夜月が抜けるようになってから、俺の日常は目まぐるしく変わった。
まず俺自身の対人戦の勘を取り戻すこと。
道化メガネと道化ガキとの戦いが控えている以上、俺自身も対人戦の勘を取り戻す必要が出てくる。
これについては俺の刀が抜けたことで、相手が群がってくるので別段大きな問題はなかった。
ただ……呉に帰ったときが面倒だなぁ……
ちなみに当然と言うべきか……俺の軍紀違反やその結果、そして刀が抜けたこと等は、呉に呂蒙が余すことなく報告している。
呉としては軍紀違反について、そこまで重要視していなかった。
状況を加味すれば、俺が動く以外に手段がなかったことは誰もが認識できたからだ。
また蜀からの罰……約束についても、納得しているようだった。
俺という埒外の存在を縛るのに有効な手だと……褐色知的眼鏡は感心していたらしい。
そしてここが戦闘民族というか、戦闘が大好きな呉の連中の面白いというか、呆れるところなのが……俺の刀が抜けたことが一番驚いていたらしい。
驚いたと言うよりも歓喜だったらしく……帰ってきたら必ず仕合をするようにと、呂蒙が受け取った返事には書かれていたらしい。
しかも軍紀違反の罰として命令してきてるんだから……めんどくさい……
状況が状況で仕方がなかったとはいえ、軍紀違反を犯した以上呉も罰を下さなければ示しが付かない。
罰自体は別によほどひどくなければ甘んじて受け入れるのだが……それで良いのか?と真顔で突っ込みたくなる罰である。
鍛造に関しては、元々俺が槍を作っているのを知っているため、そこまで驚かれなかったらしい。
そして呉の連中はある程度武器がそろっているので、俺に作らせようとはならなかったらしい。
まぁ作って欲しいってのが本音だろうが……
俺がむやみやたらに鍛造するのを嫌っているのは知っているので、俺の機嫌を損ねないことを優先したのだろう。
故にこそ……罰で命じてまで俺に仕合を強要させたということだろう。
戦線に出ろと言ってこないだけマシか……
刀が抜けたことで戦線に出ろと言われるのかと思ったが、それがないのは意外だった。
確かに俺は今まで戦場に出たことはない。
呂布と五胡の時だけだ。
だが武力としてはぶっちぎっているのは、三国の誰もが理解している事である。
何故戦場に出ろと言ってこないのかが不思議でしょうがない。
以前は刀が抜けなかったという理由があったのでわかるのだが、今は夜月だけとはいえ抜ける。
これは大きな差だ。
まぁ一応それとなく敵がいるとは言ってるから……それを警戒してのことか?
それくらいしか俺を戦場に出さない理由が思い浮かばない。
だがこちらとしても都合が良いので、藪を突く趣味はない。
それも兼ねて……甘んじて仕合についてはやりましょうかね
心の中で嘆息しつつ……俺は仕方なく現実というか状況を受け入れる。
そして俺のもっとも重要な仕事である土木仕事については、俺が刀を抜けたこと、そして俺が腕を取り戻すということを明言したために、ある程度武人としてもカウントされた感じになっていたため、だいぶ数を減らされた。
それだけ……魏との差が激しいと言うことだな……
軍議には俺も出ていることもあり、魏との戦力差は歴然としていることは把握している。
はっきり言って……正面衝突すれば確実に負ける。
呉と連盟を組んでなお、兵数に倍の差がある。
しかもこれは情報を入手してから、細作が蜀に戻ってくるまでの時間、魏と衝突する時期を考慮すれば、さらに増えていると考えて良い。
歴史はよく知らんが……よく負けなかったな……
赤壁の戦い程度しか知らない、勉強があまり出来ない人間であり、且つ……平行世界とはいえ現場にいる俺がそう思うのだから、本当によくこの時点で滅びなかった物である。
最終的には負けるのだろうが……それでもこの時点でだいぶまずい状況なのは違いない。
だからこそ……俺にも戦う事を要求してくる可能性はあるだろう。
今のところそのつもりはないがな……
黒幕が絡んでいれば出るつもりだが……今のところ直接戦闘に関与するつもりはない。
しかし赤壁の戦いだけは、戦闘以外のことで絡むつもりはあった。
強引な手段も出来なくはないが……それをするのは流石にな……
俺の裏の本業は暗殺者だ。
しかも自分の世界にいるときと違って、超能力と言える……霞皮の能力を有している。
暗殺しようと思えば、赤子の手を捻るよりも簡単だろう。
それをしないのは戒めと、刀が抜けなかったことに起因する。
それらが意味があることだと信じて……自身の能力を過信せずに密かにしていたつもりではあった。
まぁ……好き放題していたのも事実だが
モンスターワールドで入手した超能力は別としても、気力と魔力をあつかえるためそれだけで超人だ。
しかしそれでも、どう頑張っても……人海戦術には勝てないのだ。
実際、村を作ることになった理由の大半が、人手が欲しいことだしな……
現況どうなるかはわからないが、黒幕が悪さをしてきた場合……数で負ける可能性が大いにある。
それを覆すには戦術、戦略も重要だが、数には数を当てなければならない。
そのため……三国を疲弊させることは避けたかった。
呉と蜀は、黒幕の存在をある程度認識し始めたが、魏はまだ把握してないはず。
ならば圧倒的有利な状況で、あの覇王を目指す骸骨ツインテが止まるはずがない。
であれば……強制的に止めるしかない。
それが策を弄した責任って物だよな……
うまくいくかは謎だが……何もしないよりはましなはずだ。
とりあえず実行員の命は救わねばならないだろう。
それはさておいて、目下の最優先事項は、片側ポニーこと関羽の得物の鍛造だ。
鍛える得物は決まっているのだが、俺の腕が間違いなく落ちている状況で、生半可な物を渡すわけにはいかない。
だが今は平時とはいえ乱世。
あまり悠長なことは言ってられないので、俺は何とか鉄を鍛えまくって……時間短縮のために鍛えては紫炎で熱して鉄塊に戻して、また鍛えての繰り返し……何とか俺自身がぎりぎり納得できるラインまで勘を取り戻す。
そして鍛える得物は……
「得物が出来た……だと?」
「あぁ」
刀月に呼び出されたのは、青龍偃月刀を斬られたわずか二日後だ。
本当に二日後に呼び出されるとは思っていなかった私は、信じられない思いだった。
しかしそんな私の不安を意にも介さず……刀月は先端を布で包んだ槍を私に手渡してくる。
受け取った私は、初めて持つにもかかわらず手になじむ感覚に驚きと戸惑いを覚えつつ……先端の布をとって驚愕した。
「これは……」
布に包まれていたのは刀月が鍛えたと断言できる穂先だった。
何せ見た目が完全に刀月が先日抜いた、一番の相棒と言われた刀と一緒だったからだ。
無論槍にする都合上、刀身の長さはだいぶ短い。
だが刀身の美しさは……刀月の一番の得物と大差が無いように思える出来映えだった。
刀月の刀を少し短くした感じの得物だ。
そしてそれ以上に大事なのが……戦の武器として使えるかどうかだ。
だがこれに関しては……試すまでもなかった。
