遅くなりまして
それでも全然進みませんが
なかなかきつい感想をいただいたりもしましたが、まぁもう開き直る感じで行きますので
終わることを祈っておいてくださいw
刀月さんの言葉をこれ以上続けさせないために、私はそう口にしていた。
無理矢理言ったわけじゃない。
本当に自然と口から、そう言葉が出てきていた。
「舐められていたっていうのは……自分でも分かってましたけど、面と向かって言われたので、流石に少し凹みました」
「それは……申し訳ない」
「いいんですよ。本当の事だと思います。私は……本当に武もなければ知識もない。みんなが私を慕ってくれて……私の思いに共感してくれたから、ここまでやってこれました」
最初に出会ったのは、愛紗ちゃんだった。
自分が強いことを分かっていたけど、その力の使い方を必死になって考えている……そんな人だった。
次に鈴々ちゃん。
彼女は自分の小柄な体に似合わぬ力と武の矛先を探すために、暴れてしまっている子だった。
武がない私。
武はあっても、その力の矛先を探していた二人。
私たちはとても息があって、互いに信頼できると思った。
だから誓いを立てた。
そこから必死になって民のためになるようにと……どうにか出来るように藻掻いてた。
そうして……色んな人に助けられながら、ここまでやってきた。
だけど、自分でも分かってる。
私が王様をするのには、力不足だって事は。
「王様に向いてないって自分でも思ってる。それでも、みんなが私を王として扱ってくれる……臣下として仕えてくれる。だから、それが私に出来ることだって、私は信じてる。そして……今の壊れてしまっている世の中を変えたいって、私は本気で思っています」
これは偽らざる私の本心。
王様になったのは手段であって、目的ではない。
私は、弱者が虐げられるだけの世界を、どうにかしたいと思った。
知も武も並でしかない私。
でもその思いだけは……誰にも負けないという自負があった。
「壊れてしまっている世界……ね」
そこで……刀月さんが苦笑した。
でもその笑みは……今まで見てきた物とは違って、何かを諦めているかのような笑みと吐息だった。
何よりもその言葉とその言葉に含まれた感情が……私は気になった。
「どうしたんですか?」
「いや……確かにねと、思っただけです」
「それだけではないですよね?」
誤魔化すように言ったその言葉。
言った言葉の意味だけでないことは直ぐに分かった。
だから誤魔化すのは許さないという意味を込めて、質問を投げかけた。
少し語気が強くなっていたのかも知れない。
刀月さんが意外そうにキョトンとして……再度苦笑した。
今度は普段通りの笑みだったけど……先ほどの苦笑と言葉の意味が気になったので、私はただじっと刀月さんを見続けた。
さすがは……蜀の王になるだけはある……
俺の内心を見事に読み取って……誤魔化すことすらも許してくれなかった。
いくら今は互いに立場を気にしないような状況といえども、俺相手にここまで凄んでくるのはなかなかやる。
胆力があるのは、間違いなさそうだった。
「壊れてしまっていると聞いて、少し……考えてしまいましてね」
「何をですか?」
「壊れているのが……今だけなのかということですよ」
「今だけ?」
壊れてしまっていると、素人娘は……劉備は言った。
確かに壊れているだろう。
強者が弱者から奪うだけの世の中など……壊れているし間違ってもいる。
しかし……その間違った世界が、これから何百年と続き、千年以上……
それどころか二千年近く、腐ったままだ……
それを思うと、とてもやるせない気持ちになったのだ。
「この乱世が終えたとして、それで終わるとは限らない」
「!? そんなこと!」
「俺は……それを知っている」
勉強は出来ないが、三国志は西暦で180年~280年の時代だった。
三国志に出てくる有名武将のほとんどが女のこの世界故に、俺の世界と一緒とは限らないが……平行世界でも、人間は人間だった。
ならば、辿る歴史にそこまで大きな違いがあるとは思えなかった。
勉学がそこまで得意ではないが、結局のところ人も獣だ。
奪って、いたぶって、殺す。
理由は色々あるが、結局自分よりも弱い者から奪うという、弱肉強食の現実からは逃げられない。
動物の場合はそれが命だけのためであり、何よりも自らが他者を喰らって生きるためだ。
まだ納得できる部分がある。
しかし人の場合は命だけではなく、あらゆる物を奪っていく。
尊厳も、誇りも……信念も。
しかも相手は人間だけではない。
病、天災、他の生物。
頭脳が発達したことで知識を得て文明と文化を築き、弱肉強食の世界から抜け出せたはずだというのに、結局は弱者を虐げる。
知識も文化もあるというのに……実に醜いものだった。
天下統一が出来たとして……それがいつまで持つのか?
魏が台頭している状況でもなお、諦めない劉備が……眩しく見えつつも、空しく思えてしまった。
「武器がまだまともだから、そこまで悲惨な事はないとは思うが……」
「武器が、まとも?」
「銃器の類や毒、爆弾がないですからね」
「???」
毒はともかく、千年以上後に生まれる武器の名前を言っても分かるわけもなく、素人娘が頭に疑問符を浮かべる。
毒といっても、それは毒ガスなどを差して言ったので、厳密に言えば素人娘が想像している毒とは違う物だし、爆弾は……もっとひどい代物を俺は想像した。
県一つを焼け野原にするといっても、分からないだろうしな
県は日本の都道府県故に、中国の県とはサイズが違うが、そこは今はどうでもいいだろう。
核兵器は本当に、科学技術の結晶故に作るのは容易ではない。
そして何よりも厄介なのは、放射能の毒性だ。
それがなければ、まだマシだとは思うが。
「武器が剣などの短い間合いの武器で、後は弓矢などが主だ。まだ悲惨すぎる戦いには至らない」
核兵器は戦略兵器。
故に個人がどうこうできる物ではない。
しかし銃は別だ。
銃というのは本当にひどい武器なのだ。
俺は銃器の類もほとんど扱えるが、あれほど便利な武器はない。
重さはそれなりにあるが、携帯性に優れ、連射も可能。
一発一発がほぼ必殺の威力を有している。
そして弾も小型なので持ち運びも容易。
遠距離から一方的に攻撃できる。
弾も、気力や魔力で強化していなければ、見えるわけもない。
なによりもっとも優れているのは、習熟の速さである。
人を殺すという観点のみで考えれば、10発も撃てばほぼ確実に殺せるようになるほど、命中させやすい。
無論動いている相手に当てるのはそれなりに技術が必要だが、少なくとも刀などで刃を立てて斬るよりは遙かに簡単だ。
故にこそ……命が軽くなる
拳銃でもそれなりの熟練者が扱えば、込められた弾の数だけ人が殺せる。
弾の予備や弾倉の予備を持てば、更にそれが増える。
厄介なのは狙撃で……2km先からも殺すことが出来る。
……まぁこれはかなりの腕前と勉学が必要になるが
剣や槍で戦うのとはちがう、一方的になりえる武器。
これを使う戦争や紛争は……本当に反吐がでる物だった。
それを扱う人間が……だが……
武器とは人を守る目的で開発された。
しかし使う者が邪悪であれば……凄まじいほどの醜悪さを放つ。
それは別段武器だけではないが……後千年を越え、二千年近くもの間
世界は醜悪さで充ち満ちる。
このとき……俺は自分が沈んでいるのに気付かなかった。
何故かは分からない。
