも、部隊を展開するほどの時間的猶予がないのは明らかだったから、当然といえば当然だが。

そうなると入れ墨娘くらいしか突破力と強さを兼ね備えた部隊は、あの城にはいなかった。

 

敵が幽鬼体主体ってのが……本当に助かったが……

 

ついに動き出したのかは謎だが……ともかく五胡の方角より来た敵兵はその大半が幽鬼体だった。

幽鬼体を突然出現させられる……それは以前からわかっていたことだが今回の件で、万単位の軍を出現させることも不可能ではないことがわかったわけだ。

さらに相手の傀儡術は俺の予想を遙かに上回る実力だった。

警戒をさらに強めねばならないようだ。

 

そして……

 

 

 

『いやはや……お見事ですね。誤算ではありましたが……嬉しい誤算でした……』

 

 

 

「減らず口をたたく余裕がまだあるんだな?」

 

はったりかも知れないが……念話から聞こえる声に全く必死さが感じられない。

幻影を消したところであくまでも幻影。

本体にダメージを与えることなど出来るわけもない。

だが幻影が消し飛ばしたのだ。

再構築が出来ないように魔力を纏わせたねじり金棒の凪ぎ払いだ。

再利用が出来るわけがない。

あれほどの幽鬼体を出現させさらに自らの幻影も消し飛ばされて、未だ底が見えない敵の妖術の実力。

今までも強大な敵は数多くいた。

モンスターワールドの神の力を欲した古龍に神々の龍の、圧倒的な力。

冬木の聖杯戦争における……武の極地に至りなお研鑽する業。

 

 

 

この世の全てを呪わんと創られ祀られ……それ故に全ての人を殺すことの出来る純粋な悪意。

 

 

 

だが、今回の敵は実に厄介なのがよくわかった。

 

 

 

今回の敵は間違いなく過去最凶であり……最低な存在だ。

 

人の尊厳を踏みにじり、あまつさえ利用してなお……何とも思わないクソ野郎だと。

 

 

 

俺がもっとも嫌う事を平然とやってのける……クズ。

 

 

 

その上で今までの敵と匹敵するほどの呪術。

 

 

 

最凶最悪な敵だった。

 

 

 

『えぇ。無論私も全く傷がないわけではないですが……十分な収穫がありましたので』

 

「貴様と長々話す趣味はないし、二度も同じ事を口にしたくないのだが……あえて言わせてもらおう」

 

 

 

「俺を怒らせたお前を……必ず惨たらしく殺してやる……」

 

 

 

俺の過去を知っているのかいないのか不明だが……これだけは断言できた。

 

この男は……

 

他人の尊厳を踏みにじることが出来るクズだと。

 

でなければ尾行娘を操った上で幽鬼体で攻めてくるなど……外道以外の何者でもない。

 

戦略、戦術としては非常に正しいと理解はする。

 

理解はするが……理解したいとは微塵も思わなかった。

 

そしてこれは俺の勝手な理由だが……尾行娘の見た目がどうしても……

 

 

 

あの子を連想させて……

 

 

 

その尾行娘が、俺を襲ってきたのは、かなりくるモノがあった。

 

故の怒りだった。

 

ならば……躊躇う理由がどこにもない。

 

戒めを破ることになろうとも。

 

こいつだけは、必ず殺す。

 

以前は脅しでしかなかったが、今回は本気だった。

 

そしてこいつがこの世界の住人ではないという確信を今回得た。

 

 

 

ならば……こいつを殺すのを躊躇う理由が一切ない。

 

 

 

故に殺す。

 

絶対の悪意を持って……

 

この男を殺す。

 

今目の前に敵がいれば間違いなく俺は遮二無二殺しに行っただろう。

 

だがそれができない。

 

 

 

なぜなら俺が未熟だから。

 

 

 

 

 

 

これほど殺したいと思ったのは……本当に久しぶりだった。

 

 

 

 

 

 

人を殺したいほど憎いと思った。

 

 

 

だがその敵の姿を見るどころか、俺は居所すらもつかめていない。

 

 

 

だというのに敵はこちらの位置も居場所も……能力すらも把握しつつある。

 

 

 