それほどまでに……私が手にした得物からは凄まじい何かが感じ取れた。
武人としての勘といおうか……本能で感じ取れたのだ。
この得物は……間違いなく青龍偃月刀と同等の得物だと。
手にして少し振るってみても……違いがわからなかった。
いや、もちろん違いはある。
この得物には……青龍偃月刀のように龍を模した装飾が無い。
それだけでずいぶんと重さも均衡が違う。
だが……それでもこの得物は手に吸い付くように、私の手になじんだ。
なじむというよりも……青龍偃月刀よりもあつかいやすいと思える代物だ。
慣らすのに少し時間がいるだろうが、それでもこの感覚から言って今日一日振れば問題なくあつかえるようになるだろう。
「バラン――あ~~~~~平均? 均等? ……ともかく全体的な重さは違えど、比重とかは青龍偃月刀にあわせて制作したからなじみやすいはずだ」
「なじむどころか……青龍偃月刀よりも扱いやすい気持ちすらあるぞ?」
「それは良かった。青龍偃月刀と刀身の長さ自体は変えてないが、少し重ねを厚くしている。それでバラン――重量の安定性は青龍偃月刀に近いはずだ」
私の驚いた反応を見て、刀月が実に嬉しそうに笑んでいた。
その顔はまさに自らの仕事に誇りを持つ職人そのものであり……間違いなくこの男がこの槍を鍛えたことを物語っていた。
「本当に出鱈目だな……」
「鍛えられたことか? まぁそこはもう放っておいてくれ」
私の独り言を拾った刀月が、苦笑いしながらそう言っていた。
小声で言ったことを聞かれるとは思ってないので少しばつが悪い私だったが、そんなことは気にせず刀月は話を続ける。
「まぁ多少の調整は可能だから今日一日振るってみてくれ。それでも及第点は出せる得物だとは思う」
「あぁ」
「ただ前にも言ったとおり、今の俺は最近鍛えてない事もあってそれは及第点だ。俺からしたらぎりぎり落第しない技量の産物でしかない」
「……そうか」
これが及第点という刀月の考えと腕前には……もう何というか呆れるを通り越して笑いたくなってくる思いだ。
とはいっても自業自得とはいえ、得物を用意してくれた人間に笑うことなど出来るわけもないので、私はおとなしく刀月の話を聞いた。
「しばらくはそれで凌いでくれ。そして余裕が出来たら……俺の渾身の作を渡すと約束しよう」
「ほう? 約束してくれるんだな?」
あえて約束という言葉を言ってきた刀月に、確認の意味を兼ねてそう問うた。
その約束という意味が、先日の仕合の時に交わした約束を指していることは察することが出来た。
先日の約束では、刀月が私の真名を呼んでしまったことに起因して交わした、いわば刀月にとっては借りだった。
だが先日はその約束を私は自らのためだけではなく、刀月の目を覚まさせるためにも使用して、仕合を行った。
だからその借りも含めて……刀月は返そうとしているのだろう。
私に対する……借りを。
しかし、これが及第点としたら……こいつの傑作は相当凄まじい得物になるのではないだろうか?
江都で槍を見た商人が、刀月に対して商談をしていないとは考えにくい。
それでもなお槍以外の噂や情報が無いと言うことは、こいつは武器の類は槍以外に鍛えてないと言うことになる。
実際、刀月が鍛えた武器の情報は私も知らない。
これほどの腕を有した男が武器を簡単に鍛えないと言うことは……私の青龍偃月刀を斬ってしまった負い目があるとはいえ、こいつは私に自身の渾身の作を渡すと約束してきたのだ。
ならば……それを果たしてくれると信じよう。
とりあえずは満足してくれたかな?
正直多少不安だったが……腕が落ちた今の俺の最高傑作だったので何とかなったようだ。
それに内心で俺はほっとしていた。
何せ今は乱世。
俺が得物を使用不可能にして、それが原因で死んでしまっては……寝覚めが悪い。
そう思って何とか鍛え上げたのが……今片側ポニーが手にする薙刀だった。
刀身は一尺一寸。
重ね厚め、身幅はかなり広く鍛えた。
龍の装飾がけっこう重量があったので、それのバランスを取るために思案した結果だった。
槍としても使えるようにするために反りはほぼない。
だが、重ねを厚く作ったこと、そして薙刀故にテコの原理で力が乗ること、さらに重ねを厚くしたため身幅を広くする事で、骨すらも断ち切ることが可能だ。
鉄は砂鉄を集めている余裕がなかったので近くの鉱山を探し当てて、採掘して収集した。
老山の力で何となくわかるのが便利だった。
あれだな……まだ手つかずなところが多くて助かった……
人の手が入ってないことで、俺が求める物体の気配が何となくわかったのだ。
しかしそれも恐らく鉄限定だろう。
俺がもっとも触れてきた鉄という金属だからこそわかったと思えた。
後は現代よりも
そしてそんな鉄を紫炎で溶かして何とか鍛え上げた。
名は青龍とした。
一応龍が駆け上る事をイメージして、波紋はかなり大きな乱れ波紋にしているのと、一応青龍偃月刀を使用していた関羽が使うことでその名を付けた。
まぁ個人的にどう考えても、元々の青龍偃月刀も槍じゃなくて薙刀だったから、薙刀を鍛えてしまったが……
槍の定義にもよるが……俺からしたら間違いなく青龍偃月刀は槍じゃない、薙刀!という気持ちが強かった。
これは個人的な考えなので、正直心底どうでも良いことではあるのだが。
しかしこだわりというのは大事なのである。
別段他の連中に強要するつもりはないが、俺は心の中でこいつのことは薙刀と思っておく。
また、他の連中が違和感を抱かないように、わざわざ青龍という名前も付けたとも言える。
鍛冶師が自分の作品の銘を呼んでも何ら不思議はないからな
「さて……では早速慣らしと行きたいんだが、もちろん手伝ってくれるよな? 刀月?」
にっこりと……先ほどとはまた違った満面の笑みを浮かべる片側ポニー。
それはそれは実にもう本当に綺麗な満面の笑みで……俺は断る言葉を言うことは出来なかった。
「謹んでおつきあいさせていただきます」
俺はそういって……まぁ十中八九こうなることは読めていたので、夜月は腰に差しているのだが……左腰の夜月の鯉口を切った。
先日の俺が刀を……夜月を抜刀してからも、こいつは変わらず俺の手に刀として有り続けていた。
それに心から安堵する自分がいることに……心底俺が未熟なことを突きつけられて、俺自身モヤモヤした気持ちでいた。
抜けるという安堵と、抜けることで安堵してしまう自分がいる事に。
まぁそれは良いんだが……
しかし不思議なのは……一体どうしてこいつが抜けるようになったのか、と言うこと。
先日……確かに夜月が応えてくれたという確信にも似た気持ちがあった。
だが……それは片側ポニーとの仕合の時だけであればという前置きがつく。
俺の他の得物は全て未だ封じられたままだ。
煌黒邪神龍を封じ込めている、狩竜でさえも。
俺の予想が正しければあの二人が俺の得物を封じたことになる。
ならばあの二人は……煌黒邪神すらも押さえ込める何かを有していることになる。
ならば何故……それほどの力を使える二人が夜月をそのままにしているのか?