がむしゃらに進んでいる、素人娘に……劉備に嫉妬していたのかも知れない。
酔っていた訳ではなかった。
そして何より……こんな否定するような事を言う気もなかった。
しかし……このとき俺は何故かは分からないが……本当におかしな気分になっていた。
腐った世界だ。
その世界を作っていくのが人間なのだ。
人は本質的には同じ物だ。
歴史だけでなく、人という獣であるために……今後どうなっていくのかを知っている。
そう思うと……空しく思えてしまった。
自身の未熟さを……夜月に突きつけられたのも大きな要因だった。
「武器はまぁ……どうでもいいか。武器は人を殺さない。殺すのはそれを扱う存在。人間だ」
得物を作る職人でもある俺は、人を殺すために刀を鍛造しているわけではない。
しかしそれでも……元来は人を殺すために作り出された武器だ。
どれほどへりくつをこねようとも……人を殺すために生み出された刃物という歴史からは逃れられなかった。
歴史……か……
当たり前だが、素人娘はこの後の歴史を知らない。
勉強だって、満足に出来る世の中ではないため、過去の歴史もそこまで詳しくないはずだ。
故に……人間の醜さを、そこまで見ているとは思わなかった。
現代の腐った行為は……目に余る物があるからな……
銃で脅す。
薬物で壊す。
本当に……悪魔よりも恐ろしい。
誰が言ったのかは忘れたが、怨念や怨霊よりも生きている人間の方がよほど恐ろしい物だった。
「未来を明るくしたい。そのために藻掻くあなたは……とても眩しいが、それ故に空しく感じてしま――」
「その口を閉じてください。刀月さん」
そう命じられた。
そして、その命令通りに……俺は口を閉じた。
俺に行動を強いるほどに……今の素人娘には迫力があった。
そちらに目を向ければ……此方を睨み付けている素人娘の姿があった。
何度も考えたことだった。
私が頑張って、みんなの力を借りて、この大陸を平和にすることが出来るのか?
平和に出来たとしても……その後統治がキチンと出来るのか?
幾度も考えたことだった。
そしてどうしても避けることが出来ず、戦争をするとき……始まる前も、終わった後も、ひどく胸がかき乱される思いだった。
辺りにただよう血の臭い。
死臭。
死んでしまったために、意志を宿さない遺体の目。
戦争はまだマシだったかも知れない。
村が襲われた時に……その村の鎮圧のために討伐が終えた後の状況は……
本当に悲惨だった。
惨殺された男性。
嬲られてしまった女性。
いたぶられた幼子達。
意味もなく、ただいらないと切り捨てられた老人達。
そんな悲惨な現場を見る度に、吐き出すのを必死に我慢した。
こんなひどいことが何故出来るのかという、純粋な疑問と強い怒り。
そして……こんな事をしなくても、迎えられる明日が欲しかった。
戦場に出る度に……痛感したことだった。
討伐にでる度に自問自答した。
本当に……平和な未来をつかぬ事が出来るのかと。
刀月さんの言ったこと……それが事実かも知れない。
ううん……私はそれが事実だと知っている。
嬲られてしまった老若男女や、子供を見ているのだから。
けれどそれでも……今この瞬間を生きているのに理由なんて必要ない。
生きているから生きているなんて、そんな半端な気持ちでみんな生きている訳じゃない。
ただ……今よりも良い明日を迎えるために頑張っている。
それがむなしいだなんて……誰にも言わせない!
「確かに人は獣かも知れない。でもそれでも……誰かのために頑張れる人を、私は知っている」
自分の側にいるのだ。
弱い私の代わりに戦ってくれる、大事な二人の妹。
政治も指揮も最低限の実力しか持たない私を、助けてくれる二人の軍師。
強さの中に、お茶目さと優しさを併せ持った武人。
一族の仇を討つためとしながらも……弱い人のために馬を走らせる二人。
悪政を敷く太守の下で、娘を人質に取られながら……それでも必死に民を思って弓引く人。
私の想いに共感して……鉄器を振り、杭撃つ人。
私のことを本当に慕ってくれて……巨大な金棒で縦横無尽に戦う人。
これだけ素晴らしい人たちが頑張っている。
だから……これ以上、私は刀月さんに喋らせるわけには、いかなかった。
「そんなみんなのがんばりを、私は知っている。感謝だってしてる」
私が出来ないことをしてくれている。
だから私も、自分に出来ることを頑張っている。
ただそれだけだった。
みんなが笑って過ごせる未来を、実現させるために。
「そのみんなの頑張りを、空しいなんて一言で片付けるなんて……私は絶対に許さない」
睨み付けるようにして、私は刀月さんにそう言った。
ここまで強く言うことに、自分自身不思議だった。
でも……刀月さんがそんな悲しいことを言うのが、我慢出来なかった。
確かに刀月さんは能動的というか……自分から何かをしている訳じゃない。
大陸最強と謳われていた呂布と、一騎打ちで圧倒できるほどの武を有しているのに、それを使わない。
理由は分からない。
もしかしたら……強すぎるために、その力を使うのを躊躇っているのかも知れない。
それはある種の贅沢と言えなくもなかった。
何せ今は乱世。
あれほどの武を使わないのは……もったいないと言うしかなかった。
でも、それでも本人が嫌がることを、無理にさせるのはしたくない。
だから私も朱里ちゃんも雛里ちゃんも……刀月さんを武将として前線に出そうとは、考えていなかった。
でもそれでも……この人は困っている誰かのために、何かをしてくれる人だった。
ナナちゃんを助けてくれた。
南蛮の人たちとの諍いも、収めてくれたのもこの人だ。
この人も一生懸命に頑張っている。
武を封じながらも……誰かのために尽力している。
だからなおさら許せないのだと……改めて思った。
自分自身の行いを……この人自身であっても、否定して欲しくなかったから。
「自分がすべきことを必死になってやる。出来ないところを誰かに助けてもらう。これは……あなたが私に向けて言ってくれた言葉ですよ」
義勇軍で医者として従軍してくれた刀月さんと、天幕で二人で話した時のこと。
その時この人が教えてくれた、大事な言葉。
「自分に出来ることをして、頑張る。自分が出来ない事を助けてもらう。そして、その人が出来ないことがあれば助ける。それが人間だって教えてくれたじゃないですか」
大事なことを、蜀ではない義勇軍の時に教えてくれた。
今のこの人が出来てない……未来への希望と思い。
それをして上げる……なんて偉そうなことは言わない。
ただ……この人が何故か荒れている気がしてならなかった。
今のこの人に出来て、自分が出来ること。
ただそれをしていただけだった。
それに、何よりも許せなかったのは、この人の投げやりとも言える思いだった。
「明日がどうなるかは分からない。けどだからって……わかりもしない明日に嘆いて、今を軽んじていい訳がない」
今この場にいるはずだというのに、この人はまるで、先のことがある程度分かっているからと言って今を諦めているかのような言動が、ひどく勘に障った。
そうだ、私は初めて、この冗談みたいに凄い人に対して……
はっきりと、明確に、怒りを覚えたのだ。
凄い力を持っている。
知識もある。
最前線で、呂布と打ち合うだけの胆力もある。
なのに……その全てを持って、この場にいて私たちを助けてくれているのに、この人は私たちを見てないのが何となく分かって。
