今年も宜しくしてくれたら幸いです
ほんとーに、去年はつまらん年だった
今年は少しはマシになると嬉しいなぁ
コロナもありますし、皆様も色々あると思いますが、何とか頑張って行きたいですね
「いや、だから一体な――」
「問答無用」
何で?
何のために?
そう問おうとしたらその前にまさに言葉通り……問答は無用だと体現して突っ込んできた。
俺はやむを得ずねじり金棒を持ち直して……同じ槍の構えを取って迎撃した。
青龍偃月刀は言わずもがな真剣。
それを手に襲いかかってくる。
しかも峰打ちなんて生やさしいモノじゃない。
刃を思いっきり立てている。
覇気も先ほどよりも溢れんばかりにむき出しにしている。
更に殺気まで漏れ出している。
殺す気満々である。
「一体、何のまねだ?」
切り結びながら言葉を投げかける。
しかし俺の言葉が聞こえてないと言わんばかりに……片側ポニーの攻勢は衰えることがない。
それどころか更に勢いを増して俺に斬りかかってくる。
その勢いたるや……ねじり金棒での迎撃が少々きついと思えるくらいの激しさだ。
聞こえてないことは無いはずなので……聞く耳持たんということだろう。
「わからないのか?」
「猪突猛進はけっこうだが……口があるんだから会話するって言う気はないのか?」
「今の貴様に……言葉が届けばそうするがな!」
言っている意味がわからず……俺は顔を歪める。
そんな俺を見て……片側ポニーが憎悪で顔を歪めた。
そしてその憎しみを込めて……思い切り槍を振りかぶって俺を吹き飛ばそうと、薙ぎ払ってくる。
意味がわからず……俺は槍を受け止めようとしたのだが、しかし勢いを推し量ることが出来ず、予想よりも力があって吹き飛ばされた。
俺とねじり金棒を吹き飛ばすとか……怪力だな……
「何がしたい?」
距離が出来たことで、距離だけでなく斬り合いにも一度間が開く。
故に俺は問答をするために再度口を開いた。
しかしそれにも応えようとせず……片側ポニーは構える。
少しいらだってきたので……俺は一度構えを解いて、刀入れへと歩み寄った。
流石に構えてない俺を襲う気はないのか……片側ポニーが動きを止める。
木刀か鉄刀も持ってきたら良かったな……
認識阻害の術をかけているとはいえ、頻繁に見せていては術の効きが弱くなる。
それを警戒して台車を持ってこなかったのは失敗だった。
台車に木刀と鉄刀を積んでいるからだ。
何故か知らないが片側ポニーは本気だ。
圧倒するないし殺すのならばねじり金棒でも楽勝なのだが……何故勝負を挑んできたのかわからない状況では、手加減をしなければ怪我をしかねない。
そしてそもそも殺す気はもちろんない。
和服もどきも真剣に勝負を挑んできたのは間違いないが……片側ポニーのこれは本当に殺すつもりできている。
それを相手にするには……打刀の間合いがもっとも俺にとっては都合が良い。
故に……俺が刀入れから手にするのは夜月だった。
毎日の気を込める作業は欠かしていない。
故に手に持つのは毎日のことだ。
俺が自らの得物をぞんざいに扱う日があるわけがないのだ。
だが……得物として持つのは久しぶりだった。
再度試してみても抜けない。
正直鞘に収めたままで殴り合うようなまねはしたくないのだが……俺がもっとも信頼する得物はこいつなのだ。
ならば……仕方ないがやるしかないだろう。
「こいつを手にしたからには……手加減できるんだが、手加減を止めるぞ?」
打刀であれば一番戦ってきた得物だ。
本気も手加減もお手の物だ。
だが……久しぶりに得物として握ったのもあって、鞘に収められたままとはいえ、普通に戦いたくなってきた。
「何だその矛盾は?」
「さあな? 矛盾って言うのなら……こんなのはどうだ!?」
夜月を持って……俺は片側ポニーに突進した。
俺のその速度に片側ポニーが瞠目するが……直ぐに迎撃する。
矛盾。
最強の盾を最強の矛で貫いたために、どちらも壊れてしまったという故事だ。
つじつまが合わないことを矛盾というので、それになぞるというか……悪ふざけで俺は自ら突っ込んでいった。
俺が手にした得物は、通常の刃渡りを持つ打刀の夜月だ。
間合いにおいて、圧倒的に青龍偃月刀に劣る。
通常、間合いの長いものの方が有利であり、短いものから突っ込むなどおかしな話だ。
それを剣道三倍段と表現する。
長い得物である槍や薙刀を相手にする場合、剣術側には長い得物側よりも三倍の段位が必要だという考え方だ。
しかしそれは……実力に大差があれば意味がない。
簡単な話……どんなに優れた技を持っていてもアリは象には勝てず……
どんな力を持っていても……
それ以上の怪力の前には全てが無力!
!!!!!
俺の猛攻に耐えきれず、片側ポニーの手から槍が吹き飛ばされて……地面を転がる。
吹き飛ばされた勢いで尻餅をついた片側ポニーの首筋に……俺は鞘に収めたままの夜月の切っ先を向ける。
「これで死んだわけだが……何か言うことは?」
無論本当に殺す気はない。
殺そうと思えば鞘に収めたままでも、無手でも俺は楽勝でこいつを殺せるわけだが……実際問題殺す気もないので意味もない。
仮定に意味など無いのだ。
確かに抜いて斬りかかれば一番楽に殺せるだろう。
だがそれ以上に……そもそも俺に殺す気がないのだから何にも意味はないのだ。
そう……意味がない。
突然何の意味も理由もなく……こいつが突っかかってくる意味がわからなかった。
今のこの仕合が……こいつにとって意味があるのか?