それが頭から離れなかった。
流石に俺に対して悪意を持って……まぁ悪戯というか修行的な意味での悪意はあるだろうが……得物を封じたわけではないのはわかっている。
だが……それを差し引いても何故未だ抜けるのかがわからなかった。
……俺が絶対的にやばいときに突如抜けなくなるとか無いだろうな?
そういう不安もあったりする。
その辺の嫌がらせもやってきそうで……正直少し怯えていたりする。
しかしそのときはそのときで考えるしかないわけで……現実逃避……俺はともかく、目の前の事に集中することにした。
「行くぞ!」
「どうぞ」
気合いを込めて開始の声を上げる片側ポニーに対して、俺は普通に言葉を返す。
そして片側ポニーが俺に突貫してくる。
俺は調整の相手をしているだけなので基本受けるか流すかの二択で、こちらから攻めることは控えめにした。
片側ポニーもそれがわかっている……というか初めて扱う得物のため、まさに手探りで攻撃をしてきていた。
だがそれも直ぐに終わり……普通に攻勢に出てきた。
早くも慣熟運転が終わったらしい。
いや、確かに片側ポニーのために鍛えたのは事実だが……それにしたって早くない?
ちょっと驚く俺だが……しかしそれで驚いているばかりではいられない。
普通に仕合の様相を呈してきたので……俺も受けを止めて普通に戦うことにした。
「ふっ!」
「づぁ!」
しばし……俺と片側ポニーの間に言葉はなく、ただ夜月と青龍がぶつかる金属音が鳴り響く。
やがて満足したのか……片側ポニーが俺に対して大振りの一撃を見舞ってきたので、俺はそれを後ろに跳びながら受けることで、強引に距離を開ける。
「こんなものでどうだ?」
「……ふむ、いいだろう」
片側ポニーも満足したのか、手にしている青龍を眺めつつ、そう返してきた。
その肯定の言葉が、青龍と仕合に対して言ったことは間違いなさそうだった。
手にした青龍を見つめるその表情は……驚きと喜びが混じった笑みだったからだ。
「本当に、貴様という男は出鱈目だな」
「ほっておけ。後、そいつは貸し出し品みたいな物だからな? 俺が渾身の作を鍛えたら返還してもらうからな?」
これだけは譲れなかった。
何せ青龍はマジで落第しない最低ラインの作品でしかない。
それを世に残しておくような事は……俺がしたくなかった。
本当に、乱世故に仕方なく渡す物なのだ。
本来であればこんな出来損ないに近い物を人に渡すなど、絶対許容できることではないのだ。
俺の言葉に驚く片側ポニーだったが……職人としての考えはある程度理解できるのか、直ぐに肯定してくれた。
「承知した」
「おや、もったいない。それほどの作だというのに。他の者に譲っても良いのでは?」
「趙雲。これは俺の職人としてのプライ――誇りだ。これを曲げるなら俺は職人を辞める」
少し前からやってきていた和服もどきが、会話に混じってくる。
俺と片側ポニーの仕合を肴に飲んでいたのは、手にした器から立ち上る酒気と……逆の手で持った皿に盛られたメンマを見れば、一目瞭然だった。
どうしてこう……お気楽な奴は酒好きが多いんだ?
内心で呆れるしかない。
アルコール度数が低いとはいえ、酒に代わりはない。
時代が時代とはいえ……仕事中に酒を飲むなと、声を大にして言いたい俺だった。
「ふうむ、残念ですな。しかしそれにしても……見事な槍ですな」
「……そいつはどうも」
返すのが遅れたのは薙刀と認識しているが故だ。
別段大きな意味はないのだが……違和感はどうしても覚えてしまう。
「鍛造も出来るとは、本当に出鱈目な人ですな」
「まぁそこはある程度自覚しているが……放っておいてくれ」
「どうですかな? 私と仕合をして私が刀月殿に一撃でも加えたら、私の槍も鍛えてはいただけませんかな?」
「断る。俺の鍛造は安売りするつもりはない」
「ふむ、それは残念」
直ぐに引き下がったために本気ではないのだろう。
だが……仕合については本気のようだ。
食べきったメンマの味を味わった口を洗うように、残された酒を飲み干して……こちらに歩み寄ってくる。
その視線は……実に妖艶に細められていた。
少しだけ酔っているのかも知れない。
どこか……片側ポニーとは違う艶のある歩み方だった。
「ですが……火照った体を沈めるのを手伝ってはいただけませんかな?」
「火照ってるのは酒のせいだろうが。自業自得だろ?」
「おや、お相手いただけないので?」
「しないとは言ってない」
「ならお相手願おう!」
そうしてこちらと片側ポニーの許可も取らずに、和服もどきが鋭い突きを見舞ってくる。
俺はそれを夜月で払って踏み込み、右肩で体当たりを行う。
「ふっ」
しかしそれを喰らう和服もどきではない。
払われた槍の勢いに逆らわず手を動かして……槍を握った左手で俺の肩に拳打しつつ俺の力を利用して距離を取る。
「ほう?」
「実に、早い方だ!」
そうしてしばし……俺は和服もどきと仕合をする。
先ほどの片側ポニーとの仕合も含めればそれなりに時間が経過しており……耳目を集めるのには十分すぎるために、どんどん武人が集まってくる。
「はっ!」
鋭い呼気と共に……和服もどきが鋭い突きを放つ。
恐らく今まででもっとも早い突きだ。
本気で俺を殺しに来ている。
しかし俺はそれを体裁きだけで避けて、左手で槍の柄を掴んで自らへと引っ張る。
渾身の突きを避けられた事、そして俺の引き寄せる力に驚いた和服もどきが驚愕する。
その驚愕している隙に……俺は自らの方へと引き寄せられる和服もどきへと、頭突きを放った。
!!!!
