荒野に轟くねじり金棒の凪払い(仮)   作:刀馬鹿

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師走になりましたね~
今年も終わりですね
インフルエンザもはやってきますのでくれぐれもお気をつけください


裁定と約束

これはこれは……ちょっとやばそうな雰囲気だな……

 

呼び出されて王の間に連れてこられた俺。

しかしただ呼び出されただけじゃなく、しっかりと手枷を嵌められたままだった。

さらに夕刻より戻ってきたという事情があったので次の日になったのはわかるのだが……呼び出された時刻は本当に日が昇ってすぐぐらいの時間だった。

また、友好的に人と接する素人娘が、しっかりと玉座へと腰掛けている。

その表情は実に険しい。

警戒のためか片側ポニーこと関羽と、和服もどきこと趙雲が素人娘の前に立って俺を警戒している。

実に……堅苦しいというか重々しい状況である。

 

この扱い方からして……素人娘の本気度がわかるという物である。

 

一応俺の後ろに呂蒙が控えてはいるが……見届け人というか責任者として呼ばれた感じなのかも知れない。

そして呂蒙が変なことをしないようにということなのか、ちみっこがそばにいる。

俺を連行する役目は、五胡対策の城に詰めていた元気娘にメガネ帽子だ。

説明も兼ねているが……下手をすれば俺の首を切る人員かも知れない。

 

まぁ……この場で即斬首とかはないだろうけど……

 

俺が暴れたりしたらこの場で殺されるかも知れないが、裁定して宣告して後日か、場所を移して斬首が普通だろう。

玉座で首切りとか……縁起の悪いことをするわけがない。

 

さて……真面目にやるか……

 

不敵に笑うわけにもいかないし、刑を怖がっているのもおかしな話。

ならば普段通りしていれば良いだけの話である。

本当に斬首だった場合は……逃げるしかないのだから。

 

その場合は……まぁ大幅な戦略と戦術の変更が必要だが……

 

大した布石は打ってないが……ないよりはマシのはずなのだ。

俺の布石も。

ならばどうにかこの場を切り抜けなければならない。

俺は元気娘の後に続いて進み……入り口と玉座のちょうど中間地点で跪くように指示される。

それに抵抗する事もないので、俺は素直に跪き、頭を垂れた。

 

「ではこれより……五胡の城で起こったことの報告と、入寺刀月の裁定を行います」

 

普段の明るさはどこへやら……実に重々しい口調と言葉で、素人娘がそう宣言した。

裁定……という言葉で呂蒙が息を呑んだのがわかった。

それが保身というか……自分に責任が及ぶとかじゃなくて真に俺のことを案じているのだから、こいつもお人好しである。

 

「まずは……翠ちゃん。報告してもらえる?」

「はい、桃香様」

 

総大将にそう声を掛けて、報告が始まった。

俺らがいく前に起こっていた事。

俺らがいってから起こったこと。

俺と尾行娘が細作として出陣したこと。

五胡に攻められて窮地に陥ったこと。

そして……俺が勝手に出陣したこと。

事実が、脚色なく淡々と元気娘の口から紡がれる。

虚偽報告とかも少しは警戒していたのだが……そんなことをして特があるわけもない。

俺が厄介なことの証明とも言えた。

 

「報告は以上になります」

 

そういって、俺の前に立っていた元気娘が俺の前から退いた。

同じようにメガネ帽子も俺の前から一歩横に引く。

これで……俺と素人娘を遮る者はいなくなった。

 

「わかりました」

 

報告を聞き終えて、素人娘の声が再度重々しく王の間を響かせる。

他に音がないこともあって、大して大きくない声だというのに実に良く聞こえた。

というよりも……雰囲気が違うこともあってか、普段の素人娘とは違う気がする。

安直な言い方だが……まさに王者の風格だった。

普段の元気いっぱいで明るい姿ばかり見ていたので忘れていたが……この娘も後の歴史に語り継がれることになる英雄の一人。

 

蜀の王……劉備。

 

武はないが、人格と風格で、ここまで国を発展させた存在。

この姿を見て……俺はこいつを舐めていたことを自覚して、心の中で詫びておいた。

 

「では……刀月さんにお聞きします。何故勝手に出陣したのですか?」

 

そう問うてきたのは軍師のミドリボン……諸葛孔明。

こちらも正式な場ということもあってか……普段のあわてんぼな雰囲気が一切ない。

普段の言動で少し舐めすぎていたことを自覚した俺は、罪滅ぼしにもならないが真剣に……もちろん罪滅ぼしがなくても真面目に受けるが……問答をすることにした。

 

「あの場ではそれが最適解だと判断したがゆえにです。あの場で私が出陣しなければ……間違いなく、この場には私以外の人間は五胡の城から帰ってこれなかったはずです」

 

端的な事実を口にする。

俺の出陣が出来なかった……というか俺があの状況で武力を振るうことが出来なかった場合、俺は呂蒙と尾行娘、そして荷物を持って逃亡していただろう。

非情かも知れないが……俺にとってもっとも大切な人と存在はそれらだ。

人という観点では呂蒙に刀村の連中、尾行娘。

物の観点では俺の得物達と台車の荷物。

 

 

 

そして物と人という二者択一の選択肢であれば……非情だが俺は荷物を選ぶだろう。

 

 

 

「確かにそうかも知れません。ですが……翠さんの命令を何故待てなかったのですか?」

「その時間を相手が与えてくれるとは思わなかったからです。その間に……多くの人間が死んだでしょう」

 

確かに命令を受けてから動いた方がましだろう。

しかし結果論にはなるが……五胡の連中に幽鬼体は、間違いなく一般兵では相手にならない強さを誇っていた。

故に、俺の出陣が遅れたら阿鼻叫喚の地獄絵図が出来ていたことは想像に難くない。

それはミドリボンも理解しているはずだ。

だが俺の意志を確認するために、こうして質問をしてきているのだろう。

 