情報戦で言えば間違いなく完敗だ。

 

 

 

これで未だ拮抗できているのは間違いなく俺が規格外に強いという一点のみだ。

 

 

 

そしてその強さも大半が借り物だ。

 

 

 

俺自身の能力ではない。

 

 

 

歯が砕け散る……そう思えるほどに歯嚙みする。

 

これほど自分の未熟さを思い知らされてそれでもなお……何も出来ないのが、本当にきつい。

 

 

 

実力だけでなく……その腹いせに……

 

 

 

暴れ回った自分の心の未熟さも。

 

 

 

全てがうっとうしい敗北の味だった。

 

 

 

『出来ると良いですね? 実に楽しみだ』

 

 

 

それが相手にもわかっていて……実にいやみたらしくこちらを嗤ってくる。

 

本当に……憎らしかった。

 

だがとりあえずこいつの今回の蜀侵攻は防げたと……そう判断しても良いだろう。

 

仮にこの場で幽鬼体を再度出現させられるのなら、とっくに出現させていなければおかしいからだ。

 

後は幽鬼体の出現が多方面で行われてないことを祈るしかない。

 

道化ガキに道化眼鏡。

 

こいつら以外に未だ黒幕の人員がわかっていない。

 

いないことを祈るしかないというのは……実に情けなかった。

 

 

 

『それではこれで、失礼しますが……周りを見ることを……』

 

 

 

 

 

 

おすすめしますよ

 

 

 

 

 

 

「何?」

 

俺の返事を聞く前に于吉の気配が消える。

そしてすぐに……俺は奴の言葉の意味を、目の当たりにした。

 

 

 

 

 

 

「……なんだと?」

 

 

 

刀月の口から思わず漏れた言葉。

周囲には誰もいない……はずだった。

だがいたのだ。

 

刀月の回りに……。

 

 

 

幾人もの……死体が……。

 

 

 

于吉も馬鹿ではない。

 

策を練った上で、墜とせるものならば今回でこの蜀の防衛の城を落とすつもりでいた。

 

だが刀月の存在は察知していたので幽鬼体だけではまずいと考えて、人間の兵士も混ぜていたのだ。

 

その大半が于吉の幻影付近に配置されており、刀月はそれらは無視して突貫したのである。

 

 

 

正しくは、無視をしたのではなく気づかなかったため、その暴威を振るったのだ。

 

 

 

相手の方が一枚上手だったのだ。

 

事切れている兵士の数は、攻めてきた五胡の兵力を鑑みればわずかでしかない。

 

そしてその大半が刀月の魔力と殺意を込めた咆吼で消滅し……それでも消えない幽鬼体は刀月の手で吹き飛ばされた。

 

その中に……わずかながらいたのだ。

 

 

 

生きた人間の兵が。

 

 

 

……気配を、感じなかったぞ?

 

 

 

索敵においては絶対的に優位とも言える気配探知。

 

自らが絶対的な強者ではないと認識している刀月は、その気配探知にはそれなりの自信を持っていた。

 

だが過信しすぎていたことも否めなかった。

 

また……敵の妖術を侮っていたとも言える。

 

 

 

そして敵の外道さを……

 

 

 

 

 

 

完全に見誤っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

刀月が倒れた兵に歩み寄る。

跪き……それに触れて、あまりにも生気が抜け落ちていることに気がつく。

死体故にすでに生気がないのは当たり前だ。

だが死してわずか数分程度しか経たぬというのに、この死体はあまりにも抜け落ちすぎている。

頬もこけ肌も青白い。

だが開いたままの目が、その兵の異常さを物語っていた。

死して尚……のぞき込むことが出来ぬほどに暗い眼。

やせこけているのはまともな食事をしておらず、人間扱いもされていなかったのだろう。

さらに……妖術による精神汚染があったと感じられるほどに、妖しい気配がその亡骸にまとわりついていた。

 

その姿が……この兵士が一体どのような扱いを受けていたのかを如実に語っていた。

 

 

 

ただこの場で……刀月に生きた兵士の気配を悟らせず、

 

 

 

結果的に殺させるためだけに……

 

 

 

用意された兵士なのだ。

 