とても、いらだたしく思えた。
そんな私の言葉に対してなにか思うところがあったのか……刀月さんが大きく目を見開いていた。
そんな刀月さんに対して……私は言葉を続けた。
「誰かに助けてもらいながら、他の誰かを助ける。そうやって頑張っていけば、きっと、みんなが笑ってられる世の中になるはずです。だから、私は頑張ってるんです。あなたに教えてもらった事を思いながら」
それは無駄じゃなかったみたいで……刀月さんが苦笑した。
さっきまでの後ろ向きな笑みじゃない。
本当に苦々しく笑っているのが、何となく分かった。
「……そんなこといったっけか。忘れてたよ」
小さく自嘲気味に笑うその姿は、空虚さが抜けきっていなかった。
けどそれでも、先ほどの笑みよりも、どこか人間味があるように思えた。
「あ、ひどい。私にとって大事な思い出なのに」
「すまんな」
口調も柔らかくなって、敬語も辞めてくれた。
とても晴れやかな気分になったようで、声を上げて笑っていた。
恩人とも言える刀月さんを、少しでも元気づけられたのが嬉しかった。
「そうだったな……あいつにも同じようなことを言われて、蒙を啓いてもらったんだったか」
自らが注いでいたお酒の杯を飲み干して……刀月さんがそうぽつりと呟いていた。
そのまま空を見上げるその横顔が……かげりを見せながらも、どこか晴れ晴れとしているように見えた。
青空を見上げたその視線の先に……呟いた「あいつ」といった人を思い浮かべているのがよく分かった。
そして、天を仰いでいた顔を戻して、私に笑顔を向けて、お礼を言ってくる。
「ありがとう、『劉備』。あなたのおかげで、大切なことを思い出せた」
私の名前を呼ぶ。
今までと同じように呼んでくれたのに……どこか違う気がして、私は胸が熱くなった。
鼓動が高鳴ったのを感じた。
どうしてか分からないけど……初めて本当の意味で、名前を呼んでもらった気がしたから。
けれど……その熱も直ぐに消えてしまった。
「さすがは……蜀の王だな」
その言葉で……何となく分かってしまった。
この人とは……交わることがないのだと。
この人は、王として私を見ているのだと、何となく分かった。
無論王様扱いをして欲しい訳じゃない。
けれど今の言葉で、この人は私のことを王としか認識しないのだと。
分かってしまった。
そんなことを思っていたら……驚いたことに、刀月さんが左手に持っていたお酒の入っている瓶を私に差し出してくれた。
意味がわかったけど……その行動に驚いて、私は思わずきょとんとしてしまった。
そんな私を見て、今度こそ可笑しそうに笑いながら、こういってくれた。
「詫びといっては何だが……いや、これはお礼だな。一献、どうだ?」
今度こそ本当に驚いた。
刀月さんのお酒は、大変貴重だということは知っていた。
呉に潜らせている細作には、当然注視すべき刀月さんに対しても情報を探らせていた。
けれどそのほとんどが、大した情報を仕入れられないのが実情だった。
一人で村を作っただの、村の家やら大浴場とか、船なんかは一人で作った物だとか。
農作物はおいしい物ばかりだとか。
料理は凄いとか。
刀月さんがあまりにも凄すぎるのが分かるだけだった。
そしてその一つに、お酒に凄いこだわっているというのがあった。
この時代に、食べ物ではなく、お酒を造るためにわざわざ農耕をする余裕があるのは、とんでもないことなのだ。
それも誰の権力者の力を借りることもなく。
だから逆に言ってしまえば、大した量も作れない。
量が少ないからという理由だけではなく、刀月さんのお酒に対するこだわり方は凄まじい物で、刀月さんの村人ですらもほとんど飲んだことがないという。
だから刀月さんが、私たちの街に来てお酒を一人で飲んでいると知って、そのお酒が貴重な物だというのは何となく察せられた。
飲んでみたいというのが本音だったけど……でもお休みの日にこっそりと飲んでいるのを邪魔したのだから、飲ませて欲しいだなんてそんなことは言えなかった。
そんなお酒を差し出してくれた。
「お礼……ですか?」
「あぁ。大事なことを教えてくれて、大事なことを……思い出させてくれた。そのお礼だ」
刀月さんに教わったことを、言っただけだった。
だというのに私が教えたといい、そして……大事なことを思い出したという。
それがどんなことなのか、どんな意味なのかを聞きたかった。
けど……一献といってくるその姿を見て何となく……
聞いてくれるな
と。
そう言っているのが何となく察せられた。
だから私は……笑みを浮かべて、自分が持つ杯を捧げた。
「なら……ご相伴にあずかります」
淋しくなかったと言えば嘘になる。
けれど、嬉しかったのも事実だから、嘘なく、無理なく笑えたと思った。
そんな私を見て、刀月さんは笑みを深くして小さく頷いてお酒を注いでくれた。
そして自らの器にお酒を注ごうとしたので、私がそれを止めた。
「私にも返させてください」
「……ならお願いしようかね」
そう言って、手にしたお酒の入った器を渡されて注ぎ返す。
そして……杯を掲げた。
そんな刀月さんの動作の意味に気づいて、私も杯を掲げる。
「呉と蜀、そして……俺達が大事な人がこれからも笑顔で暮らせることを祈って」
「私たち自身も、笑顔になれると信じて」
自らのことを含めようとしない刀月さんに若干呆れながら、私はそう言葉を返した。
そんな私に対して、再度少し目を見開いて、刀月さんが再度苦笑しつつ頷いた。
「「乾杯」」
掲げた酒器を軽く打ち合わせて、私たちはお酒を飲んだ。
そして……そのあまりのおいしさに、私は目を見開いてしまった。
「おいしい!!!」
それだけでは足りなかったので、思わず叫んでしまった。
そんな私を見て、刀月さんは今度こそ本当に可笑しそうに、大笑いしていた。
「あっはっは! そうか、うまいか!? まぁそれはそうだろう。俺のとっておきだからな」
「やっぱりこれ、刀月さんが作った噂のお酒なんですね。星ちゃんがものすごく飲みたがってた」
お酒が大好きな人はいっぱいいる。
私たちの中では星ちゃんなんかが、その筆頭と言っていいだろう。
そんな星ちゃんが、一度でいいから飲んでみたいといっていた、刀月さんのお酒。
私は星ちゃんほどではないけど、お酒は好きだ。
だから、このお酒がどれほどおいしいのかは、何となく分かった。
「まぁ俺も酒好きだから、うまい酒があると聞いて飲みたくなる気持ちは分かるんだが……酒好きの武将ってのはどうしてこう、職務中にも飲んだくれるのかね?」
「そんなことを言うって事は、呉にもいるんですか?」
「いるよ。そっちにも趙雲がいるんだろうが、まだ趙雲の方がましかなぁ」
私が注いだお酒を大事に飲みながら、刀月さんは嘆息を吐いていた。
日頃の鬱憤……とまでは言わないけれど、少しははき出せているようで、なんとなくほっとしてしまった。
「その……出来ればもう一杯、もらってもいいですか?」
「あぁ。もちろんだ」
屈託のない笑顔で、刀月さんがそういってまたお酌をしてくれた。
それだけに飽きたらず、持ってきていた刀月さんのおつまみもくれた。
そのどれもがおいしくて、刀月さんとただ一緒の飲むだけだと思っていたのに、食べ過ぎてしまったし、飲み過ぎてしまった。
嬉しくて。
悲しくて。
淋しくて。
刀月さんも同じだったのか……少し大げさに騒いでいるように見えたのは、私が酔っぱらってしまったからなのかな?