「では何故……今回に限って出陣したのですか?」

 

絶対に聞かれると思っていたことを口にされた。

今まで俺が出陣したことがあるのは、入れ墨娘との一騎打ちのみ。

その一騎打ちも、入れ墨娘に怪我をさせずに俺は捕縛した。

さらに今回は出陣したというだけでなく、今回俺は己が振るうことの出来る武を持って……相手を殺すつもりでねじり金棒を振るった。

幽鬼体のみと思ってこそ殺すつもりで振るったが、結果として五胡の虐待されていた兵も殺した。

 

いや……言い訳はよくない。

 

幽鬼体であったとしても……俺がその存在を否定していることに代わりはない。

そんな言い訳は俺しか知り得ないことだが……ともかく俺が敵を殺す意志を持って出陣したのは今回が初めてだ。

ミドリボンからの問いは、呂蒙も思っている事だと思われた。

この状況に至っては嘘を言うのも良くはない。

故に俺は……素直に思いを口にする。

 

「俺が為すべきことをするために、出陣したまでです」

「為すべきこと……ですか?」

「はい。今回の五胡の襲来は、俺が明確に敵視している存在がいたためです」

「明確な……敵?」

 

その言葉に……ミドリボンが反応していた。

俺が今まで明確に敵視した存在を、公言したことはない。

先日五胡の襲撃で初めて、俺は呂蒙と尾行娘に明かした。

蜀の連中に言うのもあれかと思ったが……誠実に向き合うとするのであれば、信じてもらえないまでも俺の正直な気持ちというか、事情を説明するのが礼儀という物だろう。

 

「初めてお会いしたときに劉備様は私に対して言いましたね? 天の御遣いではないかと? あれは当たらずも遠からずではあったのです」

「? どういう事ですか?」

 

劉備が疑問符を浮かべる。

真っ先に否定していたのに、今更それを曖昧に否定するのだからそれも当然だろう。

 

「天の御遣いでないことは間違いないのですが、私は天の御遣いである北郷一刀と同じ世界からやってきた存在です」

「「「!?」」」

 

この場にいる俺以外の全ての人間が驚いているのがわかった。

これについては呂蒙にも言ってないことなので、呂蒙も驚いているようだ。

これで天の御遣いとして扱われても困るので、俺は皆が驚いているのを気にせず、淡々と事実を口にする。

 

「天の御遣いと同じような世界から来た……というのがもっとも正しいですが」

「同じような世界……ですか?」

「完全に同じ世界ではないかもしれないからです。故郷が同じなのは間違いないようですが、それでも北郷が生きていた故郷と、俺の故郷が一緒であるかは調べようがないのでわかりません」

 

調べようと思えば調べることは出来るだろう。

特徴的な物……東京の有名な建築物を言い合う等……などが一致しないのを確認すればある程度の推論は出来るだろう。

だが、それも不確かな物でしかない。

それでも、東京や浅草などは言っていたし、互いに身につけていた衣服が衣服だ。

時代が大きくずれていることもないだろう。

 

「信じられないでしょうが、私はこの世界に迷い込んだ人間です。そして……この世界に紛れ込んだと同時に、私は己の得物が抜けないことに気づいたのです」

「得物が……抜けないだと?」

 

その言葉に一番大きく反応したのは、俺の武を一端とはいえ直接体験したことのある片側ポニーだった。

片側ポニーほどではないにしろ、周囲にいる武人達は同じように驚いている。

得物が使えない状態というのは、武人にとっては実にストレスの溜まるものなのだ。

それ故の驚きだろう。

そして得物を使ってないにも関わらず、俺があれだけの武を振るっていることにも驚いているのだろう。

俺が生来の戦闘スタイルである打刀と同じ間合いを持つ得物である、木刀で戦ったことのある存在は褐色ポニーのみ。

もっとも実力をはかれているのは褐色ポニーだが、それでもどんぐりの背比べ程度の差だろう。

夜月と狩竜が抜けなければ……俺は間違いなく中途半端な武人といえる。

 

「また自らの故郷に帰るためには妖術が必要なのです」

「妖術が必要?」

「イメ――想像しづらいとは思いますが、世界を飛び越える必要性があるのです。そしてその力を、俺は有していない」

「ならどうやって、帰るんですか?」

「それの一端を知っていると思われるのが……今回襲撃してきた連中の大将です」

 

知っていると言うよりも、黒幕の連中を殺してこの歪な大陸の状況をまともにすれば、強制的にまたどこかに飛ばされるのだろう……と予測していた。

それについては俺もわかってないので、黒幕の連中に責任の所在を押しつけておくことにする。

 

「最初に出会ったときに申し上げた通り、私は悪人殺しの人殺しです。今更悪人を殺すのを躊躇うつもりはありません。ですが……先にも言ったとおり、私は迷い込んだ人間。ならば迷い込んだ人間が、この世界の人間を殺すのは正しいのか? また得物が抜けないのには何か意味があると思い……私は今まで積極的に自ら戦おうとしませんでした。もっと正しく言えば……人を殺そうとはしてないのです」

 

これが俺の素直な気持ちだ。

人を殺すのを躊躇っている訳ではない。

必要であれば俺は相手を殺すだろう。

だが……必要がないのであればこの世界の住人を、異世界の人間である俺が殺したくないのだ。

この世界を終の棲家としないのであれば……それが俺の出来る最低限の境界線だった。

 

 

 

その最低限の線引きも……今回の五胡の襲撃によって、破戒されたわけだが。

 

 

 