 

 

「っ」

 

 

 

声にならない嗚咽が……刀月の口から漏れた。

 

だがすぐにその顔が怒りで歪み……握りしめた拳を地面にたたきつける。

 

その胸中に再び激情が駆けめぐる。

 

否……先ほどよりも遙かに強大な怒りの発露だった。

 

 

 

このとき……他の誰かがいれば気づいただろう。

 

 

 

刀月に背負われた……狩竜から漏れ出た黒い陰に……。

 

 

 

その漏れ出した黒い陰が薄れて霧散するかと思えば……薄まりつつも刀月の体に吸い込まれるように刀月へと向かい、消えていく。

 

 

 

さらにその黒い陰に対抗するとでも言うように……左腕前腕もわずかに淡く紫に輝いていた。

 

 

 

しかし怒りに感情を支配されていた刀月にそれに気づくことはなく……

 

 

 

ただ静かに……自らの激情を凪ぐために……

 

 

 

ひたすらに堪え忍んでいた。

 

 

 

 

 

 

そうして壊滅の危機に瀕したが、わずかな時間でその脅威から解放された蜀の城。

だがその結果に誰も喜ぶことが出来なかった。

あまりにも色んな事が起こりすぎて、処理が追いついていなかった。

自分たちが危機に瀕したことを一般兵は理解できた。

さらには蜀が危機にさらされたことを……少しでも聡い兵士は理解していた。

しかしその絶望的危機を一人の男に救われたことを理解している人間は少なかった。

何せ刀月が出陣する姿をほとんどの者が見ていないのだから。

 

またこの城に詰めている兵士はそのほとんどが刀月のことを知らない兵士。

 

実際に刀月が出陣した姿でも見なければ理解できるはずもない。

 

そしてその事実……刀月の出陣を公表するわけにも行かなかった。

 

 

 

何せこの城は蜀の最前線であり、防衛の要の城。

 

 

 

その城に援軍として正式に派兵してきたとはいえ……他国の人間が勝手に戦場に出たことは、考えるまでもなく軍紀違反だ。

 

それどころか内政干渉と言われても文句が言えない状況とも言える。

 

だが……城の上層部は当然理解している。

 

 

 

亡国の危機を救った人間が……誰であるのか。

 

 

 

亡国の危機が、ただの面倒事に変わったのは喜ばしいことだが、面倒事が外交問題だ。

 

 

 

さすがにこの問題を城の人間だけで片付けることは……出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「それで……どうするの?」

 

そう問うたのは賈駆だった。

場所は城の会議室。

今は蜀の人間しかおらず、主立った武将や軍師といった上の人間しかいない。

この場に呉の人間を入れるわけにはいかなかったからだ。

 

「どうするも何も……最低限何かしらの処罰は下さなければならないだろう?」

 

賈駆の問いに、城の総大将である馬超は力なくそう答えるしかなかった。

武将であり、騎馬隊の実力は間違いなく蜀では一番の実力者だ。

また知略にもそれなりに優れているが……当然軍師ほどの知の深さはない。

 

それがましてや国際問題の裁定など……一武将に出来るわけもなかった。

 

「だけど刀月は他国の人間だ。私が安易に捌くわけにはいかないから、とりあえず投獄っしてそれで一端保留ってのが、落としどころだろうな」

 

深々と……馬超は大きく溜息を吐いた。

責任者として何もしないわけにはいかない。

だがかといって他国の人間を安易に捌くことはできない。

 

重い罰を独自の判断で下せば……下手をすれば城内で争いが起こることも十分に考えられるからだ。

蜀の兵はそのほとんどがわかっていないが……呉の兵は違う。

今回の侵略を経て無事にこの城があることの理由を、わかっているのだ。

何せ実際に出陣した隊がいるのだ。

遠目とはいえ見ているのだから疑う余地もない。

武も非常に優れて隔絶した腕前を有していると……恐らくこの大陸でもっとも理解している呂布部隊。

強者に憧れるのはいつの時代にもいる。

それが顕著に表れているのが呂布部隊とも言えた。

 

呂布だけでも相当の実力者だが、それに付き従う部隊もまた精強なのだ。

 