仕合を約束させたときの、こいつの気持ちに添っているとは思えない。
悪ふざけで仕合を約束させるようなやつでないことは、重々承知している。
約束させられたときの態度を見ても……こんな雑に終わらせるような約束ではなかったはずだ。
その真意を問いただそうとするのだが……片側ポニーは答えず俯いたままだった。
まるで顔もあわせたくないというような態度である。
その態度が……負けたことが悔しいとか、自分に対する感情ではなく……
俺に対する態度であると、そう思えた。
「なんか言えよ?」
しかしこちらとしても、何か言ってもらわなければ何もわからない。
故に答えて欲しくて片側ポニーを急かす。
「楽しいか?」
「あぁ?」
楽しいと問うてくる。
それが何を指しているのかさっぱりわからず……首を傾げるしかない。
俺の態度が気にくわなかったのか……片側ポニーが顔を上げて俺を睨み付けてくる。
その瞳は……何故か涙ぐんでいた。
「お前が強いことは重々知っている。その武に誇りも持っているだろう事も……呂布との戦いを見れば直ぐにわかることだ」
「一体何の話――」
「だが……今のお前の武に、果たして誇りはあるのか?」
言っている意味が全く理解できず……俺はただ片側ポニーの言葉を聞くしかできなかった。
そんな俺を見て、更に怒りで顔を歪ませた片側ポニーが、立ち上がって激昂した。
その際に……首元に向けられた夜月を払うことはなく、そのまま立ち上がる。
故にもしも鞘が払われていた場合、こいつは死んだことになるのだが……そんなことなど考えられないとでも言うように、片側ポニーが俺の胸倉を掴んだ。
避けることも出来たのだが……夜月を払わないことに驚いていたため、関羽の手を避けなかった。
「お前ほどの腕を持つ者が……なんだその武は!?」
「何が言いたい?」
「八つ当たりのように……いや実際に八つ当たりだ。そんなことをしてお前の気は済むのか?」
「何?」
八つ当たりといわれて……それに思い当たる。
確かに……先ほどの和服もどきの戦いと、今の片側ポニーとの戦いも、いらだっていたこともあって見ていて気持ちの良い物ではなかっただろう。
「先ほどの八つ当たりを見て……私も思った。お前も……刀月も人間だという当たり前の事実に」
「何だと思っていたんだ?」
突然の人間扱いに俺自身一瞬嫌気が差す。
人間離れしている自覚はあるが……歴とした人という生物なのだ俺も。
この人間扱いされたことでいらだったと言うこということが、俺が平常でないことの証なのだが……今の俺はそれにも気付くことがなかった。
「私も……桃香様ほどではないが、お前が天の御遣いかもしれないと思っていた。そうであれば良かったと、思っていた」
「天の御遣いね……」
天の御遣い。
実に都合の良い存在である。
乱世を治める……天上の存在。
そんな者がいるのであれば……確かに、良いかもしれない。
俺が今まで別れてしまった子供達も、救えたのかも知れない。
だが……そんな都合の良い存在などいないのだ。
いや、もしかしたらいるのかもしれない。
神様のような……都合の良い存在が。
未だ……その姿を現してないだけで。
「我らの……桃香様の願いのためにも、天の御遣いが我ら蜀に来てもらえれば、有益だったのは間違いない」
「かもな」
「だが今は……お前がそんなものではないということがはっきりとわかった」
天の御遣いということに対して否定的な物言いだ。
俺が天の御遣いであればよかったかもしれないと言った後に直ぐに、「俺がそんなものではない」という発言だ。
俺が天の御遣いでないことを、関羽としても認めたということだろう。
だがその天の御遣いではないということへの言い方に……実に否定的な臭いを漂わせている。
「お前は天の御遣いではない。武がどれほど優れていようと、どれほど怪力を持とうと……幼子を、他人を大切に出来る、好感の持てる男の人間だ」
「……」
「だからこそ……今のお前は見ていられない。見ていたくない」
「……っ」
そこまで言われてようやく気づいた。
こいつは……
関羽は……
俺を窘めているのだ。
己の未熟さを……周囲に撒き散らすことで八つ当たりをしている、この俺を。
「人であれば怒ることもある、悲しくなることもある。当然それで周囲に八つ当たりをしたいときだってあるだろう」
「……」
「だが……お前ほどの男が、己が鍛え上げた武で、八つ当たりをするのは見るに堪えない!」
「……」
黙って聞いていた俺をどう思ったのかは謎だが……関羽の俺の胸ぐらを掴む力が少しゆるんだ。
そしてそれと同時に……何故か関羽がその目に涙を溜めている。
「私が勝手に期待して、勝手に失望しているのもわかっているつもりだ。それでも……」
「どうか……普段の刀月に戻ってくれ……」
その言葉を最後に……関羽が再度顔をうつむけてしまった。
そのために……関羽の表情を見ることが出来なくなる。
だがわずかに漏れ出る嗚咽と、震える肩が……こいつが今どんな表情をしているのかを、如実に教えてくれる。
泣くってのは……ずるいなぁ……
悪い意味ではない。
ただ流石にここまで感情を露わにされて、その純粋とも言える感情をぶつけられては……冷静になるしかないだろう。
そして八つ当たりと言われて……それが実に重く胸に響いた。
間違いなく……八つ当たりだった。
和服もどきとの戦いも。
関羽との仕合も。
五胡との防衛戦も。
久しく怒っていなかったことも要因かも知れないが……一番の理由は未熟なことだ。
その未熟故に後手に回り、その後手で更に未熟を思い知らされて苛立つ。
まさに悪循環である。
それを指摘してくれたのは……こいつだけだった。
まぁ他の連中は武力的な意味でだいぶきつい物があるか……
呂蒙の尾行娘も武人ではない。
どちらも戦えるが、武人というほど実力があるわけではない。
尾行娘の方が強いのは間違いないが……その尾行娘も実力から考えて武人未満だろう。
いや……武将と比べたら武人未満だが、一般兵から見たら十分武人か?
しかし尾行娘自身が己のことを隠密と認識しているはずで、呂蒙は参謀ないし軍師未満と己のことを捉えているはずなので……武人とはカウントしなくて良いだろう。
そんな二人が俺に武のことで指摘するのは……少々きつい物がある。
そしてそれは……関羽であっても同じはずだ。
確かに本当の意味で当たり散らしていたわけではない。
真の意味で暴走していたわけではない。
流石の俺もそこまで怒り狂ってはいない。
味方である和服もどきや関羽相手に……本気で殺しに行くというか、無駄に痛めつけたり侮辱したり、いたぶるようなことはしないだろう。
だが……関羽は先日の五胡での俺の暴走を直に目にしている。
それを見てどう思ったのかは謎だが……気持ちがいいものではなかったのは間違いない。
それも……あのとき俺は間違いなく、刀が抜けないこと、そして能力を使用しないこと以外は、全力で暴れ回った。
怒りに染まっていて少々記憶がぼんやりしているのだが……相当暴れ回った自覚がある。
それを見た上で、俺が八つ当たりをしていると認識した上で、仕合を挑んでくる胆力。
これには……脱帽するしかないだろう。
そして……それについて心から感謝するしかない。
こうして……俺の目を覚まさせるために、動いてくれたのだから。
自らの約束を……無為に近い形で使ってでも俺を止めてくれた。
その気持ちが何よりも……ありがたいことだった。
「……ありがとう」
謝るべきか?
礼を言うべきか?