「人を……ですか?」

「はい。敵はどうやら妖術で幽霊のような兵士を出現させる事が出来るようです。そいつらは人の形をしていますが、人間ではない。故に殺したりすれば死体は残らず虚空へと消えます」

 

その言葉で、五胡の襲撃に居合わせた連中が、驚きつつも納得した様子を見せた。

あれほどの軍勢が急に攻めてきたことや、俺が戦って黒幕の道化メガネの幻影を吹き飛ばしたと同時に、ほとんどの軍勢が消えたことについて理解したのだろう。

だがここで問題なのは……

 

「何故それを、事前に教えてくれなかったのですか?」

 

そう思うのも当然といえた。

だが……これについては俺も少々苦しい言い訳しか思いついていない。

というよりもないと言って良かった。

故に……ただ淡々と事実を述べるしかなかった。

 

「信じてもらえると思えなかったからです」

「……なるほど」

 

俺の言葉に、しばし思考したミドリボンだったが、すぐに小さく頷いてそう答えていた。

人が突然現れてそして消えていくなど、実際に見なければ理解できないだろう。

ミドリボンと魔女リボン、そして素人娘がチラリと……現場にいた人間に視線を向けたのがわかった。

そしてその視線に応えるように……五胡に対応していた人間達は、小さくだが頷いて反応している。

俺の言っていることが嘘ではないと確認しているのだろう。

そして考え込んで……俺の言葉を肯定した。

 

「実際に私は見たわけではないですが……愛紗さんや翠さん、詠さんが否定していないと言うことは、真実なのでしょうね」

 

その言葉に、俺は少し内心面食らっていた。

何せ実際に見てないというのに、ミドリボンの言葉には納得の響きがあったからだ。

それだけ他の連中を信じているということだろう。

 

さて……一応包み隠さず言ったわけだが……

 

ここからどうなるのかがわからない。

そう警戒していたのだが……そこで意外な人物と言っては失礼だが……

 

 

 

驚くべき人物から声が上がった。

 

 

 

「刀月さんの話はわかりました」

 

 

 

声を上げたのは……素人娘だった。

その声には……何とも言えない覇気が込められていた。

その声を聞いて……他の連中が姿勢を正した。

 

それは俺も同様だった。

 

それに内心で驚くしかなかった。

何せ、この世界に来て……思わず反射的に行動してしまったのはこれが初めてだったからだ。

それも……あの化け物二人が相手でもない、素人娘相手に。

 

「確かに……刀月さんが出陣してくれなければ多くの死者が出たと思います」

 

淡々と紡がれるその言葉を傾注する。

 

「刀月さんが出陣したことで……呉の皆さんだけでなく、私たち蜀も助けてもらったことはキチンと理解しています」

 

傾注させられてしまう。

 

「ですが残念なことに……刀月さんは軍紀違反を起こしてしまいました」

 

実力的に脅威になり得るはずのない……素人娘相手に。

 

「その軍紀違反で多くの人が救われたことは事実で、またすでに牢に繋がれたという事は、報告を受けています」

 

実力では絶対に負けない相手に……俺は、心から跪いていた。

 

 

 

 

 

 

「牢に繋がれてご飯も一食のみ。これで……軍紀違反のことに関しては不問にします」

 

「!? 桃香様!?」

 

劉備の言葉に、関羽は溜まらずと言うように言葉を発するが……劉備に視線を向けられただけで黙った。

 

今この場にいる誰もが……劉備の言葉を聞く以外に行動できなかった。

 

この場にいる人物としては、軍師の連中同様、最弱と言ってもいい劉備が。

 

間違いなくこの場を支配していた。

 

 

 

「この罪を不問にするとして……刀月さんに一つだけ約束してもらいます」

 

 

 

その言葉には確かな王者の覇気があった。

 

力ではなく、心で発せられた言葉。

 

その心が込められた言葉に……誰もが跪き頭を垂れてしまいかねないほどの……

 

想いがあった。

 

「……なんでしょうか?」

 

それは刀月も同じだった。

 

この場で間違いなく最強であるはずの刀月が。

 

侮ることも馬鹿にすることもなく。

 

自らの意志で跪いていた。

 

 

 

「もしも……次にまた何かを破ったりするようなことがあった場合、もっと重い罰を受けてもらいます」

 

 

 

劉備が放った言葉はそれだけだった。

 

具体的な内容もない。

 

「それだけ……ですか?」

 

さすがの刀月も、これには言葉を返すしかなかった。

 

それは劉備もわかっていたのだろう。

 

その言葉に頷いて……こういった。

 

 

 

「そうです。そして……必ず受けてもらいます。この約束を守ってもらう。これが、あなたに対する最大の罰とします」

 

 

 

具体的な内容の示されない罰。

 

本来であればこんな物がまかり通るはずがない。

 

普段であれば刀月も反論し、受け入れることはなかっただろう。

 

だが……真っ直ぐに見据えた劉備の目を見て……

 

 

 

刀月は静かに頭を垂れた。

 

 

 

「承知しました。必ず、受けることを誓います」

 

 

 

心からの言葉で、そう返事をした。

 

これにて刀月の裁定は下された。

 

これにより、刀月は蜀で軍紀違反を起こすことが事実上不可能になってしまった。

 

だがそれでも、刀月自身この裁定に不満がある様子は見受けられなかった。

 

 

 

今この瞬間……この場で……

 

 

 

誰もが劉備を見ていた。

 

 

 

そして、この場にいない人間が見たとしても、誰もが納得しただろう。

 

 

 

蜀の王。

 