城内で争いが起きればかなり面倒なことになるのはわかりきっていた。

だが今は城内の雰囲気はとりあえず落ち着いていた。

少なくとも暴動が起こることはないだろう。

そう安心できた。

それというのも……刀月が城に戻ってきてすぐに宣言したのだ。

 

 

 

「勝手に出陣した罰は甘んじて受け入れる。投獄するのであれば抵抗しない。だがその前に周泰の様子を見させて欲しい」

 

 

 

そしてその言葉通り、周泰の様子を見ておとなしく牢へとつながれたのである。

それからすでに一夜が明けたが……刀月は微動だにせずただ静かに眼を瞑って、座したままだった。

何か考え事をしているのは、誰に眼にも明らかだった。

 

まぁ……暴れられたらどうにも出来ないから、助かってるんだけど……

 

馬超としてもあれほどの武人を抑えつけることが出来るなど、微塵も思っていなかった。

五胡の兵へと突撃した刀月の武を見れば……己など足元にも及ばぬ力を有しているのは容易にわかるからだ。

 

そしてその武が恐ろしいことを……否

 

 

 

その存在が恐ろしいことに……頭が回り始めていた。

 

 

 

「なぁ詠。実際どう思う?」

「何が?」

「言わなくてもわかるだろう?」

 

詠とは賈駆の真名である。

賈駆は董卓と自らを救ってくれた蜀に恩義を感じていた。

またそれだけではなく、自らの事も信用して軍師として登用してくれたことにも感謝していた。

故に蜀の主立った将には真名を明かしていた。

賈駆としては自らにとってもっとも大事な存在である董卓が真名を明かしたから……という理由が大きかったが、しかし共に行動をしている内にその気持ちは義理ではなく自らもそう思うようになった。

また馬超は騎馬隊と、間違いなく大陸でも随一の実力を有しているのはよくわかった。

そんな強き将に真名を預けることは、むしろ誇りに思えるほどだった。

馬超も同じ気持ちであり、賈駆のことを信頼していた。

 

故にこそ……互いに互いがどういう意図の質問なのかを、取り違えることはなかった。

 

 

 

「正直……始末するのも一つの手だと思うわ」

 

 

 

具体的な事は口にしない。

ただその表情と言葉に含まれた感情で何を言っているのかは……この場にいる人間ならばすぐにわかっただろう。

そしてこの場にいる残ったもう一人の人間……関羽もその言葉の真意に気づいて、目を見開いた。

 

「!? 二人とも、正気でいっているのか!?」

 

声こそ少し抑えめではあったが、しかしその言葉に含まれた感情は激しかった。

殺意までは届かないまでも、明らかに怒気が含まれていた。

始末。

それはつまり暗殺するということに他ならないのだから。

 

 

 

「正気だよ。私も……始末なんてしたくない。刀月とは以前にあったときも好感の持てる男だった。武も格別だし料理も出来る。そして呉の兵にも慕われている。かなりの好人物なのは疑う余地もない」

「なら――」

 

 

 

「だけど愛紗。お前だって見てるはずだ。今回の……刀月の暴威を……」

 

 

 

その言葉に関羽は言葉を……続けることが出来なかった。

 

圧倒的な力だった。

 

凄絶とも言える……究極の暴力。

 

 

 

そう……暴力だったのだ。

 

 

 

遠間から見て尚……寒気を覚えるほどの。

 

武人である関羽が……自らの体を咄嗟に抱いたほどだった。

 

そして……見てしまったのだ。

 

 

 

戦地にて……圧倒的な力で引きちぎられた死体を。

 

 

 

そしてその死体の中心地で……地面にうずくまっていた刀月の姿を。

 

 

 

うずくまり無防備にも晒されたその背中。

 

何かに打ちのめされたかのように……小さく震えていたのを見た。

 

そして……初めて見た。

 

 

 

刀月が嗚咽を漏らす……弱々しい姿を。

 

 

 

側に駆け寄って何かを慰めてあげたいと思った。

 

 

 

だがその側にゆく勇気は……関羽にはなかった。

 

 

 

そしてそれは……他の将、馬超も同じだった。

 

 

 