少しだけ悩んだが礼を言うべきだと俺は思い……素直にそう口にした。
少しだけだが……心が晴れた気がした。
それゆえに……謝るよりは正しいと思えたのだ。
胸ぐらを掴んでいる関羽の手を、俺は左手で優しく掴んだ。
俺のお礼の気持ちが……少しでも伝わるように。
「……少しは己を顧みれたか?」
「あぁ。確かに……見るに堪えないな」
「ならば……いい」
胸ぐらを掴むのを止め、俺の手を払う。
その仕草に怒りや嫌悪の感情は見受けられない。
だが、顔を見られたくないのか……顔は俯いたままだった。
俺としても無理に見る必要はない。
故に……言葉を続けた。
「仕合は別に……一度じゃなくても良いはずだ。得物を拾ってきてくれないか?」
俺からの言葉は……仕切り直しだった。
関羽が望んだ仕合だとはとても思えなかったからだ。
故に……俺は再度の立ち会いを、仕合を求めた。
断られたらそれまでのつもりだっただが……俺の気持ちはわかったのか、自らの得物へと歩み寄っていく。
「承知した」
小さくそう紡がれた言葉。
それに俺は再度心で深く感謝した。
俺が……実に情けない理由で約束を果たせなかったことに、しないでいてくれたからだ。
再び仕合を行ってくれると……そう言ってくれたのだ。
汚名返上の機会をくれたのだ。
それは言葉では表せないほどに……ありがたいことだ。
俺の目を覚まそうと動いてくれたこと。
そのために、俺からみたら借りであるはずの仕合を、自らのためだけではなく、俺のためにも挑んでくれたこと。
何よりも……俺のあの暴走を見ても尚、俺を武人として見てくれたこと。
本当に感謝の念に堪えない。
成ればこそ……本気で挑まなければ失礼だ。
俺の……本気……
手にした得物……打刀の夜月を、俺は両手で柄を持って静かに見つめた。
俺が生まれたその年に鍛えられた、俺の半身。
最初こそ触ることしか出来ず、気を込められるようになってからも気を込めることしかできなかった。
気を使用しても、幼い体格ではそぐわない得物だったからだ。
だが……俺が夜月に触れてきた時間は、俺の人生に相当する。
そして何よりも……俺がもっとも信頼している得物はこいつなのだ。
夜月よ……
両手で持った夜月の柄を……強く握りしめた。
頼む……このわずかな時間でも良い……
そして目を瞑り……心から願った。
俺のことを気にかけてくれた関羽の気概に答えるために……
今このときに……俺の本気を出すのは礼儀だ。
頼む……
ならば俺が真の意味で本気を出すのは何を必要とするのか?
どうか……
答えは簡単だ。
この一時だけでいい……
夜月が……必要だ。
お前の力を……俺に貸してくれ……
『――』
何故か……何かが笑った気がした。
否、笑えるわけがないはずなのだ。
だが……何か温かい物が俺の胸に一瞬だけ灯って……
それに呼応するように夜月が一瞬だけ……淡く光った。
「……夜月?」
目を閉じていたはずだというのに……何故か視た夜月の光。
そしてその光が消えたと同時に……俺は夜月に違和感を覚えた。
いや違う……違和感を覚えなくなったのだ。
気を込めている時だけは手応えがあった。
だがそれ以外の時は……存在しているのかも怪しいと思えるほどに何も感じられなかった夜月が、確かな手応えを持って俺の手にあった。
それを確かめるべく……俺は夜月を持ち直し左手で鞘を持って、鐔へと親指をかけて鯉口を切った。
抜刀することが……出来たのだ。
「……夜月」
わずかに鞘から抜かれたその鯉口から見えるのは……数年ぶりに視る鎺。
抜くつもりが無かったため……親指を伸ばしきってないために見えるのは鎺のみで、刀身は見えない。
だが……この世界に来てより数年。
その間全く抜くことが出来なかった俺の最高の相棒が、応えてくれたことは間違いなかった。
感謝する……相棒よ……
再度完全に鞘に収めて……俺は夜月を持ったまま、左手を左腰へと持って行く。
感謝の念があった。
それ以上に歓喜が渦巻いていた。
何故抜けなくなったのか?
それはこの世界に這い出てきて以来、過ぎていった夜の数だけ考えた。
そして気づいた。
抜けなくなったその理由を。
何故抜けなくしたのかは未だにわからないし、その手段も不明だ。
だが抜けない理由は推察できた。
あの二人が何かしらの手段で、俺の得物全てを封印したのだ。
俺が打った刀達はまだわからないでもない。
だが封絶……封龍剣【超絶一門】と、煌黒邪神がいるはずの狩竜を封印したのが、理解できなかった。
逆に言えば……狩竜を封印できたのだ。
それがどれほど恐ろしいことなのかは……想像を絶する。
故にこそ……夜月が抜けたのは奇蹟ではない。
夜月が……俺に応えてくれたのだ。
ならば……それに俺も応えなければ……
俺はこいつの担い手にふさわしくない。
それに何よりも……久方ぶりに夜月を振るう事が出来るという興奮が……
俺の胸に溢れていた。
さぁ……行こうぜ、夜月
吹き飛ばされてしまった青龍偃月刀の元へと歩み寄って、私は相棒を拾い上げた。
幾多の戦場を歩み、共に視線をくぐり抜けてきた相棒。
その自らの半身とも言える青龍偃月刀を吹き飛ばされたのは……ある意味仕方ないと思えていても、自らの弱さを突きつけられて歯がゆい思いだった。
刀月が全力を出してない上に、苛立っていたことでさらに普段よりも実力的に弱くなっていたはずだ。
その状態の刀月に自らの得物を吹き飛ばされたのだ。
隔絶した実力の差を思い知らされたのだ。
内心面白くないのも致し方ないことだろう。
更に言えば、刀月は今自らの得物が使えない状況だという。
本気を出したくても出せない状況である上に、苛立っていた。
なのに……負けたのだ。
……いや、私も刀月の目を覚まさせるために挑んだので本気というわけでは
と心の中でそう言い訳じみたことを考えてしまう。
だがそれも一瞬で……直ぐに自分が刀月よりも弱いのは紛れもないことだと自覚する。
本当に……不思議な男だな……
入寺刀月。
明確な年齢は聞いてないが……見た目からいって私とそう変わらない年頃だろう。
私を含めて……数多の武人よりも遙か上に位置する実力を有する男。
さらにもはや怪物ではないのかと言えるほどの怪力も有し、料理も出来る。
他には知識なども凄いというのを、細作の情報によって得ている。
これほどの凄まじい男が、何故在野で埋もれていたのか不思議に思っていたのだが……先ほどの問答でその答えをこいつが自ら明かしてくれた。
天の御遣いではないが……天の御遣いである北郷一刀と同じ世界から来た男だとはな……
乱世を沈めるために遣わされたという、天の御遣い。
各国が探した天の御遣いは、魏の曹操が迎え入れた。
その噂もあって、魏は急速に力を付けていった。
正直なところ……蜀と呉が同盟を組んだとしても、勝つにはかなり困難を極めるだろう。
そんな状況でも、刀月は決して自ら前線に立つことはしなかった。
今のところ、刀月が戦で前線に出たのは二度だけだ。
呂布と先日の五胡の襲撃のみ。
あれほど隔絶した実力を有しているというのに、何故戦わないのか以前から不思議でならなかったが……まさか得物が抜けないとは予想外だった。
天の御遣いの国からやってきた……得物が抜けない男
実に不思議な存在である。
しかも帰るのにも妖術が必要だという。
正直……不思議以外の何物でもなかった。
だがそれでも……その圧倒的な武とその優しさに幾人も救われたのだ。
その刀月が……敵と断言した相手。
五胡での戦……あれほど激情をぶちまけて戦う刀月に戦慄と恐怖を覚えた。
そしてそれ以上に、刀月が怒りのままに暴れ回るのがいやだった。
何よりもその恐れに……足を止めてしまう自分がいやだった。
だからこそ……私はこうして仕合を挑んだが、結果は紛れもなく敗北だ。
だがそれでもいい。
最低限、私がすべきことは達成できた。
それができればいい。
現時点では、刀月に挑んでも勝てないのはわかりきっている。
それでも、刀月の実力の一端を少しでも見れれば……感じることが出来れば私は更に上に行けるはずだ。
刀月も元に戻ったし……得物が抜けないとしても、私としても大きな意味がある。
逃げずに、止まらずに、立ち向かうことが出来ると、確信できた。
そう思い、青龍偃月刀を再度力を込めて握り……振り向いた。
刀月が手加減を止めると言って使用した湾刀の形をした刀。
十分に視ることが出来てないが、それでもわかるほどに実に精緻な金細工が施された刀だ。
木刀であるとも思えたが……先に言っていた抜けない得物があるといっていた。
刀月が大事そうにしていることを鑑みれば、恐らく刀月のもっとも得意な得物なのだろう。
そうして観察しながら歩いていた。
そのとき、その視線の先に……不思議な物を見た。
「――ぇ?」
両手で刀を握りしめて、目を閉じ祈るような刀月の側に……柔和に微笑む綺麗な女性がいた。
だがそれも一瞬で……瞬きをしたその次の瞬間には消えていた。
確かにいた気がした。
刀月を慈しむように見守って微笑む、女性が。
何故か……見えたのだ。
その視たはずの女性を捜して周囲を見ていていると……刀月の雰囲気が一変した。
!?