そんなことを思って、楽しかった時間は過ぎてしまった。
さようなら……私の ……
今の胸中を表す言葉が分からなかったから、騒いでいた気がした。
刀月さんが普段よりも騒いでいたのがどうしてかは……わからなかった。
そのことも淋しかった。
そんな……嬉しくもあって、淋しくもあった、休日だった。
酒を飲み、つまみを囓って、酒を飲む。
実に体に悪いループをしている。
だが、心が晴れやかになったのは、目の前にいる素人娘の……劉備のおかげだろう。
冬木でも侵した人殺しの罪。
この世界に来て、怒りに身を任せて多くの人を殺した。
操り人形のような……自らの意志を壊された人々。
そんな意志を踏みにじる行為を……心底唾棄していたはずのこの俺が……
気づかずに同じ事をしてしまった。
無論、仮に気づいていたとしても、あの人たちを俺が救えたとは思えない。
せいぜい、苦しむことなく、ただ安らかに眠ることを祈りながら、その命を絶つことしかできなかっただろう。
結果は一緒だ……
と、
そう欺瞞することが出来るはずがなかった。
怒りにまかせて振るった、ねじり金棒。
殺した結果は一緒だが、過程も、思いも、何もかもが最悪すぎる。
怒りにまかせて殺したのだ。
八つ当たりで殺したのだ。
その死が、安寧であったわけがない。
あれだけやせ細っていたのだ。
まともな扱いを受けていたわけがない。
だというのに、今際の際でさえも、俺に認識されることなく……
ただただ八つ当たりに巻き込まれて死んでしまった。
本当に……最悪だな
そしてそんな気分で飲んでいたらやってきたのが、劉備だった。
必死だったのは知っていた。
だがそれ以上に驚いたのが、劉備の胆力と言葉だった。
未来を見過ぎて、今を見ない……か……
懐かしい言葉だった。
幼子に、過去ではなく未来を見ようと言われて……ただひたすらに先だけを見ていた。
そんな俺に、今の大切さを教えてくれた、一人の少女。
焦るあまりに、友人をないがしろにしてしまった俺に、キチンと己を見て欲しいと言ってくれた、大切な女性。
彼女たちのとの事を思い出させてくれた。
しかも思い出させてくれたのは……劉備本人の本心だった。
自らの思いで紡がれた言葉には、とてつもない力が宿っていた。
そして、少女と女性の二人と違って、俺の武力を知りながらも言い放った胆力。
実に見事だった。
その圧倒的とも言える、心の強さが……心地よかった。
実に好感を抱かせるものだった。
だが残念なことに、この娘は王だった。
王になってしまった。
王だと……俺が認めることができるほどの王だった。
別段俺自身が傑物だと思っているわけではない。
俺が王だと思おうと思わなかろうと、この娘は間違いなく王だ。
けれど……俺は心からのこの娘が、劉備が、王だと……
素直に思えた。
故にこそ、劉備とはそれ以上でも以下でもないのだろう。
容姿も、性格も好ましい娘だ。
だが……その王という肩書きが、俺には無理だった。
己のために生き、己のために死ぬ俺という、我が儘な存在とは真逆の存在。
人のために生き、人のために死ぬ、善なる王。
ならばこれが最初で最後なのだろう。
そんな場合でもないしな
最後まで独り身でいるつもりはないが、色恋沙汰は自らの責務を果たすために自らの世界に帰ってすべきことだ。
他の世界で骨を埋めるつもりが無い以上、それは当然のことだろう。
褐色妖艶には、苦言を呈されたが
「育てるのも大事だが……それ以上に大事なのは生き様じゃろう。己の子に自らを貫く強さを見せる。それも一つの責任の取り方じゃと、儂は思うぞ」
やれば出来る。
極端な話、やる相手はそれこそ相当数いるだろう。
しかも時代が時代故に、放り投げることが出来る。
俺とて男。
滾ることはある。
だが……時代と言うこと、考え方の違い、それら全てを考慮しても……
俺にはそれが出来そうになかった。
まぁ、そこらはまた後ほど考えればいいだろう
ともかく、少し気持ちの整理がついたのだから、後は酒と飯を楽しんで気持ちを切り替えるべきだろう。
それをさせてくれた劉備にお礼として酒とつまみを振る舞って、今までと違ってキチンと名を呼んだ。
無論、今までも軽んじていたわけではない。
けれど、劉備を認めたのは、このときだったと思った。
そして、ある意味で全てと決別したのもこのときだったと、俺は後に気づいた。
「う~~~ん、にゅへへ~」
「……おーい、劉備?」
「えへへ~」
あかん、飲ませすぎた
意外なことに、俺の酒を普通に飲んでいたものだから、お礼もかねて何度ものませたら突如としてダウンしてしまった。
見た感じ、泥酔しているだけなので、吐き出したりする様子は見受けられないが、けっこう深く眠りについてしまった。
だからといって変なことをするつもりは一切無いのだが……状況が悪かった。
酔っぱらった女人、それを見ながら途方に暮れる男……何もいえねぇ
これを他の第三者が見たらどうなるのか?