「刀月が自ら戦わなかった理由は間違いなく、あまりにも強すぎるからなんだろうな」

 

 

 

初めて見た刀月の力。

 

呂布を圧倒したという話は聞いていたが、やはり実際に目で見るのとでは全く違ったのだ。

 

その力が……想像を圧倒的に凌駕した。

 

本当に……末恐ろしいほどの力だった。

 

 

 

そう……「力」なのだ。

 

 

 

武ではなく、ただ暴力でしかなかった。

 

 

 

「周泰にも話を聞いてみないと何とも言えないが、あの男が何か激昂する何かがあったんだろう」

 

 

 

刀月に武があることは、呂布との戦いが証明しているということは、あの戦を見た者、また見ることはなくとも武人達が一様にしてその圧倒的な武の話をするため、見たことのない人間も刀月が武人であることを疑っていなかった。

 

だからこそ、先ほどの暴力には何か理由があるのだと……

 

 

 

暴走するに値する理由があるのだと考える。

 

 

 

そしてその理由は間違いなく、刀月と共に出た周泰が何かしら関係していることは、意識を失った周泰を連れ帰ってきたことからも明らかだった。

 

さらに言えば刀月の発言……妖術で操られたという言葉もあったため、原因はほぼ間違いなくそれだと考えられた。

 

 

 

刀月が嘘を言う理由も……あまりないしな……

 

 

 

妖術で操られたというのが嘘だという事も一瞬よぎった考えだったが、すぐに否定する。

 

何せ回りくどいことをする理由が思い当たらず、そんな下らないことをする人間だと思えなかったからだ。

 

 

 

だがかといって……あれほどの暴威を目の当たりにして、何も対策を講じないと言うことは、むずかしかった。

 

 

 

「それもそうね。とりあえず事の顛末を全て桃香様に報告して指示を仰ぐしか、道はないわね」

「……だな」

 

関羽から何か反応があると思ったが、特に異論はないのか黙って頷いていただけだった。

だがとりあえず関羽の了承も得られたことで、今回の会議は終わった。

そして関羽に呂蒙への説明をお願いした。

 

「何故私が?」

「私たちよりも愛紗の方が接しているだろ? 今回の件は刀月の処罰の件だ。少しでも親しい奴に言われた方が、あっちとしても聞き取ってくれるだろ?」

「それは……そうかもしれないが」

「それにこれから被害状況とか分析するけど、来たばかりの愛紗ではわからないでしょ? 翠の指示に従って、行ってきて」

「わかった」

 

思うところがなくもなかったが、言ってきていることに反論する材料がなかったので、関羽は言われたとおり呂蒙の元へ向かうために、会議室を出て行った。

足音と気配が遠ざかっていくのを確認してから……馬超が口を開いた。

 

「桃香様の事だから、処分するって案は絶対に出てこないと思う」

「でしょうね。私と月を保護するくらいだからね」

「それが桃香様の良いところだよな」

 

二人とも主である劉備には救われた身の上だった。

魏の曹操によって一族の長であり母を殺された馬超。

黒幕の暗躍によって悪政を敷いたことにされた董卓と賈駆。

それらを一切嫌がることなく、劉備は受け入れて見せた。

無論、その二つの例ともに人格的に問題がないというのは大きな要因だろう。

しかしそれであっても後者の董卓と賈駆を保護するのはかなり勇気のいる選択だった。

何せ謀略にはめられたとはいえ、董卓と賈駆の名は悪名高く大陸中に広まっている。

二人を保護したことが他の国に知られれば第二の董卓討伐連合軍が発足されて、攻め込まれる可能性も大いにあったのだから。

そのため将や軍師から反対意見も出ていた。

しかしその一切を劉備は真っ向から受け止めて、二人を保護したのだ。

 

本当に……甘い人よね……

 

劉備に保護されなければ……悲惨な運命を辿っていたのは想像に難くないため、賈駆は心から劉備には感謝していた。

 

 

 

だからこそ……国のために軍師として……

 

 

 

頭を働かせる。

 

 

 

「だから……最悪はやるしかないか?」

「まぁ……それも一つの選択ね」

 