今までと違って鈍い音が、俺と和服もどきの頭から鳴り響いた。
手加減はしたがそれなりに力を込めたので、だいぶいい音が鳴っていた。
周囲の人間が音を聞いて、痛そうに顔を歪めている。
そしてそれは当然頭突きをされた和服もどきがもっともであり……あまりの痛さ故か、目尻に涙が浮かんでいた。
「~~~~~!?」
「けっこういい音がしたな」
「し、しましたな。もの凄く……痛いのですが?」
恨めしげに顔を歪めながら俺を睨んでくる和服もどきだが、そんな視線などどこ吹く風。
俺は嘆息しながら俺の思いを述べる。
「気持ちが昂ぶるのはわかるが、酒を飲んで俺に突っかかってくるな」
俺と片側ポニーとの仕合を見て、うずいたのも事実だろう。
酒を飲んで興奮していたのも事実だろう。
だがそれ以上に俺としては、職務は真面目しろと言いたい気分だった。
「おや、これは手厳しい。自分で酒を造ってるのですから酒の重要性はわかっているはずだというのに」
「それとこれとは話が別だろう? 俺は酒が大好きだが、TPO――飲むタイミ……あ~~~~~飲むべき時と場所はキチンと考えているわ」
酒は大好きである。
この世界に来てからはもっぱらストレス発散のために作っているが、それを差し引いても酒は大事だ。
しかしそれもTPOを弁えて飲むものであり、またアルコール中毒になるほどの飲み方はしたくない。
そもそもそんな飲み方は酒に失礼である。
作った人……この場合は俺自身だが……にも、米にも失礼だ。
まぁ正直なところ……久しぶりにビールとか別の酒も飲みたいのだが……
ワインは味の質を考えなければ作れなくはない……ブドウの品種が違うのでもどきでしかないが……が、ビールは流石に作れる気がしなかった。
制作の方法も知らないので、真面目にわからなかった。
今度現代社会に行ってネット環境があったら調べておこうかね……
その程度で制作できるとは思えないが……飲みたい酒は可能な限り飲みたいときに飲めるようにしておきたいのが、事実だった。
酒はマジで人生の命の水だと思う。
だから酒を飲みたい気持ちを否定する気はさらさら無いのだが……職務は真面目にやって欲しいものである。
「刀月の言うとおりだ、星」
「愛紗……」
「全くお主は。前にも注意しただろう?」
「まぁ良いではないか。これも必要なことだ」
「どこがだよ?」
俺と片側ポニーに言われても悪びれる様子もない和服もどきに、俺と片側ポニーは呆れるしかなかった。
自由奔放と言えば聞こえは良いが……自由すぎるのも考え物と言うところだろう。
「ですが……そろそろだと思うのですよ」
「……ほう?」
妖艶に笑っている和服もどきが……口元を隠してそう呟いた。
その言葉の意味はわかるので……俺も言葉の続きを待った。
雰囲気が変わったのを察した片側ポニーも、黙って和服もどきの言葉を待った。
「魏との、決戦がね」
確かにその通りだった。
まさに嵐の前の静けさと形容するのが、もっとも妥当と言える状況だった。
魏に潜り込ませた細作からも、特段大きな動きはないという報告がここのところ続いているのだ。
これはまさに爆発させる前の、準備段階だと考えられた。
呉との書状のやりとりも、活発化させるという話も出ている。
その場合……俺がひっきりなしに走ることになりそうで、内心俺は辟易していた。
まぁぶっちゃけ、呉と蜀が魏に勝っている点って……俺が絡んだところが多いから必然的に俺が出張ることになるのはしょうがないんだけど……
俺という想像の埒外の化け物がいることで、土木工事関係と食料関係などはぶっちぎっている。
また俺個人の利点として、その足の速さが圧倒的だ。
全てを明かしてないのだが、それでも早馬なんて目ではない速度で走れるのだ。
しかも早馬と違い、俺は呉と蜀の往復に休憩はほとんど必要ないし、早馬と違って馬の交換も必要がない。
まぁ流石に……三往復くらいが限界かな?
休憩なしと言っても書物をしたためる時間程度の休憩はあるので、それで十分休憩となる。
だがそれでも三往復くらいで勘弁して欲しいものである。
そろそろ呉に戻って刀村の連中にも会って確認しておきたいこと……主に俺の兵糧というか調味料の生産具合とか……もあるので、呉に戻ること自体はやぶさかではないのだが。
それから別の武人達も、決戦の気配を感じ取っているのだろうか……他の武人達もやってきて俺との仕合を望んできたので全員の相手をした。
青龍を鍛えてからも、俺は目まぐるしく働いていた。
変化があったのは仕合が多くなったことだろう。
またそれと同時に土木工事も、進められるところは進めていた。
他にはちんちくりんの料理に、獣妖女のおかし等……やることは数え上げればきりがなかった。
しかしそれでも俺にも休みというのは必要なわけで……次の日が休みとなった前日の夜。
明日どうするか……
久方ぶりの完全なオフである。
訓練でもするかと思ったのだが……そんな気分にはなれなかった。
ここ最近……というか夜月が抜けるようになってから……の俺は、俺自身少し殺伐としているのを感じていた。
抜けるようになって他の武人達が仕合を挑んでくるようになった。
俺も対人戦の感覚を取り戻すのも兼ねて、喜んで応じていた。
だが……そのときの仕合に俺自身違和感を覚えていた。
何が違和感となっているのかはわからない。
気のせいかも知れないとも思ったが……それは違う気がしたのだ。
しかしそれが分からずモヤモヤもしていた。
そんな状況での休日で、やるべき事というほどの物はほとんど無い。
そのため俺は……
久しぶりに遊ぶか
そうしてやってきた次の日の早朝。
とりあえず日課でもある俺自身の鍛練やオフにもある仕事……ねじり金棒と夜月を用いた小次郎との脳内仕合に、ちんちくりんの食事の仕込み……を終えた瞬間に、俺は自室に籠もって変装をしていた。
変装といってもたいしたことはしない。
衣服を目立たない市井の粗末な物に着替え、藁の傘を頭にかぶる。
それだけである。
だがその傘と衣服に認識阻害の術を施す。
これにより知人が俺の顔を見ても、その顔が刀月だと認識するのを阻害することが出来る。
俺の顔を刀月の顔と認識できないので、俺が刀月ではないという図式ができあがるのである。
顔をキチンと見られれば、呂蒙には見破られそうだが……
俺の呪術は素人に毛が生えた程度。
もっとも付き合いの長い呂蒙は……多分俺のこの術は見破ることが出来る。
しかしそこは呂蒙が相手だというのが、けっこうでかい。
あいつは目が悪い。
そのため顔をけっこうな至近距離で見なければいけない。
しかし初心であるため男の顔を見るために、顔を近づけることは出来ない。
それは付き合いがそれなりに長い俺であってもだ。
初心な少女の性質を利用するとか……それだけ考えると下衆だな……
そこらは考えないことにして、俺は本日の予定を考える。
といっても……今回は気晴らしなので、飲み食いをすることしか考えてなかった。
しかしかといって俺が大々的に料理をしていたら、色んな連中がたかってくるのは目に見えている。
ので俺は、本日調理をするつもりはなかった。
燻製とか食うか……
すでに俺が調理をしているつまみ関係で行こうと思ったのだ。
調理しなければ気取られることもないだろう。
まぁ調理する匂いを風翔龍の力を使えばごまかせるが……
その場合調理時間全てに能力を使用するこちになり、けっこうな魔力を消費する。
魔力も完全透明化ではなく気配遮断のみであればそこまで消費しないし、長時間でなければ一日で回復する。
だが、緊急事態も考えて無駄遣いはしたくなかった。
まぁ俺のだけだと冷たいというか、暖かいつまみがないからその辺は買うか……
変装を終え、俺は隠し持っている自分のつまみ達を持って部屋を出た。