何も変わってないはずだというのに、確かに何かが変わったのがわかった。
そしてその変化は……凄まじいほどの強さを感じさせるというのに。
どこか温かさも感じるような物で。
何よりも驚きなのは……温かさを感じるほどの覇気が……
先日の五胡の襲撃で暴れ回った時とは比べものにならないほど……刀月の総身から溢れて出ていることだ。
「これは……」
側にいる星も、感じ取っているのか、驚きに目を見開いている。
私だけでなく、私と同等の実力を有している星も感じているということは、私の気のせいではないということだ。
刀月から発せられる圧倒的な威圧に、五胡の時とは別の意味で足が竦みそうだった。
その刀月が……こちらへと振り向いた。
抜けないと言っている……得物を左腰に付けた姿勢で。
その姿勢を見た瞬間に……咄嗟に私の体が反応して、構えを取っていた。
抜けないと言っていた得物を、先ほどとは違う持ち方をしていること。
何よりも先ほどとは別人と思えるほどに変わったことで、構えざるを得なかった。
「……行くぞ、関羽」
まるで周囲の音が消えたと思えた世界で……刀月の声が明瞭に届く。
その次の瞬間に……刀月が目の前に迫っていた。
「「!?」」
私だけでなく星も驚いていた。
あまりの速さに目で追うことすらも敵わず……間合いに入られた。
この間合いは、すでに刀月の……刀の間合い。
槍である青龍偃月刀の間合いでは、すでに打撃か防御しか敵わない。
そのため……何とか必死になって刀月の攻撃を防ごうと、青龍偃月刀を刀月の斬撃の軌跡を読み、その線に乗せようとする。
そしてその線を読んだ時……私は心の中で絶句した。
三撃に差がほとんどない!?
刹那の時間に読んだ刀月の斬撃の軌跡。
それは驚くべき事に、三つの剣閃がほぼ同時に襲ってくるという物だった。
対してこちらの青龍偃月刀は、槍のために長いが一本しかない。
軌跡が三つ全て別々から襲ってくる以上……これを防ぐ術が私にはなかった。
そのため……体が痛むのを承知の上で強引に動かして、私は必死になって後方へと飛ぶ。
本来であればその回避行動は間に合わなかっただろう。
つまりこの瞬間に私は本来であれば死んでいた。
だがこれは先にも言ったとおり仕合なのだ。
だからこそだろう。
刀月が刀を閃かせる一瞬前に……踏み込みを甘くして、私の体に届かない間合いへと進みながらも退いた。
その瞬間に閃く……魔剣。
「劣化……燕返し」
読んだ軌跡の通りに……否、想像を遙かに超える鋭さと速さを持って、それは振り抜かれた。
私の体の側を光の速さのごとくで刀が疾った。
その剣閃は……今まで見てきたどの閃きよりも鋭く恐ろしく……
美しかった。
振り終えた後に私の体がようやく一歩下がった。
刀月の剣閃の速さよりも、自らの読みと動きが遅いことを明確に知らされる。
普段であれば心から悔しがっているところだが……今はそれどころではなかった。
己の命があるという安堵と。
本当に……言葉では言い表せないほどの凄まじい実力の一端を垣間見て……
打ち震えるほどに私は感動していた。
「……遠いな」
そんな私の耳に届く……そんな言葉。
私に向けられた言葉ではないことなどわかりきっていた。
その言葉が……己よりも遙かに上にいる存在へと向けられた言葉だと……
何故かわかった。
この男は……
私との仕合の最中だというのに、私ではなく別の誰かを……何かを見ている。
本来であれば怒るべき状況だというのに……私が抱いた感情は嫉妬だった。
それが何に向けての嫉妬なのか……咄嗟に私にはわからなかった。
これほどの絶技を持っている刀月に対してなのか?
それとも……刀月が私以外の誰かを見ているその誰かに向けてなのか?
私には……わからず、ただ胸に溢れる様々な感情を処理するのにとまどっていて……
言葉を発することすらも出来なかった。
何となくの気持ちでやってみたが……出来る気がしねぇ……
数年ぶりに抜刀できた夜月での斬撃。
振りの速さや力強さは、以前よりも上がっていたという自負がある。
だが……刀の使い方は絶対に鈍っていた。
刃を立てられないとか……失格過ぎるだろ……
刃物は切る対象物に対して直角に刃を立てて物を切る。
これは全ての刃物に共通することである。
しかし先ほどの剣撃は……明らかに刃を立てられていなかった。
気と魔力を併用しての斬撃だったために何とか切れたが……普通に刀だけで切っていたら、間違いなく対象を切断できず刃が欠けていただろう。
極めつけが……当然ながら三撃同時ではなく、三連撃でしかない。
まぁテンションあがって真似て見たが……俺にあの魔剣は必要ないしな……
最高の剣技を見たのは間違いない。
だが俺があれを出来る必要性はないのだ。
というか今更だが……あれが必要なほど燕って斬ること出来ないのか?