現時点で、刀月の危うさを明確に把握しているのは刀月の暴走を目の当たりにし、さらにまだそこまで親しくないために色眼鏡をかけることなく、冷静に判断できるのは賈駆のみだった。

馬超は以前に知り合い幼子を助けた逸話や、土木工事で市民達と親しげに交流している姿を見ている。

他の将よりは遙かに冷静に物事を見れるが……間違いなくこの大陸全てを見渡して尚……

 

 

 

俯瞰的に冷静に物事を測ることの出来る普通の人間は、賈駆以外に存在しなかった。

 

 

 

「でもそれも正直……だいぶ先になると思うわ」

「……まぁそうなるよな」

 

そして賈駆からの言葉、馬超も苦笑しながら頷くしかなかった。

刀月が危険なのは今回の件で十分に理解した。

だが……本人の人格が問題あるかと言われれば、それに関しては否と答えるのに二人ともためらいはなかった。

 

何より……怒りに呑まれたときの暴威は確かに危険だが……

 

 

 

その嵐のような暴威は時に重要な力にもなりうる可能性があるのだ。

 

 

 

「どうして前線に……というか戦うのを躊躇っているのかはわからないけど、とりあえず戦えないわけではないということがわかったのは、今回の大きな収穫ではあるわ」

「確かに」

 

急激に、急速にふくれあがっていく魏。

それに対抗するために蜀と呉は同盟を結んだ。

しかし……その上でなお魏が強国なのは、誰の目にも明らかだった。

 

同盟したっていうのに……それでようやく拮抗したと思ったらまた大きくなってるなんてな……

 

馬超は魏の急速な国力の増強に内心で舌を巻いていた。

北の魏の報告はこの五胡の前線の城にも届けられている。

その報告から魏が未だ成長していることを知っていたのだ。

そのため……呉と同盟を結んだこの状況になっても、魏に勝てるという確認を持つに至らない状況だった。

 

ゆえにこそ必要なのだ……

 

 

 

その差を覆す……何かが……

 

 

 

「どうにかして刀月を戦場に引っ張り出せれば……いいえ、最悪引っ張り出さなくてもいいわ。刀月がこちらの陣営にいる。それだけでも間違いなく大きな力になるわ」

 

確実に十万はいたであろう軍を一人で壊滅させた暴威。

これがどれほど恐ろしいことか……考えるまでもない。

本来であれば一笑に付す内容ではあるが、刀月の名は良くも悪くも色んなところに広まっている。

故に……その存在は嫌が応にも意識を割かざるを得ない存在だった。

 

「だな……。だけどそのためには……」

「えぇ。今回の話を広める必要性があるわね」

 

それが少し頭の痛い問題ではあった。

呂布との戦いで刀月が強力な武人であることはすでに知られている。

だが今回のような恐ろしいまでの暴威は、未だこの城の者と攻めてきた五胡しかしらない。

だからその事実を広めて脅威とする必要があるのだが……それには五胡に攻められて亡国の危機に瀕したことを知られるも同意だった。

 

「その辺を桃香様がどう捉えるかだな……」

「えぇ。けど……朱里や雛里も今の状況はわかってるはず。その上で……是と判断すると思うわ」

 

今のままでは勝てない。

故に奇策とも取れる策を実行する必要性もあった。

そして……仮にうまくいった場合は……

 

「そして最後には始末する……か……」

「……そうね」

 

うまく魏を滅ぼしたとして……その後に残るのは蜀と呉の二国。

この二国間でうまく話が収まれば良いが……もしも決裂した場合、魏をも滅ぼした暴威が自らに降りかかるおそれが高くなる。

その前に……始末するのが最も簡単だと、幼子でもわかる事だった。

わかっているが……それを選択するかしないという問題。

さらに……その選択を行いたいかという問題も出てくる。

 

「……どうにかできないか?」

 

自らが言っていること、考えていることが合理的に見れば正しいというのは馬超自身もわかっていた。

だがそれでも……誇りと義を重んじる生粋の武人としては……

 

 

 

暗殺なんて絶対に犯したくないことだった。

 

 

 