その瞬間から俺は自らのスイッチを切り替える。
俺自身が、俺を刀月と認識していてはそれが漏れてしまう。
そのため心から意識を切り替えて、更に職業も料理人から暗殺者へとシフトする。
足音、息づかいを殺した気配の殺し方。
更に能力を用いたさらなる気配遮断。
機械がないこの時代の人間で……これを見破られるやつはいないな……
そう断言できる隠密行動だった。
何せ古龍の能力がでかすぎる。
未熟とはいえ俺の気配察知が、霞龍を完全に見失った能力だ。
普段の俺の気配遮断すら察知できない連中が、今の俺を見つけられる訳がなかった。
俺は城の一角に設置させてもらった……ちゃんと許可は取った……倉庫に行って酒と調味料なんかも持って、目当ての場所へと向かった。
目当ての場所……それは城壁の上だった。
正直……森の中とかで飲むことも考えた。
そうすれば食材も豊富だし、その場での食材調達に調理も可能だ。
だが……黒幕が来たら面倒だと思ったのだ。
また俺が森とかに行ってるときに、都を襲われても面倒だ。
かといって店とかで飲めば、周りの連中が騒がしい。
それらを加味すればそれなりに即応が出来て、高所故に現場に直ぐ駆けつけることが出来る城壁の上が、それなりに都合が良かった。
無論哨戒の連中がいるが、そいつらは黙らせておけば問題は……無論俺が酒飲んで無駄に騒いだら駄目だが……ない。
そこまで酒癖が悪くはない
それはともかくとして……休むのは他にも理由があった。
俺の気配探知である。
一定の距離が離れていないと俺の気配探知に引っかかる。
そうなると気も休まらない。
それにその探知の範囲に、突然気配が出現したら問答無用で斬ることも出来る。
そのため……夜月だけは持っていた。
ただ夜月を持って行くのは護身の意味もあるが……それ以上に牽制の意味合いが大きかった。
黒幕の于吉も、俺がそれなりの実力者というのはわかっている。
ならば無駄な消耗は避けるはずだ。
俺が手元に夜月を置いておけば、ちょっかいは掛けてこないだろう。
たまに休むくらいは……いいだろう……
そう思いつつ……俺は市場でいくつか興味が引かれるつまみになる料理を購入し、城壁の上へとたどり着いた。
そして俺は買ってきた物を一通りどういう順番で食べるかを決めてから……俺は持ってきた酒を飲んだ。
あ~~~~~~生き返る……
ストレスが多かったので、なかなか気分が良い物だった。
市場で買ってきた料理もそれなりにおいしく、過去の中国の料理と言うこともあり、刺激的でもあった。
俺が作ったつまみも良い出来だった。
酒もそれなりの出来で……それなりに満足のいく飲みである。
「え……刀月様」
「おう、哨戒お疲れ様」
そうしてしばし一人で城壁を飲んでいると、哨戒の兵が俺のそばに呆れながらやってきた。
防衛においてかなり重要な役割を示す城壁の上で酒盛りをしている奴がいれば呆れもするのは当然だろう。
だが……それが度合い的に低かった。
呆れや驚きの度合いが低いのだ。
「偉い人は、何故城壁で酒盛りをするのでしょうか?」
「俺以外にもいたんだな」
前科者……とは違うかも知れないが、俺以外にも酒盛りをしていたのならそら感情の起伏も低くなるという物だろう。
怒られたときのために賄賂としておにぎりを持ってきたのだが……いらなかったかもしれない。
「一応城壁は防衛施設なので、酒盛りは……」
「まぁ固いこと言わないでくれ。はい賄賂」
「……堂々と賄賂と言わないでくださいよ」
俺の言葉に呆れつつも、俺が出した賄賂はキチンと受け取るところが面白かった。
一応上にも報告すると言われて……流石にそれを拒否することは出来なかったので、俺は相手を選んでくれとはお願いしておいた。
和服もどきがきたら面倒だしな……
あいつが来たらたかられて騒がれて、面倒にしかならない気がする。
酒好きの奴が俺の酒を飲みたがるのは致し方のない事なのかも知れないが……それでも俺は、酒を他の奴に飲ます気にはなれなかった。
特に今日はな……
ある程度つまみと酒を飲んで、一息吐いたことで……俺はここしばらくの事を反芻しだした。
黒幕のこと。
俺のしくじり。
素人娘の……劉備の処罰。
片側ポニーの……関羽との仕合。
夜月が抜けたこと。
鉄の鍛造。
ここ数年間の生活の中で、この数日で一気に動き出した状況。
俺自身の世界で……そしてモンスターワールドでも日常的に行っていた鍛造。
冬木で殺めた……二人の男。
そして今回の出来事。
幾人もの人を、ねじり金簿で吹き飛ばして、殺した。
あ~~~~~戒めってのは……
別に破ったからといって何があるわけでもない。
ただ自分で決めた事でしかない。
俺の本職は鍛冶師で暗殺者だ。
先日殺した人数など……俺が今まで殺してきた人数に比べれば微々たる人数でしかない。
殺人で数を換算するのは……おかしい話なんだがな……
人を殺したことは、間違いない。
そして殺人というのは……人がもっとも忌避すべき行為だ。
では何故人を殺すということがいけないのか?
殺生だけであれば、種族において人類ほど殺生をしている存在はいないはずだ。
屠殺。
家畜や魚介類を殺して己の糧とする。
生存競争とは違う……生きるためだけではなく、食事を楽しむという理由で他の生物の命を奪い、他者を喰らう。
おいしく食べるために育て、捕らえて、殺して、喰らう。
しかしこれについては、美食を楽しむという娯楽とはいえ、まだ生きるためと言い訳は出来る。
だが……人が人を殺すことの意味とは?
喰らうためではない。
あるわけがない。
人が人を喰うことは、生物学的観点から見ても非常に危うい行為だ。
そもそもにして、俺が暮らしていた現代社会で、一般的な家庭であれば飢え死にすることはそうない。
一般的な家庭であれば……な……
それなりに裕福な日本であっても、貧困層はいる。
それが……日本を出てゲリラや戦争が頻繁に起こっている地域であれば……
飢え死にする者が……山ほどいた。
銃弾よりも、命が軽かった。
初めて人を殺したときの感触。
その感触に吐き気を催し、本当に吐いた。
ばらばらになりそうな心を何とか奮い立たせて……更に人を殺した。
その過程で、悪人を殺しても助けられなかった人、助けられた人もいた。
俺が料理を振る舞うことで、助けられる人もいた。
何故人を殺してはいけないのか?
それは道徳的な意味で言えば、他者の命を奪うことが良くないことだからだ。
相手の思いも意志も……存在そのものすらも否定する行為だからだ。
では……道徳や倫理を除いた上で考えた場合、何故人を殺してはいけないのか?
それは人間という生物が弱者であるからに他ならない。
生物として見れば、本当に人間は弱いのだ。
一般的な人間では、素手……それこそ裸一貫で他の動物を殺すのは、至難と言っていい。
それなりの格闘術を修めた人間でも、せいぜい犬くらいまでだ。
それも相手が単体であればと言う前置きが付く。
何故殺してはいけないのか?
それは他者という己以外の仕事を出来る存在を殺しては、最終的に自らも殺すことになるからだ。
他者の仕事……協力すること、群れることで人間は初めて生存競争から抜け出して、他の動植物から見て、一方的な搾取者にたり得るのだ。
これが他者を殺してはいけない……実利的とも言える理由といえる。
人間は群れて文明と文化を築いたからこそ、生存競争を抜け出した。
それはすなわち知識と智恵。
それこそが、人間が成人競争を抜け出すことの出来る最大の要因なのだ。
故にこそ……その智恵を使って自らの目的のために、他者の命を奪う輩が出てきてしまう。
智恵があるからこそ人たり得るというのに……その智恵を使って他者を殺す。
なんと……矛盾した生物なのか?