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

裁定が下されて、その結果は、蜀と呉の両軍に伝えられた。

その結果に表だって文句を言う者はおらず、誰もが納得していた。

一部には罰が軽すぎるのではないかと不満を抱く蜀の兵もいるのはいたが、誰も本気で口にしている者はいなかった。

誰もが刀月の怪力具合を工事で見ており、武においてもほぼ全ての者が董卓連合の時の刀月の武勇を知っている。

董卓連合後に蜀に入ったために、実際に目にしていない兵士も、自分たちの最強の武将である関羽が手も足も出ないと言うことを知っている。

さらに言えば、五胡の大軍を一人で退けた人物である。

刀月の軍紀違反がなければ死んでいた者も、友を失っていた者も多くいる。

罪が軽いと思わなくもないが、それ以上に功績が大きすぎるために、誰もが刀月の罰則を受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

一時はどうなるかと思ったが……何とか無事に終わったか

 

ちょっと内心で焦っていた俺としては、無事に裁定が下されて、罰則も終えたことにほっとしていた。

身動きが取りにくくなってしまったのは事実だったが……それもやむを得ないものだった。

最悪は再度軍紀違反を犯せばいいと、楽観的に考えているわけでは……まぁ本当にどうしようもないならするしかないが……ない。

裁定の時の素人娘は……間違いなく王としてあの場に存在していた。

 

蜀の王……劉備玄徳として。

 

正直に言って、舐めていた。

武人である褐色ポニーが、毒を受けながらも軍を鼓舞した姿にも俺は心から敬意を抱いたが……今回の方が上だと俺は納得するほどだ。

 

実力こそないが……もしかしたら王としての器は劉備の方が上なのかも知れないな……

 

普段はのほほんとしている陽気な娘というイメージしかないが……王としての風格を出したときの覇気は圧巻だった。

褐色ポニーも王としては十分だが……あいつは良くも悪くも王に向いてない。

間違いなく武人だ。

それに対して、武人でもないというのにあれほどの覇気を纏った素人娘は……正直あまりにも予想外すぎた。

善政も敷いていて人柄も良い。

人たらしといわれるのもある意味納得といえた。

 

しかし……あまりにも脆弱なんだろうなぁ……

 

と思うのが俺の正直なところだった。

王の器も十分であり、人柄もよく性格も良い。

見た目も愛らしくかわいげで……下衆な話だが、発育も良い。

要するに見目悪くなく、中身も出来ているし、仕事というか善政を敷いている。

好かれる要素が多い。

だが……それ以上に対抗馬というか、一強である両骸骨の実力が半端ない。

両骸骨……曹操があまりにも強大すぎる。

確か曹操はそこそこ良い出だったはずだ。

三国の王の中で、市井の出は劉備のみ。

正しくは王の血を引いていたらしいが、最初の出発点であまりにも落差がある。

やはり資本力というのはけっこう重要だ。

後は何よりも出発の遅さだろう。

仕方ないとはいえ、素人娘が三人の中では完全に後発だ。

しかも周回遅れレベルで。

むしろよくぞこれで三国まで発展させたものである。

 

これからが……ある意味で本番かもな……

 

間違いなく、大陸で覇権を争っているのは三国だ。

そして今回……ついに俺が敵視している存在を公に晒したことになる。

相手も俺だけではなく、他にも攻撃してくるだろう。

そして今回の一件で俺は身動きを取りづらくなった。

状況的には間違いなく悪化していると言っていい。

 

だが……それでも、俺はそれらを食い破って敵を殺さなければならない。

 

俺自身の、目的のためにも。

そしてあまり考えたくはないが……最悪は国を出ることも考えなければならないだろう。

敵の策略に見事にはまってしまったとはいえ……めんどくさい事態に陥ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「本当にあれで良かったのですか?」

 

王の間にて、そんな言葉が発せられていた。

王の間にいるのは現在、劉備と関羽のみ。

そして言葉を発したのは……関羽だった。

 

「もちろん。刀月さんなら問題なく受けてくれるって思っていたし」

「しかし……あまりにも罪が軽すぎませんか?」

 

軍紀違反はかなり重い罪だ。

確かに功績もあり、素直に牢に繋がれた。

予想に反してあまり反感を買ってないのも、刀月の今までの功績があったからこそだと言える。

だがそれでも……あまりにも軽すぎる刑は、今後の軍紀違反に暗い影を残す可能性は捨てきれない。

実際問題、撃退できたから良かった……ではなく、命令違反で一人で突撃など、冗談抜きで首を切られるほどの重罪と言える。

他国の人間と言うことで処罰の仕方が難しくなるのは当然だが……それを差し引いても罪が軽いと言えた。

 

「確かにそうかも知れないよ」

「でした――」

「でも……刀月さんがいなかったら、大変なことになっていたのは、愛紗ちゃんもわかってるでしょ?」

 

そう言ってくる劉備の顔は……穏やかだが反論を許さない強さがあった。

普段は優しげな姉である劉備が、王としていることを認識して……関羽は一瞬だけ口をつぐんでしまった。

そんな関羽に対して、劉備は優しげに微笑み……

 

 

 

言葉を放った。

 

 

 

「それに、愛紗ちゃんが今思ってることは、そんな事じゃないでしょ?」

「!?」

 

自分の内心を見抜かれて……関羽は思わず目を見開いた。

しかしそれも一瞬で、何とか平常心を保ち、自らの想いを隠すようにした。

そんな関羽に、劉備は茶目っ気に笑いながら……その頬にそっと手を添えた。

 

「……怖かったの? 刀月さんが?」

「!?!?」

 

今度こそ関羽は本当に驚いて、自らの姉を見つめ返した。

そして……自らの頬に添えられている手に、自らの手を添えて……姉の手を優しく掴んだ。

 

「……はい」

 