「私はあなたよりは恋……呂布と付き合いが長いからよく知ってるけど、あの呂布をあそこまで一方的にどうにか出来る存在なんて見たことなかったわ。それに今回の五胡の侵略を一人で止めて見せたあの力。あれを真っ正面からどうにか出来るなんて策は、はっきりいって思いつかないわ」

「……確かにそうだが。しかし……」

 

 

 

「後、あまり言いたくないけど……あいつが男って言うのも面倒な問題よ」

 

 

 

その言葉に……馬超は二の句を継げず、押し黙るしかなかった。

男女。

故に……そういう問題も出てくる。

 

「普段の刀月が問題ないのは何となくわかるわ。だけど、今回の暴走みたいに怒りにまみれたとき……何をするのかわからないのよ」

「……たしかにな」

「仮にそれを無視したとしても……あれだけの暴力を野放しにするなんて、愚作の極みよ」

 

断固たる決意……そう言うかのように賈駆は絶対不変の意志と言うように、拳を握りしめていた。

文官故に決して力強くはない。

だがその握られた拳には……確固たる決意が秘められており、決して弱々しいものではなかった。

 

「私は武人じゃないから徹底的に合理的に行くわ。月をそんな目に遭わせるなんて……私の全身全霊を賭けても阻止してみせるわ。たとえ……どんな卑怯な手を使ったとしても」

 

黒幕……于吉の卑怯な手を使われて窮地に陥っていくのをまざまざと見せつけられた。

賈駆とてただ黙って追い詰められていったわけではない。

だが相手の方が遙かに上手だったと言うこともあって、敗北し己よりも大事な董卓を危険にさらしてしまった。

あのときほど己の無力さを呪った事はなかった。

だから……それを回避するために賈駆はたとえ卑怯とののしられても……

 

 

 

有効な策を実行する。

 

 

 

己にとって……大事な存在を守るために。

 

 

 

そしてそれは馬超も同じだった。

自らを慕ってくれる従姉妹の馬岱。

主立った親族はすでに他界してしまったため、馬超にとって真に家族といえる存在は馬岱のみとなってしまった。

その馬岱を守るために自分が何をすべきなのか?

考えれば必然と答えは出てきてしまう。

 

……童女趣味っていう悪い噂も聞くしなぁ

 

噂でしかないが刀月が童女趣味ということも聞き及んでいた。

その噂に関してはほとんどあり得ないと認識していたが……援軍として今回派遣されてきた主立った将で、そのほとんどが幼子とも呼べるべき容姿をしていて、馬超は思わず真実かと疑ってしまったくらいだった。

故にこそ……あの悪戯好きの妹分を守るために、馬超も覚悟を決める。

 

 

 

己が武人として……地獄の底に落ちる覚悟を……。

 

 

 

 

 

 

……どうすればいいの?

 

それがこの城の一室にて……今後の行動をどうすべきか悩んでいる呂蒙の本音だった。

自分の言った言葉は微塵も間違っていたと思っていなかった。

刀月と周泰があれほどの大軍を見逃さないと言うこと。

刀月が絶対に戻ってくると言うこと。

 

そして……刀月が出陣してくれること。

 

その全てが間違っておらず、実際にその通りだった。

軍を素通りさせたのかどうかまではまだ話を聞いてないため不明だが、少なくとも刀月の援軍が間に合うと言うことと、刀月が出陣し打破したという事実は間違いなかった。

 

だが……その刀月の様子が今まで見たこともないほどに荒れていたのは驚きだった。

 

 

 

いえ……そんなごまかしをするなんて……

 

 

 

正直なところ……呂蒙は初めて刀月を相手にして恐れを抱いた。

命を救われた。

役割を与えてくれた。

自分の居場所を……与えてくれた。

どれほどの大きな恩を授かったかわからない。

そしてその恩に報いるために……努力をしてきたつもりだった。

 

命を差し出せと言われたら……理由を聞くこともなく命を差し出す覚悟もあった。

 

刀月が理不尽にそんなことを命じてこない……そんな信頼があるからこその覚悟だった。

 

 

 

しかし……その覚悟が揺れてしまった。

 

 

 

あまりにも恐ろしかった……刀月の姿を見たことが。

 

今まで見たこともないほどの激情を身に宿していた。

 