そう考えているときに限って……最悪な結果を引くのが、実に俺らしいといえるだろう。
「……刀月」
地の底から響いてきたかのような……実にどす黒く、ド低音な声が俺の耳朶を打つ。
気配で、何より声で、誰だかはわかりきっていたのだが……念のためというか確認の意味を込めて、俺はその声の方向へと顔を向ける。
そこには……
先日俺が鍛えた青龍を手にした片側ポニー事、関羽が仁王立ちにしていた。
「……これはどういう事だ?」
仁王立ち故、膝を曲げていない。
つまり一息に襲いかかってこれる体勢ではない。
しかし、少しでも言葉を間違えれば……殺すつもりで斬りかかってくるのが、容易に想像できる。
それほどまでに怒気満る姿をしていた。
どういう事と言われても……見たままなのだが……
空になったつまみの容器。
空になった杯。
顔を赤くして丸まって寝ている素人娘。
城壁の壁に体を預けて、同じく酒を飲んで少し顔を赤らめて途方に暮れる俺。
まぁ確かに襲おうと思えば襲えるが……
当然片側ポニーも俺にそのつもりがないのは分かっているだろう。
しかしそれでも……自分の大事な姉貴分が、男である俺に酔っぱらって眠りこけさせられた状況を見て、心中穏やかなわけがないのだろう。
そんな片側ポニーに対して……俺は、ただ一言、こういった。
「外見が好みなおなごを酔わせて、その肢体を見ている状況だな」
「……面白い遺言だな!」
斬りかかってきた片側ポニーの斬撃を、跳び上がりながら避けて、俺は城壁の縁へと立ち、片側ポニーに素直に頭を垂れた。
「すまん。酔っぱらって変なこと言った」
「だろうな!」
「落ち着け! 俺が襲う目的で酔わせるわけないだろ!」
「それでも貴様は男で、桃香様は女だ!」
「ごもっとも!」
再度斬りかかられたので、俺はもっとも簡単な方法で逃げることとした。
「詫びは今度するから、劉備の介抱頼んだ! 水を飲ませるようにな!」
城壁から飛び降りて、俺はその場から逃げ出した。
三十六計逃げるにしかず!
休みだったので、俺はそのまま都市外に出て高級食材を収集することとした。
翌朝になって、素人娘が二日酔いになる可能性が高いから、二日酔いによい料理でも振る舞おうと思ったのだ。
片側ポニーにも迷惑掛けたから、その詫びにいい物作るか
そうして久しぶりに野宿をして、翌朝夜明けに帰るのだが……色んな奴から怒られてしまった。
まぁそうだろうな
城壁から飛び降りるという……他の人間が行えばただの自殺行為を軽々としてみせる刀月。
本来ならば心配するべき事だろうが、相手は刀月だ。
むしろこの場から弓矢を射ても、平気で逃げおおせるだろう。
全く……あの男は本当に埒外だな……
自らが王として仕え、姉として尊敬し、敬愛している桃香様を酔わせているのを見て、思わず斬りかかってしまった。
あの男が下心でそんなことをしないのは、分かっているはずだというのに。
心がざわついてしまった。
そのざわつきの意味が分からず、私は心が揺れたのに気づいていなかった。
怒るべき対象がいなくなったが、別の意味で怒らなければならない存在がまだこの場にいるために、私は気持ちを切り替えてもう一人へと視線を投じた。
「う~~ん」
城壁の上で実に気持ち良さそうに寝ている、桃香様。
酒もそれなりに嗜むはずだというのに、転がっている酒器の数は少ない。
この程度で酔うはずがないはずなので、刀月が飲んでいた酒が特殊なのかも知れない。
※この時代、発酵技術とかが未熟なために、酒精……アルコール度数……の強い弱いという概念がないので、酔って寝るには本人の体質にもよるが、それなりの量を飲まなければならない
故にこそ、薬でも盛ったのかも知れないと邪推してしまったのだ。
まぁ……あの男がそんなことをするとは思えないが……
女として生まれながら、力を持って私は生まれた。
幼少時から力は人並み以上にあり、それ以上に自らに迫る攻撃などを見切ることが出来た。
武にも適正があったのが私だった。
ただその力の使い道が分からずに苦しんでいた私を救ってくれたのが、桃香様だった。
鈴々も同じようなもので、私たち二人は桃香様を心からお慕いし、力になると誓った。
ただ、どれだけの力を有していても、私は女だった。
そして……私は自らの体があまり好きではなかった。
特に……無駄にふくれあがった、胸は。
邪魔なのだがな……
武があっても女。
故に、不躾に私の胸を見てくる者は一定以上いる。
兵の中にもそれはいて……中には薬で眠らせてという輩もいたぐらいだ。
男というのはどうしてこう……馬鹿なのか?
それが私だけではなく、一定以上の武力を有した将の本心だった。
蜀の重要な立ち位置にいるのは女人が多い。
というよりも他の呉や魏も同様だ。
文官相手ならばまだ分かるのだが、私などの武人に対してそれを抱くだけならいざ知らず、言葉にして話すのは頭がいかれているとしか思えなかった。
故に、そんな輩は徹底的にたたきのめした。
万が一にも薬を盛られるわけにはいかないのと、文官を狙わせるわけにも行かないからだ。
まぁ薬は相当貴重だから……私たちでも気軽に買えないので、盛られることなどあるわけがないのだが……
だから、刀月と一緒に飲んでいる桃香様が寝ているのを見て、刀月が薬を盛ったのだと、考えてしまったのかも知れない。
ともかく故にこそ、そう言った輩は徹底的に厳しい罰を下して、抑制していた。
しているのだが、こうして桃香様が寝ている側で、その様子に呆然としながら酒を飲んでいた刀月に対して、怒気が湧いたのも無理からぬ事だろう。
呆然としているのが、本当に呆然としていて、桃香様をいやらしい目で見ていないのでその心配はないのは分かっていたのだが、それでも怒りが沸いたのだ。
あいつが私の体を見たのは……出会って直ぐの時くらいだったしな……
初めて出会い、真名を呼ばれてから自己紹介をして直ぐ後だ。
何故か私たち三人の名前を聞いて刀月は目を見開いて……私たちの胸を不躾にも見てきたのだ。
ただ、その時見た瞳の中に……下卑た感情は一切無かったのが印象的だった。
あの男も……欲情がないわけではないようだが……
私達の胸を見て以降、あの男はこちらの女らしい部位を極力見ないようにしているのはなんとなく察していた。
そしてそれが、私たちだけでなく、他の女性に対してしているのも。
それに際ほどの言葉が、刀月が女に対しての思いがあることを物語っている。
「外見が好みなおなごを酔わせて、その肢体を見ている状況だな」
たった今、奴はこういった。
桃香様のような体が好みということであれば……あの男は胸やお尻が大きな容姿を好ましいと思っていることになる。
そう思えばまだ……自分の容姿が少し好ましく思えた。
そこまで明確には思っていなかったが、それでも自分の肢体に対して少しだけ気持ちが軽くなった思いだった。
さらにいえば刀月の幼女趣味、そして男色家という話は、こちらにも流れては来ていた。
しかしそれに対して、後者はともかく前者はあり得ないと、私たちは確信していた。
ナナに対してのあの態度は、どう考えても庇護者の態度だったからだ。
何の感情も見せないようにしているというのは、それはすなわち意識していることの裏返しだ。
故に、あの男が男色家というのも、どうにも考えられないことだった。
まぁもしかしたら、両刀ということもあり得るかも知れないが……
私も女だ。
最後まで一人でいたいとは思っていない。
しかし、今まで私が惚れるような男がいなかった。
私よりも強い刀月は憎からず思っているが、それでもまだよくわかってないのが私の本音だった。
出会いも知らなかったとはいえ、私の真名を許可もなく呼んだしな
許可も得ぬまま真名を呼ぶなど、殺されても文句が言えない。
故に私も半ば本気で殺そうとした。
側に……ナナがいたというのに。
そんな私の一撃を、刀月は全く苦もなく止めて見せた。
そして私を諭したのだ。
幼子のそばで、怒りにまかせて武を振るう、この私を。
守るべき存在がいるというのに、怒りに我を忘れてしまった未熟さを、突きつけられた瞬間だった。