無駄な殺生は好まない……というか基本的に殺しは好きではない。
それが人間であれ動物であれ虫であれ植物であれ……何でもだ。
いつも戒めているというか……心の中に置いていることとして、必要だから殺しているのだ。
快楽殺人者ではないのである。
そしてそれは動物も同義だ。
故に燕を斬ろうと考えたことはないので、三撃同時斬りが必要なのか、わからなかった。
まぁたまさか斬ろうとしただけで、別段あいつも快楽で刀を振ってるわけじゃないだろうけど……
そんな精神異常者があんな剣を振ることなど出来るはずがない。
それにあいつ自身非常に好感の持てる男だった。
ただの知り合いであれば、まだ騙されたという事もあり得なくはないが……あいつは俺と令呪によって契約されており、結ばれていた。
魔術という、紛れもない呪術を用いた絶対的な主従という関係で、こちらを完全に欺くのは不可能だろう。
……また会えると良いんだけどな
あれほどの絶技を放つ存在は……世界どころか平行世界を見渡してもそういない。
一割の勝率を一度目に持ってこれたというのだけでは……満足できない。
今まで出会ってきた中で最強の好敵手ともう一度仕合たい。
そう……素直に思えた。
と……まずは目の前の仕合か……
と思ったそのときだった。
カラン
軽快と言うべきか……乾いた金属音が俺の側で鳴り響いた。
その音の発信源に目を向ければ、そこは俺の足下……よりも数歩先の場所で、関羽の足下だった。
その音が発せられた足下には……金属棒が二本転がっていた。
両端を鋭利な何かで斬られた金属棒だ。
そして目線をその上に向ければ……絶句した様子の関羽がそこにいた。
「……な、なんという」
関羽は得物を……柄の半ばで斬られてしまったため、四つに分かれた青龍偃月刀を見つめて絶句していた。
そして俺も同じように……絶句してしまった。
やばい……やりすぎた……
関羽の得物である青龍偃月刀は見た目に見ても、そして俺のねじり金棒と切り結べた事からかなりの業物だ。
致命的な破損ではない……刃の部分が破損したわけではない……が俺の夜月の剣閃が三振り入ったことで、全部で四つに分かれてしまっている。
関羽が両手で持っていた間の部分に三つ剣閃が入った。
四つに分かれているので、先端部分だけを持って戦えば半端な剣として使えなくはないが……こいつの最大の得物は間違いなく槍だ。
それも薙刀みたいな刃物としての用途が重要な槍。
これでは実力を発揮し得ないだろう。
関羽が絶句しているのは俺の本来の戦闘スタイルに対しての驚きと、青龍偃月刀を断ち切られてしまったことに対する驚きのためだろう。
そして今の時代が乱世ではなく、平和な時代であれば問題なかっただろうが……今は戦国時代も真っ青な乱世も乱世だ。
得物が使えなくなるのは……致命的以外の何物でもない。
「……」
「あ~~~~……関羽?」
なんと声をかけて良いものか? そう悩みながら何となく言葉が尻すぼみしそうになるが……武器破壊した俺が何もしないわけにはいかない。
といっても……やれることは一つなわけだが……
呆けてしまっている関羽に声をかけて、ようやく関羽が現実を見ることが出来た。
そして……己の手の中にある、変わり果ててしまった青龍偃月刀を見て……
「な、なんということを!?」
先ほどまでとは違い……憤怒の形相で俺を睨み付けてくる。
ですよね~
俺も武人。
己の得物が破壊されれば……当然怒り心頭になる。
凄まじい怒気を漲らせて……関羽が俺に詰め寄ってくるが、持っている残された青龍偃月刀を放り捨てるわけにもいかず、俺の胸ぐらを掴むことはなかった。
「き、貴様という奴は!?」
「すまん。割と真面目にすまん。斬るつもりはなかった」
これに関しては本心である。
得物が抜けなくなって早数年。
得物が大事であることは、本当に身に染みて理解している。
だが……本当に俺がテンションがあがってしまった事が問題だろう。
ただ言い訳をさせてしてもらえるのであれば……抜いたのが数年ぶりなので、テンションがあがるのも致し方ない物だと思いたい。
「鉄を刀で切るという技量には、相も変わらず憎たらしいほどに流石だと言いたいが……だからといって斬る奴があるか!?」
「おっしゃるとおりで」
返す言葉もない。
いや、完全に抜けたことが嬉しくて暴走してしまった。
本当に平時ならば何も問題ない……いや、問題大ありだが……が、今は乱世。
確かに現時点では火急の戦はないので平時なのは間違いないが、平和ではない。
下手をすれば今この瞬間にも、出陣の触れが出てもおかしくはないのだ。
「どうするというのだ!? これは名工に打ってもらった一品で、すでにその名工は他界している。同じ物は作れないんだぞ!?」
片側ポニーという実力者が使っていたこと、片側ポニーが使い込むことが可能だったという時点で、けっこう業物なのはわかりきっている。
だが問題としては……すでに制作者が他界している事だろう。
生きていればまだ鍛えてもらえる可能性はあるが……いないのでは無理な話。
故に、片側ポニーが青龍偃月刀を再度手にするのは難しいだろう。
あくまでも青龍偃月刀は……だが……
刀月に掴みかかってぶん殴ってやりたい気持ちで一杯だったが……しかし手にした得物を放り捨てることも出来ず、詰め寄ることしかできなかった。
先ほど放たれた刀月の一撃は、こちらの想像を絶するほどの絶技だった。
あれほどの一撃を放てるその技量に感服し、そして私の得物を……柄も鉄で鍛えられた青龍偃月刀を断ち切られたことには、感動すらも覚えるほどだった。
初めて見たからだ。
刀で金属を切断するという……あり得ないほどの技量。
だがそれ以上に見とれてしまったのは……刀月が手にした刀だった。
初めて見る……とても美しい刀だった。
その刀身は……あり得ないほどに澄んでいて、日に照らされたその姿は、刀そのものが輝いていると錯覚するほどだ。
そしてその美しさ以上に驚いたのは、あり得ないほどの切れ味だ。
金属を断ち切る剣というのは……恐らく大陸全てを見渡しても無いはずだ。
それも……切断面を見てもわかるが……
その断面は鏡面のように綺麗だった。
相当の切れ味を誇るだろう。
これが……私の手にしている自身の最大の得物である、青龍偃月刀が斬られたわけでなければ……
私はただただ感動するだけで済んだだろう。
刀月に詰め寄り声を張り上げるが……私は内心で相当焦っていた。
何せ私が愛用し、もっとも信頼している最強の得物が使い物にならなくなったのだ。
しかもこれを鍛えてくれた名工はすでに他界している。
急いで得物を調達しようにも、青龍偃月刀に迫るような得物が、そんな簡単に手に入るはずがないのだ。
確かに今は平時。
賊程度であれば代用の得物でも問題がない。
だが魏との決戦はそう遠くないはずだ。
魏の武将はどれも強者揃いだ。
直接戦ったことはもある夏侯惇は、私でも苦戦するほどの強者。
その強者相手に……代用の得物では……
「まぁそう慌てるな」
そんな無責任な言葉を言いながら、刀月は足下に落ちている斬られた青龍偃月刀の柄を拾い上げる。
一瞬何を言っているのかわからなかったが……刀月の台詞を頭が認識したその瞬間に、私は目の前が真っ赤になるほどの怒りを覚えた。
今度は詰め寄るのではなく、手にしている青龍偃月刀の刃の部分で斬りかかってやろうと思わず体に力を入れるのだが、刀月が私に向かって柄の一部を向けてくることで、それを防いだ。
「いや失礼。慌てるに決まってるな」
「当たり前だ!」
「慌てるなと言うのは……まぁ多少は時間がかかるが、得物を用意するのは問題ないという意味でそういったんだ」
「? どういう意味だ?」
青龍偃月刀を鍛えた名工はすでに他界している。
それを先にも伝えたはずだというのに何故用意できるのか?