自らの内心を吐露した。

そう……関羽は恐れたのだ。

刀月という男を。

先日の呂布との一騎打ちとは違う……一方的な殺戮。

それも武人としてではなく、荒れ狂う感情を御することなく暴れ回った、暴力で。

関羽は己が天下一強いと自惚れてはいない。

だがそれでも……大概の武将には圧勝出来るだけの自身と自負があった。

そして仮に敵わぬ相手であったとしても……己にとって大切な存在のためにいつでも命を投げ出す覚悟があった。

 

はずだった。

 

しかし先日見た刀月の暴力を、関羽は心から恐れた。

無論それを表に出してはいない。

同じ武人である馬超や軍師の賈駆。

他の面々に至るまで誰一人として、関羽の内心を見抜いた者はいない。

 

ただ一人……劉備を除いては。

 

「私は実際に見てないからわからないけど……愛紗ちゃんが武で恐れるなんて初めて聞くね。だから、すごいってことだけは、私にもわかるよ」

 

武に関して劉備は素人以下だ。

宝剣として自らが手にしている剣も、満足に振るうことが出来ない。

だが本人はそれを一切気にしていない。

戦うことは自分の力を発揮するべき場所ではないとわかっているからだ。

二人の妹が……誰よりも強いことを知っているから。

純粋な強さではなく……心が強いのだと。

故に……恐れているという妹分に対して、劉備は優しげに微笑む。

 

「でも、愛紗ちゃんが思っているのって、本当は違うでしょ?」

「本当は?」

 

劉備の問いかけの意味がわからず、関羽は困惑するしかなかった。

そんな妹分の困惑した顔を見るのが久しぶりであったため、関羽は再度嬉しそうに微笑んだ。

 

「刀月さんが怖いのも本当だと思う。けどそれ以上に怖いのは……自分に対してじゃないの?」

「自分に対して?」

 

「刀月さんを恐れてしまっている自分が悔しいのと情けないって想いが……強いんじゃないの?」

 

「!?」

 

その言葉に、関羽はまるで雷に打たれたかのように硬直した。

思っていなかったことだが、しかしそれに対して言葉を発するどころか考えることすらも出来ないほどにされてしまったのだ。

核心を突かれたのだと……関羽自身が理解した。

そして……一度理解すればなんのことはなく、関羽は己の心から溢れる感情を疎んだ。

 

「そうなのかも知れません」

 

強いことは知っていた。

規格外なことも理解していた。

だが……刀月が武人としてではなく怪物のように荒れ狂ったその姿に……

 

恐れを抱いた自分が許せなかった。

 

「あれほどの力があっても、刀月ならば問題ないと思っていました。武である以上、それを身につけるためにあの男は血の滲む思い出修行をしてきたはずです」

「うん」

「あれほどの武は私でも容易にたどり着けない領域だった。それに敬意も抱いていました」

「うん」

 

「ですが……あの暴力がとても恐ろしいと思ってしまったのです」

 

武ではなく、純粋な暴力。

ただただ相手を否定するためだけに振るわれた荒れ狂う力。

幾人もの人間を同時に吹き飛ばし、胴体を分断させたあまりにも大きな力。

それを向けられたら私は普段通りに動けるのかと、そう考えた瞬間に悟った。

出来ないと。

そのあまりの覚悟のなさに愕然としたのだ。

 

「今は同盟を結んでいますが最悪の場合は敵になりかねない存在。相対するとき……私は立ち向かえる自信が抱けませんでした。そんな覚悟だったのかと思うと……」

 

「そんなことないよ」

 

関羽に握られた手。

その手を包み込むようにして、劉備は両手で優しく触れた。

手の温かさと、劉備の優しいその笑みが……関羽の震えを沈めてくれた。

 

「怖いことは怖いって思わないと。それは勇気じゃなくて目をそらしているだけだよ」

「それは……」

 

「命を失うのは誰だって怖いはずだよ。だからその心を大事にしてあげて」

 

「心を?」

 

劉備の言葉の意味が咄嗟にわからず、関羽は問いを口にしていた。

そんな関羽に劉備はずっと優しく微笑んだまま言葉を続ける。

 

「怖いという気持ち。相手の事を尊重する気持ち。武を尊ぶ気持ち」

「……」

「そして……人も自分も大事にすること」

「人と……自分を?」

 

再度疑問が口にでてしまう。

疑問に対して、劉備は今度は少し顔を歪ませてしまう。

その表情の意味がわからず……関羽も顔を曇らせた。

 

「これは私の想像になっちゃうんだけど……愛紗ちゃんは刀月さんを恐れているのと同じくらいに……」

「はい」

 

言葉を濁ませてしまう姉に……関羽は強く頷いた。

何を言われても責めはしないという意味を込めて。

その妹の覚悟に劉備も自らの言葉を口にする勇気をもらった。

 

「立ち向かわなくても良いと自分を肯定してしまうのが……一番怖いんだと思う」

 

「!?」

 

それを言われて……関羽は今度こそ目を見開きながら驚いた。

その言葉が……自分にとって本当に正鵠を射てしまった……

自分がもっとも恐れている事だと自覚できて。

そう認識できた。

自分が何をもっとも恐れているのか?

相手が刀月であった場合。

刀月が暴威を振るった時。

自分が敵わないのは仕方がないのではないか?

自分が立ち向かわなくても仕方がないのではないか?