思えば……あの男のことを意識したのは、出会って直ぐのその時だったのかも知れない。
そのことに私は気づかず、ただ、あの男のことを考える事が増えてしまっていることにすら気づいていなかった。
なにせこの瞬間の私には……
自らが敬愛する大切な姉のあられもない酔った姿を、どうにか余人に見せないように後始末をして、その後の説教までしなければならなかったのだから。
逃げるように、というよりも実際逃げて、一夜明けて城に戻ったら、蜀のお偉いさんからはさんざん怒られてしまった。
城壁に上ったりもしたのである意味で当然といえるだろう。
といっても内輪というか……外交問題にまで発展しなかったのは運が良かっただけだろう。
俺が襲わないのはわかっているのだろうが、それでも襲える状況にするのはよくないので当然といえるだろう。
そして呉の陣営は何故か知らんが緊急で会議を行っていた。
ただ、尾行娘が主導で行った会議と言うことで、理由については何となく察しが付いてしまった。
まぁ確かに、一対一で飲んで酔わせたのは初めてかも知れないが……
というよりも、サシで飲んでいて酔わせたのはこの世界に来て……というよりももしかしたら自分の世界でもなかったかも知れない。
更にこの世界では俺が作った酒は相当な貴重品だ。
俺の異性関係について何かしら指令を受けていると思われる尾行娘からしたら、かなり慌てるような状況かも知れない。
そして少し意外だったのが、尾行娘と話をして直ぐに、呂蒙が驚いて率先して会議を行い始めたことだった。
少し軽率だったか?
酔っていたのは事実だが、それ以上に沈んでいて、更に自分の間違いを指摘してくれたことで自分の未熟さをいい意味で突きつけられて、ありがたいと思ったのは事実だった。
故にこそ、酒を飲ませてもよいと思ったのだ。
後はアレだな、素人娘は良くも悪くも純粋で単純だから、飯とか酒飲ませて素直な反応が返ってくるのが料理人としては嬉しいな
呉の酒好きの連中は俺のが酒が飲みたくてしょうがなく、蜀の酒好きも同様だ。
しかし素人娘は下心とかその辺りが一切無いので、見ていて気持ちがいいのだ。
俺も単純だなぁ
自分の単細胞さに若干呆れながらも、気分が晴れたことは間違いなかったのでそれで吉としておくことにした。
と、俺は思っていたのだが、呉ではけっこう重い事態として捉えていたようだった。
これに関しては完全に俺が悪いだろう。
何せ、本当に俺としてはこの世界に骨を埋める気がないので、男女関係になるつもりはない。
それを公言しているが、それでもやはり強い男というのはこの時代では貴重なのだ。
しかも土木怪人とか言う怪物なうえに、ナイショだが古龍の力を有するおまけ付き……
そんな俺が酒を飲ましたというのが、どれだけまずいのかを、俺は自分で理解していなかった。
「で、では! 刀月様緊急会議を行います!」
場に集まった人間に対して宣言することで、注目されることで声がうわずっていた。
しかしそれでも、普段からは信じられないほどしっかりとした声と態度で、呂蒙がそう宣言した。
ちなみに出席者は、呂蒙、周泰、袁術、張勲と、呉から派遣された将といえる人材のみだった。
ちなみに呂布は休暇で陳宮と過ごしているため欠席だった。
「会議というてもの。そんなに重要なことかえ?」
刀月関係と言うことで一応出席しているのだが、明らかにやる気が感じられない袁術が、そうぼやくように口にする。
それに対して、呂蒙は力強く頷いた。
「重要なことです。袁術様。もしも刀月様が客将でなくなった場合……今までと違って自由に動くことが出来なくなります。それはつまり……仕入れに影響があるかもしれないということです」
「……それはそうかもしれぬ」
そこまで言われたことで袁術も気づいたようだった。
表情を一変させ真面目な顔で呂蒙へと視線を投じる。
それを確認して、呂蒙は小さく頷いて言葉を続けた。
「まずは状況を確認します。先日の刀月様の休暇で刀月様が一人で酒盛りをしてました。城壁の上だったので、本来かなりまずい問題だったのですが、それについては問題ないと、諸葛亮様から言質をいただいております」
城壁の上は街の様子が一望できるので、けっこうな情報源となる。
故に本来他国の者が城壁に昇るのは大問題なのだが……そこは刀月ということと、王自らが忠言に向かいながら一緒に酒盛りしたことで、うやむやになってしまっていた。
「ここで問題なのは……刀月様が劉備様に、刀月様が作られたお酒を振る舞っていたことです」
この場に酒好きの将がいないのが幸いだったと言っていいだろう。
呉、蜀に限らず、誰かしらがいた場合……発狂するかのように騒いでいた可能性が高いからだ。
ちなみに、蜀の酒好きである趙雲は今現在刀月からどうにか酒を飲ませてもらうために、色々と思索していたりする。
「そんなにすごいことなのかえ?」
酒に関しては飲んだことがないので、袁術としてはどうにもわかりにくいというのが本音だった。
それについては隣にいた張勲が直ぐに解説する。
「美羽様。私も飲んだことはありませんが、酒好きの将がこぞってほしがるものです。あれだけの菓子を作れる刀月さんが作ったのだから、それと同じくらいに貴重だと考えれば問題ないと思います」
「それだけではなく……私の知る限り、刀月様が自らお酒を飲まさせた人は、劉備様以外いません」
呂蒙のその台詞に、集っていた人物は全員が驚いた。
刀月と呂蒙がもっとも付き合いが長いのを知っているからだ。
その呂蒙が断言するのだから、それは間違いないと判断できるものだった。
「劉備様がまだ寝ているために詳細は分かりませんが、少なくとも武力でお酒を飲ませてもらうことは無理なはずです」
この中でもっとも強いのは周泰となるが、刀月相手では相手にもならない。
そして自らの王である孫策、そして宿将としてもっとも実力があると言える黄蓋ですら、足下にも及ばない。
対して劉備は間違いなく将の中ではかなり弱い部類に入る。
それこそこの中であまり強くない張勲でも勝つことが出来るだろう。
故に、武力で勝った等はあり得なかった。
なぜなら劉備は間違いなく王であって将ではなく、仮に将として当てはめるのならば文武ともに、お山の大将レベルといえる。
本人も自覚していることだが、本当にほかの人材たちが劉備の理念に共感し、王として支えてくれているから王として存在しているといえた。
といっても、刀月も考えていた事だが、皆が心から劉備を王と考えているので変なことになることはなかった。
「次に色香は……あり得なくはないと思いますが、そんな方ではありません」
これも誰もが納得する話だ。
何せ王を救い、さらには王の親友であり呉の最高の軍師である周瑜の命も救っている。
そんな二人から真名を預かっていることは、将も知っていた。
命の恩人、土木怪人、料理上手、性格も問題なく、おまけに容姿も悪くはない。
そしてこの時代の感性から言えば、圧倒的強者……というのはあまりにも異性から見れば魅力的すぎるのだ。
故に将だけでなく、刀村の女性から見ても、魅力的すぎる男だ。
そんな男に異性として真名を預けるというのは、文字通り身も心も預けるのと同義といえた。
しかし本人が帰ることを目的としているので、決して男女の関係になろうとしない。
それこそ、孕ませてくれるだけでもいいと、男からしたら都合のいいことを言われているのにもかかわらずだ。
将は誰もが魅力的な女性であるため、普通の人間であればそんな好条件であれば、何も考えずにまぐわっているだろう。
しかし刀月にはそれがない。
故に、色香に惑わされたとは非常に考えにくいものだった。
それで考えられることは……
「何を話したのかまではわかりませんが、少なくとも刀月様にとっていい話が出来たからだと、考えられます。この場合のいい話というのは……先の話から、金品や領土などの即物的なものではないと思います」
大金持ちではないが、金持ちではある。
色香に関してもやろうと思えばやれる。
領地や官位などは、村長すらも嫌がっていたことを考えればあり得ない。
であるのならば何なのか?