黄巾党の残党が、理不尽にも刀月を殺しに襲ってきた時でさえ、怒ることもなくあしらっていた人物だった。

 

これに近かったのは唯一、孫策を治療したことで刀月自身に余裕が無くなったときだった。

 

だがそれでも……あれほど余裕がない状況だったときでさえ、刀月は周囲を慮って自ら一人になった。

 

そんな時でさえ周囲を気遣っていた刀月が、自らの怒りを隠すことなく周囲の意見を聞かずに自ら出陣した。

 

そして……暴力を振るった。

 

ただの暴力ではなかった。

 

 

 

敵の存在全てを全否定するような……暴力だった。

 

 

 

惨たらしく殺したくて殺したわけではない。

そんな事をするとは思っていない。

けれど、あれだけの暴力が振るわれた光景を目の辺りにして……恐れてしまった。

刀月が手にした得物はねじり金棒だった。

つまり人体の半分が引きちぎられたかのように散乱していたあの光景を……刀月が生み出したということになる。

 

「っ!?」

 

その光景を思い出して……呂蒙は吐き気を催して口元を抑えた。

凄惨な光景を見るのはこれが初めてではない。

死体に見慣れている訳ではないが……通常の死体程度で動揺するような柔な神経をしているわけではない。

 

だが……刀月によって吹き飛ばされた五胡の人間は……

 

 

 

あまりにも三国の人間の常識からはかけ離れた姿をしていた。

 

 

 

容姿に体躯。

 

そして……その身に纏う妖しく、薄ら寒さを覚える何か。

 

事切れた瞳には……死して尚、あまりにも深い何かを秘めていた。

 

今まで見てきた死体と……違いすぎる。

 

 

 

あれが……刀月様の敵……

 

 

 

刀月が自ら出陣した。

 

森での不可思議な経験……突如として何かしらが現れて消えるという現象。

 

刀月の恐ろしさ。

 

そして……敵の異様な存在そのもの。

 

一度に多くの衝撃的な事が起こって混乱してしまっていた。

 

刀月の敵が生半可なものではないことは、察していた。

 

何せ刀月が自ら出陣したのは未だ二度のみ。

 

呂布との一騎打ちと、今回の五胡の襲撃。

 

そのどちらもが異常な事が起きている。

 

特に今回の事態はあまりにも常軌を逸していた。

 

 

 

恐れてしまう。

 

 

 

迷ってしまう。

 

 

 

また、今回刀月が会話を拒否しているのも気に掛かっていた。

 

 

 

刀月は周泰の様子を見た後は、素直に獄に繋がれた。

 

そしてそのとき水だけを竹筒一本のみ要求し飯を断り、さらに……誰も牢に近づかないようにして欲しいと自ら言ったのだ。

 

馬超は暴れ出しても困るため見張りを付けようとしたのだが……付けたところで止めることは出来ないのは火を見るよりも明らかであり、また刀月自身が決して暴れないことを約束したので、やむを得ず刀月の言うとおりにしていた。

 

その際牢に自らの得物やら荷物を持って行くというあり得ない措置もしていたのだが……得物に関しては馬超もどこか薄気味悪さを感じていたので、手元に置いて欲しかったため黙認した。

 

 

 

そして刀月は……ただじっと座って考えている。

 

 

 

牢に繋がれるまでの姿は確認した呂蒙だったが……刀月に側にいることを拒否されたことがショックだったこと。

 

 

 

そして何よりも……

 

 

 

その言葉にどこか安心してしまった自分が……

 

 

 

許せなかった。

 

 

 

 

 

 

私の覚悟は……この程度だったの?

 

 

 

 

 

 

数え切れないほどの恩義がある。

 

好意もある。

 

だというのに……刀月が苦しんでいる時に側にいるどころか、その姿を恐れてしまうという己の情けなさに……

 

 

 

刀月を恐れてしまったことが……

 

 

 

そして……刀月の側から離れるのを安堵した己の事が……

 

 

 

己の無力さよりも……悔しかった。

 

 

 

 

 





漸く戦った主人公

でもすぐに崩れ落ちた主人公

なんというか……見せ場少ないなぁ

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