そう自分に言い訳をして……

動かないことを由しとしてしまう自分が……

 

心の中にいることを……。

 

関羽が何も言わないことで……自分の言葉が当たってしまったことに、少しの罪悪感を覚えた。

だけど……妹の不安を少しでも取り除ければと、劉備は再度笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「私は武人じゃないし、刀月さんの暴力を見た訳じゃない。だけど愛紗ちゃんがこんなにも怖がってるのだから……本当に怖かったんだと思う」

 

関羽だけではない。

他の武人全てが恐れたのだ。

武人だけでなく……全ての人間が恐れたのだ。

実際問題、刀月が怒りにまかせたその暴力は……

 

あの場の人間ではなく、他全ての存在を飲み込むほどの恐ろしさがあった。

 

故に……事実動けなかったとしても仕方がない部分はあった。

 

生物としてそれは正しいことなのだ。

 

恐怖に体が竦み……立ち止まってしまう事は。

 

「でもみんなは自分が死んでしまうかも知れないっていう恐さを押し殺して……戦に出てくれているのもわかってる」

「それは……」

「それが武人としての矜持と思いだってのはわかってる。私が出来ないことを……愛紗ちゃんやみんながしてくれている」

「はい」

 

握った手を、強く強く……握りしめた。

少しでも自分の思いが伝わるように。

少しでも……妹の震えを止められると……

 

そう信じて。

 

 

 

「怖がってても良い。立ち向かえないと思って震えててもいい。だけど……どうか、目を逸らさないで上げて。自分の気持ちに……刀月さんに」

 

 

 

刀月から目を逸らさないで欲しい。

姉のその言葉があまりにも温かくて……

 

そしてそれと同じくらいに残酷とも言える言葉だった。

 

目をそらすな。

それはすなわち……逃げることも、動かないことも許さないという、姉の言葉なのだと……

 

そうわかったから。

 

そして……その劉備の言葉で、関羽は先ほどの震えがぴたりと止まるのを、自覚した。

震えていた手足が、指先に力が灯っていく。

姉の残酷とも言える言葉が、自らの血肉となって活力と変わっていくのを感じた。

関羽は一度瞼を閉じて……心を整えた。

 

そして……ゆっくりと目を開いて……

 

言葉を口にする。

 

「桃香様……行って参ります」

「うん……行ってらっしゃい」

 

どこに行くのか?

何をするのか?

そんなことを互いに口にはしない。

だが自らの妹分が心に従って行うべき事を行うのだとわかったから。

ただ微笑んで……送り出した。

 

 

 

 

 

 

成都の王城……の中庭。

そこで俺は色々と溜まった感情やらストレスやらを発散するために……気力と魔力を使用してひたすらにねじり金棒を振り回していた。

ねじり金棒だけでなく、他にも鞘に収まったままの愛刀達に封絶なんかもある。

認識阻害をかけているとはいえ、無駄に目立たせたくはないので台車は持ってきてはいなかった。

仮想敵を思い浮かべての訓練でもない。

ただひたすらに体を動かして頭を空っぽにして……整理をするための行為だ。

やがて一通り動き回ると……大きく息を吐き出した。

 

さて……どうするかなぁ……

 

後手に回って後手に回って……完全に負け越している。

負けるつもりは毛頭無いが……見事に一度も勝ってない。

ぶっちゃけ……勝負にすらなってない状況である。

相手がこちらの本拠地を知っているのに対してこちらは未だ本拠地もつかめず。

あげくに相手の本体……というか生身を目視すらも出来てない。

戦闘においては一対一では確実に勝てるだろうが……今の時代も鑑みれば勝負ではなく戦争だ。

戦術や戦略は多少学んでいるが、俺は基本的に兵士だ。

軍略家でない。

更に言えば俺の知っているものは現代戦に、俺の気功術を用いた物。

火縄銃すらもない、基本的に数が多い方が勝つ絶対的な物量戦だ。

しかもこちらの人員は、俺に呂蒙に尾行娘のたった三人。

それに対して相手は実質無限だ。

夢幻とも言えるかも知れない。

数では最初から勝負にすらなってない。

更に言えば俺の能力も、冬木に比べれば充溢しているが、モンスターワールドに比べるべくもない。

 

……あれ? これ実際詰んでね?

 

負けるつもりはないが……こうして見直してみると不利にもほどがある状況だった。

しかもこちらは足枷……という言い方はあれだが、動きにくくなった。

互いに互いの手札を多少は明かした形になっているが、こちらはその点でマイナスな状況だ。

こうなると……本格的に考えるべきなのかも知れない。

 

単独で動くことを……。

 

どうするかなぁ?

 

しかしいくら何でも罰せられて直ぐに別行動は……逃避以外の何物でもない。

もしも斬首を命じられていたら大義名分の元、俺は全力で逃亡していた。

だが……素人娘……

 

劉備は俺を信じたのだ。

 

ただ罰せられただけならまだ逃げるのも簡単だったが……信じた上で罰せられた状況で逃げるのは、流石に人としてアウトだ。

だが……このままでいいとも思えるわけもなく。

 

ふむ、ど――

 

どうするか? そう思考しようとした俺の間合いに急速に迫る槍があった。

避けるのも面倒だったので、俺は背に右手を回す。

そして背後から迫るその切っ先の通過位置に人差し指と中指を重ねて配置して、切っ先を指に挟んで動きを止めた。

 

「……これは驚いた」

「何がだ?」

 

本当に驚いているのは気配でわかった。

そして……誰が俺に攻撃をしてきたのかも十分にわかった。

首だけ背後に振り向かせて視線だけで襲撃者を見やる。

そこにいたのは螺旋を描く線をそのまま槍にしたような……ほぼ完全に刺突を主眼に置いた槍を突き込んで来ている、和服もどきの姿がそこにあった。

 

「何、中庭で実に重そうな金棒を縦横無尽に振り回しつつも、心ここにあらずというような……実にむなしいことをしている御仁を見かけたので、からかってやろうと思って攻撃をしたのですが……」

「攻撃じゃなくて殺害だろ? 殺す気満々だったじゃないか?」

 