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
刀月が私を見ながら苦笑しつつ……こういった。
「ここに……今お前が手にしている青龍偃月刀を、超える得物を鍛えることが出来る鍛冶師がいるからな」
その台詞に……私はきょとんとするしかなかった。
この男は何を言ったのか?
青龍偃月刀を超える得物を鍛える事が出来る……そう自信満々にはっきりと言いはなかった。
しかも今の言い方からして、その鍛冶師は己の事を……刀月自身のことを指していることに他ならない。
その台詞を再度自らの頭が認識し、今度は呆れながら怒ろうとしたが……そのとき一つの噂を思い出したのだ。
刀月が創ったという刀村には……凄まじい槍が幾本も配備されていた、という噂を。
私はその槍を実際に見たことがない。
しかし実際に見たことがあると言い張る商人が言うには……凄まじい美しさをした槍だったという。
呉の都、江都でその槍を持っていた者に話を聞いたら刀村の出身であること、そして刀月が鍛えた槍だと答えたくれたらしい。
その槍を相当の額を積んで売って欲しいと懇願したが、全く相手にされなかったという。
まさか……本当に?
噂と言うことで切って捨てていた。
物を見てないために何とも言えないが、商人がいくらでも金を積むから売って欲しいというほどの槍だ。
相当の代物であることは間違いないだろう。
それを刀月が鍛えたというのは……いくら何でも嘘だと思ったのだ。
これほどの武を有している男が……武具を鍛える事も出来るなど、冗談でしかない。
いや……こいつ自身がかなり冗談みたいな存在だったか……
「……失礼なこと考えてるだろ?」
またも表情に出ていたのだろう。
刀月がそんな私を見ながら苦笑していた。
私の気勢を削いだ柄を持ち直している。
いつの間にか手にした刀は鞘に収められている。
そして、空いた方の手をこちらに差しのばしてくる。
それが何を意味するのか一瞬わからなかったが……柄を持っている事から私の青龍偃月刀を受け取るために伸ばされた手であるとわかった。
本来、自らの半身とも言える得物を、味方とはいえ他人に渡すのは拒否したいのだが……すでに得物として機能していない以上、渡しても問題はないと己を無理矢理納得させて刀月へと手渡した。
まぁ青龍偃月刀をこんな風にしたのは、こいつなのだが……
己の腕が未熟という事を差し引いても……納得できない気持ちだった。
こちらの考えていることがある程度わかっているのだろう、苦笑しつつ青龍偃月刀を受け取った。
次の瞬間……再度私は驚愕した。
青龍偃月刀を手に、真剣に見つめる刀月の表情が……先ほど私に対して絶技を放ったときと同様に、真剣な表情だったからだ。
それだけでは判断が出来ない。
出来るわけがない。
私は鍛冶師ではないのだ。
だが……そのあまりにも真剣な表情をしながら、青龍偃月刀を見るその姿は……
噂が真実であることを如実に語っているようだった。
「……良い槍だな」
俺は素直に感心していた。
様々な技術が未熟な段階、発展途上であるこの時代で、これだけの得物を鍛えた人間がいることに。
時代を考えれば間違いなく、かなりの業物だ。
これを見れば納得できる。
歴史に名を残す関羽の得物として語り継がれるだけの得物であると。
まぁ……申し訳ないが俺の鍛造には劣るわけだが……
青龍偃月刀を鍛えた故人を侮辱する気はない。
だが事実として、俺の鍛造技術が上なのは間違いなかった。
当然だ。
俺よりも遙かに優れた鍛冶師達が、心身と魂を削ってまで鍛え上げ、千年以上の時間受け継がれてきた技術を俺は体得しているのだ。
負ける要素があるわけがない。
いや本当に……時間ってのは大事だなぁ……
脈々と受け継がれていく技術の伝承。
それをとぎれさせてはいけないと……俺はしみじみと思った。
人の得物を破壊してこれを思うってのも……大概だが……
しかも時代的に……信頼できる得物というのは半身どころか命そのものといっても良い。
俺が襲われないこと、片側ポニーに処刑を言い渡されないのは、俺相手では無理だとわかっているからだろう。
まぁそれで終わらせるつもりはないが……
製鉄技術の未熟さ。
鍛造技術の未熟さ。
他諸々。
問題なくこれを超える得物を鍛えることは出来るだろう。
昔の俺なら……という前置きはつくが……
そう、俺はここ一年ほど……鉄製品を鍛えてない。
刀村の頃は必要に迫られて農具なんかを鍛えていた。
刀を打つのとは違うのだが……鉄を鍛えていたことに違いはない。
だがそれもすでに年以上の時間を鍛えていないのだ。
先ほど刀を振るったことでもわかったが、生涯をかけて行ってきた三つの技術……刀の戦闘、鍛造、料理……の内一つが劣化しているのがわかったのだ。
もう一つの鍛造についても……劣化していると考えるのが妥当だろう。
だがそれを差し引いても……技術を考慮すれば、これを超える物は鍛えられるはずだ……
腕が落ちているのは事実だが、それでもそれなりに鍛えてきたのだ。
そう簡単に劣化するほど……
柔な鍛え方と気持ちで……腕を磨いてきたわけではない……
「故人を馬鹿にするつもりはないが……少し腕を戻す時間をくれれば、絶対にこれを超える槍を鍛えると約束しよう」
「……本当か?」
半信半疑の……いかにも怪しんでいると言わんばかりの声音と目線で、片側ポニーがそう言ってくる。
それがわからないでもないので、俺は苦笑しながら片側ポニーに笑いかけた。
「まぁ確かに疑う気持ちはわかるが……俺の本職は鍛冶師でな。信用してくれて良いぞ?」
「本職って……貴様という男は」
「信じてないな? 俺がいた村の鉄道具は、全て俺が鍛えた物だったぞ?」
「噂に聞いてはいたが……鍛冶についても、本当だったとはな」
俺が嘘を言ってないのがわかったのか、片側ポニーが心底呆れながらも納得してくれた。
そして刀村の噂があるのは知っていたが……鍛造の事についても知られているとは思わなかったので、それについては少し驚いた。
まぁでも……槍は江都でもそのまま使ってるから噂にもなるか?