皆が知っているのは刀月が故郷に帰りたがっていること位だ。
しかしそれは、妖術を使うと本人が断言しているため、それもない。
であるのならば、刀月が酒を自ら振る舞うほどに心動かされたのは何なのか?
考えられるのは一つだった。
「恐らく……先日の五胡の戦いの事、そしてこの前の裁定の関係だと思われます」
劉備がまだ目覚めていないため、今回の件でこれに行き着くのは仕方のないことだろう。
また呂蒙は裁定の場におり、その時の王の劉備を見ている。
そしてその王に対して、心から跪いていた刀月の姿を。
このときの驚きは、筆舌に尽くしがたい衝撃となって、呂蒙の脳裏に焼き付いていた。
王として十分な能力と実力を有した孫策に対してさえ、ほとんど通常通りの態度を取る刀月。
その刀月が、敬服を持った態度を劉備に対して取っていたのだ。
孫策は呂蒙から見ても間違いなく歴史に名を残す王だと思っていた。
対して劉備は、呂蒙の目から見てもあまり王としての貫禄がないと思っていた。
無論実務能力的な意味や、人柄、何よりも皆を幸せにしたいという理想等、様々な観点から王として理想的であり、十分に王たりえることは理解していた。
だが、それでも圧倒的カリスマとでも言うべき者が不足していると、呂蒙は感じていた。
しかしそんな評価も、先日の裁定で見事にひっくり返ることになった。
刀月が跪いたこともそうだが、あのときの劉備には孫策とは違う王者の風格があった。
裁定の時の劉備の姿を見ていなければ、呂蒙は今回の刀月が酒を自ら振る舞ったことに対して、もっと衝撃を受けていたことになっただろう。
というよりも、逆にあのときの劉備の姿を見ているからこそ、まだ冷静でいられたと言えた。
「裁定と言うと、刀月様が約束をさせられたという先日のですよね?」
呂蒙の言葉を確認するために、周泰がそう疑問を口にする。
このとき呼ばれたのは呂蒙のみのため、呉陣営の人間は誰も刀月のその姿を見てないために懐疑的だったのだが……今回の酒を飲ませたことによって、半ば信じるしか無くなってしまっていた。
それほどまでに刀月が酒を飲ませたというのは衝撃的だったのだ。
酒に直接関わったことのない袁術と張勲はいまいちぴんと来てない様子だったが、周泰はある程度事の重大さは理解できていた。
(雪蓮様にすらお詫びとしてしか飲ませなかった刀月様が……)
刀村に税の徴収に来たときに行った、刀月との立ち会い。
その時に興が乗って孫策を吹き飛ばしてしまった刀月が、お詫びに飲ませたこと。
それくらいしか周泰も刀月が酒を振る舞った姿を見たことはなかった。
と、そこで思いつくことがあった。
「けれど亞莎。裁定の関係で飲ませたというのなら……約束に関して裏取引のようなものをしたという可能性はないのですか?」
刀月に明確な敵がいると知り、それに対して協力していることを知っているのは呂蒙と周泰のみ。
故に前回の約束に伴って動きにくくなったことも理解している。
それを防ぐために裏で手を回したのではないかと考えるのも、不思議ではなかった。
というよりも、それくらいしか思いつかなかったといえた。
「あり得なくはないと想うけど、でも……あの場で約束したことを反故にすることをよしとするとは思えない」
その考えは呂蒙も一度した。
だがそれは刀月の人となりを考えてあり得ないと思えた。
呂蒙は刀月の不思議な能力をある程度知っている。
刀月が持つ不思議な材質の布……テント用の化学繊維……でハンググライダーのようにそれを滑空することを体感している数少ない人間の一人だ。
そして刀月の許可を得て化学繊維に触れたこともあった。
まだ航空力学などが発達しているわけもない時代だが、それでもあんな布程度で滑空が出来るとは、考えていなかった。
刀月の事を信頼し、恩に想い……様々な要素があって能力を明かしてくれた。
また刀月が約束を重視していることは、呂蒙が重々理解していた。
行商で約束を破った者に対しては決して容赦をしなかったのを知っているからだ。
後は村を襲ってきた連中が約束を破ったときなどの折檻が凄いことを知っている。
間違いなく呂蒙は刀月の一番近いところにいた。
故にこそ……本人は気づいていなかったが、今回の酒飲み事件に関して、ものすごくモヤモヤしていたりする。
(刀月様がどうしてお酒を飲ませたのか……それを知らなければ!)