人間というのは。
まるで今の俺のようだ……
人を殺すと言うこと。
料理をすると言うこと。
相反する事を生業として……生きてきた。
数え切れないほどの、二つの生業をこなしてきた。
故にこそ……今更なのだ。
数が多い少ないではないのは、わかりきっている。
だがそれでも……俺はこれ以上人を殺すことを、したくなかったのだ。
責任を負えない、責任を果たせない。
それ故の忌避感。
この世界から消える俺が殺すべきではないという、言い訳にも似た理由。
そう信じていた。
だがそれも……夜月が抜けたことで安堵した自分がいることで、その思いが揺らいだ。
不安を覚える理由が、ほとんどないのだ。
この世界には俺個人を脅かす存在はほとんど存在しない。
あの筋肉モリモリの二人が、戦力的には不安要素だったが……夜月が抜けた今となっては、断言できる。
殺すことが出来ると。
次に脅威なのは黒幕の二人だが……一対一ならば絶対に勝てる自信があった。
武力で駄目ならば、毒殺を警戒すべきだが……俺の場合、よほど衰弱していなければ、毒殺されることは皆無と言っていい。
そんな状況で……俺は無意識に何を不安に思っていたのか?
夜月を抜けた事で「何故」俺は安堵したのか?
これが……黒幕の動向よりも……
今の俺の心を多く占めている……思いだった。
「ふぅ……」
お猪口に注いだ酒を一息に飲んで……俺は空を仰いだ。
視線の先にあったのは……本当に抜けるように綺麗な青空で……
その美しさが……今は眩しくて仕方がなかった。
おっさんだな……
自らの未熟さを自覚して……美しい景色を見てそれが眩しく思えてしまう。
何というか、実に老衰しているというか、枯れているというか。
全てがごちゃ混ぜになって……まともに考えがまとまらなかった。
いや、思想すらもしてない……ただの気晴らしの飲みでしかないのだが……
酒に溺れる……とまでは言わないが、現実逃避のために飲む酒というのが、本当に情けない思いだった。
だがそれも別に……ストレス発散と考えて肯定するところも、実に情けない思考回路だった。
「あ、本当にいた」
そうして俺が酒を飲んでいると、間の抜けたというか……聞いていて力を抜けさせられるような声が、俺の耳に届いた。
といっても流石に俺自身気配を捉え損なっていた訳ではない……酒を飲んだ程度で本当に警戒を解くことはない……のだが、まさかくるとは思っていなかったので、俺は城壁に頭を預けて仰ぎ見ていたのを止めて、声の方へと顔を向ける。
そこには捉えていた気配通り……
「こんにちは、刀月さん」
満面の笑みを浮かべて……俺を見ている、素人娘の姿がそこにあった。
初めて見た時……その人は女の子と一緒にいた。
不可思議な入れ物の水を飲ませているところで……その女の子が、そのときの唯一の生存者だった。
黄巾党がまだ猛威を振るっていた時だった。
貧しさと飢えから……他者から奪うことでしか自らを守れなかった人たち。
貧しいからといって、人から奪うことを肯定なんて出来るわけがない。
それでも……黄巾党の人達だって、奪いたくて奪ったわけではない人がいるのも、事実だったはずなのだ。
中には……人から奪うのが好きだから、盗賊をしている人だっているのもわかってる。
それでも、どんな理由があっても、理不尽に人の笑顔を奪うのが許せなかった。
誰もが笑顔でいられないのが……いやだった。
誰もかれもが笑顔でいられるわけがないのはわかってる。
それでも……少しでも良いからその悲しみを少なくしたかった。
誰かがやらなくちゃいけない……私は自分にそれが出来るなんていう確信も自信も無かったけど、それでもどうにかしたいと思った。
そう思っていたのは私だけじゃなかった。
愛紗ちゃんや鈴々ちゃん……そして私の元に集まってくれた人たち。
みんな一緒だったのだ。
平和に暮らしたいだけなのだ。
武も学も何も無いのに……それでも私の元で力を貸してくれるみんな。
本当に……私には何も無いのに。
それでもみんな力を貸してくれる。
だけど……何も出来ない、そんな自分が……
私は悔しかった……
武は壊滅的に駄目だった。
一時期本当に頑張ったのだ。
だけど……そのとき師事した人には、壊滅的だと言われた。
ならば知を学ぼうと思った。
勉学においての私の師である盧植先生のところでは、それなりに優秀とは言われた。
だから、政務は頑張っている。
でもそれも朱里ちゃんや、雛里ちゃんに比べる事も出来ない位でしかない。
だから……この人を初めて見たとき、凄いと思ったのと同時に、羨ましいと思ったのだと思う。
女の子を……ナナちゃんを介抱しているときに見せた、優しさ。
黄巾党の人々を……ほとんど無傷で制圧した実力。
恐ろしいほどの怪力で……民の生活を豊かにする土木貢献。
義勇軍として、私に付いてきてくれた負傷者を救った医療技術。
大陸最強と謳われた、呂布を圧倒した武。
たくさんの人を笑顔にした料理。
愛紗ちゃんの青龍偃月刀を超える槍を作ることができる、鍛造技術。
これほどいくつもの事が出来るのに……それでもこの人は……
刀月さんは変わらずにいた。
刀月さんで在り続けた。
これだけ何でも出来るのに……この人はただ刀月さんという人で在り続けた。
ぶれることもなく、驕ることもなく……
ナナちゃんを助けた、優しい刀月さんのままだった。
これだけの事が出来て、ただ在り続けられるその確固たる自分がいて……
私は羨ましかった。
だからびっくりした。
城壁の上で酒盛りをしている人がいるって報告を受けた。
また星さんが飲んでいるかと思って、それとなく注意しようと思って来てみたら……いたのが刀月さんで驚いてしまった。
けれど固まっているわけにも行かないので、私は何とか普通に挨拶が出来た。
そこで何故、本日の城壁を警備している人が、私に声を掛けてきた上に飲んでいる人の名前を言わなかったのか、理解できた。
その相手が刀月さんだからだ。
城壁というのは、重要な拠点防衛の設備だ。
同盟国とはいえ他国の人間が酒盛りをするのは……正直あまり褒められたことではない。
私はその位は別に良いと思っている……呉の人が悪意を持って城壁に登って情報を仕入れていたら駄目だけど……のだけど、生真面目な愛紗ちゃんはもちろん、お酒好きの星さんの耳に入れば刀月さんのお休みは、とても休まることが出来ないだろう。
だからこそ……もっとも問題のない私に伝えてくれたのだと思う。
私は飲んでいる人を言ってこないことで、口止めされているのはわかったので、その兵の人を怒ることもしなかった。
そして来て驚いた。
刀月さんが飲んでいる事もそうだけど。
それ以上に驚いたのだ。
いつも凄まじい事を成し遂げてきた刀月さんが。
まるで荒れるように……お酒を飲んでいる姿に。
荒れていると行っても、別に暴れているわけでも、やさぐれているような訳でもない。
でも……ただ……
楽しそうじゃなかったのだ。
料理をしている時や、料理を食べているとき。
刀月さんは基本的に楽しそうにしていた。
でも今お酒を飲んでいる刀月さんの姿が……どこか、荒れているように思えた。
そして荒れる理由があることを、私は知っている。
私の裁定についてでないことは、わかっていた。
刀月さんはあの時不承不承でもなく、きちんと返事をしてくれた。
あの態度から、納得してくれているのはわかったから。
そうなると、思い浮かぶのは刀月さんが明言した敵のことであると、想像するのは難しくなかった。