防衛隊の連中のために鍛えた槍は、そのまま防衛隊の連中に預けてある。
恩義を感じてかそれとも貴重だとわかっているのかは謎だが、今のところ俺が鍛えた槍が防衛隊の連中以外の手に渡った様子はない。
金に目がくらんで売りさばいたら……どうなるかわかってるってのもあるだろうな……
俺が鍛造について金儲けの道具にしないと言うのは、村の連中全員が知っていたのも大きいだろう。
冬木で一切鍛えることが出来なかったので、良いリハビリになっていたのだが……再びリハビリは必要だろう。
「だが江都に行ってからは鍛えてなくてな。少しだけ時間をくれ」
「具体的には?」
「……俺の仕事をストッ――停止させてもらえればとりあえず二日以内に最低限の代替品は鍛えられる」
「二日だと!?」
日数を訪ねられたので正直に答えたらびっくりされた。
材料集めとリハビリに一日。
制作に一日と考えれば決して不可能ではない。
流石に炭を用意するのは難しいから……魔力の炎で鍛えることになるだろうが……
本職の刀鍛冶として仕事をするのであれば、やはり魔力の炎ではなく炭でやりたいのが俺の本音だった。
炭も江都にあるにはあるのだが……取りに行くのが面倒すぎる。
鍛造道具は持ってきているが、流石に
リハビリでとりあえず当座を凌ぐための槍を鍛えて、後々に少し時間をかけて本番って感じだろうな……
流石に相手の得物を駄目にしてそのままというのは……俺の鍛冶師としてのプライドが許さない。
そしてこいつには世話になったのだ。
ならば……俺が今できる限りの最高傑作を届けなければ、俺自身が許せない。
「二日で代替品は用意する。それは絶対に約束しよう。だからミドリボ――諸葛亮に明日、明後日俺に休みを入れるように伝えておいてくれないか?」
「それは構わないが……出来るのか?」
「舐めるなよ? 関羽」
疑う気持ちもわかるが、それでもここまで舐められては俺も気分が良くない。
だがそれを怒りでぶつけるのではなく……腕を見せて驚愕させてやるのが、職人という物だろう。
「俺の命題は鍛冶と料理。特に鍛冶は俺が幼少期より鍛えて来た物だ。必ず良い物をお前に渡そう」
リハビリはいるだろう。
そのために、本気中の本気の槍を届けるのは少し時間がかかるだろう。
だがそれでも……最高の得物を届ける。
これは絶対だ。
その絶対的な自信と自負を言葉に乗せて、俺は片側ポニーへニヤリと笑って見せた。
その俺の笑みを見てからか?
それとも俺の態度に呆れたのか?
片側ポニーは何とも言えない表情をしてから……最後に顔を歪めて盛大に溜息を吐いて最後には苦笑された。
「わかった、信じよう」
「まぁ……その二日の間に何かあった場合は、済まんがどうにかしてくれ」
「なんと適当なことを……。まぁ流石に明日明後日で魏との決戦が開かれることはないだろう」
フラグになりそうな台詞を吐くんじゃない!
と、心の中で声を張り上げていたが、俺が言えばそれこそフラグになりそうだったので、黙っておいた。
「楽しそうですな?」
そうしていると、片側ポニーの背後に回り込んだ和服もどきが、恨めしそうな低い声を上げながらそう声をかけてきた。
狙っていたのか気配を消して片側ポニーの背後に回り込んでいたので、片側ポニーが飛び上がるほどに驚いていた。
「星! 脅かすな!?」
「私を放っておいて二人の世界を作っているからな。嫉妬もしよう?」
「ふ、二人の世界だと!?」
そういう概念あるんだ
言われている意味はわかったのだが……何というかその言葉がこの時代にあることに驚いて、そちらに反応しなかった。
片側ポニーが顔を赤くして慌てているから想像通りの意味だろう。
「な、なんと言うことをいうのだ星!」
「ふん! 私を当て馬にしておいていちゃいちゃするのだから、少しからかっても良いだろう?」
「そういう問題か!?」
「あ~~~~まぁ当て馬かどうかは知らないが、先ほどはすまんかったな」
八つ当たりをしていた自覚はあったが……俺の自覚以上にひどい事をしていたのが認識できたので、俺は素直に謝っておく。
だが和服もどきはそんな俺を見て、実におかしそうに妖艶に笑った。
「何、構いませぬよ。おかげで良い物が見られたのですから」
……どっちの意味だ?
「おい、星。怒らないから言ってみろ? それは何を指している?」
あえて口にしなかった俺の疑問を、片側ポニーが怒りながら口にする。
面白い物を指しているのが……その口調と表情でそれとなく察したのだろう。
「無論、愛紗がか弱いおなごのように俯いて泣――」
「ぶっ飛ばす!」
得物が無いからか……片側ポニーがその四肢を用いてえせ格闘技を用いて殴りかかる。
しかし先の立ち会いでもわかったが、和服もどきは技と速さで戦うタイプの武将だ。
片側ポニーにも技、速さも力もあるが、和服もどきに速さで一歩及んでいない。
ちょうど力と速さが、それぞれ同じくらいに劣っているから拮抗しているという感じだ。
どちらもかなりの使い手なのは間違いないが、少々相性的な意味で、和服もどきに分があると言うところだ。
更に今は得物の失っている片側ポニーが、じゃれ合ってるだけの和服もどきを捕まえられないのは当然といえる。
「しかしそれにしても凄まじいですな。刀月殿。強いのは知っておりましたが……よもや得物を使ったら、愛紗の青龍偃月刀を柄の部分とはいえ、金属を切断するとは」
「数年ぶりに抜いたからかなり無理矢理になったが……まぁ、抜ければこれくらいは造作もないな」
「ほう言いますな? しかし、抜けなかったのではないのですか?」
問うてくるのも無理はないだろう。
何せ先の問答で、自ら抜けないと宣言したばかりなのだから。
武人にとって得物が抜けないという、最大の弱点とも言える事を。
しかもそれを明かしたのが王に詰問されている時だ。
嘘を言っていた……と思われても面倒だったので、俺は素直に自分の考えを口にする。
「一応言っておくが抜けなかったのは本当だぞ?」
「別に疑っている訳ではありませんが」
「……まぁ物は試しか」
俺はダメ元で、他の得物達も抜けるかこの場で試してみることにした。
しかし結果は残念な物となった。
見事に抜けなかった。
念のため二人にも脇差しの花月を手渡して抜いてもらおうとするが……駄目だった。
「駄目でしたな。しかし……ずいぶん色んな得物をお持ちなのですな?」
「まぁそれなりにな」
刀入れの箱を見ながら和服もどきがそういってくる。
蓋が四つあるのだから他にも得物が入っていると考えるのが道理だろう。
だが残りの二つに収まっているのは、モンスターワールドで鍛えた蒼月と雷月だ。
またぞろ炎なり雷がうっかり出て、変な事を思われても敵わない。
こいつらは他人に見せることはしたくなかった。
「他は相変わらず駄目みたいだな。しかし夜月……この刀が俺を認めてくれたからこそ抜けたんだと思う」
「ほう?」
鞘に収まった夜月を見つめながら、俺は感慨深い思いで自身の思いを口にする。
もしかしたら明日になったら抜けなくなっているのかも知れない。
だがそれでも……俺がこの世界に来てもっとも必要だったと思ったこの瞬間に抜かせてくれたのだ。
こいつには本当に感謝してもしたり無かった。
「夜月……というのですかな? その刀は?」
「あぁ、俺の一番の相棒よ」
「ふむなるほど。ならば……その一番の相棒を手にしたあなたと立ち会いをさせては、もらえませんかな?」
俺と夜月を興味深そうに見つつ……その瞳に戦意を滾らせて和服もどきがそう問うてきた。
先ほどの非礼もあるし、俺自身も刀の戦闘の感覚を戻したいと考え、俺は素直に頷いた。
「そうだな。俺も感覚を取り戻したい。相手になろう」
「……おい刀月?」
しかしそうなると片側ポニーが怒るのも無理はないというところだろう。
自分の得物を斬られて戦闘不能な状況で、目の前で仕合をされるのだ。
得物を用意するのを確約したとはいえ…………気分が良いわけがない。
「わかっている関羽。お前とも代替品と俺の渾身の作が出来たら、再度仕合をして欲しい」
相手になると、して欲しい。
言葉だけではあるが一応明確な差を付けておく。
実際は……どちらもキチンと相手をするので大した意味はない、ただリップサービスでしかない。
だがそれでも……言われて悪い気はしていないのか、片側ポニーが少し顔を赤らめつつ引き下がった。
う~~~ん、何となく面倒な事が起きそうだなぁ……
異世界で女とまぐわうきはないのだが……どんなに武人として認識しようが、俺と他の武人は基本的に男女の関係なのだ。
異性として認識してしまうのは、致し方ないことなのだ。
しかも時代が時代故に……力こそ正義という考えも一定層存在する。
それらを加味すれば……俺という人間は「種」としては最高に近い存在だろう。
だが……それでも俺は無責任なことはしたくない。
しかしそれも以前に褐色妖艶に言われたことが頭の片隅にあるのも事実だった。
じゃが……子供を育てるのが責任を果たしたと言うことではないと、儂は思うが?