相手が俺故に死ぬことは無かったと思うが、それを差し引いても威力も狙った位置……そのまま刺されば心臓にぶっささる……も位置であり、殺す気だったとしか思えない。

そこらは俺が強者であるとわかっているから出来ることなのだろうが……こうも命を軽く見られるのもなんかイラッとする状況である。

 

「確かにそうですな。ですが……いくら思うところもあって、いらいらしながら思考にふけっていたとしても、その程度で殺される御仁で無いでしょう?」

 

色々思うところ……敗北状況、今後、罰等々……があるので少しいらだっているのは事実だ。

それを見透かされているのは……致し方ないだろう。

端から見たらそれだけわかりやすかったと言うことだ。

実に未熟であると言わざるを得ない。

気を遣ったのか、それとも好奇心からちょっかいをかけてきたのか、もしくは両方かは謎だが……どちらにしろ気を遣いつつもからかってきたのはわかった。

 

「ただ闇雲に振り回すばかりでは不快な思いは取れないでしょう? どうです? 一手手合わせを願えませんかな?」

「……良いだろう」

 

考えるべき事はあるし、やらなければ成らないこともある。

だが……こいつの言うとおり今は落ち着けるのが肝要だろう。

いらだっていたことも事実だったので……俺は素直にねじり金棒を握り直した。

そんな俺に対して、一瞬きょとんとする和服もどき。

まさか受けるとは思ってなかったのだろう。

しかし……直ぐに好戦的な笑みを浮かべて、槍を構え直した。

 

「私が勝ったら酒を飲ませていただけるので?」

「勝ってから言うんだな?」

「では……そうさせてもらいましょう!」

 

獰猛だが鋭さを感じさせる……醜悪とも取れる笑みを浮かべて和服もどきが槍を突き出してくる。

その刺突は実に洗練されていた。

人によっては閃光にしか見えない速さと鋭さだ。

しかも狙ってくる部位が全て急所。

殺す気なのが容易に透けて見える攻撃だ。

だが……正確故に見切りも容易だ。

俺はその全ての刺突に……ねじり金棒の先端をあわせて迎撃する。

 

「むっ!?」

 

先端が鋭く尖った槍と、ねじり金棒の先端。

どちらが頑丈かは考えるまでもない。

だがそれでも俺の迎撃を承知の上で槍を突き込んでくる。

それなりの業物のようだ。

それ以上に……こいつの腕前が実にいい。

技量に関しては、今まで戦った連中の中……といっても大した数ではないが……で間違いなく技量は一番上だ。

だがそれでも……俺には遠く及ばない。

 

「ふっ!」

 

敵の突き込みにあわせて……わずかに上回る突きを連打する。

わずかに上回るのがポイントである。

相手に絶対的な実力差を見せつけるという……実にいやらしい攻撃である。

 

「くっ!?」

 

振るうを主眼において鍛造したねじり金棒で、相手のもっとも信頼する得物での攻防に圧倒的差で勝つ。

どうやら……俺は本当にだいぶ苛ついているようだ。

こんな下らない優越感に浸って勝利を得ようとするなど……実に……

 

汚く、醜い。

 

苛立ち故か?

高揚故か?

それとも……醜い優越感故か?

 

 

 

俺はこの時……左腕のうずきと……

 

 

 

黒いもやが……左腕を覆っていることに気づかなかった。

 

 

 

!!!!

 

ひときわ甲高い音を響かせて……和服もどきの手から槍が吹き飛ぶ。

突きを止めて横凪ぎに振るったねじり金棒によって。

吹き飛ばすように振るったのだから当然の結果といえる。

しかもそれなりに力を込めて振るったので、腕が麻痺したようだ。

右手を左手で押さえている。

その首筋に……ねじり金棒の先端を持って行く。

 

「俺の勝ちだな」

「いやはや……よもやこれほど実力差があるとは」

「まぁ……な……」

 

悔しげに睨んでくる和服もどきに……何か普段とは違う感情を抱きながら、俺はそう短く返した。

その目を見て……どこか空虚に感じてしまう己がいた。

 

何故ここにいるのか?

 

何故俺はこんな事をしているのか?

 

そう思えてしまう。

 

何故か投げやりになっている中で……

 

実に凄まじい闘気を感じて……俺はそちらへと振り向いた。

 

そこには……総身より凄まじい覇気と闘気をあふれ出させて……

 

俺を睨む片側ポニーがいた。

 

片側ポニーが仁王立ちしながら……俺と目を合わせてくる。

その瞳には一切の恐れも気負いもなく……あるのは確かな闘志と決意。

そんな片側ポニーが……一度呼吸をしてから、言葉を口にした。

 

「刀月。約束を覚えているか?」

「約束?」

 

実に壮大な覇気を身に纏ったまま、片側ポニーがそう俺に問うてくる。

片側ポニーが言ってくる約束というのは、間違いなく俺がこいつの真名を知らぬためにうっかり言ってしまったことで交わさせられたものだろう。

 

『いつか機会があったら私と仕合をしてもらえないか?』

 

という内容の約束。

義勇軍に従軍し医者もどきをしていた、とある夜に言われた。

最初は貸しとされて、従軍に付き合っていたら何でか知らないが仕合を約束させられた。

確か約束をさせられた時も……何故か知らないが何かしらの覚悟をしていたように思った。

それも未だによくわかってないというのに、更に今の状況でそれを言われるのも理解できなかった。

約束のことを言ってくると言うことは……すなわちその約束の通りに仕合をしろと言うことだろう。

何故今のこのタイミングで仕合を申し込まれたのかは謎だが……片側ポニーの総身よりあふれ出る覇気と闘気を見て、伊達や酔狂で言ってきているのではないことはよくわかる。

 

だけど何で今?