呂蒙は呉の軍師……立派な将としての立場を有している。
それこそ呉の最重要人物の一人といっても過言ではない、周瑜の直弟子になったため、将の中でもかなり上の方に位置している。
商家の娘→刀月の補佐→呉の将見習い→呉の軍師
周瑜に眼をかけられるほどの実力を有しているのは宿将である黄蓋も認めているほどであるため、軍師としての才能は間違いなくあった。
しかし呂蒙自身は、それ以上に刀月に恩義を感じており、刀月の補佐の方が重要だったりする。
無論それを優先させることはないが、本人としては刀月の役に立ちたいと思っているのが本心だったりする。
というよりも、今まで補佐してきたため、独占欲……とは言わないが、プライドみたいものがあっても何ら不思議ではなかったりする。
また、命の恩人と言うことや、自らの能力を買ってくれたこと、更に異性としては見られていることはそれとなく察しているので、当然呂蒙自身も刀月のことを異性として認識していた。
というよりも、呂蒙は男性が苦手なので、まともに話せる男性は刀月しかいなかったりする。
そんな立場の自分ですら、刀月自ら酒を振る舞われた事がないのだから、何も思うな……というほうが無理があるだろう。
そのためけっこう乗り気というか、本人は気づいていないがけっこう必死になって考えていたりする。
それは周泰も同じで、刀月の女性関係については孫策から直々に調査、妨害を命じられているのでこの中では一番必死だった。
「私と冥琳に対して一向に閨の誘いが来ないから、もしかしたら私達の肌の色が気に入らない可能性もあるわ」
南部に位置するため、呉の人間はけっこう日に焼けている人間が多い。
それは将達も同様であり、色白な将は陸遜と呂蒙しかいなかったりする。
その辺りに原因がある可能性があると判断し、孫策は周泰に命じていた。
そして二人がけっこう深刻に話をしているが、まだこの中ではおこちゃまといっていい存在の袁術は少し退屈になってきていた。
だがだからこそか?
そんな袁術がズバリと、核心的なことを呟いた。
「ふむ……妾はまだ酒を飲んだことがないからわからんのじゃが、妾にとっての菓子を、刀月が誰かに渡したのと同義なのじゃから驚くのは分かる」
退屈そうにしていた袁術が話し始めたことで、皆が注目する。
家柄的にかなり上の方に位置した袁家の当主ともいえる存在であるため、元平民とも言える呂蒙などは少し緊張していたりする。
「じゃが、金品、色気、武力……全てが通用しない刀月が、自ら酒を振る舞ったのだというのなら、裁定とかではなく、刀月にとって何かいいことをしたからということにならんかえ?」
「いいこと……ですか?」
表現が抽象的すぎて伝わらなかったため、呂蒙だけでなく、他の二人も袁術の言いたい事を理解しきれなかった。
しかし直ぐに、長年袁術に使えている張勲が、意味を察する。
「美羽様は、こういいたいのですか? 刀月さんが飲ませたくなったから飲ませたのだと?」
「そう言うことになるかの? どんな話をしたのかはわからんが、刀月が飲ませたいと思った理由が大事なのではないかの?」
「刀月様の理由?」
「刀月にとって益のある話をした。だからそのお礼にと、刀月が酒を振る舞ったというのが一番簡単ではないかえ?」
そう言われて、呂蒙は少し考えて……大きく目を見開いた。
お礼という考えがすっぽりと抜けていた事に。
そして……刀月からお礼を言われることがほとんど無かったことを、思い出したのだ。
無論刀月は普通にお礼を言っているので礼を言わないわけではない。
実際行商の時などでかなり戦力になった呂蒙には何度もお礼を言っているし、刀月としても重宝していたのは事実。
ただ、お礼として酒を振る舞われるようなことをしてないことに気がついたのだ。
(刀月様からのお礼……)
そして今までの刀月と過ごしてきた日々を思い出し……自分だけでなく、呉の他の将とのことも思い起こして、結論へと至った。
「確かに……刀月様にとって本当にいいことをしていなかったかも知れません」
「どういうことなのです?」
周泰が意味が分からずキョトンとする。
それに対して……呂蒙も言葉を選びながら説明を続けた。
「えっと……刀月様にとって私たちが返してきたものがほとんどないっていうか」
「えっと?」
「極端な言い方だけど……私たちは施されてばかりで、刀月様に施したことがないっていえないいのかな?」
そう言われ、周泰も意味を理解した。
施し……というのは少々大げさな言い方かも知れなかったが、それが絶対的な真実と言えた。
刀村の住人は皆、刀月に命を救われた。
しかし誰一人として、刀月にそれに見合うだけの恩義を返せていないのは事実。
労働力として仕事に励んだことで農作物などの人足として十分に役立っているだけで、刀月としては満足なのだが、それでは刀月が本当の意味で欲しい物等を渡したことにはならない。
ここに至り、呂蒙は……
日々の生活が多忙すぎて、刀月に本当の意味で恩を返せていないことを、自覚した。
そしてそれに対して、引け目を感じてしまう生真面目さを持っているのが、呂蒙という存在だった。
(刀月様がお酒を振る舞ったことに気を取られて、その意味を考えていなかった……)
刀月が酒を振る舞うというのは、それだけ衝撃的な事だったのだ。
祭りなどの祝い事などでは振る舞うが、それでも元々の量が少ないので、皆が満足に飲めるほどの量は振る舞われない。
せいぜい小さな杯に半分ほどで、喉を少し潤す程度しか飲むことが出来ない。
これは刀月が独占しているということに、刀村の元村民達は誰もが知っていた。
不満がないといえば嘘になったが、それで文句を言う者がいるわけがなかった。
命を救われた。
亡くなった家族を丁重に弔ってくれた。
そして……生きる仕事、意味を与えてくれた。
これで恩義を感じないわけがなかったのだ。
しかも刀月の酒が飲めないだけで、以前の生活とは比較にならないほど裕福な生活を送れたのが、刀村での日々だったのだ。
飢えに困ることはなく、夜盗に怯えることもない。
それどころか、振る舞ってくれた料理は皆が絶賛するほどの味だった。
さらには公衆浴場もあり、誰もが感謝してもしきれなかった。
もちろん呂蒙もその一人であり、何とか恩返しをと考えてはいた。
しかし、その方法が分からず、何も返せていない。
それは呂蒙だけでなく、周泰も同じ事を思った。
(これは……ゆゆしき事態なのです)
周泰も刀月と接しているが、流石に付き合いの長い呂蒙ほど親交はない。
しかしそれでも以前に城壁の上で警邏をしているときに料理を分けてもらって以降も、ちょくちょく会いに来て食事をもらったことがあった。
それが自分の体を心配して来てくれていると、気づかないほど周泰も愚かではなかった。
そして、今回の件で、呉にいる誰もが……刀月に返せていないことに気づいた。
特に一番大きな恩は、呉の王である孫策、そして軍師のトップである周瑜の命を救ったことだろう。
二人がいなくなっていても直ぐに瓦解するほど呉は貧弱ではないが、それでも相当大きな穴が空くことは誰もが予想できた。
「亞莎、直ぐに呉に文を出した方がよいかもなのです」
「うん。私もそう思ってる」
軍紀違反の事はすでに報告しているが、ある意味でそれ以上に重要な話と言えた。
酒を振る舞っただけでここまで話が大きくなるのも、それだけ刀月の功績が大きいことの証と言えた。
しかし、その証に対してどう報いればいいのか? それは直ぐには分からなかった。
というよりも、直ぐに分かればすでに返しているというのが、呂蒙や周泰の本音だろう。
何を返すべきか?
二人して悶々としていると、またまた袁術がズバリと、核心を突く。
「何を悩んでいるのかは何となく想像がつくのじゃが、考えてもわからんのなら、本人に聞くのがてっとりばやくないかえ?」