子は放っておいても勝手に育つものじゃ。お主がどこから来たのかは知らんし、帰るというのも知っておるが……それでもそれが女を抱かない理由には少し弱いと、儂は思うがな?
無論、お主の言うことも正しいと思うぞ? 女を孕ませたのであれば男として責任を取るべきだとは思う。だが……子を育てることだけが、責任の取り方ではないと思うぞ
育てるのも大事だが……それ以上に大事なのは生き様じゃろう。己の子に自らを貫く強さを見せる。それも一つの責任の取り方じゃと、儂は思うぞ
時代の違いというのもある。
いつ死ぬかわからぬ時代だ。
子供も、大人も。
だからこそ……ただ育てることだけが責任の取り方ではない。
その理屈も十分に理解できる。
しかしそれを差し引いても……生まれ育った時代の違いを考慮しても、俺はどうしても躊躇ってしまう。
いや……本音を言えばやりたいことはやりたいんだけど……
腐っても俺もまだ二十代前半の若造だ。
そういう感情が無いわけもなく、必死に、必至に……本能を理性が抑えているだけに過ぎないのだ。
ただ理性だけで抑えているわけでなく、俺としての考えもある故にだが……ともかく今のところ本当にまぐわうきはないのだ。
だからこそ……男女の関係に成りそうなことはなるべく避けたいのだが、そうも言ってられないのが男女の性別差というところなのだろう。
まぁ常識的にも、命を救われた恩人相手に懸想するのは、自然の流れだしなぁ……
刀村の連中、呂蒙、褐色ポニー、褐色知的眼鏡。
こいつらはマジで俺は命を救っている。
懸想されてもしょうがないところではある。
はぁ……めんどくさい……
この世界に来て最大の謎であり問題でもあった……得物が抜けないという事が、とりあえず少しは改善されたというのに、他の問題は山積みな事に辟易する。
だがそれでもやることをやっていくしかない。
少なくともあの最低野郎をぶっ飛ばすことは確定事項だ。
それを実現させるために、出来ることをしていくべきだろう。
「あ~~~~~!? 星がお兄ちゃんと戦っているのだ!?」
そうしてしばらく和服もどきと仕合をしていると、そんな大声がこちらに届いた。
気配で近寄ってきていたことはわかっていたので、俺としては驚くことではない。
ただ……面倒事がまたこちらにやってきたことに代わりはなかった。
面倒なのは間違いないのだが……他の連中と仕合をする流れになるのは読めていたので、俺はすでに内心で諦めていた。
それもあって、俺の心は妙な心境……めんどくさいでも久方ぶりの刀を用いた対人戦で勘を取り戻したい等々……で、俺自身何ともいえない状況になっていた。
やってきたのはちみっこ、元気娘、悪戯娘、妖艶寡婦だ。
今現在この都にいる武将が勢揃いした形になる。
「ずるいのだ! 鈴々も戦うのだ!」
「……刀が抜けてるのはなんでだ?」
「確かに。刀月さん、どうして抜けるようになったの? もしかして~刀月さんなりの悪戯?」
「ずいぶんと……綺麗な刀ですね」
四者四様の反応である。
三人は予想通りの反応だが……一人だけ、ずいぶんとこちらを警戒しているというか、明らかに不信な目を向けてくる元気娘が印象的だった。
ずいぶんと警戒されたもんだな?
今まで抱いていたイメージが本当に陽気な娘……悪意はない……だったので、ここまで警戒されるのは意外だった。
ただこれが正しい姿でもある。
良くも悪くも……蜀の陣営は少々人を信用しすぎるきらいがある。
呂蒙が教えてくれた情報では、元気娘こと馬超は、実の親である馬騰を骸骨ツインテこと曹操との争いで敗れたことで失っている。
そんな状況で当主となって蜀に合流し、合併したらしい。
また悪戯娘は元気娘の従姉妹に当たるという。
そんな偉大なる親を失い、自分にとっての妹分とも言える家族がいるのだから、俺を警戒するのは当然だろう。
その警戒を無意味にするようにしないとな……
先日の暴威は俺としても実に未熟さを自ら突きつけた件だ。
これからも精進して行かなければ成らないだろう。
「いっぺんに言われても困る。勝負は別に構わん。嘘みたいだが……先ほどこいつだけは抜けるようになった。王に問答されてながら嘘を言えるわけがないだろ? 綺麗なのはまぁ間違いないでしょう。俺の自慢の得物なので」
一人一人順番に答えていく。
それぞれがそれぞれの反応を示すが……元気娘だけはまだ反応が悪い。
しばらく時間がかかるだろう。
どういう状況で親を亡くしたのかは謎だが、時代が時代だ。
あまり良い状況ではないだろう。
まぁ相手が骸骨ツインテだから、悪辣非道なやられ方ではないと思うが……
だがそういう問題ではない。
肉親を……己にとって大事な存在が亡くなるというのは王道だろうと非道だろうと、耐え難い物なのだ。
だからこいつに俺が原因でそんな思いをさせないようにしなければならない。
が……
まぁ本当の意味で敵に回って襲ってきた場合は……こちらも対処するが……
そこはそれ。
俺自身が俺の命が大事なので……状況次第では殺るしかないわけだが。
それは未来の自分に任せれば良いだろう。
そんな無責任なことを考えながら……俺は集まった武将全員との仕合を強制させられた。
また後日にはなるが、この刀が抜けたことと仕合のことを呉に報告されて……俺は呉に戻っても仕合をさせられることになるのだが、それも仕方ないことだろう。
まぁ全員返り討ちにして終わったが……
刀が美しい
去年はまぁ、それなりに使ってしまった年でした
そろそろ溜めて行かないといけないのですが、出会ってしまうと欲しくなってしまうですね
刀装具にもついに手を出してしまった
いや、絶対に買い始めないけどな!
鍔とか目貫とか、マジできりがない!
ご利用は計画的にねw
今年も宜しく~