 

「何で仕合を挑まれたのかわかってない様子だな?」

 

俺の疑問を正確に言い当てた片側ポーが、こちらへと歩み寄ってくる。

手にしているのは青龍偃月刀。

関羽の代名詞とも言える得物である。

自身にとってもっとも信頼する得物を手に、俺に仕合を挑んでくる。

手にした得物、覇気。

これらを統合すればどう考えても、本気の仕合を挑んできているのがよくわかる。

無論先に戦った和服もどきも、真剣勝負を挑んできているのに違いはないのだが……片側ポニーは何か違う様子だった。

 

「いや……わかるわけ無いだろ? 今でなくてはいけないのか? 俺としてもあまり今は気分が良くないので避けたいんだが?」

 

自分の未熟さを色々と再認識して凹んでいる状況だ。

子供っぽいと言われたらそれまでだが……それでもいらだっているのは事実である。

そんな状況で、この世界において禁忌である真名呼びの代償を支払うのは、少し違う気がする。

 

「いや……お前にとっても、私にとっても、今この場でお願いする」

「俺とお前にとって?」

 

言ってくることが理解できず、首を傾げるしかなかった。

片側ポニーにとってというのは十分に理解できるのだが、しかし俺にとってというのが理解できなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

刀月と星の戦いを見ていた。

その隔絶した技量と圧倒的な力は変わっていなかった。

 

だが……あまりにもひどかった。

 

無駄にいたぶるような事をしているわけではない。

やっていることだって……別段そこまでひどいことではない。

だが……その行為と刀月の雰囲気が、いやに醜く思えてしまう何かがあった。

 

怒りを覚えると同時に……すとんと胸の中のつかえが取れた気がした。

 

今の刀月は見るに堪えない。

なぜなら今の刀月は……周囲に当たり散らしているだけだからだ。

どちらから先に仕掛けたのかはわからない。

ただ何となく……星から仕掛けたのはわかった。

何せ今の刀月には以前の余裕が感じられない。

星を圧倒する技量と、今の……星にあわせた技で迎え撃っていることを考えれば、手合わせに関して余裕がない訳でないことはわかる。

先の失敗もあって……心に余裕がないのだろう。

そんな状況とはいえ……八つ当たりをするために刀月が自分から勝負を挑むとは思えない。

 

その姿と醜さを見て……

 

私はひどい衝撃を受けた。

 

それと同時に納得したのだ。

 

刀月も……人間だという、当たり前のことに。

 

八つ当たりをしているその姿。

それは間違いなく……人として正しい姿だ。

八つ当たりを肯定しているわけではない。

だが……負の面で初めて見る、刀月の人間らしい姿だった。

どれほどの怪力を身につけていようと。

どれほど隔絶した武を振るおうとも。

 

あれほどの圧倒的な暴威を撒き散らしたとしても。

 

刀月は人間なのだ。

 

そんな当たり前の事実を見逃していた……いや、目をそらしていた自分を殴りたくなった。

刀月は人なのだ。

ならば……怒るときも悲しむときもあるだろう。

だからこそ人なのだ。

あれだけの暴威を撒き散らしても。

そして……もっとも大事なモノをこの男は持っていることを……

 

私は誰よりも理解していたはずだった。

 

 

 

「子供が怖がっているのがわからないのか?」

 

 

 

子供を……ナナを救ったのは誰だったのか?

私が怒りにまかせて振るった青龍偃月刀を素手で止めた男。

自らが切り伏せられようとしたことは理解しているはずだというのに……何よりもまず子供の心配をした男。

赤の他人の子供に構っている余裕がないこの乱世の時代で。

そしてただ救うだけじゃなく、ナナを気遣う姿が印象的だった。

さらにわずかな時間だが、義勇軍で共に行軍した。

きっかけは怪我人を治療したことだ。

それも誰もが知らない方法だった。

だがそのおかげで幾人もの命が救われた。

 

何よりも……私の真名を呼んでしまったことの詫びとして……

 

私と約束をしてくれたこと。

 

そんな刀月に対して私がすべきことは……

 

恐れることでも

 

竦んで立ち止まることでも

 

言い訳をして……見て見ぬふりをすることでもない。

 

この男を……元に戻すことだ。

 

今の刀月は間違いなく普通ではない。

元々普通ではなかったが……それに輪をかけて良くない方向でおかしくなってしまっている。

ならば……なんとしてもここでこいつを止めなければならない。

しかしその思いはあっても……この男を止めるのは難しい。

隔絶した実力があるからだ。

 

だが……それを理由にするわけにはいかない。

 

大事な事を……桃香様に教えてもらったのだから。

この男を戻すためには……今の私には仕合をさせることしか思い浮かばなかった。

仕合を通して……自らがしてきたことを思い出させる。

それだけだ。

この男は他の誰よりも強いというのに……決して自ら武を行使しようとしなかったこと。

何かしら隠しておきたい事柄があるというのに、幾多の人々を助けてきたこと。

何よりも……子供を守るために行動したこと。

確かに恐ろしくもある。

今でもこいつのあの暴威を前にして……立ち向かうどころか動くことが出来るかもわからない。

それでも……この男のこんな醜い姿は見るに堪えない。

 

何よりも……私が刀月のこんな姿を見ていたくない。

 

ならば……私が自らの手で目を覚まさせるしかない。

その思いが……私を一歩前に踏み出させる勇気を与えてくれていた。

自らの得物である青龍偃月刀を、私は力の限り握りしめた。

そして……その穂先を刀月へと向ける。

 

「勝負だ、刀月」

 

 





次が個人的に書きたいところの一つですね~
もう3つくらいあるのですが、だいぶ先だなぁ
頑張ろう
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