「珍しいですね。刀月さんが一人で飲んでるなんて」
でも私は、特にそのことを言うことはしなかった。
一人で飲んでいるのは、気兼ねなく飲みたいからのはず。
せっかくの休日なのだ。
気分を害するのは、私としてもいい気分じゃない。
でも、なんだか放って置けなかった。
だから、嫌がるかもしれないとかわかっていたけど、私は刀月さんに声をかけた。
「まぁ、休みですからね」
けれど意外なことに、刀月さんは嫌がるそぶりを見せず、ただ苦笑しただけだった。
我慢しているようには見えなかった。
このときわずかでも嫌な感情を見せられたら、一言だけ注意して去ろうとしていた。
けれどそれを見せないことで何か思うところがある気がして……私は思わずその場に座り込んでしまった。
「良いんですか? 王様がこんなところで油売ってて?」
「大丈夫です。今日やるべき事は何とか終わらせてきたので。だから今の私は王様ではありません」
これは嘘じゃなかった。
毎日がやることが山積みで息つく暇もないけど……それでも何とか終わらせてきた。
だから私も、何か気分転換をしようと思っていたところだったのだ。
「私もご一緒させてもらっても良いですか?」
相手が刀月さんとは思わなかったけど、酒盛りをしていると聞いてもしもの時は私も一緒に飲もうと思って、お酒と少しの食べ物は持参してきていた。
それを見せながらそういうと、刀月さんは呆れたように苦笑していた。
「ちゃっかりと隣に座った後に言われても返答に困るのですが? というか、良いんですか? 同盟国とはいえ他国の客将な上に男ですよ俺は?」
「刀月さんならそんな心配いらないですよね? それに逆を言えば……刀月さんが本気を出したら私なんてそれこそ一ひねりでしょ?」
これを問うのは少し意味がないと思った。
愛紗ちゃんですら赤子の手を捻るように圧倒できる刀月さんだ。
私はおろか、誰が相手でも止めることは出来ないはずだ。
でも止める必要性があるかないかで言えば……
それは絶対に違うと、断言できた。
「刀月さんがそんなことしないって、知ってますから」
嘘偽りの無い思いを込めて、私はそういって笑った。
そんな私を見て、刀月さんがキョトンとした。
それがおかしくって……私は吹き出してしまった。
笑った私が不愉快だったのか、刀月さんが少しだけ顔を歪めている。
それもどこか、おかしかった。
「失礼ですね」
「だって……おかしかったから。というか刀月さん」
「はい?」
「何で敬語なんですか? 確かに私は王様かもしれませんけど、今は王として接しているつもりはないですよ?」
「……それはあなたもでしょ?」
刀月さんにそういわれて、私も敬語を使っていることに気がついた。
けれど、私の敬語と刀月さんの敬語は意味が違った。
私の敬語はその通り敬って……だ。
だから刀月さんが、以前に旅していたときには使用していなかったのに今敬語を使ってくるのは、壁を感じた。
一人の休日を邪魔した……とは別の理由でというのは、何となくわかった。
「それはそうですけど、でも以前は敬語を使ってなかったじゃないですか?」
「まぁ以前はね。王様に成ったわけですし」
「仕事を終えてきたので今は王様じゃないって、さっきも言いましたよね?」
若干頬を膨らませながら、私は刀月さんを軽く睨んだ。
その私の気持ちが伝わったのかはわからない。
それとも無駄だと思ったのかも知れないけど……刀月さんは一度嘆息した。
「別段嫌味でしてるわけじゃないです。先の裁定の時に……劉備様が王様だというのを俺がキチンと認識したから、敬語を使うように思ったからですよ」
「? そうなんですか?」
「ぶっちゃけ言いましょうか? 侮っていましたよ、あなたのことを」
「……本当にぶっちゃけましたね」
「そっちの方がお望みでしょう?」
私がむくれてみせると、今度は刀月さんが苦笑しながら私にそう返してきた。
そして……胸襟を開くとまでは言わないまでも、少しでも本音を語って欲しかった私としては、嬉しいような悔しいような、複雑な気持ちだった。
「人が良いことは知っていたし、優しい人だとも思っていました。ただ……決定的に合っていないと、そう思ってましたよ」
「合ってない……ですか?」
言われたことがうまく飲み込めず、私はただ言われたことを返すことしかできなかった。
刀月さんは私から視線を外して……空を見上げた。
ただその瞳は……空を見ているのではなくどこか遠くを見ているのが、何となくわかった。
「天の御遣いと同じような世界にいると言いましたが……俺の世界も負けず劣らず腐った世界でしてね」
「……え、そうなんですか?」
刀月さんの言葉の重さから、それが嘘偽りないことだとわかった。
だけど……天の国からくると言われた天の御遣いの世界は、もっと良いところだと思っていた私は、半ば信じたくなくてそう言葉を返していた。
刀月さんはそれに答えず……少しの間目を瞑ると手にした杯の中身を飲み干して、言葉を続けた。
「天の御遣いである北郷を見たことはあるでしょう?」
「それは……はい」
「ならあの男と俺が、この国の男の皆さんとそれほど違いのない人間だというのは、それなりにわかっているはずですよね?」
「それほどの違いって……どの口が言うんですか?」
「身体能力は置いておいて。人間というか、ぱっと見た「男」として俺と北郷、この世界の男達も大差はないはずですよね?」
刀月さんにそう問われて、私は遠目に見た天の御遣いである、北郷一刀さんのことを頭に思い浮かべた。
遠目に見ただけでしかないし、話したこともない。
けど何となく優しい人なのはわかった。
頭が良いという話も聞いている。
ただ……細作の報告では、複数の女性と関係を持っているみたいで。
仕方のないことなのかも知れないけど、女としては胸が少しモヤッとする思いだった。
それに比べて刀月さんはなんというか……あまりにも常識から外れすぎていてとても普通とは思えなかった。
けれど……言われてみれば二人とも、天の国から来たと言っても、普通の男性に思えた。
いや……刀月さんが普通とはとても思えないんだけど……
「失礼なこと考えてるでしょ?」
「!? え、えっと……」
思考を完全に読まれてしまったために、しどろもどろと返すことしかできなかった。
そんな私を見て、刀月さんは先ほどと違って朗らかに笑った。
「これでも一応、俺は人間ですよ?」
「それ……は……」
そういわれても私は、それに素直に頷くことが出来なかった。
何せ刀月さんだ。
蜀では最強とも言える愛紗ちゃんを、圧倒できるだけの実力を有している。
そして土木工事も、やり方が常軌を逸している。
けれどそれが悪いことではなく……とても良いことで、さらにその力を人のために使っている。
本当の意味で凄い人だと……私は思っていた。
私の中でまだ刀月さんを普通だと認識してない私に刀月さんは気づいているのだろう。
特に何を言うことなく……言葉を続けていた。
「俺も北郷とそこまで会話をしていた訳ではないですが、あいつは恐らく普通の……といってもわからないか。あいつは俺の世界の俺の国で言えば、ただの学生だ。ここでは学徒といった方がわかりますかね?」
「学徒ですか?」
教えを乞う者。
学徒。
それはそれなりに余裕がある者でなければ、なれない身分だ。
明日食べるものすらも確保が難しいこの乱世で学問が出来るというのは、それだけ裕福なのだ。
「そうです。俺の世界の俺達の国は、大きな争いはもう数十年は経験してない平和な国でしてね。北郷はそこで親の庇護の元、学生でいる様子でした」
「数十年……? それに親の庇護の元?」
親の庇護の元という意味がよくわからなくて、私は首を傾げるしかなかった。
親が生きていてキチンとした親ならば、子供を守るのは当然ではないのかと思ったからだ。
だけど北郷さんの年齢はわからないけれど……見た感じすでに成人していても、不思議ではない年齢のはず。
だけど個人的に驚いたのは数十年という……そこまで長くない時間だった。
天の国でさえ、平和な時間はそれだけしかないということなのだから。
その上親の庇護とは? と考えていたら、刀月さんは再度苦笑して言葉を続けてくれた。
「これもわからないですよね。俺の世界の俺の国……面倒だ。俺の国では、一般的に20で成人……大人として扱われて、22になるまで必要がなければ働かなくてもいい生活が送れます。親がキチンと仕事をしていれば、その年齢まで子供は働くことなくほぼ毎日勉学に打ち込めて、遊ぶ時間もある」
「……え?」
その言葉に私は目を丸くするしかなかった。
20で大人になるというのにも驚いたけれど、それ以上に22に成るまで働かなくてもいいというのに、私は目を見開いて驚いた。
そんな私に気づいているだろうに……刀月さんは淡々と言葉を続けた。
まるで……独り言を呟いているとでも言うように。
「まぁ無論そうじゃないのもいるわけですが……一般的に俺の国の人間はそうでした」
「二人の国は……ですか?」
「そうです」
そう言って……刀月さんは自らの右手をじっと見つめた。
それも先ほど同様……手を見つめているわけではないことがわかった。
「他の国ではひどいところも多かった。特に……貧しい国ではね」
「……そうなんですね」
貧しい国。
そう言うときの刀月さんの言葉が……本当に苦しそうだった。
絞り出しているように。
その言葉に……どれほどのつらさが乗っているのか、私には想像も出来なかった。
そしてそれと同時に……刀月さんの話を聞くのが悲しかった。
天の国すらも……悲しいことが、辛いことがあるのだと。
そうわかってしまったから。
「貧しいだけならまだ良かった。だが……どこにでも悪人ってのはいた。金がないという弱者。小さい故に非力な子供という弱者。そういう弱者から……悪人どもは反吐が出るような方法で、金と尊厳を巻き上げていた」
どこを見ているのかわからないその瞳に、何が映っているのか?
いつの間にか敬語すらもやめていた刀月さんのその姿は……怒りに震えているのと同時に、とても悲しんでいるのがよくわかった。
「そんな悪人どもを殺して少しでも弱者を守りたかった。満足に食べることが出来なかった子供達が、少しでもおいしい物が出来るように料理も学んだ」
話す度に……刀月さんから想いが溢れてくるようだった。
でも……とても喜べるようなものではなかった。
こんなにも痛ましく悲しんでいるその姿を見て、誰も愉快な気分にはなれないはず。
「それでも取りこぼす命の方が多かった」
どれほどの悲しみを乗り越えてきたのか?
どれほどの死体を踏み越えてきたのか?
そう問いたい気持ちがあった。
けれど、とてもそんなことは聞けなかった。
「これほどの力を得たというのに……俺は、弱かった。子供の命一つ、救うことが出来なかった」
開いていた手を握りしめて……刀月さんはきつく目を閉じていた。
その姿が……あまりにも弱々しく見えた。
弱々しく見えるだけで、この人は私よりもずっと強い。
きっと……ううん、間違いなく、この人は今この場で私が刃物で斬りかかったとしても瞬時に反応して、私を逆に殺すことが出来るだろう。
けど……そんなことではない。
ここで漸く私は気づいた。
これほどの力を有していても。
子供に優しくなれる、子供のために怒ることが出来る。
弱者のために……動くことが出来る。
けれども……この人も人なんだって。
過去の痛みに耐えるその姿を見て……唐突に理解できた。
この人も私と同じように、己に何かが足りないとわかっていながらも、それでも立ち向かっている人なんだと。
そのことに私が愕然としていると……刀月さんが右手で顔を覆って、動きを止めた。
そして少しして大きく息を吐くと……先ほどまでの危うい雰囲気が霧散した。
どうやら気持ちを切り替えたようだった。
「失礼しました。取り乱しましたね」
「いえ……」
そういって苦笑した姿は、必死に取り繕っているのがありありとわかる、何とも言えない表情で……とても痛々しかった。
更に気持ちを落ち着けるためなのか……刀月さんは側に置かれている竹水筒の栓を開けて中身を呷った。
匂いがしないから恐らく水だろう。
それで一息をつくと……今度はしっかりと空を見つめた。
「まぁだからこそ、あなたには驚かされました」
「私に?」
刀月さんを驚かせるような事を私がした覚えがないので、私は首を傾げるしかない。
刀月さんはそんな私を見て……何故か淋しげに微笑んでいた。
その笑みの意味もわからず……私は困惑するしかなかった。
「力も武もないあなたが……蜀の王になったことがですよ」
「む。それって、どういう意味ですか?」
刀月さんだから馬鹿にしてくるとは思ってない。
だけどその言い方だけでは、私が蜀の王であることをよく思ってないように言ってきているようで、私は思わず不機嫌な声を出してしまう。
「馬鹿にしたつもりはないですよ。ただ……これが先に言った、決定的に合ってないと思ったことに繋がってきます」
「……」
私の一体何が合ってないのか?
私だって馬鹿ではない。
何を指して合ってないと言っているのか、ある程度はわかった。
「力も武もないあなたが、義勇軍からここまで大きくして一国の主になった。それはとても凄いことだし、あなたの努力も素晴らしいことだと思います。だけど……俺からみたそれは、とても向いているようには思えなかったのですよ」
「向いてない?」
「あなたは優しい人だ。他者の傷みを自分のことのように捉えて、何かをして上げられる人だ。だからこそ立ち上がった。武も力も無いにもかかわらず」
「……それは」
その言葉に私は直ぐに反論することが出来なかった。
確かに私は力も武もない。
それは他の二人の王様と決定的に違うところだ。
だからこそ私は……自分に出来ることは頑張っているつもりだった。
「失礼。これでは否定しているように聞こえますよね。そんなつもりはない。力も武もないにもかかわらず、人々のために立ち上がった事は尊敬すらしている……だけど……」
そこで言葉を句切った刀月さんは見上げていた顔を戻して……私を見つめてきた。
その顔にも瞳にも……確かな想いがあった。
そう感じ取れる……表情だった。
「俺は思ってしまったのですよ。王であることが致命的に合ってないと……」
「それはどういう意味ですか?」
「優しい人だ。強くもある。だけど……それでも王に成るべきだったのか? 俺はあなたを見てそう思えてしまったのも事実なんです。王になったこと。王になれたこと。そして王を続けていること。全てを俺は尊敬している。だけど……どうしても俺にはそれに対して違和感が拭えない」
馬鹿にしている訳ではないことはわかった。
本当に……ただ刀月さんがそう思ってしまった。
そう言っているのがわかった。
けれど……そうであっても……
それ以上言葉を続けさせるわけにはいかなかった。
「ありがとうございます。刀月さん」
続きは……書けたら書きます